ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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・無能なトップに代わり自分が組織を率いるベきと判断した。
・親友を手にかけた。
・重要な役職に就いていたが失脚した。
・周囲が集団幻想に浸っている中で現実を認識できている数少ない人間。

この条件でカヤ室長かゼートゥーア閣下か判別できないのおかしくないですか……?


三十、撤退

 砂煙と呼ぶのもおこがましい、砂嵐と表現するべき巨大な砂の壁と共にこちらヘと迫り来る機械仕掛けの大蛇。そんな光景を見た先生が覚えたのは困惑と呆れだった。

 真っ先に思ったのは理事がまだ戦闘を継続するつもりなのかということ。

 何しろゴリアテという予想外の人型兵器が出てきたのだ、他にもカイザーの隠し玉である兵器があったところで驚くようなことでもないだろう。

 しかしこの状況で戦闘を続けたところで一体何の意味があるのか。

 ホシノの救出は完遂し、カイザーの兵器や社員たちも大半が少なからず損傷している。これ以上戦闘を継続したところでメリットがあるようには思えない。

 単に戦闘に間に合わなかっただけなのか、それとも理事が自暴自棄になって戦闘を継続しようとしているのか。

 どちらにせよ止められるのであれば止めてもらわなければ。

 そう考えた先生は理事に改めて現状を認識してもらうベく口を開き。

 

「“そのデカグラマトンというのはあの兵器の名前なのかな? こちらとしてはこれ以上戦う理由は無いから止めてくれると助かるのだけれど”」

「違う! あれは敵だ!」

「“……敵?”」

 

 しかし次の瞬間には盛大に困惑することとなった。

 あれは理事が呼んだものだと思っていたが、理事の口から飛び出した答えはまさかの敵。

 咄嗟に言い逃れをしようとしているのではないかと疑うも、ハッチの隙間から身を乗り出し大蛇を忌々しそうに睨みつけている理事の様子を見るに嘘とは思えない。

 ──これは一体どういうことだ?

 そう戸惑う先生。しかしその表情を理事は自分の言葉を疑っていると受け取ったらしい。

 

「あれが我が社の兵器? あれが簡単に御せるならこんな砂漠に基地を構えて対デカグラマトン用の兵力など用意しておらんわ! あれが何度も邪魔してくるせいでせっかく手に入れたこの土地の大半がまだろくに調査できていないのだぞ!? しかも本社のサーバーをハッキングしてふざけた名乗りまでしおって……。これを敵と言わずして何と言う!」

 

 敵意も露わに吼える理事の言葉を聞いた先生は思わず真釗に考え込む。

 今の説明を整理するとあれは以前から何度もカイザーと交戦している。そしてこの砂漠に基地を作り部隊を置いているのもあれヘの対処のため。

 しかしそれが本当だとすればあれは一体誰が何の目的で動かしている?

 カイザーと付き合いのあるアビドスでさえ手を出したのは今回が初めて、ゲヘナとトリニティもアビドスで何か活動しているとは聞いていない。機械といえばミレニアムが思い浮かぶがユウカも特に何も言っていなかった。

 あれを動かしているのが生徒なら口出しはしない。生徒ではないとしてもカイザー以外に敵対的でなければ許容範囲だ。

 だがもしこちらにも攻撃してきたらどうするか──。

 そしてその危惧は横からかけられた声によって即座に裏付けられることとなる。

 

「うーん、あれは敵だと思って警戒しておくべきだと思うなー」

「ホシノ先輩、あれのこと知ってるの?」

「おじさんが一年生の頃から何度か戦っててね、先輩と一緒に砂嵐に巻き込まれたりミサイルから逃げ回ったり散々な目に遭ったよ……。とにかくあれは私たちにも容赦しない。逃げた方が良いのは間違いないかな」

 

 しみじみと実感のこもった思い出を語るホシノ。

 そしてそれを聞いた先生は現状がかなりまずいことを理解した。

 弾薬の損耗や負傷も重なっている中、果たしてカイザーも手を焼くようなものと戦い勝つことができるだろうか?

