ひぃん、お待たせしてごめんなさい!
書きたい点と書きたい点はあるのに間をスムーズに結べないのです……。
昔の自分は最初期の方どうやってあんな短いスパンで書いてたの……?
――コツン、コツン。
漆黒に包まれた狭いトンネルの中を懐中電灯の二条の光と共に足音が響く。
しかしそのトンネルは明らかに普通ではない。何しろそこは巨大な地下墓地、カタコンベ。
極彩色に彩られた柱や壁の装飾などの装飾をどう好意的に見たとしてもそこが死に満ちた陰鬱な空間であることに変わりない。
目に入るシンプルな石棺、装飾と彩色が施された石棺、朽ちた木棺、地面に落ちた頭蓋骨。空気は淀んですえた臭いがし、時折足元から伝わってくるのは踏みつけた骨の欠片が砕ける感触。
観光地化されているパリやローマのカタコンベには無いであろう本物の墓場だからこその気配を五感ではっきりと覚えてしまう。
心の弱い人間なら怯えて動けなくなる、そう感じさせる空気がそこにはあった。
――ただしそれは今ここにいる人間に限っては当てはまらないのだが。
「つまりアリウスでは第一回公会議以来数百年間ずっとそのような生活を?」
「そうですねぇ。苦しかった、いえ今も苦しいですよ? 辛くても逃げられなくて、きつい訓練に合格しないと食事にもありつけなくていつもお腹が空いていて、上級生に少しでも反抗すれば本当に死ぬんじゃないかと思うくらい殴られて」
「なるほど、このような閉鎖的状況下ではかなりストレスも溜まるでしょうな」
ターニャとアリウスの生徒、槌永ヒヨリは雑談を交わしながらごく普通の散歩かのごとく平然とカタコンベの中を歩いていた。
確かに無数の骸に囲まれた空間は不気味ではある。しかし逆に言えばただそれだけ。
ターニャとしてみれば時にスコップで直接相手の頭をかち割り、時に師団と称する数万名の兵士たちを実弾訓練の的として
そんなフレッシュ極まる挽き肉の量産現場を思えば完全に干からびた物体などどうしていちいち気にすることがあるだろうか。
そして当然アリウス自治区への通路としてここを使っているヒヨリもカタコンベの中を今更気にすることはなく、結果としてやや場違いな雰囲気のまま足を進めている。
「それを分かっていてターニャさんはアリウスでしばらく過ごすんですか? いつもジメジメしていて物資は少なくてインターネットも通じていないアリウスで……。辛いですねぇ」
「命令ですので致し方ありません。しかしこちらの実情を知っていれば何か手土産でも持って来たのですが」
「手土産……。どうせなら果物の缶詰をお腹いっぱい食べたいですねぇ。前に捨てられていた桃の缶詰が本当に忘れられなくて、えへへ」
――さて、これはどうしたものだろうか。
笑顔のヒヨリに相槌を打ちながらターニャは今知った情報を懸命に整理する。
聞いた限りではアリウス自治区の生活環境は明らかに劣悪。食事や衛生面に気を遣っている様子がまるで無く、生徒間の人間関係も暴力が横行するなど治安も良くない。
マコトの信用を得て重要な役を任されたのは光栄ではある。しかしそれは建前で実際のところは懲罰人事なのではないか、そう疑ってしまうほどに状況を受け入れ難いのが実情。
モーニングコール代わりの砲撃、夜襲などの心配が無いとはいえ前線の塹壕並みに心休まらない環境で派遣させられることをどうして喜べるだろうか。
安全なデスクワークも清潔で温かい文明的な場所でやってこそだというのに!
