ターニャのキヴォトス奮闘記   作:ハルコンネン

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当初軽いノリと勢いで始めたものを評価していただけることに心から感謝申し上げます。

いや本当にどうしてこうなった……?


七、転入

 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)

 大理石をふんだんに用いた重厚な建物、赤と黒を基調とした装飾がキヴォトスにおける二大校の一翼としてふさわしい威厳を放つそこはこのゲヘナ学園の中枢を担う生徒会の本部。

 議事堂を名乗りながらも校則の制定や予算の管理、他の学校との交流などをはじめ自治区の行政なども司るその重要さと多機能さは日本で例えるなら国会と霞が関の諸官庁を合わせたようなものでしょうか。

 ここに所属することこそエリートの証、今後の人生も安泰と言えるのでしょう。

 現場に出るのではなくオフィスで椅子に座って部下へと指示を出す、そんな仕事こそ私の求めているものなのですから。

 私の目指したい目標の麓からごきげんよう、ターニャ・デグレチャフです。

 現在の私は温泉開発部による遅延工作を排除することに成功し無事に議事堂へ到着、転入手続きを進めている最中です。

 あくまで今日は学生証や制服の受け取りなどのために訪れたに過ぎませんが、いずれここで役職を得る未来を想像しながら待ち続けるのも悪くないもの。

 問題はどうやってここに至るまでのコネクションを得るかですが。

 

「……物流の最適化に関する意見案でも提出してみるべきだろうか? 以前鉄道部に出したものが流用できるかはともかく検討だけはしておいた方がいいかもしれんな」

 

 ──私、ターニャ・デグレチャフは合理主義者であると自認している。

 選択と行動は無駄を省いて効率的に。

 コストに結果が見合わなければ迷わず切る。

 個人の感情や経験を当てにせず客観的なデータで判断する。

 サラリーマン、士官として幾度となく活用してきたその思想は決して間違いではないはずだ。

 会社でも戦場でも求められるのは常に効率。

 無駄な出費を増やして損害を出す、無意味な行動をして犠牲を出す。そんな愚行をする連中なら私は容赦なく無能の烙印を押して退場させるだろう。

 そう確信しているからこそ、目の前に広がるこの光景が理解しきれない。

 

「くそっ、何故こんなに種類があるんだ。どう見ても無駄の極みだろうに」

「何を言うんだ失礼なやつだな。そのシャツは前立てがフリル付きになっててそっちはフリル無しの袖ゆったり目、で向こうにあるやつは襟がフリル。黒とかグレーのカラーシャツもそれぞれ別にあるぞ。つーか皆自分で気に入ったやつ選んでんだ文句あんのか」

「……制服という概念自体を考えてもらいたいのだが」

 

 私が今いるこの倉庫一面に広がっているのはぎっしりと並んだ棚やハンガーラック、そしてそこにならべられた数多の衣服と小物たち。

 シャツの構造、外套の丈、スカートの柄、帽子の種類。驚くことにこの学校の制服は非常に多くのバリエーションがあり制服と言えるほどの統一性がまったく無い。

 自由と混沌という校風が影響しているのだろう、黒か赤色を基調としていれば何でも認められるのではないかと思うほど見事にバラバラ。

 生産と保管で生じる膨大なコストを考えればこれは明らかに効率が悪いとかそういうレベルの話ではない。

 

「転入生、一応言っとくとこの制服を決めたのは万魔殿議長のマコト様だからな?」

「はっ?」

 

 それだけでも十分悩みの種になりそうだというのに、さらに万魔殿のスタッフが付け加えた一言がさらに衝撃を与えて来る。

 学校の運営を担う生徒会、そのトップがこれほどの浪費を許している?

 

「マコト様は出版業やリゾート開発、万魔殿公式グッズの展開など多くの事業をされている。これだって日々抗争の絶えない学生のために常に新しい制服を、と業者との協力体制を築かれ学生たちからは好きなカスタマイズができると好評なのに何が不満なんだ」

 

 ──おそらく学生視点ならば好評だろう。

 前世の日本でも制服のデザインが好みだからという理由で進学先を選んだ事例はあった。それを自由にカスタマイズして集団生活の中でオリジナリティを発揮できるというのは十分QOLの向上と進学希望者の増加につながると言える。

 そういった意味では合理的だろうか。他の事業で収益が出ていて問題無いなら無理にこちらが口を出す必要も無いかと自分を納得させる。

 

「それにしてもここの生徒会はずいぶんと様々な事業に手を出されておいでで」

「ああ。万魔殿の名を広めるための宣伝として生徒の福利厚生、地域との関係構築にはかなり気を配られている。いずれマコト様が圧倒的支持を得てゲヘナ学園にとどまらずキヴォトス全土を征服する日も近いだろう!」

「……はぁ」

 

