ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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ブルアカのおかげで韓国での戒厳令騒ぎが理解できた、一日保たなかったのはカヤ以下などの感想を見かけてしまって駄目でした。
連邦生徒会入りしてコーヒー好きの上司と共に銃火器の取り締まりに励んだ挙句失職するターニャが浮かんできて困る。


十六、再出向

 組織とは複数の部署が連携して作り上げるチームワークである。

 細分化された各部署はそれぞれが専門とする業務を受け持ち、全体が効率的に業務を行えるように考えられたもの。

 そしてその中には専門部署が行うべきことを他の部署はしないという不文律があるのもまたよく知られているところ。

 人事や営業が財務状況を管理することはないしその逆も然り。不慣れな人間が半端に関わる手間と情報漏洩のリスクは決して容認されるものではない。

 まして頼まれもせず勝手に首を突っ込めば感謝されるどころか自分たちの縄張りを犯したとして白い目で見られることになるだろう。

 ではもしそんな事案を実際にしてしまったとすれば?

 当然、必要なことであり相手が謝罪を受け入れてくれたとしても責任は取る義務がある。訓戒や減俸、停職に懲戒解雇。どのような結果になるにせよ最終的に責任の所在はそれを決断した本人に帰結するもの。

 だからこそターニャは粛々と現状を受け入れる。

 どうしてこうなるのだ、という嘆きの言葉を内心で盛大に叫びながら。

 

「――出向、でありますか」

 

 久しぶりに訪れるゲヘナ学園、万魔殿議事堂の議長室。そこでターニャは議長である羽沼マコトと向き合っていた。

 出向先であるトリニティを離れ何故ゲヘナにいるのか、それは先日やらかしたトリニティ自治区内でのテロリスト制圧によるもの。

 トリニティ内での対ゲヘナ感情、損害の補償額を考えればあの時は最善の、そしてやむを得ない対応だったとターニャは自信を持って断言できる。しかし提携が予定されているといっても相手の管轄内で無許可での戦闘をしたことが認められるわけではない。

 だからこうしてろくでもないと分かっている処分を受けにやって来る羽目になるのだ。

 

「そうだ。業者が入り工事が始まったということはトリニティも現状に納得している証拠。そして我々が協調路線を取る方針である以上連中が反故にしてくる理由も無い。つまり貴様をトリニティに貼り付けておく必要も無くなりレッドウィンターヘの出向を下す余裕ができたわけだ」

 

 斯くしてターニャにトリニティで問題を起こしたことによる懲罰人事が告げられる。面倒な条約をまとめた全権大使としての輝かしいキャリアの計画もこれでご破算。

 ――ああくそったれ、行動しても放置しても結局はこうなるとは! これだから余計なことしかしない無能連中は嫌だというのに!

 そう内心で元凶であるテロリストに散々悪態をつくも現実は無常。出世街道から脱落し、いくら努力したとて評価がされにくい職場への配置換えは覆らない。

 しかしここで不貞腐れても良いことは何一つ無い。むしろ逆、これからするべきは出向後も問題が無いよう万全の引継ぎをして少しでも好印象を保つこと。復帰の芽は完全に枯れ果てたわけではないのだから。

 そのためターニャはマコトに懸念している点について問いかける。

 

「ですがよろしいのですか? 小官はナギサ会長より機密案件への協力を依頼されています。これを放置したままさらに出向してはトリニティの不興を買うと思われますが」

「ああ、あの掃除とやらか。だがこういった事案にはそれなりの下準備と状況を作ることが必要と相場が決まっている、今すぐではない。それに実際に行くのは()()()()だ。連絡があってから戻る余裕は十分にあるだろう」

「――は?」

 

 先ほど言ったのとまったく違う名前をいたって落ち着いた様子で告げるマコト。思わずその顔をまじまじと見つめてしまう。

 彼女は何を言っている? それとも自分の聞き違いか? 一瞬そう思ったがマコトの発言は明瞭だったし自分も聞き逃すほど気を抜いてはいなかった。つまり会話は正しかったはずだ。

 そしてマコトの言った通りならターニャは何かを決定的に間違えている。それは一体何だ、情報を急いで整理しなければ。

 まず唐突に出てきた名前。アリウスとはトリニティのキャンパスの名前だろうか? トリニティはゲヘナ同様多くの生徒を抱えるマンモス校、ターニャがいた場所とは別にキャンパスがあってもおかしくはない。しかし先に言ったレッドウィンターは?

