―――数年前―――
それは、ユーノがまだスクライア族にいた頃のこと。
ある次元世界で遺跡の調査を終えた夜、ユーノはデミオに呼び出されていた。
遺跡の近くに設置されたスクライア族の野営地の中、デミオのテントに向かう途中のユーノにアレックスが話しかけてくる。
「しかし族長からの呼び出しとはな。何か心当たりあるかユーノ?」
「ううん、何も…調査中に何かミスしちゃってたかなぁ…」
「それはねぇだろ。俺から見てもよく働いてたと思うぜ?」
「うん…ありがとう、アレックス」
アレックスは、今日まで行われてきた遺跡調査においてユーノの働きぶりを最も近くで見ていた人物である。
まだ年齢が二桁にもしていないにもかかわらず、大人たちに混じって遺跡調査を行うユーノにとっては調査チームの中で最も年齢が近いこともあり、親しみやすい相手だった。
話しながら歩いてるうちに、二人は目的のテントの前に到着する。
「じゃ、俺はここで。なぁに、たぶん説教じゃねぇから大丈夫だって」
「うん。それじゃあ」
ユーノの緊張を解くようにそう言って、アレックスはその場を立ち去った。
そして、ユーノは意を決してテントの中に声をかける。
「族長、ユーノです」
「おう来たか。入りなさい」
許可を得て、ユーノは入り口をくぐる。
テントの中には二人の人物が並んで座りながらユーノを待っていた。
(族長だけじゃなく長老まで…一体何の話なんだろう)
テントにはデミオだけではなく、口の周りに立派な白髭を蓄えた長老――フォード・スクライアもいた。
一族が行動する際にその中心に立つ二人の人物が並んで座っている光景を見て、ユーノの体は再び緊張で強張った。
「ほれ、突っ立ってないで座りなさい。茶でもどうじゃ?」
「あ、ありがとうございます」
「すまないな。遺跡調査で疲れているだろうに」
「いえ、大丈夫です族長」
ユーノは二人の前に座り、にこやかな笑みを浮かべるフォードから茶を受け取り、夜中に呼び出したことを詫びるデミオに答えた。
笑顔で接してくる二人の様子から、どうやら説教のために呼ばれたのではなさそうだと分かり、ユーノは少し安堵した。
もらった茶を飲んで喉を潤してから、要件を聞くことにする。
「それで、僕に御用と言うのは…」
「ああ、まず今回の遺跡のことだが…」
デミオは傍に置いていた資料の束をユーノに渡した。
それは、今回スクライア族が発掘した遺跡に関する調査報告・考察のまとめである。
その中にはユーノが自分の担当したエリアについて書いたものも含まれていた。
ユーノが資料に目を通すのを見ながら、デミオは話した。
「実際に調査したお前も分かっているとは思うが、今回の遺跡は古代ベルカの民が残したものだ」
「この世界は昔、ベルカと親交があったと言われておる。恐らくベルカから移住した者たちがいたのじゃろうな」
「遺跡の中では、アームドデバイスのパーツや残骸が多く発見されましたが…」
「うむ。我々はアームドデバイスの研究施設ではないかと考えている」
古代ベルカはベルカ式魔法とアームドデバイスの発祥の世界である。
数百年前に発生した大規模次元震により崩壊したが、他の世界に渡って難を逃れた者たちが存在し、ミッドチルダには古代ベルカを統治していた聖王を祀っている聖王協会がある。
ベルカ式魔法を使う者も希少ながら今も存在しているのだ。
「そして、本題はここからだ」
デミオは自分の背後に置かれていた箱をユーノの前に取り出した。
幅20センチほどのそれは、遺跡で発掘された遺物を保管しておくために造られた箱型のデバイスである。
遺物に応じて大きさを変え、一度ロックをかけると自動防御魔法が起動し、開錠用の術式がなければ開けられないようになっている。
デミオは箱のロックを解除し、ユーノに中身が見えるようにフタを開けた。
箱の中に入っていたのは、金色の紋様を持つ黒の円盤だった。
ユーノはすぐにそれが何か気づいた。
それもそのはず、それはユーノが遺跡で発見した物だからだ。
「僕が見つけたアームドデバイス…それが何か?」
「確認するが…お前が最初に触れた時、これが発光したというのは本当か?」
「は、はい。すぐに消えてしまいましたが…」
ユーノは遺跡調査時の記憶を掘り起こしながら答えた。
その円盤は、遺跡の奥に厳重に保管されており、発見されたデバイスの中で唯一万全の状態で残っていた。
それを回収しようとユーノが触れた時、円盤の表面に描かれた金の紋様が淡い光を放ったのだ。
発光は一分足らずで終わり、ユーノは不思議に思いながらも円盤を箱に納め、分析班に回したのだ。
「ユーノ。その発光は恐らくマスター契約の証だ。このデバイス…『ムラサメ』は、お前をマスターに選んだんだ」
「え…!?」
デミオが告げた事実は、ユーノにとって余りにも衝撃的だった。
古代のアームドデバイスが自分を主に選んだ…?
