──我はエンペラー。暗殺組織《
我にとってこの世の全ては我を愉しませるための道具であり玩具だ。《庭園》もまた我の愉悦のために作り上げた庭であり、そこに所属する暗殺者──構成員の子供たちも我の道具である。
──だが先日、その道具がこの我に反旗を翻した。
剣の園に所属するペア。
瀕死で済んだのは我の研究によって作り出した成果のおかげだ。それがなければ、そして適応しなければ我はあのまま女神の下に召されていただろう。
だが我は生き残った。あの3と9は我を殺すことに失敗したのだ。
──しかしそれでも彼らが優秀な道具であることに変わりはない。
あの2人が我を裏切り、この我を追い詰めたことに対して我が感じたのは怒りや憎しみではなく喜びだった。まさかあれほどに優秀に育っているとは。あの暗殺の才能は使える。もう一度躾ければ我を愉しませる最高の道具となるだろう。
ゆえに我は3と9の処遇を定めようとし……そこで待ったが入った。
管理人を倒し、組織から脱走した。そんなことは前例がない。組織からただ脱走しようとした者はいても、組織の追手や管理人を出し抜いた者は皆無であるからだ。
そのため同じ管理人のメルキオルから連絡が来た──「ボスからの招集だよ」と。
我ら4人の管理人の上に立つ隠された管理人。《
もっともその腕前は伝説と謳われるのに相応しいものだ。組織の運営に口出しすることもあまりない。その上、表の顔も裏の顔も《庭園》という組織にとって役立つことも多く、組織の神輿として相応しい相手だ。
そしてあまり頭も良くない。もしかしたら3と9のことについて何か意見してくるやもしれぬが言いくるめることは難しくない。
そもそも脱走した剣の3と剣の9は我の剣の園の構成員であり我の園の問題だ。如何に《庭園の主》と言えどあまり口出ししてほしくは──
「──すみませーん! カルビとロース、タン塩にハラミ、全部特上で一人前ずつお願いしまーす! それとサンチュとビビンバも!」
「俺はホルモンだな。あとレバーもいいじゃねぇか。あー……沢山食いてぇところだが一気に頼んじゃ行儀が悪い。とりあえず2人前ずつ頼むか。──おい、オランピア。お前は何頼むんだ?」
「……食事は栄養バランスを考慮するべきかと。サラダとキムチ、タマゴスープ。それと鶏肉を注文します」
「さすがはオランピア。食事も栄養補給のためって感じでほんと人形らしいよねぇ。あ、ボクは姉さんと同じものを食べようかな♡ 肉を焼くのは僕に任せてよ」
「う、うん、ありがとね。まあ何でも頼んじゃってよ。──エンペラーはどうする?」
「…………いや、我は…………」
──そもそも庭園の会議をなぜ焼肉屋で行っている?
我はその言葉を口には出さず心の中だけで留めた。それなりに広い個室。調度品に机や椅子も品質は高く、センスもある。
だが机の真ん中に置かれて特製の導力焼網が……ここが焼肉屋であることを表していた。
焼肉屋《緋焔亭》はサイードグループが経営している最近オープンしたばかりの飲食店であり、様々な肉の部位を自分たちの手で焼くという斬新な形態で知られ、最近首都で流行りの店である。
個室も完備してあり、宴会や会食などにも使える高級店である上、今日は貸し切りにしている。なので情報が漏れる心配はないとはいえ……会議をするに適していないことは明らかである。網の上で肉を焼く音が常に鳴っている。香ばしい匂いも同様に漂っている。
……まあいい。《庭園の主》に4つの庭の管理人。《
「……それよりも報告した3と9の件についてだが……」
「あれ、それだけしか頼まないんだ。この店姉さんが手がけただけあってかなり美味しいのに勿体ないなぁ──ま、いいや。それで構成員にやられちゃったんだって?」
「ああ。我としたことが彼らには出し抜かれてしまったが……だがそれも2人が優秀であることの表れであろう。ゆえに追手を差し向け──」
「美味しい~~♡ 我ながら食材はかなり拘ってるし、やっぱり焼肉屋開いて正解だったかも! メルキオルもお肉焼くの上手だね!」
「実は何度か来てるからね。姉さんが喜んでくれて何よりだよ♡ ──で、もう追手は出したんだっけ?」
「……ああ。どのような処遇を取るにせよまずは彼らを捕らえる必要がある。そのため偽装した指令書を既に──」
「そういえば皆は焼肉の時はお米食べる派? 私はいっぱい食べる!」
「姉さんが食べるならボクも食べるよ♡」
「米か……まだ皇国に仕えてた頃はよく食ったが今はもっぱら酒だな。まあそもそもまた飯を食うようになったのもボスに誘われてからだがよ」
「炭水化物の不足は疲労感や判断力の低下に繋がりますのである程度は摂取するのが賢明でしょう」
「そっかそっか。エンペラーは?」
「…………我はどちらかと言えばパン派だ。それよりも構成員への指令書は3と9という小説に偽装し──」
「うんうん。殺したりしないようちゃんと捕まえるようにしてね。それで焼肉と言えばサイドメニューも重要だからね。結構こだわってるんだよ! 皆は何が好き? 私は締めに冷麺とアイスを食べるよ!」
「ならボクも同じのを食べようかな♡」
「あん? よく見りゃ肉以外にも海鮮も置いてんのか。海の幸ってのは昔は保存が難しくてなあ。内陸じゃ食べられなかったもんだ。せっかくだから食べてみるとするか」
「必要な栄養素を補給できるのなら何でも構いません。……なのでバターコーンを所望します」
「うんうん、なんで栄養補給にバターコーンなのかわからないけど皆それぞれ好きなものがあっていいね。エンペラーは?」
「…………我はワインがあればそれでいい。それよりも3と9の処遇だが……捕らえた後は再び我の剣の園で──」
「──すみませーん! 網変えてくださーい! 後頼んだビビンバがまた来てないんですけどー!」
「どうなってるのかな? まさか姉さんが頼んだ物を忘れたりなんてしてないよねぇ? それと早く網を変えてくれる? アーヤ姉さんの肉が焼けないんだけどなぁ?」
「おいオランピア。鶏肉とバターコーンで網を占有しちまってるの、どうにかなんねぇのか?」
「生焼けは食中毒を誘発します。なので申し訳ありませんが少々お待ちを」
「……………………」
我は焼肉を楽しむ他の4人──好き放題に食べまくるアーヤ。姉に肉を提供し続けているメルキオル。意外にも行儀良く食べているアリオッチ。栄養のことしか考えてないオランピア。
裏の世界では、そして構成員からも恐れられる怪物の集まり。殺しのプロである管理人たちを見て思う。軽く下を向きながら。
……だから焼肉屋は会議に向かないと我は思っていたのだ……!
