「……ヒナ委員長、もう一度説明を願いたいのですが」
「学校の備品を窃盗、ブラックマーケットに横流ししている集団の摘発。あなたは私が敵の火力を潰した後から他の隊員たちと一緒に突入、以後は私の後に付いて行動」
「事前の話ではあくまで訓練の見学か参加と伺っておりましたが」
「いくら訓練で活躍できても実際の環境で実力が出せなければ意味が無い。だから訓練よりも実戦こそ見せるべきと判断した」
──なるほど、なんとありがたい善意の押し付けでしょう。
的確に戦場を把握し、被害が出た人員の後送とその抜けた穴のフォロー指示。互いに掩護し合うチームワーク、統率の取れた組織的な戦闘。
今までの無計画に乱射や爆破をしてくる非合理的で野蛮な相手とは一線を画す、圧倒的な組織としての力が見られるのが友軍というのは実に素晴らしいもの。
自治区の風紀を守ろうとする意志とそれを為せる実力には素直に最大限の敬意を払いたいと切に思います。
──ただ問題は、なぜ私はここでこれを聞いているのかということですが。
砲声と共に爆発音が飛び交う賑やかな現場からこんにちは、ターニャ・デグレチャフです。
現在私は何故か風紀委員の皆様と一緒にゲヘナ自治区の廃墟街へと来ております。
聞いていた話では訓練への見学、場合によっては参加となっていたはずなのですが気付けばバスに乗せられ実際の出動に付き合わされ。
実際に現場を経験させてこそ最良の経験値となるのは新兵たちを引き連れて塹壕でシャベル片手にピクニックと洒落込んだ時にも重々承知、ですがまさか自分がそれを体験させられる立場になるとはどうして予想できるでしょうか。
万魔殿と風紀委員との間の関係正常化のためと称して安全な屋内で事務処理をしていればいいと思っていたのに!
「しかもだ、一体どうして訓練のはずが砲兵陣地の制圧などという軍事行動になる?」
そう、私が現在置かれている状況は面倒極まるものと言っていい。
何せ温泉開発部や美食研究会のようなテロリスト程度が相手だろうと思ってみれば、待っていたのは驚くべきことに学校の備品である10.5cm leFH 18M榴弾砲十門とヴェスペ自走砲十両で武装した機械化砲兵もどき。しかも売られていなければもっと多い可能性すらある。
想像してみてほしい、砲兵陣地化されたアジト兼盗品倉庫に突入すると聞かされ実際に近づけば待っていたと言わんばかりに砲撃が降り注ぐ光景を。
銃撃戦や対戦車戦だけでも十分だというのに、何故ライン戦線よろしく対砲兵戦までしなくてはならないのか。
そもそも榴弾砲と自走砲が何を目的に使う教材として保管してあったのか、どういう管理をしていたのかを色々とマコト議長あたりに問い詰めたい。
しかし高校生とは一体何なのかという基本的なことに対する概念すら歪んでくるのはどうすればいいのだろう。
「ヒナ委員長、こういった場合の対処はどのように?」
「火力を集中、砲の破壊を確認後に歩兵を投入して迅速に制圧。問題なのは砲だけだからそれさえ潰してしまえば問題無い」
──何を言っているのだろうか。
大口径砲の威力は銃弾の比ではない。ライン戦線において弾着観測の魔導師を狩って狩られてが日常だったのも砲兵というものが決して無視できない脅威だったからだ。
しかも現状は互角の撃ち合いとは程遠い。せいぜい八百メートル程度しか届かない五十ミリ迫撃砲で射程が十キロを超える砲兵陣地への強襲浸透攻撃に向かうなどただの自殺行為。辿り着くまでにどれほど一方的に撃たれることか。
魔導師であれば長距離狙撃術式で二十キロ先を撃ち抜く程度なら容易なのだがこの世界の人間が同様にそんな距離をぶち抜ける術式を使えるとは寡聞にして聞いておらず、必然的に撃たれながら接近するしかない。
相手が風紀委員長でなければ、防殻を持つ魔導師ですら重砲の直撃を受ければ危ないというのに何を馬鹿なことを言っているのかと一笑に付しただろう。
しかしその口調、態度はあまりにも自然過ぎた。まるでごく当たり前にできることを当たり前に提案しているかのように。
……まさか本当にやる気なのか。しかしどうやって?
「じゃあ少し潰してくるからここで待っていて」
そしてヒナ委員長はその背の翼をバサリと大きく広げると、およそ人間とは思えない加速で飛ぶように道を駆け出した。
軽やかに跳び上がり廃墟の壁を蹴ってより高く。蝙蝠のような翼をはためかせ滑らかに空を舞う姿はまるで魔導師。まさか本当にその羽で飛べるとは、そんな驚きと共に見守る先でヒナ委員長はあっという間に五キロ以上離れた建物への距離を詰めて行く。
その姿を見て慌てたのか砲撃の勢いが一気に増すが、対空砲でもない攻撃が高速で空を移動する彼女に当たるはずも無く路面や廃墟を派手に吹き飛ばすのみ。
なるほど、あの速度に加え上空からの侵入となれば砲を恐れないのも当然だろう。魔導師が重宝された理由はそのまま彼女にも当てはまる。
そして砲は接近されれば脆い。ヒナ委員長が安全を確保するのを待ってから悠々と行けば大したリスクも無く鎮圧できるのはほぼ確実。
……だがそれでいいのだろうか?
