ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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六、初登校

「第一校舎前、第一校舎前。降り口は右側です」

 

 車内放送がかかると共に列車は小さなブレーキ音を軋ませながらゆっくりと減速し、静かに駅のホームへ滑り込む。

 扉が開けば数多の乗客が一斉にホームへと降りていく光景は前世の東京と変わらない。

 懐かしい人の流れに押し流される感覚を味わいながら階段を上れば、目に飛び込んだのはもはや旧式極まりないともいえる有人改札。白い服を着た駅員はやけに不穏な目つきで手際よく学生たちの差し出す切符を回収していく。

 改札鋏の形や位置がおかしい切符を持っていた学生が時々連行されて撃たれているが、誰も気にすることは無く列は進みやがてターニャも切符を回収されると同時に足は改札の外側へ。

 そしてそのまま多くの学生でごった返す通路を抜けて駅の出口まで行けばそこに広がっていたのは見事に晴れ渡った青空と高くそびえ立つ重厚な大理石の白い校舎のコントラスト。

 ──ここが、ゲヘナ学園。

 何の因果か日本から帝国軍士官学校と軍大学を経て再び通うこととなった五つ目の学び舎。

 果たしてどんな生活が待っているのか、私の求める平穏な生活があるのかは非常に怪しいがここまで来てしまったからには後に引けるはずも無く。

 そんな期待と不安に胸を抱きながらターニャは背負ったツァラトゥストラのケースの肩紐を握り締めて腕時計に視線を落とす。

 

「こんにちは、ターニャ・デグレチャフさんですね?」

 

 そこへかけられる声。そちらへ向き直れば一人の学生の姿があった。

 二つに分けた栗色の髪を肩から前に下げ、眼鏡に赤い手袋とタイツ。そして腕には風紀と大きく白抜きで書かれた腕章を着けている。

 その腕章と事前に聞いていた通りの時間。間違いなく迎えに来た風紀委員の者だろうと判断してターニャは右手を挙げて敬礼をして見せた。

 

「はっ、こちらで本日よりお世話になりますターニャ・デグレチャフであります。どうかよろしくお願いいたします」

「っ! ……コホン、私がゲヘナ学園風紀委員、火宮チナツです。ゲヘナ学園の生徒会までご案内しますのでこちらへどうぞ」

 

 初対面ならば印象が最大限良くなるように。

 それを意識しアイロンの効いた服、にこやかな笑顔、柔らかい物腰をセットで披露。すると何故か相手は一瞬動揺したように目を見開く。

 はて、社会人として当然のマナーなのだが何かおかしかっただろうか?

 思わず自分まで動揺してしまったターニャ、そしてそれに気付いたチナツは慌てるように両手を胸の前で振った。

 

「すみません、ターニャさんがここまでしっかりされていることに少し驚いたもので。失礼ですがおいくつですか?」

「十二歳になりますが」

「……イブキさんの一つ上でこれほどとは」

 

 どこか感心したように頷くチナツ。緊張していたような硬さは消え、安心した柔らかさが雰囲気に現れている。

 なるほど、帝国でもこの見た目で信用されなかったことは多々あった。治安が致命的に崩壊しているこの世界ならばまともに生活できるか心配されるのも道理。

 そう納得するとターニャは失礼しますと一言告げてチナツと共に黒塗りの車へと乗り込む。

 

「──正面の第一校舎は見た目こそゲヘナ最大ですが勉学目的ではあまり使われていません。学業に真面目に取り組みたいのでしたら向こうの第二校舎を使ってください。給食部の食堂はこの道を行った先に。あちらに見えるビルが風紀委員会の本部です」

 

 車内では流暢に車窓から見える建物について説明してくれるチナツ。

 一口に学校と言えど規模は日本や帝国にあったものとまったく異なる。広大な畑や鉄道網、さらには空港と数万の人口を抱えている都市を含めた地域そのものが一つの学校。

 校舎や食堂がそれぞれ十以上記された地図を見ているだけでは詳細が分からなかっただろう。

 特に風紀委員会については学校が発行している地図に一切載っていなかっただけに、こういった解説が非常にありがたい。

 

