ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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水着イチカの破壊力やばい。
白い肌と黒い水着のバランス、脱ぎかけのパーカーとホットパンツ、そしてメモロビ……。
やばくない?


二十三、シャーレ

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 その言葉と共にテーブルへ置かれるソーサーとカップ。

 白一色のシンプルなそれの中身を見た瞬間、ターニャは内心で喝采を上げていた。

 そこにあったのは紛れも無くコーヒー。しかもインスタントではなく向かいに座る彼女手ずからミルで挽いた豆をサイフォンで淹れた本格志向。

 そしてその中身を口に含めば抱いていた興奮と期待はたちまち感動へと昇華される。

 焙煎の度合いはフルシティといったところか。はっきりとした香ばしさと苦み、わずかな酸味、力強いコク。全てのバランスが見事に調和したまさに感動的な味わい。

 それはトリニティ、アリウスでは紅茶ばかりで飲めなかったが故の懐かしさを加味しなかったとしてもターニャが白旗を上げるには十分な代物。

 だからこそ素直な感嘆の言葉が思わず口を衝いて出てきてしまう。

 

「……これは素晴らしい」

「おや、このコーヒーの良さが分かりますか」

「好物なものでして。これほど質の高いコーヒーがいただけるとは休暇を返上してここへ来た甲斐があるというものです」

「ふふ、この私が認めたコーヒーですからね。気に入っていだたけて何よりです」

 

 その言葉と共に彼女──連邦生徒会防衛室室長、不知火カヤは穏やかにほほ笑んだ。

 ここはD.U.にあるサンクトゥムタワーの一室、防衛室。

 D.U.とは正式名称 District of Utnapishtim(ウトナピシュティム地区)。連邦生徒会が直接管理する直轄地区でありまさにキヴォトスの中心。そしてサンクトゥムタワーはその象徴にして中枢となる建物である。

 学園を地方都市に例えるならば連邦生徒会はまさしく中央政府。広大な都市並みの学園を統括し財務、交通、治安維持などを分担し管理するというのは霞が関の官公庁を思わせる。

 本来であればこうして室長との会談の場を設けることは極めて難しい。ターニャ自身そんな人物との会談などゼートゥーア中将以上に面倒極まるものと覚悟していたのだが──。

 蓋を開けてみれば予想以上に順調な滑り出し。少なくとも面倒な客が来たというマイナスの感情は見えない。

 もっとも立場上表情を取り繕うことに長けているだけかもしれないが……。

 しかしこれなら当初予想していたよりもスムーズに話を進められるかもしれない、そんな期待を抱きつつターニャは目を閉じてコーヒーをもう一口丹念に味わった。

 

「……焙煎の具合も見事ですが豆も良い物を使われていますね。これほどの物となれば相応の値段がするのでは?」

「よくお分かりですね。ですが私は室長という特別な地位の人間は身の回りの物に至るまで特別であるべきと思っています。これを無駄遣いとは思っていませんよ」

「なるほど、上に立つ人間は常に周囲から見られているものと思え──。小官もかつてそう教わりました。もっとも小官の場合は愛用するような品との出会いに恵まれず行動で示すばかりとなってしまいましたが……。カヤ室長のお考えは十分に理解できます」

 

 将校は見られている。

 それは幼年学校で真っ先に教えられたこと。混乱の中でも部下の統率を保ち困難を打破できると信じさせるには指揮官がうろたえてなどいられないのだから当然のことではある。

 そしてそれは軍人に限らず政治家にも言えること。官僚や企業の使者など多くの人間と会い調整や現場への根回しで日々神経をすり減らす激務だからこそ身だしなみを整え余裕のあるように振る舞ってみせることは重要だ。陳情を聞き入れ行動してくれる相手として、そうあってほしいという期待に応える力強さの象徴として信頼を得るために。

