「“……ごめん、もう一度言ってもらえるかな?”」
「はい、当該生徒の即時解放の要求、並びにその要求が受け入れられない場合風紀委員と正義実現委員が攻撃を行うことを理事に通告することを具申いたします」
目に痛みを覚えるかのような眩しい日差し、肌を炙られるような熱気。
しかし今のこの瞬間だけはそんな環境の厳しさも先生の意識から完全に消え去り、代わりに脳裏を占めるのは困惑と驚愕。
彼女は今何と言ったのか?
恐る恐る聞き直してみるものの返ってきたのは先ほど聞いたのと一言一句同じもの。さらにその表情はとても冗談で言っているとは思えない真顔。
それを目にした先生は否応なくターニャが今の提案を本気で言っているのだと理解する。
しかしこれは一体何を考えての提案なのか。
陽動に目を向けさせた隙に潜入すると聞けば普通は混乱を狙うと思うもの。しかし攻撃開始まではまだ三十分ほど猶予がある。このタイミングで予告などすればカイザーが迎撃体勢を整えて待ち構えているであろうことは想像に難くない。ましてホシノの解放を要求してからとなれば陽動だと気付かれて潜入が困難になることも十分考えられる。
この要請はむしろ作戦が成功する確率を下げてしまうのではないか――。
そんな疑問を先生だけでなく先生の近くにいて会話が聞こえてしまったアビドスの面々も抱いたのは当然だったと言えるだろう。
「ん、やっぱり信用できない」
「こいつカイザーのスパイなんじゃないの!?」
「“――待って待って! シロコもセリカも銃を下ろして! まずは話を聞かないと!”」
まず真っ先に反応したのは砂狼シロコ、黒見セリカの二人。
彼女たちが敵意もあらわに銃をターニャヘ向け、またそれを見たターニャも銃を構えるのを見て先生は慌てて間に割って入った。
アビドスが多額の借金を負ったのもホシノがアビドスを去ったのもアビドスが現在廃校寸前まで追いつめられているのもすべて原因はカイザー、そしてターニャもまた元カイザーPMC所属という経歴を持っている。
だからこそ先生は衝突を防ぐためにターニャに協力を依頼したのは自分であること、トリニティの協力を取り付ける手腕と完璧に準備をしてくれる責任感があること、ホシノのために文句の一つも言わず協力してくれる優しさを持っていることはきちんと説明したし作戦会議の場でも信頼してほしいと念を押した。
だというのに蓋を開けてみればカイザーに与するかのような言動により雰囲気は一気に衝突寸前の重苦しいものとなってしまっている。
二人としてはターニャが実は作戦を防害しようとしているカイザーのスパイではないかと思ったのだろう。何しろ先生自身も実際に作戦が失敗してしまうのではと思ったのだからその危惧はよく分かる。
しかしターニャが理事とは違い優しさと責任感を持った生徒であることは事実。
ならばこれはアビドスのことを考えたからこその明確な理由がある提案であり、説明さえすればきっと分かってもらえるに違いない。
そう思った先生はターニャヘ向け縋るように口を開いた。
「“一旦落ち着いて説明してもらっていいかな? 作戦はカイザーの部隊が引き付けられている隙に潜入するって内容だったと思うんだけれど、事前に予告なんてしたら余計に警戒をさせてしまうだけなんじゃ?”」
「……なるほど、皆様の懸念は把握いたしました。小官の説明不足で無用な混乱を招いてしまったことは謝罪いたします」
そして先生の質問にターニャはようやくシロコたちが何故自分に銃を向けているかに思い至ったらしく得心顔に。
またシロコたちも説明不足、無用な混乱といった言葉を聞いたことでまずは話を聞くことにしたらしく構えていた銃をわずかに下げる。
とりあえずホシノを助ける前に内部衝突でチーム分裂という最悪の事態は避けられたと見ていいだろう。
とはいえターニャが何を考えてどう行動するつもりなのかを聞かないことには動けないという別の問題も発生してしまっているのだが。
どうかシロコたちが納得できる内容でありますように――。そう願いつつ続きを待っていれば、やがてターニャは咳払いと共に姿勢を正して口を開く。