「あちらがゲヘナの生徒会、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議事堂です。学生証や口座の発行など色々と手続きがありますので時間がかかるでしょうが、終わってから連絡をいただければ寮までお送りします」

「それは助かります。しかしたった一人に対してずいぶんと手厚い待遇ですがここではこれが普通なのでしょうか?」

「……ゲヘナに不慣れな中等部生を一人で歩かせるのはどうぞ襲ってくださいと言っているようなものですから」

 

 ──ああ、とターニャは嘆息する。

 一般街区で銃撃戦どころかティーガーまで出てくるような抗争のお手軽さではさもありなん。右も左も分かっていないお上りさんはさぞかし良いカモに見えることだろう。

 

「ただしこれは入学前で正式にはまだ部外者だからこその特別措置です。明日から一人で行動していただきますのでご注意を。基本風紀委員会は事後対応ですから」

「了解いたしました、せいぜい巻き込まれないよう注意して行動するとしましょう」

 

 元よりできるだけ平穏に安全で文明的な生活を、が目標だ。わざわざ首を突っ込むことも無いし銃があれば最低限の自衛もできる。

 傍らのツァラトゥストラのケースを軽く叩きながらそう笑いかけてみせればチナツもその意思を理解したらしくほんの少し口元を緩ませる。

 その時だった。

 

「すみません、チナツさん。議事堂の駐車場で何か工事をしている連中がいますがこのまま入っても大丈夫でしょうか?」

 

 不意に運転席からいかにも警戒心丸出しといった険しい調子の声がかけられた。

 見れば駐車場の中心付近にはショベルカーやクレーン車などが集まり、百人以上はいる作業員も忙しそうに動き回っている。まだ端には十分駐車できるスペースがあるが確かにかなり邪魔な場所で行っているようだ。

 ガス管か水道管、電気設備だろうか? それならば特に何の問題も無いだろう。

 しかしそれを見たチナツは深刻そうに眉をひそめて何やら考え込み始める。

 

「……場所が場所だけに万魔殿かもしれません。この時間に転入生が来ると知っていますし良い顔をしたいと銅像を建てているだけの可能性もあります。もう少し近くに寄れますか」

「了解です」

 

 二人で何か納得したように頷いているがターニャには状況がまったく分からない。

 万魔殿とは確かここの生徒会。それが何故駐車場の真ん中に転入生のために銅像を?

 そしてその言い方も妙に気になる。まるで生徒会以外にも工事をしている勢力がいて、そちらをより警戒しているかのような口ぶり。

 そして何より治安維持が主目的であるはずの風紀委員が工事を問題視しているという事実。

 あの工事は一体何だ?

 

「ちっ、駄目です! あれ温泉──」

 

 しかしターニャはその疑問を口にすることはできなかった。

 運転手が何かに気付いて急ブレーキをかけるのとほぼ同時、まさに工事現場の中心の地面が噴火のように火柱と黒煙をあげて噴き上がる。続いて感じたのは耳をつんざく落雷のような轟音と車の天井と窓を激しく叩くアスファルトの破片の雨音。

 外の様子を伺うが窓の外は一面砂埃と煙に包まれ真っ黒で何も見えない。

 

「一体何があったんです!? 状況は!?」

「温泉開発部です! 爆発の直前確かに見えました!」

「……あぁ、もうっ!」

 

 頭を抱えるチナツ、泣きそうな顔で慌てふためいている運転手。

 何が起こっているのかはさっぱり分からないが、とにかく入学手続きを行う前なのにまたしても面倒事に巻き込まれたことだけは疑いようがない。

 平穏は、トラブルに巻き込まれない生活はどこにあるのか。

 立ち込める埃と煙で何も見えない空を仰ぎながら、心の底からターニャは今後の学校生活が確実に前途多難であることを嘆くのだった。

 

 

 

 

 

 

