──あの人って実際どういう人なんだろう?
それはあたしが最初にあの人を見た時の純粋な疑問だ。
ちなみにリィン教官のことじゃない。ま、まあそっちも確かに気になったけど……あたしが疑問に思ったのはある意味でリィン教官よりも謎が多い人──アーヤ教官のことだ。
アーヤ・サイード。その名前はあたしの故郷のクロスベルでも有名だ。あのファッションハイブランド『SAID』の社長にしてデザイナー。オートクチュールの職人のアーヤ・サイードはファッション雑誌にもその名前が載ってる。あたしも1人の女の子として『SAID』のことを知らない筈はないし服も何着か持っている。クロスベルの支店には何度も行ったことがあるし、アパレルカフェにも通っていた。
さすがにオーダーメイドで服を注文するのは金銭的にも難しかったけど。もしお金があっても予約は1年先まで埋まってしまってるらしい。
雑誌や店頭で『SAID』の服を見て目を輝かせてはたまに奮発して気に入った服を買う。結構お気に入りのブランドだっただけにトールズにやってきて教官をやっていた時はかなり驚いた。雑誌なんかで顔出しもしていなかったから余計に。
だけど中東系の人だって話は知ってたし、本人もすごくおしゃれな人だったからすぐに納得した。
授業に関しても生徒に興味を持たせるのが上手いというか、あらゆる芸術に通じてるところとかもやっぱり有名デザイナーなだけはあるなと思った。何でもリィン教官も本校に通ってる時にアーヤ教官から色々と指導してもらったみたいで、町の子供の持っていたぬいぐるみがほつれて泣いていた時もリィン教官はそれを直そうとアーヤ教官に教えてもらったという裁縫の腕を披露してくれた。
あたしも弟のケンや妹のナナのぬいぐるみを直したり服を修繕したりしてたから裁縫はそれなりにはできるけどリィン教官までできるのは意外だったし、アーヤ教官に至ってはプロなだけはあってやっぱり凄まじかった。授業で見せてもらった裁縫は正確だし速いし手元を一切見ずに服を縫いながらあたしたちの指導を行ってたんだから。もはや異次元の領域だった。
……だけどそういったデザイナーとしてのすごさだけじゃない。アーヤ教官は戦闘でも、かなり強い。
その強さを普段の授業やあたしの故郷のクロスベルでアーヤ教官は見せてくれた。実戦技術の授業は主にそれぞれの武器の扱いや基本的な身のこなしとかを教えてくれるものだけどアーヤ教官は何度か授業をリィン教官の代わりに担当してあたしたちに気配の消し方とか奇襲のやり方とかを教えてくれた。
士官学院生に教える授業としては結構ためになる内容だったし、その授業だけでもアーヤ教官の凄さは分かったけど……認識が更に変わったのは実戦でのアーヤ教官の動きを見てからだ。
クロスベルで見た結社の執行者との戦いの時の動き。学院の授業で見たオーレリア分校長との模擬戦の時の動き。そのどちらも、正直あたしには全然理解できなかった。
何しろ比喩でもなんでもなく──アーヤ教官は消える。気配だけじゃなくて姿もすぐに見失う。実際に戦っていなくても、俯瞰的に見ていても音もなく消えてしまう。
あのマクバーンって人や分校長は対応していたけど、なんで対応できるかわからなかった。あの人たちも異常なんだろうけど、アーヤ教官もおかしかった。
「うわーん!? こっち来るな分校長のアホー!」
「フフ……! これほどに気の扱いに長けているとは……! しかもこれでも実戦でないがゆえに本気ではない……そなたの暗殺術は底知れぬな……!」
「ワクワクするなー! イヤーッ!?」
……なんだかアーヤ教官の方はいっぱいいっぱいみたいではあるけど……。
ただそれでもアーヤ教官は言葉を発した次の瞬間には再び消えて分校長の死角に移動している。そしてその移動を、分校長が奇襲を防ぐことで初めてあたしたちは気付く。
分校長の猛攻に大騒ぎしながらも攻撃や回避に淀みはない。消えて現れて。消えて現れてを繰り返すアーヤ教官の戦闘は普通の武術とは確かに全然違ってた。
他にも分け身という戦技を使って分校長やあたしたちの目を惑わせる。やっと捉えたと思ったらそれは分け身でアーヤ教官は分校長の背後に既に回っていた。
正直言って凄まじかった。最終的には分校長の勝利ということで終わっていたけど傍目から見たらアーヤ教官も分校長の攻撃をいなし続けてたこともあって互角に見えた。
やっぱり結社の執行者……それも伝説の暗殺者って言われるだけはあるんだろうけど……普段のアーヤ教官の姿からは想像できない強さだった。
暗殺者で執行者。そのことで思うこともなくはないけど、あのシャロンさんやⅨ組のレンとかハーメル村で出会ったレーヴェさんって人とか、裏の人だからといって信用できないわけじゃない。
アーヤ教官はクロスベルを取り戻すために必死になって戦ってくれた。普段からとても明るくて親しみやすい人だし、リィン教官や旧Ⅶ組の人たち。色んな人が信頼している。
だからあたしにとってもアーヤ教官は信頼できる人だ。だから今日もあたしは安心して学院のハードな日常をこなしていくんだけど──
「あ、あの……アーヤ教官?」
「ん、何かなユウナちゃん! あ、これ可愛いでしょ! 自信作なんだよね! ユウナちゃんに似合うと思うよ! ほら着てみて!」
「あ、ありがとうございます。服をくれるのはその、すごい嬉しいんですけど……」
「ユウナちゃんは可愛いし私と身体のサイズが近いからちょうどいいよねー。でも安心して! 私のお古に関してもちゃんとユウナちゃんサイズに直してるし殆どは新作だからさ! ほらほらこっちのミニトレンチスカートとか可愛いでしょ? そしてこのパイロットシャツ! あえてスリーブレスかつ裾も短くしたから夏場でも涼しい印象があるし実際に通気性も高くて涼しいよ! これにさっきのミニトレンチスカートにベレー帽を被って……はいこれバッグね! 肩から下げて! よしよし思った通り可愛いね! 伊達メガネもかけよっか! テーマは『トールズ生 夏場の自由行動日にこっそり帝都にお出かけコーデ』だよ! 普通は休日って軍隊に所属してることは隠すものだけどここであえてパイロットシャツの要素を持たせたシャツでちょっぴり軍隊色を残す! 気づく人は気づくくらいの主張が可愛いよね! ユウナちゃんのスタイルの良さもわかるしシルエットが可愛い! ぜひ次の自由行動日で着てみてね!」