「おもてなしを受ける側とすれば甘えるのは悪いことではない。しかし名目上は風紀委員の作戦や戦術を学ぶために来ている。それは当てはまるか?」
勉強に来ておいて研修先のトップの人間に一番厄介なことを担当させ、落ち着いてからのこのこ参上することが果たして勤勉な態度と言えるのか。
少なくとも私ならそんな積極性の無い研修生に見込みは無いと判断する。
業務命令による研修というものはきちんとした報告書の提出が求められるもの。遠くから眺めていて終わったら呼ばれました、でどう詳細な報告書を書けというのだろう。
そうして導き出した結論は私もヒナ委員長に追随しなければまずいというもの。見ていないことを報告書に書くことなどできないのだから。
──ああ、本当にくそったれ。
「すまないが私も出る。委員長の行動を間近で見に行かなければ」
「えっ!? ちょっと、まだ砲撃が止んでいません、危険です! 委員長が制圧を終えるまで待機していてください!」
「何、心配はいらない。こういったことへの対処は問題無くできるのでね」
慌てて制止してくる風紀委員に大丈夫と手を振りながら私も遮蔽物から身を出して通りへと足を踏み出せば、予想していた通りに砲弾が降り始める。
ヒナ委員長のように飛ばず、彼女ほど速くも無い私は砲兵にとって格好の目標なのだろう。その人気ぶりには苦笑するしかない。
私としては敵にそこまで仕事への熱心さは求めないのだが。
「──主の名によりて集いし我ら、御名をば共に誉め祀らん」
まさか自分で考えた試験を私自身が受ける羽目になるとは。
思い返すのも懐かしい、雪山で三十六時間ほど砲弾を迎撃させ続けた選抜試験。集中力と結束を確認させたまだ最初の簡単なものだったか。
そんなヒヨッコの課題などできて当然。故に後方の風紀委員たちを安心させようと私に直撃するコースのものだけを迎撃して見せる。
「えっ? 砲弾を空中で迎撃した?」
「いやいや、見間違いか偶然でしょ……」
空中で炸裂する砲弾に困惑する声を尻目に私は全力で道を駆け出す。
別の世界に来てまで対砲兵戦などしたくも無いが、これも安定した生活のため。これさえ済めばまた平穏な書類仕事だけで済むと思えばまだ労働意欲を保っていられるというもの。
そして建物まで約一キロまで近寄った頃、門の前に佇む黒い人影が目に入った。
「……あなたがどうしてここにいるのかしら」
そこにいたのは怪訝そうに眉をひそめたヒナ委員長。
まあ無理もないだろう、危険が及ばないように置いてきた人物が砲弾の雨の中をやって来るのではせっかく先行した意味が無い。しかも上空からの侵入を中止して私のことを待ってくれていたのだ、後で真摯に謝罪しなければなるまい。
しかしこちらとしても委員長の戦いぶりを間近で見ないわけにもいかないのだ。
ユトランド沖海戦での観戦武官のように巻き込まれる可能性があるとしても元軍人、そして社会人として命じられた職務は全うするのが義務なのだから。
「火力を潰して安全を確保するまで待っていてほしかったのだけれど。万魔殿からの客人に下手に傷を負わせるとマコトがうるさいだろうし」
「申し訳ありません、ですが小官は完全に自身の責任により風紀委員長の戦術について見学したくここへ来ておりますので委員長はどうぞお気になさらず」
「……後から文句は言わせないから」
盛大にため息をつきながらも拒絶はない、つまり了承は得られたわけだ。後はヒナ委員長の行動を観察して気になった点をまとめておけば良い。
そしてこの前線から一刻も早く後方に引き上げて報告書をまとめる作業時間を捻出するためにも迅速にこの突入を成功させなければ。
そう判断して委員長に向かって頷いて見せれば、彼女は自身の背丈ほどもある機関銃を何故か門とは違う方向の壁へと向けて構え──。
……ん?
「じゃあ行くわ」
そして次の瞬間には周囲に猛烈な轟音が響き渡った。
弾丸の奔流はそれなりに厚いはずのコンクリートを易々と削り、それはまるでトタン板のように人が通れるだけの穴を開けていく。
──いや、どう見ても普通の機関銃で出せる威力ではないのだが。実は魔導師適性を持っているのではないか?