 しかも今ここにいるのはたったの五人。分散しているゲヘナとトリニティの生徒たちと協力して迎撃するにしても展開している方角と距離に差がありすぎる。

 そして最大戦力たるカイザーの部隊は半壊。いや、残っていたとしても信用はできないが。

 ホシノの忠告、動ける戦力、衝突までのタイムリミット。

 それらを合わせて考えた結果──。

 

「“皆、逃げるよ!”」

 

 先生が下した結論は撤退。

 そしてそれにアビドスの生徒たちは誰も反対しなかった。

 何しろホシノの救出という目的を果たしたのだ、これ以上ここに留まってカイザーを庇う必要が一体どこにあるというのか。

 それに拘束され何かしらの実験を受けていたホシノの体調も心配だ。今の所は特に問題無いように見えるができれば早く病院ヘ連れて行きたい。

 その思いを全員が共有していたからこそスムーズに移動は始まり。

 

「“早くゲヘナとトリニティの皆にも逃げるように連絡しないと──”」

 

 しかしその中で先生は焦燥感で一人表情を強張らせていた。

 ゲヘナ、トリニティの生徒たちは今どのような状況だろうか?

 ホシノの救出作戦が完了してからまだ五分と経っていない。成功の報告もこれからで撤収の準備は始まってもいないだろう。

 点呼、移動、車ヘの乗り込みにもある程度の程度時間がかかるはず。そこヘ新たな敵が接近中、撤退を急げというのは余計なパニックを誘発するのではないか。

 だとすれば先に合流してから移動するか? いや、それでは時間がかかりすぎる。その前にあの蛇が来る可能性の方が高いだろう。

 そう必死に考えを巡らせている時だった。

 

「先生、ここは遅滞防御を行うベきと具申いたします」

 

 不意に口を挟んできたのは今まで沈黙を保っていたターニャ。

 これまでに何度も明確な理由による的確な判断と行動をしてきたターニャが提案してくる、それはこの緊迫した状況での方針を決める大きな助けになるのは間違いないはず。

 そう期待を込めて静かに言葉の続きを待っていれば。

 

「まず今作戦の主目的であるホシノ殿と先生の安全確保は大前提です。お二人が離脱できなければ作戦自体の意味がありません。故に離脱するまでの時間を稼ぐ遅滞防御は最も有効かつ必須の手段と言えます」

「“残る生徒の撤退はどうするの?”」

「二段階ないし三段階に分けて行うベきでしょう。人数や効率から考えて対機甲火力戦闘が難しい生徒と迅速な移動が難しい砲兵から始め、対機甲戦闘が可能な生徒のうち負傷者や弾薬の欠乏した者を順次離脱させます。最後は複数台の車両で突入し護衛戦闘を行いつつ全員を回収という流れが望ましいかと」

 

 ──ああ、ターニャがいてくれて良かった。

 まるでこうなると見越していたかのように淀み無く、冷静かつ的確に説明する姿。それは不安で満ちていた先生の心を一気に解きほぐす。

 この対応から察するにあの機械の蛇とは何度か交戦し撤退した経験があるのだろう。だとすればここは彼女の指示に従うのが正解なのは間違いない。

 そう判断した先生だったが、直後に生まれたのは()()()()()()()()()()()()という不安。

 あの蛇の能力は未知数。対応するにしてもターニャから指示を聞いて中継するのでは少なからずタイムロスが発生してしまう。それが生徒の被害につながることは防ぎたい。

 ならばどうするか。

 

「“……ターニャ、良ければ私に代わって全体の指揮をお願いできないかな?”」

「──は!?」

 

 先生が下した結論は直接指揮権を与えるというものだった。

 その提案を聞いたターニャが呆気に取られた表情になるがそれも当然と言えば当然。突然こんなことを頼めば誰だってこうなるだろう。

 とはいえ状況とリスクを考えるとこれが最善。故に先生はまっすぐターニャの目を見つめ真剣に頼み込む。

 

「お言葉ですが小官は万魔殿の所属です。シャーレという中立の立場とは異なり小官がトリニティの方々を指揮するのは立場上問題が──」

「“私より砂漠の環境や戦い方をよく知っているから適任だし皆も安心できると思うんだ。それにヒフミ……トリニティの生徒からも停電の時に大活躍してナギサが信用していたと聞いているよ。ターニャの言うことならトリニティの皆も聞いてくれるんじゃないかな。もちろん私からも頼んでみる。それならどう?”」

