まったくもって待ち切れません!
ところで中佐殿、終わらない戦争が嫌でしたら青春の学園都市を観光されるのはいかがですか?
シャーレは中佐殿の来訪を心よりお待ちしております!
「ターニャ・デグレチャフ、入室いたします」
「――キキッ、入れ!」
時計の針が予定時刻を示すと同時に響くノックの音、そして議長室ヘの入室を告げる声。
それに万魔殿議長、羽沼マコトは生真面目なことだと苦笑しながら扉の外にいる人物に向かって入るよう高らかに呼びかけた。
そして声をかけた直後扉を開けて姿を見せたのは今回の立役者であるターニャ。
しかしその様子はマコトが想像していたものとはいささか異なるものだった。
「失礼いたします、こちらが昨日の出動及び戦闘についての報告書になります」
「……ご苦労。しかし昨日はずいぶんと活躍したらしいな? 風紀委員やトリニティの間で噂の的になっているとこちらにまで聞こえてきているぞ」
「はっ、ありがとうございます。ですが今回の成果は風紀委員と正義実現委員、シャーレの先生といった皆様の協力があって初めて得られたものです。お褒めいただき光栄ではありますが些か過分な評価をいただいているかと」
あれだけの功績をあげておきながらその表情や言動は普段と何ら変わらず、淡々と報告書を差し出してくる様はまるで何も無かったかのよう。
平然としているのは演技なのか、それとも本当に特段何とも思っていないのか。それを確認してみるベく注目されていると伝えてみるものの返ってきたのは自己顕示とは正反対と言える控えめな返答のみ。
――こいつは一体何を考えている?
マコトからしてみれば今回ターニャが上げた功績は期待以上、これ以上無いほどに完璧と言えるものばかり。
第一にヒナを指揮することで万魔殿が風紀委員の上位にいることを示せたこと。
第二にティーパーティー、正義実現委員会を動かしたこと。
シャーレの先生からの依頼とはいえ正義実現委員会の委員長と副委員長をゲへナ、しかも万魔殿が指揮したというのは大きい。エデン条約が成立しETOが発足すればゲへナが主導権を握ることも視野に入れられるだろう。
しかもターニャがトリニティの生徒を指揮するのは二度目。トリニティの生徒がゲへナの指示に従ったという事実を二度も積み重ねれば三度目も現実味を帯びるというもの。
第三に今回の出動が結果的にETOの予行演習となったこと。
装備やドクトリンの異なる部隊を統合するETOは運用するに当たりかなりの手間がかかるはず。訓練を通して問題点の把握と解決まで図るとなればなおさらだ。しかし今回の出動によってゲへナはトリニティに先んじて限りなく実戦に近い経験を積むことができた。
そして第四に先生ヘターニャを強く印象付けられたこと。
交渉力、行動力、戦闘力、知識、どれを取っても優秀なターニャは先生から確実に重要な生徒と位置付けられたはず。今後シャーレが活動していくうえで困難な事態が発生すれば再びターニャを頼ろうとする可能性は高く、そしてそうなった場合ターニャの所属する万魔殿、そして上司でありターニャヘの命令権を持つマコトの影響力は必然的に大きくなるのは明らか。
この機会を上手く使えばそれこそゲへナが、マコトがキヴォトス全体を統治するための足掛かりにできるかもしれないのだ。
だというのにその立役者がこうも消極的でいられては宣伝塔にならないではないか。
そう判断したマコトはため息をつきながらターニャを翻意させるベく口を開く。
「そう謙遜するな。交渉も手配も指揮も貴様自身の実力による手柄、それを認めたからこそ先生は指揮権を与え、それにヒナもトリニティも従ったのだろう? 過度に卑下してはむしろ嫌味に捉えられるぞ」
「はっ、申し訳ありません」
しかしそれでもターニャが喜ぶ様子は無く堅苦しい雰囲気を纏ったまま。
正規の地位から正当な職権を行使し合法的にトリニティを動かせる、マコトからすればこれ以上無いほど痛快極まりない展開だがどうやらターニャは気に入らなかったらしい。
しかしそれではマコトの思惑と大きくずれてしまう。
クーデター後の混乱するトリニティを掌握するには実力と権威は必要不可欠。それはキヴォトス最強と名高く風紀委員長でもあるヒナも該当するが、あれは確実にトリニティの併合と統治という目的に協力しない。それどころか独立行動権を盾にマコトの排除に動くだろう。
やはり信頼できる万魔殿の人間を送り込む以外に選択肢は無い。
だからこそマコトはターニャを万魔殿の看板として活躍させるにはどうするのかを思案し。
「私も今回の活躍は高く評価しているのだぞ? そしてその立役者を正当に評価し然るべき役職に就けるのは当然のことでもある。喜ベ、貴様にはETOの指揮官を任せるとしよう」
「――は?」
本人が自分から動こうとしないのであればこちらから動かすまでという結論に至る。
この能力と実績を活かすにはやはりETOに送り込むのが最善、まして実際に指揮した経験がある人材など入れてくださいと言っているようなもの。
加えてETOを動かせるならクーデター主犯ヘの捜査を妨害するといった工作も可能。自分たちにメリットがあるだけでなく反ナギサ派やアリウスに恩まで売れる。
これこそまさに完璧な策ではないか!
