TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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白面に◯◯させられる不幸

 ──皆さんこんにちは、アーヤ・サイードです。最近は料理を控えてます。まだちょっと火が怖いので……。

 

 結局あの後、《月光木馬團》はやはり《身喰らう蛇》に敗北して潰されてしまった。あまり面識ないけど團長や幹部陣も殆どが殺されている。生き残ったのは《破戒》のオジサンに《剣帝》と最後まで激闘を繰り広げてたらしい《黄金蝶》のレティ姉さん。クルーガーちゃん。後は子供とか一般構成員とか。仕切っているのが《鋼》のお姉様だからその辺りの手心は加えてくれていたらしい。

 

 そして後は私──いやほんと……生き残れて良かった……! マクバーンに出くわして戦闘する流れになった時はダメかと思ったし、その後うっかりで焔が私に燃え移った時は死ぬかと思った。めちゃくちゃ熱かった。そして火傷した。完全に回復するのに3日もかかった。《外の理》由来の焔とかズルくない? ぜんぶさんも自然に消えるのを待つだけで何もしてくれなかったし酷い。もうしばらく炎とか火の類は見たくない……。でもマクバーンさんはちょっとどじっただけなので悪くはない。

 

「──オジサンの馬鹿! 嘘つき!」

 

「おいおい……いきなりなんだってんだ。オジサン、何か悪いことでもしたか?」

 

「惚けないでよ! 危ない場所には配置しないって言ってたでしょ! なのにマクバーンさんが来る場所なんかに配置して……! もう少しで死ぬとこだったんだけど!?」

 

 ──なので戦いが終わって数日後には私は元凶のオジサンに苦情を言いに言った。私がマクバーンさんと出くわしたのは、オジサンが仕組んだことだと私は思った。オジサンがその辺りのことを読み違えるはずがない。オジサンは最悪だけど最悪なりに能力は馬鹿みたいに高い。そこに対する信頼だけはあるのだ。

 なので私は絶対オジサンが私を試すために仕組んだことだと思ってるんだけど……なんとオジサンは全く悪びれることなく……いや、ある意味めちゃくちゃ悪びれたいつもの顔で私にこう答えた。

 

「ああ、だから言っただろ? 当日は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

「……は……?」

 

「だからちゃんと用意してやったじゃねえか。ギリギリ生き残れるくらいの持ち場をな。嘘じゃなかっただろ? お前、ちゃんと生きてるし」

 

 ──私はそれを聞いて呆気に取られ……そして、頭で理解し、激怒した。

 

「ふ……ふ……ふざけんな────!!」

 

「オジサン、これでも正直者なんだぜ? お前だって分かってんだろ?」

 

「確かに嘘じゃないけど! 嘘じゃないけど──! うー……! くっ……納得いかない……!」

 

「ハハ。もう過ぎたことじゃねえか。お前ももう忘れろよ。終わったことはスパッと忘れて次に行くのが人生を楽しむ秘訣だぜ?」

 

「それはそうかもだけど……加害者(あんた)が言うなぁ──!!

 

 と、そんな感じでふざけたネタバラシをしてきた。今思い出してもくっそ腹立つ。ムカついたのでダメ元でお小遣いとショッピングに連れて行くよう要求したらそれを呑んでレティ姉さんとショッピングに行かせてくれた。わーい、オジサン大好きー! 嘘だけどー! 

 

 そしてその時はまだ楽しかったんだけど──それからはなんというか、またしても色々あった。

 何しろ私はオジサンやレティ姉さん、クルーガーちゃんと一緒に《身喰らう蛇》にスカウトされてしまったのだ。そして入ってしまった。拒否権はない。オジサンが勝手に加入の意思を伝えていたし、火傷の治療で寝てる間に気づけば結社のアジトの1つに私はいた。やっぱオジサン嫌い。

 

 というか私までスカウトされるとは思ってなかった。てっきりメルキオルと一緒に置いていかれる組かと……私の身体の特殊っぷりをオジサンが伝えたのか、それともマクバーンさんが推薦でもしたのか。分からないけどとにかく私は必要だと思われたらしい。

 そういうわけで私はあの悪名高い結社に加入することになった。いつの間にか勝手に入れさせられたのはアレだけど納得した。よくよく考えたら置いていかれてもそれはそれで困るし……まだ子供なのに突然放逐されて教団に追いかけ回されたりするかもしれない生活を送るくらいなら結社で一応保護してもらう方が辛うじてマシな気もするんだよね。癪だけどオジサンの言うことにも一理あるのだ。