「せめてもの救いはゴールが見えていることか……。ならば早急に計画を策定しなければ」
あくまで出向は名目、策定した新計画を受領するまでの一時的なもののはず。つまりそれを達成してしまえばアリウスよりもまだ清潔で文明的と言えるゲヘナに帰れるのだ。
しかも今回の目的は攻撃ないし工作活動の修正、平和路線への転向。どれだけプレゼンを行って気に入られたとしても戦場へ放り込まれるということはあるまい。
ならば全力で取り組まない理由がどこにあるだろうか。
とはいえアリウス側の意志が分からないのは懸念すべき点ではある。長年にわたり閉鎖的な環境のまま地下に隠れ続けた相手が何を求めているのか、交渉の材料に何を持ち出せば乗ってくれるかは一切不明。
そのためにもまずは責任者に会って確かめなければとターニャが決心した時だった。
「……あれは?」
「あっ、私たちのリーダーだと思います。カタコンベに入る前に連絡しておいたので」
今までターニャたちの持つ懐中電灯以外には光源の無かったカタコンベ、しかし不意にその奥で小さな光が現れる。色や動きからしておそらく懐中電灯、そしてヒヨリはそれを持ってやって来た誰かに心当たりがあったらしい。
ヒヨリが大きく円を描くように腕を振れば奥の光もまた同じように動き、やがて姿を現したのは帽子にマスク、白いコート姿の少女。その後ろにはガスマスクに同じく白いコート姿の生徒たちが五人ほど付き従っている。
ヒヨリにリーダーと呼ばれていたことからして彼女がアリウスの生徒会長だろうか。まだ自治区に着いてもいないのに出迎えに来るとはよほど期待されていると見える。
そんな若干の高揚感に顔をほころばせつつターニャは姿勢を正して声を張り上げ――。
「お初にお目にかかります。小官はゲヘナ学園、万魔殿の羽沼マコト議長の使いとして参りましたターニャ・デグレチャフと申します。アリウス分校の方でお間違いないでしょうか?」
「……マコトの使いだと? あいつの代わりに知らない奴が来るなど聞いていない。それに事前の連絡も無しに突然来るとは、どういうつもりだ?」
そして目の前の生徒が強い不信と警戒の感情も露わに放った言葉、次いで向けられた多数の銃口を前に一瞬でその表情を強張らせることになった。
これは一体どういうことだ、この訪問はマコトの指示だというのにそれがアリウス側に伝わっていない?
――くそっ、うちの上司はホウレンソウもまともにできていないのか!
唐突に訪れた最悪すぎる状況にターニャは内心で盛大に悪態をつく。
もしこれが帝国軍の参謀本部や情報部など特に機密性の高い部署へ知らない人間が事前の連絡も無く突然来たのなら銃を向けられるのも当然。いや、むしろ警告無しに実弾で排除されることの方が普通だ。
そしてアリウスは明らかに参謀本部や情報部並みの警戒態勢を敷いている。つまり現時点で帝国軍と同じ対応をされていないのはただの幸運でしかない。
こんなところで出世街道から脱落どころか命の危機などまったくもって冗談ではない。どうにか切り抜けなくては!
「えっ、案内しちゃ駄目だったんですか?」
「そもそもここへ来るような物好きが限られるとはいえ確認の手順を怠ったのは問題だ。当分訓練は五割増し、嗜好品と外出は無しになると思え」
「そんなぁ!」
そして奥のアリウス生とヒヨリが交わしているやり取りの内容も非常にまずい。
嗜好品と外出が無くなる、それは極めて閉鎖的なアリウスの環境下では確実に致命的。
ターニャも軍という閉鎖的な環境で長く過ごした身、厳しい訓練で疲弊した人間にとって甘味や嗜好品、外出の重要性は十分に理解している。ターニャ自身もコーヒーやチョコレートなどの確保に尽力したし、部下のベストパフォーマンスと労働意欲を引き出すためにも酒をはじめ規定通りの休暇が取れるようにする努力を欠かさなかった。
それをこちらの不手際のせいで奪われさらに訓練を増やされたことで休息の時間まで減らされるとあってはどうなるか。
まして最初から無いのとあるはずだったものが無くなるのでは印象がまったく異なる。
もしターニャが同じ目に遭わされれば確実に抱くのは怒り。同盟相手だろうと、いや身内だからこそその感情は敵に対するものよりも大きくなる。そしてそうなってしまえば信用の構築、円滑な協議どころではない。
それは、それだけは何としてでも防がなければ!