「目的は大きく二つあります。一つは今回の作戦がシャーレによる公的なものだと宣言すること。非合法かつ悪質とはいえ相手が債権者として正当な権利を持っているのであれば攻撃を行うことで返済の意志無しと見なされ状況がさらに悪化することも十分考えられます。これ以上のトラブルを避けるためにも立場の表明は必要でしょう」
そしてターニャは先生の期待を裏切らなかった。
語られるのは確かにカイザーならやりかねないリスク。いや、何の準備も無く基地ヘ行った結果実際に金利が引き上げられたことを思えば確実にされるであろう行動の予測。
直接会ったことは無いとは言っていたが理事の悪意を見抜く力はさすがとしか言いようがない。
「もう一つは陽動を確実に成功させることです。相手はこちらを攻撃できるがこちらは何もできず一方的に撃たれるだけ、そのような状態は著しく士気を下げますし被害も無視できません。砲兵隊がいることと位置を敢えて知らせれば砲兵排除のために兵力を出すことを強制させることが可能となります」
「……ん、そこまで考えてなかった」
「私たちよりよっぽどまともだったわね……」
そして理路整然と二つ目の理由を説明するターニャ。それを聞いたシロコとセリカはあっという間に勢いを失い、直前までの張り詰めた空気は完全に霧消する。
そして先生はターニャに来てもらって良かったと心の底から安堵し、同時に敵でなくて良かったと冷や汗をかいていた。
陽動という形ではあるもののその内容は相手に籠城という選択権を与えない行動の強制。
イオリの折り紙付きの戦闘力、そして交渉力、行動力、視野の広さと自分の望む状況を作り上げ罠にかける力。
……やはりイオリの言った通りカイザーの上層部にいただけのことはあるということか。
もしターニャが敵にいたなら風紀委員の力を借りたとしてもホシノを助けることは困難を極めただろう。
「暖機運転や移動にかかる時間を考えますと通告は早めに行うべきです。最低でも陽動部隊の攻撃が始まる十分前には行っていただきたいのですが」
そんな先生の内心など知らず淡々と問いかけてくるターニャ。しかし今の説明を聞けば反対する理由は無い。
カイザーではなくアビドスのために、ホシノのために行動してくれていることは疑いようの無い事実。なら今は彼女を信じ、言う通りに行動しよう。
そう判断した先生は鞄からタブレット端末を取り出すとそれヘ向けて静かに口を開き。
「“聞いた通りだ。アロナ、カイザー基地の電話を調べてもらえるかな?”」
『はい! ……これが指令センターの指令長席の番号です!』
次の瞬間タブレット端末の画面にはとある電話番号が表示された。
本来なら決して外部に公開されない、それが正しいかも分からない番号。しかし先生は一切疑うことなくすぐさまその番号へと電話をかける。
そして待つこと十数秒。
「こちらPMC、誰だ?」
「“……二日ぶりだね、理事。私のことが分かるかな?”」
「――貴様、シャーレの先生か! どうやってこの番号を!?」
電話口に出たのは絶対に忘れようのない相手の声。
それに挨拶をすれば理事も電話の相手が先生であることに気付いたらしく、最初の傲岸そのものといった誰何から一転して驚愕と混乱に満ちた声で先生がどうやって直接ここヘ電話をかけてきたのかを問い質してくる。
しかしわざわざ理事が落ち着くまで待って説明する義理などあるわけが無い。
故に先生は理事の問いを無視して淡々と口に開いた。
「“要求は一つだけだ。今すぐにホシノを解放しろ”」
「……懲りもせずまたアビドスの肩を持つのか? ずいぶんめでたい頭をしているようだな。それで何があったか、まさか忘れたわけではあるまい?」
「“そうだね、でも今日は違う。今回はゲヘナの風紀委員会とトリニティの正義実現委員会に協力してもらっていてね、私はシャーレの先生としての正当な権限をもって
「……貴様、自分が何を言っているか分かっているのか?」