「お言葉ですがETOは生徒会の指揮系統から独立した組織です。万魔殿の一員である小官がトップに就くのは政治的観点から問題になるのでは?」
「すでに立派な実績がある人材を登用しない理由がどこにある? 所属が問題なら風紀委員に出向させれば形式上は何の問題も無い。それに指揮権が無くとも要請や提案は禁止されていない。貴様が独自に判断することであればトリニティも口出しはできないだろう」
「ではもう一点。人事権は式典会場を指定する交換条件としてトリニティヘ譲っております。小官の所属が変わったとしても人事を動かすのは難しいかと」
「何を言っている。計画では会場にいるナギサ派のティーパーティー、正義実現委員会、シスターフッドが丸ごと吹き飛ぶ手筈なのだろう? 大混乱に陥っているところヘなし崩し的に指揮系統を構築しそれを既成事実化してしまえば済む話だ。向こうが自分から投げ捨ててくれるものをこちらが拾ってやったところで文句は言われまい」
そしてターニャの危惧している制約についても当然対策済み。
マコトの腹心の部下が来るとなれば当然ナギサも警戒するだろうが、事が起きてから急遽指揮官に任命する形にすれば妨害しようが無い。それに肝心のナギサは式典前に排除されることがすでに確定している。
加えて来賓やテレビ中継の見る前で指揮系統が崩壊するのも確定事項。すぐ動けないトリニティに代わってゲへナが事態の鎮静化に動くところを見せれば一時的だろうとこちらに任せようという流れになるだろう。そうなったら後は非常事態を理由に権限を握り続け、その間に空いたポストを親ゲへナ派で固めてしまえば良い。
「もっとも今急に出向させればナギサを警戒させるだけ、故に貴様は万魔殿所属のまま偶然騒ぎに巻き込まれ仕方なく指揮を執る形になる。そして落ち着いた後事態の収拾に貢献した功績で晴れてETOトップに任命されるというわけだ。そのためにも貴様には昇進に値するような華々しい活躍をしてもらわなければならん。分かったか?」
「はっ、承知いたしました。命令とあらば全力で取り組ませていただきます」
そして確認の問いかけにターニャは見事な敬礼で応え、それを見たマコトはこれで大丈夫だろうと胸を撫で下ろす。
相手が予想していない方向から話を持って行き認めさせる手腕、突然かつ初めてにもかかわらず指揮官を務め上げた胆力と能力。ナギサとの交渉を成功させた実績もあり元から評価はしていたが今回行われたデモンストレーションによってその信頼は今や絶対的なもの。
さらにそこヘシャーレの信用という予想外のおまけまで付いてきたとなればどうして失敗を心配する必要があるだろうか。
ミレニアム以上の電子戦能力とキヴォトス全域に対する巨大な権限、何よりあらゆる法規を無視できる特権を持った人間が味方に付くほど心強いものは無い。
つまり成功は確定したも同然。来月にはトリニティの全てが私の物だ――。
そんな明るい展望と期待を抱きながらマコトが報告書に回覧済みのサインを記入しようとした時だった。
「電話か、少し待て」
不意に鳴り響く着信メロディ。
それは今この瞬間、万魔殿議長であるマコトに何か用があるということ。
当然無視はできずマコトはターニャに一言断りを入れてから携帯電話を取り出し行政官の言葉に耳を傾ける。
そして。
「何、先生が? ちょうど良い、ターニャなら今私の目の前にいる。本人に確認して折り返し連絡させよう」
