ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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四、買い物

 その日は何の変哲もない始まり方だった。

 いつも通り夜明け頃の喧嘩の喧騒と銃声で目を覚まし、明るくなってからバイヤーが商品を搬入する音と呼び込みの声が賑やかに響き渡る。そして時々銃声と共に爆発音がしてマーケットガードが慌ただしく出動していく。そんないつもと変わりない一日。

 そしてブラックマーケットの中に居を構える情報機器の取扱店にも色々な客がやって来る。

 

「失礼する、どなたかおられるだろうか?」

「はーい! 今行きますねー!」

 

 店の入り口からかけられた声に返事をして店主がいそいそと顔を覗かせてみれば、そこにいたのは十歳ほどの少女。

 濃緑色の軍服をきっちりと着こなし直立不動、()()()()()()()()()()()()金髪碧眼の姿は見た目に似つかわしくない威厳を持っていて思わず息を吞む。

 たった一人でブラックマーケットに来て物怖じせずに堂々と店員を呼ぶ胆力。間違いなく組織の頂点かそれに近い場所にいるだろうと思わせる迫力。

 迂闊に晒した隙を突かれ一瞬で散りかねない混沌のるつぼブラックマーケットの住民だからこそ見た目よりも警戒するべきと長年培ってきた経験が全力でアラームを鳴らし始める。

 敵対店舗の刺客もしくはガサ入れ? そんな恐怖と不安に手が腰のホルスターへ伸びそうになるのを我慢して店主は少女を迎え入れる。

 

「初めてのお客様ですね? 当店では超小型カメラや盗聴器、それらの探知機をはじめハッキングソフト入りUSBメモリーなどを扱っていますが本日は何の御用ですかね?」

「ごく普通の携帯電話を一つ。それとここで別の身分を手に入れられると聞いたのだが」

 

 それを聞いた瞬間店主は悟られない程度に一瞬だけ動きが固まった。

 確かに退学すると口座が凍結されるため別名義の学籍が欲しい、犯罪歴などを改ざん、消去してほしいという依頼は珍しくない。

 しかしそれを中等部であろうこの少女が? この歳で何をやらかした?

 高等部の生徒や退学した不良集団、狡猾なブラックマーケットの住人が主な顧客層であるこの店に似つかわしくない容姿に盛大な違和感を覚えながら店主は慎重に口を開く。

 

「……取り扱いが無いわけではありませんがね、簡単にお売りはできませんね。ウチで売った名義で変なことをされても困るものでね」

「物が物だ、承知している。頼みたいのはまったく新しい自分として飛び級で高校に進学するための編入手続きと学籍だ。悠長に中学卒業を待っているわけに行かない非常事態とだけ言っておく」

 

 飛び級での進学希望、それを聞いて店主は少し考え込む。

 単に高校へ入りたいから学籍を作ってほしいというのは初めてだ。普段の依頼と比べれば非常に可愛らしく些細なもの。少なくとも後から頼んだのと違うと難癖をつけられ店ごと吹き飛ばされる事態になることは考えづらい。

 飛び級の中学生という目立つ存在が何かをすることで学籍を売った自分の店が特定されて顧客が増える可能性を思えば何ら問題はないだろうと判断する。

 

「ちなみにご希望は? ミレニアムとヴァルキューレ、SRT以外なら大体できますがね」

「……逆に何故それらは除外されるのか伺っても?」

「ミレニアムはサーバーのセキュリティが他と比べると異常にガッチガチでしてね。下手に入ろうとすると逆にこっちのサーバーに侵入されてデータ消されかねないんですね。戸籍屋の間でもあれを作った奴は相当性格が悪いと評判でしてね……。それとヴァルキューレ、SRTは警察と法の執行機関ですからね? 金をいくら積まれても狼の巣に手を出すのは無理ってものですね」

 

 店主がそう言って肩をすくめると、少女は納得した様子で頷く。

 極端に迷惑な客だと何を説明しても譲らず恐喝してくるので実力でお帰りいただくのだが、店主の説明を素直に聞き入れる様子はブラックマーケットとしては珍しい良客だ。

 下手に実力はありそうなので店内で銃を乱射されることが無さそうで助かった──。そんな内心はおくびにも出さず、店主は改めて接客用の笑顔を浮かべ直す。

 

