TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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剣帝と厳しい稽古をする不幸

 ──先日、結社に面白くも悲しい娘が入ってきました。

 

 彼女……アーヤ・サイードは新たに《使徒》となった《千の破戒者》エルロイ・ハーウッドによって連れてこられた悲惨な生い立ちを持つ少女。

 我らが宿命とはいえ彼女のような不幸な幼子が更に闇へ引き込まれることには胸を痛めます。それ故に、私は執行者候補となった彼女の様子を見に行くことにしました。

 

 しかし……そうして出会った彼女は予想外にも明るい光を覗かせていた。

 

 何故か初対面の、甲冑と兜を外さずに挨拶をしたその瞬間から私に懐いて交流してくる。その瞳に恐れは一欠片もありはしない。《蛇の使徒》であり無骨な甲冑に身を包む私にどうして懐いてきたのかは分かりませんが……おそらく彼女には自分を害する人であるか否かの嗅覚があるのかもしれませんね。聞けば不思議な力を秘める奇蹟の子。その悲惨な生い立ちも相まって、そういう匂いを嗅ぎ分けられるようになることは何ら不思議ではありません。

 ですがその身体に関して言うならば、あまり言葉にするのは憚られますが……異常と言わざるを得ない。

《劫炎》の焔を受けて生還したその生命力は明らかに通常では考えられない現象。その心の明るさも、あるいはその現象の1つかもしれない。

 

 ──しかし、そうであるからと言って彼女を特別視するのは良き行いではないでしょう。

 

 力があったところで彼女が幼き少女であることに変わりはない。少しばかり心に軽いところがあるだけの純粋な子供です。

 ですから彼女が私に甘えてくることも、私に稽古を頼むこともそれは仕方のないこと。

 彼女は1人の人間として強くなろうと努力している。闇の中で懸命に生きようとしている。

 そして、時折無性に甘えたくなる──そんな一面のある子供です。

 訓練の後に私の膝の上で眠りについた時に呟いていた「ママぁ……」という寝言からもそれが窺えます。聞けば、彼女は物心がついてすぐに両親によって売られてそれからはかの教団にいたのだとか。

 そしてその凄惨極まりない環境で懸命に生き抜き、《月光木馬團》に拾われてからも暗殺者として誰にも甘えることなく日々を過ごしてきた。そんな人生を送ってきたのであれば、親が恋しくなって大人に甘えたくなることもあるでしょう。

 ですから私はそれを許し、せめて眠っている間だけは彼女に安らぎを与えることにしました。起きている間は闇の中で生きる人間として戦わねばならない。苦難に立ち向かわねばならない。

 しかし人は厳しさだけでは動けず、安らぎも必要とするもの。訓練や結社の人間として動く時以外は、多少の慈悲を彼女に与えても許されるでしょう。元よりそれを補っても余りある災難に見舞われているのですから。

 

 ──ただ1つ、思うところがあるとすれば。

 

「んっ……あっ……はぁ……はぁ……も、もうダメ……っ♡」

 

「────」

 

 ──何故この子は私の部屋で自らを慰めているのでしょうか? 

 

 …………そして、その、こういう時私はどうすれば良いのでしょうか? 

 

 誰でもない誰かに。そして自らに問いかけるも答えは出ない。そして、気付いた時には遅い。彼女と私の目と目が合い、彼女の顔面が真っ青になり、私が事情を問い質し──。

 

 ──そして事情を理解した瞬間、私は自らの流れていないはずの血が冷えるのを感じながら《白面》殿の元へ向かうこととしました。

 

 

 

 

 

 ──どうもおはようございます。アーヤ・サイードです。好きなタイプは年上のお姉さん。嫌いなタイプは眼鏡男です。

 

 そういうわけで《身喰らう蛇》での生活にもようやく慣れてきました。やっぱり2ヶ月もするとどんな環境も慣れてくるね。住めば都……は言い過ぎだが、環境自体は悪くない気がする。

 というのも仕事が少ないからだ。今の私は《執行者》候補として執行者になるために訓練するのがお仕事みたいなものなので、《使徒》から何か頼まれない限りやることはひたすら身体を酷使するだけ。