困惑するユーノに、今度はフォードが話しかけた。
「長い間封印状態にあったムラサメは、お主の魔力に反応して再起動したのじゃ。そしてお主の魔力特性を見定め、マスターとして登録したのじゃよ」
「どうして僕が?僕は結界魔導師で、武器を使うような人間じゃ…」
「…いや、結界魔導師だからこそお主を選んだのかもしれんぞ」
「…?それって…」
「分析班がこのムラサメの機能について調べた。詳しくはその資料に載っておるから、よく読んでおくんじゃ」
フォードの話を聞いて、ユーノは益々分からなくなった。
何故、結界魔導師である自分をアームドデバイスが選ぶのだろう。
戸惑いながらも、自分の手元にある資料の束を見つめるユーノの前に、デミオがムラサメが入った箱を置いた。
「ユーノ…これを、お前に託したい」
「…!そんな、無理ですよ僕には!」
ユーノは反射的に拒んだ。
いくら自分が発掘した物だとは言っても、自分には到底扱い切れる物ではない。
「別に、これを使って戦えと言っているのではない。だが私と長老は、これはお前が持つべきだと判断した」
「そんな…マスター登録のことなら、プログラムを書き換えれば…」
「分析班が試みたが、アクセスを拒否されて書き換えは出来なかったそうだ」
「古代ベルカの騎士にとってアームドデバイスは武器であると同時に、己の誇りであり象徴じゃった。故に騎士は契約を結んだアームドデバイスと生涯を共にし、アームドデバイスは主となった騎士の命が潰える時まで共に戦う。ムラサメも同じということじゃろう」
フォードが言ったことはつまり、古代ベルカのアームドデバイスとの契約は主が死ぬまで破られることがないということだ。
その事実を知り、ユーノは愕然とする。
「そんな…僕はそんなつもりじゃ…」
ムラサメを発見した時、ユーノの心は歓喜に満ち溢れていた。
自分の発掘したデバイスから、古代ベルカの新たな事実が判明するかもしれない。
自分が歴史の謎の解明に貢献出来ることが、嬉しくて仕方がなかった。
だが、発見されたデバイスはあろうことか自分を主に選んだ。
かつて大規模な国家間戦争が行われていた古代ベルカで造られたアームドデバイスは、相手を傷つけ倒すことを前提とした、文字通り『武器』である。
非殺傷設定を備え、魔導師のサポートを主とする近代のミッド式デバイスとは異なる存在だ。
そんな危険な物を所持することは、まだ幼いユーノには余りにも重すぎる。
不安に押しつぶされそうになったユーノの肩に、デミオの手が優しく置かれた。
ユーノが俯いていた顔を上げると、デミオが自分を真っ直ぐに見つめていた。
「よく聞けユーノ。我々のような発掘屋は、自分が発掘した物に責任を持たねばならん」
「責任…」
「遺跡から発掘されるのはお宝ばかりではない。ロストロギアのように大きな危険を孕んだ物だってある。我々は、自分たちが発掘した物が過ちを引き起こさないように常に最善の手を打たねばならんのだ」
「過ちを…引き起こさないように…」
己のしたことに責任を持つこと。
それは発掘に限らず、人として誰にでも求められることだ。
デミオの言葉を自分に刻み付ける様に繰り返すユーノの頭に、今度はフォードの手が乗った。
「まだ子供のお主には、辛いことかもしれんの。じゃがそれは、今後お主が生きていく上で必要なことなのじゃよ」
スクライア族を束ねる者として誰よりも重い責任を負っている二人の言葉に、ユーノの心は徐々に落ち着きを取り戻していた。
「ユーノ、お前は賢い。例え過ちが起こったとしても、お前ならばそれを正すために行動できる。私と長老は、お前を信じている」
ユーノはデミオの瞳に、自分への強い信頼が込められているのを感じ取った。
心を落ち着かせ、どうするべきかを考える。
自分が持っていい物なのか、という一瞬生まれた疑問をすぐに否定する。
持っていいのか、ではない。これは、主となった自分が持たなければならない物だ。
それが、自分の責任なのだから。
決意を固めたユーノは、デミオからムラサメを受け取った。
第一話の冒頭で何があったか、というお話でした。
次の話はそれほど間を空けずに投稿できると思います。