「あ、ありがとうございます! いや、あの、すっごいおしゃれで可愛くてめちゃくちゃ嬉しいんですけど……ただ──」
「さ、次は秋コーデだよ。今の内から秋用の服も用意しておかないとねー。次はどんな感じにしよっかなー。ユウナちゃんはカジュアルな感じが似合うけどそればっかりってのもなんだし、ここは敢えてクラシカルな衣装でギャップを──」
「いやだから……幾らなんでも多すぎなんですけど!? これもう50着目ですよ!?」
──あたしは何故かアーヤ教官に気に入られて大量の衣装をプレゼントされていた。
それは嬉しい。かなり嬉しいけど……幾らなんでも多すぎるしさすがに申し訳無さが勝っちゃう。
だからあたしはアーヤ教官にその旨を伝えたんだけど……アーヤ教官は首を傾げていた。
「? 服なんて何着あってもいいじゃん。ダメだった?」
「ありがたいですけど寮のクローゼットに入り切りませんから!」
「あ、それもそうだね。じゃあ入り切らない分はクロスベルのご実家に郵送しよっか。カプア特急便に頼んで送っとくねー」
「いや解決しないでください! それだけじゃなく普通に申し訳ないですから!」
「えー気にしなくていいのに。ユウナちゃんおしゃれ好きでしょ?」
「そりゃ好きですけど……」
「だよね。そしてこんなに沢山のかわいい服を見たら創作意欲が湧き上がってこない? ミシンとボディと各種裁縫道具プレゼントしてあげるね。それとこれ、うちの会社の案内と志望用紙。とりあえず記入してみる?」
「記入したらアーヤ教官の会社に入ることになっちゃうんですけど!? しませんってば!」
「ダメかー。でもユウナちゃん才能あるから考えてみてね! サイード社はいつでもユウナちゃんを歓迎するよ!」
笑顔で会社のパンフレットやら志望用紙やらを押し付けてくるアーヤ教官にあたしは少しだけげんなりする。
……そう。あたしはどういうわけかアーヤ教官から「うちの会社に来ない?」と勧誘を受けていた。
授業で裁縫が1番上手で1番センスがあったからってのが理由らしいけど……いや、そうやって褒められるのは嬉しいし照れるけど……だからといって服飾業界に進むつもりは正直ないっていうか……。
「ふふふ……こうやって今のうちから沢山の可愛い服をプレゼントしておけばきっと居ても立っても居られなくなるはず……」
……何かそんな企みの声が聞こえたけど……だから入りませんってば……。
とはいえ服は本当に可愛いしありがたいのがまたちょっと始末に困る。ただでさえアーヤ教官にはテニス部で相手をしてもらったりでお世話になってるのもあって(分け身を使って1人でダブルスし始めたり人が吹っ飛ぶような常識外れな技を放って困惑しがちだけど)頭が上がらない。
だから会社に入るのはともかく、何かお返しができればなと思ったけど……。
「あ、お返しなら気にしなくていいよ。それよりも私の服のモデルになってみない? さっきの服とか、後はこの魔法少女まじかる☆アリサの衣装とかもあるから……」
──と、とりあえず服のモデルは……少なくともこのよく分からない服のは断ることにした。まじかる☆アリサって……Ⅶ組のアリサさんの趣味……じゃないよね? うん、多分。なんであたしやアルとかミュゼの分まで衣装があるのかはわからないけど……深く考えないようにすることにした。
──どーもー。執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》アーヤ・サイードでーす。高級ファッションブランド“SAID”の社長かつファッションデザイナーで今年度の売上は100億ミラを超えてました。はえー……もう慣れたけど聞かされても正直よくわかんない。嬉しいは嬉しいけど金銭感覚がバグってきた気はする。毎年売上高とか純利益とか秘書のセラちゃんから聞かされるけど毎回宇宙猫になってる。毎年前年度と比べて何百%と売上や利益が上がってるらしい。
ちなみに前々からやってる飲食店業や今年から始めたスケートリンクとかのアミューズメント部門に導力ゲームを中心にした導力器メーカーもかなり儲かってるみたいで共和国企業の中だとヴェルヌグループ(共和国最大の総合技術メーカー)や九龍グループ(《
ま、とはいえ儲かるのは良いことだよね! それだけ私のやりたかったことが広がってるってことだしお金があれば更にできることが増えるし! 次は色んなスポーツが楽しめるアミューズメント施設とかカラオケ店とかラーメン屋とかカレー専門店とかも欲しいなー。今度時間を見つけてセラちゃんや他の友達に相談してみよーっと。
……と、それはともかくだ。なんとも憂鬱なことに今は表じゃなくて裏の仕事の時間。授業がない日を使って日帰りのお仕事だ。テスタ=ロッサがあるから転移も使いつつ移動すれば移動時間は短縮できるとはいえ帝国外でのお仕事を押し付けてくるとか相変わらず酷いよね、オジサンは。
ただその仕事の半分は私も望むところだったから別にいいんだけどね。
というのも結社の間で色々と配置換えというか仕事が割り振られたらしく、リアンヌママが改めて帝国入りすることになった。
その代わりなのか何なのか、オジサンとマリアベルがアルテリア法国方面の担当になって当面は向こうで活動するとのこと。法国は七耀教会の総本山で聖杯騎士団やら隠密僧兵やら怖い人たちが多い上、法国のすぐ隣は遊撃士協会の本部があるレマン自治州なので実は結構治安が良いというか、裏社会の人間からすると大陸中北部辺りの活動は油断ならないし怖い……ビビってるのは私だけかもしれないけど。
でも聖杯騎士やら遊撃士とかの結社の敵対組織2つを相手取るために使徒の2人が、それも第四柱の《破戒》のオジサンに新たに第三柱になり《根源の錬金術師》という渾名を付けられたマリアベルという嫌過ぎる2人を派遣するとかいう相手からしたら厄介すぎる配置になったんだよね。
