ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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十八、計画案

 アリウス分校とは非常に特徴的な学園である。

 幾千の学園が存在するキヴォトスでは学園ごとに文化や校風の違いが存在し、それによってその学園を象徴する特色が生まれている。例えば観光業に注力する百鬼夜行、頻繁に弾圧とクーデターが発生するレッドウィンター、そして自由と混沌を掲げ問題児を放任するゲヘナのように。

 そんなキヴォトスの人間から見たとしてもアリウスの在り方は異質と映るに違いない。

 外部との接触が極限まで限られた閉鎖的すぎる環境、暴力を伴う生徒間の明確な上下関係、戦闘に特化したカリキュラム、厳密に管理され配給される味気ない食事。そこに自由や楽しみと呼べるものはほとんど無い。

 特殊部隊を育成、運用するSRT特殊学園なら似たような生活になるかもしれないが、ごく普通の感性を持った生徒なら到底受け入れられないだろう。

 そして環境が劣悪なことは当のアリウス生たちも理解しており、急に滞在することになった外部からの客人に対してどんな感情を抱くかはある意味予測できるもの。

 自由が校風のゲヘナ、しかも生徒会のエリートという恵まれた立場。そんな人間が来たところで暴力的な規律が支配するアリウスに馴染めるものか。そのうち音を上げるだろう――。

 サオリをはじめ多くの生徒たちが当初そのように予想していた。

 それは本来ならその通りだったかもしれない。マコトも、そしてトリニティのとある生徒もここで過ごすことには一定の不快さを覚えていたのだから。

 しかし今ここに来ている人間に限っては、そんな予想は見事に掠りもしていなかった。

 

「馬鹿正直に後ろに回ろうとするな、戦車側も弱点は晒さないよう動くぞ! 次、三〇度ほど右にある崩れかけの壁をお願いします」

「……はぁ、辛いですねぇ。無理やりこき使われて苦しんで……」

 

 怒声と共に告げられる要請、それに悲観的な言葉が応えたと思えば直後に銃声というよりも砲声と呼ぶべき轟音が響き渡る。

 アリウスに来て一週間。ターニャは今日も元気に、もはや日常になりつつあるアリウス生の指導に勤しんでいた。

 サオリと共に進めている計画の策定は実に順調、この分ならもうすぐ終わり大手を振ってゲヘナに帰ることができるだろう。

 しかしだからといってそればかり注力しているわけにもいかない。自分が言い出した講義と訓練の修了を見届けずに帰る教官がいるだろうか。何としてでも責任を果たさなくてはという義務感に従い、ターニャはより一層指導に力を入れていた。

 確かにアリウスはお世辞にも快適な環境とは言い難いが、ターニャにしてみればここでの生活は帝国軍の士官学校にいた頃と大して変わりない。むしろ砲弾や夜襲といった物騒な目覚まし時計も無く訓練するだけでいいという安全な生活の何と素晴らしいことか。

 そして現在行っているのは以前作った戦車模型を使った対戦車戦闘演習。ただし今回は外に随伴歩兵という設定の生徒を配置し、内部には人が入れる空間と銃座を設置した応用編。

 確かに基本的な立ち回りについては周知できた。しかしいざそれが身に付いたか確認をしていた時、ターニャは気付いてしまったのだ。

 ――あまりにも愚直すぎると。

 確かに教えた通りの行動はできている。その点は優秀だと褒めてしかるべきだ。

 しかしそれは直線的な動きで容易に移動や攻撃が予測できるものばかり。動かない的だからいいものの本物が相手なら一瞬で蹴散らされてしまう程度でしかない。

 いくら何でもこれはまずい。大見得を切って指導したというのに実際の現場では役に立ちませんでしたなどとクレームが来ては人事評価でマイナス査定を食らうこと間違いなし。使う機会が多い少ないにかかわらず教えるならば万全でなければ。