 

 そういうことで心機一転。今度は結社で頑張るぞー! ……と、私は前向きに新たな環境に臨んだのだが──。

 

「──君が新たな《執行者》候補のアーヤ・サイードだね? 君の保護者であり新たに《使徒》となった《破戒》から聞いていると思うが、私は《蛇の使徒(アンギス)》第三柱、《白面》ゲオルグ・ワイスマンだ。周りからは教授と呼ばれているから君も好きに呼んでくれて構わないよ。そしてこちらは君と同じ《執行者》候補のヨシュアだ──ヨシュア、挨拶しなさい」

 

「……ヨシュア、です。よろしくお願いします」

 

 ──うわっ《面白》だ! 塩まけ塩! というか早く塩になれ! そんで死んだ目をしてるヨシュアを解放しろ! 

 

 私が《身喰らう蛇》に入って大体一ヶ月くらい。私が《破戒》のオジサンみたいに《使徒》に選ばれるわけもレティ姉さんやクルーガーちゃんと違っていきなり《執行者》になれるわけもなく、《執行者》候補という居場所を用意されたので仕方なく訓練に励んでいるとその《面白》こと《白面》ワイスマンが死んだ目をしたヨシュア……とうとう原作第一作目の主人公の1人を連れてやって来た。

 

 いきなり固有名詞だらけで混乱しないように整理すると、《蛇の使徒》ってのは結社の最高幹部であり《盟主》っていうなんか神々しい多分神みたいな人の次に偉い人達で《身喰らう蛇》を運営してるやばい連中で、《執行者》ってのはあらゆる自由が認められてる結社の戦闘要員の幹部で結社の主戦力。タロットカードの大アルカナみたいな感じでNo.が与えられてる強い人達って感じ。

 そんでこの面白教授は《使徒》の第三柱。ヨシュアは後の執行者No.ⅩⅢの《漆黒の牙》ってわけだ。ちなみに《破戒》のオジサンは《使徒》第四柱。レティ姉さんはNo.Ⅲ。クルーガーちゃんはNo.Ⅸ。この間私を燃やしたマクバーンさんはNo.Ⅰと、如何にも中二心が刺激される組織である。

 なので私としても中々に魅力のある組織だと思うのだが、実際にこの世界に来て所属するとなると普通に危ない組織だなぁと思う。

 

 そしてこの面白教授は、その中でも最初の黒幕として現れた堂々たる外道かつ悪人の塩カス野郎である。私は嫌いだ。眼鏡の男で頭が良いというだけで受け付けない。いや、眼鏡男が嫌いになったのはこの世界に来てからだけどね。大体変態ヨアヒム君とか教団のせい。でもこいつはそれと同じくらいクソ野郎だ。その証拠に既にヨシュア君の目が死んでます。確か記憶操作とかの暗示能力があってそれで調整したんだっけ? この時期だったのか。知らなかった。やっぱウィ◯ペディア欲しい。

 

 ……まあでもヨシュアが可哀想なのはともかくとして、今はまだ何もされてないから不自然に嫌うのも良くないか。それにオジサンと違ってノリ悪そうだし、雑な対応したら後が怖い。まさかオジサンがマシだと思う日が来るとは……でもよく考えたらオジサンはやることはヤバいけど人のことをちゃんと人間扱いはしてくれるが、こいつらみたいなマッドサイエンティスト共は基本的に実験体か道具扱いしかして来ないから当然かもしれない。

 とはいえこんなのでも上司であるわけだし一応挨拶しておこう。それにヨシュアもいるしね。笑顔笑顔。

 

「教授にヨシュアですね。こちらこそよろしくお願いしまーす!」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

「…………」

 

 楽園で鍛えられた私の営業スマイルに、面白教授も蛇のような笑みを浮かべている。感触は上々ってところかな。ヨシュアの方は全然反応してくれないけどね。こっちは胡散臭い教授じゃなくてヨシュアの方と喋りたいんだが? 