 まあそれも疲れると言えば疲れるのだが、命の危険がないなら私的にはそこまで嫌ではない。結社お抱えの猟兵や他の執行者と一緒にひたすら走ったり模擬戦したりとか疑似ダンジョン的なのを攻略するだけだからね。体力に自信がある私からすれば全然苦じゃない。なんだったら物足りないまである……これも言い過ぎかな。ただレティ姉さんとかクルーガーちゃんの扱きが恋しくなる。単に私が2人を好きなだけとも言えるけど。

 なのでその2人ともたまには訓練に付き合ってもらったりするし、他の知り合った人にもお願いして付き合ってもらったりする。

 

 ──例えば……そう。この2人とか。

 

「──はあっ!」

 

「──せいっ!」

 

 私の目の前で、剣と槍が激しい音を立ててぶつかり合う。

 それらをそれぞれ振るうのは銀色の髪をしたクールなイケメンと甲冑を身につけたとんでもな美人さんだ。

 前者は《執行者》No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトことレーヴェ。

 後者は《蛇の使徒》第七柱、《鋼》のアリアンロードこと《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。

 どちらも結社随一の達人であり、俗なことを言うとシリーズの中でもかなりの人気キャラ達だ。もちろん私もこの2人は好き。なので慣れてきたとはいえテンションは上がる。──うわあああああああああ!! 《剣帝》と《槍の聖女》の稽古すっげええええええ!! 私すっごいワクワクすんぞ!! ……ってな感じに。私は自分の身に全く危険がないならこういう戦いも楽しめるタイプだ。自分が、となると怖くて嫌だけど。なのでこの2人の場合は安心。巻き添えの心配もないし、特等席で稽古という名の試合を安全に楽しめる。

 

 ……ま、とはいえ全然見えないんですけどね! 2人のレベルが高すぎて! 辛うじて動きは見えるけど何をしているかはさっぱり理解出来ない。レティ姉さんで目が慣れてなかったらマジで何も見えなかっただろう。後はヨシュア君との訓練も効いてるかもしれない。この世界の武人というか達人はマジでトンチキな人ばっかりだけど、この2人はその中でもトップクラスなので普通の人が理解出来ないのは仕方ない。理解出来るのはそれこそ《理》に至った達人か、《修羅》になった人達だけだ。

 

 ちなみに《理》ってのは達人の証みたいな感じで物事の本質を捉えてあらゆることを識り、あらゆることを自在に操ることの出来る境地らしい。え、なにそれ怖って思った人は常識人だ。なるほど、と思った人は素質があるので私と一緒に武術の訓練しようよ! すっごい怖いよ! 余裕で死ねそうで! 

 そして《修羅》の方はごめんなさいだけどよく分からない。こっちはレーヴェが至ってる段階らしいけどなんというか……覚悟の差、みたいな? とりあえずめっちゃ強い。ぶっちゃけ《修羅》になって達人になったならそれももう《理》に至ったものなんじゃない? って思うんだけどどうやら違うらしい。私にはどっちも至れそうにないなー。

 まあつまり2人ともくっそ強いってことだ。一応実力的にはリアンヌママが武の頂点って扱いで最強で、レーヴェの方は劣るみたいだけど。ちなみにこの間私を燃やしたマクバーンさんはリアンヌママと同じくらい強い化け物で、レティ姉さんはレーヴェに近い実力者らしい……ってことはレティ姉さんは《修羅》なのかな? 《理》って感じしないし……まあその境地云々に至ってないと達人じゃないってことでもないので結局みんな強いってことで! 

 

「──破砕剣!!」

 

「──アルティウムセイバー!!」

 

「わー、どっちもがんばえー!」

 

 そんなわけで2人はめちゃ強い。そして私はただのロリ。なのでお気楽に手をぱちぱち叩きながら2人を応援する。当然声なんて聞こえてないだろうけどね。そしてこっちもよく分かってない──あ、いっぱい残像見える。あれが分け身ってこと? へー……やっぱ達人っておかしくない? 私なんかよりよっぽどおかしいでしょ。あれに比べたら私なんて普通だよ普通。

 

 そして私はそう思いつつ2人の化け物染みた戦いをわーきゃー言いながら楽しむ。応酬はまだまだ続き、戦いはこれから更に激化すると思った。そろそろSクラフトみたいし。冥王剣とグランドクロス出して! ちょっと怖いけど見てみたい。ああいう技も闘気とか導力魔法とかも合わせて行っているらしいけどそれもよく分からない。特に前者。闘気ってなに? 私もそこそこ戦えるようにはなったけど闘気って出てるのかな? クラフト使って放出したCPみたいなこと? 

