トリニティ総合学園、そしてティーパーティーのホストである桐藤ナギサにとってその日はごく普通の一日だった。
もっともそれは決して穏やかという意味ではない。むしろ正反対であり
何しろティーパーティーの三人のホストのうちパテル分派は苦手だからと事務関係を完全に放棄し、サンクトゥス分派は首長不在かつ代行すら未定。必然的にナギサへのしかかる業務量は膨大なものとなっていた。
そしてそれはエデン条約を控えている状況下にあってさらに加速。
ゲヘナ生とトリニティ生が争った後の処理に気を配り、ゲヘナとの和解に反対するパテル分派を宥めすかし、連邦生徒会とゲヘナとの調整に奔走し、ゲヘナの動きを監視し、条約を妨害しようとするトリニティ内の裏切者の調査とその掃除の準備をする──。
毎日の通常業務に加えて発生したそれらのエデン条約絡みの業務は現在進行形で容赦なくナギサの体へ膨大なストレスを与え続けている。
しかしどれほど過酷でもナギサ以外に処理できる人がいない以上はナギサが当たるしかないのが実情。故にナギサは今日もまた淀んだ目つきで黙々と業務を続けていた。
「正義実現委員会の追加予算申請の処理は終わりました。これはツルギさんかハスミさんに届けておいてください。……すみません、紅茶のお代わりをいただけますか?」
「またですか? ナギサ様、午後だけでもすでに五杯は飲まれております。これ以上は控えた方がよろしいかと。お疲れでしたら少しお休みになられては?」
「いえ、まだやらなければならないことは残っていますから」
その働きぶりと見た目だけでも顕著に分かってしまう疲労度合い。それらを見た行政官がナギサを気遣い制止の声をかけるのも当然と言える。
しかしナギサ以外には誰もできないという状況ではいくら制止されようとナギサが手を止めようとしないこともまた当然と言えた。
その結果ナギサヘ業務が集中する光景は日常の一部と化し、もはや見慣れてしまったその反応に行政官はため息と共にあっさりと説得を諦める。
これが救護騎士団の団長であれば強制的に休ませたかもしれないがティーパーティーの行政官にしてナギサの部下という地位にいる彼女がそのような不敬を働くなど到底不可能。
彼女ができるのはただ粛々とナギサのサポートに徹することだけだった。
そして紅茶を淹れに行政官が退室したことで執務室には紙を捲る音とペンが動く音だけが響き、そのまま数分が経った頃。
「……電話、ですか」
不意に室内に鳴り響くクラシックの曲。
聞き覚えのあるそれが紛れも無く自身の携帯電話の着信音であると悟った瞬間、ナギサの表情はより一層固くなる。
ナギサの元へ直接かけてくるということはそれだけ重大な要件のはず。ただでさえ大量の業務に押し潰されそうになっているというのにこれ以上の問題は本当に勘弁してほしい──。
切実にそう思うが現実としてナギサの携帯電話は鳴り続ける。そして彼女がこの時間は執務室に籠もっていることが知れ渡っている以上居留守も使えない。
故に渋々、本当に渋々ながら通話のアイコンをタップすれば耳に飛び込んでくるのはよく知った人物の声。
「もしもし、正義実現委員会の羽川ハスミです。今お時間は大丈夫でしょうか?」
──今度は何でしょうか。
相手の肩書と名前を聞いてナギサはため息が出そうになるのを必死に堪える。
正義実現委員会からの緊急連絡? 想定していた中でも最悪の部類だ。
とはいえナギサの立場は全校生徒の見本であるべきティーパーティーのホスト。故に自身の感情は胸の内に押し込み、努めて丁寧に口を開く。
「ええ、大丈夫ですよ。何がありましたか?」
「先ほどゲヘナの生徒から電話がありました。ナギサ様にエデン条約に関する事で急ぎの話があるとのことで、シャーレもこの件に関係しているようです。折り返し電話すると伝えて電話は切ってありますがいかがいたしますか?」
それを聞いたナギサは無言で天を仰ぐ。
このタイミングでゲヘナからの緊急連絡、しかもあの正体不明のシャーレまで関わっているなどどう考えても面倒そうな予感しかしない。
ETOに関することか? それとも式典の内容の変更?
