そして、今回少し長めです。
―――新暦72年 某日―――
ユーノは管理局本局内にある訓練室にて、友人たちと集まっていた。
彼の他にいるのは、なのは、フェイト、アルフ、クロノ、ヴィータ、そしてシグナム。
かつて地球・海鳴市で起きた『PT事件』、『闇の書事件』といった二つの事件を解決した仲間たち。その一部のメンバーである。
この日の夜、クロノとこの場にいない仲間の一人であるエイミィの結婚前祝いとして、仲間たちを集めたパーティーが行われる予定だ。
この場にいるメンバーはこの日に休暇を取れた面子だが、パーティー参加者の全員が完全な休みを取れたわけではなく、この場にいない面子は昼間の仕事や用事をこなしているところである。
そして、せっかく夜まで時間があるということで、集まれるメンバーで訓練をしようという流れになり、今に至る。
休日にまで訓練なのかと言いたいが、司書長であるユーノや使い魔であるアルフを除くメンバーは全員が前線で戦う戦闘魔導師たちである。
機会があれば訓練、となっても仕方ない。
訓練参加者全員がバリアジャケットを纏ったところで、フェイトは早速ライバルであるシグナムと模擬戦をしようとしたが、シグナムは少し思案してからこう言った。
「テスタロッサ。提案だが、今回は二対二で行わないか?」
「二対二で?」
仲間内で模擬戦を行う時は参加者全員を二チームに分けて対決するか、一対一で行うパターンがある。
フェイトとシグナムの場合は長年の決着をつけるという意味合いもあって、一対一で戦うことが多かったが、それだけにシグナムがタッグマッチを提案したのはフェイトにとって予想外だった。
とは言え、たまにはそれもいいだろうと思ったフェイトは、その提案を受け入れた。
「シグナムは誰と組む?ヴィータと?」
「いや、私は…」
同じヴォルケンリッターであるヴィータと組むのかと予想したフェイトだったが、シグナムはそれを否定すると――
「ユーノと組む」
「え゛!?」
シグナムらの傍で、なのはたちと談笑しながら模擬戦用の結界を準備していたユーノの肩をつかんだ。
なのはたちと話しながらもフェイトとシグナムの会話を聞いていたユーノだったが、予想外の指名に思わず変な声を出してしまう。
「ちょ、ちょっとシグナムさん!?いきなり過ぎますよ!」
「別にいいだろう。修行の成果を見せるいい機会だ」
「ユーノ君が修行?」
抗議するユーノにあっけらかんと言ってのけるシグナム。
一方でなのはを含む周りのメンバーは、無限書庫勤務で戦闘とは余り縁のないユーノと修行というワードが結びつかず、首を傾げている。
そんな彼女らに、シグナムが説明した。
「ここ二年ほど私とユーノは一緒に戦闘訓練をしていたのだ。無論、暇が合う時のみだが」
「へ~。一緒にトレーニングしてるのは知ってたけど、戦闘の訓練までしてたのかよ」
「…私、ユーノ君とシグナムさんが一緒にトレーニングしてたのも知らなかったよ…」
「私も…」
八神家の食卓にてトレーニングのことを聞いていたヴィータは納得している様子だったが、トレーニングのことすら知らなかったなのはやフェイトは驚きを隠せずにいた。
「いや、でも僕は…」
「ならフェイトの相方は僕がやろう」
「ク、クロノ!?」
ユーノの発言にクロノが割り込んだ。
彼は既に自身のデバイスであるデュランダルを起動させていた。
「思えば、最後にお前が模擬戦に参加してからずいぶん経つ。その間訓練していたというなら、今の力がどんなものか興味があるからな」
と、本人はかなりノリノリな様子だった。
普段は模擬戦に熱中しすぎる他のメンバーに呆れてるけどこいつも大概だな、とユーノが内心愚痴るのを置き去りにして、結局そのまま模擬戦が行われる運びとなった。
訓練室の中央で向き合うように立つユーノとシグナム、クロノとフェイトに、審判役となったなのはが声をかける。
「じゃあ、これからフェイトちゃんとクロノ君チーム対ユーノ君とシグナムさんチームの模擬戦を始めます。ルールは相手チーム二人を撃墜した方の勝ち。両チームともいいね?」
「うん」
「問題ない」
「…はあ」
「おい、審判に溜め息で返事をするなフェレットもどき」
「うるさいよシスコン提督」
一瞬、ユーノとクロノの間で火花が散ったように見えたが、気のせいだ。
「どうしたユーノ。そのように消沈していては戦いには勝てんぞ」
