ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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十五、自己アピール

 シスターフッドとは分け隔てなく慈善活動に取り組み生徒の懺悔を聞く、キヴォトスでは貴重な人格者の集まりだ。

 少なくともまずは交渉から入り、交渉が決裂したとしても暴力に訴えることはしない。

 諦めずに繰り返し妥協できる点を探る理性を持っているのは素直に称賛するべきだ。

 もちろんキヴォトスにいる以上その手に持つ銃は飾りではなく話を聞かない相手に対しては実際に使われるのだが、それでも第一印象としては優しい人たちと言える。

 しかし果たしてそれは真実だろうか?

 ターニャの脳裏に浮かぶのはエデン条約の調印式典を行う会場を通功の古聖堂にするためナギサが求めた交換条件。

――すなわち「条約の調印を妨害しようとするトリニティ生の排除」への協力。

 それを提示した際、ナギサは掃除の奉仕活動と称した。つまりトリニティにおいて清掃、掃除という言葉は粛清を表す隠語として認識するものと受け取るべき。

 そしてその雑草とやらの清掃をティーパーティーから依頼されたサクラコは、シスターフッドは()()()()()()集団なのか。

 一度抱いてしまった不信感はそう簡単には消えず、そして戦場においてその手の予感というものは決して軽視できるものではない。故にターニャはシスターフッドについて情報を集めようと行動を開始し──。

 

「まったく、これだから存在Xを称える連中というのは厄介なんだ……!」

 

 雲の隙間から降り注ぐ穏やかな日差し、木々をそっと揺らしながら爽やかに吹き抜ける風。散歩か昼寝をするにはまさに絶好の日和。事実周辺にはジョギングや談笑をしているトリニティ生も数多く見受けられる。

 そんな中でターニャは一人、険しい表情で中央図書館の外周に置かれたベンチに腰掛けこれからどうするかを悩んでいた。

 シスターフッドという組織にはある程度隠している秘密があるのではないかと予想して図書館で調査したのは正しい判断だったと断言できる。

 ただその内容がターニャにとって易々とは受け入れ難く、そしてひどく不愉快なものだったのはある意味予想していた通りであり、そして同時に反応に困るもの。

 ――すなわち彼らの前身が中世の魔女裁判めいた弾圧を行っていた集団だということは。

 

「ユスティナ聖徒会……。神を過剰に信じるような連中はろくなことをしない、というのはどこも変わらんな。自分たちが正しいと疑っていない狂信者はつくづく面倒くさい」

 

 そうぼやくターニャの脳裏に浮かぶのは聖戦と称してテロを起こし、戒律の順守を叫び民族衣装を着用しない女性への暴行や社会参加を妨害するイスラム原理主義者たち。

 彼らのように学校の意思に従わない者を弾圧する、そんな連中の後継が果たしてまともだと本当に信じられるだろうか。化学テロを起こした某宗教団体の後継も公安警察の監視対象になっていたというのに。

 しかしまったく気が進まなくともナギサの信用を得、条約を調印に導くためには乗らないわけにいかないのが実に悩ましいところ。

 今回の依頼もおそらくは頼まれた案件を本当に実行できるか戦闘能力や指揮能力を見、躊躇なく行動できるかどうかを見極める舞台。ターニャも二〇三大隊の人員募集の際にテストをして有能と無能をふるいにかけたのだからよく分かる。

 そして使えないと判断された時、極秘の話を聞いた本人はそのまま放免となるだろうか?

 否、そんなことは考えるまでもない。

 あの時は実力も無い無能は何も知らないまま原隊に送り返されるだけだったがターニャはナギサから直々に条約を妨害する生徒を排除する手伝いをしろと聞いてしまっている。

 一瞬でも選択や行動を誤れば将来の出世どころか現在の学生生活、最悪は命そのものが崖っぷちとなるのは明らか。

 まったくもって冗談ではない。

 

「しかも戒律の守護者だと? くそっ、面倒そうな予感しかしないぞ!」

 

 シスターフッドの前身、ユスティナ聖徒会の本質は互いに結んだ約定を破った者へ制裁を加える暴力集団。

 なるほど、表向き政治に関わらなくとも今回の条約に陰から関与してくるのがこれ以上なく納得できる連中ではないか!