 

「はい。それで、私に何の用でしょうか?」

 

「いやなに、君が毎日のようにここで訓練をしていると《破戒》から聞いてね。せっかくだから参加させてもらおうと思ったのさ。──構わないかね? ()()

 

「──ああ。勿論構わないとも。私としてもアーヤのデータと君の調整したその子のデータを同時に集められるのは有意義だからねぇ」

 

「ふふ、博士の期待に応えられるかどうかは分かりませんが……ええ。私の自信作です。それなりに仕上げては来ましたので是非見ていただきたい」

 

「ハハ、ではそうさせてもらおう」

 

 そして教授は私の訓練にヨシュアを混ぜると──私ではなく部屋の2階部分の強化ガラス越しにこちらを覗き続けている別の人物に尋ねていた。その人物とは、なんとこちらも《蛇の使徒》の1人。第六柱、F・ノバルティス博士だ。金髪マッシュのいやらしい笑みを浮かべるマッドサイエンティストのジジイで、結社の技術部門である《十三工房》の統括者。

 つまりは大陸中にあるマッドサイエンティスト軍団の元締めで研究が3度の飯より大好きで研究フェチで研究で興奮するド変態。私が結社に来てから、ず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと、私のことを調べている。《劫炎》の炎を耐えたって聞いてからめちゃくちゃ私に興味を抱いたらしく、研究してからも更に私で色々してみたいことがあると頼んでもないのに私に聞かせてきた。

 そしてその変態博士が面白教授とクソオブクソな会話をしている……なんだここは。変態の坩堝かな? 半径数十アージュ以内に大陸でも屈指のカスが集まっている。今はいないけど暗黒時代も真っ青な()()()()()()()がもしいたら過剰摂取で気絶したくなるレベルだ。

 そして変態博士と面白教授の会話内容だが……当然ながら私に選択権はなければヨシュア君にも選択権はない。私も中々の境遇だけどヨシュア君も大概だよね。同情しちゃうなぁ。私は仕方なく、本当に仕方なく確認のため声をあげることにした。

 

「はぁ、なるほど。それじゃヨシュア君と戦えばいいんですか?」

 

「端的に言ってしまえばそういうことになる」

 

「……大丈夫なんですか? 察するに暗示がかかってるんですよね?」

 

「おや、知っていたのか。それも《破戒》から聞いたのかな?」

 

 聞いてないけどヨシュア君のために聞いたんだよこのアホ! それと普通に可哀想だから戦いたくないし、後ワンチャンこっちも死にそうだから嫌だ。

 

「ええまあ、そんな感じで。だから戦ってそれが解けたりしないか心配で」

 

 というわけで信用出来る人以外との戦闘訓練はNGでお願いします。人形兵器や魔獣の相手は諦めたけどヨシュアも戦うのはダメです。そう言いたかったんだけど……。

 

「その心配はいらない……と言いたいが、何分私にも初めての試みでね。それを確かめるためのテストでもある。だから遠慮せず戦ってくれると助かるよ」

 

 しかしそんな遠回しな言葉で撤回してくれるはずもなし。まあ直接言ってもダメだと思うけどね! 溜息が出そうになるよまったく。おくびにも出さないけど。

 

「なんだったら君も調整を受けてみるかね? 戦闘能力の向上が見込めるかもしれないよ」

 

「あはは、それは遠慮しておきますねー」

 

「それは残念だ。しかし気が向いたらいつでも私を訪ねてくるといい。その時は歓迎させてもらうよ」

 

 ──うわっ、この面白教授、私に催眠かける気だ! そんで身体をめちゃくちゃにする気だ! エロ同人みたいに! キモすぎる! 今度嫌がらせで塩漬け料理プレゼントしてやる! 

 

「では始めたまえ」

 

「はい。──行きます」

 

「え、もうやるの? 心の準備がまだ──っと!」

 

 なんて私が心の中で面白教授に対する嫌がらせのプロセスを考えていると、気づけば面白教授は離れていて変態博士が模擬戦の開始を告げた。命令に忠実な調整済みヨシュア君はその合図と同時に私に向けて短剣を投擲しつつその場からかき消えてしまう。私は仕方なくそれを剣でガード──あっ、そういえば最近はまた暗殺用のナイフとか刃渡りが短いものだけじゃなく大きいのも試している。筋力や体力にはそこそこ自信があるし、剣について教えてくれる人もここならいるしね。

 そうして私はヨシュア君を視線で追いかけるが……あの、速くない? 私より年下だよね? 幾ら面白教授に調整受けてるからってもうこんな強いの? 殺気とか気配がめっちゃ薄くて気配もよく分からないし普通に困る。私も一応元暗殺者で隠形や素早い動きには自信あるんだけどなんでヨシュア君の方が速いん? 