見下していたはずの相手から一方的に要求を突き付けられ、拒否すれば正面から乗り込むと喧嘩を売られる。その状況がよほど腹に据えかねたのだろう。声色からは理事が苛立つのがはっきりと伝わってくる。
しかしこんなこと程度に臆してなどいられない。
理事が何と言おうとホシノはまだアビドスの生徒であり、そしてアビドスの皆がホシノの帰りを待っているのは疑いようの無い事実なのだから。
「“もう一度言うけれど猶予は三十分だ。それまでにホシノが解放されない場合は強制捜査を開始する。大人としての理性的な対応を期待するよ”」
「――やれるものならやってみろ!」
そして捨て台詞と共に通話は切られ再び沈黙が訪れる。
しかし同じ沈黙でもその場の空気は先ほどとは打って変わって明るいものになっていた。
シャーレの後ろ盾があり、ゲヘナとトリニティの協力があり、そしてカイザーのことをよく熟知した頼もしい味方がいる。
今やこの場にいるほぼ全員が、作戦が成功することを確信していた。
「“これでターニャに言われた通り事前通告は済んだ。あとはゲヘナとトリニティの子たちの攻撃で向こうが混乱するまで待つだけだね……。うまく行くといいんだけど”」
とはいえ不安がまったく無いわけではない。
相手がPMCの基地ともなれば保有している兵力も相当な数になるのは確実。必然的に陽動部隊はかなり激しい攻撃を受けるだろう。
そうなった場合果たして陽動部隊はカイザーの攻撃に耐えきれるのか――。
しかし目を閉じ深呼吸をすることで先生はその不安を振り払う。
厳しいと感じたら各自の判断で撤退していいとは伝えてある。歴戦と噂に名高い風紀委員と正義実現委員の皆ならきっと大丈夫なはずだ。
「“……今は皆を信じるだけ、か”」
そう呟き、先生は砂漠の彼方に見えているPMCの基地をじっと見つめるのだった。
◆
個人を尊重する組織とは素晴らしいものです。
替えの利く部品としてではなく確固たる個人として扱い、本人や周囲の意見ヘ真剣に耳を傾け、他者のために行動する。それこそまさに文明的かつ理性的な振る舞いと言えるでしょう。
それは個人が極限まで透明化され書類上の数字としてしか見られなくなる戦争を体験してきた私からすればまったくもって羨ましいとしか言いようがありません。
何しろ下士官や兵はほぼ使い捨て、将校も司令部ごと吹き飛ばされ犠牲者の一人でしかなくなることがライン戦線の日常だったのですから。
一応はアレーヌ市で拘束された帝国軍将兵や連合王国に不時着した爆撃機の搭乗員など私が救出作戦に関わった事例もわずかながら存在しますが、最初からある程度の犠牲を織り込み済みである軍隊という組織において個人が注目されること自体が珍しいと断言できます。
それを思えば他校を巻き込んでの大規模な救出作戦の実施を決定した先生の判断は極めて人道的で生徒の心情に寄り添った素晴らしいものだと絶賛されるのは間違いないでしょう。
――それに付き合わされる身としてはたまったものではないというのが本音なのですが。
どうも皆様ご機嫌よう、ターニャ・デグレチャフです。
現在私は敵司令部のある場所への浸透という既視感しかない作戦に当たっている真っ最中。
首脳部ごと吹き飛ばすならともかく潜入しての破壊工作などもう二度とやらないだろうと思っていたのですが、まさか別の世界でも再びそれをする羽目になるとは予想外もいいところ。
おまけに一緒に組むのは信頼できる部下どころか初めて組む他校の生徒と最高責任者。どうしてこうなったと頭を抱えずにはいられません。
「――右前方、盾持ちの後方に敵増援! 制圧射撃、頭を出させるな!」
しかしここで私が何をどれだけ言おうと現実は無情。
穏便に済ませたいという希望は見事に潰え、現在私は途切れることなく押し寄せてくるカイザーPMCのオートマタと盛大に撃ち合っている真っ最中。
最初のうちは北から風紀委員が、東から正義実現委員及び砲兵隊が動くことで配置が薄くなると思われる南西方向から侵入するという作戦は予定通りに進んでいた。
しかしここが敵の基地である以上弾薬の補給や負傷者の処置などである程度人が残っているのは当然のことであり、結局は彼らに捕捉されることもまた必然と言える。