 

「──今日はこの辺りで終わりにしましょう」

 

「──ああ」

 

「えっ」

 

 とかなんとか考えてたら急に戦いは終わった。互いの得物である槍と剣をしまってしまう。びっくりした。なんか唐突に終わるじゃん。私はそれを疑問にして声に出す。

 

「もう終わり?」

 

「ええ。あまり長引かせては彼に悪いですから」

 

「そう思うのなら無理に稽古に付き合わせないで貰いたいものだな」

 

「ふふ、それは申し訳ありません」

 

「構わない。貴女との稽古は疲れるが、俺にとっても実りあるものだからな」

 

 私の疑問にリアンヌママが答える。レーヴェの方は少し呆れ気味の様子だが、リアンヌママは純粋に嬉しそうだ。やっぱ強くて才能ある人が更に強くなってると武人的に嬉しいものなんだろう。レーヴェは今でも十分強いけどまだまだ発展途上らしいし。マクバーンさんも張り合いがあるって言ってた。

 そしてあれだけの戦いをしながらもやはり稽古は稽古なのだろう。2人共まだ体力は余裕そうだ。よーし、それならちょっと怖いけど……。

 

「それじゃあ次は私にも稽古付けてください!」

 

「おや、貴方にも感じるところがありましたか?」

 

「もちろんですよ! すごかったですし! なのでお願いします!」

 

 私は遠慮なくリアンヌママにお願いする。彼女は優しいから割とお願いを聞いてくれるのだ。特にこういう稽古とかなら聞いてくれる確率は高い。なので頭をちゃんと下げて答えを待ったのだが。

 

「であれば今日は私ではなく──レオンハルト。貴方が彼女に稽古を付けてみるのはどうです?」

 

「……俺が?」

 

 え、レーヴェが? いやまあそれでもいいけど、受けて貰える確率低そうだからあえて頼まなかったんだけどな……。

 

「ええ。人に稽古を付けることもまた、自らの修行となり得ますよ。どうです? まだ余裕があれば試してみるのは」

 

「……貴女がそう言うのであれば」

 

 あ、ほんと? 受けてくれるんだ? あ、レーヴェがこっち向いた。

 

「貴方が受けてくれるのであれば私も安心出来るというものです」

 

「あ、どこか行くんですか?」

 

「ええ。私は少々、用事がありますので。ではレオンハルト。アーヤを任せましたよ」

 

「……承知した」

 

 そうしてリアンヌママはその場から去っていった。が、もしかして用事って……アレのことだったり? だとしたらちょっとマズいかもしれない……。

 いや、その、なんというか。まあ、この間とんでもないことをしてしまって……も、もちろん私のせいじゃないんだけどね! 悪いのはあの塩カス催眠エロ教授だから! 

 

 というのも私はこの間、面白教授に適当な理由を付けて呼び出されて暗示という名の催眠をかけられてしまったのだ。その時のことは一瞬だけ忘れたけどすぐに思い出した。あの塩カス教授はなんと私にエロエロ催眠をかけてきたのだ。頭がぽーっとしたと思ったら身体が熱くなって気がつけば服を脱いでいたので間違いないだろう。私の身体を狙ってたなんて……しかも催眠でやろうとするとか本当に最低すぎる。これだからマッドサイエンティストは……。