 

 ──ははーん、分かった。これが才能ってヤツだね! 後は教授の調整のおかげなのかな。肉体強化とかもしてるらしいし。……じゃあインチキじゃないか! ふざけんな! 私の努力を返せ! 

 

「痛っ!?」

 

「──獲った……!?」

 

 そうして戦う姿勢を取りながらも注意散漫だった私は背後からざっくり斬られる。しまった。考え事してて気配を見失った。そして背中にちょっぴりだけ刺さったのを感じて私は振り返り様に剣を振るう──ってヨシュア君の方が驚いてるのはどういうこと? あっ、このままじゃ攻撃が当たって……。

 

「ぐうっ!?」

 

「言い忘れていたがヨシュア。彼女……アーヤ・サイードの肉体は通常の人体を遥かに上回る凄まじい耐久性を誇る。傷つけるなら、全力で殺すつもりで行うのがいいだろう」

 

 あっ、なるほど。つまり初見ってことね。それなら仕方ないのかな? でもそんなに驚くことじゃないでしょ……普通よりちょっと丈夫なだけじゃん。他の執行者とか使徒の方がよっぽど怖いし異常でしょ。

 つまり私は相対的に普通だ。刃物が全然刺さらないのもレティ姉さんの刃とかクルーガーちゃんの糸とかに比べたら軽いからね。どうやらヨシュア君もまだまだ本調子じゃないし本気でもないようだ。手加減してくれてるなら斬れなくても仕方ない。さすがヨシュア君。暗示にかかってても手心を加えてくれるなんてやっぱり優しい! 

 

「よっと!」

 

「っ……!」

 

 ただそれでも今はまださすがに……《月光木馬團》で文字通り、死ぬほど訓練してきた私の方が強いようだ。ヨシュア君のことだから将来は確実に私より強くなるんだろうけど今は調整を終えたばかりで暗殺者の経験も積んでないだろうし。そっちの経験を遥かに積んでる私の方が有利。

 後なんというか、やっぱり攻撃が軽いので楽に感じてしまう。パワー差というか攻撃力が低いので剣で一振りすればヨシュア君が苦しそうに吹き飛ばされる。間違って殺さないように気をつけないとね。最近は本当に反射的にやってしまう時もあるし。峰打ちを徹底しよう。ふふん、これで年上の先輩の威厳を見せられ──って、危なっ!? なんか目狙って来たんですけど!? 怖っ!? やっぱり怖い! 速いから向こうの方が先に行動してくるの怖っ! やっぱりスピードは正義すぎる。私もクオーツ全部時属性にしてアクセサリーでスピードガン上げした方がいいかもしれない! やっぱりクロックアップとかクロノブレイクは正義なんだ! 

 

「──はぁ……勝った」

 

「うっ……」

 

 ──でもなんとか勝利した。いやほんと、だるかったぁ……速いと攻撃も中々当たらないから戦闘が長引いてしょうがない。戦闘とか暗殺なんてやっぱ速く終わらせるに限るよね、まったく。

 

「フフ、どうやら君が連れてきたその子……ヨシュア君と言ったかな? 彼では彼女の身体を切り裂くことは出来ないようだね?」

 

「擬似的な《聖痕》や暗示で肉体は強化しているのですがね。やはり隠密活動と集団戦に特化したヨシュアと《劫炎》にも耐えうる耐久力を持つ暗殺者のアーヤとでは些か相性が悪すぎたようだ」

 

「いやはや中々に興味深い代物だったよ。擬似的な《聖痕》で肉体を強化し、心を絶対の暗示で縛りつけ自在に操る……応用すれば更に面白いものが作れそうだ。どうだね教授。彼を私に少しだけ預けてみるのは」

 

「フフ、お戯れを。博士に技術を盗まれてしまえば私の取り柄がなくなってしまいます。それはご容赦願いたい」

 

「はは、冗談だよ。暗示に関しても彼に関してもそれほど興味があるわけではない──もっとも《聖痕》の方は別だがね」

 

「おや、博士ならもうとっくに調べはついてると思いましたが?」

 

「研究はしているのだが中々に難しい分野でね。なにせ《聖痕》は七耀教会の……それも《星杯騎士団》の秘匿技術だ。出来れば実際に本物の《聖痕》を持っている者を実験体にして調べてみたいのだが、さすがにガードが固くてねぇ」

 

「では私も何か分かったらお教え致しましょう。博士ほどではないですが、私も研究は続けているのでね」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

「ではその代わりと言ってはなんですが──」

 

