ことコミュニケーションという場面において、アーディ・ヴァルマはもはや一種の暴力と言って過言ではないだろう。
「えっ、ギルドの人も関わってたの!? ウラノス様も!?」
「あ、あぁ、そうなんだ。使者はフェルズっていう全身黒ローブの奴で、まぁ、色々と支援を貰ってるんだ」
「ウラノス様たちは君たちにどうするって?」
「地上進出ノ手助ケヤ、人類トノ共存方法ノ模索ヲ約束シテイル。ソレマデハ冒険者達カラ身ヲ隠シツツ、同胞ヲ集メルヨウニ、ト」
まるで大通りを散歩するかのように彼らの懐に潜り込み、行きつけの店の扉を開けるように彼らの心を開いて、息を吸って吐くように重要な情報を次々と吸い上げてゆく。
それでいて彼女に悪意は全くなく、
自らけしかけておいて何だが、彼女の恐るべき会話力に俺は戦慄を禁じえなかった。
「……しかしまさか、この件にギルドが既に絡んでいたとはな」
それはそれとして、情報は精査し、擦り合わせねばならない。
連中との会話に夢中なアーディをアリーゼに任せ、我々は互いに高位冒険者の優れた聴力を持ち、互いに極めて近い距離に居るからこそ初めて成り立つ、超低音量による会話を始めた。
「連中の話が正しいなら、ギルドは随分前から連中の存在を把握していたことになる」
彼らはそのように主張した。
それが事実であるか否かはさておき、とにかく神の何者かがこの件に関わっていたことは間違いない。でなければ、
「となると、ヘルメスのところはあらかじめ把握していても、何らおかしくはないと思うのだが」
「いえ、初耳です。恐らくヘルメス様も。その存在自体はもしかしたら聞き及んでいらしたかも知れませんが、私にはわかりかねます」
「ヘルメス神に知らせる場合では無かったんじゃないかな。7、8年前と言えば二大派閥が倒れたばかり。オラリオが大いに揺れ、傾いた時期だ。今と同じく、余計な情報が外に出るかもしれないという可能性は、ほんの少しでも小さい方が良い」
「
面倒な話だ。
ただでさえ面倒な話だったのが、大神ウラノスの出現のおかげでさらに面倒なことになった。
ギルドは……というより神ウラノスは、一体何を企んでいる?
「地上進出が目的、と言っていたな」
「えぇ。ギルドがそのための手伝いをし、人類との共存の方法も模索すると」
「バカげているとしか思えんな」
「ああ。全くだ。だからこそ、引っかかる」
普通に考えれば不可能であるからこそ、その裏にあるであろう『そんな約束を取り付け、計画し、実行するに足るだけの何か』の影が、透けて見えた。
が、現状我々に、そのことを推察する術はない。
そしてそれはきっと、碌なモノではない。
怪物とは、そういうものだ。
「どうする、カイ。生かすか、殺すか」
「僕としては、神ウラノスの目的がまだわからない以上、生かしておいてもいいとは思うけど……殺すにしても、今ならギルドも追及できない。知らぬ存ぜぬで押し通せる」
「私もやはり、生かしておいてよろしいかと。地上進出はともかく、大神の神意は気になります」
後ろの連中は、どうやら俺に最終的な決断を任せるつもりらしい。
……まぁ、仕方あるまい。連中にも立場がある。
その点で言えば、ほぼワンマンチームである俺の方が、色々と楽、か。
「仕方ない。……おい、アーディ。そろそろ代われ」
「え? あぁ、うん。ごめんね、呼ばれちゃったから。またもう少ししたらね」
赤い帽子を被ったゴブリンに申し訳なさそうに別れを告げ、アリーゼと共に俺の後ろへ。
俺が前に出れば、怪物たちは再び警戒を露わにする。
とはいえ、先程までのそれに比べれば、随分と緩かった。
有り難い話だ。これなら幾分かは話し易い。
「
「我々ニ明確ナ上下関係ハ存在シナイ。ダガ、戦闘力ヤ年齢、
「特にさっきも言った、ギルドの使者のフェルズ何かと会話するとき何かは、専らオレっちが喋る。こっちのグロスは……まぁ、聞いてりゃ分かるだろうが、声帯的に発音が苦手なんだ」
成程。
意思疎通という点で言うなら、確かに
怪物の中では特に指揮官に向いていると言えるだろう。
さて。
「先程のアーディとの話で、我々の今回の目的がお前たちの殲滅でないことは理解できたと思う」
俺はそこで一旦言葉を区切る。
そして、蒼炎を全身から立ち上らせた。
「その上でお前達二人に対し、今から尋問をしたい。会話でなく、尋問だ。俺達が一方的に質問し、お前たち二人はそれに粛々と答えろ。その答えを吟味し、俺達がギルドがそうしたようにお前たちを生かすか、はたまたお前たちを危険分子と認め、今後排除の方向に動くか、決める」
「「ッ!!」」
殺気を滲ませながら俺が言葉を放つ。
ここで甘い姿勢を見せてはだめだ。
本性を暴く……というわけでは無いが、この程度で俺達を攻撃するような連中に、人類との共存など土台無理というものだ。
「……わかった。尋問を受ける」
そして、彼らもその程度のことは理解できていたようだ。
「俺がお前たちに問うのはたった二つだ。まず一つ、お前達は地上に何を望む?」
「正直、良く分からねぇ。ただ、地上と、太陽と、人間に、憧れた。だから地上を目指す」