他にもレティ姉さんとかシメオンとか他の執行者も何名かいたし、きっとそれだけ聖杯騎士や遊撃士教会を警戒してるんだろう。帝国での計画を邪魔されないためにね。
そして私も1日だけちょっかいかけてほしいって頼まれたからその通りにしてきた。アルテリア法国なー。いつどこで誰と遭遇するか分からんから本当はあんまり行きたくないんだけど綺麗ではあるんだよね。あんまりダラダラして守護騎士とカチ合ったりしたくないし、とりあえずケビンの部屋に忍び込んで部屋をネギまみれにしてきた。一部ニラも混ぜておいた。部屋に看板も建てておこう。《カーネギー書房》アルテリア1号店と。これで良し。きっとケビンならこの部屋を見てツッコミにツッコんでツッコミ中毒になって処理能力を落とすだろう。
他にもリースちゃんの部屋には飲食店で使える割引券と各国の美味しい店を紹介するパンフレットを置いたり、どっかの赤髪元ヤン女神父の部屋には背を伸ばすためのぶら下がり健康器具を設置したり、ガイウスくんの部屋には途中立ち寄ったノルド高原で受け取った家族の手紙を届けておいたり、ヴァルドくんの部屋にはサーバルキャットのクソデカ彫像を置いたり、他の守護騎士の部屋にも色々と細工をしておいた。ふーいい仕事した。これで少しは足止めになるね。それじゃお疲れ様でしたー。
ということで珍しくトラブルもなく法国を後にした私は次にレミフェリア公国に向かった。今度もまた北国。でもお隣のノーザンブリアとは違ってこっちは結構裕福なんだよね。医療大国でもあり医学がすごく進んでるし文化的にもウインタースポーツやらロックが盛んでロウリュとかもあるし結構楽しい国だ。下町とかスラムとかもあるけど裏組織なんかも今はあんまりない。昔は教団の大きなロッジがあったんだけどね。今はちゃんと綺麗さっぱり消した。
なのでレミフェリアで活動する主な裏組織といえば《庭園》くらいのものだ。まあ表に全然バレてないけど。それは助かるんだけど私がそこのボスだから若干気まずくはある。レミフェリアの皆様、いつも不審死事件でお騒がせして申し訳ありません……はぁ。でもそれは仕方ないことだから割り切るとして、今回はちゃんとやることをやらなきゃならない。
──で、すぐ終わった。別に特筆すべき事も何もない。暗殺なんて大体こんなものなんだよね。イベントが多い暗殺なんて暗殺としては半分失敗みたいなもんだし。何事も起こらず事が終わればすぐに闇に消える。それが良い暗殺だって《月光木馬團》時代にオジサンや親方とか色んな人にそう教えられたし私もそう思ってる。
そして普段はあんまり気乗りしない暗殺も今回は私にしてはちゃんとやる気を出して頑張った。相手が相手だったからね。なので周りにもあんまり言ってない。
後日。私が雇ってるシグムントさんから連絡が来た時も。
『──頭の代わった“ニーズヘッグ”に“北の猟兵”の残党。そして俺たち《赤い星座》に《猟兵王》率いる《西風の旅団》……フフ、今のラマール州は火薬庫も同然の状況になりつつある』
「いや全然笑えない状況だと思いますけど……」
『フッ、だが動きはするのだろう? 次はどっちの立場で参戦するつもりだ?』
「一応帝国側ではあるんですけどシグムントさんには結社じゃなくて《西風》の相手をしてもらえたらなーって……いいですか?」
『了解した。久し振りに血湧き肉躍る愉しい戦場になりそうだな』
うわ、怖ー……冷静だけど獰猛な笑みを浮かべてる。まあ宿敵でもある《猟兵王》と戦えるんだからそりゃ愉しいんだろうけど。私としてもシャーリィちゃんがいる結社側と戦わせようとは思ってないし、トールズ第Ⅱ分校の前に立ち塞がらせるなんてそんな鬼みたいなことをするつもりもないので必然的にこうなる。
そしてなんでそんな指示を出してるかって言うと次の結社の実験場所が帝国西部ラマール州であり、そこに集まった大小様々な猟兵団が激突して次いでに《黒の工房》側とも戦う予定があるからで、更に言うとトールズ第Ⅱ分校の次の特別演習先も同じ場所なのですごい三つ巴が始まるからだ。
なので一応シグムントさんには《西風》を警戒してもらうし、レーヴェにも頼んで私と一緒にいてもらう予定。今のレーヴェは一応所属としては次期カイエン公であるミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンことミュゼちゃんの私兵なんだけどまだ具体的にああしろこうしろって指示が出てるわけじゃないっぽいのでトールズの味方をする感じになると思う。
そして私はいつもの二重スパイというか二足の草鞋を履く感じ。言えないことが多数あるのも申し訳ないけど許してほしい。さっきの猟兵団《ニーズヘッグ》の頭が代わった話も私がレミフェリアでその頭を暗殺したからだし……。
ただそれについてはしょうがない。そもそもこっちの話だ。マリアベルからの情報提供されて、なおかつ依頼してきたその標的がアーサー・スパイアーっていうレミフェリアのアーデントプレスっていう新聞社の特派員だったんだけどその人の正体が実はそこそこ大きな猟兵団である《ニーズヘッグ》の首領で武器商人。《戦争卿》って呼ばれてる人だったんだよね。
それ聞いて、へーそうだったんだーってなったけどそれだけなら別にどうだってよかった。だけどなんかこのアーサーって人が地味に教団の遺産であるグノーシスを使ったりなおかつ売り捌いたり、なんだったら改良して実用化に漕ぎ着けたりとどこかのクソアホ変態釣りキチ眼鏡みたいなことをするアホアホ変態眼鏡野郎だったんだよね。猟兵、グノーシスの改良と売買、周りを巻き込む。3アウトだよね。教団関係者ではないけどやってることがカス・オブ・カスだったので殺ることにした。マリアベルからも依頼されたのでちょうどいいし断る理由0だった。
なのでレミフェリアに行ってその《戦争卿》とその場にいたニーズヘッグの幹部を暗殺したってのがこの間の私の久し振りの暗殺仕事だ。そして別に何もなかった。背中から《戦争卿》を挟み切って気づくより先にあの世に送ったし、それに気づいて近くにいた
──と、そんな感じで裏の仕事を無事に終えた後は一旦表の仕事に精を出すことにした。授業に部活に服作り! トールズ第Ⅱ分校の生活は楽しいことでいっぱい!