 本職の軍人であるはずのヴァイス中尉すら当初は教範通りにしか動かなかったことを考えれば未経験者がそうなるのも当然だが、だからこそダキア軍相手の実弾演習のようなリアリティある訓練に移行しなければとの結論にターニャが達したのは自明の理だった。

 しかしそのためにはどうするべきか。

 アリウス側の秘密主義と警戒ぶりを見るにゲヘナに招くのは非現実的。機密情報であるアリウスと提携を堂々と公言するようなものだ。かといって本物を持ってくるのもカタコンベ以外に搬入路が無いため難しい。一応狭いながらも天井は開いているが、だからといってこんな所へ輸送ヘリを持ち込めば明らかに目立つ。

 やはりアリウスにあるもので工夫するしかないか、そう悩んでいたところでターニャはふと前世に存在していたとある戦車を思い出す。

 ドイツの戦車といえばティーガーが有名だが戦間期にはヴェルサイユ条約の制限を掻い潜り密かに技術習得を目的に戦車を開発していた。訓練用でありながら実際に戦場へ投入されたその戦車の主武装は二十ミリ機銃。

 そしてここアリウスにはそれと同じ二十ミリの弾薬を使う生徒がいるではないか――。

 その気付きと交渉の結果ヒヨリの協力が得られ即席の二号戦車もどきが誕生し、こうして現在の実戦的な授業の開催と相成ったのである。

 

「移動する時はもっと身を隠しながらだ! どこに隠れているか丸見えだぞ! ……右手前方の窓が三つ並んでいる建物に注意、姿を見せたらお願いします」

「辛いですねぇ。せっかく隠れても見つかってしまえば何もできず苦しむことになって、でもそれが人生というものですか」

「……歩兵小隊、間もなく前方を攻撃するので炙り出された連中を排除するように」

 

 どうも否定的な言葉を吐くヒヨリの側は空気が重い。そんな不快感に眉をひそめつつターニャは淡々とヒヨリに攻撃指示を伝え、そしてそのまま一分ほどの沈黙の後に再び響く発砲音。

 見れば先ほど伝えた建物の壁が爆散して大穴が開き、そこに隠れていたアリウス生たちが慌てた様子で飛び出してくる。しかしそれは予期していた歩兵とヒヨリの追撃によって瞬く間に戦闘不能にされていった。

 やはり本家二号戦車の機関砲には制圧力で劣るが二十ミリは強い。居場所が分かってしまえば壁ごと撃ち抜かれるうえに随伴に歩兵の対処も必要という教訓はただの模型相手では決して学べない貴重な経験になる。やはりこの応用編を実施して正解だった――。

 内心でそう満足気に頷きつつ、ターニャは身振りで今回参加せず見学していた生徒に向けて戦闘不能になった生徒の手当てと回収を命じる。

 いくらキヴォトスの人間が頑丈とはいっても銃弾の飛び交う場所に放置するのはよろしくないし被弾している以上処置は必須。それに攻撃側の人員がまだ残っているかの集計もしたい。

 そうして周囲を警戒しつつ一連の作業が終わるのを待っていれば。

 

「意識不明者六名、収容しました!」

「ご苦労。六名だな? 残りは……なんだ全滅か。演習終了、演習は終了だ! 死体どもは動いて良し、片付けにかかれ!」

「あっ、終わりですか? どれだけ頑張っても何も果たせないまま死体になるなんて……まるで私の人生みたいですね、えへへ」

 

 戦闘不能になった人数が攻撃側チームの人数と同数になったと告げられたことでターニャは演習の終了を宣言。同時に戦闘不能となり回収された生徒のうち動けるようになった者を呼んで片付け作業に取りかからせる。

 欲を言えば終了後直ちに振り返りと講評に移るのが理想だが、今気絶したばかりの生徒が起きるまではそれも無理。それまでは片付けで時間を潰すしかない。

 そうしてターニャとヒヨリも砲塔を降りて散らばった薬莢や瓦礫を拾い集めていた時だった。

 

「ヒヨリ、特別補給が来たんだけど整理するのに何人か連れて行ってもいい?」

 