 サクラコからの案件はさすがに急な話だからとスケジュールを確認する振りをし有耶無耶にしたが、それでもいつかは予定をしっかり合わせたうえで再び誘ってくるだろう。

 汚れ仕事も引き受けるような狂信者の集団、そんなものがいると知っていたならトリニティへの出向など断ったものをと後悔するが時すでに遅し。まあ上司からの直接の命令に何をどう言っても無駄だったのだろうと諦めるしかないのが現実なのだが。

 しかし、だからこそターニャは今からでも取れる手段がないか必死に頭を巡らせる。

 

「そもそも目を付けられたのは不信が根底にあると考えるべきだな。工作活動を頼んだ相手の実力を確かめるのは当然の話。必要なのは別の手段で実力を示して見せることか?」

 

 何よりトリニティの生徒への弾圧に何度も関わったゲヘナ生というレッテルが貼られるのは絶対に避けたい。

 トリニティにしてみればゲヘナの優位に立つために便利なカードだ、事あるごとにちらつかせてこき使ってくるに違いない。そして何かあれば情報を流出させ責任をこちらへ押し付けてトカゲの尻尾切りを図るのも目に見えている。

 さらにゲヘナ側で考えても将来の出世どころか信用の失墜、懲戒免職は確実。最悪の場合条約をぶち壊した元凶として巨額の賠償金か懲役まであり得る。

 それを回避するためには何をすればいいか。

 今推測した通りティーパーティー、シスターフッドがターニャの行動を見たいと思っているならそれは実力を測りたいためと考えるのが合理的。ならば法にも倫理にも触れない形でそれを果たすのが正解のはず。

 ――しかしそのためには何をすればいいのか。

 

「トリニティの治安維持組織である正義実現委員会の上層部はゲヘナ嫌い、とすればヒナ委員長に口利きを頼むべきか? いや、ETOの調整で忙しいに決まっている」

 

 トリニティ生を害するのは論外、かといって味方であるゲヘナ生を害して秘密工作ができますとアピールをしても今度は所属する組織からの自分の評価と信用が損なわれるだけ。

 正義実現委員会の訓練に参加できればアピールできたかもしれないがおそらくそれも難しい。

 そうやっていくつか案は浮かぶが、いずれも実現困難なものばかり。

 最終的にはやはり狂信者たちと工作に加担しなければならないのかと大きくため息をつきながらターニャは苦虫を噛み潰したような顔で空を仰ぎ見る。

 こうなればもう腹をくくるしかないか。

 そんな諦観と共にターニャはゆっくりと目を閉じ──。

 

「何かお困りのようですね! トリニティの誇る正義の騎士、この宇沢レイサがスパっと解決して見せましょうか!」

 

 突然聞こえてきたやたらと威勢のいい声によって現実へ引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 組織というものは非常に複雑です。

 個人が何かしたいと思っても上層部の意思が最優先、部署間の根回しや稟議承認がなければ自由に行動することは非常に困難。組織の意思に従わなければ窓際に追いやられるか首を切られる羽目になるでしょう。

 何しろ前世の会社では私自身が人事部の人間として業務命令による研修を拒否し無断欠勤を繰り返す無能な人間に退職勧告を示す立場だったのですから。

 その結果が不毛な逆恨みで駅のホームからダイブさせられ存在Xに見初められることになるとは予想外にも程があったのですが……。

 どうも皆様ご機嫌よう、ターニャ・デグレチャフです。

 私は現在トリニティの生徒からとある部活についての熱いプレゼンを受けている真っ最中。

 組織では一般的に自分たちの意思を相手に通し、実現させ、反対の意見を抑えるためその規模、資金力、影響力が非常に重要視されます。そしてそれらは組織の目的を遂行するにあたっては非常に頼もしい一方、時には個人の意思を抑え付け縛る鎖にもなり得ます。

 しかしその代わり、フリーランスの個人事業主となればその制約はかけられるにしろ自己責任と引き換えにある種の自由が手に入るのです。

 そう、たとえば今私の目の前にいる生徒の所属している部活のように。

 

「――そうやってトリニティの治安を守るために日々奮闘しているのが私たち自警団なのです! 治安を乱す悪党はこの自警団にお任せください!」

「……なるほど」

 