 次に辞令が出るタイミング。マコトはターニャがナギサから提示された工作活動について知っているただ一人の人間。いくら不祥事を起こしたとはいえ、このタイミングでターニャをトリニティから離すことが合理的な判断と言えるだろうか?

 そもそもがエデン条約のために最大限、全面的に譲歩する異例のゲヘナの態度に対するナギサの不信から始まっている。そこへ条約が動き出したタイミングでゲヘナ側の計画を知っている人間が約束を守らず姿をくらませるのはあまりにも致命的すぎる。

 そして連絡があってからトリニティに戻ればいいというマコトの言葉。出向というものは絶対にそのような扱いのものではない。

 ただの出向にしては明らかに何かがおかしい、そんな疑問を抱いてしまったからこそターニャは当事者として確認をしなければと確信する。

 

「失礼ですが、()()()()()はそれぞれどうなっているのでしょうか?」

 

 思い出すのは北方方面軍が冬季攻勢などという無謀を主張した際にそれを止めようとしなかったルーデルドルフ閣下。そして一見ただの無謀、愚策としか思えなかったそれは結果として協商連合の目を引き付け揚陸作戦を成功させるための陽動だった。

 その前例があったからこそ裏に何か別の意図があることを疑ってみれば――。

 案の定マコトはニヤリと口元を歪ませる。

 

「何、そう難しい話ではない。まず貴様がトリニティで騒動起こして以降風紀委員が何やら貴様のことを嗅ぎ回っていてな。面倒だから名目上レッドウィンターに飛ばした扱いにしておいた。これなら連中も手の出しようが無い、キキキッ!」

 

 その返答は単に風紀委員からの突き上げを嫌ったからというもの。しかも出向は名目に過ぎないと明言しているではないか!

 それを聞いてふっと肩の力が抜ける。人事評価的には少し痛いが出世街道から完全に脱落したと悲観する必要は無いらしい。組織の都合で飛ばされる不条理には大いに文句を言いたいところだがこれならまだ受け入れられる。

 とはいえ完全に気を抜くにはまだ早い。これだけの偽装をしてまで裏で企んでいることとは一体何なのか。どう考えてもナギサからの依頼同様、表沙汰にできない真っ黒に近いグレーな機密案件のはず。

 そう警戒しながらマコトの説明の続きを待っていれば。

 

「そしてここからが本題だが、貴様は我々が方針転換をして以降の計画について何かアリウスから聞いているか?」

「……はい、いいえ。議長閣下」

 

 不意に飛び込んできたまったく予想外な質問にターニャは思わず困惑してしまう。

 アリウス、計画、どちらも何のことかさっぱり分からない。

 ここで聞いてくるということは今回の出向と深い関係があることは明白。そして言い方からして明らかにマコトはターニャが何かを知っていることを期待している。

 それはつまり知る機会自体はあったがターニャはそれに気付かなかったということだ。

 何という失態、こればかりは職務怠慢として人事評価に響いたとしても言い訳できない。

 とはいえ知らないものは知らないのだ。ならば恥を忍んで正直に聞くしかない。

 

「申し訳ありませんが小官は一切存じておりません。察するに小官の出向はその計画と関連があるものと思ってよろしいでしょうか」

「その通り。先に伝えた通りゲヘナは調印式典まで協調、融和路線を取る。つまり計画の見直しが進行中のはずだ。よって貴様にはトリニティで得た経験を反映させた新計画を策定、完成した詳細な内容を持ち帰ってきてもらいたい」

 

 そういうことか――!