「それでご希望は?」

「おすすめはありますか? 編入が早い、もしくは値段が安い所が良いのですが」

「そうですね……。特にこだわりが無いならアビドスかレッドウィンター、ゲヘナあたりはいかがでしょうかね。アビドスは自治区の大半が砂漠化していて生徒の数も四、五人程度。多額の借金があり廃校の噂もありますが──」

「却下」

「ではレッドウィンター。北方で気候が非常に寒く交通の便は悪め。革命と粛清が日常で生徒会がやや不安定な点が瑕ですが──」

「却下!」

 

 自分で編入時期や値段を基準にと言ってきたくせに提示した案を即座に否定してくる少女。

 ──礼儀正しく信用できそうな客だと思ったがやはり危険な奴か?

 態度に若干の苛つきを覚える店主は少しだけ警戒度を再び上げて次の候補を提示する。

 

「……少し値段は上がりますがゲヘナ。生徒数の多い二大校のうちの一校、自由と混沌が校風。誰が何をしても気にしない寛容さが魅力ですかね。まあその分トラブルも多めですけどね」

 

 その提案には、少女は何も言わなかった。

 右手を顎に当ててしばらく無言で考え込み、やがて意を決したように顔を上げる。

 

「了解した。そこで構わない」

 

 店主からすれば先に挙げた二つもゲヘナも大して変わらない。むしろ悪名はゲヘナの方が圧倒的に上なのだが本人がそれでいいと言うなら言うだけ野暮かと自分を納得させる。

 

 ──目の前の少女がゲヘナ学園についてまったく情報を持ってないということを店主が想定していなかったことが運命を狂わせるとは知らずに。

 

「ちなみに経歴や得意分野でアピールポイントがあれば聞いておきますがね? 出身中学校や編入の理由にもなりますしね」

「……いや、これまで戦術の勉強か戦場で戦うか、それを報告書や改善案としてまとめることしかしてこなかったもので自慢できる経歴は無い。あくまで普通の一学生として公的身分を手に入れることができれば他は構わない」

「なるほど。じゃあ適当にカイザーさんの教練塾出身、風紀委員の戦術を学ぶためとでもしておくので後で確認してくださいね」

 

 編入する先と経歴が決まったところで店主は書類の作成に取りかかる。

 そしてブラックマーケットとしては珍しく平和で些細な依頼は何のトラブルも無く順調に進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 小さなものでは手榴弾、大きなものでは巡航戦車、見えないものでは戸籍に口座。

 売る側も買う側も商品の出所や善悪を気にせず躊躇もしない、少しでも不満があればどちらかが納得するまで銃と拳で語り合う闇市場からこんにちは。ターニャ・デグレチャフです。

 様々な物が取引されるだけあって治安が世紀末なこの世界でもマーケットは大盛況。二〇三大隊の人員候補の面接や戦場でのデコイで大活躍した光学術式で頭上のヘイローを偽装していなければ今頃自分も珍しい商品としてここに並んでいたかもしれません。

 場所によってはたい焼きやぬいぐるみなど日常的な物も売られていて全部が全部危険地帯というわけでもなく、むしろ乱闘騒ぎや爆発事故が起きると騒ぎに乗じて野次馬が商品を搔っ攫っていくので治安維持のガードマンがそれなりに機能しているのが皮肉なところ。

 そして私はそんな通りを携帯電話の地図アプリ片手に移動中。

 

「えーと王冠を被ったタコが描かれたクレイモア地雷の自動販売機のある角を左。まっすぐ行ってライフル銃と弾が交差した看板……。どこだ?」

 

 脳裏から離れないのはカフェでオコジョさんから聞いた、銃を持たない人間はこの場所では裸の不審者よりも珍しいという一般常識。それは言い換えるならば、これまで下着を身に付けずに行動していたのと同義!

