「…………ねぇ」
「何だ?」
そう聞きながら、ザン、と。
振り下ろされた銀の刃が、行手を阻む怪物の体を容易く両断した。
怪物の体が黒く変色し、黒い灰となって散ってゆく。
その場に残るのは、綺麗に両断された紫色の結晶のみ。
それをバキンと踏み砕いて、再び先へと進む。
上層を容易く攻略し、辿り着いたのは13階層。
ギルドが指定した
思いの外アイズが動けたのは嬉しい誤算だったと言える。
しかし、どうにも先程からアイズは何か納得が行っていない様子だ。
「どうして魔石を回収しないの?」
「何?」
思わず足を止めてしまう。
魔石と言うのは、語弊を恐れずに言うのであれば、怪物共の命の源である。
先程俺が踏み潰した、紫色の結晶がそうだ。
基本的に、怪物は体内に存在する魔石を破壊する事で、その怪物を殺害することが出来る。
魔石を破壊せずに怪物を殺せば、魔石以外を残して怪物が消滅するので魔石を回収でき、それはギルドの方で換金が可能。
そして多くの冒険者は、基本的にこの魔石換金から得られる収入で生計を立てるのだ。
一応、俺も収入は必要なので魔石の回収はしっかりと行うが……
「…………必要か? 今の段階で?」
「え?」
「え?」
こちらを振り返り、何を言っているんだコイツ、と言う目で俺を見るアイズに俺は愕然とする。
「いや、必要ないだろう? この段階で魔石とか集めても、荷物になるだけだぞ?」
魔石はとにかく嵩張る。
重さ的にはそうでも無いが、倒した怪物毎に拾っていれば、すぐにでも持ちきれなくなってしまうだろう。
だから俺は普段、魔石を集めるのは到達できる最下層でのみとし、それ以外の魔石は破壊すると決めている。
深い階層に出現する怪物である程に魔石の質が高くなり、換金額もそれに比例して高くなるからだ。
「でもリヴェリアは、魔石回収は冒険者の『ぎむ』だって言ってた。フィンも、ガレスも。遠征の時は、ちゃんと全部拾ってた」
「…………ああ、成程」
そう言う事か。話が見えて来た。
「ファミリアの規模の違いだな。【ロキ・ファミリア】は人手があるから、片っ端から魔石を持って行けるのか」
「……どういう、こと?」
「【テスカトリポカ・ファミリア】は魔石をあまり多く拾えないファミリアだと言う事だ。この辺りの怪物共の魔石は容赦なく砕いて構わんぞ」
「……それも、強くなれる方法?」
「違う……はずだ」
アイズから目線を外し、行軍を再開する。
中層域の各場所に点在する縦穴を飛び降り、ショートカットを繰り返しながら、最速で下の階層へ。
そうすれば、すぐにでも18階層、『
「……久しぶり」
地下とは思えない、陽の光に似た光が豊かな緑に降り注ぐ光景を見て、アイズがぽつりと言葉を漏らす。
「ここに来るのが、か」
「うん」
「そうか。……まぁ、そうだろうな」
一応Lv2は適正レベルとは言え、ここまで来るのにもかなりの時間と労力がかかる上、ミノタウロスやヘルハウンドと言った、Lv2でも殺される可能性の十二分に考えられる怪物共がうろついている。
あの三首領がアイズがここまで来ることを許可する事は、あまり無いだろう。
「行くぞ」
18階層の中心付近に聳える大樹を見据え、俺は森の中を歩いて行く。
「……ついでだ。ボールスに顔を出しに行くか」
「ぼーるす」
「ここの仕切り役だ。以前に少し世話になってな」
18階層の社会について軽く説明しながら、大樹に寄り添うように作られたリヴィラの町の門をくぐる。
すると、にわかに周囲が騒がしくなった。
リヴィラの町に来れるような実力者達にとっても、やはり俺たち二人の組み合わせは異色に映るらしい。
「……おうおうおう。こりゃあまた……」
「ボールスはどこだ?」
「あん? あー、この時間ならいつもの場所に居ると思うぜ?」
「そうか、わかった」