調印式典の会場を通功の古聖堂にする代わりとしてETO本部の位置や装備、人事などほぼ全てにおいて決定権を持っているのはトリニティだ。しかしこれはトリニティとゲヘナ双方の友好条約、互いの合意があることは大前提。
たとえどんなに面倒なことであっても話だけは聞かなければ。
そう判断したナギサは半分諦めの境地に至りながらもその詳細を問いかけた。
「誰から、何の用かについては?」
「ターニャ・デグレチャフと名乗りました。イチカに確認したところ万魔殿所属のようです。用件は確認しましたがエデン条約の日程に影響が出かねない重大な事項としか」
「……そうですか」
ターニャ・デグレチャフ。その名前をどうして忘れることができるだろう。
一年生にして交渉の全権を預かっていた万魔殿のエースとして、ゲヘナ生でありながらサクラコから信頼された人材として、ティーパーティー以上にトリニティ生たちから指示を求められていた人材としてその名は強く記憶に刻まれている。
さらにナギサにとってはトリニティ内の
しかも今回はさらに活動目的が不明ながら権限だけは巨大な謎の機関、シャーレまで絡んでいると来た。
ただでさえ断れないのにさらに面倒な要素が追加されたのではたまったものではない。
しかし立場上聞かないという選択肢も存在しない。
故にナギサは仕方なく了承の返事をしようと口を開きかけたのだが。
「ただ今戻りました。こちら山海経から取り寄せたキームン……どうされました?」
「いえ、お気になさらず。ところでそちらをいただいてもよろしいですか?」
そこヘポットとカップを手に行政官が戻って来たことで一旦返答を止め姿勢と表情を取り繕う。
内容が何であれ、あのターニャが持ってきた案件なら話をする前に一度覚悟を決めておいた方が良いのは間違いない。
そう判断したナギサは敢えてゆっくりとカップに口を付ける。
疲れ切った心を溶かすような熱さ、豊かな甘い香り、心地良い渋み。それによって幾分か緊張がほぐれたのを自覚したナギサは目を閉じて静かに息を吐いた。
落ち着いて考えよう。相手はサクラコから信頼されるほどには理性的で友好的。さらにシャーレが関わっているとなれば理不尽な無茶の押し付けということも無いはず。
「……分かりました、その申し出を受けてみたいと思います。すみませんが話が終わるまで少し席を外していただいても?」
斯くしてナギサはターニャの申し出を受諾する。
きっと大した用件ではないに違いない、そう自身に言い聞かせ。
「お待たせしました、桐藤ナギサです。急な連絡ですが何があったのですか?」
呼びかけは優しく、優雅に、落ち着きを意識して。
ここで下手に警戒や苛立ちなどの感情を込めれば相手に不信を与えるようなもの。ナギサが余裕を演出したのは交渉術としては当然と言える。
しかし忘れてはならないのが今のナギサは膨大なストレスに晒され精神的に著しく疲弊している状態だということ。
そのような状態であれだけ警戒していたターニャからの電話に出ればどうなるか──。
「単刀直入にお伝えします。カイザーグループ複数社の理事を務めている人物が他の学校へ違法に貸し与えた借金の抵当として生徒の人身売買をしていることが確認されました。このためシャーレからの緊急要請によりゲヘナは明朝、アビドス砂漠にあるカイザーPMCの基地を攻撃。該当生徒の救出作戦を実施する予定となっています」
「──はい?」
唐突に告げられた報告を聞いた瞬間、その見せかけの余裕はいとも容易く崩れ去る。
彼女は今何と言った? 生徒の人身売買? カイザーPMCの基地を攻撃?