 突然ですが部活動とは何でしょうか。

 代表的なものでは野球やサッカー、バスケットボールなどのスポーツ。もしくは美術や吹奏楽、囲碁将棋など文科系。少なくとも年頃の学生たちが学校生活の中で打ち込む青春の一ページ、応援するべき平和なものであることでしょう。

 もちろんその存在すべてが正しいわけでも無く、炎天下の真夏に強行して熱中症で倒れたり指導と称して暴力沙汰になったりなど問題が起きることがあったのもまた事実。校則でいずれかの部活に所属することが求められ仕方なくいるだけの幽霊部員もいるかもしれません。

 ですが一般的には学校において必要不可欠なものであり、存在と活動については尊重されるべきものであることに違いないのです。

 ──あくまでこれを部活動と言って認められるのならですが。

 転入手続きをしに来た現場でこのゲヘナ学園で最も有名らしい部の一つ、温泉開発部から直々に受けているオリエンテーションの場からご機嫌よう、ターニャ・デグレチャフです。

 

「ハーハッハッハ! さあ掘れ! 温泉に当たるまで掘って掘って掘りまくれ!」

 

 心底愉快そうに全身で興奮を表しながら指揮を執る少女。赤いシャツに白衣を羽織り、ショートパンツから出た素足には簡素なサンダル。どうなっているか見えないが腰からは蜥蜴のような長い尾が伸びている。

 そんな彼女が見下ろす先にあるのは生徒会議事堂の駐車場を穿つ大穴と活発に動き回る削岩機やショベルカーと運転手が必死に制止するのを気にかけずツルハシやシャベルで駐車場の地面を掘り進める謎の集団。

 この世界での常識に散々振り回されて少しは慣れてきたかと思いきや、今まで以上に何が起きているのか理解できない。

 生徒会議事堂に対する銃撃や爆破といった直接的事案の方がまだ理解できるのだが……。これは一体どういうことだ?

 

「ん? お嬢ちゃんは初めて見る顔だがどちら様かな?」

 

 とりあえず銃撃戦のような事態に発展するような不穏さは無いこと、車内にいたままでは状況も分からないことからひとまず車を降りる。

 そして出たところで指揮官と思わしき小柄な少女に語りかけられた。

 

「本日付でこちらに転入してきたターニャ・デグレチャフです。ところでこちらは一体何をされておいでで?」

「無論温泉開発だとも! 私は二年の鬼怒川カスミ、温泉開発部の部長だ! そこに温泉があると思えば掘る、結果無かったとしても掘る! お嬢ちゃんも温泉開発に興味は無いかい?」

 

 自信たっぷりに胸を張ってそう答えるカスミ。

 その言動にやましさは一切無く、本心からこの行為を正しいと認識しているらしい。そしてそれに追随し作業に当たっている部員たちもまた迷いは見られず。

 ──いや、どう考えてもおかしいだろう。

 私も詳しくは知らないが温泉開発とは少なくともいきなり地面を爆破し重機で掘り進めるようなものではない、はずだ。

 

「まあ確かに温泉という単語には心惹かれ無くもないが……」

「それは重畳! ではメグ、すぐに入部届を──」

「やめなさい」

 

 そこへ流れるように入るチナツのツッコミ。

 先ほどまで血相を変えてどこかへ電話をかけていたがそちらは片付いたか。いつの間にか私の隣に来てカスミを睨みつけている。そしてその手には大型のモーゼル拳銃。

 

「おやおや、そこにいるのは風紀委員会のチナツ様じゃないか。発破はたった今なのにずいぶんと早いお着きだ」

「転入生をそこの議事堂に送迎する最中でしたから。それと風紀委員としては転入初日からの勧誘は止めていただきたいのですが? ターニャさん、温泉開発部は周囲への迷惑も場所も時間も考慮せず爆破を繰り返す集団です。入部を止めはしませんがおすすめはできません」

「んー、その言い方は実に心外だな? 我々はゲヘナ学園の校風、自由と混沌を最大限に尊重しているだけだとも。校則に反しているわけでもこの地域で温泉開発が禁止されているわけでもない。風紀委員がどう思おうとそれは事実。何ならそこの万魔殿の議長様に確認してくれてもいいぞ? それに温泉とは常に自由であるべきだ!」