 突然そう声をかけてきたのは今回の演習に参加も見学もしていない生徒。

 白いパーカーにダメージデニムという服装。首には包帯、耳にはピアスという特徴的な姿。確か名前は戒野ミサキ、だったか。

 

「特別補給?」

「あっ、二週間に一度の差し入れのことです。紅茶やお菓子、雑誌なんかが無料でもらえるんですよ! ……こっちは終わったので大丈夫です、今行きますね!」

 

 余程楽しみなのか笑顔で受け答えするヒヨリ。そんな彼女が補給品の整理に回す人員をまとめている姿を眺めながら、ターニャは今聞いた言葉の意味について考え込む。

 アリウス側が差し入れを受けること自体は構わない。これだけ閉鎖的な環境で生活しているなら色々な所を頼るのはむしろ当然と言える。しかしヒヨリは今何と言った?

 取引ではなく無料での差し入れ、しかも定期的。

 それはあまりにも条件が破格すぎる。余程良いパトロンに恵まれたのか、それとも期限切れか何かなのか。それともまさか盗品の隠語か?

 そんな疑問を抱きつつターニャは一度周囲を見回してから二人に声をかけた。

 

「よろしければ小官もお手伝いいたしましょうか? こちらは大体片付きましたし、講評にもまだ入れないようですから」

「……えっと、秘密にしておいた方がいいですかね?」

「結局は全員に配るんだから無理じゃない? それに本人はもう帰ったけど」

「それなら仕方ないですかねぇ……」

 

 幸い崩れた壁もそこまで量は無く気付けば作業はほとんど終わっている。ならばここを離れても問題は無いだろうと判断して整理を手伝うことを提案したのだが、何故かヒヨリとミサキは意味深な会話をしながら少し躊躇う様子を見せる。

 その様子から察するにやはりただの補給ではないのかもしれない。だとすればこれ以上下手に首を突っ込むべきではないだろう。

 ターニャ自身も階級やコネなどをフルに活用し半ば強奪のように二〇三大隊全員分の九七式宝珠を確保したことがある。そのやり口は決して褒められたものではなく、もし今と同じように入手の場面を見たいと言われれば誤魔化すのは想像に難くない。

 円満な関係性の維持のためにも相手が言いたくないことは無理に聞くまい、瞬時にそう判断したターニャは撤回の意思を告げるために口を開きかけ。

 

「いえ、難しいようでしたら結構――」

「じゃあこっち」

 

 しかしその言葉は同じタイミングで発せられたミサキの了承によって遮られた。

 そのまま踵を返して去ろうとする後ろ姿に一瞬言葉を失うも、ターニャはすぐに我に返りそれを追いかける。

 よく分からないが見せてくれるというなら断る道理は無い。それに整理を手伝う積極性を買ってくれたというのにそれを無下にしては悪印象だ。

 この時ターニャは油断していた。何かありそうだったがあっさり許可が下りたのなら大したものではないのだろうと。

 それは本当にまずいものなら見せるはずが無いという思い込み。縦割り組織とそれに伴う複雑な申請手続きの数々、機密保持という壁に慣れてしまっていたが故の軽率な判断。

 結果としてカタコンベへの入り口前に停められた一台の小型トラックを見た瞬間ターニャは自身の目を疑い、言葉を失うことになる。

 ――運転席の扉と荷台側面、そしてその側に積み上げられている紅茶の缶にはっきりと記されたトリニティの校章によって。

 

 

 

 

 

 

 錠前サオリにとってターニャ・デグレチャフという存在はとにかく異質の一言に尽きた。

 対戦車戦闘の講習を完遂して見せたのはまだいい。ゲヘナが本気であると示すため対トリニティを意識した人選、講義をするのは理解できる。

 しかし起床から食事、訓練に至るまで一日を通してまるでアリウスにいたことがあるかのように思わせる完璧な振る舞いをして見せ、さらに体罰の場面を見ても一切表情を変えず平然としているのはどういうことなのか。