6月に入ってからの変化といえばトールズ本校卒業生でリィンくんたち世代のリンデちゃんが医務室に配属されたり、ベッキーちゃんが購買部を担当し始めて私にも装備にも使える衣服を仕入れてここで売らないかって打診されたり、更に先の特別演習で独断専行を行ったアッシュくんとミュゼちゃんがⅦ組に転科することになったりと色々あった。ちなみにレンは独断専行じゃなくてきっちり許可を取っての行動だったのでお咎めなしだ。適性的にはⅦ組に移るのも面白そうだとは思うんだけどね。Ⅸ組でも上手くやってるみたいだからどっちだっていいだろうけどさ。
そしてその6月の自由行動日の前日にはリィンくんの妹のエリゼちゃんやトールズ本校の卒業生でトワちゃんと同期のジョルジュくんがやって来たりして流れで一緒に夕飯を食べることになったんだけど……。
「そうか……噂は聞いていたけどクロスベルでそんな事があったなんて。再び動き始めた《結社》……それに“地精”を名乗る勢力か」
「はい……」
「……うん……」
「兄様、トワさん……」
「……………………」
……いや、気まずい!!
クロスベルでクロウくんこと《蒼》のジークフリードの話とか結社とか地精の話をされたら気まずいよ! すっごく! だって私全部知ってるし! 仮に知らないとしても結社の人間だし! めちゃくちゃ気まずい!
そしてもっと言うなら……ジョルジュくん! 地精はお前じゃーい! 聞いてるかジョルジュ・ノーム! 匂わせ名字! 《地精》の一員! 私が言うのもなんだけどどんな気持ちで《地精》とかクロウくんについて話してるのか気になるよ! リィンくんに《地精》について少し見当がついてるんじゃないかってそれ何の確認なんだ! 探ってる感じ? 何にせよ気まずいよ! 話にあまり混ざらず料理を笑顔で食べ続けて適当な相槌をして誤魔化してるけど内心は困ってるよ! 何か聞かれたらどうしようって!
「──《黒の工房》。ミリアムやアルティナの《戦術殻》を造った謎の工房──同時に、超一流の猟兵団などに常識外れの武器を流しているとも聞いています」
「……やっぱり……」
「──恐らくそうだろう。《C》を名乗ったクロウが使った超遠距離ライフルを手がけたのも同じだ」
「……私と姫殿下を攫ったアルティナさんの人形もですよね」
「ああ、だがミリアムもアルティナも工房の記憶は消去されているらしい……誰も知らないんだ、その工房の実態を──《身喰らう蛇》とオズボーン宰相を除いて」
「あ……」
…………き、気まずいっ!! 私《身喰らう蛇》の人間! めっちゃ知ってる! でも言えない! だからそろそろデザート食べる! 適当な相槌はするけどね! もぐもぐ……。
「《黒糖の工房》の実態……」
「《黒の工房》です。それじゃただのサトウキビ工場じゃないですか……」
「ものすごいはぐらかし方ね……」
くそう。ジョルジュくんとセリーヌちゃんにツッコまれた。でもジョルジュくんにツッコまれる筋合いはないぞ! でもよく黒糖知ってたね! さすが甘味好きのジョルジュくんだ! そして何も教えないのもやっぱり気まずいし、一応言えることだけは教えておこう。
「《十三工房》は結社の使徒の第六柱、博士が統括する技術ネットワークだね。大陸各地にそれぞれ独自の技術を持った工房があってそれらが参画してる感じかな」
「なるほど……では《黒の工房》はそこから抜けてしまったわけですね」
「宰相側についちゃったからね。なので裏切り者ってことで結社とは敵対関係にあるし、私も捕捉するように上から頼まれてるよ」
「聞いて良いのかわかりませんが……《黒の工房》についてアーヤ教官はご存知ないんですか?」
「うーん……まあ関わったことはそりゃあるけどね。うちのマキナも半分は《黒の工房》製だし。でも話せることはあんまりないかなぁ」
「……そうですか……」
「《黒鍵の工房》のことならいっぱい知ってるけどね」
「ピアノの黒い鍵盤専門の工房ってどんな工房ですか……」
「白いのも作ってほしいよね」
「……はぁ、この女はまったく……」
今度はリィンくんにツッコまれてセリーヌちゃんに呆れられた。いやーだって話せないし。嘘をつくのも悪いからはぐらかすしかないってことでお開き。ご飯代くらいは奢ってあげつつもその日は解散。私は日課のテスタ=ロッサとの夜の訓練をして次の自由行動日を迎えた。
それでまたその日は色々なイベントを楽しんだ。ノルマの服の仕立を済ませながらⅦ組の小要塞攻略を見学したし、その後も皆でお弁当を食べたし、午後のブリーフィングでは正式にラマール州へ特別演習へ向かうことが教官陣に告知され、夕方はエリゼちゃんの歓迎会ってことで皆でそれぞれ料理をすることになった。なので私も久し振りに腕を振るった。これが煌都式麻婆豆腐! 割と普通に食べれるくらいの辛さと激辛版があるから両方味わって食べてね!
ということですごい楽しかった。その後も皆でお風呂に入ったしね。久し振りの休暇って感じで満足満足。次の日には機甲兵教練もあるけど私がやることはいつも通りサポートだったし、分校長が専用のシュピーゲルSに乗って現れたけどその模擬戦もなんとか回避した。いやだって普通に機甲兵で相手とか無理だし……テスタ=ロッサ使っていいならともかくね。
──そして数日後。ついに特別演習の日を迎え、私は今度も別の仕事で同行することになった。領邦会議の護衛やら猟兵団の調査とかを頼まれてるからね。アーヤ・サイード特務大尉行きます!
情報を改めてまとめておくと今回の目的地は紺碧の海都オルディス。ラマール州の州都である風光明媚な海港都市。雰囲気としてはリベールのルーアンが近いけどこっちは更に綺麗かつ豪奢だ。私の中の帝国で好きな街ランキング第1位でもある。以前は貴族連合の協力の関係で何度も訪れてたし、今回もお仕事とはいえせっかく来たんだから楽しんでいきたい。
しかも1日目はリィンくんたちとの行動が多かった。というのも夜にはリィンくんが渓谷地帯にある歓楽都市ラクウェルに向かうって言うんで私もついて行った。そこでサラちゃんとかアンゼリカちゃんとかと再会したし、クレア少佐もラクウェルで合流したからリィンくんとお姉さん組というすごいパーティになっちゃったんだよね。しかもその後はカジノで《西風の旅団》と出くわすし……仕方ないから私は外野で囃し立てるだけ囃し立てて流れに乗った。めちゃくちゃギャンブルして負けたけど楽しかった。
だけど2日目はもっと楽しいイベントが待っていた。予め約束してたからね。なんと今日は──
「お待たせー! 待たせちゃったかな?」
「……いや、時間5分前だ。問題ない」
「そう? そ、それじゃあ行こっか!」
「ああ」
私は海都オルディスの噴水広場で待ち合わせしていたアッシュブロンドの髪色の彼と共に歩き出す。そう……今日はなんと……あのレーヴェとのデートなのだ……!!