 その説明を聞いた瞬間、ターニャは混乱した状況から一気に納得できる展開を導き出す。

 協調路線に舵を切ることで修正が必要になるなど工作ないし攻撃計画以外に何がある。

 おそらくアリウスとは計画の策定を依頼していた相手、そしてマコトはターニャの危惧していた通りエデン条約をひっくり返すつもりだったのだろう。それが幸運にもターニャが意見具申をしたことで方針が変わり不要となったに違いない。

 平和条約を台無しにしようとする、そんな戦争の火種確実な動きがあったこと自体が露見してはまずいのだ。それを表沙汰にならないうちに無かったことにする、そのためのカバーストーリーと偽装だというのなら極めて正しい対応と言える。

 平和のための工作活動、内容を見れば何と素晴らしいことか!

 銃撃が絶えない世界で平和を求める理念の体現、それを実現できる機会をどうして逃がすことができるだろう。

 なればこそターニャのするべき返事はただの一つきり。

 

「確かに拝命いたしました、議長閣下!」

 

 

 

 

 

 

「どういうことですか、これは!?」

「キキキッ、何をそんなに怒っている? 何か万魔殿の人事に不満でも?」

 

 バンッと机を叩きながら悔しがる風紀委員会の行政官を眺め万魔殿議長、羽沼マコトは嗤う。

 ――物事が予定通りに進むというのはとても愉快だと。

 何よりも風紀委員を出し抜けたことが一層気分を盛り上げる。

 まさかターニャ・デグレチャフをアリウスに送り込んだ当日の午後には行政官が直接乗り込んでくるとは思わなかったが、間一髪で逃したと知った時の顔ときたらまさに傑作だった。

 運までも味方に付けるとは実に幸先が良い。

 そんなことを思いつつマコトは目の前にいるアコへしっしっと手を振り追い払おうとする。

 

「私は犬か何かですか! いえ、聞きたいのはトリニティで何をしようとしているのかです!」

「これは異なことを。エデン条約の締結に向けて動いているのは風紀委員が一番よく分かっているのではないか?」

「その交渉役が転入間もない一年生で、風紀委員に送り込んだという経歴がある時点で絶対に何か企んでいるでしょうに。それに正義実現委員会の管轄を越えてトラブルが起きても文句が来ないのは裏で何か手を回しているからでしょう!」

「はてさて向こうの事情なぞさっぱり知らんなぁ?」

 

 完全に疑ってかかっているアコを見てマコトは自分の判断が正しかったと改めて確信する。

 工事が始まりトリニティが引けなくなったタイミングを狙って出向の名目を作る、さすがはあのアリウスから派遣されてきただけの腕前ではないか。

 しかもナギサを警戒させないために表向きを聞いてくる余裕、計画を知らない点を追求されても物怖じしない度胸まである。何も具体的な指示はしていないのにここまで見事に計画に沿った行動をしてくれる有能さは実に頼もしい。

 

「エデン条約を最初に言い出したのが誰かはともかく今仕切っているのは万魔殿だ。そして貴様らがうるさいからお望み通り処分を下した。万魔殿の正当な業務の遂行と人事権の行使、これに一体何の問題がある?」

「その通常ありえない人事をした理由を質問しているんです!」

「実力があれば新一年生でも取り立てるだけのことだ。そしてその様子だと風紀委員には今年期待の新人は入ってこなかったと見える。なら人件費分の予算を減らしてやるか……」

「喧嘩売ってるんですか?」

 

 そうやって笑いながら適当に行政官をからかうマコトだったが、その胸中はアコを相手にするのが面倒だと次第に投げやりになりつつあった。

 人が明らかに言う気が無いと態度で示しているというのにまったくしつこい。これがターニャであればこちらの意を見事に汲み取って最適な行動をしてくれるというのに。

 できればこのままずっとゲヘナに置いて私の右腕にしたい、思わずそう思ってしまうほど有能な人材を風紀委員ごときに妨害させるわけにはいかない。そのためにも風紀委員の追及の手はここで断ち切らなければ。

 

「勘違いするな、校則違反者でもない万魔殿議員の人事に貴様らの関与する余地が無いという当然の話をしているだけだ。これだけ言って分からないならそれこそ職権乱用で予算を減らしてやってもいいがどうする?」

「……くっ、分かりました。ですが帰って来たら話は聞かせてもらいますからね!」

 

 マコトのちらつかせた強権に苦虫を噛み潰したような顔で渋々応じるアコ。

 その後ろ姿が勢い良く閉じられた扉の向こうに消えたのを見届けるとマコトは大きなため息と共に椅子の背もたれへ寄りかかる。

 出向させてしまえば追及してこないと思ったのは甘かったか?