 これが日本や帝国であればオーダーメイドのスーツを作ったりしたのだろうがキヴォトスは学園都市、すでに制服がある以上別の手段で代替するのは当然。

 それがカヤの場合は直々に豆をミルで挽いてコーヒーを振る舞うというパフォーマンスになるというわけだ。しかもカヤ自身の嗜好も兼ねた行動であればまさに一石二鳥。

 そう納得したターニャはカヤの言葉へ素直に同意する。そしてカヤもそれが満足する回答だったらしく嬉しそうにカップを傾け、室内に漂うのは会談の場とは思えないリラックスした空気。

 ──ふむ、本題に入るには今が絶好のタイミングか。

 そう感じたターニャは笑顔を崩さずにそっとカップを置くと、手元の鞄から一枚の紙を取り出し静かにテーブルの上へと滑らせる。

 

「このままコーヒー談義を続けたくはありますが、小官も職務で来ておりますのでそろそろ本題に入らせていただきたく。こちらをご確認いただけますでしょうか」

 

 その言葉を受けてカヤは差し出された紙を手に取り、さっと視線を走らせた。

 

 


 

エデン条約

 

第一条 締約校は平和と友好の関係を維持し、相互にいかなる武力行使、侵略行為、攻撃を行わず不可侵を尊重する。

 

第二条 締約校の一方が一以上の第三校との紛争状態となった場合、もう一方はいかなる方法によっても一方または第三校のいずれも支持せず紛争の全期間中中立を守る。

 

第三条 締約校はそれぞれ人員を出し合い中立の機関としてエデン条約機構を設ける。

 

第四条 締約校間に不和、紛争が起きた場合、友好的な意見交換または調停委員会、必要な場合はエデン条約機構により解決に当たる。

 

第五条 エデン条約機構はいずれかの締約校に対する武力攻撃が行われ自治区の安全、または政治的独立が脅かされているとその攻撃を受けた締約校が認めた場合、安全を回復及び維持するために必要と認める全ての手段(兵力の使用を含む)を個別及びその攻撃を受けた締約校と共同して直ちに執ることにより援助する。

 

第六条 いずれの締約校もエデン条約機構に対する指揮権を有さず、エデン条約機構が独自の判断及び行動をする権利を保証する。

 

第七条 本条約の有効期間は三年。一方が有効期間終了の一年前に破棄通告をしなければ三年間の自動延長となる。

 

第八条 本条約は調印と同時に直ちに発効する。

 


 

 

「こちらが条約の最終稿です。トリニティとの調整も済んでおり連邦生徒会の認可が下りましたらこれで決定となります」

 

 そう、今日ここを訪れた理由の一つはエデン条約の条文ができあがったから。

 エデン条約機構の内部規則などの細かい点はこれからだがまずは大枠ができた時点で連邦生徒会への報告は必須。何しろこの条約はゲヘナとトリニティだけでなく連邦生徒会も仲介役として関与していたのだ。

 それを無視などできるはずが無い。

 だからこそ相応の緊張感を持ってこの場に臨んだターニャだったが、それに対するカヤの返答は非常にあっさりしたものだった。

 

「……分かりました。連邦生徒会長に代わり防衛室長の権限でこちらを承認いたします」

 

 淡々と、ただの事務報告のようにそう言って執務机から判子を持ってくるカヤ。それにターニャも思わず困惑してしまう。

 準備段階から調印式典の開催に至るまでかなり大きな規模のイベントであるはずなのだがまるで興味が無いように思えるのはどういうことだろうか?

 

「──よろしいのですか? この条約は連邦生徒会長が関わったものと聞いております、他の室長や会長代行の方とも話をされるものと思っていましたが」

「その連邦生徒会長はいなくなりました。その穴を埋めるため連邦生徒会は現状、個別の自治区に関わる余裕が無いのです。それに()()もいない今、この条約の必要性も薄れましたから」

 

 ──雷帝?