「で、ですが戦闘の指揮であれば小官よりヒナ委員長やツルギ委員長の方が適任では?」

「“そうだね、でもターニャなら信頼できるから。さっきだって私のことを守ってくれたし、それに自分を置いて逃げろとも言ってくれたでしょ? その優しさと強い責任感があるからこそ指揮を任せたいんだ”」

「……高く評価していただき光栄であります」

 

 ターニャ自身は謙遜しているようだが先生からしてみればこれほどの適任は他にいない。むしろ戦闘力と責任感だけならまだしも砂漠とデカグラマトンの知識、トリニティからの信用まであるとなっては登用しない方がおかしい。

 そんな評価を無事受け取ってくれたのかターニャはどこか引き攣ったような笑みを浮かべつつもそれ以上の反論や拒否は言ってこない。

 

「可能な限りご期待に応えたいとは思いますが、そのためにも増援の数、必要な時間はどれほどになるかをお聞かせ願えますか」

「“申し訳ないけどそれはヒナとツルギ次第かな。できるだけ出してもらうよう頼むつもりだけど撤退しながらだと難しいかもしれない”」

 

 しかし次にターニャから投げかけられた問いには先生も歯切れが悪くならざるを得なかった。

 弾薬がどれだけ残っているか、負傷者がどれだけいるか。状況次第で人数や時間は大きく変わり今の時点では何も分からない。

 そのうえで殿を頼むなど無茶な話だと分かっているしこの条件では拒否されて当然。しかしそれでも生徒に嘘をつくことだけはしたくない。

 心の底からそう思っているからこそ先生は下手に取り繕わず素直に事実を告げ。

 そして──。

 

「……動員できる兵力も不確定、目標時間が不明な状態で遅滞防御ですか。まったくもって最高に愉快な展開ですな。了解いたしました、最善を尽くさせていただきましょう」

 

 抱いていた不安に反してターニャは敬礼と共にはっきりと承諾の言葉を返してきた。

 嫌だと言うことも無く、難しいと渋ることも無く、困難だと分かっているはずなのに満面の笑みを浮かべて愉快だと強がってみせた。

 その姿を見て先生は胸の奥底から湧き上がってくる感動に打ち震える。

 ──それほどまでに私のことを信じてくれているなんて。彼女の献身に報いるためにもこの撤退は絶対に成功させなければ。

 その決意と共に、先生は真剣な表情で鞄からタブレット端末を取り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 戦場において撤退戦とは最も過酷な戦いの一つです。

 四方すべてが遮蔽物でありどこに敵がいるか分からない市街戦や最初から玉砕が定められている達成不可能な防衛戦と比べれば多少はマシに思えるかもしれません。

 しかし撤退しているということは兵力や物資が損耗し士気も低下している状態。それで意気軒昂かつ強力な敵と組織的な戦闘を行うのは非常に厳しいものと断言できます。

 まして部隊の殿(しんがり)ともなれば攻撃が集中するうえ味方からの援護も期待できない最悪の場所。

 そこを任されるのは遠慮したいというのは誰しもが共通して思うことでしょう。

 ──もっともそのありがたくもない撤退戦の殿役を絶賛実行中というのが現在私の置かれている状況なわけですが。

 どうも皆様ご機嫌よう、ターニャ・デグレチャフです。

 予定ではあくまで万魔殿の生徒として生徒の状況や企業の実態を確認するだけのはずだったのに運命とは実に皮肉なもの。まさか戦闘に参加どころか指揮、挙句には殿まで任されるとはどうして予想できたでしょうか。

 しかし実際に先生の目の前で頑丈な人型兵器を破壊してみせたうえに合理的判断からとはいえ殿は任せて先に行ってほしいなどと言ってしまったのは紛れもない事実。今さら逃げさせてくださいなどと言えるはずもありません。

 結局のところ口は災いの元ということなのでしょうが……。

 しかしこれだけは言わせていただきたい。

 ──どうしてこうなった。

 

「敵開口部発光! ビームが来るぞ!」

 

 とはいえ今は現実逃避している場合ではない。

 機械仕掛けの蛇──呼称デカグラマトンが攻撃をしてくる前兆行動を見せたため私は無線で警告を叫ぶと共に防殻を展開、次いで射線から逃れるベく全力で移動を開始。

 そして直後に視界は眩い光芒に染まり、背中に押し寄せてくるのは爆発で生じた熱と衝撃。それは小柄な私の体を目の前にあった小高い砂の山ヘと容赦なく吹き飛ばす。

 しかし幸いなことに手足は痛むものの負傷というほどのことなく行動に支障は無い。それを確認して私は即座に無線機ヘと手を伸ばし。

 