「自分が原因だって分かってます?」
隣に立つシグナムに、不満たらたらといった表情でユーノは言った。
そもそもユーノとしては結界役のつもりで来たのであって、模擬戦に参戦する気はなかった。
無限書庫勤務である自分が戦闘訓練をしていたという事実が知られれば,仲間たちに無用な心配をかけるかもしれないと思っていた。
まあ実際のところ、話を聞いた全員が興味津々といった状況となったが。
「いいではないか。訓練で身につけた実力を目の前の悪友に見せつけてしまえば」
「そうは言いましても…」
「かく言う私も、お前との訓練の成果をテスタロッサに見せたくてな。見せるならお前と一緒がいいと、ずっと思っていた」
そう話すシグナムは、まるで誕生日のプレゼントが待ちきれずにウズウズしている子供のような笑みを浮かべている。
彼女の表情と言葉を受けたユーノは呆れと諦めの溜め息をつきながらも、どこか嬉しそうに腰のポーチから待機形態のムラサメを取り出した。
「仕方ないですね…付き合いますよ、師匠」
「…師匠ではないと、いつも言っているんだがな」
シグナムの返しにまた笑いつつ、ユーノはムラサメを起動させる。
鍔のみだったムラサメに柄と刀身、鞘が形成され、それに合わせてユーノのバリアジャケットが陣羽織を模したムラサメ用のジャケットに変わる。
「刀?意外な武器を使うね」
「ユーノの攻撃力不足を補おうってわけか」
『防御に優れるユーノが攻撃もして来るか…厄介だな』
『うん。流石にシグナムほどではないだろうけど…』
刀型アームドデバイスという、ユーノのイメージからかけ離れた武器の登場に驚くアルフとヴィータに対し、クロノとフェイトは冷静に念話で話し合っていた。
過去にユーノが戦闘に参加した時、彼は基本的にサポートに徹していたが、それがいざという時に攻撃もして来るとなれば対策も大きく変わってくる。
準備を整えた両チームが空中へと上がる。
なのはは左手を頭上に向けて伸ばし――
「じゃあいくよ。レディー…ゴー!」
手を振り下ろし、模擬戦開始の合図を送った。
その直後、クロノとフェイトは各々の攻撃術式を展開。
ユーノとシグナムに向けて同時に放った。
「スティンガーレイ!」
「プラズマランサー!」
蒼の魔力弾と金色の雷槍が、空を切りながら標的へと迫る。
しかしその標的である二人には回避行動をとる様子もなく、ユーノがシグナムの壁になるように前に出た。
「ラウンドシールド!」
正面にかざした右手に、翡翠色に光る円形の盾を出現させる。
ミッド式防御魔法の基本と言えるそのシールドは、結界魔導師であるユーノによって強固に構築され、襲いかかる魔力弾と雷槍を完全に防いだ。
(やはりそう簡単には破れんか…!)
貫通力に優れたスティンガーレイでさえ容易く防がれ、クロノは歯噛みする。
直後、ユーノの背後にいたシグナムがラウンドシールドを飛び越えてクロノとフェイトに急襲する。
「フェイト!」
「任せて!」
フェイトはバルディッシュを鎌型のハーケンフォームに変形させ、シグナムを迎え撃つ。
数年に渡って共に戦ってきた兄妹は、もはや言葉を交わさなくとも意思疎通が出来ていた。
先制攻撃を防がれた二人が次にとった行動は、ユーノとシグナムの分断だった。
現在のユーノの能力は未知数ではあるが、一対一に持ち込んで連携を封じれば自分たちが優勢になると考えた。
狙い通りフェイトがシグナムと互いの武器をぶつけ合いながら離れていく間に、クロノはユーノへと向かって飛ぶ。
遠距離からの魔力射撃ではユーノのシールドを貫けないが、ユーノの得物が刀であるなら真っ向から接近戦を挑むのは危険である。
クロノは自身の周囲に魔力刃スティンガーブレイドを五本形成し、発射した。
防御にせよ回避にせよ、ユーノが魔力刃に対処しようとすれば隙が生じると考えての牽制だった。
しかし、ユーノはクロノの予想に反した行動に出る。
ラウンドシールドを出現させた右手を振りかぶると、シールドが回転し始めた。
「ラウンドスピナー!」
「なっ…!?」
大きく振るわれたユーノの右手から、回転するシールドがフリスビーのように投擲される。
クロノの放ったスティンガーブレイドは、シールドに接触した瞬間に真っ二つに切断された。
ラウンドスピナーと名付けられたそのシールドは、エッジ部分が魔力刃になっていたのである。