何度考え直してもまるで意味が分からない。
しかしナギサが戸惑っている間にもターニャの話は容赦なく進んでいく。
「目標が目標ですので敵兵力は機甲、航空戦力を含む大規模なものと推定されます。ゲヘナ単独での攻略は困難を極めるでしょう。以上の点を踏まえて小官は御校にも作戦への協力を要請するべきと判断し、こうしてお電話させていただきました。唐突な話で申し訳ありませんがどうか検討していただけると幸いです」
正直に言えば一笑に付したい。
しかしその自信に満ちた口調、冗談にしては真面目すぎる内容、そしてわざわざナギサに電話をかけてくる手間を思えばこれを本気で言っているとしか思えない。
不当に身柄を売られた生徒の救出、それが本当だとすればいかにも人道的で素晴らしい。それは確かに認めよう。
──しかし、
シャーレの動き方を観察するためにも表立っては動きたくない。恩を売るにしても偶然その場に居合わせたという体で秘密裏に行うべきと考えていた。
だというのに気付けばトリニティとして公式に動く以外の道は見事なまでに潰されている。
動かなければゲヘナだけがシャーレの信用を得るという一人勝ち。ティーパーティーの発言力や信用が低下するのは確実でトリニティ内の政治バランスも崩れかねない。
そのような状況でナギサの出せる結論は一つしかなかった。
「……分かりました。私としてもカイザーPMCという企業の存在が我が校に悪影響を及ぼすのではないかとの危機感を覚えていたところです。シャーレがそうすると決心されたのであれば、それを手伝うことはやぶさかではありません」
その返事はターニャを満足させるものだったらしく電話越しでも分かる高揚した声での感謝と共に電話は切られる。しかしそれに相反するようにナギサは陰鬱とした心持ちだった。
確かにカイザーPMCは気に入らなかったし秘密裏に砲兵隊を動かす予定もあった。それを思えば予定通りと言えないこともない。
しかしゲヘナのいいようにトリニティが動かされたという事実、ターニャから下に見られているというプレッシャーはナギサへ一段と強い不快感とストレスを与えてくる。
──やはり彼女は優秀で、それ故に油断できない。今後接する際は最大級に警戒しなければ。
その決意と共にナギサはどう動くかをシミュレートしながら行政官を呼び戻す。
「すみません、正義実現委員会に明日出動していただくことになったと急ぎ連絡を。それとヒフミさんにも屋外授業の日程が決まったと言伝をお願いします」
「かしこまりました!」
そんなナギサの表情を見て緊急だと察したのだろう、指示を受けた行政官は即座に執務室を飛び出して行き。
そして他に誰もいなくなった執務室でナギサは心の底からの本音を叫ぶのだ。
「どうして、どうしてこうなるのですか……!?」
◆
戦場において所属や役割が異なる部隊が共闘することは珍しくありません。
航空魔導師だった私自身ライン戦線では航空偵察、弾着観測、翼包囲などを砲兵や戦車兵などと共同で行いましたし、北方ではフィヨルドを海軍の艦隊と共に制圧しました。
極端な例を挙げれば前世では米軍と収容されていたフランス政府元高官、警備側のドイツ国防軍が共同で武装親衛隊と交戦した事例すらあります。
それを思えばゲヘナ、トリニティ、アビドス三校連合部隊による作戦というものも決して不可能なものではないと言えるでしょう。
ですが異なる組織が円滑に行動するには信用と綿密な調整が必要であることは言うまでもなく、それができない場合に待ち受けているのは困難か失敗であることは明白。
スムーズに安心して仕事ができるようにするための努力は重要なものなのです。
──とはいっても全面衝突という致命的な悪印象を与えてしまった相手にその努力をしたいかと聞かれれば気乗りしないのが正直なところなのですが。
どうも皆様、少し早いですがこんばんは。ターニャ・デグレチャフです。
現在私がいるのは夕陽に照らされ茜色に染まったアビドス高等学校。
明日の作戦に向けての打ち合わせ、そして先日の謝罪という気の進まないながらも必要不可欠な任務のためにこうして再びアビドスを訪れています。
「では改めまして、小官はゲヘナ学園のターニャ・デグレチャフと申します。先日は大変なご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした。今後は運用体制を見直し再発防止に努めてまいりますのでご理解、ご協力のほどよろしくお願いします」
その言葉と共に机へ菓子折りを置いて深々と頭を下げる。