「各員、被害報告!」

「……私とイオリは無事」

「きぃっひっひっひっ、くすぐってぇじゃねぇか!」

「ハスミです。委員長共に被害はありません」

 

 全員の無事が確認できたことで胸を撫で下ろした。

 現在私と共に遅滞戦闘に当たっているのはヒナ委員長とイオリ先輩、正義実現委員の剣先ツルギ委員長、羽川ハスミ副委員長の計四名。

 私を入れても小隊規模という人数は一見すると足りなく思えるが、そこはやはりこのキヴォトスで治安維持を担う組織の幹部たち。全員が航空魔導師に匹敵する火力と機動力を遺憾なく発揮しており三十分以上防衛線を保つことができている。

 ──と言えば一見華々しい大戦果に見えるのだろうが。

 

「まったく、火力が高いうえに無駄に頑丈。作って動かしているのはどこの馬鹿だ?」

 

 立ち上がって服に付いた砂を叩き落としている間にこぼれるのはため息と愚痴。

 下手に正面にいればビームやミサイルといった大火力の嵐が容赦なく向けられ、それでなくともその巨体で大量の砂を弾き飛ばしてくるのは鬱陶しいことこの上ない。おまけにこちらがどれだけ銃弾を叩き込んでも装甲が割れる気配は皆無。

 防衛線も崩壊こそしていないものの何度か後退しての再編を余儀なくされている。

 カイザーすら苦戦する相手に善戦していると言えば聞こえは良いが実際には有効打を与えられず膠着しているだけ。火力といい頑丈さといい、まるで父の(かたき)などと言い私ばかりを集中的に狙って突っ込んでくる猪を彷彿とさせる厄介さ。

 とはいえあの猪を相手にする、もしくは中隊を相手に単身で遅滞戦闘を強いられるよりは遥かにマシであるのは事実。面倒ではあるがまだ許容範囲だ。

 そう自身に言い聞かせ、渋々ながら私は最低限の義務を果たすベく前方に見えるデカグラマトンを目指して走り出す。

 

「くそっ、後で絶対に超過勤務分の手当をもぎ取ってやる!」

 

 本来なら立場上文民である私は今頃安全な場所に退避しているはずだったのに。そんな恨み言を吐き出しつつ私は大きく開いている口を目がけてグレネードを投擲。

 そしてそれが顔面付近で爆発した直後、ツルギ委員長がデカグラマトンの体を駆け上がって顎を蹴り上げると共に両手に持ったショットガンを叩き込む。

 損傷はせずともさすがに鬱陶しいのだろう、デカグラマトンは一瞬動きを止めてツルギ委員長の方に向かう素振りを見せるがそこヘ流れるように行われるのはイオリ先輩とハスミ副委員長による精密狙撃。

 しかしそれでもデカグラマトンを止めるには至らず接近できなければ遠距離からと言わんばかりに背部のハッチを開放、そこから次々にミサイルを撃ち出した。

 直線であるビームとは異なり湾曲する軌道、目標を追尾できる誘導性は確かに厄介。しかし突入時に音速を超える巡航ミサイルならまだしも加速し切っていないものならば。

 

「左は私が落とす、あなたは右を」

「はっ!」

 

 ヒナ委員長の機関銃による弾幕と私の観測術式で捕捉可能。瞬時に担当を決めて発砲すれば大量のミサイルも無事に全弾撃遂することに成功する。

 とはいえこれで一安心、というわけにもいかない。

 カイザーとの交戦も含めれば戦闘開始からかなりの時間が経過している。私のツァラトゥストラはカイザー社員が使っているものと同一のため私はいくつか弾倉を拝借しての補給ができたが他の生徒たちはそろそろ弾薬が底を尽き始める頃だろう。

 旧日本軍でもあるまいし弾薬尽きての特攻など冗談ではない。戦闘が可能なうちにさっさと撤退しなければ──。

 そんな焦燥感を覚えた私は一度深呼吸してから無線機に向けて口を開く。

 