 まあ確かに、聞いている限りでは卒業後に起業したなら社会的な評価や社員からの信頼を集める人格者として大企業の社長になっているかもしれないが……。

 棚の間を歩きながらスタッフの自慢気な言葉に生返事をしていくこと十数分。

 フリルの付いたシャツ、チェック柄のスカート、リボンタイなど可愛らしい物は排除。シンプルで機能的なものを重視して目に付いた服を手に取っていく。

 結果としてごく普通の白いシャツに赤いネクタイ、黒のダブルスーツに同じく黒のパンツ、黒のコートとごく普通のサラリーマンのような地味な恰好が出来上がる。スーツの襟だけ鮮やかな赤色なのが前世で着ていたものと違うがほぼ一緒だ。

 ──サラリーマンを思い出させるこの恰好こそ私が私である証明のようで少し心地良い。

 何より自分で低評価をしておいて何だが、女性らしさなど求めていない私からすればこう選択肢が豊富なのはありがたいのだから。

 

「決まったか? じゃあ裾上げしている間に次へ行くぞ」

「はっ」

 

 空いた時間は有効活用、無駄なく行動する姿はさすが生徒会のスタッフといったところ。

 迅速に次の場所へ向かう彼女に付いて行けば、やがてエレベーターに乗り上層階へと向かう。扉が開けばそこにあるのは赤い絨毯が敷かれた重厚感のある荘厳な廊下。

 ──はて、学生証の発行をする部署にこのような装飾は必要無いはずだが。

 

「失礼ですがどちらへ向かっているのでしょうか? 私のような者が立ち入るには不相応な場所に思えるのですが」

 

 まるで帝国軍参謀本部のような雰囲気に違和感を覚えて尋ねてみれば、返ってきたのは予想通りの答え。

 

「万魔殿議長のマコト様が会いたいと仰せだ。くれぐれも失礼の無いように」

 

 

 

 

 

 

「キキキッ、お前がターニャ・デグレチャフか。なかなか悪くない面構えだ」

 

 そう笑いながらソファに悠然と腰かけている女子。

 足元まで届く長い銀髪と鋭く天を指し示すように生えている四本の角。校章の入った制帽と足首まである長いコートは一目見て分かる上級品で、その胸元には金色の飾緒。

 学生たちを統べる生徒会の長としての風格を放っている彼女こそゲヘナ学園の生徒会、万魔殿の議長である羽沼マコト。

 ──転入してきたばかりでなぜいきなり学校のトップと会談することになったのかまったく理解が追い付かないが、この機会は逃がせない。

 いつの時代、どの場所でも上の立場とのコネクションは構築しておいて損は無い。まして関心の無い相手へのプレゼンではなく積極的にこちらへ関心を持ってくれているのだ。売り込みをしない道理がどこにあろうか。

 

「はっ、本日ゲヘナ学園に転入しましたターニャ・デグレチャフであります。羽沼議長のご高名はかねがね伺っていまして、お会いできるとは光栄です」

 

 当然嘘だ。生徒会長の噂を聞いたのは先ほどの倉庫が初めてであり、その評価はクリエイターとしてはまずまずだが経営者としては微妙。

 しかしこれからお世話になる上司の第一印象は良くしておくべきであり、そのためならおべっかも許容されるだろう。

 事実マコトの表情は面白がっているような笑顔であり満足げに頷いている。

 

「すぐ隣で騒いでいたとあって貴様の活躍を見ていたのでな。風紀委員会が来る前に温泉開発部の連中を制圧するとは見事だったぞ?」

「はっ、ありがとうございます!」

 

 ──温泉開発部の暴挙に遭遇した時には望んでいた平穏とかけ離れた事態に悲観していたのだが思わぬところで良い結果に繋がっていたらしい。

 何という幸運! まさに人間万事塞翁が馬といったところだ。

 

「見所のある学生が増えるのは良いことだ。所属予定の部は決まっているのか? それなりの実力と意欲があるようなら風紀委員に推薦してやっても良いが」

「はい、いいえ! ご提案は非常にありがたいのですが、お許しいただけるのでしたら小官は議長閣下の下で万魔殿に勤めたいと思っております!」

 

 ──風紀委員会になど入ったらあの温泉開発部のような連中の対処に追われる日々が待ち受けているのは明白ではないか!

 銃撃とは離れられないにしてもできる限り平穏でいたい、そんなささやかな望みに最も遠い組織こそ風紀委員会。苦労するのが分かっていてそんな組織に入りたいと誰が思うだろうか。

 軍大学でゼートゥーア閣下と初めて会った時には後先考えず高評価になるようなプレゼンを行い結果として激戦地ばかりに放り込まれることになった。

 ここでは絶対に誤解のしようの無い結論から伝えていけば大丈夫なはずだ。

 

「……ほう、履歴書には転入を志望した理由として風紀委員の戦術を学ぶため、と書いてあったがなかなかどうして面白いことを言う」

 

 ──まずい、学籍を購入した時に志望理由の欄を適当に任せたのが裏目に出た!

 くそっ、どうしてあの時もっと真剣に志望理由を考えなかった!?

 考えろ、戦術だけでなく他にも学びたいと言えるものがあるはずだ。生徒会の業務とも関係あるもの、私が関与できるもの。

 議長の活動や特長は聞いたばかりだ、そことどうにか結び付ける!