……いやまあ目的はただの調査というかレーヴェがこの地で起きつつある結社と黒の工房の争いを見極め、場合によっては止めるために動くというのでそれに私も付き合うだけなんだけどね……。
だ、だけど男女2人きりでこの風光明媚な海都を歩くなんて実質デートみたいなもんだよね!? シグムントさんはラクウェルの方で張ってるし、今日は2人きりだ……くっ……おしゃれに抜かりはないとはいえ緊張する……! レーヴェと2人で街を歩くなんていつ振りだろうか。大人になってからは初めてな気がする。ちょっと、いや、かなり胸がドキドキしてきた……!
だが落ち着け私。私はこう見えて経験豊富だ。学生時代に7回も告白され、お試しでデートをすること18回。幼少期から1000度を超える凌辱を受け、性的な実験も40回も受けてきた。口でヤれば相手を腰砕けにし、串刺し(意味深)にされるも槍は折れ(比喩)、結果一方的にやり捨てすることになった学生時代のセフレの数は9人。つまり誰も私を落とせなかった(彼女は2人いるけど男はいない)。1年生の時の趣味の1つは“ナンパ”。ふらっと訪れた黒芒街の娼館で付けられた私の名は《性獣のアーヤ》。一対一でヤるならアーヤだろうって教団のお客様には言われた。全ての女たちの中で最高の床上手と言われた恋愛マスター。それが私だ。
……まあそれは本当に一時期の話で彼女が2人できてしばらくしてからは落ち着いたけど……ただ経験は豊富だからね! デートくらいはなんてことない! 落ち着いてむしろこっちがリードして──あてっ。考え事してたらちょっとつまづいちゃ……。
「大丈夫か?」
「あ……う、うん。大丈夫……」
──うわああああああああああ!!? かっこいいいー!!? つまづいた私を自然と支えて気遣ってくれたぁあああ!? スパダリすぎるー!! か、顔がまともに見れない……! というか顔が熱い……! くぅ……何たる無様……幾らレーヴェが世界一カッコいいからってここまで正気を保てないなんて……!
「……何やら顔が赤いようだが……?」
「い、いや、その……もしかしたらちょっと熱っぽいのかもね。なーんて──」
「──!」
「って……なんでそんなに飛び退いたの?」
「……いや……そうか。
「??」
なんか急にレーヴェが私から思いっきり離れたけど……どうしたんだろう? 何かの気配でも感じたのかな? でも私は何も感じないけどなぁ……。
「……昨日にトールズⅦ組が主要な街区は回っているだろう。俺たちはそこから外れた場所に目を向けるとしよう」
「あ、うん」
そして結局普通に調査になると……で、でもまだ一応昼食を摂ったり海岸沿いを歩いたりするイベントが残ってる! 私たちのデートはこれからだ!
──海都オルディスでの調査を開始し、最初は少し様子がおかしかったが……どうやら普段通りに戻ったようだな。
「さあレーヴェ! 釣れたよ! これがブルマリーナ! めちゃくちゃでかいでしょ! そこの食堂で捌いてもらおう!」
「ああ。食べられるかはともかくとして確かに昼食時ではある。少し休憩するとしよう」
──いきなり釣りを始めて巨大な魚を釣り出したり。
「うわーん!? 海に引きずり込まれるー!?」
「落ち着け。触手を斬った。後は叩くだけだ」
「ありがとうレーヴェ! さすが仕事が速い! この腐れタコ野郎ー! たこ焼きにしてやる!」
──海岸道では海の魔獣に襲われて海に引きずり込まれそうになったが、それを助けると海に向かって飛び込んでいって魔獣を仕留めてきたり。
「あれ? これ猟兵の誰かが落としていった不発弾じゃない? ちょっと拾って確かめて──」
「待て。爆発する可能性がある。触らない方が懸命だろう」
「え? じゃあどうするの? このままにしとくのもよくなくない?」
「導力魔法で起爆させる。少し離れるといい」
──渓谷地帯で見つけた不発弾を無警戒で触ろうとしたのでそれを咎めたりもした。確かにアーヤであればその程度では傷1つつかないだろうが、危ないことに変わりはない。
……アーヤと一緒に行動するのは久し振りだが……やはり変わらないな。
明るく調子がよく、それでいて良くも悪くも騒ぎを起こす傾向にある。巻き込まれてしまうことも多々あり、不運と言う他ないとんでもないアクシデントが起こることもアーヤにとっては珍しいことではない。
それでいてへこたれることもない。常人に理解できない言動を取ることもあるが、悪気は一切なく常に前向きで全てを割り切ってしまう。起こってしまったことをいつまでも引きずることはない。
「結構回ったけど……後は島くらいかな?」
「ああ。だが一応は領邦会議の方に注視するとしよう。そちらが狙われる可能性もないとは言い切れない」
「そうだねー。ま、島の方はリィンくんたちが見に行ってくれてるみたいだし……ならちょっと休憩しよ! 私アイス買ってくるね!」
「おい……」
調査が一段落ついたところでアーヤは俺の返事を聞くより先にアイスの売店に向かって子供のように駆けて行ってしまう。
「ふっ……了承したつもりはないんだがな」
次は早急に貴族街の方に向かうつもりだったが、時間に追われているわけではない。アーヤの思いつきに付き合うのも悪くはないだろう。
……それに俺としてもアーヤには聞きたいことがあるしな。
「戻ってきたよー! はい、これレーヴェのね」
「俺の分まで買ってきたのか……」
「そりゃもちろん。はいどーぞ!」
「……仕方ない」
アイスを買って戻ってきたアーヤからアイスを受け取る。食べるつもりはなかったが、せっかく買ってきたもらったのを受け取らないのも忍びない。こういうものを食べることはあまりないが、たまにはいいだろう。
「うーん! 甘くて美味しいー!」
「それは良かったな」
「うん、レーヴェの方はどう? 美味しい?」
「ああ、たまには悪くない」
「それなら良かった!」
……まるで子供のようだな。
ベンチに腰掛け、甘いアイスを純粋に、心の底から美味しそうに食べるアーヤの表情は初めて会った時と変わっていない。見た目こそ成長したが、その振る舞いは天真爛漫と言うべきか。表情もころころと変わる。ハーメルの件で心が冷え切り、感情が強く動くことはない俺とは大違いだ。
──だがその一方でアーヤは……。
「……アーヤ。聞きたいことがある」
「? 聞きたいこと? も、もしかしてそれって──」
「ああ。お前の持つ騎神……そしてそれに関連する俺の故郷ハーメルとこの帝国で進行しつつある何らかの呪いの話だ」
俺は周囲に聞き耳を立てる者がいないことを確認し、アーヤに前々から感じていた疑問をぶつけることにした。
それを問いかければアーヤは表情を幾分か真面目なものへと切り替えて応じてくれる。
「あー……その話ね」
「……以前、お前は限定的な予言のような異能を持っていると言っていたな。それならばハーメルの件に隠された何かがあることやこの先に起きることも予見しているのか?」
「えーっと……全部ではないけど……ある程度なら……」