しかしその謝罪の対象である四人の生徒たちはというといかにも警戒していますといった表情で遠巻きにこちらを見つめてくるだけ。
しかしそれも致し方ないのかもしれない。
ラーメン店を爆破し店主と先生を傷付けてしまったのは意図しないミスだったと言えるが明確な敵意を持って組織的に攻撃してしまったというのは釈明のしようも無い。
そんな相手の謝罪を即座に信用しろという方が無理な話だ。
「ゲヘナを快く思われていないのは承知しておりますが小官個人としては皆様と改めて良い関係を築いていきたいと強く望んでおります」
「“真面目な子であることは私が保証するよ。だからどうか信じてもらえないかな”」
沈黙を見かねたのか苦笑いを浮かべながら口添えしてくる先生。
最高責任者が自ら発言したのが大きいのだろう、そのお願いを言った瞬間わずかながらも室内の雰囲気は厳しさを和らげる。
「えっと、奥空アヤネです」
「十六夜ノノミです~。よろしくお願いしますね☆」
「ん、砂狼シロコ」
「黒見セリカよ。……ねえちょっと、本当にこいつ信用していいの?」
不承不承といった様子ではあるものの明確な拒否は無い、その事実に私はほっと胸を撫で下ろし安堵のため息をつく。
最近はクーデターの準備や炊き出し現場の襲撃への対処、護衛対象と交戦するなどと神経を擦り減らすような業務ばかり続いていた。それだけに今回もまた面倒なことになるのではないかと危惧していたのだが、理性的に対応してもらえそうというのは実に素晴らしい。
これならば打ち合わせもスムーズに終わるかもしれない。
そんな期待を抱きながら私は鞄から資料を取り出し机の上へと並べていく。
「では改めて明日の作戦についての説明をさせていただきます。まず参加兵力ですがゲヘナは空崎ヒナ委員長以下風紀委員二個小隊約百名、またトリニティは剣先ツルギ委員長以下正義実現委員会一個中隊約二百名、加えて砲兵一個小隊が来る予定となっています」
「ん、この前はもっと来たのにゲヘナはケチ」
「でもゲヘナの風紀委員長にトリニティの正義実現委員長まで来るんですよ? 規模的にはあの時よりもずっと強いはずです」
「……まさかこれほどの戦力を動かせるなんて」
「これだけ手伝ってくれるなら成功するんじゃない!?」
そして私が参加兵力を伝えた瞬間重苦しかった空気は一気に霧消する。
当然と言えば当然だろう。
高い機動力と戦闘力を有するヒナ委員長だけでなくそれに匹敵すると名高いツルギ委員長も実質的には魔導師と同等と思っていい。しかもそこに砲兵まで加わるのだ。
魔導師と砲兵の組み合わせはライン戦線の主役だったしその優秀さはゼートゥーア閣下に戦闘団のコンセプトを提出した私自身がよく理解している。しかも敵側に魔導師がいない状況なら相手が八個師団という数でも優位に立てるのはティゲンホーフで証明済み。
魔導師が存在しない世界だろうとその実力が同等ならば客観的な評価もまた同等のはず。これで安堵しない者がいないはずが無い。
もっとも私としては最も来てほしかったティーパーティーの人物がいない点に関してだけは大いに不満を表明したいのだが。
「作戦としては砲兵隊を利用した基本的な陽動戦術を予定しております。まず砲撃によって目標を攪乱すると共に機甲、航空部隊を誘引。警備が手薄になった隙に突入して対象の生徒を確保、誘引された部隊が戻ってくる前に撤退という流れになるかと。何かご質問は?」
「“……いや、大丈夫。これだけの協カがあればきっとホシノを助けられるよ”」
私の説明に先生は満足気な様子で頷きアビドスの面々からも反対意見は無し。
あまりのスムーズさに思わず面食らうが、余計なトラブルも無く終わることに異論があるはずも無い。
なるほど、着任してすぐ動く行動力といい第一印象が最悪の人間の意見も受け入れる胆力といい連邦生徒会長が直々に招いて組織のトップに据えるだけのことはある。
前例主義やプライド、自身にとっての常識などに縛られず迅速な判断ができる人材は私にとっても大歓迎。ここは私も将来の出世と連邦生徒会入りのために取り入っておくべきか?
そんな皮算用をしつつ議題はそれぞれの役割分担ヘと移り。
「機甲、航空部隊が押し寄せる砲兵隊の護衛が最も激しい戦場になるでしょう。皆様には正義実現委員会の方と共にそちらを担当していただき、突入は風紀委員と小官が──」
「“いや、突入するのはアビドスの皆に任せてほしい”」
唐突に挟まれた声によって一時中断を余儀なくされた。
──今まで何も言わなかったのにここで先生が指名する? しかも四人しかいない弱小校を?