 聞き覚えの無い単語に首を傾げるが、とりあえず今重要なのは連邦生徒会がエデン条約に関わる気を失っているらしいということ。しかも最後の必要性が薄れたという発言から見ても状況が落ち着けば再び関わってくるとも思えない。

 つまり。

 

「では仮定の話ですがもし条約締結の話が破談となる、あるいはゲヘナとトリニティの間に戦端が開いたりした場合でも連邦生徒会としては特段対応されないと考えても?」

「まあそうですが……。条文はトリニティと合意済みなんですよね? 何故そんなことを?」

「いえ、小官も先日トリニティにいた際にあわや衝突という場面に出くわしましたので。万魔殿とティーパーティーが合意していても現場レベルでは小競り合いが続いている点を踏まえて念のためお聞きしただけです」

 

 不思議そうに首を傾げるカヤを適当に誤魔化しながら、ターニャはカヤの閲覧印が押された条約文を手に心からの安堵を覚えていた。

 条約の履行が不可能と分かった場合に連邦生徒会がどう動くかを探る、それがマコトから秘密裏に命じられた任務でありターニャがここへ来た二つ目の理由。

 実際のところ条約文の確認は副目的に過ぎずこちらこそが主目的。

 クーデターにより調印式典の会場が爆破されるのは確定事項、そうなれば誰がどう見ても条約の妨害が目的だと思うだろう。そして連邦生徒会も同様に考えた場合果たしてどう動くのか? それを探ることはゲヘナ、トリニティ、アリウスの全員にとって極めて重要な問題だった。

 ただでさえキヴォトスは銃の引き金が軽い。そんな所で仲介役としての面子を潰されればプラハの春のように暴力で抑え付けるという強硬手段に出てくるかもしれない。

 マコトがそれを警戒してキヴォトスの治安維持を担当する防衛室長、カヤとの会談での情報収集を命じるのも十分納得できる話。だからこそターニャがこうして報告兼偵察へと送り込まれたわけなのだが──。

 クーデターによる内紛は明らかに一自治区のみに関すること。そしてトリニティの一派がゲヘナと衝突したとしても連邦生徒会は出て来ないという言質は取れた。

 まさかカヤの方からそれを明かしてくれるとは、迂遠なコミュニケーションを通して慎重に探る手間が省けたことはまさに僥倖と言えるだろう。

 とはいえマコトから確認してくるようにと命じられたことは全部で三つ。絶対に確認しなければならない主目的はもう一つ残っている。

 故にターニャは如何にも雑談といった調子でカップに口を付けつつそちらへ話を振ってみせた。

 

「シャーレ、でしたか? エデン条約を目前に控えたこの時機に何やら新しい組織が新設されたと耳にしましたのでそちらが担当になるものとばかり思っておりました」

 

 それは停電が解消した直後から急速に広まり始めた情報。

 停電を解消しキヴォトスに平穏をもたらしたのは()()らしい。そしてそれが所属している組織は失踪した連邦生徒会長が直接創設した、管轄や権限に一切縛られない超法規的なもの──。

 当初はこれもまた根も葉もない噂だと思っていたのだが調べてみればどうやら事実。となれば次に気になるのはその目的と活動内容と相場は決まっている。

 絶大な権限を持ちながら組織の垣根を超えて自由に行動できる謎の組織、そんな代物を警戒するのはマコトでなくとも当然のこと。ましてや表に出せない物騒な予定が立て込んでいる今、そこに首を突っ込まれるリスクは限りなく減らしたい。

 そんな思惑から件の名前を出してみればカヤは分かりやすく渋面を作ってみせた。

 

「シャーレですか……」

 

 ──ふむ、組織の存在自体は明かせても活動内容は明かせないか? まあそれはそれで想定内、そう都合良く何でもかんでも教えてもらえると思うのはさすがに虫が良すぎるだろう。

 とりあえずはチェーカーやシュタージ、ゲシュタポのような個人の意思と自由を侵害する組織でないことと今後の条約関連に関わってくるかを確認できればそれで良い。

 そう現実的な目標ラインを設定しながらターニャはカヤの次の言葉を待つ。

 しかし。

 