 しかし面白教授にそんな趣味があったなんて知らなかったけど、よくよく考えたらショタのヨシュアにも執着していたし、ロリやショタ全般がイケるド変態だったのだろう。そう考えると辻褄が合う。なんてことだ……原作でも知られざる真実に気づいてしまった。確かにこんな真実、原作でも描写出来るわけがない。だって気持ち悪すぎるし。ヨシュア君も記憶を操作されてたみたいだし、そういうことされた記憶も消されてるのだろう。許すまじ《白面》。そしてヨシュア君はほんと可哀想だな……きっと「これが私の求めていた《輝く輪(オーリ・オール)》なのだよ……!」とか言われてめちゃくちゃされたに違いない。もしくは「私は君の股間にある《塩の杭》に興味があってね……!」とか。うえ……想像するだけで気持ち悪くなってきた。

 

 ──と、そんなわけでヨシュア君は非常に可哀想で私もそれに気づいた時は涙を禁じ得なかったんだけど、私もまた私で面倒だった。どうやらあのエロ教授は私に催眠をかけて発情させておきながら私を部屋から退室させて放置した。つまり放置プレイだ。放置するだけして後からそれを眺めて楽しむつもりだったんだろう。まあ記憶を操作されてやられた記憶を思い出せないだけの可能性も高いけど……。

 ともかく私はまんまと教授の思惑に引っかかってしまったのだが、催眠エロ教授の思い通りになるわけにはいかない。私はなんとかその場を脱してなんとか安全なところまで……そう、リアンヌママが使っていた部屋に辿り着いた。

 レティ姉さんやクルーガーちゃんのところでも良かったけどこういう時に1番頼りになりそうなのは面白教授と同じ《蛇の使徒》で優しいママしかいない。──ちなみになぜママと呼んでいるかと言うとママだからだ。あの甲冑の内側からにじみ出る母性を私は見逃さない。優しくも厳しいところもあったり、それでいて受け入れてくれるし守ってくれる理想のママ。ということでリアンヌママとあくまで私の中だけだが呼ぶことにした。

 

 そしてそのママの部屋についた私だが、生憎とその時、部屋にリアンヌママはいなかった。しかしその内戻ってくるだろう。それまでここで隠れていようと私はその部屋に居座った。

 だけど私は未だ発情しっぱなしで非常にムラムラしていた。なので、仕方なく発散することにした。リアンヌママの残り香があるベッドの上で。めちゃくちゃ捗った

 でも仕方ない。私だって好きでやってるわけじゃない。発散しないといつまでも発情したままだしあの面白教授を喜ばせることになるだけだ。途中から気持ちよすぎてそういう細かい部分は忘れてたけど。

 

 ──で、見られてしまった。部屋に帰ってきたリアンヌママが私を見た時のあの目が忘れられない。娘の秘め事を思わず見てしまって固まるママの顔。それを見た私は……まあ、気持ちよかったとだけ言っておく。そしてすぐに賢者になり後悔した。

 私はリアンヌママに事情を説明した。それはもう必死に。冷静に考えれば幾ら発情していたからといって他人の部屋で致すなんてことはドン引きされてもおかしくない。

 だから私は責任を面白教授に押し付けたのだ。……だって元はと言えば教授のエロ催眠のせいだし! 私は悪くない! 全部面白教授がやれって言ったんだ! 私は悪くない! 

 私は言い訳をする余り、大体のことを話してしまった。ヨシュア君のことは可哀想だから伏せたが、私の服を脱がしてえっちなことをしようとしていたことは話してしまった。それで無理やり発情させられたから助けを求めようと思って、それでも抑えられずに致してしまったと。

 そして一通りの私の言葉を聞いたリアンヌママは納得してくれた。なんとなくだが怒っているようにも見えたし、やはりママは優しい。それから身体を綺麗にするためにお風呂まで付き添ってもらい、ベッドで寝かされた。さすがに一緒に寝てはくれなかったが寝るまで見守ってくれてはいたようだ。

 そして起きてからはしばらくリアンヌママがいるこの結社の秘密基地の1つで過ごし、そこにレーヴェも来て稽古をして──そして今に至る。長くなってしまったが、事情としてはこんなところだ。

 

 なのでリアンヌママはもしかしたら面白教授を問い詰めに行くのかもしれない。それは結構、いや、かなりマズい。だってそれを喋ったことを知られればあの変態エロ教授は私に逆恨みして何をしてくるか分かんないし。立場も私の方が下だから逆らえないし、そもそも強くないから無理やり何かされたら一貫の終わりだ。