 ──まーたクソみたいな会話してる……催眠フェチの変態エロ教授と研究で自慰行為してる変態エロ博士の猥談とか聞くに堪えないんだよなぁ……もうこれ18禁でしょ。2人共R指定にしてどっかに隔離して閉じ込めておいてほしい。ヨシュア君も放置されて可哀想に。私が回復アーツかけてあげよう。はい、ティアラル~っと。

 

「あっ……」

 

「大丈夫?」

 

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 回復してあげたので身体を起こせるくらいにはなったけど暗いのも目が死んでるのも治らない。優しくした人相手にも距離を取るなんてほんと闇深いなぁ。私も出来るならなんとかしてあげたいけど残念ながら自分のことで手一杯なんだよね。だからごめんだけどエステルちゃんと出会うまで頑張って耐えてほしい。

 

 ──まあそれまで私が生き残ってるか分かんないけど……はぁ。訓練はまだ良いんだけど変態キノコ博士と面白教授の相手は辟易するんでそろそろ休みたい。明日は誰かしらマシな人がいるといいなぁ。

 

 

 

 

 

 ──先日、《身喰らう蛇》に興味深い子供が入ってきた。

 

 その少女の名はアーヤ・サイード。《月光木馬團》の暗殺者として育てられた少女であり、かの《破戒》の秘蔵っ子だ。ゆえにその《破戒》や新たに執行者となった《黄金蝶》、《死線》と共に結社に身を投じた。

 暗殺者としての実力はまだ《死線》にも劣るが、それを補って余りある神秘を秘めた子供である。報告を聞いた時は驚いた。かの《劫炎》の《外の理》に通ずる焔を受けても死ぬことはなく、それどころか完全に回復しきってしまうとは。

 ゆえに私もまた興味を抱いた。執行者候補として毎日訓練に明け暮れていると聞いたので、私は《破戒》にも一応の了解を取った上で先日ようやく調整を終えたばかりのヨシュアと共に彼女に会いに行った。

 そうしてアーヤ・サイードに会った最初の印象だが……なるほど。肉体的にも精神的にも健康そのもの。それどころか活力に溢れているようだ。博士が興味を持って毎日彼女を調べているのも得心が行く。

 何しろ私ですら興味が尽きないのだからね。だから私は博士に了解を取って彼女と私が調整したヨシュアと戦わせてみることにした。ちょうどヨシュアの仕上がりも確認したかったところなのでね。ヨシュアの能力が活かせる相手でないことは理解しているが、体力や力に長けた個人に対する戦いを確認する意味でもぶつけてみるのは悪いことではない。

 

 そうしてアーヤとヨシュアの戦いが始まったのだが──やはり結果は分かりきっていた。

 ヨシュアは私が《絶対暗示》の力を用いて壊れていた心を再構築し、更には私が教会にいた時に研究し、生み出した擬似的な《聖痕》を組み込んで肉体を強化した傑作だ。その能力はそこいらの猟兵や暗殺者に劣るものではない。ある程度仕事を行わせて結果を出せればすぐに《執行者》となれるだろう。

 

 だが、それでも天然の奇蹟には敵わないようだ。それにやはり相性が悪い。彼女が普通であればスピードの差と注意力の散漫さも相まって勝負は最初の一撃で決まっていただろうが、その背面からの初撃をアーヤは身体で止めてしまった。ヨシュアの刃は彼女の背中の僅か1、2センチに刺さるのみで致命的な傷とはならない。ヨシュアはそれに驚いて隙を晒し、彼女の振り返り様の攻撃で吹き飛ばされる。ふむ……やはり戦闘経験の薄さゆえか、突発的な事象への対処はまだまだ改善の余地がある。だがそれは今後の成長に伴って改善されていくだろう。

 しかし現時点においてヨシュアはアーヤに劣る。ヨシュアはスピードを活かしてアーヤの攻撃を避け続けるが、ヨシュアの方に打開策がない。比較的脆い箇所である目などを狙って攻撃するのは良い判断だが、気もそぞろになっていた最初と違って戦闘に集中して暗殺者として確かな戦技を見せている今ではそう簡単に食らってはくれないだろう。不可思議な部分にばかり目が行ってしまうが、アーヤの方も実力は持ち合わせている。パワーや体力の部分では完全に負けてしまっているようでもあるし、スピードの一点のみでは長引かせることは出来ても負けるのは時間の問題であった。

 