 いや、正当な管轄を建前にして断ったのだ。ヒナも無闇に首を突っ込んではこないだろう。さらにレッドウィンターヘ問い合わせをされてもあそこの事務局は頻繁なクーデターでまともな引継ぎができていないことは重々承知。来ていないと言われたとしても問題は無い。

 本音を言えば戦車隊のオーバーホールを含めた大規模な整備や砲弾、燃料の購入もしたかったのだが攻撃の意図が無いと見せつけるために表立って準備をすることはできなかった。

 結局はアリウスが実行可能な計画を作れるか、ゲヘナがその通りに行動できるかが鍵となる。

 とはいえするべきことはしたのだ、後はターニャの優秀さに期待するだけのこと。

 

「そして後は待っているだけで全て解決というわけだ。キキキッ、実に順調ではないか!」

 

 ターニャも気にしていたがナギサは工事が終わるまでは動くまい。

 トリニティの生徒が害されたとしても関係無い民間企業、しかもカイザー系列の業者を犯人扱いして取り調べするような真似は避けるはず。ゲヘナに罪を被せる陰湿さはあってもその辺り()()は信用できる。

 そして業者への支払いをしているのはゲヘナ。ターニャの帰還が間に合わなくとも支払いを一部遅らせたりするなどすればいくらでも時間は稼げる。

 つまり成功は約束されたも同然。

 そんな輝かしい未来を想像しながら立ち上がったマコトは笑みを浮かべながら部屋の片隅にある冷蔵庫からプリンを取り出し意気揚々と蓋を開ける。

 やはり気分の良い時に食べるプリンは格別。普段よりも美味く感じられるな。

 そう上機嫌にプリンを食べ進めていたマコトだったが、不意に議長室の扉が開け放たれたことで瞬時に現実へと引き戻される。

 まさか風紀委員でも戻って来たか。そう瞬時に警戒をしながら入口の方を振り向けば――。

 

「マコト先輩、お話は終わりました?」

「なんだ、誰かと思えばイロハか。それにイブキも。どうした?」

 

 入ってきたのは同じ万魔殿の議員であるイロハとイブキ。

 彼女たちならノックをせずに入ってきても問題は無い、故にマコトはそのまま食べ終えたプリンの容器を適当に近くのゴミ箱へと投げ入れながら何をしに来たのかを問いかける。

 そして。

 

「えーっとね、最近マコト先輩が楽しそうだから良いことあったのかなって。何かお祝いだったらイブキと一緒にプリン食べよう!」

「楽しいことは誰かと一緒だともっと楽しくなるからとせがまれまして。いつものより少し高めのものを昨日イブキと買って来てあるんです。私はココアを淹れてくるのでそこの冷蔵庫から出してもらえます?」

「――あっ」

 

 ちらりとゴミ箱を見て顔を青ざめさせたマコトが土下座を決めるまで、残り五秒。

 

 

 

 

 

 

 直属の上司からの依頼、それはひどく厄介なものです。

 ましてそれが誰にも明かすことのできない機密任務であるならなおさら。

 それだけ期待されているという証ではありますが、もし失敗すれば個人どころか組織全体の評価にまで影響しかねず取り返しがつきません。

 そして最も重要なのは最初から最後まで関係者だけで対処しなくてはいけないということ。機密性の高い情報を第三者に明かするなど論外、もし情報が流出すれば個人の評価どころか組織の存在自体にも影響しかねないのです。

 では明らかにその達成が難しいと思われる場合はどうすればいいでしょうか。

 秩序の無い混沌とした雑踏の中からこんにちは、ターニャ・デグレチャフです。

 私は現在マコト議長に命じられた任務を達成するには何をどうすればいいのかという情報を手に入れるためにブラックマーケットへと来ています。

 ……とは言っても果たして行動してもいいのか悩むところなのですが。

 何を言っているか分からないかと思われるかもしれませんがこれは歴とした事実。

 何せ()()()()()()()()()()()()()()()のですから。

 