 目の前で小動物のように落ち着きなく営業のマシンガントークを繰り広げているのはトリニティ自警団に所属していると名乗った宇沢レイサという生徒。

 そしてその説明によれば自警団の活動とはトリニティ自治区内で他の学校の生徒に襲われている生徒の救援やパトロールなど至極真っ当なもの。

 学校の正式な治安維持組織である正義実現委員会と時々対立することもあるらしいがそれで取り締まられるようなことは無く、むしろ多忙な時には仕事を依頼されるなど一定の信用と地位もある様子。

 しかも。

 

「では所属している生徒の方は皆自発的に?」

「はい! スズミさんは閃光弾を投げて無力化した後に拘束する手際がすっごいんです! それでその毎日頑張っている姿に憧れて色んな人が自警団に入ってるんですよ!」

 

 ――これは使()()()のではないか?

 まず確実にナギサ会長、シスターフッドの思惑は絡んでいない。

 そして主な活動内容は他の学校の生徒に襲われているトリニティ生の救援、トリニティの生徒を害するゲヘナ生という悪名を背負う可能性も限りなく低い。むしろトリニティで主に抗争の相手となっているのはゲヘナだ。それに対処する様子を見せれば同じ学校の仲間であっても容赦しないという姿勢を示すこともできるはず。

 非公式の部活という点は少々不安だが、正義実現委員会と一定の関係があるのなら多少の融通は利くだろう。少なくとも黙認し手を取り合うほどには甘いのだ。

 そして何より、おそらく私が参加したことが問題になったとしてもトリニティの生徒を守るためだったと立派な大義名分が立つ!

 上手く行けば正義実現委員会に私の実力を示すことができ、邪魔なトリニティ生を排除しようとするナギサ会長とシスターフッドにゲヘナは平和と友好を望んでいるというメッセージを送ることができ、さらにトリニティ内でのゲヘナの評価を上げられる。

 まさに完璧な策ではないか!

 

「……その自警団に少々興味が湧きました。唐突で申し訳ありませんがゲヘナの人間でも見学することはできますか?」

「もちろんお任せくださいっ! 一緒に参りましょうっ!」

 

 満面の笑みで私を先導し歩き出すレイサ。そして私はあまり期待しすぎないことを意識しながらその後ろを付いていく。

 いくら私が望んでもそう都合良く不良やテロリストは現れないだろう。つまり今日はただ市街地のパトロールだけで終わる可能性も十分にある。それはそれで結構なことだが、私の目的を果たすためには今日だけでなく数日にわたって見学する理由を考えておかなければ。

 そして事件を解決するだけでも不十分。私の活躍を証明してくれる正義実現委員会の人間がそこにいなければ意味が無い。自警団の持つ連絡ルートを調べて舞台を整える準備も必要。

 ……まあキヴォトスの治安を考えれば接点作りにもそう時間はかからないだろうが。

 まったく面倒なことだがティーパーティー、シスターフッドの思惑に乗らないために必要な手間であると思えば手を抜くこともできない。

 夕方の帰宅ラッシュが始まったのか喧噪と混雑が少しずつ大きくなっていく中、飲食店や服飾店が立ち並ぶ大通りを歩きながら一つずつ問題点と対策をリストアップし――。

 

「今何か聞こえませんでしたか!?」

「巡回のルートにおびき寄せるには……、ん?」

 

 ふとレイサが立ち止まり慌てた様子で周囲に視線を巡らせる。どうやら聞こえた何かの音に反応したらしい。

 私は気付かなかったが、私よりも普段からパトロールをして慣れている人間の直感を信じるべきと判断。急いでレイサに合わせて私も耳を澄ませる。

 一見して周囲に大きな混乱は無い、聞こえるのは車のクラクションと悲鳴、銃声――。

 悲鳴と銃声?

 

「トラブル発生のようですね……。ターニャさん、私は行ってくるので安全な所にいてください! 自警団のスーパーヒーロー宇沢レイサ、参りますっ!」

 

 そう言い残し脇目も振らず走り出すレイサ。しかし私はあれを追うべきだろうか。

 トラブルが発生したのは好機と言えるかもしれない。ただしそれは私の活躍を証明し信用できると判断してくれる第三者がいる場合に限られる。

 ここで一人奮闘したところで信用は稼げないし給料も増えない。とはいえ見捨てては見学を申し込んだ手前格好がつかない。だとすれば何をするべきか。

 簡単なことだ、人を呼べばいい。

 合法的に正規の治安維持組織の証人ができるうえレイサを見捨てなかった、消極的ながらも治安維持に協力しようとしたと言い訳も立つ。ヒナ委員長の時のように研修レポートのため戦いぶりを見る必要も無い以上それで十分責任を果たせるだろう。