ここで集まることを承諾した我も我かもしれぬが、そもそも《庭園の主》がこの場所を指定しなければこうなることはなかった。そして他の管理人は皆アーヤ・サイードに引っ張られておかしくなっている。普段は悪の権化であるメルキオルは姉の前では盲目となり、無慈悲な厄災であるアリオッチは乾きはどこへ行ったのか純粋に焼肉屋を楽しみ、無機質な殺戮人形であるはずのオランピアは網の上にあるバターコーンをじっと見つめている。
これがかの庭園の管理人たちの集まりなど言っても信じる者はいないだろう。それほどに俗世間的な空間と化していた。
……全く呆れてしまうな。組織の運営について真剣に考えているのは我のみか。
いや、普段であれば他の管理人もしっかりと役割をこなしている。ただアーヤ・サイードの前ではペースを乱されることがままあるというだけだ。それは我の研究結果から見ても明らかだ。何しろアーヤ・サイードは──
「あれ、エンペラー食べないの? それじゃこのシャトーブリアンは私が──」
「──そのシャトーブリアンは我の物だ!!」
「……え……」
──個室内に我の大声が。そして後に静寂が訪れる。
己でもびっくりするような声量と勢いだった。そしてそれを聞いた4人は我に視線を集中させた。
「えっと……ごめんね? エンペラーのお肉を取ろうとしちゃって……その……シャトーブリアンが好きなんだね? もっと注文する?」
「あー……そんなに腹が減ってたのか? 俺たちばかり食って悪かったな。ほらよ、網空けてやるから焼いてくれて構わねぇぜ。なんなら俺のホルモンもくれてやるよ」
「栄養不足は良くありませんよエンペラー。先に野菜から摂取することをおすすめします」
「ぷっ……アハハ……そ、そんなにシャトーブリアンが食べたかったんだね、エンペラー……アハハ……! いやぁボク知らなかったよ。エンペラーにそんな可愛いところあるなんて……フ、フフ……アハハ……!」
「……………………」
──我は先ほどの己の発言を即座に呪う。くっ……我としたことが……! あんな発言をしてしまうとは……!
アーヤ・サイードの馬鹿なノリにこの我も引っ張られてしまったのかと我は己を恥じる。これも先の死の淵において完成したAS血清薬を口にし、
醜態を晒してしまったことで今すぐにでもこの場にいる他の管理人を我の持つ《照覧のレガリア》で押し潰したくなる欲求に駆られたが、それは何とか耐える。特に理解して腹を抱えて笑っているメルキオルに殺意を覚えて睨みつけておいたが、この場にいるのは殺気など浴び慣れている血に塗れた闇の住人にして殺しの達人ばかり。腐っても《庭園》の管理人たちだ。我の醸し出す殺気も誰もが軽く受け流した。おかげで我は行き場のないストレスを抱えてしまうことになる。
……まあいい。3と9についてはこれで我に一任された。捕縛した後でまた何か言われるかも知れぬがその時はその時。さっさと実験してしまえばいいだけのこと。その後でなら我の元を離れて《血の園》に招かれようと構わない。──あの剣の1と同じように。
ゆえに我はすぐに余裕を取り戻す。そして目の前で焼かれた最高級のシャトーブリアンを口に運ぶことにした。……………………さすがに美味ではあった。
──トールズ士官学院第Ⅱ分校の教官に就任して約3ヶ月。
その間、本当に色々なことがあった。
俺が受け持つことになった特科クラスⅦ組のこと。他のクラスも含めて多くの生徒を教官として導くという初めてのことに俺は未熟さを何度も痛感しながらそれでも教官としての責務を果たそうと生徒たちや同僚となった他の教官陣と一緒にこの3ヶ月を乗り越えてきた。
捨て石扱いされた第Ⅱ分校の先行きは当初は明るくなかったが、特別演習を乗り越える毎に生徒たちも、そして俺自身も成長できたと感じている。
だがそれでも……まだ実力不足であることを俺は痛感した。復活した三つ首の暗黒竜を相手に……俺は危うく押し込まれてしまうところだった。
しかしそれを助けられた。突如として現れた──《緋の騎神》によって。
「つ、強い……!」
「あの暗黒竜を圧倒している……!」
マキアスやラウラの言葉が背後から届く。そして誰もが同じ気持ちだった。
最初は生身で。その次はヴァリマールと機甲兵で。Ⅶ組の総力で相手取り、それでもなお押されてしまった暗黒竜を相手に、あの《緋の騎神》は様々な武器を作り出して暗黒竜を翻弄し、その身を切り刻んでいった。しかも驚くべきことに──
「く、黒い瘴気……!?」
「気をつけてください! 《緋》を蝕んだ呪いです……!」
「ロゼ! 用意してるんでしょ!?」
「うむ──《緋》の騎神よ! そこに乗り込んでおるのが誰かは知らぬが、ここから先は妾に──」
『──いや問題ない』
「! これは……!?」
追い詰められた暗黒竜が発した黒い瘴気。800年前に《緋の騎神》を魔王に変えてしまった禍々しいその呪いでさえも──《緋の騎神》はその騎神としての声を発すると直ぐ様その騎士剣を手に肉薄し、
