暮雲春樹に駆られて   作:ひえしょう

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書き残したプロローグを書き殴りました。
心で感じてください。()


Prologue.2

実験が始まってから、どれくらい経っただろうか。

無限とも感じられるような時の中で、延々と体に流れてくる「恐怖」。

それが「恐怖」と呼べる概念ですらどうか、わからない。そんな何かが、拒絶反応を起こしながらも、確実に精神に入り混んでくる、そんな感覚。

わからないことそれ自体が、流れてくる()()を恐怖たらしめる。

壊れてしまいそうな心を支えるのは、学校に残してきた2人の存在。

毎日無事に生きているか、それを知ることだけが、心の支えだった。

 

 

 

______________________

 

「ところで、あの被験体はどうするつもりで?」

 

ゲマトリアでの会議の終わり際、白いドレスに身を包んだ女性が黒服に声をかけた。

 

「以前の記憶は真っ新に消失したのでしょう。不要なのであれば、私の()()に寄越していただけませんか?」

 

「正確には、記憶も感情も消失した、と言うのが正解ですね。

あなたには残念ですが、彼女は未だ私の研究対象ですよ・・・それに、彼女とはある契約を結びましてね・・・」

 

「契約?」

 

「ええ。私は彼女の安心を守り、彼女は私の安全を守る。そんな契約です」

 

白いドレスに身を包んだ女性──ベアトリーチェは、彼女の神秘の変化、そしてそれに伴う戦闘力の変化にどこかで気づいたのだろう。

恐らくキヴォトス中でも上位層となったであろう戦闘における潜在力を持ち、加えて記憶もない。彼女の教育にこれほど都合のいい存在もなかなかいない。

しかし、彼女の変化には、まだ先がある。そんな可能性を感じさせる何かが、彼女にはある。

それに、彼女を上手く使えば()()も釣れるかもしれない。そうなれば、まさに一石二鳥である。

こんな半端な状態で、彼女を手放すなどできない。

 

彼女と結んだ契約は、「私が彼女の居場所・心身の安心を提供する代わりに、彼女には実験体および傭兵として活動してもらうこと」。

さしずめ、“安心と安全の契約”と称するのがいいだろう。

記憶もなければ、どうやら感情もなさそうな彼女にとって、私の元を離れて生きていく術はなく、加えて私の元を離れて出ていくという判断をする能力もなかった。

あっさりと契約を交わし、彼女はある種の秘書として、私の手足となって動く駒となった。

 

「ふむ・・・そうですか。それは少し残念ですが、──まあいいでしょう。」

 

気が変わったらいつでも待っていますと言うと、ところで、と話を続けた。

 

「先ほど記憶も感情も消失したと仰いましたが、あれはどういう理屈でそうなったのですか?」

 

そう問いかけるベアトリーチェに対し、黒服は少しばかりの推測を織り交ぜた、これまでの研究の成果を語った。

 

「・・・普通、人間は生きていくためにエネルギーを消費します。何もしていなくても、呼吸をする・歩く・喋る・などといった一挙手一投足でも、カロリーをエネルギーに換算することで生命活動を維持していますね?これはキヴォトスの人間にも、我々のようなヘイローの無い人間にも適用される万物のルールです。

 

──では、神秘は?神秘とは、何をエネルギーにしているのか。そもそも神秘とは、何かを消費することで発露するものなのか。彼女を使い私は探しました。まあ、あくまでも目的のついでではありますが・・・。

 

──私はこのように推察しています。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

ベアトリーチェは、無言で黒服の発言を待った。

 

「──人間にはこころがある、という前提で話をします。ヘイローを持つ人間はそのヘイローの維持および神秘の発揮に、普段から「こころ」を微細に消費している。そして「こころ」を修復し、神秘を発揮しているのです。

「こころ」の修復・・・いや、補充という表現が正しいのかもしれませんね。「こころ」の補充とは、自身の欲求を満たすことでしょう。

人間の三大欲求である食欲・性欲・睡眠欲は「こころ」の補充できる欲求の最たる例です。

ストレスの発散、と言えばわかりやすいでしょうか。他にも、散財欲・承認欲自己顕示欲など、人によって様々ですが。。。」

 

「──つまり、あれの「こころ」は消費され尽きた、と。」

 

「そのとおりです。私は、彼女を「恐怖」を与え続けることで、「恐怖」に適応できるかを試していました。体外から流れ込む恐怖に対して、「神秘」で対抗しようとした結果、「こころ」を使い果たしてしまったのだと、推察しているのです。」

 

「──ですが、彼女に「こころ」が無くなったのであれば、彼女がヘイローを持っていることに矛盾が生じます。黒服、これはどう説明するのですか?」

 

「──ええ、仰るとおりです。ここからは未検証ですが、彼女は「こころ」以外の何かを消費している、もしくは彼女の「神秘」は既に反転している、のどちらかだと考えています。

・・・しかし、我々はそれを「神秘」として認識している・・・。

あまりに確証のない話をするのは気が引けますね・・・。」

 

「ここまで来て、まだ何かを隠すおつもりでですか?」

 

「私にもわからないことが多いのですよ。・・・すべてわかり次第、またお話ししましょう。」

 

黒服がそう告げると、ベアトリーチェはそうですか、と一言いい、影の中に消えていった。

 

「──楽しみにしていますよ。その仕組みを駆使すれば、キヴォトスを手中に収めることも容易ですからね・・・。」

 

______________________

 

 

 

目が覚めると、汚れたガラスのように薄暗いグレーのヘイローが現れる。

どうやら、少し寝すぎてしまっていたようだ。

背の低いベッドから出て、顔を洗う。

曇ったガラスには、いつもどおり無機質で無表情な顔が映る。

肩ラインまで伸びている髪も、毛先が外側に跳ねたままだ。

数回櫛を通し、身長に合わない大きなモッズコートに袖を通すと、どこか使い古されたアサルトライフルを抱え、自室を出る。

いつもの部屋に着くと、自分の雇用主に声をかける。

 

「黒服、おはよう。少し遅れた。」

 

「待っていましたよ、カオル。早速、1件任務を依頼したい。」

 

待っていたとばかりに、黒服は依頼の話をし始めた。




記憶喪失後、彼女はゲマトリア(黒服)の側近として暗躍していきます。
いずれ、先生とも相対する時が来るのでしょう。きっと。
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