「申し訳ないのですが私もよく知らないのです。設置を決定した連邦生徒会長本人がいなくなってしまったことに加えて活動らしい活動もまだしていませんし……」

 

 返ってきたのは何とも締まらない内容だった。

 室長クラスの人間すらその詳細を把握していない。新設されたばかりでその発起人も姿を消したという状況では仕方ないかもしれないがこれをどうマコトに報告しろというのか。

 活動実績が無いならせめて活動方針くらいは知っておきたいが……。

 そう悩んでいるのを読み取ったのだろう、カヤは渋面から苦笑へ表情を変えると穏やかな口ぶりでターニャへ一つの提案を示した。

 

「別に関係者以外の立ち入りが禁止されているわけではありませんし、気になるようでしたら直接訪問しても構いませんよ?」

 

 

 

 

 

 

 上司からの信頼が厚いというのは基本的に素晴らしいものです。

 信頼されるということは自己の活躍が正しく評価されたということであり、さらに周囲の人望を集め社会的な地位を築き上げることにもつながるのですから。

 もっとも基本的にと先に述べたことから分かるように時には例外もありえるもの。

 ──例えば休み無くこき使われている私のように。

 どうも皆様ご機嫌よう、ターニャ・デグレチャフです。

 私は現在サンクトゥムタワーから三十キロほど離れたD.U.の外郭地区にいます。

 理由はもちろん連邦生徒会の室長すら詳細を把握できていない正体不明のシャーレという組織の調査のため。

 カヤ室長から直々にシャーレの位置を教えてもらった手前それを無視するわけにもいかず、結果として予定外の遠出をする羽目になっています。

 アリウスでの密談、トリニティでの支援活動に続いて今度は連邦生徒会長が失踪した後の多忙を極めている室長に面会の約束を取り付け、いざ会えたかと思えば言葉巧みに情報を聞き出すというハードワーク。しかも内容が内容だけに周囲の協力を得ることもできません。

 こんな激務を休み無しに背負わされると分かっていたならプレゼンに全力など出さず多少は手を抜いたものを──。

 そんなゼートゥーア閣下から無茶を命じられる度にしていたものと同じ反省を別の地で再びすることになるとは、運命とは実に皮肉なものです。

 

「お客様、着きましたよ」

 

 そんなとりとめのないことを考えながら車に揺られること約三十分。

 タクシーの車内に「目的地に近付きました、案内を終了します」というアナウンスが響いたのと同時に車は静かに路肩へと停車する。

 そして代金を支払い車の外へ出れば、視界に入るのは周囲の建物と比べても一際高くそびえ立つ白い高層ビルだった。

 

「ここが……シャーレ?」

 

 ──事前情報から予想していたのとあまりにも違いすぎる。

 玄関は一面ガラス張り、さらにそのすぐ隣ではコンビニエンスストアが営業中。威厳や威圧感に満ちていた参謀本部やサンクトゥムタワーとはまるで正反対の開放的な造り。

 オフィスビルやマンションなら一階がコンビニというのは珍しくないかもしれないがここは絶大な権力を握る超法規的機関の本部のはず。ひょっとして建物を間違えたか?

 そう思い咄嗟に館名板を探すが入り口横にあったそれには「連邦捜査部S.C.H.A.L.E」との文字がはっきりと記されている。このビルがシャーレであることは間違いない。

 さらに言えば館名板にはシャーレ以外の名前は無く商業ビルやオフィスビルならあって然るべきフロア案内も見当たらない。

 まさかこのビル全体がシャーレだというのか?