「一閃……!」
「空間が元に戻った……?」
「プレロマ草も……完全に消えていますね」
「暗黒竜の呪いさえ通じず、暗黒竜を完全に倒し切るとは……お主は一体……?」
『──答えるつもりはない。それよりも……灰の騎神とその起動者よ。その程度ではこの先の試練を乗り越えることは出来ない』
「……! 何を……」
『ゆえに心せよ。己を高め、その時に備えるといい』
「! 待て!」
『──また会おう』
暗黒竜が消え、先ほどまで俺たちがいた暗黒竜の寝所から元の帝都の地下に戻るとそこにはプレロマ草もなく、ハーキュリーズの隊員が倒れていた。
そしてその奥には《緋の騎神》がいてローゼリアさんの言葉に応えることなく、俺とヴァリマールにのみ意味ありげな言葉を残し、転移で消えてしまった。
残された俺たちはその言葉の意味を考えるも、答えを導くには材料が少なすぎる。
それにその後《蒼》のジークフリードが現れたため、《緋の騎神》についても一旦は置いておくことにした。
──そうして俺たちは無事に夏至祭当日を迎えることができた。
その日の朝には帝都競馬場でトールズの本校と分校はとある外国勢力による事件解決に尽力したとされ、オリヴァルト殿下からの感謝、帝都庁からの表彰を受けた。
俺はクレイグ将軍から血の繋がった実の父親……オズボーン宰相の話を聞き、夜の祝賀会までの間、帝都を回り、夏至祭を楽しむことにした。
俺は頂いた夏至祭の特別チケットを使って、新旧Ⅶ組や親交のある人物を誘って様々な出し物を見て回ったが──そんな中でアーヤ教官のことも誘ってみたのだが……。
「ポムの勝ちデース!」
「ポムー!」
「ぽ、ポムに負けた……! 嘘だろ……!?」
「すげぇ……さすがは《VMキング》だ……!」
「ああ……ポムに勝負させて勝たせるなんてな……次元が違うぜ……!」
──何故かポムといっしょに勝ち誇っていた……《VM》に勝利して。どういうことだ……?
俺は困惑してしまう。見たところ《VM》の大会があったようだが……周囲の話を聞く限り、おそらくはアーヤ教官が……。
「……何をしているんですか?」
「あっ、リィンくん。そりゃデュエルだよデュエル。《VM》のね。なんか迷い込んでたポムと意気投合しちゃってさ。せっかくだから《VM》をやらせてみたんだけどそしたら結構上手くて! ご覧の通り人間に勝っちゃうくらいだったんだよねこれが! ね! ポム次郎!」
「ポムポムー!」
「……どこからツッコんでいいかわかりませんが……それは確かにすごいですね……ここらではポムを見かけないのに街に迷い込んでいてしかも人に懐くなんて」
「悪い魔獣じゃないっぽいから討伐はしないであげてね。……それでリィンくんは……ふむふむ……」
「えっと……急にこちらを見てどうしたんですか?」
「……なるほどなるほど。どうやら結構なカードを集めてきたみたいだね」
「《VM》のことなら……はい。結構楽しんでますよ。カードも結構集まってきました」
「それなら私とやっても大丈夫そうだね」
「やはりアーヤ教官も《VM》を……それも大会で優勝したみたいですね」
「まあ去年の公式大会で優勝したからね。それで《VMキング》って呼ばれるようになって。自分で言うのもなんだけど1番強いんじゃないかな?」
「それは……」
「どうする? 私とデュエルする? するなら私に声をかけてよ。──まあかなりちゃんとデッキを構成しないと勝てないと思うけどね!」
自信満々な様子のアーヤ教官からの《VM》の誘いに俺は少しだけ迷った。
だがこれまで多くの人と戦い、カードを集め、戦略を練ってきた。今の俺のデッキ、俺の腕前なら最強の《VMキング》アーヤ教官にも勝機が見出だせる筈。
「──勝負をしましょう。アーヤ教官」
「お、いいねやる気だねー。リィンくんのオーラがビリビリと伝わってくるよ」
「負けるつもりはありませんからね。俺も本気で挑ませてもらいます」
「ふふん。それなら特別にエキシビジョンマッチだね。キングのデュエルを見せてあげるよ!」
「ええ……! 行きます……!」
そうして俺はアーヤ教官との《VM》に臨み、互いに熱いデュエルを繰り広げることになるのだった。
──そしてその勝敗がついた後も少しだけ出し物を見て回ったが、その後で俺はアーヤ教官から別れ際にこんな言葉をかけられた。
「──ありがとね、リィンくん」
「……? えっと……改まってどうしたんですか?」
「いや散々私に付き合ってくれたからね。お礼言っとこうかなーって。正直リィンくんって他にも仲の良い人やリィンくんのことを誘いたい人沢山いるだろうしさ。そんな中で私と遊んでくれたことにはちゃんと感謝しておかないとね。──とまあそんな風に改めて思っただけだよ」
「アーヤ教官…………」
俺はアーヤ教官の苦笑混じりのその言葉を聞いて少しだけ驚く。アーヤ教官がそんな風に真剣に感謝を示してくるのは珍しかったからこそ。