にわかには理解し難い宣言、それに私も思わず手を止めて固まってしまう。
確かに潜入を目的とするなら少人数で行くのは正しい、しかしそれは発見された場合容易に全滅するリスクと隣合わせでもある。だからこそ荒事に慣れた治安維持組織に任せることが最も合理的なはずなのだが……。
先生の判断力は信用して良いはずだ。何か明確な意図があっての決断であるならその意図を確認しなければ。
「失礼ですがその意図をお聞かせ願えますか。浸透強襲であれば風紀委員の方が適任であることは疑いようが無いと思われますが」
「“うん、それは認める。でもホシノを助けるのはアビドスの皆じゃないと駄目なんだ。ゲヘナでもトリニティでもなくアビドスの皆が助けることに意味があるんだよ”」
一切曇りの無い真剣な眼差しで、柔らかな笑みを浮かべながら言い切る先生。
考えろ、協力を要請しておきながらここでその協力を拒む意図は何だ? 他校が関わらないことで生じる意味とは何だ?
……考えられるものとしては学校としての主権の主張だろうか。
悪質な地上げ屋に土地を奪われ法外な借金を背負わされ、さらに生徒の人身売買までされた挙句その救出すら他の学校にしてもらったのではアビドス単体では何もできないという印象が絶対的なものになることは十分考えられる。第三者からの客観的な評価もゲヘナかトリニティの傘下扱いとなり主権が無くなりかねないというのは現実的な懸念だろう。
それを思えばゲヘナとトリニティにはあくまで協力に留めてもらい、最終的な解決はアビドスが務めたいという思惑は政治的にも納得できる判断ではある。
──ただし公的な立場の人間として一緒に突入する予定である私としては大いに異議を唱えたいのだが。
「申し訳ありませんがご再考をお願いいたします。アビドスの皆様を否定するわけではありませんが人数や練度を鑑みても突入は本校かトリニティに任せていただいた方が成功率、要する時間共に優れているのは確実です。失敗が許されないのであればなおさらでしょう」
「“気持ちはありがたいけれどこれだけは譲れないかな”」
はっきりとそう言い切る先生。
それに対し私が覚えたのは困惑とこのままでは面倒なことに巻き込まれるという危機感。
想定ではトリニティの協力を得られたことでティーパーティーが動くはずだった。生徒会としての立場がある生徒さえ来れば私は前線に出ずに済むはず──。
しかしその目論見は潰え、待っていたのは肝心のティーパーティーは来ずに私自身が直接現場ヘ乗り込まなければならないという現実。
信頼できる部下と一緒ならまだいい、しかし盛大に関係を拗らせて連携が取れるかも怪しい連中と少数で軍事基地への強襲などという面倒事を誰が喜んでしたいと思うだろうか。
故に私は勝手に口から出そうになる悪態を必死に飲み込んでこの事態ヘどう対応するかに思考を切り替えようとしたのだが。
「“それと突入には私も同行するよ。生徒を助けるのが先生の務めだからね”」
そんな私をあざ笑うかのように特大の爆弾が追加で放り込まれる。
──
最高責任者が現場に出る? まったくもって冗談ではない。
確かにロメール閣下も前線に立つことはあったが、それは司令部要員すら戦闘に参加しなければならないほど戦況が切羽詰まっていたからだ。
しかし今回の状況はそれとまったく異なる。
最高責任者が直接出る必要などどこにも無い、しかもそんな人物を連れて軍事基地ヘ浸透強襲をするなど新兵を連れてのピクニック以上に狂気の沙汰だ。
あの時は指示に従わない者や流れ弾に当たった者を見捨てるといった最小限の犠牲は看過できたが今回そんなことをすれば確実に責任問題。リスクを生じさせないためにも先生には安全な場所で待機していてもらわなければ!