 ゲヘナとトリニティ、双方の人間ともアリウスを訪れた時はどちらも表情や態度が取り繕えないほどに崩れ、一日の流れに戸惑っていたというのに。

 まさか自分たちと同等かそれ以上に過酷で虚しい環境で過ごしてきた経験があるのでは、そんな突拍子もないことを考えてしまうほどに彼女は完璧すぎた。

 確かにあのマコトが送り込んできただけのことはある。

 しかしその完璧さは今に限っては同時に厄介の種でもあった。

 

「では主目標を交通と通信にするというのはどうでしょうか。調印式典には多くの見物客が来ると予想されています、その動きを止め通信を遮断すれば短時間でも十分混乱させられるかと」

「……悪くない。だとすれば道路、空港、電波塔だな。それもなるべく遠くて駆け付けるのに時間がかかる場所の」

 

 アリウス分校校舎のとある一室。そこでサオリはテーブルに広げられたトリニティ自治区の地図をターニャと共に見つめていた。

 そこに書き込まれた走り書き、飛び交う言葉。それらは紛れもなく調印式典の場でトリニティに対しどのように攻撃を仕掛けるかというもの。

 サオリが語ったトリニティのクーデター計画は嘘ではない。しかしその裏にはターニャに伝えていないもう一つの計画があることもまた事実。サオリからすれば何を目的としてどのように動くかなどすでに決まっており今更真剣に考えるようなものではない。サオリたちはそれに従うしかないのだから。

 しかしそれをターニャに悟られるわけにはいかない。何としてでも隠し通さなければ。

 そう考えたからこそこの()()に付き合っていたのだが――。

 一体こいつは何なんだ、サオリがそう思ってしまったのは何度目だろう。

 確かに経済や情報の分野で宣伝に努めトリニティの優位に立つ、そう目標を立てていた。

 しかしアリウスの訓練に平然と参加した挙句対戦車戦闘の教官までこなすような明らかな武闘派がゲリラ戦にまで明るいとは予想外。

 的確に物流の弱点を見抜き、混乱した時の人間の心理について理解している。サオリと同じ視点にいる様子は実際に経験したことがあるかのよう。

 

「はい。さらにそこへゲヘナが基地局車、食料を手配することでトリニティをフォローするポーズをすれば完璧かと。他には風紀委員を動員して治安維持に協力するのが効果的でしょう」

「だがトリニティも自分たちの膝元でゲヘナを好きには動かさないだろう」

「混乱した状況下で支援の名目ならどうとでもなります。要はゲヘナがトリニティを助けたという図式さえあればいい」

 

 まったくもってゲヘナの人材層の厚さには感服するしかない。マコトと相談することもなくこうも迅速に決断ができるとは。

 それだけに惜しい。所属しているのがゲヘナでさえなければ、アリウスならば喜んでスクワッドの仲間にしていただろうと思ってしまう。

 ……とはいえもし本当にアリウスの生徒だったならサオリたちと同じように希望や夢を抱くことなどできないのだろうが。

 

「それで確認だが……、本当に戦車が出てきた際は戦わなくていいのか? そのために今まで訓練をしてきたはずだが?」

「確かに小官が教えた通りにすれば撃破は可能でしょう。しかしあくまでゲヘナが望んでいるのは全面戦争ではなくトリニティの権威の失墜、それにはあまり大っぴらに戦火を拡大されては困るのです。緊急時以外はハラスメントに徹していただきたい」

 

 戦車隊を壊滅させうる集団ともなれば確実に正義実現委員会に目を付けられるでしょうから、と真顔で言ってのけるターニャ。

 実現可能なラインの見極め、それに対するリスクの計算、費やした時間と労力を切り捨てられる度量。まるで戦略を語っている時のマダムそっくりだ。

 彼女は、いやマコトは果たしてどこまで見通している? まさか本当の狙いが知られているとは思いたくないが――。

 いや、すでに関係があることは悟られてしまっている。それなら情報をリークし主導権をこちらに引き戻すべきか。どうせ遅かれ早かれ気付かれるのだ。

 そう判断したサオリは今となっては半分見えてしまっていた手札を切って見せる。

 