 そう判断した私は通報をしようと携帯電話を取り出し――。

 

「失礼、そこを通ってもよろしいでしょうか?」

「え? ああこちらこそ失礼……」

 

 私は後ろから掛けられた声に振り向き、そして見た。

 長い銀髪にコウモリのような黒い翼、ゲヘナの校章入りの帽子と肩に羽織った黒いコート。忘れもしない、かつて私の万魔殿への歓迎会を吹き飛ばしてくれたテロリストの姿を。

 何故こいつがここにいる!? 収監されたはずでは!?

 唖然とする私の前をゆっくりとした足取りで立ち去ろうとするテロリスト。にこやかに微笑んでいる姿は落ち着いており一見この騒ぎには関係ないように見えるが、さすがにこれをそのまま無視はできない。

 故に私は肩にかけていたツァラトゥストラを構えて問いかける。

 その押している台車に乗っている一抱えほどある大きな塊は何かと。

 

「待て、それは何だ? 今起きている騒動と何か関係があるのか?」

「これですか? あちらの銀行が借金のカタとしてこのチーズを差し押さえていると伺いまして。食べ物とは金銭のために金庫へ仕舞われるものではなく、万人が楽しんでこそ。ですので銀行からいただいてまいりましたの」

 

 チーズのために銀行を襲撃? ああくそったれ、こんなテロリストと同じと思われてはそれこそゲヘナが信用されないのも道理ではないか。外交をしているタイミングにこんな馬鹿のせいで条約がご破算になれば全権を任されている私が監督責任を問われるかもしれないというのに!

 信用を稼げないのと信用を失う、どちらがマシかなど考えるまでもない。だから私はたとえ証人がいなくともここで絶対に叩き潰さなければと決断する。

 

「ではチーズを持って帰らなければいけませんので――っ!」

 

 しかしテロリストも素直にやられるほど甘くはなかった。台車ごと建物の陰に素早く飛び込んだためツァラトゥストラの射撃は建物の外壁を削るのみ。

 このまま相手が撃ってくるかそれとも逃げたか。わずかな時間の沈黙が生じ、その果てに相手が逃げたと判断した私は追撃のために走り出す。

 そして建物の角を曲がり路地に出た先で地面に落ちているベージュ色の鞄が目に入る。たい焼きのストラップが付いているそれは確かにテロリストが持っていたもの。

 そしてテロリストが落としていった物にまともなものは無いというのは常識。咄嗟に撃ち抜けば案の定鞄は派手に爆発を起こし周囲に爆風が吹き抜ける。

 問題はこれが意図したブービートラップなのかどうか。

 目立つ道路の真ん中に置いてあったことから察するに地雷的な運用ではなく私が接近したことを確認してからの遠隔起爆か?

 ――つまり今近くで私を見ているかもしれない。

 そう気付いた瞬間に防殻を最大出力で展開。その直後、判断の正しさを裏付けるかのように銃弾が私の体を直撃する衝撃が連続して襲い掛かる。しかし銃弾の飛んで来ると思わしき方向を見ても相手の姿は無く。

 

「くそっ、隠れての狙撃か! 厄介な!」

 

 思い返せばあのテロリストの持っていたのは狙撃銃だった。

 わざわざ相手の戦法に嵌まるとは事務仕事ばかりで鈍ったか? 建物に囲まれた場所で狙撃手に狙われるスターリングラードのような展開がどれほど最悪かなど知っていたのに。

 とはいえそれは今考えることではない。

 重要なのは相手がどこにいるか。銃撃の間隔からして位置を変更している様子はない。それならこちらから釣り上げてやるまでだ。

 狙撃に耐えられないように見せかけ物陰に隠れ光学術式を展開、私のダミーを作り出す。そして銃撃が止まったタイミングでそれをそっと送り出せば相手は何の疑いも無くそれを撃つ。