「こちらの連絡ミスで混乱を招いてしまったこと、大変申し訳ありません! 責任はひとえに確認を怠り現場の方に案内を直接依頼してしまった小官にあります!」
そう判断したターニャは即座に割り込むような形で半ば強引に口を挟んだ。
必要なのは謝意をしっかりと伝え、そして責任がターニャのみにあると明言すること。
常識的に考えて先方にも責任の一端があるとはいえ私は悪くありませんと逃避した人間の印象はどうなるか。先方で処罰があるのだろうと察していて形だけだとしてもそちらは悪くありませんと庇って見せるポーズは必須なのだ。
こちらが責任を全面的に認めてしまえばそれ以上の余計な摩擦は生じない。交渉へのダメージも最小限に抑えられる。
だからこそターニャが深々と頭を下げて見せれば、向こうもこの場でヒヨリを責めるわけにもいかなくなったらしく一転して沈黙が訪れる。
「……初対面の人間の言うことを素直に信じろと?」
「はい。難しいと承知しておりますがそうしていただく以外に取れる手段がありません」
「それならその用件とやらを言ってみろ。マコトしか知らないはずの情報をお前も知っていたなら使いだと判断してやってもいい」
そしてターニャはなんとか条件を引き出すことに成功する。
とはいえ安心するにはまだ早い。求められているのは本来マコトだけが知っているはずの情報をターニャは知らないのだ。
あくまで前世での歴史との符合から計画の存在を嗅ぎ取ったのでありその詳細な内容までは関知していない。もし間違いや答えられないことがあればそこで終わり。
しかしこうなった以上覚悟を決めるしかない。
――どうか合っていてかつ下手なことを訊かれませんように。
「今回の目的は我々ゲヘナと御校とがトリニティに対して条約の調印式の会場で計画している工作についてです。この度議長は直接的な攻撃ではなく経済的、情報的にトリニティの優位に立つことを優先するよう方針を変更されました。それに伴い小官は皆様方の計画も長期的かつ穏当なものへ変更を手伝うよう命じられた次第であります」
間違いは無いだろうか、何か引っかかるような点は無かっただろうか。
そんな不安を抱きながらターニャはじっとアリウス側の反応を待ち。
そして。
「……まあいい、あいつはそう簡単に情報を漏らしたりする間抜けではない。計画も我々のことも知っているならあいつ自身が教えたのだろう。ただ覚えておけ、少しでも怪しいと感じたら即座に撃つ」
険しい表情でそう告げるアリウス生。
それにターニャはどうにか首の皮が無事つながったと胸を撫で下ろすのだった。
◆
――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
現代の日本人ならかの有名な小説の冒頭を一度は聞いたことがあるでしょう。
長く暗いトンネルから一転して白銀の世界へ、その瞬間はさぞ清々しさを覚えたのだろうと想像してしまうもの。そしてその想像は万人にとって共通なのかもしれません。
何を隠そう私もここへ始めて足を踏み入れた時、目の前の光景を見てその言葉を思い浮かべたのですから。
長い時間をかけて網の目のように張り巡らされたカタコンベを抜けた先にあったのは四方を岩壁に囲まれ頭上のみが開いた、まるで空洞化した火山のような広大な空間。そしてそこにあったものこそ歴とした一つの都市。
それこそが今私がいるこのアリウス自治区。
しかし地形の影響なのかそのわずかな空も大半が曇天であり陽射しが入ることは稀。航空写真で見つかる可能性も低く厳重な秘匿性を鑑みてもブラックマーケットで情報を手に入れるのは不可能だったかもしれません。
まったくもってここの関係者と接触できたのは幸運と言うより他にないでしょう。
アリウス自治区の中からこんにちは、ターニャ・デグレチャフです。
私は現在このアリウス分校で彼らの訓練に参加、もとい監督をしている最中です。
「戦車の本質は突破力だ、多少の塹壕や鉄条網は簡単に踏み越えてくる。しかもトリニティの所有するクルセイダーは高い機動性と速力を持っており特に脅威だ。車体に人員を載せて輸送でき頑丈な遮蔽物としても機能する強力な火点、極めて厄介なので優先して対処する必要がある」
今行っているのは広めの建物の庭を舞台に、廃材で簡易的に作った戦車の模型を使った対機甲戦についての講義。
本来なら私がアリウス生の訓練に関わることは無い。あくまで出向している身であり命じられている計画案策定への協力以外に何かするのは筋違いというもの。
それでもこうして関わることになったのは何もしないことに
まず食料が配給制の場所で部外者が備蓄をもらっている状況は非常によろしくない。
人員が一人増えれば当然元々あった食料配分の予定に影響する。今は大丈夫だとしても滞在する日数が嵩めば次第に問題が顕在化してくるだろう。
そしてその結果配給される食糧が減らされでもしたら? 良くて恨まれ、最悪は私個人に対する暴動だ。ヒヨリは後で個人的に甘味を補填することで示談が成立したがさすがにアリウス生全員分の補填など到底不可能。
それを避けるためにも私が食料を受け取ることが正当だとの評価を広めなければ、そう考えた時に気付いたのがアリウスにとある戦闘兵科が欠けていることだった。四方を囲む岩壁により硝煙、排気ガスの換気も容易ではないことが理由なのだろうが――。
それはつまり機甲戦、砲兵戦についての経験がほとんど無いということだ。そして同時に対機甲戦、対砲兵戦の経験もまた無いということでもある。そして私は砲兵が神と同義だったライン戦線を経験し、さらに戦車と重砲も統合した戦闘団を率いるはずだった身。
これ以上なく適格な指導ができるではないか!