「ああ、これをもう少し拡大できれば問題ない。きっと向こうも納得するだろう」

「……向こう? それはどういうことでしょうか」

 

 故意に零したキーワード。そしてそれにターニャは見事に食いついた。

 やはりあの補給品が気になってはいたのだろう。その様子に手応えを感じつつサオリは嗤う。

 今後の展開を決めるのはお前ではない、我々だと。

 

「説明をするには少し遅い時間だ。続きはまた夕食後にしよう」

 

 

 

 

 

 

 人間が活動するうえで休息や嗜好品というものは非常に重要です。肉体、精神に悪影響が生じるのを防ぐためにも適度なリラックスは欠かせません。

 だからこそスコーンとジャム、紅茶を用意する心境は十分理解できるもの。何しろ私自身も過酷な戦場の中でコーヒーやチョコレートを心の支えとしていたのですから。

 ですが問題となるのはその入手法と対価。

 必需品ではない嗜好品は確保の優先度が低く、また贅沢品として購入可能な量が制限されることもしばしば。それを入手しようとするなら業者の横流しや窃盗のようにある程度後ろめたい手段に頼ることもあるでしょう。

 まあそれ自体は別に構いません。必要な物を手に入れるために綺麗事ばかり言ってもいられないのは古今東西で共通する事実なのですから。

 ――ただしその入手先が火薬庫だと知ってしまった今、それは非常に面倒な問題として私の前に立ちはだかっています。

 アリウス分校校舎の食堂からこんにちは、ターニャ・デグレチャフです。私は現在アリウス生の皆様方と夕食後のティーブレイクをしている真っ最中。

 嗜好品は初めての厳しい訓練を終えた後の休憩としてはまさに最適。実際ヒヨリをはじめ多くの生徒が体の力を抜いているのを見れば彼らがどれだけこの時間を待ち望んでいたかが分かるというもの。そして教官とその講評という職務を無事に果たした以上私も仕事のことを忘れて一日の疲れを発散する権利があると言えるでしょう。

 とはいえ実際には今はそれどころではない、と焦っていたりするのですが。

 

「……これはさすがに想定外すぎるぞ」

 

 トリニティでは有名らしいカフェ・ミルフィーユとやらのスイーツ、湯気と芳香を立ち昇らせている紅茶。しかしどうしてもそれに手を付ける気になれない。

 それらの色や芳香からして高級品なのは間違いなし。しかしだからこそ、それらが意味することを考えてしまう。

 ――ああくそったれ、どうしてこうなった。

 これが賞味期限切れの安物や形の崩れた訳あり品であれば何の問題も無かったのだ。しかしこれは明らかに正規の商品。それが定期的に無償で届くとはどういうことか。

 そして何よりも目を引くのはトラックだ。荷台側面に描かれたトリニティの校章からして明らかに校用車、しかし定期的に来るということは盗難車の可能性は極めて低い。

 これが意味するところはトリニティの、しかも経理や校用車の使用に関する権限を持った人間が明確な目的を持ってアリウスを支援しているということ。

 

「地理的には近いとはいえまさかつながりがあったとは……。そもそもアリウスが歴史から消えた理由がトリニティからの追放だったはずだ、なのにこれでは前提がひっくり返る」

 

 そう、厄介なのはどのような形であれアリウスとトリニティの間に一定の関係があること。

 マコト議長から命じられたのはトリニティに対する工作計画の策定、しかしそれをトリニティと付き合いのある学校に行わせることが何を意味するか。

 いわば学校全体が二重スパイのようなもの、内容はトリニティに筒抜けということだ。

 そして無償で質の高い援助をしている現在の関係性を見るにアリウスがゲヘナ側に立って行動しトリニティを裏切る可能性も低い。ここは最悪の想定で動くべきか。

 しかし攻撃計画を立案せよなどとの命令でなくて本当に助かった。ギリギリで和平路線へと舵を切ったから良かったもののもし当初のままであれば足を掬われていただろう。

 