結果として私はこれまでの中でもダントツに最悪な状況での戦闘に臨むこととなっていた。
「“――ヒナたちから連絡だ。戦車と戦闘へリの部隊が基地に向かって引き返してるって”」
「……ちっ、こちらの本当の狙いに気付かれたか」
そして悪いことは重なるもの。
カイザーPMCの基地は私の想像していたものと異なり放棄された市街地をほぼそのまま転用したものだった。しかも建物は大半が砂に埋もれているか崩壊しているかで見通しは良好。機甲、航空部隊を投入できる広さがあるうえに遮蔽物にも期待できず。
そこヘ陽動部隊が引き付けていた戦車と戦闘ヘリが反転接近中という情報が伝えられたのだからまさに泣きっ面に蜂と言える。
戦闘慣れしているPMCだけあって即座に敵の目的を看破し最善手を打ってくるのはさすがと言うべきだが、それに対応しなければならない側にとっては厄介なことこの上ない。
捜索と撤退にかかる時間も考えれば積極的に進出することが望ましいがそれは先生を危険に晒すことと隣合わせ。一体どうするのが正解だ?
「――くそっ、考えていても埒が明かん! まずあの盾持ちを片付けるぞ!」
とはいえここで悠長にしている余裕は無い。時間と共に不利になるのであれば積極的攻勢に出るしかあるまい。
そう判断した私は光学術式でデコイを投影し人影が移動したように見せかける。それに敵は見事に引っ掛かったらしくこちらへ向けられる火線は明らかに減少した。
あとはそこヘグレネードを放り込めば盾持ちとその後ろに固まっていた敵がまとめて吹き飛び、そしてノノミがミニガンで張った猛烈な弾幕とシロコによるドローン爆撃を行えば隙だらけの敵は大した抵抗もできず壊滅する。
……ふむ、弱小チームと思っていたが制圧力と三次元的な戦闘力は侮れんな。確かにこれならば風紀委員会や正義実現委員会の小隊に匹敵するかもしれん。
そんな感想ともしかすると成功するのではという希望を覚えつつそのまま足早に市街地跡を進むこと数分。
「目標の座標地点に到着! この辺りにホシノ先輩が閉じ込められているはずです! この周囲のどこかに……」
通信機から聞こえてきたのは目標地点に到着したことを知らせるアヤネの声。そしてそれを認識した瞬間私たちは一斉に散開して周囲に視線を巡らせた。
付近にある建物は少数、これなら捜索にかける時間もそれほどかからないだろう。
そして全員で話し合った後向かったのはドーム状の屋根がある大型の建物。
外観から推察するにおそらく兵舎。食事や排泄、睡眠など生活に必要なインフラが最初からあることを考えれば拘束されている可能性が高いはず。
その判断の元一気呵成に突入した私たち。
しかしそこで目に飛び込んできたのは予想もしていない光景だった。
「……ここ、学校? この痕跡、たぶん学校よね?」
「砂漠の真ん中に学校……。もしかして」
思わずといった様子で困惑の声を漏らすセリカたち。
それも致し方ないと言えるだろう、何しろ私自身も呆気に取られていたのだから。
高い天井の広々とした空間、板張りの床には何本ものラインが引かれ壁にはバスケットボールのリング。奥の一段高いステージ部分に置かれているのはグランドピアノか。
倉庫として使われているのか大量の物資が置かれているがこの造りはどう見ても体育館。
カイザーPMCがかつての市街地をほぼそのまま流用しているのは分かっていたが、まさかこんなものが出てくるとは。
とはいえこの建物が兵舎ではなかったからといって終わりというわけにもいかない。
ここに対象の生徒がいないとも限らないし共和国軍のライン方面軍司令部と思われ私が攻撃した施設のように一見関係無いように見えて実は重要施設でしたということもあり得る。とにかく油断せず隅々まで捜索しなければ。
そう考えながら私は足を踏み出しかけ――。
「――ああ、ここは本来のアビドス高等学校本館だ」
不意に後ろから響いた聞き覚えの無い低い声によってその動きを止められた。