だが返答には迷わなかった。俺は真っ直ぐに思った言葉を返す。
「──お礼を言うのは俺の方です」
「え?」
「アーヤ教官は……教官として、これまで俺のことも気にかけて導いてくれました。──
「あー……ま、リィンくんは本当に大変そうだったからね」
「ですがそんな時にもアーヤ教官の言葉と……そしていつも密かに頑張っているアーヤ教官の姿を見てきたからこそ辛い時も前を向いて頑張れた。──俺はそう思っています」
「…………」
「ですからこちらこそ礼を言わせてもらいます。いつも俺たちのことを気にかけてくださってありがとうございます」
「……あはは、えーっと……なんというか、ほんと小っ恥ずかしいことを真正面から言うねリィンくんは。そういうとこはほんと学生の時から変わってないというか……」
「アーヤ教官から言い出したことですよね?」
「あはは、違いないね! ……ま、そっか。リィンくんはそういう人だもんね」
「……アーヤ教官?」
いつものように明るく笑い、そして小さく呟いたアーヤ教官は俺の方に正面から向き直る。そんな風に正面からアーヤ教官と対峙することがあまりなかったからこそ、俺は少し訝しんでしまった。
だが笑みじゃない。真剣にこっちを見てきたアーヤ教官から送られる言葉は、やはりこちらを気に掛けるもので──
「リィンくん。これから先──
「! それは……」
「どう思う? 覚悟はしてるかな? 本当に、何があってもだよ?」
「……………………」
……アーヤ教官からそんな風に問いかけられた時、俺はアーヤ教官が何を案じているのか、正直分からなかった。
アーヤ教官は何かを抱えている。それは2年前からそうだった。結社の執行者としてもそうだが、アーヤ教官はいつだって裏の立場で時には敵対しながらも俺たちのことや色んなことを気にかけて動いている。
クロウの時だって……アーヤ教官は率先して助けようと動いてくれていた。
そのことを思えば……アーヤ教官は、やはり気にかけているのだろう。
この先に起こるであろう何かをアーヤ教官は既に知っていて、だからこそ心配している。俺にもこんな風に問いかけてくれている。
その内容はきっと喋るわけにはいかないのだろう。そんな中でも、俺たちの味方でありたいという気持ちは確かに伝わってくる。
だからこそ俺は……何も聞き返さずにその質問に答えた。
「……はい。この先に何が起こるのか……それは分かりませんが、たとえ何が起ころうともみんなで力を合わせればきっと乗り越えられるし乗り越えてみせる──俺はそう信じています」
「──そっか。ま……それなら大丈夫そうだね!」
俺の返答を聞いたアーヤ教官は納得したように頷き、そしていつもの明るい笑顔を俺に向けた。そして俺から少し顔を背け、からかうように片目を閉じる。
「リィンくんは本当に人誑しだからねー。それだけに力を貸してくれる人も多いだろうし……恋人候補も多いんじゃない?」
「……! あ、アーヤ教官? その話題は……その……少し答えづらいと言うか……」
「あ、でも私はダメだからね! 私は攻略対象じゃありませーん! どんだけ絆を深めてもアーヤちゃんルートはないからね! そこんとこ勘違いしないよーに!」
「……はは、わかってます。アーヤ教官はあのレオンハルトさ──」
「ちょ! 口にしないで! それ反則っ! ルール違反!」
「すみません。アーヤ教官を見習って少しからかってみました」
「うーわ、悪いとこ覚えちゃって。まあいいんだけどね。リィンくんは本当に成長著しいよねー。人間的な部分もそうだけど強さ的にもそろそろ私のことも超えちゃうんじゃない?」
「さすがにそれは……まだまだ遠く及ばない気がしますけど」
「いやいやいや、リィンくん《八葉》の最後の弟子だしトールズⅦ組の重心だし今はもう教官なんだからさ。さっさと理に至って《剣聖》になって私なんて超えてってよ。──私も
「! アーヤ教官……ええ、そうですね。正直自分がそこまでの高みに至る想像はつきませんが……それでも導いてくれるアーヤ教官は皆に恥ずかしくないよう精進していきたいと思ってます。ですのでアーヤ教官、これからもご指導よろしくお願いしますね」
「うむうむ! 心得た! それじゃまずはこのポム次郎とペアを組んで帝都の地下で戦術リンクができるようになるまで二人三脚で修行を──」
「いやできませんからっ!?」
──そうして俺はアーヤ教官のいつものノリにツッコミを入れたり時にスルーしたり談笑し……大通りに着いたところで別れることにした。
──そしてそれが……アーヤ教官からの正しい意味での忠告であったことを……俺は
──暑中見舞い申し上げます。《緋の騎神》の起動者、アーヤ・サイードです。いやー今年もやって来ました帝国夏の風物詩《夏至祭》! 一昨年も去年も見に来たけど毎年色んな出し物があって楽しいんだよね。今年も沢山楽しんでいこー!