 ママもさすがにそのことで同じ《使徒》の1人を再起不能にしたりしないだろうし……そう考えれば今の状況は中々にヤバい。ヤバいけど……どうしようもないんだよね……これは回避不能な災難というやつだ。

 そして考えても仕方のないことは悩んでもしょうがないため、私はマズいとは思いつつも半ば諦めている。なので今の状況を受け入れて生きていくしかない。

 

「一度引き受けた以上は面倒を見よう。だが、俺は甘くないぞ。そのことを理解しているか?」

 

「──あ、はい! 大丈夫です! 大抵のことは受け入れられるので何でもしちゃってください!」

 

「…………」

 

「……? あの、どうかしたんですか?」

 

 ──おっと。考え事してる場合じゃないや。集中しなきゃ集中。……でもレーヴェって正直ちょっと苦手なんだよなぁ。いや、嫌いとかじゃなくてね。接しづらいというか、コミュニケーションが若干だが取りにくいのだ。

 というのもなぜかレーヴェは初めて会った時から私相手には若干素っ気ない気がする。まあまだそんなに関わってないんだけど、こうやってたまに話すとちょいちょい私のことをじっと見てくるのだ。それがちょっと困る。私も私で気を使ってなんて言おうか迷うし。レーヴェの過去も中々お労しいからね。

 

「……いや、何でもない。それより始めるぞ」

 

「? 分かりました。えっと……」

 

「好きに仕掛けて来い。俺が捌きながら助言を入れてやろう」

 

「了解です! ──行きます!」

 

 レーヴェが剣を自然体で構え、私に仕掛けてくるように告げてくる。なんだかんだちゃんと付き合ってくれる辺り、面倒見は良い気もするんだよね……うーん、やっぱり分からない。私のことどういう風に思ってるんだろ。

 ──まあでも今は稽古に集中しよう。レーヴェとの稽古なんてテンション上がるなぁ! 頭の中で『銀の意思』流すからちょっと待ってね。はい、せーの……じゃじゃじゃじゃ、じゃじゃじゃじゃ、じゃじゃじゃじゃ、じゃじゃじゃじゃ──。

 

 ──そうして私とレーヴェとの稽古が始まったのだが……。

 

「防御を疎かにするな。相手の動きをよく見ろ」

 

「はい!」

 

「気配を感じる力はそれなりだが動きが真っ直ぐすぎる。もっと相手の動きを読め。それではフェイントの格好の餌食だ」

 

「はい!」

 

「追い詰められた時に動揺しすぎるのは悪い癖だな。すぐに直した方がいいだろう」

 

「は、はいぃ!」

 

 ──まあ出るわ出るわ。私の悪いところという感じで……。

 

「……体力とガードの硬さだけは大したものだな」

 

「それだけが取り柄みたいな感じなので……」

 

 終わる頃には肉体的にも精神的にもかなり追い詰められてしまった。ダメ出しが容赦ない……レティ姉さんみたいに優しく言ってくれないからね。クルーガーちゃんに近いけど、やっぱりはっきり言われると結構効くなぁ。最近は自分でもよくやれてると思ってたんだけどこうもダメ出しが連発するとやっぱり向いてないんじゃないかって思う。

 

 ──いや、というか私は何を勘違いしてるんだ! 向いてるわけないでしょ! 悪の組織! 殺し屋! 執行者! 私一般ピーポーだし! 調子に乗るなよ! 

 ……でも残念ながらそれを慮ってくれる人は1人もいないんだよなぁ……まあ結社にいる限りは諦めるしかないし、抜けても行くところもないから受け入れるしかないんだけどさ。私の将来の夢はデザイナーかパタンナーか園芸家か農家か小料理屋かラーメン屋かモデルかダンサーかアパレルショップ店員かカフェ店員なのに今のところ選べる進路は漏れなく執行者か暗殺者か猟兵か実験体か風俗嬢とかそれくらいしかない。はぁ……なんかこう、上手いこと足抜け出来る方法ないかなー。あれば苦労しないけど。

 

「……この際だ。稽古のついでに聞きたいことがある」

 

「──え? なんですか?」

 

 なんて、またしても考え事をしていたら目の前のレーヴェから改まってそう言われる。レーヴェから話を振られたことはあまりないためなんだろうと首を傾げてその顔を見上げると。

 

「お前は……本当に望んでここにいるのか?」

 

「え?」

 

 ……ん? それってどういう意味? そりゃあ望んでは……ってそうか。一応結社には望んで入ったことになってるんだっけ。もしかしてそれが気になって? 

