エスコート・エッチマン 作:むくつけき
家の前にNTRビデオレターが不法投棄されていた。
興味本位で持ち帰り、再生してみると、知らない女が知らない男に調教されていたとさ。
ウケる。
「ホントに「○○くん見てるー? 君の大切な彼女が――」ってやつ言うんだな」
女の顔は好みだったが、プレイ内容がハードすぎたので視聴を止める。
鼻フックなんて性癖は持ち合わせてはいないのだ。
尊厳破壊というジャンルなのだろうとは分かるんだけれども。
しかしまあ、人通りの少ないあんな場所に打ち捨てられていた辺り、これを送られた側はまとも寄りの人間だったのだろう。
この世界じゃ、そうやって自分の女が奪われることに悦びを見出す変態がうじゃうじゃいるもんだから。
あるいは、再生するための機材が無かっただけとも考えられるけど。
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
「ああ……マジでこの世界は、エロゲーの世界ってわけだ……」
俺には前世の記憶がある。
特別なことは何もない、一般的に生きて、一般的に死んだ記憶。
そして、その人生での記憶を持って、俺は新たに生まれ変わったのだ。
この世界――エロゲーみたいな世界に。
ネオンの光に包まれた極彩色の楽園、環境都市『カタルシス』。
核戦争によって人が生きられる環境ではなくなった外郭から逃れるように人が集まり出来上がった、大きな大きな都市。
俺はこの都市に覚えがあった。前世の記憶の中で、この都市の風景を、名前を確かに見た覚えがあったのだ。
思い出すのに時間はかからなかった。
――この世界、エロゲーの世界じゃね?
それって大分絶望的。
意味わからない倫理観の世界に放り込まれて、しかもアウトローな雰囲気漂うサイバーパンクな世界観。
親の顔も知らないまま、ここまで生きてこれただけでも奇跡ってもんだろう。
「……なんとか、来月の家賃分は稼がないとな」
奇跡はいつまでも続くことはない。
俺は俺で、自分の足で銭を稼がねば明日を生きられる保証すらないのだ。
住処があれば多少は安全だ。ここを追い出されでもしたら、追剥に遭って、都市のよくある悲劇のうちの一つとして俺の人生は幕を閉じるだろう。
そんなの嫌だ。
ゆえに働く。
仕事はまだない。
「需要、あると思ったんだけどなぁ」
護衛、承ります。
こんな世界だからこそ、引く手あまただろうと思っていたんだが。
ろくな実績もない現状じゃ、物好き以外の目に留まることは無いのかもしれないな。
かと言って傭兵をやるってのも。
フィクサーの捨て駒にされて死ぬのがオチだ。
前途多難。
そろそろ『なんとかなるっしょ』で心を騙すのも難しくなってきた。
誰でもいい、俺を雇ってくれ! 不安が現実になりつつある! 無職で住所不定は嫌なんだ!
ほとんど味のしないツナ缶をつつきながら、俺はいつものように祈るのだった。
◇◇
『ぐちゃどろはぁはぁサイバーパンク‐ドスケベ・アウトキャスト‐』
それがこの世界の名前だ。
バカみてえな名前。恥を知れよ。
それっぽい横文字のサブタイトルが実に小賢しい。
個人が作成した女の子主人公のセクハラシミュレーションゲームである。
住民の民度はお察しで、エロハプニングは日常茶飯事、外を数歩歩けば竿役とエンカウント、そして割と軽いノリでドッキング。
まあ、バカゲーに片足突っ込んだゲームだったとは思う。
そして実際にこの世界に生まれ、今の今までこの都市で育ってきたわけだが。
悲しいことにゲームのまんまだった。女の子がまともに出歩ける環境ではないのだった。
ゲームでは悲壮感を感じさせないようにギャグテイストだったけど、傍目から見れば大事件なんだよなあ。
……一番狂ってると思うことは、女の子側も最終的に悦んでること。
さすがこの世界の住人。
バランスは取れているといったところか。
気狂いそう。
――しかし。
そうは言ってもだ。
セクハラの醍醐味がどこにあるかと言えば、嫌がる女の子にある。
最初からHにノリノリでは興ざめというものだ。そして実際に、あのゲームでも最初の内は女の子は嫌がっていた。
つまり、”あっち側”に堕ちる前の女の子は、俺の前世での価値観に近い考え方をしているのではないかと。
貞操観念はちゃんとしていて、男に襲われることに恐怖を抱く。
そんな子が、この都市にもいるはず。
その予測が正しかったかどうかは、結果が俺に教えてくれた。
先週俺の元に届いた一通のメール。
内容は――『護衛の依頼』。
この世界を正しく恐怖する、女の子からの依頼だった。
◇◇
「え~? ホントにおじさんが護衛なの~? ちょっと頼りな~いっ!」
メスガキだった。
生意気な少女は目の前でこちらを小ばかにしたような視線を飛ばしてくる。
エロゲー世界の住人らしい女の子。
今日も平常運転だな、ヨシ!