そう気付いてしまえばやることなどただ一つ。あのカタコンベで出会ったアリウスのリーダー的生徒である錠前サオリに意見具申し、そしてその結果がこの状況。
アリウスでは教えられないものを教える、これで立派に面目が立つというものだ。
「戦車は厚い装甲に守られているが対処法はある。装甲は正面こそ厚いが側面や後方、そして上面は比較的薄い。特にクルセイダーは速度を出すために装甲が薄くなっている。攻撃する場合は可能な限り側面や背後に回り込むことが肝心だ」
肝心の教材は巡航戦車。
さすがに未経験者にいきなり対ティーガーを想定した指導は不適切、まずは比較的対処が容易な車両を想定した基礎的なことから教えることにした。
そしてアリウスの生徒たちは真剣に私の講義を聞いてくれている。年頃の学生にありがちな私語や居眠りも無いというのは実に素晴らしい。
とはいえノートを取っている生徒がいないのは少し気になる。ゲヘナ、トリニティなら
本来部外者である私がそこまで求めるのは酷かもしれないが、分からないことを放置して後から教わったことと違うなどと不満を言われるようなことは好ましくない。
本物のティーガーに主砲を向けられる恐怖はいくら映像を見たところで分からない。今まで映画を見たことすら無いであろうアリウス生ならなおさらだ。
果たしてこれでいいのか、そんな不安がじわじわと沸き上がってくる。
かつて新人に本物の戦場を教え込むために前線の塹壕までピクニックに行った、対魔導師の経験が無かった海兵隊のために北洋艦隊の戦艦バーゼルで対艦強襲演習をした。あれらは座学ではなく自分で経験したからこそ理解し身に付くと言えるだろう。
やはりどうにかして一度本物を経験させてみるべきではないか。
これが終わったらマコト議長とサオリにそれとなく提案してみよう。現状の確認と評価、改善をするPDCAのサイクルこそ社会では重要なのだから。
「戦車を相手にする場合はひとまずこんなところだ。次回は砲兵を相手とした場合――」
「ターニャ・デグレチャフ、少しいいか」
そして無事に講義を終え肩の力を抜いた時だった。
後ろから声を掛けられ振り向いた先にいたのはアリウスのリーダー格、錠前サオリ。その表情は真剣そのものであり、話しかけてきた用件が重要なことだろうと思わせるもの。
――何だ、今の講義で何かまずいことでもあったのか!?
「何でしょうか?」
何か面倒事を持って来たのではないか。そんな予感に思わず姿勢を正す。
そしてサオリはそんな私を数秒間黙って見つめた後わずかに首を傾げながら口を開いた。
「今教えていたことは実際に使う機会があると考えてのことか?」
「はい、その通りであります。小官はこの先戦車を相手にした戦闘があり得るものと確信しておりそのための対処法の指導は必須と判断いたしました」
なんだ、そんなことか。
知識というものはどれほど身に付けておいても損は無い。学生の頃不要と思ったこともいざ社会に出れば使う機会があったなど珍しくもない話だ。
そして戦車を相手にした戦闘は私自身が日常の一幕として経験したこと。つまりアリウス自治区から出る機会があれば簡単に遭遇しかねない。
それへの対処法を教えなくてどうするのか。
「それとこれは小官の個人的な思い付きで恐縮なのですが、実際の戦車を使用した訓練を行うことはできないでしょうか。実際に装甲の厚さや主砲の威力を体験しておくことで実際に戦闘する際に取るべき行動が分かりやすいと思うのですが」
「……一応考えるだけはしておこう」
うむ、実用的なスキルの指導に加えて意欲的なところもアピールすることができた。
これならアリウス側からの評価も悪くないはずだ。私が食事をしているところを見られても何の問題も無いだろう。それどころかゲヘナに戻る際に高く評価される可能性も出てきた。
このまま作戦計画の作成にも精進していかなければ。
◆
夜の八時を過ぎたアリウス自治区は暗闇に包まれていた。