強固なシールドを応用した思わぬ攻撃に目を見開きながらも、クロノはラウンドスピナーをすんでのところで回避する。
直後、クロノは咄嗟にデュランダルを盾にするように構えた。
訓練室に金属同士の鈍い激突音が鳴り響く。
クロノの正面には、
「隙あり…と思ったけど、流石だね」
「肝を冷やしたがな…!」
クロノがラウンドスピナーに一瞬気を取られた隙に、間合いを詰めたユーノは高速の一太刀を浴びせようとした。
それを直感で防いだのは、歴戦の魔導師であるクロノのなせる業だろうか。
クロノはデュランダルでムラサメを抑え込みながら、その矛先をユーノの胸に突きつける。
デュランダルの矛先には、既に魔力が収束されていた。
「この距離ならシールドは張れないだろう!」
≪Blaze Cannon≫
デュランダルの音声と共に、魔力砲が発射された。
砲撃の光と、直撃による魔力爆発がユーノの姿を掻き消す。
防御に優れたユーノとは言え、零距離で放たれた高火力の砲撃は防ぎきれないと思われたが――
「確かに…
クロノの目の前には、全身に翠の魔力光を纏ったユーノの姿があった。
「パンツァーガイストだと!?」
それは全身に魔力を纏うベルカ式防御魔法。
元々砲撃魔法を防げるほどに強固なその魔法をシグナムから教わったユーノは、術式に改良を加えることでその防御力や魔力効率を向上させていた。
決め手になり得ると思っていた攻撃を防がれたクロノは、ふと自信の胸の前に直径20センチほどのミッド式魔法陣が出現していることに気づいた。
しかし、それがユーノの物であると気づいた時には――
「お返しさせてもらうよ…リパルサーシールド!」
「ぐぁっ!?」
胸に触れたシールドと自身の間に発生した強大な反発力により、後方へと弾き飛ばされていた。
「クロノ!?」
シグナムと交戦していたフェイトは、視界の端で吹っ飛ぶクロノの姿を見つけた。
先ほど起きた爆発で、ユーノが撃墜されたかと思っていたが、逆にクロノの方がやられているとは。
驚くフェイトとは対照的に、シグナムは笑みを浮かべていた。
『やるではないか。ユーノ』
『どうも。でも、長引くと危険ですよ』
『だろうな。ならば仕掛けるぞ!』
ユーノが優勢でいられるのは、クロノがこちらの手の内を知らないから、というのもある。
実戦経験では圧倒的にクロノの方が勝っている以上、戦闘が長引けばそれだけユーノの方が不利になる。
故に、ユーノとシグナムは更なる攻勢に出るのだ。
「行くぞレヴァンティン!」
≪Schlange form!≫
レヴァンティンの刀身がいくつにも分離し、連結刃形態・シュランゲフォルムとなってフェイトを狙う。
それと同時に、ユーノは空中で体勢を立て直したクロノに新たな魔法を振るう。
右手に形成した魔法陣から翠の鎖が伸びる。
その鎖の先端には矢尻型の魔力刃が繋がっており、連なる鎖の間にも無数の刃が備わっていた。
「行け、チェーンサーペント!」
翠色に輝く連鎖刃がクロノに襲いかかる。
その動きは、今まさにフェイトを攻める連結刃と酷似していた。
「チェーンバインドを応用して、シグナムの攻撃を再現したのか!?」
魔法で攻撃する手段といえば、射撃や砲撃と言った攻撃専用の魔法をイメージしがちである。
だからこそ、シールドやバインドといった補助魔法を攻撃に応用するユーノの戦術は、クロノたちを翻弄し続けていた。
「ユーノがあんな攻撃まで…」
「驚いたか、テスタロッサ」
「うん。すごいね、シグナム師匠!」
レヴァンティンの刃を持ち前のスピードで回避しながら、ユーノを鍛えたであろう人物を賞賛するフェイト。
「あいつにも言ったが、私は師ではない!」
「え!?」
しかし否定の言葉を放ったシグナムは、フェイトに向かってレヴァンティンの鞘を投げつけた。
魔法による操作もなく、ただ真っ直ぐに飛ぶ鞘など飛行する魔導師に当たるはずがない。
フェイトはシグナムの行動の意味が全く理解できず、思わず声を上げながらも飛来する鞘を難なく回避する。が――
「私も、ユーノから教わった身なのでな!」
そう叫び、シグナムが宙を舞う鞘に向けて左手をかざすと、掌に
「シグナムがチェーンバインドを!?」
チェーンバインドが空中の鞘に巻きつくと、シグナムはレヴァンティンと同じように振るった。
レヴァンティンの鞘はそれ自体がシグナムを守る盾になり得る強度を持ち、それは打撃武器としても通用することを意味する。