 非常に由々しき事態である。早急にマナーである銃器を手に入れなければ。そう決めて私は一路銃を求めて奔走中なのだ。

 ──最初はその辺のコンビニで売られていた銃を買うつもりだったが入手し易さと性能は反比例するもの、最低限撃てれば良いと割り切った敗戦直前もかくやと言わんばかりの粗雑な加工と質感で期待できない代物だと見切りをつけてからは信頼できる店を探すべきと方針転換。

 そして編入手続きをしてくれたロボットの店員おすすめの店へ向かい、今に至る。

 

「……ふむ、あれか?」

 

 教えてもらった通りの看板を見つけ、私は慎重に中の様子を窺う。

 ブラックマーケットの治安や住民の異常な頑丈さを考えれば試し撃ちを通行人に向けて行う可能性も否定しきれない。少なくとも油断は禁物。

 そんな不安と共に少しの間観察し、剣呑な気配が無いことを確認したうえで足を踏み出す。

 そして──。

 

「うわっ!」

 

 奥から出てきた、背丈ほどもある大きなケースを背負った少女と勢いよくぶつかった。

 後ろに尻もちをついた少女が持っていた袋は地面に落ち、開いたそれからはかなり大きめの弾丸が数発零れ落ちて周辺へと転がっていく。慌ててそれを追いかけて拾い集めるが、手にしたそれは明らかに違和感を覚える異常なサイズ。

 この弾薬は……、まさか二十ミリか?

 少なくとも記憶では飛行場や司令部など陣地防衛の対空機関砲くらいでしか使われていなかった代物だが、まさか個人でこの弾薬を使用する銃器を持っているのか? そしてこれを受けてもなおこの世界の人間は無事なのか!?

 困惑しながらも集めた弾丸を渡せば、少女は泣きそうな顔で必死に何度も頭を下げてくる。

 

「ご、ごめんなさい! あなたみたいな小さい子に迷惑をかけて……。私なんて生きていく意味も価値もないんだ……。まともに買い物もできない人生なんてきっと無駄なんです……」

「いや、こちらもよく確認していなかったのでそんなに謝らないでいただきたい。こちらこそ申し訳なかった。ところでこの弾薬はあなたが使う銃のものだろうか? ずいぶんと反動も大きそうだが」

 

 私が質問したのが意外だったのだろうか、少女は驚いたように目を見開いて固まった。

 そのまま数秒の沈黙が続いた後、私が怒っているわけではないことを理解したようでおずおずと背中のケースを指し示す。

 

「えっと、はい、私のアイデンティティ用の弾です……? た、確かに反動はすごくて、慣れないうちはスコープが目に当たったり、肩が痛くなったりで……。使いこなせないままの人生は苦しいなって思ってたんですけど、やっぱり慣れても苦しいのは変わらないですね……。えへへ」

 

 ──ずいぶん卑屈で後ろ向きな思考の少女だ。存在Xめ、私ではなくこういう人間を救えばいいものを。

 呪われた九五式宝珠の四基同調する核をモチーフにした四つの輪が絡み合う、いわゆる四つ金輪紋を象ったヘイローの存在を思い出し内心でため息をつく。

 天使の輪を持った化け物のような人間とこれから一緒に過ごしていかなければならない、彼女らを導く大人がいない、こんなくそったれな世界を作って私を放り込み観察して楽しむサディストに対する好感度が余計に下がる。

 

「何だ何だ、また面倒事かと思ったらずいぶんと若いお客さんだね。そっちのアリウスの生徒さんのお友達かい?」

 

 そこで背後から不意にかけられた声。振り向けば店の奥から薄汚れたポロシャツにチノパン姿のロボットがゆっくりと歩いてくるところだった。どうやら今の会話が聞こえていたらしい。

 

「アリウスの生徒さんになら二十ミリどころか多弾頭ロケットなんかも卸してるよ? 目立つ強力な武器が欲しいなら遠慮せず言ってくれや」

「いや、普通の銃で良いんだが……」

 

 学校ぐるみで個人が扱うような代物ではない大物を使っていることに若干引きながら、背負った大きなケース姿が去っていくのを見送ってから私も店の中へ。

 横に並んだ店主が棚一面に並んだ商品を気さくに紹介してくるが、残念なことに強力すぎるものは体格的に使い切れないのでかなり困る。

 拳銃、散弾銃、狙撃銃。今まで魔導師として機動性を最大限に活かした航空戦が主だったため近距離用や動かずに使うものへは食指が動かない。

 やはり帝国軍で使い慣れた物と同じような物が適しているか?