「あなたが城崎ココさんですね? 俺が今回の護衛――エッチマンです」
「わぁ、あれホントだったんだ! おふざけかと思ったけど、ぷぷっ、にしてもダサすぎじゃない? エッチマン、エッチマンって……っ!」
「本名です」
「マジかよ」
ココは愕然とした後、ぺこりと頭を下げて謝ってきた。
本名をバカにすることは良くないと分かっているんだろう。
それでもすぐにごめんなさいが言えるとは。
ガキが……良い子だな……!
「……」
今一度改めて、ココの姿を見る。
黒を基調としたアカデミーの制服の上に、ファーのついたジャケットを着て、ブランド物の帽子を被っていた。
身なりはきちんと整えられていて、育ちの良さが窺える。
この都市でまともな教育を受けているというだけでも、ちゃんとした家の出であることは察することができた。
特徴的な白い髪。人目を惹く黄金の瞳。言動はメスガキそのものだが、どこかカリスマ性を感じさせる少女だった。
……つまり、モブではない。ここまで煌びやかな存在なんだ、這い寄る悪意も一般人の比ではないだろう。
「アカデミーに秘密で外出すること、寮長は黙ってくれるらしいんだけど、条件として護衛を一人付けろなんて過保護すぎると思わなーい? そんな遠い場所でもないのにー!」
そしてこの世間知らずさ!
これからエロイベント発生しますと言っているようなものだ!
ハイライトの無い目で路地裏に打ち捨てられながら「ごめん寮長、言いつけ、守ってれば……」ってなる奴だから!
何度も見てきたからそういうの!
この危機感の無さもこの世界特有のものだ。
俺が何を言っても、この状態じゃその認識を改めさせることはできないだろう。
「良い寮長さんですね」
「うーん、お堅いのがなー!」
視界の左側に、目的地周辺の地図を表示させる。
ここからそう遠くない場所だが、人気のない場所を突っ切っていかなくてはならない。
アカデミー周辺の、大企業の庇護下にある地区と違い、あの辺りは社会からあぶれた連中が行きつくスラムのようなもの。
さて。
彼女一人であれば間違いなく襲ってきただろうが、護衛がいる状態ではどうなるか。
「大体おじさんはさー、護衛っていう割に何の武器もないよねー? 身体のパーツを義体と取り換えてるわけでもないし、銃とかも持ってないみたいだし。それでもしもの時、戦えるの?」
「ええ、見えないところに、頼りになるものが」
「……心!」
「そういうのではなく」
苦笑する俺の足元の影が、不自然に蠢いた。
一瞬だけだったが、多数の触手のようなものが不気味に輝いていた。
ココは俺の言葉にしばし首をかしげていたが、それ以上追及することなく俺の隣に並び、
「今日はお願いします、おじさん!」
「はい」
ぺこりと再び頭を下げてきた。
そこで気づく。彼女の腕に抱えられた紙袋に。それほど大きくないものだ。
「これはね、お薬! この辺の病院でしか貰えないお薬だから、お家で休んでるお母さんに届けに行くの!」
ガキが……良い子じゃねえか……!
目頭が熱くなる。
こんなクソみたいな世界にも一輪の花は咲くのだ。
メスガキだけど。
何はともあれ、俺の初仕事だ。
成功させないとな。