 だからその結果を見届けた後はすぐに博士と幾つかのやり取りを行い、空いている時に少しだけアーヤを貸し出して貰えるよう許可を貰った。《破戒》の方は「好きにしてくれ」と許可を貰っていることだし、後は博士の許可が貰えたならば私もまた彼女を調べることが、そして試すことが出来る。

 

 だから……フフ、これからが楽しみだよ。アーヤ君。

 

 

 

 

 

 ──七耀暦1194年。10月。

 

 我々結社が《月光木馬團》と衝突して勝利し、その一部のメンバーを吸収してから二ヶ月。

 その間に私はアーヤを貸してもらい、幾つかのことを調べた。

 まず分かったこととして、彼女に《聖痕》は存在せず、教会由来の力は持ち合わせていない。あるいは身体のどこか分かりにくい場所に実は《聖痕》が隠れている可能性も考えたのだが早速あてが外れてしまった。

 ただ博士の研究結果や《劫炎》の報告からある程度の推測は成り立つ。そしてその推測はそう間違っていないだろう。

 

 ──であるならば()()()使()()()

 

 もし私の立てた仮説が正しいのであれば、アーヤはいずれ私の目的を叶える一助となることだろう。

 無論、彼女がいなくとも計画は十分なものであるが……あって困るものでもない。

 そして彼女を使うのであれば今はその力を把握することに努めるのがいいだろう。強くなれば新たな《執行者》としてより便利に使うことも叶うかもしれない。《執行者》に求められる闇については分かりにくい部分があるが彼女の悲惨な生い立ちから考えればそれを引き出すことなど造作もない。

 

 ゆえに私は実験がてら彼女に《暗示》をかけることにした。

 

 今の彼女は闇を認識していないか、あるいは軽く捉えているように思える。それを重く捉えるように暗示してやりつつ悲惨な記憶を強く思い起こさせてやればそれだけで彼女の闇は深くなる。その上で彼女の身体に《聖痕》を刻みつけて反応を見てやろう。

 そしてそれらが成功すればアーヤもまたレーヴェやヨシュアのように更なる強さを獲得するに至るだろう。彼女の身に秘められた力の把握と彼女自身の能力を上げることの両方が叶うのだ。

 

 ──と、そう思っていたのだが、()()()()()()()()()

 

 アーヤを呼び出して暗示をかけることには成功したのだが、なぜかその場で服を脱ぎだしてしまって私は訝しむと共に苛立ちを覚えた。暗示がかかっているとはいえこの私を《楽園》に通う汚らわしい者共と同じように扱うとは……! 痴れ者め……! 

 

 私は苛立ちを抑えながら彼女に服を着て部屋を退室するように告げ、そしてその結果を冷静に受け止める。どうやら暗示にかけることは成功したものの、その効果は極めて薄い。私の暗示は彼女を発情させる結果にしかならなかった。そんな結果になってしまったことで近くに控えさせていたヨシュアの様子が暗示がかかっているにも関わらず引き気味になった。すぐに記憶を封じて忘れさせたため問題はないが、それがなければ極めて不名誉な汚点を残してしまうところだった。

 アーヤの方に関しても出来れば記憶を封じようとしたがそれもあまり効果はない。精々細かい忘れ物をする程度だ。その上後から自然に思い出す。これでは記憶を操作することなど出来やしない。幸いにも暗示の時の記憶は不鮮明であったようだが。

 

 ……だがまあいい。どの道、時間はたっぷりとある。彼女が想定より使えると分かっただけでも進展があったと見るべきだ。アーヤが未だ執行者候補であり自由でないのも私にとっては都合が良い。

 無論、執行者になったところで使える駒となってもらうことに変わりはないがね。フフ……本当に、その時が楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日。私の元に冷たい目をした《鋼の聖女》がやってきた。

 

「《白面》殿。貴方が幼き少女の衣服を剥ぎ、あまつさえ淫らな行為に及んだという業の深い話を耳にしましたが──それは本当の事ですか?

 

 ──あの小娘、告げ口を……!? しかもよりによって《鋼》に……!! くっ、あの痴れ者がぁあああ……!!




そういうわけで伏せ字の答えは「発情」でした。不幸になるのがアーヤちゃんだけだと思ったか? ムハハハ! 油断したなァ! アーヤちゃんとはこういう生き物だ!
次回は《鋼》と《剣帝》です。その面子ならさすがに何も起こらないと思うから安心していいよ。

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