即座にツァラトゥストラを構えつつ後ろを振り向けば、そこにいたのは盾を持ったオートマタが数体とそれに囲まれるようにして立つ黒いスーツ姿の大柄なオートマタ。
先生から見せられた写真に写っていたのと同じ姿、そして社会的地位の高さを物語る厚い警護。眼前に立つそれが誰なのかなどもはや言うまでもないだろう。
「砂漠化が進行し捨てられたアビドスの廃墟。ここが元々のアビドスの中心。かつてキヴォトスで一番大きく、そして強大だった学校の残骸がこの砂の下に埋もれている。ゲマトリアがここに研究室を建てることを要求したこととどういった関係があるかは知らんがな……」
「カイザーPMC理事!? どうやってここに――」
「ここは基地の中、それも中央区だぞ? 歩いてでもすぐに来られる」
開口一番に訊くことがそれかと吐き捨てる理事。
オートマタ故に表情は分からないが声と態度からは苛立ちがひしひしと伝わってくる。
しかしまさか重要人物であるはずの理事が直接、しかも戦闘状態にある中やって来るとは。先生も大概だと思っていたがまさかキヴォトスでは指揮官先頭というのは常識なのか?
とはいえ相手の立場と直接の対話を選んできた状況を考えれば状況は決して悪くない。
トップと直接会談すれば敵主力の撃滅や基地内を徹底的に捜索するよりも早く事態を収拾させることができるのは間違いないのだから。
――そう期待していたのだが。
「対策委員会……。ずっとお前たちが目障りだった。これまでありとあらゆる手段を講じてきた。それでもお前たちは滅びかけの学校に最後まで残り、しつこく粘って、どうにか借金を返済しようとして! あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに! お前たちのせいで計画が! 私の計画があぁっ!」
唐突に足元の砂を何度も踏みつけながら大声で絶叫し始める理事。
その様子はどう見ても錯乱しているとしか見えず、そしてそのような輩は理性的な会話が不可能なうえ自身や周囲の影響も顧みず感情のまま最悪極まりない行動を取るものと私はまさにこの身をもってよく知っている。
故に脳内ではけたたましく警報音が鳴り響き。
まったく嬉しくないことにその予感はほとんど間を置かず的中した。
「アビドスもゲヘナもトリニティも! 貴様ら全員今ここで消し去ってくれる!」
不意にスーツの懐から拳銃を取り出す理事、同時に理事の周りを囲んでいた盾持ちのオートマタたちも一斉に銃を構え。
それを見た瞬間、私の体は自動的に反応していた。
「――そこを
咄嗟に防御膜と防殻を最大出力で展開し先生の前ヘ。
そして次の瞬間には私、いや、後ろにいる先生目掛けて無数の弾丸が押し寄せる。
本来なら魔力の込められていない拳銃やライフルの弾程度キヴォトスの人間や魔導師にとってはほとんど脅威とはならない。しかしキヴォトスの外から来たという先生がどうなのかは分からないうえもし負傷を許してしまえば一緒にいた私にも責任が生じるのは明白。
つまり不利だろうと困難だろうと庇う以外に選択肢が無い。
くそっ、潜入といい護衛といい、どうしてこう面倒なことばかりせねばならんのだ!?
「“大丈夫!?”」
「問題ありません! それよりも先生は早く貨物の陰ヘ!」
そう吼えながら先生を後方ヘ突き飛ばし、そのまま振り返らずにグレネードを投擲。それを見た相手が怯んだ隙に何とか体育館の物資の間に身を隠すことに成功する。
しかしいつまでもこうしてはいられない。本来の目的である生徒の救出は未達成。どうにか隙を窺い脱出しなければ――。
そう思っていたのだが、最悪な状況は終わるどころか始まってもいなかった。
「敵の増援多数! この数字、おそらく敵側の動ける全戦力が……。カイザーPMCはきっとここで総力戦に持ち込むつもりです!」
耳に飛び込む焦燥感に満ちたアヤネの声。そして足元から伝わってくる地響き、窓から聞こえてくるヘリのローター音。
それは反転したと聞かされていた機甲、航空部隊が接近中であることの証左に他ならない。
――まさかここで私たち全員を吹き飛ばす気か!?