それにしても昨日は大変だったなぁ……暗黒竜にテスタ=ロッサで挑む羽目になったんだけど3つも首があるせいでめちゃくちゃ噛みついてくるしそれぞれがドラゴンブレスみたいなの吐き出してくるしでずっとテスタ=ロッサの中でうわあああああって叫んでた。暗黒竜強すぎる。テスタ=ロッサも以前より強いって言ってたし怖かった。ただ呪いに関しては完全に無効化できたんだよね。私は怖かったけどテスタ=ロッサがいけるって言ったから突っ込んでみたけどそれが隙になって暗黒竜を撃破できた。
(いやー……ほんとよく倒せたよね。テスタ=ロッサもお疲れー)
(貴殿もあの強化された暗黒竜によく対応した)
(かなり危なかったよね。奥の手を使うわけにはいかないし本来の得物である鋏や針や糸は出せないし、動きの癖でリィンくんたちにバレるわけにもいかないからすっごく気を使ったよ。暗黒竜もかなり強かったし、リィンくんたちが弱らせてくれなかったらキツかったんじゃないかな)
(我々だけであれば力に制限をかける必要はなかっただろうが、それなりに苦戦はしただろう。灰と灰の起動者。そして新旧Ⅶ組には助けられた)
(だよねー。リィンくんたちには感謝しないと)
(だが貴殿の力も大きかった。我が起動者よ、暗黒竜を倒し、帝国を救ってくれたことに感謝する)
そんな風にテスタ=ロッサから感謝されて、いやーそんなことないけどなーって言おうとしたけどそう言っちゃうとテスタ=ロッサの功績も否定することになっちゃうから言おうとしてやめた。テスタ=ロッサも頑張ったわけだしね。
(……ま、それじゃどっちも頑張ったってことで! 今日は祝勝会も兼ねて夏至祭を楽しみつくすぞー! イエーイ!)
(うむ。私は見守らせてもらうゆえ貴殿は祝いの日を存分に楽しむといい。夜には祝賀会もあるのであろう?)
(うん。だからそこで出せるちょっとした出し物が……って、あれ?)
(どうした?)
(懐に入れておいたドッキリ大成功用の銃がなくなってて……あれー? もしかして落としちゃった?)
(私は見ていないが……ふむ。もしかしたら昨日のハーキュリーズとやらを捕捉するため駆け回っている最中に落としたのやもしれぬな)
(うーん、そっかぁ……まあいっか。それならそれで別の出し物でも見せればいいし、とりあえず夏至祭の出店へレッツゴー!)
ってことで私とテスタ=ロッサは互いに健闘を称え合いながらも夏至祭を見て回ることにし、色々と楽しんだ。それこそリィンくんに誘われもしたし、女学院が主催のチャリティバザーにも服を出品したし、帝都競馬場で行われるレースにも久し振りにノルドバクシンオーと一緒に駆け抜けてユーシスくんやガイウスくんといい勝負をし、ラウラちゃんとフィーちゃんを誘ってみっしぃショーもちゃんと見たし、創作パンコンテストでは私の渾身の作品”アーヤちゃん特製マナキーシュ”を作ってミリアムちゃんとか新Ⅶ組とか色んな人に振る舞った。香辛料マシマシだけどチーズも相まって美味しくできたよ! そして最後は帝都の街並みをテスタ=ロッサと一緒に見て回ったし、後はリィンくんが《VM》を結構やっててかなりのカード数を集めてたようなので大会会場にやってきたリィンくんに満を持して私って実は《VMキング》なんだよねってことでデュエルを行った。白熱したデュエルだったけど結果はリィンくんの勝利。本気のデッキじゃないけどさすがだったね。次に戦う時は私も限定カードマシマシの最強デッキで受けてあげるからリィンくんも最強のデュエリストを目指してねって約束した。地味にいい感じに話もできたし、それ以外の出店やイベントも沢山楽しめて大満足だ。
あ、それと途中でまたリィンくんに呼ばれてハーキュリーズの隊員の1人であるコーディ・マクミランを捕まえるために来て欲しいって言われたんでその時一緒にいたレーヴェやレンと一緒に集まった。するとなんというかレーヴェが来たことに皆びっくりしてたみたいで(といっても帝国に来てから結構皆絡んでるから久し振りってほどでもないけど)皆で愉快に会話をした。こんな感じで。
「それにしても……執行者が4人も集まってるってのは頼もしすぎないか?」
「あら、レンたち以外も結構な面子だと思うけれど?」
「そうですわね。サラ様にトヴァル様にアガット様……特務支援課のお二人もいらっしゃいますし」
「ああ。戦力としては申し分ないだろう」
「むしろ過剰戦力だね! レクターもここまで集まるとは思ってなかったんじゃない?」
「そりゃそうだが1番の予想外はお前さんが連れてきた《剣帝》と《殲滅天使》なんだけどな」
──とか集まってる面子のことに言及したり……。
「リィンくんリィンくん。あっちに……」
「ええ。アーヤ教官も気づきましたか」
途中で尾けてきたアッシュくんに気付いたのでリィンくんに伝えたらリィンくんもさすがの気配察知能力で気づいてたり……。
「いくら凄腕だろうがアラサー共じゃ体力も続かないだろうしな」
「ほ、ほほう……言ってくれるじゃない」
「はあ、そういえばわたくしも今年で25歳でしたね……」
「……ふう。言わないでください」
「いえーい私まだ22歳~。やーいアラサーアラサー……──ウブっ!?」
「──本当にあなたは昔から人を煽る天才ですわね。久し振りにキツめのお仕置きをしましょうか」