「……察するに先生が小官に何か用があるということでしょうか?」
やはり会話に自分の名前が出たのが気になったのだろう、マコトが通話を切ったのを確認するとターニャは怪訝そうに何か問題が生じたのかと問いかけ。
それにマコトは心配するなと宥めつつ満面の笑みと共に喜ばしい報せを告げてみせるのだ。
「後で今回の一件について先生が感謝の礼を伝えに来たいそうだ。いつなら空いている?」
◆
自分のしたことを評価され、礼を言いに訪問される。それは実に光栄なことです。
電話や手紙で済ますのではなく直接感謝をしに来るとはそれだけ大きな活躍をしたということが可視化され周囲の第三者ヘのアピールにもなることは明白。
それは出世や影響力の強化を目指す人間にとっては是非とも欲しい目標であり、またすでに一定の地位にある人間にとっても欠かせないものであることでしょう。
ましてそれが政府中央官庁に相当する連邦生徒会の機関のトップ直々となればなおさら。先生の覚えめでたく引き抜かれるようなことがあればまさに栄転。
その機会を逃さず全力で努力するベきなのは誰が見ても間違いありません。
万魔殿の応接室からこんにちは、ターニャ・デグレチャフです。
現在私は先生と顔を合わせ、三日前の作戦で私が作戦の立案や準備、指揮など様々なことに尽力したことに対しての感状を受け取っている真っ最中。
ちなみに部屋の隅ではチアキ先輩による写真撮影が行われているためこの光景が後日週刊万魔殿の記事として学校中に広まるのは確実。
――願わくば広報活動にも尽力した報酬ということでまとまった休みがもらえますように。
「“この前は本当にありがとう。おかげでホシノも無事に助けられた”」
「はい、いいえ。小官は当然のことをしたまでです」
そんなことを考えつつ私は仰々しく感状を受け取ってみせる。ひとまずこれでパフォーマンスという一つ目の目的は果たしたと言えるだろう。
そして写真撮影が終了しチアキ先輩が退室したことで室内には私と先生の二人だけに。
しかしこのままお疲れ様でしたと別れるだけでは出世して連邦生徒会入りするという私の目標は叶わない。今回の貢献を材料にして先生とより強固な関係を構築していかなければ。
そのため私はソファヘ腰掛けるよう促しつつ今後の関係構築に向けてどのように話を進めていくかについて思考を巡らせ。
「“ところでターニャは大丈夫? ……その、理事がいなくなってしまったわけだけれど”」
先生の方から会話の糸口となりそうな話題を出されたことでほくそ笑む。
なるほど、最初に先生が接触してきたのはカイザーコンストラクションの理事でもあった人物が逮捕されることで古聖堂の工事に遅延が生じトリニティとの外交問題に発展する可能性を危惧してのものだった。
つまりここでそのトラブルを回避することに成功し工事に支障が出ていないことを伝えれば先生を安心させ、同時に私の仕事のアピールもできる!
「お気遣いいただきありがとうございます。確かにこのような結果となったことは残念ですが事情が事情ですので致し方ありません。今は少しでも信頼が回復できるよう誠実に行動することを願うばかりです。幸い後任の新たな理事も決まったとのことですので間もなく法に則った適切な業務が再開されるかと。ご安心ください」
「“……ターニャはあの理事に何か思うところはあったりしないの?”」
しかしここで先生がポツリと口にした言葉に私は首を傾げる。
思うところとはどういう意味だろうか?