いくら魔導師といっても大口径砲やミサイルの前に防殻は無力、このままでは私を含めて全員が吹き飛ばされるのは目に見えている。
私が他人のために死ぬ? 冗談ではない、勝手に他人が私のために死ぬのはその方の完全な自由意志だ。だが私が他人のために死ぬのは私の自由意思に完全に反する!
「……ここは小官が敵を引き付けます。先生と皆様方はその隙に脱出してください。なるベく早く合流できるようには努力いたします」
「“待って、一人で行くつもり!? 危険すぎるよ!”」
つまり取るベき選択はただ一つ、全力で迎撃する以外に無い。
だというのに私の言葉を聞いた先生は必死の形相で止めにかかってくる。
……いや、考えてみればそれも当然か。このタイミングで単身特攻するなど普通に考えれば無謀そのもの。まして一個小隊という少ない戦力から一人抜けるのは致命的ですらある。
とはいえ先生を一人残して、あるいは連れて敵の前に出るわけにもいかず、まして私以外の誰も空を飛ベない以上は私単独で行くのが最も確実なのは間違いない。
九五式を使えば飛行術式、長距離狙撃術式、爆裂術式の複数同時発現が可能。ヒナ委員長のような魔導師クラスの人材がいない条件下なら機甲師団が相手でも優勢を取れるのはティゲンホーフで実証済み。十分に勝算はある。
問題はそれを先生にどう納得させるかだが。
「ですがこのままではいずれ包囲撃滅されるのは明らか、ここで指揮官である先生を失うわけにはいきません。幸い包囲は未完成、動くなら今しかありません。どうか小官を置いて脱出を!」
「“……分かった。皆、動くよ!”」
一般的な生徒以上の超常的な力を持っていますと示して余計な注目を集めるのは避けたい。故に私は現状とタイムリミットを再確認することでゴリ押しした。
危機的状況であること、突破口が必要であることは事実。ならば具体的な内容が無くとも勢いで動かすことはできるはず――。
そしてその狙いは見事に的中。数瞬の沈黙の後に先生はそれこそ苦渋といった様子で私の要請を受け入れる。
そして私はといえばその様子に心からの安堵を抱いていた。
連携が取れるかも怪しい即席チーム、場所も拘束方法も不明な生徒の捜索と救出、最高責任者を護衛しながらの行動といった要素は確実性を損ねるものでしかない。
しかし先生やアビドスの面々と別行動をすることができればそれらは一気に解消。おまけに護衛に失敗したとしてもその場にいない私が責任を負うことは無いし、責められた場合でも囮役を引き受ける義務は果たしたと弁明もできる。
そして最も肝心なのは撤退を禁ずる命令は出ていない点。
仮に先生が拘束、あるいは死亡したとしても私までそれに付き合う道理は無い。連邦生徒会とのパイプを構築できなくなる点は残念ではあるが不利な状況から逃げられるのであれば逃げるに限るのだ。
「まず東側の窓からスモークで敵の目を引き、その後に小官が正面から打って出ます。皆様は後方の非常口から先生を守りつつ安全な場所まで退避を」
「ん、任せて」
「先生は絶対に守ります!」
私の示した方針を文句も言わずに受け入れるアビドスの生徒たち。
このような状況でも勤労意欲と責任感はあるようで実に結構。ならば彼女たちには面倒な仕事をさっさと押し付けて退場してもらおう――。
そう思った瞬間だった。
「見つけたぞアビドス!」
突如爆音と共に体育館の壁をぶち抜いて飛び込んでくる巨大な何か。
それを知覚した瞬間私は反射的に防御膜と防殻を全力で展開、しかし砲撃ならあってしかるべき爆風や熱は感じられず、そして衝撃とほぼ同時に誰かの声が高らかに響き渡る。
砲撃ではない? ではこれは一体何だ?