 

 ──ああ、なるほど。

 これは私の()()だ。直感的にそう思う。

 完全に否定しきれない理論を整えて人を巻き込み人の考えている裏を突いて嫌がらせをする、敵にすると一番面倒なタイプ。まるで市街戦を合法化するために国際法の研究をして穴を突いた私のような人間。

 おそらく厄介さは戦時国際法に批准していないからと市街地で遠慮なく破壊行為をする連邦軍や何も考えずただカツアゲをしてくる不良集団の比ではあるまい。

 

「生徒会の建物はすぐそこ。しかしこれを放置して行くというのもな……」

 

 真横にそびえ立つ議事堂を見上げながらため息を一つ。

 おそらく普段ならば風紀委員が鎮圧に当たるのだろう。しかし現在見える範囲にそれらしき姿は無く、チナツと運転手の二人だけが──いや、運転手も今は拘束されてチナツだけしか抵抗できていない。それも百人程度の大人数相手にかなり不利。

 果たしてすぐ隣の駐車場でこの騒ぎを起こされて生徒会が正常に機能しているか。もし機能停止しているなら騒ぎが落ち着いて正常に戻るまでにどれほど時間がかかるか。もし今の状況でも問題なく機能していたとしても、この傍迷惑な集団を放置し続けていればいずれ業務が停止してしまうことも十分考えられる。

 それはいくら何でも嫌だと声を大にして叫びたい。

 

「くそっ、毎度毎度どうしてこうなるんだ……」

 

 平和で穏やかな生活を望んでいるからこそ関わりたくもないのだがそうしてしまえば結果として自分の首を絞めることになりかねない。

 苛立ちで震える手を握りながら車へと戻り、座席に置いてあったケースからツァラトゥストラを取り出して弾倉をセット。コッキングレバーを引き弾丸を薬室に送り込む。

 さらに放置したいのにそれができない苛立ちを込めて、八つ当たりのように魔力を九五式へ。

 

「──主の力をいざ告げん」

「ん? お嬢ちゃんは何をしているのかな?」

 

 一度車に戻ってから再びやって来る私に気付いたカスミ。

 その視線が私の構えるツァラトゥストラに向き、表情が困惑へと変わるのはすぐだった。

 

「待て待て、どうして私を狙う? お嬢ちゃんに危害は加えていないしお嬢ちゃんの用があるそこの議事堂だって無事じゃないか」

 

 ああ、それは正しい。私も議事堂自体も被害は無い。

 しかしそれによる遅延は?

 社会人として、軍人として遅延の原因たる存在を認識していながら何の対策もせず遅延証明書を出して終わるなら最初から誰も苦労などしないのだ。

 遅延の原因と対応が事前に分かっているなら予防をしてこその社会人。

 故意に他者へ遅延を作るのであればそれは私にとってまごうことなき、敵。

 

「主の光を讃え、世に()(こえ)を届けん」

「さては風紀委員に憧れたのかな? しかしお嬢ちゃんはまだ風紀委員会に入っていないはず、私たちが戦うにはまだちょーっと早いんじゃないかい?」

 

 私の放つ剣呑な気配を察したか徐々にカスミの声色は尻すぼみ、そして自信たっぷりに仁王立ちしていた姿勢はジリジリと後退りしていく。

 しかしその背中に隠している手には拳銃を握っているのが見えている。

 敵がまだ抵抗を続けるのなら私が遠慮する必要性も無いのは道理。

 

「全能なる主に栄光あれ!」

 

 だからこそ私は対人用の爆裂術式を一切の躊躇なく温泉開発部部長の顔面へとぶっ放す。

 

「部長ーっ!」

「えっ、どうすればいいの?」

「と、とりあえず応戦!」

 

 意外とあっけなく気絶した部長を見た部員たちの悲鳴や部員たちが銃を構える音を聞きながら、私は真剣にあの日の選択を心から後悔する。

 

 学籍を買う時に値段の安さで入る学校を選んだのは間違いだったな、と。

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