 

「……いや、ここで考えていても埒が明かんな」

 

 色々と腑に落ちないが、だからといってずっと入り口にいても状況は変わらない。ここへ来たのはひとえにシャーレという組織の実情を知るため。そしてそれを成すには結局関係者と会って話を聞くか資料をもらう以外に無いのだから。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 そう覚悟を決めて私はゆっくりと建物へ足を踏み入れる。

 

「失礼、どなたかいらっしゃいますか?」

 

 入館と同時に声を張り上げるもロビーに人影は無し。そのまま十秒ほど待ってみるが建物の内部ともつながっているコンビニの店員らしき人物がこちらを見てくるのみ。

 ふむ、ここから一体どうするべきだろうか。常識的に考えれば公的な施設には必ずインターホンなり呼び出しボタンなりがあるもの、まずはそれを捜索してみるべきか。

 そう判断して奥に見える受付へ向かってみれば、思った通り「シャーレにご用のある方はこちらを押してください」との張り紙と共にボタンが設置されているのを発見する。

 ──良かった、どうやら無事にここの人間と接触できそうだ。

 

「待たせてごめんなさい、シャーレに何か用?」

 

 そして待つこと数分。謝罪と共に慌ただしく駆け込んできたのは黒いブレザーに青いネクタイ、白のジャケットを着た生徒だった。

 しかしこうして如何にも急いで飛んで来ましたと態度で示されると反応に困るな……。あくまで組織の目的や活動方針といった概要を確認しに来たに過ぎないのだが。

 しかし相手の出方も何も分からない以上下手に取り繕うのは危険、だからこそここは素直に訪問の目的を伝えるべきだろうと判断する。

 

「ゲヘナ学園一年、ターニャ・デグレチャフと申します。用というほどではないのですがシャーレについてお話を伺いたくお邪魔しました。ご迷惑でしたら日を改めますが」

「え? ……ああ、ミレニアムサイエンススクール二年、早瀬ユウカよ。シャーレについての説明程度なら全然構わないわ」

 

 そして私の伝えた目的に対してユウカはやや戸惑いながらもしっかりと頷いてみせる。どうやらシャーレに関する説明は問題無く請けられるらしい。

 しかしミレニアムサイエンススクールという予想外の名前が出てきたことに対して私はどう判断するべきだろうか。

 ミレニアムはゲヘナ、トリニティに並ぶキヴォトス三大校の一角。その生徒が私に先んじて接触していること自体は何もおかしくない。しかし何故その生徒が訪問客を出迎えシャーレに関しての説明をするというまるでここの職員のような振る舞いをしているのか?

 連邦生徒会は各校の生徒会から特に優秀な人物が移籍し構成されていると聞いた覚えはあるが、目の前の生徒は制服も名乗りも連邦生徒会と明らかに異なっている。

 ……まさかとは思うが。

 

「失礼ですが正式なシャーレの職員ではないのですか?」

「ええ、所属はミレニアムよ。形としては加入しているけれど正式にシャーレの職員になったわけじゃないわ。今日ここにいるのは当番として手伝いをしに来ていただけ。……とはいっても先生は出張中で不在、今は私一人なんだけど」

 

 せめて領収書くらい出発する前に片付けておいてほしいと不服そうにこぼすユウカ。

 それに対して私は絶句し、思わずユウカの顔をまじまじと見つめていた。

 言い方から察するにその先生とやらがシャーレの責任者、そして出張ということは組織としての活動は始まっているのだろうということは分かる。しかしその情報を入手できた喜びよりも困惑の方がどうしても大きい。

 開設間もないとはいえ機密性の高い各種資料は保管してあるはず。そこにアルバイトだけを残し正社員、しかも責任者が不在など日本でも帝国でも考えられない。

 それどころかこの緩さはまるでどうぞご自由に機密情報に触れてくださいと言わんばかり。もし着任の挨拶に訪れた司令部がこれと同じ警備状況だったなら確実にゼートゥーア閣下の悪質な罠を疑っているところだ。

 ますますシャーレという組織が分からなくなってきた。

 そんな混乱を顔に出さないよう努力しつつ、私は咳払いをしてから本題を切り出す。

 