唐突に開いた開口部からの光で眩む目を必死に凝らして体育館の奥を探る。そしてようやく光に慣れた私の目が捉えたのは――。
「見るがいい、これこそ我々の技術の粋を集めた超強化外骨格! 最高純度の素材で組成した装甲とアクチュエーターを搭載した最新兵器、ゴリアテだ!」
そこにあったのは両腕に機関砲、両肩にミサイルポッド、背部に大砲を付けた数メートルほどの大きさの人型兵器。
……何だこれは?
二足歩行で服を着て喋る動物やオートマタが生活しているファンタジーかつSFチックな世界観であることは承知していたが人型兵器などという代物まで出てくると誰が予想できる!? しかも声から判断するにあれを操縦しているのはおそらく理事本人。
包囲しての砲撃が来ると思っていたらまさかその目標地点ヘ直々に突入してくるとは。どうやら理事のストレスと精神錯乱はかなり重症のようだ。
そして衝撃から立ち直りその現状を認識してしまったからこそ私は盛大に舌打ちをする。
――最悪極まる!
せっかく面倒な業務と責任を押し付けようとしたのにこれでは逃げられない! おまけに場所はまだ屋内、機動力も発揮できない袋小路。
そんな状況でいかれた精神状態の連中を相手にする? 冗談ではない、そんなものは何故か私を父の
「各員は各個に応戦! 全力で攻撃しろ!」
「何こいつ、滅茶苦茶固いわよ!?」
「……これは相当手強いですね~」
しかし盛大に自慢するだけあって最高純度の素材で組成した装甲とやらは一向に損傷する気配を見せず、先生たちにも次第に焦りが生まれ始める。
そしてそれは私も同様。
何しろ機関砲、ミサイル、加えてまさかのビーム砲まで飛んでくるのだ。光学術式によりいないように見せかけ命中コースにある流れ弾は防殻で防いではいるが、このままではいつ先生に当たるか分かったものではない。
逃げられない、時間をかけられない、生半可な火力は通らない。そんな最悪な状況で取れる手段など一つきりしか無いだろう。
「――慈悲深き主は救いを求める者をお見捨てにならず」
「“……ターニャ?”」
ああくそったれ、結局はこうなるのか!
そんな怨嗟を抱きながら私は魔力を九五式ヘと送り込み術式を構築。それと共に私の口は勝手に動き存在Xを称える呪いの言葉を吐き出し始める。
それを見た先生が後ろで怪訝そうな顔をしているが今は構ってなどいられない。
「苦難の道を歩む者をお見捨てにならず、隣人を虐げる悪しき者をお許しにならず」
まあどちらにせよ包囲されているのは事実。ここで指揮官を撃破すれば混乱が生じ脱出しやすくなるはず。つまりこれは合理的かつ正しい判断だ――。
そう自身に言い聞かせながら私はツァラトゥストラを理事の乗るゴリアテヘと向ける。
せめてこれでシャーレ、連邦生徒会からの印象が良くなることを期待しよう。
「主よ、今こそ我らに救いの道を示したまえ!」
そして私が放った貫通術式は堅牢だったゴリアテの装甲を見事に貫き、先生を守るという目的はどうにか達成することに成功する。
……とはいえここから捜索と脱出という手間が待っていると思うと素直に喜べないのだが。
はぁ、まったくもって面倒くさい。
◆
「ホシノ先輩、おかえりなさい!」
「おかえりなさい、です!」
「おかえり、ホシノ先輩」
「あはは……。何だか皆期待に満ちた表情だけど、求められているのはあの台詞?」
「分かってるなら焦らさないでよ!」
「うヘ~。まったく、可愛い後輩たちのお願いだし仕方ないなぁ……」
「おい貴様ら! これでアビドスの借金は元通りだぞ! 分かっているのか!?」
和気あいあいと、心の底から嬉しそうに話し合っているアビドスの生徒たち。
それを見つめる先生もまた心の底からの喜びと充実感を覚えていた。
アビドスの皆が一緒の時間を過ごせること、その価値は決して金銭では替えられないもの。それが再び見られるようになったことはまさに最上の喜びと言える。
しかしその傍らにはその時間を邪魔するかのように怨嗟の声を響かせる存在があった。
「“当然承知の上だよ、理事”」
先生の見つめる先にあるのはゴリアテのハッチから身を乗り出し叫んでいる理事の姿。
装甲が歪んだことで出られなくなった彼はホシノの救出が終わってなお残骸と化したゴリアテの中に閉じ込められていた。
カイザーの社員たちもアビドス、そしてあのゴリアテを破壊したターニャにこれ以上挑むつもりは無いらしく今は静かに遠くから見つめているだけ。いや、積極的に救出しようと思われるほどの人望が理事に無いからだろうか?