 

「それってどういう……?」

 

「いや……」

 

 レーヴェはそこで私から目をそらし。

 

「何でもない。つまらないことを言ったな。忘れてくれ」

 

「そ、そうですか……」

 

 私は困惑する。あれ……なんか優しくない? 急にどうしたの? 

 

「ただ……何か困ったことがあれば尋ねるといい」

 

「困ったこと?」

 

「ああ……もっとも、力になれるとは限らないがな」

 

 そう言ってレーヴェは私の頭に手を置いて優しく撫でる。え……トゥンク……本当に優しいじゃん……今の私が結社に望んで入ってないことを察してる感じじゃん……ちゃんと私を子供扱いしてくれるじゃん……。

 そういえばレーヴェってレンとかには優しかったっけ。ティータにはまあまあ厳しかった気がするから子供苦手なのかと思ってたけどそうじゃないっぽい。

 それに力になれるとは限らないとは言うけど実際はかなり力になってくれそうだ。多分無責任な言葉を口にするのを嫌っただけかもしれない──よし、それならちょっと聞いてみよう! 

 

「あ、じゃあ相談に乗ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 ──俺にとってその少女……アーヤは不可解な存在だ。

 

 結社の《執行者》の一員として暗黒時代より続く暗殺組織《月光木馬團》との戦いに挑み、それを潰した数日後。アーヤは《千の破戒者》、《黄金蝶》、《死線》と共に結社に加入した。

 だが《破戒》や《黄金蝶》とは違い、その少女が結社入りを本当に望んでいたとは到底思えなかった。

 そういう意味では《死線》もまたそれしか生きる道を知らないように思えたが、それでも結社という影の中で生きるという意思とその意思に潜む闇は垣間見える。

 ……俺が教授に預けたヨシュアも同じだ。ヨシュアもまた深い闇を覆い隠したまま結社で生きることを決めている。

 だがアーヤは違う──いや、違うように俺が感じてしまっている。それほどに彼女に闇を感じなかったからだ。

 結社の人間は皆、心に闇を抱えている。まるでそれが結社に入る条件だと言うように、ここには闇を抱える人間が集まる。

 だがアーヤはただの子供に思えた。暗殺者として育てられただけはあり、子供にしてはそれなりの腕前を持ち、子供にしては賢く感じる時もあるがそれだけだ。

 俺はそれが気になり、アーヤのことを調べた。

 

 ──そして俺は、漆黒の闇を知った。

 

 アーヤのここに至る生い立ちは凄惨極まるものだった。

 大陸中東部の田舎の貧しい村落に生まれ落ち、生後間もなくして猟兵同士の争いに巻き込まれて村が半壊。食い扶持を稼ぐために両親によって5歳の時に武装商人に売られ、それをかの《D∴G教団》が買い取り、子供を使った商売に使われ、周囲の子供が次々と死んでいく中、彼女は1年以上そこで生き延びる。

 それからは更に教団の実験体としても使われていたがある時、教団のロッジから逃げ出したところを《破戒》に拾われ、《黄金蝶》や《死線》の訓練を受けて《月光木馬團》の暗殺者となった。その《月光木馬團》も結社によって潰され、彼女は《劫炎》……マクバーンの焔を受けながらも辛くも生き残り、結社へと加入。《執行者》候補となり現在に至る。

 正直に言ってその過去は俺の想像を遥かに超えていた。優劣をつけるものではないが、アーヤの闇は俺が知る人間の中で最も救いのないものの1つだろう。

 

 だがそれを知ってアーヤを見た時……不可解さを感じたのだ。

 俺の目の前で子供らしく笑うアーヤと、その生い立ちが一致しない。これだけの地獄を見ておきながら、闇を抱えることもなく気楽に過ごしているこの少女は一体なんだ? 何故笑える? 何故感情を保てる? 何故不幸を受け入れられる?