確かに取引先の人間が違法な高利貸しに人身売買までやっていたというのは一大スキャンダル、とはいえ直接会ったことの無い人物の汚職など知りようが無い。
理事の処分がトカゲの尻尾切りに過ぎないとしても建前として解雇はされたのだからそこに私が口を出すベきではないはずだ。
それに契約に従って適切に工事が行われているのは確認済み。同じ人物が理事を務めていたからといって建設業であるカイザーコンストラクションをまったくの別企業であるカイザーPMCと同じに捉えるのは不適切だろう。
「以前も申し上げましたが小官は理事と直接の面識はございません。あくまで会社が存続し業務が滞り無く継続されればそれで十分と認識しております。その点から見れば理事の懲戒解雇と謝罪を行ったカイザーにこれ以上小官が言うことは無いかと」
「“……ターニャが気にしていないなら別に良いんだけど”」
しかし私の返答を聞いて何故か微妙な表情を浮かべ口ごもる先生。
――はて、何か変なことを言っただろうか? まさか不祥事を起こした理事を私が心配しているなどと変な思い込みをしていたわけでもあるまい。
それとも先生はカイザーに対してさらなる責任の追及をするつもりで、それに際し再び私の助力を仰ぎたかったのだろうか。
だとすれば申し訳ないが私としてはせっかく回避できたはずの外交問題を起こしかねない案件に首を突っ込む気など毛頭無い。
根拠がありかつ緊急性の高い要請ならともかくそれ以外は巻き込まないでほしいものだ。
「カイザーPMCは戦力の回復にかなりの時間を要すると思われる損害を受けました。小官の指揮が先生のお役に立つ機会は当面の間無いでしょう。代わりと言っては何ですが戦闘以外、例えば事務などの仕事であれば喜んでお手伝いさせていただきます」
だからこそ私はやんわりと条件を突きつける。
カイザーPMCが壊滅状態となったからには私を戦力として投入されるような相手はいないはずということを理由に戦闘ヘの参加を拒否。同時に安全な後方での事務作業であればやりますと代替案を提示する。
実際大規模な戦闘が起こりそうという話は聞いていないし、仮にあったとしてもカイザーも砂漠も関係無いなら私が出る理由にはならない。それこそ専門の治安維持組織に任せてしまえば済む話だ。そしてそれ以外は手伝う姿勢を見せることで最低限の責任は果たす。
これならカイザー追及の協力を断ったとしても決して不自然ではないはずだ。
そう計算していたのだが――。
「“本当!?”」
返ってきた反応は見るからに嬉しそうにしているという予想外のもの。
カイザーと事を構えるつもり、あるいはこちらから条件を出したことを不愉快と思うのであれば私の出した条件を聞いて笑顔になるはずが無い。
しかし実際に先生は笑顔を浮かべて目を輝かせている。これはどういうことだろうか。
「その、何か問題でもあったでしょうか」
「“違う違う、ターニャにはシャーレに登録してもらいたいとずっと思っていたんだ”」
「シャーレに登録、でありますか?」
「“うん。前に風紀委員会の子とアビドスの皆が衝突したことがあったでしょ? 互いに故意ではなかったしターニャも本当は真面目で良い子だし、あれでマイナスイメージが付いてしまったのを払拭したいと思っていてね”」
そして恐る恐る何を考えているのか尋ねてみれば先生の口からは勧誘の言葉が流れ出し。
「“今シャーレでは色々な学園の皆に当番として仕事を手伝ってもらっているんだ。例えば書類の決裁や会計、物資の手配。他にも依頼を現地の子に斡旋したり当番の子を派遣したりとやることが多くてね。もし手伝ってくれるなら助かるしイメージアップにもなると思うんだけど。必要だったら私の方からお願いしたとも伝えるよ”」
それを聞いた私は先生の提示した条件があまりに私自身が望むものと合致することに驚愕と動揺を隠せなかった。
――これは冗談か罠の類ではないか?