「早速ですがシャーレの設立された目的と今後の活動方針をお聞かせいただけますか。シャーレはかなりの権限を持っているようですがそれを何にどう行使するのか、万魔殿としてもトリニティの間で進めている条約への介入等があるのかと懸念の声が上がっております」

「……そうね、設立した本人がいないから目的自体は分からないけれど活動内容としては有り体に言って何でも屋かしら。小回りが利かない連邦生徒会に代わって各自治区や生徒個人からの要請を迅速、臨機応変に対処するのが主な活動内容ね。要請があれば何でもするし、逆に要請が無ければこちらから関わることは無いわ」

 

 その説明を聞いて覚えたのは既視感。それと同じような理由で作られた組織というものにひどく心当たりがある。

 それも当然だろう、何しろそれを率いていたのは自分なのだから!

 帝国軍が策定していた、方面軍による遅滞戦闘で時間を稼いでいる間に中央から主力となる大陸軍を送り込むという内線戦略「プラン三一五」。しかし開戦初頭に協商連合攻略のため北方方面軍と肝心の大陸軍を動員したことでその後共和国とも戦端が開かれた際に当初計画していた内線戦略は破綻した。

 その致命的な遅延を解決するべく求められたのが状況に応じて北方から南方、東方と臨機応変に様々な現場に放り込める火消し役。参謀本部の直轄として管轄に縛られず小回りの利く大隊規模の即応部隊、つまり第二〇三航空魔導大隊。

 それと同様、司令部たる連邦生徒会に頼らずともある程度独断で行動できる手足として作られたのがシャーレなのだろう。そう考えれば大きな権限を持っていることも納得できる。

 違いがあるとすれば上が派遣先を決定するか現場からの要請に応じて自分で判断するか、正規の所属部隊員かアルバイトの学生かという点だろう。そして後者に関しては無理やり学徒動員をするよりアルバイトを雇用する形になるのは道理。

 ただ懸念材料があるとすれば先生とやらがどこまで踏み込む性格なのかという点だ。

 絶大な権力を握っていたヒトラーもフランスでの進撃停止やクルスクでの作戦延期といった戦略レベルからStG44の配備中止、Me262の爆撃機化など現場レベルに至るまで様々なことに口出しし混乱を招いた史実がある。

 現場からの声を無視した挙句スターリングラードでの降伏不許可のような達成不能かつ大損害を与える指示を出されれば困るどころの話ではない。

 つまり先生個人の人となりについてもある程度聞いておかなければ。

 

「なるほど、それを聞いて安心しました。ところで先生は出張とのことですが今どちらに?」

「アビドスよ。そこの廃校対策委員会って所から来た支援要請に応じて出かけて行ったの」

「アビドス……。確か自治区の砂漠化が進行し借金も抱えている学校でしたか」

「そうそう、よく知っているわね」

 

 ──ふむ、これは意外と話が通じる相手かもしれん。

 ブラックマーケットで学籍を購入した際、候補として挙げられたアビドスは生徒及び地域住民の減少、周辺環境の悪化、多額の借金とマイナス要素のオンパレードから絶対に行きたくない学校として強く印象に残っている。

 合理的に考えればそんな学校はさっさと切り捨てコストカットに努めるべきだ。日本でも山奥や離島の学校が廃校になるなど珍しい話ではない、地域にとってどれほど愛着があろうと採算が取れない事業というものは無駄そのもの。

 そして先生はそこへ直接出かけて行った。それはつまり用件を電話や書類で伝えたり支援物資を郵送で送ったりするだけでなく何か直接会うだけの理由があったということ。

 それが何かを常識的に考えれば、おそらく廃校の通知に違いない。

 明らかに詰んでいたとしても通い慣れた学校を救ってほしいと意思表示してきた相手へ頭ごなしに廃校を告げれば反発も起きて当然。そこへ連邦生徒会の一員、その責任者が直接赴き頭を下げて理解を求めるというのは自然な流れだ。