「くそっ、まさか公式には存在していないとは……。軽々しく請けたのが間違いだった」

 

 状況は最悪の一言に尽きる。

 まず地図を見ても検索をしても一切アリウスの名前が出てこない。出てくるのはトリニティ総合学園が誕生した第一回公会議で追放された一派に名を冠するものがあったという歴史のみ。まるで存在していないかのように姿が見えない。

 そしてこれが故意に隠されているなら下手に聞いて回るのも悪手。ゲヘナが何やら嗅ぎ回っている、そんな噂が立てば秘密工作も何もあったものではない。

 さらに唯一頼れそうだったマコト議長すら当てにならなかった。行き方が分からないので教えてほしいと電話してみれば返ってきたのは「私も知らん、誰か知っていそうな奴に聞け」という見事なたらい回し。

 これで任務が達成できると思われているなら心外極まる。

 やはりこれは正真正銘の懲罰人事で無理難題を押し付け失敗させてから減俸や降格を追加する気なのかもしれない、そう思ってしまうほどに意味が分からない。

 まるで何も見えない暗闇の中を手探りで進まされている気分だ。

 ――()()()()()()()()()()()()()()というのに。

 

「確かに以前どこかで聞いたことがあるはずだが……。どこで聞いた?」

 

 先日に命じられてからずっと、もやもやとした違和感がどうしても拭えない。

 アリウスという名を聞いた覚えはあるのだ。しかもそれに対してかなり強い印象を覚えたはず。なのにそれを聞いたのがいつのどこだったかが思い出せない。

 確かに存在していると自信を持てる意味では朗報ではあるのだが……。

 ただ今は思い出せないことにこだわって時間を浪費するよりも情報屋へ行って確実に業務を遂行することを優先するべきだろう。

 

「えーと王冠を被ったタコが描かれたクレイモア地雷の自動販売機のある角を右、煉瓦造りの建物の間の路地……、ん?」

 

 そして時々通行人や通りの店の店員に目的の場所を聞きつつ歩くこと十数分、ふと周囲の光景に既視感を覚えて思わず立ち止まる。

 そこにあるのは何の変哲も無い自動販売機。強いて言うなら本体に王冠を被ったタコが描かれており売られているのがクレイモア地雷であることくらいだが、何故かキヴォトスでは別に珍しくもないそれに何か引っ掛かる。

 見覚えがあるということは以前ブラックマーケットに来た時に見たのだろうか。

 そう記憶を漁り、そして通りの奥を覗き込めば。

 

「……そうだ、確かツァラトゥストラを買った店がこの先だったか」

 

 通りの奥に見える看板を見た瞬間に蘇るのはゲヘナの学籍と共に愛銃であるツァラトゥストラを買った時の思い出。

 あの時はキヴォトスで銃を持たないのが全裸の不審者よりも珍しいと言われて早急に調達せねばとひどく焦っていたなと苦笑しながら当時の心境を振り返る。

 そうだ、もし時間があればまたあの店に行ってもいいかもしれない。確かあそこは強力な火器も取り揃えていたはずだ。二十ミリに多弾頭ロケットは必要ないにしても便利な小物があれば買っておきたい――。

 ぼんやりとそんなことを思いながら踵を返して元のルートに戻ろうとして。

 その瞬間に私は思わず立ち止まる。

 

「……二十ミリに多弾頭ロケット?」

 

 到底個人で使うとは思えない強力な火器。しかし私はそれを買いに来た客と出会い、話した覚えがある。

 個人だけでなく同じ学園の生徒複数に同じようなものを卸しているという話にかなりインパクトがあったので忘れようがない。

 そしてその時に聞いた相手の学校名は何だったか。

 記憶が確かなら、それは――。

 目まぐるしく揺れ動く感情に従い私はかつて訪れた銃火器店へ向かう。

 そしてシャッターが開いていることを確認して飛び込めば。

 