アイズに目線でついて来いと伝え、リヴィラの大通りを進んで行く。
そしてその奥にある、リヴィラの町でも一際大きい、ボールスが普段居る建物へと入る。
「ボールス、いるか」
「あぁ? ンだ……ああ、テメェかよ。……っていやどう言う組み合わせなんだ、そりゃあ?」
如何にも寝起きです、と言った風体で出て来たボールスが、俺たち二人を見て他の冒険者たちと同じく目を丸く見開いた。
「知らん。聞くな。ここにはLv4に上がったとだけ言いに来た」
「ああそうかよ。ケッ、これだから才能に溢れたヤツってーのは……まぁ、それだったらしっかりと地上で言っておけ。お前をLv4にしてやったのは、このボールス様の采配のおかげだってなァ」
「ああ。そうしよう。ではな」
踵を返し、さっさと大樹の方へと足を向ける。
あの大樹のうろの中が、下の階層へと続いているのだ。
「まぁ待てよ」
後ろからボールスに肩を掴まれた。
かなり強い力で掴まれている。今の俺なら抜け出す事は容易いだろうが、そんな事はボールスもわかっているはずだ。
無視してもいいが、
はぁ、とため息を吐き、振り返る。
「何だ」
「いや何。今から下行くんだろ? だったら俺が面白い情報をくれてやろうと思ってな。なァ【
「……今は【
「もう
そうだろうそうだろう。
流石のボールスもやはり神々のネーミングセンスには脱帽せざるを得ないようだ。
しかし、それはそれとして頼みとやらはどうしたものか。
「……で、どうだ。欲しいか? 【
「…………」
ちら、とアイズを見ると、アイズはコテンと首を傾げた。
どうするかと判断を仰いだつもりだったのだが、まだアイズにはそれを理解するには難しかったようだ。
…………仕方ない。
「教えろ」
「ヘッ。お前ならそう来ると思ったぜ。何でもな、つい昨日、ボロボロの連中……Lv2の五人組なんだが……そいつらが下からここへ逃げ帰ってきてな、下の階層にバケモンが出たって騒いでたんだ」
「バケモン?
「ああ、どうにもそうらしい」
「となると……」
「おう。強化種の事だろうぜ」
強化種。
それは迷宮に発生する、偶発性の
つい先程、魔石について話したが、強化種はその魔石によって引き起こされる、文字通り強化された怪物のことを指す。
怪物どもは魔石を喰らう事で、その強さを飛躍的に上昇させるのだ。
しかし、普段であれば怪物どもに魔石を喰らうなんて機会はない。
だが、怪物同士の殺し合いの結果であったり、自然に死んだ怪物が落としたり、冒険者が回収し損ねたものを偶然発見した結果等々。
そのような要因があって、強化種は発生するのだ。
ここで面倒なのが、強化種となった怪物は魔石の味を覚えると言う事。
一気に強くなる感覚を覚えてしまった怪物は、どんどん次なる魔石を求めてゆくのだ。
強化種となったモンスターは、当然だが基本的に他の同族や同階層の怪物よりも強い。
しかも魔石は食えば食うほど強くなる。強化種が魔石を求めて同胞を狩ってゆく速度は加速度的に上昇してゆき、最終的には手のつけようがない化け物が誕生する。
早期のうちに発見できればそこまで大事にはならないのだが、適正レベル五人が逃げ帰り、化け物だと騒ぐと言う事は、つまりそう言う事だろう。
「……やるか」
「おう、そうしてくれや」
「行くぞ」
アイズを連れ、建物を離れてリヴィラの町の奥に見える大樹の方へと進んで行く。
大樹のうろから中に入れば、そこからが『大樹の迷宮』だ。ここより下は罠や状態異常を用いる怪物共が出現するようになるので、【耐異常】や【器用】のステイタスが伸びやすくなる。
「アイズ、ここは来た事あるか」
「遠征の時。何回か」
「そうか。なら何処に注意すべきかもう習っているな?」
「うん」
「よし、行くぞ」
足を踏み出し、『大樹の迷宮』の中へ。
さて、強化種とやらはどこに居るか……