チェーンと繋がることで、鞘は鎖分銅へと姿を変えたのだ。
右手に連結刃、左手に鎖分銅。
手数を増やしたシグナムの怒涛の連続攻撃を、フェイトは必死に回避していく。
本来は単に相手を拘束するだけのチェーンバインドを自由自在に操る技術は、ユーノから伝授されたものだろう。
「確かに、師匠っていうのは違うか…」
なぜシグナムが師匠という呼び名を嫌うのか、フェイトは理解した。
シグナムがユーノに教えていただけではない。二人は互いに自分の技を教え合い、共に精進してきたのだ。
「フェイト!」
「え、クロノ!?」
呼ばれて振り向けば、すぐそこにクロノの姿があった。
ユーノとシグナムを分断するためにある程度距離を置いていたはずだが、回避行動を取っている間にここまで近づいていたのだ。
いや、
「おおおおお!!」
シグナムはクロノとフェイトに向けて、連結刃と鎖分銅を大きく振るった。
左右から迫る挟撃を、クロノとフェイトは上昇することで避ける。
しかし、既に罠が仕掛けられていた。
「封縛結界!」
クロノとフェイトは、ユーノが作り出した球状の結界に閉じ込められ、さらに全身の動きを封じられる。
「何!?」
「バインド?いや、結界か!?」
「両方だよ」
不敵に笑いながらユーノが返す。
クロノとフェイトは拘束を解除しようとするが、結界を得意とするユーノの術式がそう容易く破壊できるわけもなかった。
「ユーノ!」
「はい!」
封縛結界を中心に、シグナムとユーノは対角線上の位置につく。
シグナムのレヴァンティンは紫の炎を燃え上がらせ、ユーノのチェーンサーペントは翠の輝きを増していく。
そして、互いの魔力が限界まで高まった時――
「「双竜烈閃!!」」
二匹の蛇は、炎と光を纏った竜となり、捕らわれた獲物に牙を向く。
そして獲物たちは、自らを縛る結界諸共、竜の餌食になった。
「はぁ~…疲れた」
飛行魔法を解除し、床に降り立ったユーノはその場に座り込んだ。
クロノとフェイトがユーノとシグナムによる合体魔法の直撃を受けて撃墜されたことで、模擬戦はユーノたちの勝利に終わった。
終了直後に脱力したユーノに、シグナムが話しかけた。
「だらしがないぞユーノ。勝利したのだからもっと喜んだらどうだ?」
「そうですけど…次からはこうはいきませんよ。色々見せてしまいましたし」
「一理あるな。だが…」
「ユーノ君!」
シグナムが何か言いかけたタイミングで、なのはが声をかけてきた。
傍にはフェイトとクロノ、ギャラリーだったアルフとヴィータもいる。
「びっくりしたよ!ユーノ君あんなに強くなってたなんて!」
「同じサポート役だってのに、大分差つけられちゃったねぇ」
「つーか強くなりすぎだろ。どんな訓練してたんだ?」
「シグナムも技が増えてたし、ユーノもまだ何か隠してそうだし、これは気が抜けないね」
「まさかお前に撃墜される日が来るとはな…次はないが」
詰め寄ってくる仲間たちにユーノは返事ができずにいた。
言葉は人ぞれぞれだが、その場にいる全員がユーノの力を認めたのだ。
かつてたった一人で強くなろうと足掻き、しかし絶対に仲間たちに並ぶことはできないだろうと諦めた時があった。
だが今日、シグナムとの共闘だったとは言えクロノとフェイトに勝利し、皆が賞賛してくれている。
今まで心の隅に残っていた当時の悔しさが払拭されていった。
ふと、隣に立つシグナムを見ると、彼女は笑顔でこちらを見つめていた。
「言っただろう。お前は強くなれるとな」
再び強くなろうと決意するきっかけを与えてくれた彼女に、ユーノもまた笑みを返す。
「ありがとうございます、師匠」
「師匠ではないと何度言えば分かる?」
「僕の方がたくさん教わってますし…」
「…比率の問題ではない」
二年間の訓練の中で何度も繰り返した掛け合いが始まるのだった。
改めましてお久しぶりです。常磐です。
ようやくSSを書く時間が取れるようになりました。
ただ11月の活動報告で書きました通り、本作はまたしばらく更新できません。
書きたいことはあるのですが、ストーリーなどまだ足りない部分が多いので。
近い内に、今回までで登場したオリジナル要素の設定集を投稿しようと思っております。
では、また次回。
※追記
設定集を投稿しようとしたら本文が1000字未満だったため投稿できませんでしたorz
もうちょっと設定が増えてからにします。