「──そろそろあんたとは決着をつけたいところだったのよね。今この場でシメていいかしら」
「──撃ちますよ?」
「ご、ごごごごめんごめんごめんなさい! いたたたた! 冗談冗談! ジョークだってば! みんな若いし美人なんだから気にしないでいいって! いたーい! こわーい! レーヴェー! レンー! 助けてー!」
「ふう……何をやってるのかしら」
「……また頑丈さが増しているようだな」
「いやそこじゃねぇだろ……」
──アッシュくんがアラサーとか馬鹿にしてたからノリ良く便乗してみたらクルーガーちゃん、サラちゃん、クレア少佐のお姉さん三人組に腹パンされ糸で締め付けられ全員が氷の表情でダガーや剣や銃を首や頭に突きつけてきてすごく怖かった。実際まだまだ若いし美人だし肌とかの潤いも問題なさそうだからそんなに怒らなくてもいいのに……思ったよりキレられてビビった。ちなみに私は数年前から見た目も体型とかも含めて全然変わらないしお肌も10代のままです。ふふん。
「……レーヴェ? 行かないの?」
「…………先に行ってくれ。後でまた連絡する」
「……? オッケー。じゃあまた後でねー」
──コーディを見つけ、現れた魔煌兵を倒した後、なぜかレーヴェが立ち止まったのでそれが気になりつつも先に夏至祭に戻ることにしたりと中々に楽しい必須サブクエストだった。
そしてなんやかんややっている内に夕方になり、そこからリィンくんたちと集合してから祝賀会が行われるバルフレイム宮に入城。そこからエリゼちゃんの案内で祝賀会の会場である《翡翠庭園》にやってきた。
程なくして皇族の方々とオズボーン宰相がやってきたけど……うーん、本当に要人だらけだ。このゼムリア大陸最大の覇権国家であるエレボニア帝国の中枢なだけはある。皇帝のユーゲントⅢ世陛下にプリシラ王妃。セドリック殿下にアルフィン殿下と皇族だけでもすごいのにそれ以外も軍事に政治に重要な人物が勢揃い。揃いすぎて危なく感じるくらいだ。この場でBC兵器とか仕込まれた日には全員女神の元に行っちゃうだろうし、警備とか大丈夫なんだろうか。……いやまあ大丈夫だね。オズボーン宰相にオーレリア将軍。ウォレス将軍にクレイグ将軍と帝国の武人の上澄みたちも揃ってるし、それ以外にもトールズ関係者を中心にかなり頼もしい面々ばっかりだからね。私も気にせず料理でも楽しもーっと。そして色んな人とお喋りした。最初はクルーガーちゃんとサラちゃん。そしてミリアムちゃんといっしょに4年前の帝国の遊撃士協会支部を襲撃した事件について、クルーガーちゃんはノーザンブリアでサラちゃんを足止めしてた件について詰められてたけどクルーガーちゃんのことをサラちゃんは信じてくれたようだ。
「──うんうん。クルーガーちゃんは悪い人じゃないからね。信じてくれて何よりだよ」
「そう言うあんたの方はカシウスさんに手傷を負わせたりしてくれたけど……」
「! アーヤ教官が《剣聖》に手傷を……?」
「といってもほんの少し切り傷を負わせられただけみたいだったけどね。ただそれでもカシウスさんに奇襲を成功させてなおかつ手傷を負わせるほどの手練れが潜伏してるって当時は大騒ぎだったわよ。正体もその時は掴めていなかったし」
「わたくしも後に道化師から聞きましたわ」
「情報局のファイルにも載ってたねー。脅威度評価もかなり高かったよ」
「あ、あはは……いやーそんなこともあったね。正直こっちとしてはいっぱいいっぱいで結構ボコられた苦い記憶なんだけど……」
「ふん。それくらいは当然の報いでしょうに。それにあんたのことだからどうせボコられたって言っても大して効いてなかったんでしょ」
「いやいやめちゃくちゃ痛かったって!」
「ほんとかな~? アーヤってガーちゃんよりも硬いし……」
「この子の場合、痛みとダメージは別ですからね……」
「みんな酷い! 揃って私のことを化け物扱いして! 私は普通だよ! ね、リィンくん!」
「そ、そうですね」
──って感じで仲良く話した。ミリアムちゃんと一緒に美味しいご飯を皿いっぱいに盛って食べつつね。そして昔の話を広めたり広げるのはやめてほしい。カシウス・ブライトの相手とか余裕でトラウマもんなんだよね。
あとそうそう、過去の話と言えばその後はオーレリア将軍とラウラちゃん、フィーちゃんに声をかけられて……。
「フッ、学生時代の話と言えばそなたの方はどうなのだ? 確か共和国の名門校出身だと聞いているが」
「そういえばアーヤ教官はそうだったな」
「確かに聞いたね。もっとも本当にちょっとしか聞いたことないけど……」
「私の学生時代かー。うーん、まあ楽しかったけど普通だよ? 普通に友達と遊んで行事の時は色々やって楽しんでた感じかな」
「……アーヤ教官の普通……か。どう思う? フィー」
「間違いなくアーヤにとっての普通、だね。つまり……」
「普通と思っているだけで全く普通ではない、ということだな。フフ、興味が唆られるな」
「いやいや本当に普通だって!」
「では聞かせてみるがいい。それから改めて判断するとしよう」
「じゃあちゃんと聞いてくださいね! フィーちゃんにラウラちゃんも! そうだなぁ……それじゃ私が色んな部活の助っ人をしてた話でも──」