 私が着弾の位置と煙から射撃ポイントを逆に探しているとも知らず。

 そしてその仕掛けに相手は見事食いついた。

 少し離れた場所にあるビルの非常階段のパンチングパネル。そこで着弾とほぼ同じタイミングで光る発砲炎とパネルに透けて見える人影。間違いない、あいつだ。

 そしてそれを確認すればやることなどただ一つ。

 

「全能なる御光に満ちたる主を褒め称えよ、主の恵みに地は喜び満たされん!」

 

 不愉快極まりないが取り逃がすリスクよりも九五式を使用しての確実な撃破を優先。

 爆裂術式を発現させ、そして命中と共に沈黙が訪れる。そのまま様子を窺うが非常階段の人影は動かない。

 これなら撃破確実と見ていいだろう。

 斯くして私はテロリストの鎮圧に成功したわけだが――。

 

「これをどう釈明するか、まったくもって頭が痛いな……」

 

 銃撃と爆発でボロボロになった背後の路地の状況を見ればため息しか出ない。

 まったく、トラブルなど起こしたくないのに向こうからやってくるのは本当に癪に障る。おかげでキャリアのために頭を下げて少しでも穏当に処理できるよう対応する手間が増えるのだ。

 ……せめて謝罪回りも含めてこの件が私にとってプラスのアピールになるといいのだが。

 

 

 

 

 

 

「何ですか、これは!?」

 

 ゲヘナ学園、風紀委員会本部。まだほとんど風紀委員が登校してきていない早朝の時間であるにもかかわらず部屋中に響き渡る声があった。

 その声の主は行政官、天雨アコ。そしてその視線は一枚の報告書に釘付けになっている。

 登校してまずは自分がいない間に溜まった報告書に目を通すという業務、普段と何も変わらない一日の始まりのはずだった。事実、途中までは何も問題無かった。

 しかしその中の一枚に書かれた内容がゲヘナでも名高い問題児集団である美食研究会のメンバーを捕縛したというのはアコからしても目を奪われる。

 何しろゲヘナだろうが他の学園だろうが気に入らなければ遠慮なく爆破を繰り返すのだ。()()()と思うと同時に一体どこで、誰がやったのだろうと思ってしまうのは当然。

 故にその報告書の作成者欄を確認し――。

 それが先ほどの叫び声へとつながる。

 

「何故ターニャ・デグレチャフが!? しかもよく見ればトリニティの自治区内!?」

 

 報告書に記された作成者名は紛れもなくターニャ・デグレチャフ。

 その名はアコにとってなかなかに忌々しいものである。何故ならアコの敬愛するヒナがかなり気にかけている存在だから。

 ゲヘナにおいて風紀委員のマークする生徒は少なくない、いやむしろ多い。それらは大体問題を起こす存在であり治安を守る風紀委員にとっては仕事が増えるのと同義。

 しかし彼女は違う。

 風紀委員を目の敵にしているはずのマコトが出向させてくる、そしてその経歴はいくら調べても本当のものと証明できない。

 それなのに言動は洗練され成績も上位、あまつさえエデン条約の調整担当と称してトリニティに送り込まれるほどマコトからの信頼を得ている。

 一見して非の打ち所がないのに本当の姿が見えず明らかに何かを隠している。それがターニャ・デグレチャフに対するアコの、そして風紀委員の偽らざる評価。

 そして何より気に食わないのは何も違反行為はしていないということ。まるでこちらを嘲笑っているかのように手が届かず不安ばかりを掻き立てる。

 そんな評価に、さらにマイナスなものが加わればアコの感情が暴発するのも当然だった。

 

「何故トリニティの管轄で? 正義実現委員会からクレームは来ていないんですか?」

 

 そう近くにいた風紀委員に尋ねるも返事は否、トリニティはこれに対して文句を言ってくることは無くターニャの行動を事実上黙認している。

 何なのだ、これは? トリニティも万魔殿も何を考えている?

 誰が何を考えているのか何も分からない。ただ一つ言えるのはターニャ・デグレチャフは危険だということだけだ。温泉開発部、美食研究会とも違う得体の知れないこの不気味さを放置していてはいずれ何かが起きるに違いない。

 だからアコは決断する。自分が万魔殿に赴き直接マコトに真意を問い詰めようと。

 

 ――その活躍を見た万魔殿の主がその策謀を加速させることを知る由も無く。




実際イタリアではチーズを担保にした業者への融資があるそうです。
美食研究会関係で使いたかったネタでした。
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