俺達が迷宮を抜け出た時。
既に夜は明けていて、ちょうど朝日が市壁の向こうから顔を覗かせているところだった。
「ここガ、地上。コレが、太陽……!」
ローブですっぽりと全身を覆ったレイが、太陽を見つめながら感動に震える。
が、堪能させている暇はない。
「お前の姿をさらす時間は少なければ少ないほどいい。まずはギルドに───」
「【
「む」
ギルドの制服に身を包んだ、職員の一人らしき女性が、小走りでこちらへ向かって来る。
タイミングやら何やらを鑑みるに、フェルズの差し金であろう。
何ともまぁ手際の良いことだ。
「我々はギルドに向かえばいいのだな?」
「は、はい……何でも、ギルド長直々に話があるとか何とか……」
「ふむ。では、早速案内してくれ」
職員の後に付き従い、ギルド庁舎へ。
普段は大体のことを受付の窓口か少し奥の会議室を使う程度だったが、そこを超えて、妙に豪華な造りとなっている扉の前まで移動する。
そうして、職員が控えめに扉を3度叩き、命令通りに俺達を連れて来たと伝えると、実に不機嫌そうな声で。
「入れろ! そしてお前は仕事に戻れ! それから暫く、こちらに人を近づけるな!」
と、聞こえて来る。
職員が一礼して去って行った後、俺達は扉を開けて中に入る。
これまた妙にゴテゴテと、金のかかっていそうな内装の部屋の奥。
大きい窓を背にして、腹の贅肉を窮屈そうに押し込みながら、ロイマンが椅子に座っていた。
寝ていたところを叩き起こされでもしたのだろう。
色々な部分がどうにも大雑把だし、見るからに不機嫌そうで、目は虚ろだった。
「はぁー……面倒なことをしてくれよったな、貴様ら」
「おや、その口ぶりだと、君も知っている側なのかい?」
「知らん! 知らんが、面倒なことが起きたというくらいは分かる! 私がこの椅子に座ってから、こういうことになった時は、私の胃がキリキリと痛むのが確定するような事態が起こるのだ! ……あー……これから何が起こるのか、想像するだけでも胃がぁ……!」
むしろ痛くなっていた方が、食う量が減って、体には良さそうなものだが。
とは思ったが、口には出さない事にしてやった。
保身が優先されるとはいえ、この都市はこの男が回していると言っても過言ではない。
倒れられては困る。
「それで、僕たちは……」
「私と一緒に来てもらう」
「「「!」」」
その声は背後から聞こえた。
振り返れば、そこに居たのは全身を真っ黒なローブですっぽりと覆った、痩身の人物。
男とも女ともつかないその声から察するに、コイツがフェルズであるようだ。
「自己紹介が遅れた。私はフェルズ。
そう言って、フェルズは自らの頭部を覆っていたフードを剥す。
中から出てきたのは、綺麗な形を保った髑髏だった。
「スパルトイの
「それはない」
思わぬ援護射撃が、背後から俺を撃ち抜いた。
「ソレは、少なくとも私がこの椅子に座るより前からこのギルドに居た。ギルドの幽霊、なんて噂があるが、それの正体がソイツだ」
「私ガ聞き及んダ限りデスと、フェルズは『賢者』だとカ……」
「「「!」」」
『賢者』という単語に、全員が反応する。
それは、実に有名な話であった。
「『賢者』……かつて魔道大国で唯一『永遠の命』の作成に成功したとされる人物……まさか実在していたというのですか……?」
「神ヘルメスは私の来歴を知る数少ない神の一柱だ。気になるなら確認してくれてもいい」
「……ヘルメスと交流があったのなら、もう少し早い段階で姿を現してくれても良かったのではないかい?」
「ガネーシャ神が急に訪れたのでね、対応が遅れてしまった」
……そう言えば、すぐにウラノスと話を付けて来る、的なことを言っていたな。
ならば、対応が遅れたとしても仕方がない、か。
「さて、まぁ、何故私が君たちをここへ招いたのか、分かると思うが。しかしここで話すべき事でもない。こちらへ」
フェルズは音も無く移動する。
ついて行かない理由も無かったので、俺達はフェルズの後をつけ、地下へ入ってゆく。
地下は長い廊下のようになっていた。
魔石灯ではなく、篝火の薄暗い明りが、ずっと奥まで続いている。
そして俺の感覚が正しければ、この廊下が伸びる先は、迷宮だった。
「この先に、ウラノスがいる。しかし、そこまで行く必要も無い。ここで十分だ」
「そうか。……では、話を聞かせてもらおう。お前は、どうしてそこまで、
「
「面子や歴史的背景を抜きにすれば、納得は出来るな」
友好的であるのならわざわざ敵対する必要はない。
ダンジョン内での奇襲などの可能性や、上層域での活動が考慮できる以上、敵対時の危険性が限りなく高いのもまた事実。
利益が得られるのも、嘘ではあるまい。
しかし、それらを覆して余りあるのが、人類と怪物の歩んできた歴史だ。
更にそれを覆すだけの情報が無ければ、我々がそれに納得を示すことは出来ない。