 そして何故その剣はそれほどに軽いのか──俺には分からなかった。

 

 確かに能力という意味ではなるほど、大したものだろう。教授や博士、他の《使徒》やマクバーンなど多くの人間はその奇蹟とも言える身体の丈夫さに注目しているが、それがなくともアーヤは十分に才能がある。《黄金蝶》によほど厳しく扱かれたのだろう。刃は鋭く、それを振るうのに迷いはない。《死線》の影響も随所に感じる。《破戒》の薫陶も受けているのだろう。人を殺すことを躊躇うことはない。

 稽古ではこき下ろしたが総じて優秀な暗殺者と言えるだろう。教授の調整を受けたヨシュアが負けるのも納得だ。如何に強化を施そうと経験の差は埋められない。このまま成長すれば《執行者》になることもそう難しくないように思える。

 

 だが、その剣だけが軽かった。アーヤは覚悟など全くないまま戦っている。闇など全く感じていないかのように。

 ……俺はあのハーメルでの事件を経て、《修羅》として生きる道を選んだ。そのためには、立ち塞がるものは何であれ斬る覚悟を決めている。他ならぬ俺自身の意思で。

 しかしアーヤは《修羅》になる覚悟など決めず、闇で生きることや殺すことをまるで日常で起こす何の変哲もない行動と同じように受け入れている。《破戒》や《黄金蝶》のようにそれを楽しむこともなくだ。

 あるいは闇を見すぎた人間とは、ここまでになれるものなのか? 闇を闇のまま受け入れ、諦観し、適応して生きていけるというのか? 不幸をどこまでも()()()()()()()()……それがアーヤの持つ心の闇なのか?

 

 ──そしてこれがあるいは……人間の可能性の1つなのか? 

 

 ……だとすればこれほど救いのない可能性はないな。

 

 だが何が幸福で何が不幸かはアーヤ自身が決めることだ。周囲の人間が決めることではない。アーヤの心を垣間見るためについ言葉を投げかけてしまったが、それを聞いたところで俺に出来ることはない。その刃の軽さも、闇の道を進むのであればむしろ才能にもなり得るだろう。殺すことを躊躇しないというのはそれだけで強い。それもまた俺の《修羅》と似た……1つの強さなのだから。

 故に出来るのは見守ることだけ。あるいは、お節介になりすぎぬよう助言をすることだけだ。後はアーヤ自身が決めるべきこと──そう思い、俺は困ったことがあれば尋ねるといいと告げたのだが……。

 

「あ、じゃあ相談に乗ってくれませんか? ……実は今、ちょっと困ってることがあって……」

 

 早速そのように切り出される。……困っていること、か。

 

「構わないが……必ずしも解決策を提示出来るとは限らないぞ」

 

「はい、もちろんです。聞いてもらえるだけでも全然」

 

 と、そう言ってアーヤはそこで更に困った表情を浮かべた。羞恥や恐れも感じる。

 

「それに……レーヴェ、さんには話しておかなければならないでしょうし」

 

「レーヴェで構わない。……俺に話しておかなければならないだと?」

 

 俺に話す必要がある、か。内容は分からないが、思ったよりも深刻な表情をしているな。

 アーヤとはまだあまり関わったことがない。悩みに見当はつかない。俺はアーヤが何を話すのかを、彼女が自ら口にするまでじっと待った。そして──

 

「実は……この間教授に暗示で服を脱がされて……おまけに発情させられてしまったんです

 

「……………………教授がそんなことを?」

 

 俺の思考は一瞬止まる。

 ハーメルでの一件から俺の心は冷めきっている。故に感情が強く出ることはないが……それでも少しばかり驚かされた。

 

「本当なんです。それで、その……そのことをアリアンロード様に話したんです」

 

「……そうか」

 