 いや、ここで航空戦は考えなくていい。予想される戦場は市街地、敵は非装甲ではあるが無駄に頑丈な一般人だ。

 さっきの二十ミリは論外として小口径のボルトアクションは乱戦で使いにくい。では短機関銃で一気に数を叩き込むべきか? しかし短機関銃は近接用で拳銃の弾を使うものだ、相手が防弾装備をしていた場合威力不足も懸念される。術式で強引に吹き飛ばせば良かった戦時下とは違い無傷での鎮圧が求められるのが厄介だ。

 つまり中距離を想定したライフル弾が最適解か?

 

「……アサルトライフル。最新型でなくていい、まとまった数が売れていて信頼できる物だ。あとは銃剣や擲弾もあると良いのだが」

「数が売れていて信頼できる、か。一番大切なことを分かってるねぇ。待ってな、少し面白い経歴で入ってきた中古品があるよ」

 

 表情はよく分からないがおそらく笑っているのだろう。店主は小躍りするような軽い足取りで棚の一角を探って一丁の銃を取り出して見せる。

 

「カイザーのPMCで使われてたんだが、まあ年度末なんかにまとまった数の廃棄品が出てな。それを安値で買い叩いて丁寧にバラして使えるパーツ集めた再生品。ああ、ちゃんと使えるのは確認済だよ。嬢ちゃんなら面白い使い方をしてくれそうだ」

「銃の使い方に面白いも何も無いだろうに」

 

 店主の軽口に苦笑しながら受け取った銃はどこかで見覚えがあるもの。

 現代的なデザインからして帝国ではなく日本で見たのか?

 半透明で残弾数が直接確認できるプラスチック製の弾倉、帝国軍で使っていた小銃や短機関銃と同じような長さと重さ。

 ふむ、悪くない。

 

「裏の射撃場で試し撃ちして決めな。ただし撃った弾も請求するぞ」

「ではせいぜい撃ち過ぎないよう気を付けて試させていただくとしよう」

 

 命中精度、連射速度、取り回し、撃った反動、弾倉の交換し易さ。この世界での命綱になる愛銃を決めるのに妥協は許されない。

 三十分ほど撃ち続け、振り回し、ようやく納得できた私は店主の元へ向かう。

 少なくともこの銃ならこの世界でも十分にやっていくことができるとの確信を持って。

 

「おう、決まったのか?」

「ええ、ぜひとも購入させていただきたい」

「よっしゃ、さっき言ってた銃剣と擲弾は後で用意するとして他には清掃道具と弾倉、持ち運ぶ用のケースか。塗装はどうする?」

 

 塗装? と首を傾げるがそこでヘルメット野盗団の銃がやたらとカラフルだったのを思い出す。遠くからでも目立たせる威嚇用かと思ったがもしや一般的なのだろうか?

 ……あり得るな。この治安で視認性をまともに考えているとは思えない。

 

「とりあえずは結構」

「そうか。後から必要になったらまた来な。それと銃の名前はどうする? 大体の連中は自分の銃に愛称を付けて大切に手入れしてるんだ。銃床に名前彫ってやろうか?」

「いや、それは恥ずかしいので結構です。しかしそうですな……」

 

 わざわざ銃に愛称を付けるとは、教官ごと自分も撃った肥満海兵隊員の映画を思い出して思わず渋面を作る。

 しかし身近な相棒を呼ぶ度に自分の思いを告げられるのは悪くない。九五式は使う度に存在Xを讃える呪いの言葉を勝手に吐かせてくるが、これは自分の意志で言いたいことを言えるのだ。実に素晴らしい意趣返しではないか。

 この銃に何の意味を込めるか、この銃で何を為したいと願うか。

 私がこの世界でも私であるために何が必要か。

 それを振り返った時、私の口から出た名前はシンプルなものだった。

 

「──神は死んだ(ツァラトゥストラ)




光学術式でヘイロー偽装できるの便利~。

本日の買い物
・ゲヘナ学園の学籍
・携帯電話
・M4A1


追記、指摘を受けターニャの買った銃を変更しました。
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