「……そうか。なら──お前の事情はお前の見た何らかの未来に関連している……そう思って構わないか?」
「まあ……そうかも?」
「お前が周囲に何も明かすことなく、レンを遠ざけ、1人で行動し続けること。それはまた──誰かを救うためにやっていることだと俺は推測しているが……」
様子の変わらないアーヤに対して、俺は自分の推測を口にする。
勿論これはただの俺の勝手な考えに過ぎない。アーヤがどう答えるのか。それによって真実か欺瞞か、その答えが見えることを俺は期待してしまっている。
そしてそのアーヤの表情は──いつものように、苦笑いを浮かべることだった。
「あはは……いやいや、別にそんなことないって。買いかぶりだよ。私は私のやりたいことをやってるだけで別に誰かを救うとかそんなこと考えてないよ。事情もレーヴェなら知ってるでしょ? 私はせいぜい教団関係者を消したいだけで他は特に使命感も何もないってさ」
「……ならレンについては……」
「レンのこともそこまで深い意味はないよ。ただほら、
「……私みたいな、か」
「うん。レーヴェだってそう思うでしょ?」
アーヤに問いかけられ、俺はすぐに答えることはせず思考する。
確かに理屈としてはそうだろう。何らかの目的があるならともかく、裏から抜けたならいつまでも裏に関わり続けるより表で生きるための行動を取るべきだと。表にも裏にも染まらない生き方というのは決して簡単な生き方ではないと俺は思う。純粋に人としての幸せを追い求めるなら裏との縁は切るべきというアーヤの理屈も理解できる。
──だがそれでもレンはその繋がりを断ち切ることを求めてはいない。
またアーヤとの縁を切ったところで他の縁を切ることはないだろう。それを思えばアーヤがレンを遠ざけようとする意味は薄いように思える。
しかしアーヤはレンと向き合うことを避けているように見える。
その上で自己に対する評価が低いような言葉を時折口にする。
普段の言動におかしいところは見えないし、そういう自己評価の低さもあまり感じない。人付き合いにも積極的でクルーガーやデュバリィなどを親友と呼び、表にも友人が多い。
決して人を嫌厭している訳でもなければ、人に絶望しているわけでもない。アーヤからは殆ど闇を感じない。不幸な過去もあって闇を感じるような言動も、それを割り切って乗り越えたかのようなもので過去を気にしているようには見えない。明るく行動的で人を慮り、人を惹きつける。そんな太陽のように眩しい輝きをアーヤの振る舞いからは感じられる。
だから何も心配する必要はない。慮る必要は一切ない。気に掛ける必要はない。
「……そうかもしれないな」
「うん。レンにはレンの人生があるんだし。裏のゴタゴタに巻き込むのは申し訳ないでしょ? それと私も別に事情とかは……ま、まあ、ないこともないけど? でも大したことないしそのうち解決するから……うん、だから気にしないでいいよ! 話せる時になったら……それこそレーヴェが知りたいことに関してはもう少しで話せると思うからさ」
「……そうか」
何か事情や隠し事があるような誤魔化しを見せながらも、そこに深刻さはなく、笑顔で気にしないでいいと告げる。
そこには確かに嘘を感じない。闇を感じない。欺瞞もない。アーヤのこれまでの振る舞いも相まって、その言葉は信頼に値する。
それなのに──俺にはどうにも拭いきれない違和感……いや、違和感とも言い切れないような、ほんの気の迷い。こちらの勘違い、杞憂でしかないような……そんな些細なものを感じてしまっている。
それは……。
「……なら構わない。話せる時になったらその時はまた話を聞かせてもらおう」
「うん! ごめんだけどちょっとだけ待っててね。その時になったら全部話すし、レーヴェや皆の力にもなるからさ!」
「ああ。だがな、アーヤ。それはお前の方も同じだ」
「え?」
アーヤに感じてしまっている杞憂。間違いかもしれないと思いつつも俺が感じつつあるそれは──アーヤが、
アーヤから感じることもない。俺の勝手な考えである可能性も高い。
それなのに、どういうわけかアーヤが欺瞞を抱えているのではないかと感じ取ってしまった。
だからだろう。俺はアーヤに改めて伝えておくことにした。
「お前が困った時は必ず力になる。そのことを忘れるな」
「……それは前にも聞いたけどね。うん、もちろんわかってるよ」
真摯にこちらの言葉を受け止めたアーヤ。そう思えるアーヤに、俺は言葉を重ねる。
「……お前には大きな恩がある。あの浮遊都市で俺はお前に命を救われた」
「それも聞いたよ。まあそれは感謝されてあげてもいいかな!」
「ああ。お前はあの時、ヨシュアの覚悟で答えを得た俺に、改めて人の持つ可能性を見せてくれた。人は大きな力の前であっても決して無力ではない。それをお前は証明し──」
俺は命を救われたこと。答えをもたらしてくれたことに対する感謝をアーヤに告げる。そうしてアーヤの顔を見て──そして言葉を止めた。
意外な反応がそこにはあったがゆえに。
「……アーヤ──
「………………………………え?」
──アーヤの表情は、こちらを見て、
目を見開き、口を半開きにし、黄金の瞳でこちらを真っ直ぐに見つめていた。
それほどおかしなことを言ったつもりはない。俺の言葉は自然な感謝だったはずだ。
それなのにアーヤの表情と気配は。俺が何か引っかかることを言ったのだと言外に伝えていた。そしてそこから感じるアーヤの印象は──
「あ、ああ、ごめん。いきなりそんな真っ直ぐに感謝されちゃったから驚いちゃって……あはは……なんか照れくさいというか……改まって言われるとちょっと恥ずかしいかも……」
「……そうか。だが俺の偽らざる気持ちだ。お前には感謝している。何かあればいつでも相談してくれ」
「そ、そっか。まあ……ありがと。結構嬉しいかな……」
そうしてアーヤは恥ずかしそうに下を向いて視線を戸惑わせている。
だがややあってアーヤは気を取り直すように立ち上がった。
「さ、さーて! そろそろ休憩終わり! 領邦会議にリィンくんたちの方も気になるしそろそろ行こっか!」
「……ああ。そうだな」
アーヤはそうして照れた様子を誤魔化すように休憩が終わりだと告げ、前に歩いて行ってしまう。
俺はそのいつも通りのアーヤに続いた。
……ただ先程のアーヤから感じた印象が未だ俺の脳裏には焼き付いていた。気の所為かもしれない。杞憂かもしれない。アーヤの言うように改めて感謝されたから驚いただけの可能性は高い。
だが俺が感謝を告げた時。アーヤの瞳からは、ほんの僅かだが──
「ほら行こ! レーヴェ!」
──虚ろ。
……そして同時に──
──私はその前日、すごいことがあったことを思い出していた。
いやー……すっっっっごいドキドキした~~~……。まさかレーヴェとのデートがあんなにドキドキな感じで終わるなんて……というかめっちゃ良い雰囲気だったから照れて恥ずかしくなっちゃって最後は耐えられなくて逃げちゃった……! くっ……私のバカ……! あのまま行けば結婚とまでは行かずとも付き合ったりキスしたりできたかもなのに……!