「事前に悟られている奇襲など最悪だからな。やはり持つべきは理解力のある上司だ」

 

 しかし今は上司に恵まれたことを喜んでいる場合ではない。今考えるべきはこれからどのように対応するべきか。

 マコト議長はこのことを知っているのだろうか。

 普通に考えれば知らないはずだが私の提言だけであっさりと決断したことは今考えてみれば若干不自然。この情報を知っていたからこそ私を使者としてアリウスに送り込んだのか?

 だとすれば狙いはアリウスを通したトリニティの牽制か。計画の中止ではなく修正を図るということは引き続き関係を持つということだが――。

 

「ターニャ・デグレチャフ、少しいいか」

 

 そう考え込んでいたせいだろう、いつの間にか隣にいたサオリが私を呼んでいたことに気付くのが少し遅れてしまう。

 それに慌てて何の用かと尋ね返してみれば。

 

「その紅茶と菓子の出処が気になっているだろうと思って説明をしに来た。安心しろ、ゲヘナとの契約は果たす。それにこの件は()()()()()()()()()()

「……それは」

 

 ――トリニティもこのことを知っている?

 サオリが今言ったことが即座には理解できない。自分たちに対する攻撃計画を黙認するどころかそれを計画している相手への厚い支援? 最初から破棄することが前提の独ソ不可侵条約すら互いに同等であり相手を厚遇はしていなかったというのに。

 しかしこの言葉が真実ならトリニティの目的は何なのか。まさかトリニティ側もゲヘナに対して戦争をしたいと考えて開戦の理由を求めていたのか。

 いや、もしそうならゲヘナが信用できるかなどナギサ会長が回りくどいやり口で確認する理由が無い。つまり真の理由はそれとは別。

 そしてサオリはその核心を知っており、かつそれを私に教えてくれるという。

 ならば任務を遂行するためにも聞かないという選択肢はない。

 

「記憶が確かなら御校とトリニティの間には複雑な歴史があったと思うのですが」

「ああ、それも深く関係している。というよりもそれがきっかけだ。近頃トリニティ内でアリウスとの関係を改善したいという者がいる」

「関係改善、ですか?」

 

 確かに疎遠だった関係を修復したいというのは理解できる、しかし何故それがトリニティも了承している工作活動につながるのか。良好な関係を築くのにそれでは逆効果ではないか。

 確かに校内政治は一枚岩とは言えない様子だったが、それでナショナリズムを発揮してまとまり仲良くしましょうとなるとも思えない。

 どう考えても何か決定的なピースが欠けている。それは何だ?

 しかし私が導き出すのを待たず、サオリは淡々とその答えを口にした。

 

「だが知っての通り我々のことを公にし周囲の理解を得るのは難しい。そうした中で手っ取り早く確実に状況を変えるには現在の体制を迅速に解体する必要がある、とのことだ」

「……まさか」

 

 現在の体制を解体、そんなフレーズが何を意味するかなど考えるまでも無い。

 そしてそれを為すというならば手を結んでいるトリニティをアリウスが攻撃することも、マコト議長が計画の方針をあっさり変えたことも納得できてしまう。何しろ自分たちで手を下さなくとも相手が勝手に自分たちで相争ってくれるのだから。

 ――ああくそったれ。平和条約のために、少しでも安定した穏やかな生活にするために努力してきたというのに!

 

「現在のティーパーティーホスト、桐藤ナギサを失脚させる失点を作る。そのためにトリニティの人間と協力関係を結び、そしてゲヘナもそれに乗った。それが今の状況だ」

 

 どうして、どうしてこうなる!?




個人的にミカのクーデターが成功した場合エデン条約はどうなったのか。
あまり語られなかったゲヘナ側の接点や思惑は何だったのか。
そういった点も見てみたいところです。
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