 俺はそれを聞いて納得する。先ほどの《鋼》から極僅かだが冷たい怒りを感じたのはそういうことか。

 ならば嘘ではない、か……信じられないが……いや、あの悪辣な《白面》であればそのような悪趣味を持っていても不思議ではない。本当だとすれば隠し通すのは当然のことだ。今までバレずにいたことも暗示などを用いて隠していたのかもしれないな。

 

「……つまり教授に口止めされていた……ということか。そしてそのことが今、バレかけていると」

 

「す、すごい! その通りですよ! このままじゃ私、教授に逆恨みを受けるかもしれません!」

 

「……成程な」

 

 あの《鋼》なら教授を問い詰めることは想像に難くないが、教授とてそれを認めるほど愚かではないだろう。証拠は隠し、知らぬ存ぜぬで通す筈。そして限りなく怪しかったとしても罪が立証されなければ……いや、そもそもの話。仮に認めたとしても《使徒》である教授をどうにかすることはないだろう。《鋼》も苦言を呈して問題とする。そして教授の行動にある程度釘を刺す。それを狙っているのだろうが上手くいく可能性は低い。

 ……となれば告げ口を行ったアーヤがいずれは罰される……という訳か。

 

「……事情は大体理解した」

 

「ほんとですか!? じゃあ……」

 

「だが……《身喰らう蛇》の《使徒》である教授をどうにかすることは難しいだろう」

 

「やっぱりそうですよねー……」

 

「俺も《執行者》としての立場がある。そういう意味では多少は守ってやれなくはないが……常に一緒にいるという訳にもいくまい」

 

《執行者》はあらゆる自由を約束されているが、アーヤは《執行者》候補であり執行者ではない。《使徒》であるワイスマンから逃れることは難しいだろうな。

 

「やっぱり結社の《使徒》ともなると逃れるのは無理ってことですかぁ……」

 

「そういうことだ。裏だろうと表だろうと結社に対抗出来る人間や組織はそういない。それこそ帝国や共和国のような巨大な国家……あるいは《星杯騎士団》のような力を持った組織でもなければな」

 

「教会……」

 

「ああ。だから難しいだろう。あるいは……アーヤ。お前がすぐにでも《執行者》になれば──」

 

 と、俺は最も現実的な解決策をアーヤに提示しようとした。

 

「その手があった!!」

 

「! ……どこに行く?」

 

「良いこと思いついたから行ってくる! 相談乗ってくれてありがとうレーヴェ! じゃあまた!」

 

 だが、それを言い終える前にアーヤは走って去って行ってしまう。こちらに笑顔で手を振り、大声でお礼だけを告げて。

 

「ふっ……忙しない娘だ」

 

 教授に襲われたと聞いた時はどうしたものかと思ったが、あの明るさならば心配はないのかもしれない。

 俺に話さなければならないこと……というのが気になるが……それはまた次の機会に聞けばいいだろう。もしくはヨシュアのことを耳にしてそれを聞こうとしたのかもしれないな。

 そしてあの気楽さはやはり長所とも言えるだろう。未だ心に闇を隠しているか否かの疑問は解けないが……それでも表面上、あれだけ元気であれば心配はいらないのかもしれない。

 教授の逆恨みの件についても気がかりだが、アーヤはあれで頭は良い。物事への理解も大人並に進んでいる。少々気の抜ける部分はあるが決して馬鹿ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そこまで子供に求めるのは酷というものだろう。

 だが一応は気にかけておくことに決め、俺もまた訓練場から去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アーヤを見送った後日。俺の下へ《道化師》がやってきた。

 

「あ、レーヴェ。ねえ聞いた? アーヤが教会に襲撃をかけて《星杯騎士団》の従騎士を1人殺して泣きべそかきながら帰ってきたって。いやーあの子って面白いよね。意外性の塊って感じでさ!」

 

 ──頭が良いと言った前言を撤回しよう。なにをどうすればそうなる?




馬鹿の方を撤回しないレーヴェの優しさ。そして言うべきことを忘れるアーヤちゃん。そして自室を汚されるリアンヌママ。今回も平和な話だったね。
次回は天才アーヤちゃん、教会へ行く。クルーガーちゃんと遊ぶ。オジサンのプレゼントの三本立てです。お楽しみに。

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