でもすごい思い出になったなぁ……今思い出してもニヤニヤしてしまう。えへへぇ……あんなにデートでキュンキュンするなんて初めてだ……恥ずかしいけど嬉しさが勝ってしまう。しばらくはあの思い出に浸ってベッドの中で寝転げたい気分だ。そう、そうしたい気分なのに──
「──まさか最初に現れるのが地精でもトールズでもなく貴方たちだとは……久し振りですね、レオンハルト。アーヤの方は先日振りですか」
「は、はい。お久しぶりですリアンヌ様」
「ああ、数年振りか」
「貴方が結社を抜けたと聞いた時は残念に思ったものですが……どうやらかなり腕を上げたようですね?」
「そう言う貴女の方は変わらないな。変わらず──武の至境。頂点に至っている」
「ええ──ですがレオンハルト。今の貴方であれば良い勝負になるでしょうね」
「さて、どうだろうな。少なくとも手加減される程度の実力からは脱したと思いたいが」
「フフ……貴方に剣で稽古を付けていた頃が懐かしく思います。しかし──今はもうその余裕は見せられませんね」
──領邦軍の誇るジュノー海上要塞のその屋上で、レーヴェとリアンヌ様が対峙する。
リアンヌ様はその手に騎兵槍を携え、レーヴェもまた外の理で造られた魔剣《ケルンバイター》を空間から取り出して構えた。
互いの闘気が充満し、周囲を、空間を震わせる。
結社最強の武人である第七柱《鋼の聖女》リアンヌ様。
結社で1、2を争う武人であった元執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルト。
その2人が今まさに激突する……!
「──何をよそ見をしていますの?」
「え? デュバリィちゃんは気にならないの? だってリアンヌ様とレーヴェの本気の戦いだよ? めっちゃテンション上がるよね! なんたってあのリアンヌ様とレーヴェの戦いなんだから!」
「そ、それは確かに気にはなりますが……ごほん。──今のわたくしは相応の覚悟を持ってここにいますわ」
「え」
──そして私の前にはデュバリィちゃんがいた。
鉄機隊の正装である鎧を身に付け、その剣と盾を構え、剣を私に向けて突きつけてくる。真剣な眼差しを私に向けながら。
「貴方とレーヴェがこちらに向かっていると報告に聞いた時、これも良い機会だと思い覚悟しました。──アーヤ。わたくしのライバルであり、わたくしがマスターの元に参じてから常にわたくしの上を行く貴方……その本気を受け止めることができると」
「戦うってこと? いや、でもそれってよくやってるから今更じゃ……」
「互いに仕合形式での稽古は何百何千と行ってきましたが、実戦で貴方と向き合ったことは一度もありません。そしてわたくしは稽古で貴方から何度も一本を取ってきましたが……その度に思うことがありましたがわ。──本気の、
「ええ!? で、でもそれは……」
「わかっています。貴方は手加減しているわけではないことは。ただ、貴方の使う技はわたくしたちの扱う武術とは違う本物の暗殺術。本気で戦うことは相手を殺そうとすることと同義。それでも結社の稽古では相応にその気も求められますが……とはいえそれでは貴方の本気は引き出せない」
「それはまあ……でも仕方ないよね?」
「ええ、仕方ありません。──ですが既にここは戦場。貴方はレーヴェと共にわたくしたちを止めに来た。たとえ一時的なものだとしても、今この場に限っては貴方とわたくしは敵同士ですわ」
そう言ってデュバリィちゃんは闘気を集中させる。今までの稽古では見たことがない程に本気で。
「──ですからアーヤ・サイード! このわたくしと尋常に立ち会いなさい! わたくしと貴方のどちらが強いのか……今ここではっきりさせましょう!!」
私に本気の立ち会いを求めてきた。
それを聞いて正直、私は困った。困ったけど……でも……。
「あー……ま、そこまで言われちゃうと逃げるのは良くないよねー。逃げたらデュバリィちゃん怒りそうだし」
「ええ、烈火の如く怒ります。ブチギレてしばらく口も聞きませんわ」
「だよねー。──うん、親友がそこまで言うなら……ある程度は受けてあげないとね」
私は空間から《ゾルフシャマール》を取り出す。
正直デュバリィちゃんを殺したくはないし、殺さないけどここまで言われるとある程度はやらざるを得ない。塩梅がすごく難しいけど……まあ、なんとかギリギリで寸止めする意識を持ちながら殺すつもりでやってみようかな。
「っ……! 出ましたわね……!」
「んー何が?」
「──殺気や敵意は微塵も感じず、警戒に値しないように見せかける闘気」
「ああ──だがそれゆえに一定以上の実力を持つ者は戦闘時のアーヤを前にすると警戒し
「ええ。その《修羅》の気はアーヤを知覚することで初めて気づくことのできる霧のようなもの。周囲に浸透するように漂い、攻撃の気配を読むのを難しくするものでありながら、その僅かな闘気ですら戦いの最中にアーヤと同様に消えては現れてを繰り返す。まるで幻のように。……フフ、そちらも中々面白い勝負になりそうですね」
えー……なんかリアンヌ様とレーヴェが私について解説してるけどそんな怖い感じに言わなくても……そんなに怖いかな? ただ相手に気づかれず奇襲を成功させるために頑張ってるだけなんだけど……そりゃ確かに暗殺だけはちょっとは自信あるけどさぁ……リアンヌ様とかレーヴェに比べたら全然大したことないって思うんだけど……相手が達人かつ正面から戦ってる時だから仕方ないとはいえ闘気が感じられちゃうのもまだまだだと思うしね。