そう瞠目する私の前でヒナ委員長は完全にこじ開けられた開口部からこちらへ視線を移し左手の指を三本立てて見せる。そしてそれを一本ずつ折っていく意味は明白。
確かに待ち構えている敵に対して馬鹿正直に入口から入る必要は無い。その判断力とそれを実行できる力は間違いなく称賛に値する。もし生まれる世界が違えば魔導師としてエースオブエースになっていただろう。
それほどの実力者と一緒ならこちらも遠慮や心配は不要。
すぐに頷いて了解の意を伝え、カウントと共に同時に突入。牽制も兼ねて爆裂術式を撃ち込めば幸運にもそこにいた不良たちとヴェスペ二両をまとめて吹き飛ばすことに成功する。
これは実にラッキー、目標は門の方を警戒していたらしく無防備に近い。
さらに配置転換が間に合っていないヴェスペを視認すれば思わず笑いも出るというもの。もはや脅威とは呼べないそれらを破壊すればこの面倒な前線勤務も終わり。
これなら余裕だと内心で笑いながらヒナ委員長の方へちらりと視線を向ければ──。
「……さすがと言うべきなのだろうな」
ヒナ委員長はまさに鬼人のような暴れぶりを見せていた。
機関銃による圧倒的な火線によって薙ぎ払われる不良たちと自走砲、榴弾砲。コンクリートの壁を貫く威力のそれを受けてなお無事な物はその場には存在していない。
しかし何より恐ろしいのはヘッドショットを受けてなお立っているその姿。一切怯む様子も無く的確に攻撃してきた不良を返り討ちにしている様はまるで機械。
この世界の人間が頑丈なのは知っているがあそこまで意にも介していないのは初めて見る。
おそらくはこの火力と頑丈さ、飛行能力こそが彼女が風紀委員のトップとして君臨している最大の理由なのだろう。つまり私と同じ魔導師そのままの能力。
それこそまさに僥倖、教導隊としての経験をそのまま活かして迅速に報告書をまとめられるではないか。
「遵法精神、勤務態度、実力。やはり有能な人材は良いものだ」
では明るい展望が見えたところで引き続き職務に励むとしよう。明日からまた始まる平穏な私の生活のために。
◆
窓ガラスを大粒の雨が打ち付ける音だけが響く深夜の風紀委員会本部ビル。
時刻は間もなく午前零時になろうとしているがその中の一室には煌々と明かりが灯り、何枚かの紙をまとめた冊子に目を通している空崎ヒナの姿があった。
彼女が今手にしているのは情報部に調査してもらったターニャ・デグレチャフに関する報告書と彼女が万魔殿に提出した先日の出動に対する感想レポート。
犬猿の仲であるマコトから散々嫌味を言われ馬鹿にされながらではあったがどうにか手に入れることができた代物だ。
そしてそれを読みながらヒナは真剣に悩む。
──彼女は一体何なのかと。
「情報部の調査に抜かりは無いはず。考えられるとすれば情報が徹底的に管理される重要な立場にいたか、あるいは情報自体がダミー?」
突入の際、彼女の攻撃は自走砲と不良生徒たちをまとめて吹き飛ばす爆発力を持っていた。それは相当強い神秘を持っている証でもあり、さらに彼女に付けていた風紀委員によれば空中の砲弾を迎撃できるほどの技量すら持っている。
しかしそれほどの実力を持っている彼女の情報がカイザーグループ系列のどこからも出てこないのだ。活躍、役職はおろか目撃情報すら一切無し。
そもそもカイザーグループのスタンスとも違っている。
あそこは基本的に数と効率を重視する企業であり、空中の砲弾を撃ち落とせる技量を持つ人材を雇うとは考えにくい。まして砲撃が続く中を突破してきてわざわざ一緒に戦いたいなど殊勝な態度をする社員がいるだろうか。
どう考えてもヒナの知っているカイザーグループのイメージと合わない。
それこそまったく別の学園から来たと言われた方がまだ信じられるほどに。
「でも万魔殿に提出したレポートはこういった事に慣れている者の視点と書き方。カイザーで無いにしても同じような組織に所属していたのは間違いないはず」
しかしカイザー以外でそれほど戦闘に特化した学園があっただろうか。そして経歴を偽る意味があっただろうか。
そして客人としている以上は無理に行動せずとも良いのにわざわざ危険を冒した意味、目的は何なのか。
「後方でただ待っているのが耐えられなかった、自分も加わった方が早く終わると判断した、誰かに自分の力量を示したかった……、後はただ楽しかった、あたりが考えられる?」
何を考えているかは分からない。しかし間違いなく言えるのは非常に怪しいということ、そして前線に出て戦うことを強く望んでいるということだろうか。
今はおとなしく万魔殿で事務をしており問題行動も無いが、ヒナの勘は要警戒と告げている。
しかし情報収集には秀でたマコトのことだ、万魔殿側もこの情報は得て動き始めていると思っていい。
ならば自分がわざわざ万魔殿の人事に口を出す必要も無いだろう。
そう結論を出してヒナは紙の束をそっと机の上に戻して別の業務へと関心を切り替える。
──万魔殿の主がその報告書を見て何を考えているのかを知らないままに。
漫画版幼女戦記の外伝、大隊野史でセレブリャコーフ中尉の祖母が宝珠無しに魔法を行使しているシーンがあって安堵。
自分の考えた設定と間違っていなかった……。