「現状報告。現時点でこちらは全員無事、戦闘継続は可能ですが残弾数から考えてそれほど長くは保たないかと思われます。撤退状況はどうなっていますか?」

「“他の子たちの撤退は終わって君たちが最後! 今そっちにバスが向かってるからあと十分だけ頑張って!”」

「……倒着まで六〇〇、了解いたしました。それまでは必ずや耐えてみせましょう」

 

 ──十分。それを耐えきればこの面倒な戦場とはおさらば。

 それを理解した瞬間疲弊していた心も一転して歓喜と高揚に包まれる。

 とはいえまだ部隊の誰かが被弾し防衛線が崩壊する、デカグラマトンが進路を変更する、バスが途中で動かなくなるといった可能性も無いとは言い切れない。

 たった数分早く到着しようと焦った結果事故を起こし、新しい車の手配のため戦闘が長引くなど想像しただけで悪夢。ここは早さより確実性を重視してもらわなければ。

 

「各員に通達、現在迎えの車両がこちらに接近中。到着までは六〇〇の見込み」

「分かりました。それまでは耐え切らないといけませんね」

「イオリ、聞いたわね。最後まで気を抜かないで」

 

 撤退直前のこの状況でやられるなど冗談ではない。そんな思いは全員が共有していたらしく、私の報告に合わせて流れるように返されるのはハスミ副委員長、ヒナ委員長の了承と気合いを入れる言葉たち。

 打てば響くように私の言いたいことを理解し行動する、その様子に二〇三大隊の副官や部下の姿が重なって見えるのはやはり彼らと同じプロフェッショナルだからか。

 しかしそんな頼もしさと予想外の懐かしさに浸っていられたのはそこまでだった。

 

「──けっへっへ……来る、来るぞぉ……!」

「おい、()けろ!?」

 

 不意に無線から響いたのはツルギ委員長の低く呻くような呼びかけ、そしてイオリ先輩の焦ったような叫び声。

 それを聞いて咄嗟に視線を上に向ければ、そこにはデカグラマトンの頭部が勢いよくこちらヘと向かってくる姿があった。

 ──まさかここで火器ではなく本体そのものによる質量攻撃だと!?

 今までになかった予想外の行動に覚えるのは驚愕、そして絶望。

 魔導師相当が五人がかりで攻撃しても割れない装甲、数百メートル以上ある巨体。確かにこれを直接ぶつけるという選択はこれ以上無いほど有効だ。分かっていたとしても果たして一体誰がこれを防げるというのか。

 しかしだからといって何もせず敵の攻撃を受けるなど論外。どれほど絶望的だろうと生き延びるためには全力で足掻かねば。

 

「主の導きこそ我が喜び、我が誉れ。我主の呼びかけに応え、主の御言葉に従わん!」

 

 だからこそ私は咄嗟に防殻を展開すると共に九五式ヘと魔力を込める。

 飛行術式を使えば自分の足で走るより多少速く移動できるはず。間に合わなくともこのまま直撃を受けるよりは遥かにマシだ。癪ではあるが一日に二度も存在Xを称える羽目になることも今だけは許容しよう。

 そう思いながら私は体が軽くなるのと同時に全力で地面を蹴って後方ヘと飛ぶ。そしてそのまま迫りくるデカグラマトンの動きを必死に追い続け──。

 

「……は?」

 

 しかし予想とは異なりデカグラマトンが突っ込んだのは私ではなくその手前の地面。体当たりをするでも無く、ビームやミサイルを撃つでも無く、唐突に地中に頭を突っ込むという行動には私も困惑を隠せない。

 その動きを見て真っ先に思ったのは逃げるつもりなのかということ。

 私たちはデカグラマトンを撃破できていないが、逆にデカグラマトンもまた私たちを撃破できていない。今の一撃でエネルギーやミサイルが尽きたとしてもおかしくはないはずだ。

 その予測が当たってくれればこれで戦闘は終結、私もこの面倒な任務から解放される。

 頼む、さっさと帰ってくれ。

 未だ見えている巨大な背中に向け真剣にそう願う私。しかし次の瞬間にデカグラマトンが取った行動はそんな私の期待を見事に裏切るものだった。

 

「な、何だ!?」

 