──と、オーレリア将軍の学生時代の武勇伝に続けて私の学生時代の武勇伝も聞かれたのでオーレリア将軍のに比べたら大したことないと思うけど私の伝説ベスト10を話してあげることにした。正直ブランドを学生時代に立ち上げたこととか学藝祭のこととか部活の助っ人のこととか学食のメニューの話くらいで他は何も問題もなかったと思うんだよね。多分。私の学生時代を知ってるヴァンとかエレインちゃんとかルネっち先輩はいつも色んなことを大げさに話すけど《アラミスの狂人》って呼ばれるほどじゃないと思う。改めて失礼な渾名だよね。
そしてその後はダンスのお時間が始まってリィンくんとエリゼちゃんにアルフィン殿下を皮切りに皆で社交ダンスを楽しんだ。私は最初にサラちゃんと踊ってあげてダンスの腕前を煽り、次にユーシスくんと踊ってミリアムちゃんのことをからかい、次にミュゼちゃんと踊ったら「先日はありがとうございます」ってお礼を言われてな、なんのことかなーって焦った。リィンくんとも踊りたかったけど残念ながらリィンくんは人気者すぎたので遠慮しておいた。なので料理を再び楽しむ。やっぱお城の料理なだけあって美味しいね。特にお肉がいい。もぐもぐ……はー美味しー。
私は存分にパーティを楽しむ。なんか途中でリィンくんがクレア少佐に呼ばれてどっかに行ったり、アッシュくんもいつの間にかいなくなってるけど……。
…………あれ? なんか大事なことを忘れてるような……リィンくんがいなくなってついでにアッシュくんも見当たらないって……。
料理を口に運ぶ手を止めて私は思い出す。確かこの後って……リィンくんが……えーっと、オズボーン宰相と……あ、いや違う。最初は皇帝陛下と話すんだっけ? その後でオズボーン宰相と話してたような……そしてその後は……えーっと──あーそうそう! 思い出した! 確かアッシュくんが皇帝を撃つんだよね! 隠し持ってた拳銃でさ! いやーあのシーン衝撃的だったよねー。アッシュくんがハーメルの遺児だってことが正式に判明してしかも呪いに蝕まれててその上で皇帝を撃ち殺し……てはなかったっけ。それで共和国との戦争の引き金というか大義名分になるんだっけ。すごい展開だなー。あはは、は……。
…………ん? ってことはこの後
「……………………」
私は体から汗が滲むような感覚を自覚しながらそっと料理皿をテーブルの上に置く。そしてそっと、そして迅速に……姿を消してその場を駆けた。内心で叫びながら──。
──う……うわあああああああん!! やばーい!! アッシュくんが皇帝を暗殺しちゃうー! 工作員に仕立て上げられちゃうー! それはダメー! 子供だし生徒だしレーヴェとヨシュアくんの同郷だし普通に可哀想だし! 良い感じに暗殺防いで皇帝陛下にはそのまんまの意味で黄昏が始まるまでお隠れになってもらってアッシュくんやミリアムちゃんを救う計画を実はこっそりと立ててたのに忘れてたー!! 暗黒竜だったり夏至祭だったり祝賀会やらで色々あったせいでー!
私は宮殿の奥へと走る。と、とにかく急げー!
──オレの中にはずっと昔から消えねぇ声があった。
それはオレが物心がついたばかりの頃。焼き付いて離れねぇあの光景を見てからずっと。オフクロが死んだ時もラクウェルで暮らしてた時もお人好しな教官陣やクラスの連中とつるんでた時も。
──コロセ……コロセ……。
──1番悪イヤツヲコロセ……コロセ……!
その声は常にオレの頭に届き、どうしようもない衝動となって纏わりついてくる。
今までオレはそれに耐えながらも、そのために誰が悪い奴なのかを探して生きてきた。
そう……あのハーメルでの演習の時に再会したアイツに出会った時も。
『確かアッシュと呼ばれていたか』
『このハーメルに何か因縁でもあるのか?』
オレを置き去りにして逃げた2人の内の1人からそう質問された。アイツはまさか生き残りがいるとは思わなかったのか、疑いつつもオレに気づくことはなかった。
『……いいや、何もねぇよ。
だからオレはそれを否定した──いや、否定するしかなかった。
こいつにはオレの疼きを知られたくない。そして、オレの中の声もまた怪しまれないように立ち回ることをオレに求めていた。
そしてオレは復讐する相手を探し、あのカカシ野郎にも話を聞いて、気がついたら共和国の工作員が持っていた探知機に引っかからない樹脂式の火薬拳銃を隠し持ち、この場にまんまと忍び込んでいた。
「……なあ……教えてくれよ……」
──この国の皇帝と宰相……その2人のいる部屋の中に。
「この疼きを消すのに……オレは“誰”を殺りゃあいいんだ……?」
オレの中の声は更に強い疼きになってオレを動かす。目の前にいる2人に拳銃を突きつけちまう。
「これが呪いか……」
「ええ……此度の“贄”でしょう。──当然、私が妥当だろう。ただし心臓は止めておくがいい。無為に終わるだろうからな。ここだ、ここを狙うがいい。上手く行けば“万が一”はあるだろう」
「……ぅぁ……」
最初に前に出てきたのは鉄血宰相と呼ばれてる怪物。
そいつが頭を指してここを狙えと言ってきた時、僅かだがオレに戸惑いが生まれる。こいつを撃つべきか否か。手の震えを抑えながらオレは迷った。
「無駄だ、アッシュとやら。その者は既に人外──おそらく果てることはない」