「……お言葉ですが万が一のリスクを考えますとその意見には賛同いたしかねます。どうかご自身の立場をお考えください、現地での陣頭指揮はさすがに危険が過ぎます」
「“でもあの理事には私も話があるんだ。それに大人として……ホシノが大人は信用できないものだと諦めてしまわないためにも私が直接迎えに行きたいと思っている”」
──最悪極まる!
理事に話があるだけなら逮捕された後に拘置所なり裁判所なりで機会はあるだろう。
しかしそのアビドスの生徒のメンタルケアが目的と言われれば無理に止めるのも難しい。
救出されたとしてもそれによる人間不信、PTSDを発症したとなればその後の生活に大きな影響があるのは容易に想像がつくし、それを分かっていながら放置すれば責任問題。
それを防ごうとする判断が正しいのは間違いない。
しかし、しかしだ。
連携が取れるかも怪しい臨時編成で、しかも戦闘力の無い最高責任者を連れてという無謀な作戦に付き合わされる方の身にもなってほしい。
そしてその無茶に何の文句も言わず受け入れているアビドスの生徒も生徒だ。
やはりさっさと廃校にして教育環境の整った学校に転入させたうえで常識というものを叩き込むべきではないのか?
「……お考えは承りました。そうせよと言われるのであれば微力を尽くさせていただきます」
とはいえどれだけ再考を促そうと先生の意思が変わらない以上それに従わざるを得ない。
故に敬礼をしてみせながら私は内心で現状に対するクレームを盛大に吐き捨てる。
ああ、どうしていつもこう面倒なことにばかり巻き込まれるのだ?
◆
「砂漠で行動するうえで気を付けなければならない点は暑さ、砂嵐、位置情報の三つです。日中は約四十度近い高温になるためこまめな水分補給は必須、また砂嵐に巻き込まれれば銃の動作不良や装備の散逸、最悪現在地をロストし遭難する可能性もあります」
静かな教室に滔々と流れる声。
直接見えているわけではないとはいえゲヘナ、トリニティの生徒多数を前にしながら一切臆する様子も無く流暢に説明をしているのはさすがと言うべきか。
そんな感想を抱きながら先生はアビドス高校の一室で通信機に向かって話しかけているターニャをじっと見つめていた。
「そして位置情報についてですが砂漠は現在地を把握するための目印が乏しい場所です。しっかりした岩場以外、たとえば砂丘などの地形は変形や増減があり目印にはできません。移動した方角と時間を計算しての推測航法が主となりますので移動中は時計とコンパスをこまめに確認するようにしてください。もし遭難したと判断した場合はアビドス高校から誘導ビーコンを発信しておりますのでそれを辿って帰還していただくようお願いします」
──やはり彼女を頼って正解だった。
先生自身もアビドスに来る途中で熱中症になりかけた。だからこそ砂漠で活動するための対策がどれほど重要なのかは身をもって理解しているしターニャが挙げた物品も確かに必要な物ばかりだと納得できる。
アビドスの面々と同等かそれ以上に砂漠に詳しいのは明らかであり、カイザーPMCの社員だったというのは本当なのだろう。
しかしホシノを案じる優しさを持ち、仲が悪いはずのトリニティも躊躇なく頼る判断力とそれに嫌な顔一つせず万全の準備を整えてくれる責任感がある彼女は間違いなく信用できる。
これならきっと、いや、絶対にホシノを助けられる。
「再度言いますが皆様が担当されるのはアビドスの部隊とシャーレの先生が突入する隙を作る陽動作戦です。無理に撃破を狙う必要はありませんので不利と判断した場合は撤退してください。以上でブリーフィングは終了となりますが何か質問はある方はいらっしゃいますでしょうか」
ホシノのためにこれほど尽力してくれたのだ、自分もその努力に負けないよう尽力しよう。
そう決意し先生は拳をきつく握り締め。
「……大丈夫そうだね。よし、じゃあ行こうか」
質問や異論が来ないことを確認してから廊下へと足を踏み出す。
斯くしてカイザーPMC攻略戦は始まりを告げるのだった。
ティーパーティーのグループストーリーを読んだ感想が「お労しやナギ茶ん……」だったのですがセイアがいる状況ですらあの状態だったわけで。
エデン条約編の頃だとセイアが死んでいると信じているわヒフミを本気で切り捨てようとするわでストレスがさらにえらいことになってると思います。