そして恐らく、フェルズはそれを知っている。
知っているからこそ、ここまで必死になっている。
だから俺達は、それを知りたい。
「……ところで。君たちは、
そしてフェルズ自身も、そのことを理解しているのだろう。
「疑問には思わなかったのか? 何故、彼らは人間の言語を解し、会話ができるのか。何故、彼らが人間に近い容姿を獲得しているのか」
「……言われてみれば、そこを考えてはいなかったな」
その場にいた全員がハッとした表情を作る。
確かに、何故、という所を気にしていなかった。
そういう種類の
「しかしその言い草だと、ギルドは……あなたとウラノスは、正確にその理由を把握しているようだ」
「ああ、把握しているとも」
「では、教えてもらおうか。その理由とやらを」
「勿論。隠す理由も無いしな」
フェルズの回答の後、一瞬の空白が生まれる。
その後、ピンと空気が緊張する中、不気味な声が嫌に大きく響いた。
「
脳が理解を拒むが、しかし極限まで噛み砕かれ、これ以上なく分かり易く示された言葉の意味を、理解せずにはいられなかった。
絶句。その場にいた全員が言葉を失い、ほんの一瞬の停止の後に、バッとレイの方を向いた。
「……は、はイ。ソノ通りでス……」
おずおずと頷いたレイに、俺は戦慄に近いものを覚えていた。
何と言う事だ。これなら、敵対はそのまま、迷宮攻略の停滞につながりかねない事になる。
「……正確には、迷宮が初めて彼らを怪物として生んだ以来、何度も人間に殺された記憶だがね。それにより、人間と地上に憧憬を覚えた怪物……それが、
「……成程、な」
それは確かに、敵対を極限まで拒む理由にはなる、か。
ならば敵対は愚策も愚策だな。
怪物は、転生する。
ならば
そして
これで
俺と同じような結論に、フィンもアスフィも至ったらしい。
だが、その核心に迫るような発言をしないのは、レイがこの場に居るからだ。
「……………………事情は、理解した」
恐らくだが。
ギルドが動かないのは、【イケロス・ファミリア】を野放しにしているのは。
怪物祭の話も、民衆への働きかけというよりは。
『我々は
何にせよ、敵対はナシだな。確実に。
「……いいだろう。少なくとも【テスカトリポカ・ファミリア】は、お前の思惑に乗ってやる。だが、フィン、アリーゼ、お前達はもうここで退いておけ」
「済まないね、カイ。そうさせてもらう。どうやら選択肢はそれしかないようだ」
「ンー、正直良く分かってないけど、敵対しなくっていいならそれでいいわ」
フィンとアリーゼがその場を後にする。
後に残ったのは、アーディを除いた自派閥と、アスフィ、レイ、フェルズだけ。
「はぁ……本当に、厄介な話だな」
「全くです。頭痛の種が増えました」
「それで、我々はどうすればいい?」
「え、エッと、お二人とモ、本当に我々の味方ニなっテくださるのでスか?」
あまりにもあっさりと
「俺達は決して飛ばしちゃならない前提を一つ飛ばしていた。それが埋まった以上、俺達に取れる選択肢はそれしかない、ってことだ。あの二人は……立場ってものがあるんでな」
「そウ、ですカ……」
疑わし気な態度は残したままではあるが、レイは大人しく引き下がった。
「君たちが理解してくれたようで何よりだ。これで、人類と怪物の共存に、また一歩近づいたわけだな」
よく言うものだ。
心の中でそう呟く。
隣のアスフィも、似たような気分だろう。
「しかし、君たちにやってもらう事は、そこまで多くない。精々が
「───魔石の譲渡、ねェ? まぁ確かに、我々はいつも魔石を余らせるから、持って行ってくれる分には結構なんだがね」
あれから一か月後。
俺達と
それが、俺達と
「迷宮に潜っていられる期間が増えるし、戦える実力者が増える。
「それはそうなんだが……はぁ、どうにも納得がいかないねぇ」
まぁ、仕方あるまいよ。
その感情は、人間ならば誰しもが持っていて当然のものだ。
だがそれでも、契約は契約。
反故にするわけにもいくまい。
「……ねぇねぇ、カイ君」
「何だ、アーディ」
「もしかしてだけどさ……
……やっぱりお前は流石だよ、アーディ。
当然だろうが。
育てれば育てるほど強くなる敵なんて、最高が過ぎるだろうに。
「今の内から育てておけば、いずれ、俺が
ギルドがこちらを利用するつもりなら。
こちらもお前たちの契約を利用させてもらう。
それだけの話だ。
「もー……ほどほどにね?」
俺の物言いに、何か言いたげなアーディだったが、ダメだよ、と否定しないあたり、染まって来たというか何と言うか。
「英雄的ではないが……手段を選ばない姿勢には、好感が持てるねぇ。この派閥に入ってよかったと、つくづく思うよ」
そうだ。
英雄的である必要はない。
俺は黒竜を殺す。
そのために必要な手段を選択している、ただそれだけだ。
立ち昇った蒼い炎が、迷宮中の空気をわずかに揺らした。
Topic:実際のところ死んだ