「そうか。では、神ウラノスは、お前達に何を要求した?」
「……ギルドカラ依頼ヲ受ケ、ダンジョン内デ起コッタ事件ヤ厄介事ヲ秘密裏ニ調査、鎮圧スル……ソレガ交換条件ダ」
「……成程。質問を増やすが、参考までに、今までどのようなことを行った?」
「最近だと……
それが
「成程な」
これで大体理解した。
元々、かなりの量の情報は出揃っていたのだ。
既に判断を下すことが出来るだけの下地は揃っていた。
この決定的な情報が埋まったならば、俺はもう自分の心を決めることが出来る。
「「「……………」」」
その場にいる全員が、固唾を飲んで俺の判断を見守る。
俺の中で既に答えは決定していた。
「いいだろう。お前達のことは生かしてやってもいい」
「「「「「「「「!!」」」」」」」」
俺は剣を床に突き立て、蒼炎を納めて腕を組んだ。
そのポーズで以て、
「我が団長の決定なら、私は逆らうつもりはないが……参考までに、どうしてそう思ったのか、お聞かせ願いたいねぇ?」
「安心しろタキオン、絆されたわけではない。要するに利用価値があるか無いか、それだけの話だ」
先ず、
それは連中が怪物である以上、どうしようもない事だ。
何千年にもわたって積み重ねられた敵意と憎悪、その象徴たる死体の山が、それを物語っている。
だが、連中がこちらの要求を聞く理由はある。
連中がこちらの要望を呑まざるを得ない理由もある。
そうである以上、仕事をさせることは出来る。
そして、実際に連中は仕事をして見せた。
命令された通りに任務を遂行できるだけの能力を示して見せた。
ならば──────
「生かす理由は、ある。怪物は殺すべきだが、利用できるなら利用する手もあるだろう」
とは言え。
「首輪を嵌め、然るべき
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! それは流石に……!」
「君たちがすぐにでも地上に出て、人と手を取り合い生きてみたいというのなら、ひどく合理的だと僕は思うけどね」
「ッ!?」
「当然だろうが。怪物は人類にとって天敵も同然だぞ。笑顔で握手している相手がその気になれば腕が千切られるなど、たまったものではなかろう」
怪物が手を取り合える愉快な隣人?
馬鹿を言うな。理解の及ばぬ恐ろしい存在だから怪物と呼ぶのだろうが。
その爪が、鱗が、牙が、声が、吐息が、唾が、血液が、体躯が、人間にとっては自らの命を奪い去るに十分すぎる凶器なのだ。
冒険者ならば、大丈夫なのかもしれない。
何故なら対抗できる手段があるから。
もし怪物が自分を殺しに来ても、返り討ちにできるだけの能力があるから。
だが、これがもし、恩恵を持たぬ常人だったのなら?
何もできない。
何が理由で怒るかもわからない、怒らずともいつ襲われるかわからない。
そんな存在を前に、何の対抗手段を持たずに対等に話せるとでも?
「お前たちが人間の目の前で自ら角と牙を折り、爪と鱗を剥き、首輪を嵌め、這いつくばって絶対にあなたに危害を加えません、と宣言しても、怪しいだろう」
特にこのリドとか言う
そこまでしても、常人と怪物には決定的な差異が存在するという事だ。
故に、怖い。
「勘違いするな。これはお前たち側の問題じゃない。人間側の問題だ。そしてその人間との共存を望むなら、お前達は自らに向けられる恐怖を理解し、受け入れねばならない。……当然、ギルドに協力するにしても、だ」
そう、これは人間側の問題なのだ。
人間が弱いから、人間が怪物に恐怖を覚えるから、怪物とは共存できない。
今の立場で言えば、確かに
助けが必要な存在なのかもしれない。
だが、それは俺達にとっての話だ。
常人にしてみれば、
故に、人間と共存することを望むのなら。
人間と対等である事を望むのなら。
「お前たちは妥協し、受け入れなければならない。なぜならお前達は怪物だからだ」
妥協し、受け入れなければならないのは人間のみではない。
怪物も、そうせねばならないのだ。
「……ッ」
怪物は救いを求めるように、アーディとアリーゼを見る。
だが、彼女たちはばつの悪い表情を浮かべるのみ。
都市の秩序を守る彼女たちだからこそ、俺の理屈が理解でき、そして正論であると理解できてしまうのだろう。
「さて、俺はお前たちを生かす条件を伝えた。では次はお前たちが選択すると良い。何、安心しろ。お前達がどんな選択肢を取っても、俺はそれを受け入れる準備がある」
無論、その牙を俺に向けるようなら、即刻皆殺しにするが。
……と、俺が目を細め、連中を観察する中。
リドが腰に巻いていたポーチの中から、淡い光が漏れ始めた。
『話は聞かせてもらった。ここから先は、私に引き継がせてもらってもいいだろうか』
「フェルズ!?」
「遠隔会話の出来る
断る理由もない。
ギルドの使者がこちらにどんな提案をするのか、聞かせてもらおうではないか。
Topic:原作ウィーネみたいに「私人間のためなら何でもできます」的なことアピールしてようやくギリギリだと思います。