思わずそう疑ってしまうほどにその話は魅力的すぎた。
第一に書類の決裁や会計、物資の手配などは明らかに事務職。安全なオフィスの中で平穏に業務が行えるのは実に魅力的。
第二にゲへナが先生を攻撃してしまったのは事実、そのマイナスイメージを払拭しプラスのものに変えられる機会など本来ならこちらからお願いするベきもの。それを向こうから持ち掛けてきてくれるというのを受けない理由がどこにある。
第三にシャーレに他校の生徒たちが来るなら交友関係を広げる絶好の機会になる。以前シャーレにミレニアムの生徒が来ていたのは確認済み、同様に来る他校の生徒と会って信用を作っておけば万魔殿議員としての評価も上がるうえに連邦生徒会に入れる可能性も生まれるはず。
そしてその巨大なメリットに対してデメリットとなりそうなことは極少。
現地の生徒だけではトラブルを解決できないと判断された際に派遣されるかもしれない点だけが気になるがまさか機甲、航空戦力を抱えた敵基地を相手にするなどそうそうあるはずが無い。行動するにしても先日とは比較にならない小規模かつ簡単なものであるに違いない。
つまりここは勧誘を受け入れることが最適解。
……いや、そもそも選択肢など最初から存在していないか。
断ればせっかく得た信用を失うのは目に見えている。そうなれば連邦生徒会に入るなど夢のまた夢、PMC基地攻撃ヘの協力を要請された時と同様提案という形を取ってはいても実際には強制以外の何物でもない。
ならばここは逡巡する素振りなど見せず、熱意を持って了承の意を示すまで。
そう判断した私は立ち上がって敬礼をすると共に笑みを浮かべて高らかに叫ぶのだ。
「はっ、よろしくお願いいたします!」
◆
「――そうなの、ツルギちゃんもハスミちゃんもひどいと思わない?」
夜の九時も半ばを過ぎたトリニティ自治区の一角、とある建物のテラス。
そこは雲の隙間からかすかに漏れ出る月光以外に光源は無くほぼ暗闇に包まれていた。一般的な生徒なら室内の照明をつけるかテラスにランタンなどの光源を持ってくるだろう。
しかしそこに一人佇む生徒は光源が無いことを一切気にする素振りを見せず携帯電話の向こう側にいる誰かヘ向けて愚痴を吐き出していた。
「まったくもう、ゲヘナの子なんかにホイホイ従っちゃってさ。トリニティとしての誇りはどこに行っちゃったのって話だよね」
「……それだけ指示が的確だったということだろう。指揮官が優秀であればわざわざ逆らうことに意味があるとは思えないが」
「プライドの問題なの! それにそんな怪しい誘いに乗るナギちゃんもナギちゃんだよ。ゲへナの連中なんてどうせ自分たちのことしか考えていないに決まってるのに!」
会話している雰囲気は一見華やか。柔らかい声色で、素直に自分の感情を込めて話す姿は可憐と呼べるかもしれない。
しかしその声とその眼差しに宿る感情、そして何より話す内容は淀み切っていた。
感じられるのは圧倒的なまでの怒り、憎しみ、そして凶気。
それを隠そうとしない彼女も、それを受け止めてなお平然と会話を続けている電話の向こう側にいる人物のどちらも傍から見れば異常と断言されることだろう。
日夜銃撃や爆破が絶えないキヴォトスだがその多くはあくまで喧嘩の延長線上。ここまで明確に誰かを憎むということは極めて稀。
しかし滅多に起こらないからといってそれが決して起こらないというわけではない。
その数少ない例は今まさに具体的な形として顕現しようとしていた。
「……やっぱりナギちゃんには
「それは既定路線だろう。だがトリニティとゲへナの部隊をまとめて抵抗されると厄介だ。統率と指揮が可能な人材は優先して排除しておきたい。指揮したのは風紀委員長か? 行政官か?」
「それが万魔殿の生徒だったんだって。名前は確か……ター……ターシャ・デグチャレフ?」
誰が脅威なのかを尋ねられた彼女は苦労しながら友人から聞いた名前を思い出し。
普段からゲへナの生徒に興味が無いため半分聞き流しておりうろ覚えの名前だったが、それでも電話の向こうにいる人物は即座にその正体ヘと思い至る。
「まさかターニャ・デグレチャフか?」
「知ってるの?」
「ああ。マコトの使いとしてこちらに来たことがある。私たちと同等かそれに限りなく近い戦闘力と知識がある得体の知れないやつだった。そうか、あいつなら確かに……」
そして短い沈黙の果てにその声は告げるのだ。
自分が下した決断と、それがもたらす結末を。
「ターニャ・デグレチャフを空崎ヒナ、剣先ツルギと並ぶ最重要警戒対象に指定する。
なおシャーレに登録すると任務や大決戦、総力戦に放り込まれるようになる模様