「失礼! 店主、店主はいらっしゃいますか!?」

「いらっしゃい。おう、あの時の生徒さんか」

 

 奥から見覚えのある薄汚れたポロシャツにチノパン姿の店主が現れる。

 それに向かって私は焦る心を必死に抑え、慎重に言葉を選びながら質問を投げかけた。

 

「お久しぶりです。今回は買い物ではなく少しお話を伺いたく参りました。以前こちらでは多弾頭ロケット弾を卸している学校があると仰っていたと思うのですが」

「ん? アリウスの生徒さんのことかい?」

 

 ――ビンゴ!

 それほど警戒している様子も無い店主の口から飛び出したアリウスという単語。

 生徒と言うからには学校名で間違いない。

 状況から考えても間違いなくこの店が取引しているアリウスこそ私の出向先だ。

 

「はい、可能でしたらそのアリウスの方とお会いしたいのですが次にいつ来られるかなどはご存じでしょうか?」

「いやー、ついさっき来たけど次はどうだろうねぇ……。来月くらいか? 何か買ってくれるなら連絡してやってもいいが」

 

 そしてこちらの意図を見抜いたのか店主は連絡先と引き換えに買い物を迫ってくる。

 ふむ、その条件は実に悩ましい。

 情報屋とは言っても確実かつ迅速に情報を売ってくれるかは不透明。良くて高額のぼったくり、最悪は知らないで終わってしまうことも考えられなくはない。

 しかし関係者を直接紹介してくれるのなら話はこれ以上無いほど明瞭になる。

 ならばここは何か買うのが最善の選択だろう。

 

「ではツァラトゥストラ用の弾薬を十カートンとグレネード、スモークグレネードを一ケースずつお願いします。嵩張るので配達してもらえるとありがたいのですが」

「はい毎度。その制服からして送り先はゲヘナでいいのかな?」

「ええ。寮の部屋番号は……」

 

 斯くして商談は極めてスムーズに進み、ようやく私の待ち望んだ展開を迎える。

 すなわちアリウス生との連絡を取る瞬間を。

 電話をする、ただそれだけのことがこうも素晴らしく見えるとは!

 

「……ああもしもし、今いいかい? 君たちに話があるという客が来ていてね。うん、まだ近くにいるのなら現在地を教えてほしいんだが……。分かった、ゴミ集積所だな? そのまま少しそこで待っていてくれ」

「ゴミ集積所、ですか?」

「ああ。大方捨ててある雑誌でも読んでいたんだろう。店を出て右にまっすぐ行けばいい。でかいケース背負っているからすぐ分かるはずだ」

 

 ……あの生徒か?

 以前この店に来た時に入り口でぶつかった、やけに卑屈な姿を思い出す。確かにあれならすぐに分かるはずだ。

 店主に礼を言ってから店を出て、私は急いで教えてもらったゴミ集積所を目指す。

 せっかく作ってもらった機会、決して逃がすわけにはいかない。

 何としてでも目的を果たさなければ。

 

「――見えた」

 

 そして視界に入ったゴミ集積所、その傍らに佇む見覚えのある姿。

 それを確認した安堵に包まれながら、私は笑顔と共に声をかける。

 

「アリウスの方で間違いないでしょうか。小官はゲヘナ学園、羽沼マコト議長よりメッセンジャーとして参りましたターニャ・デグレチャフと申します」

「あ、えっと……はい、アリウス分校の槌永ヒヨリです。よろしくお願いします……?」

 

 ああ、良かった。これでひとまず命じられた任務は達成できるだろう。

 後はマコト議長の信頼に応え業務遂行に専念するのみだ。

 

 ――全ては私の出世と平和実現のために。




「(アリウスの生徒ではないので)行き方が分からないのですが」
「(一定時間で勝手に変わるルートの最新情報は)私も知らん」
で会話が噛み合い、しかも結局はアリウスに行けてしまう喜劇。

ライトノベルの心の旅路を紐解くブログ様にて紹介していただきました。
心から御礼申し上げます。
https://suzustory.com/2024/12/13/nizi-67/
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