 

「確かに小官は元の所属先であるカイザーPMCで活かせる戦術を学びたいと思っています。しかしPMCも利益目的である民間企業であればこそ職務、活動の権限が多岐に渡る生徒会業務を遂行する閣下の手腕もまた機会がありましたら学びたいと思った次第であります!」

「なるほど、このマコト様の企画と営業のセンスを見習いたいというわけだな?」

 

 動揺を隠し冷静を装って必死に固まりかけの口を回す。

 無理やりひねり出した回答だがやはりおかしかっただろうか?

 相手は学校のトップとして君臨している海千山千の猛者。

 まだその顔には笑みが浮かんでいるが、内心で私のことをどう思っているかは分からない。今の動揺を気付かれていれば生徒会に入り栄達するという道は初日で途絶えてしまう可能性もある。

 私のことを観察するようにじっと無言のまま見つめてくるマコト議長の視線、その気まずい沈黙に耐える時間がひたすら長く感じられる。

 そして。

 

「キキキッ、いいだろう。万魔殿に入りたいという意欲のある生徒は大歓迎だとも。これから貴様にはこのマコト様がキヴォトス全土を手中に収め君臨する輝かしい瞬間のために誠心誠意尽くしてもらうとしよう!」

 

 聞こえてきたのは待ち望んでいた内容そのものだった。

 言っている内容は非現実的で大言壮語といった印象が強いが、とりあえず許可が出たこと自体にはひとまず安堵する。

 これで比較的平穏な生活、そして出生街道を進む手筈が最低限整ったわけだ。

 帝国軍に居た頃は所属こそ参謀本部でも現場への派遣ばかりだった。それと比べれば目的がやや不透明だとしても本部で書類仕事ばかりなことがどんなにありがたいか。

 

「まさかゲヘナの生徒会にこれほど早く認めていただけるとは。せいぜいそのご期待に応えられるよう努力いたしますのでよろしくお願いいたします、議長閣下」

 

 これから始まるであろうバラ色の未来に心を躍らせながら立ち上がり頭を下げる。それにマコト議長は何も言わず、構わないと言うかのように手をヒラヒラと振って応えた。

 

「では失礼いたします」

 

 何はともあれこれで万事順調。気兼ねなく努力していこうではないか。

 

 

 

 

 

 

「マコト先輩、何か変なものでも食べたんですか?」

 

 ターニャが退出し静かになった室内。そこで気怠げにマコトに話しかけたのはボリュームのある赤い髪色をした小柄な少女。

 

「何だイロハ? 急に失礼だな」

「転入生に風紀委員会へ入るのを勧めるなんて……。どういう風の吹き回しです?」

 

 普段のマコトを知っているイロハからすれば先ほどの会話は大きな違和感があった。

 隙あれば万魔殿の自慢と勧誘をするはずなのに、そして風紀委員会を目の敵にしているのに最初から風紀委員会への推薦をすると言っていたこと。

 真逆とも言える反応をする上司が理解できずに尋ねかけてみれば、マコトは何やら不愉快そうな渋面を作る。

 

「まだイロハは見ていなかったか。チアキ、さっきの動画を見せてやれ!」

「はーいっ!」

 

 そう呼ばれて笑顔で颯爽と部屋の奥から駆け寄ってきたのは長い黒髪の少女。

 彼女が差し出してきたデジタルカメラを受け取ったイロハはさっそく中の録画データを確認し、眉をひそめてその意味するところを考え込む。

 

『主の光を讃え、世に御声を届けん』

『全能なる主に栄光あれ!』

 

 それは今まさにここへ来たばかりの転入生が温泉開発部の面々を攻撃している姿。それだけなら風紀委員の通常業務と同じでありゲヘナ学園でも珍しい光景ではない。

 しかし攻撃の瞬間に唱えている祈りの聖句こそが問題だった。

 

「……分かるか? おそらくトリニティ、シスターフッドあたりから送り込まれたスパイだ。()()()()締結に向けて連中もなりふり構わずこちらの情報を漁りに来たと見える」

 

 天を仰いで嘆息するマコト。眉間にしわを寄せて口元を固く結ぶその顔つきはかなりの威圧感を放っている。

 

「……それなのに万魔殿に入れるんですか?」

「下手にあちこちを嗅ぎ回られるより手綱を着けておいた方がいいと思ったからな。面倒そうなら当初の要望通り風紀委員に押し込んでおくか……、条約締結のための連絡担当官としてトリニティに出向扱いで送り返してやるのも悪くない」

 

 そこでマコトは再び口元を緩ませる。

 ──もしかしたら()()()()()()()()()()()()()からの使者かもしれんからな、という一言は胸の内に仕舞い込んで。

 予想通りスパイならそれで良し、何の問題も無いごく普通の転入生ならそれはそれで優秀な手駒が手に入る。

 

 

「キキキッ、じっくり見定めさせてもらおうじゃないか。ターニャ・デグレチャフ」




一学生として平穏な学生生活をしたいと思った?
残念でした! エデン条約編に放り込まれるぞ!

今回のこの展開が最初に書きたいと思ったシーンと動機の半分ほどを占めている。
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