他の自治区であれば建物の窓や街頭、道路を走る車のライトなどが明るく輝いているはずの時間でもここではほとんど光源となるものが無い。せいぜいランプやドラム缶での焚き火といった炎がある程度。
そしてこの自治区の中でも一際大きな建物のとある部屋でも同じようにランタンの揺らめく炎がぼんやりと室内を照らしていた。
しかしそこにいる人物の姿はまさに異形と言うべきもの。
長い黒髪に真っ赤な肌、白いロンググローブ姿の女性。床にまで伸びた白いロングドレスは裾に薔薇の刺繍が施され高級そうな雰囲気を放っている。しかし最も特筆すべきはその顔だった。
一見白い翼のような仮面をしているように見えるがよく見ればそこにあるのは優に二十を超える赤く禍々しい目。そのどれもが細かく動いており明らかに作り物ではない。
そしてそんな禍々しい雰囲気を放つ女性の見つめる先ではサオリが静かに佇んでいた。
「それで? ゲヘナからの使者はどういうつもりだと?」
「……条約調印式への作戦計画の見直しを、と。経済と情報の分野で優位を取ってからゆっくりと片付けたいらしく」
「ふざけた話ですね」
パンッと手にしていた扇で勢いよく机を叩きながら女性は不愉快そうに呟く。
「今更弱気になったとでも?
そしてその女性はサオリを睨み付けながら鋭い口調で問いかけた。
「それで? ゲヘナはそれを本気で言っているのですか?」
それにサオリは少しだけ眉をしかめて考え込む。
マコトが本来取ろうとしていた計画、ターニャが言ってきた修正要求。正直に言えばあのマコトがそう簡単に心境を変えるとは考えにくい。しかしターニャが元の計画を知りアリウス自治区まで来ていることは間違いなくマコトの意志によるものだという証左。
ならばどちらが本当かターニャの態度からそれを見極めるしかない。
そう判断し、サオリは昼間に自分がこの目で見たことを思い出しながら顔を上げた。
「私が見た限りですが、ほぼ間違いなく嘘です」
サオリの印象に残っているのはターニャが取った理解不能な行動の数々。
まずカタコンベでの謝罪。ヒヨリが勝手に案内したのが悪かったあの件に謝罪して一体何の意味があるのか。
それに突然アリウスの生徒たちに教育をしたいなどと言い出したのも不可解。確かに戦車を相手にした経験は無く助かったのは事実だが、それを教えることで何の得がある。
それらが計画案の策定に影響すると本気で思っているのか。
むしろこちらの混乱を誘うための欺瞞行動と捉えた方がまだ納得できる。
「その根拠は?」
「あのターニャというゲヘナ生はこの知識は今後確実に使うことになると言ってトリニティの戦車を仮想敵とした対処法を教えていました。また実際に戦車を使用した実戦的な訓練を行いたいとの提言もしています。提案はともかく内心は本格的に事を構えるつもりでその際に我々を戦力として数えたいのでしょう」
そう、ターニャの行動は矛盾しているのだ。
計画を穏当なものへと変更すると言いつつ戦車を撃破する手段を教示して確実に使うことになるなどと
どう考えても戦闘が起きると確信していなければそんな行動は取らない。
「……なるほど。あえて私たちからトリニティに情報を流させ足元を固めることに集中させたその隙に、ということですか。さすがは議長とやらをしているだけのことはあります」
再び不愉快そうにそう呟いて女性は椅子の背もたれへ乱暴に体を預ける。
そして低い声で、吐き捨てるように決定事項を告げた。
「――ですがこの私をも欺こうとしたのは気に入りませんね。ゲヘナには了解したと伝えて適当な計画でも作りなさい。実際の計画は変更せずに油断したゲヘナも葬ってしまいましょう」
「……はい、マダム」
そう返答したサオリはすぐに部屋を出ていき室内には静寂が満ちる。
そしてアリウスの夜は静かに更けていくのだった。
――ターニャの知らないところで渦巻く策謀と共に。
そろそろ勘違いギャグから本編のシリアス展開に入らないといけないですねぇ……。
ここが面白くて好きと多くの方に言っていただけたのですけど仕方ないですねぇ……。