ふとそう思った先生だったが意外とそれは的を射ているかもしれないと思い直す。
何しろそれを裏付けるものを先生はこの目で確かに見たのだから。
「“君たちの敗因は他人を見下していたことだよ。確かに組織というものは強いけれど組織だって人が集まってできるものだし、だからこそ人に見限られた組織は脆い”」
そう言う先生の脳裏に浮かび上がるのはまさに完璧と言える活躍を見せたターニャの姿。
身を挺して理事の攻撃から自分のことを守ってくれ、不安を表情に出すどころか安心させようと笑顔を作る気遣いを見せ、無謀だと分かっているはずなのに自ら囮を買って出る。
ゴリアテを破壊してみせたことといい彼女の戦闘力は紛れもなく一流。しかしあの優しい生徒は果たしてカイザー内でどう評価されていたのだろうか。
どう考えてもこの理事のやり方と馬が合うようには思えない。
何故カイザーはあれほど優秀な生徒を手放したのか疑問に思っていたがそれも今理解した。
おそらくは逆、彼女がカイザーに見切りをつけたのだ。
そして彼女は今カイザーに対する一員として行動し結果を出して見せた。
理事にとってはこれ以上無いほどの皮肉だろう。
「人に見限られた組織? それは貴様らも同じだろう! 小鳥遊ホシノはアビドスを退学しもはや生徒ではないはずだ!」
「“いいや、ホシノはまだアビドスの生徒だよ。顧問の私が退学を承認していないからね”」
「――ふざけるな! 退学したと聞いたから動いたのだぞ! 私を騙したのか黒服!?」
激高する理事。
そしてその理事の言葉を聞いた先生の表情は一転して険しいものになる。
――黒服。
ホシノの身柄を狙っていた張本人でありながら先生の味方を称する得体の知れない人物。それが何を目的として行動しているのかは結局分からないまま。まさかそんな人物の名前が理事から出てくるとは。
しかし理事が彼のことを知っているなら情報を得られる絶好の機会だ。
そう思った先生は理事の方へ向かおうと体の向きを変えかけ――。
「“まだやる気なのかい?”」
ふと伝わってくる地面の揺れに気付いて足を止める。
理事が戦闘不能になったことで戦車とヘリの部隊には停止命令が出ているはずだがまだ戦闘を継続するつもりなのか。
どちらにせよ攻撃してくるなら対処せざるを得ない。こちらとしてはホシノの救出には成功したのだからこれ以上事を荒立てたくはないのだが……。
そう思った故に質問を投げかけた先生。しかし理事はピタリと動きを止めて硬直していた。その視線は先生でもアビドスの生徒たちでもない、まったく別の方向ヘと向けられている。
怪訝に思った先生がその視線の先を辿ってみれば――。
「“……砂嵐?”」
彼方に見えるのは以前に見たのと同じような巨大な砂の壁。
確かに巻き込まれれば脅威ではあるがアビドスではそう珍しいものでもないはず。だというのにこの反応は何だろうか?
違和感のある理事の姿に何か面倒なことが起こるのではないか、そんな予感を覚えてしまう。
そして。
「――このタイミングで来るか、デカグラマトン!」
その予感が正しいと示すかのように、広大な砂の海の彼方で巨大な機械仕掛けの大蛇がその姿を現すのだった。
東欧といい中東といい最近の世界情勢が混沌としているのはガチで存在Xのせいでは……?