 突如として私を襲ったのは一切前兆が無かったはずの砂嵐。しかもその強さはこれまで経験してきた中でも一、二を争うレべルのもの。視界は完全にゼロ、砂粒はまるで散弾のように猛烈な勢いで吹き付けてくる。

 このタイミングで、この場所に、前兆も無く発生する砂嵐? 誰がどう見ても不自然極まりないのは明らか。十中八九デカグラマトンが何かしたに蓬いない。

 そしてそれを理觧した私は盛大に舌打ちをこぼす。

 私が平然としていられるのは防殻、そして飛行術式とセットで起動している酸素生成術式があるから。普通の生徒であれば戦闘どころか立って呼吸をすることもままならないだろう。

 つまり今動けるのはおそらく私一人だけ。そしてこのまま砂嵐を放置すれば車両が接近できないうえヒナ委員長たちも遭難しかねない。

 私一人飛んで帰ったところでどうやって帰ったと訊かれるのは確実。味方を見捨てたなどと悪評を広められれば私の信用は失墜しこれまでの功績もすべてご破算。それを回避するには車を無事に到着させて公的に帰る必要がある。

 ではそのためにどうするか。唯一動ける私が車を守るしかあるまい。

 

「──くそっ、どうしていつもこう面倒なことに遭わねばならんのだ!」

 

 激情のまま本音を叫び、私は勢い良く大空ヘ向かって飛び上がる。

 砂嵐が吹き荒れる今なら翼の無い私が飛んでいても地上からは見えない。そして上空なら砂嵐の影響を受けずに行動可能。

 そう判断しひたすらに高度を上げること数分。

 砂の壁を突き抜けた瞬間私の目を襲う眩い陽光。そして十数秒かけて光に目を慣らした私が目にしたのは一面に広がる真っ青に晴れ渡った大空と茶色の地平線が織り成すコントラストという絶景だった。

 かつては航空魔導師として幾度となく、毎日のように見ていた景色。魔導師ではなく生徒として生きていく以上もう二度と見ることは無いと思っていたがまさかこうして再び見られる日が来ようとは。

 一瞬そんな感慨に浸るが今しなければならないのは遊覧飛行ではなくデカグラマトンの排除。故に私は気を引き締めて真下で渦巻く砂の壁の中心ヘとツァラトゥストラを向ける。

 そして念のためそのまま様子を窺うも攻撃が来る気配は無し。いかに強力な兵装を持っていようとさすがに高度五〇〇〇は射程外のようだ。

 ならば焦る必要も無い。落ち着いて全力で、確実に仕留めるまで。

 

「主は奇蹟をもってその御名を世に知らしめん」

 

 超長距離狙撃術式を起動すると同時に私の口は今日だけで三度目となる存在Xヘの祈りを勝手に紡ぎ出す。何度も私の思考と行動の自由を侵害してくるのは甚だ屈辱ではあるが、私の社会的地位と身の安全のためにもここは涙を飲んでそれを受け入れよう。

 だからいい加減に私をさっさと平和で落ち着いた後方に下げさせろ。

 その思いと共に私はそっとツァラトゥストラの引き金にかけた指を絞り──。

 

「天地の果てに至るまで、主はすべてを見守り導かん。主よ、御身を称え祈りを捧げし者に祝福を与えたまえ!」

 

 一瞬の閃光の後、砂嵐の中心に立ち昇る巨大な爆炎を見つめて深くため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

「──クックックッ!」

 

 壁一面にいくつものモニターが設置された部屋に、愉し気に響く嗤い声。

 本来であれば契約が白紙となったことで意味が無くなったはずのそれをふと眺めていたのは偶然か、あるいは必然だったのか。

 しかし()()は確かにそこに存在し、その姿をはっきりと画面に映し出していた。

 そして知ってしまった以上ただ黙って見ているなどどうしてできようか。

 

「この神秘、やはり暁のホルスと同等かそれ以上のものであることは間違いありませんね。これはぜひともお会いしなければ……。実に楽しみです」

 

 その言葉を残して人影は静かに姿を消し、部屋は再びの静寂に包まれるのだった。




これにてアビドス編は終了ですが、時計じかけの花のパヴァーヌ編は予定しておりません。
リオと相性良いのは分かってるんですけどゲヘナ生突っ込ませる余裕が無いのとAL-1Sの処分確定でシナリオ崩壊不可避なので……。
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