そしてそのせいかなんかデュバリィちゃんも一瞬で顔を強張らせて更に真剣になっちゃった。本気のデュバリィちゃん普通にめちゃくちゃ強いから本当は相手するの嫌なんだけど……しかも普段の稽古と違って向こうも敵を相手にする時みたいな感じで来るんでしょ? やだなぁ……でもデュバリィの想いを踏み躙りたくはないし、こっちが痛かったりキツイ思いする前に終わらせられるように努力しないと。
「それでいいですわ……! さあ、勝負です……! 今ここで……決着を付けますわよ!!」
「──ま、いっか。デュバリィちゃんがそこまでやる気ならこっちもノリよく……相手してあげるよ!!」
そうして私はデュバリィちゃんと対峙し、本気の手合わせを行おうとする。そうして武器を構え、互いに動こうとしたところで──しかし。
「あ、ごめん。ちょっと通信が」
「なっ……!? ぐぬっ……っ!!」
──気の抜けるような通信音が鳴り響き、デュバリィちゃんは駆け出したところで急ブレーキをかけた。
「……ちょっと! 何をしてますの!? 危うく転ぶところだったじゃありませんの!」
「ごめんて。ちょっとすぐに用件だけ聞くから待ってて」
「……はぁ……調子が狂いますわね……ですがいいですわ。貴方が忙しいのは知っていますし……早くなさいな」
「ありがとデュバリィちゃん! ちょっと待ってねー」
私はデュバリィちゃんに断ってから少し距離を取り、こっそりと通信に出る。相手は…………うげっ!? すごい嫌な相手だった! よりによってこんな時に……!
『──チャオ~♡ アーヤ姉さん、今大丈夫?』
「な、何の用? メルキオル。今は大丈夫じゃないから用件があるなら手短に話して……!」
そう、メルキオルだった。《庭園》の管理人の1人で1番やべー奴。一応私の弟分みたいなものだけどサイコパス。なのであんまり関わりたくはない相手が笑顔で私に連絡を入れてきた。早く切りたい……! だから早く用件言って!
『あらら、それはごめんね。じゃあ手短に伝えるけどいい? ちょっと込み入った話だから時間がないなら出直そうか?』
「大丈夫だから……! 早く言って!」
『オッケー♡ それじゃ簡単に伝えるけど──《剣の園》から脱走者が出ちゃってさ。《皇帝》がその脱走者に返り討ちにされちゃったんだよね』
「なーんだ。そんなの大したこと……………………え?」
私はそれを聞いて固まる。《剣の園》から脱走者? それにエンペラーが返り討ち?
……それって……もしかして……いや、もしかしなくても──
『まあ《皇帝》の奴、ちょっと変な実験に手を出してたみたいでその恩恵かなんとか一命は取り止めたみたいなんだけどさ。ただ結構な重傷で脱走者を捕まえるために応援が欲しいんだって。あ、その脱走者は《
「……へ、へー……そうなんだー……」
『うん。アーヤ姉さんはどうしてほしい?』
私はそれを聞いてすぐに告げる。形振り構わず。
「と、とりあえず《皇帝》は止めて!」
『──オッケー♡ アーヤ姉さんならそう言うと思ってたよ。それじゃ今はとりあえずこれだけで。バイバーイ♡』
「お願いね! それじゃ後でまた連絡するから!」
私はとりあえずメルキオルを止めてから通信を切った。そして改めてデュバリィちゃんに向き直り、距離を詰めて──
「よし今すぐやろうデュバリィちゃん!
「なっ──!!? ちょっ!? いきなり……!? こ、これが貴方の本気の暗殺術ということですか……! くっ……騎士としては受け入れられませんが、これも貴方の本気の表れということでしたら受け入れる他ありませんわね……!」
──うわあああああん!! ごめんデュバリィちゃん! そういうのじゃなくて今めちゃくちゃ緊急事態なんだよね! 3と9ことスーちゃんナーちゃんが脱走したって聞いちゃった上にしかも本来死んでる筈のエンペラーも何故か生きてて色々ピンチでヤバいから!! 今すぐ対応しないといけないんだよ!! スウィンくんもナーディアちゃんも死なせたくないからね!! だからデュバリィちゃん早く倒れろー! そしてリィンくんたち早くー! 早く来て事態を解決してー!! レーヴェとリアンヌ様の戦いもすごくて熱いのに見てる余裕ないよー! うわーん!!
今回はここまで。アーヤちゃんは暁の軌跡未プレイです。ちなみに軌跡シリーズにおけるミラの価値というか作中での描写は。
・自家用車が80万ミラ(1204年時点)
・高級導力車が150万ミラ(同じく1204年時点)
・旧式戦車が500万ミラ(帝国の旧式戦車)
・ローゼンベルク人形が一体数万ミラ以上(最高額がオークションで500万ミラ以上)
・Tフォンが2万ミラ(戦術オーブメント機能のない一般人向けの最新携帯端末で一般的にはかなり高いらしい)
・帝国の《赤い星座》への依頼料が1億ミラ相当(依頼内容は襲撃してきた帝国解放戦線の対処)
・ルーアン市長ダルモアが為替取引で負った借金が1億ミラ
・アークライド解決事務所の基本料金が1時間1000ミラ(ギルドより割高)
・クロウのリィンへの借金50ミラ(ただし利子がある)
って感じなので多分ゼムリア大陸の企業だと兆も行かないくらいが上限かなーって勝手に思ってます。ちなみに総資産第一位がIBC(クロスベル国際銀行)で第二位がラインフォルトグループらしい。総資産1位目指して頑張れアーヤちゃん!
次回はアーヤちゃんがデュエルしたり定期試験があったりサブクエに出没したり帝都で暗黒竜と感動的な再会を果たしたり色々です。お楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。