 それに初めての大仕事が廃校の決定というのは財政健全化のためなら迷わず大鉈を振るう行動力のある人物だと示すパフォーマンスにもなる。

 そこまで考えてこれを実行したのならまさにゼートゥーア閣下のような策士だな……。

 総合的に考えれば今すぐは信用できないにしても積極的に否定する材料も無し。合理的な判断はできているようだし、何より巨大な組織にとって使い勝手の良い手足が無くなった際の不便というのは容易に想像できてしまう。少なくともここは静観でいいだろう。

 そう結論を出した私はその後いくつかの確認を済ませてからシャーレを後にする。

 

「さて、これで後は帰って報告書をまとめるだけだな。これが終わったら今度こそ休暇がもらえるといいのだが」

 

 

 

 

 

 

「──ふむ、なかなかに興味深い内容だな」

 

 万魔殿議長、羽沼マコトは夕陽の差し込む執務室で眉間にしわを寄せながらそう呟いた。

 ターニャがD.U.から戻ってきてからわずか一日、まだ時間がかかると思っていたのだがターニャは驚異的な速度で報告書を仕上げてきた。

 それだけこのシャーレという組織に切迫した何かを感じたのか……。そう考えすぐに目を通したのだが、なるほど確かにターニャが気にするだけの内容ではある。

 

「各自治区、あるいは生徒個人の要請に応じて臨機応変に活動する即応部隊か。確かにこれだけを聞けば特に問題無いように思える。しかしそれはこの先生とやらが素直に要請だけに対応し、かつ要請を出す側もまともという前提があってこそだ」

 

 法規や罰則を一切気にすることなく自由に振る舞える特権。そんなものを手に入れて欲求を抑えられる人間がどれほどいるだろうか。

 まして風紀委員から聞き出した情報ではその先生とやらはチナツと正義実現委員会の生徒すら目を見張るほどの指揮能力、短時間でサンクトゥムタワーの権限を復旧させるミレニアム以上の電子戦能力も有している。ターニャは先生のことを合理的な判断のできる人間と思っているようだが、連邦生徒会がただの便利屋として呼ぶ人材にしてはどうもきな臭い。

 その能力と権限を私欲で悪用されたら? 要請が悪意に満ちたものだったら? 不安に感じる点などいくらでもある。

 たとえ正確な情報だけを聞いたとしても伝え方によっては間違った印象を抱くもの。何を伝え何を伝えないか、何を誇張し何を取り繕うか。万魔殿と自身の知名度を向上させるため日々宣伝活動を展開しているマコトだからこそ情報戦のやり方はよく知悉している。

 そして犬猿の仲にあるからこそトリニティのやり方というものもよく理解している。こそこそと陰で陰湿な企みをするのはナギサに限らずトリニティの()()()()。やると決めたなら虚偽の証言をそれらしく見える証拠もどき付きでシャーレに垂れ込むことすら考えられる。

 故にシャーレに寄せられた要請を選別、その内容の正確性や重要度を審査するプロセスの把握は必須。さらに言えばそれをする担当者である先生個人についても詳細に知っておきたい。

 しかし。

 

「先生は不在、帰りは未定……。直接接触するのは難しいか」

 

 問題はどうやって接触するべきか。マコトやターニャがアビドスまで行くのはさすがに不自然、かといってD.U.に帰ってくるのを待っていては時機を逸する可能性がある。

 ある程度信用でき、かつ怪しまれても問題無い人員をアビドスへ送れれば良いのだが──。

 そんなことを考えた瞬間、マコトは身近に格好の存在がいたことを思い出す。

 

「……そうだな、これを風紀委員にでもリークしておくか。あの行政官なら方向性を揃えた情報を流しておけばこちらの思惑通りに動いてくれるだろう、キキッ」

 

 そう結論を出したマコトは一転して愉快そうに流すべき情報の選択を始めるのだった。




エデン条約の条文はNATO、WPO、日ソ中立、独ソ不可侵の良い所取りです。
これをまとめるのに一か月くらいかかりました……。
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