「陛下……」
「……また若者に無為をさせる必要はあるまい」
そしてオレが引き金を引かない内に、もう1人の奴が、皇帝が前に進み出てきた。
「──アッシュよ。ハーメルの責は全て余にある。長年の苦しみから解き放たれるがよい」
そう言って皇帝はオレに、まるで父親のような……いや……まるで悟りを開いた神父のような……オレを許す笑みを向けてきた。
それはこの皇帝の器の広さなんだろう。あるいは、全てを許容しちまってるのかなんなのかオレにはわからねぇ。
「ふざけんな……なんでそんな…………」
だがありがたくはなかった。なんで……なんで受け入れちまうんだとオレは苦しむ。
抵抗してほしかった。そんでこの手から銃を奪うなり、オレを取り押さえるなり、なんだったら返り討ちにして殺してくれたってよかった。別に死にたいわけじゃねぇが、その方がマシだろうと。
それなのに受け入れられちまったおかげで……オレはこの疼きに抵抗する手段を失った。コロセ、コロセって更に強い声が、疼きがオレを動かす。
「うおおおおおおおっ……!!!」
オレはみっともなく叫びながら狙いを定め、指に力を入れちまう。コロセば疼きは消える。その呪いじみた何かに操られるようにして、オレは──。
「──い、居た! アッシュくん……! くっ……間に合え……!」
──その時だった。オレの背後から扉を勢いよく開ける音と共に……オレのいる場所で
だがその時にはもう……オレはもう引き金を引いちまってたんだ。
──うおおおおおおおお!!? トールズ第Ⅱ分校芸術科担当教官のアーヤ・サイードですうううううう!! 今まさに修羅場ああああああ!! 目の前で生徒が皇帝を暗殺しようとしてるー!! うわあああああああ!!?
皇帝の部屋の扉を開けた瞬間、目の前に広がる光景。かつての記憶のように、アッシュくんが何か黒いものに蝕まれながら銃を皇帝陛下に突きつけているところを斜め後ろから目の当たりにした。しかも今まさに引き金を引こうとしてる。感覚でわかる。アッシュくんはそのどうしようもない殺意を皇帝に向けていた。
だから私はそれを防ぐために考える。高速で考える。この間0.001秒(であってくれ)。距離にして10アージュほど。私の身体を滑り込ませるのは間に合わない。ど、どうすれば……って考えてる時間もない!
私は懐から投擲に使うためのダガーを取り出す。そして考える暇もないため、無謀な試みを実行しようとしていた。すなわち──
いや、普通に考えて無理だって? ──そんなのわかってるよ! でも考える余裕もないしこうでもしないとアッシュくんの暗殺を防げないんだから仕方ないじゃん! 無茶をするしかないんだよ!
だから私は刹那の時間の中で思考し、狙いを定めた。私の投擲するダガーより銃弾の弾速の方が速い。なので私の方が早めに投げないといけないのでやっぱり時間はない。そしてタイミングが少しでもズレたら防げないし、弾いた結果私のダガーや跳弾が誰かに当たってもアウトだけどそこまでは考えている余裕はないのでとりあえず銃弾を弾くことだけを考える! でもやっぱり当たったらやばいので弾いた先で当たらないようにする! いや難しすぎる! けどやらないとアッシュくんが皇帝暗殺未遂の罪を押し付けられちゃう!
いやいやいけるいける! こういうのは気持ちが大事! 今だけは自信を持つんだアーヤ・サイード! 私は誰だ? 伝説の暗殺者! 暗殺者歴14年の大ベテランだぞ! 銃弾を弾くくらい普通に出来るんだし、ダガーを投げて銃弾を防ぐくらい、私の鍛え上げられたスーパー暗殺テクニックならできるできる絶対に! みんなー! アーヤちゃんのパーフェクト暗殺教室始まるよー! 私みたいな生徒想いの暗殺者目指して頑張っていってねー! そーい!!
そして自らを全力で鼓舞しながら集中し──ついに私はダガーを投擲した。狙いはアッシュくんが撃つ銃の射線。ユーゲント皇帝陛下の心臓の辺りの間。アッシュくんは皇帝に狙いを向けるために若干斜めになりながら扉の方に背を向けているため、こちらはほぼ真後ろ。斜め後ろからの投擲なので重なるタイミングは本当に一瞬だ。軌道もタイミングも少しでもズレたら銃弾を防ぐことはできない。
でもやらないと! 教官として生徒を守るためにね! 奇跡を起こせえええ! いっけええええええええええ!!!
──私の放ったダガーが私視点ではゆっくりと放たれる。集中しすぎてスローモーションに見えているのかもしれない。射線上に向かうようになっていて一応狙いはばっちりだが問題はタイミング。私の投擲から少し遅れてアッシュくんが引き金を引いた。私のダガーは、奇跡的にその瞬間……銃弾の軌道上に位置して──
──テッテレー、と。
「!?」
「……は……?」
「何?」
その部屋にいる者は全員、私を含めてそれを見た。
アッシュくんの持つ銃口から、色とりどりの花束が飛び出し、同時に予め仕掛けられていたとんでもないギャグチックな……いわゆるドッキリが成功した時のような音が銃声の代わりに鳴り響いたのを。
そしてそれに誰もが何が起こったのか分からず硬直する中……私だけは理解した──あ、これ
…………もしかして共和国の工作員が偶然拾っててそれをアッシュくんが拾ったとか? 撃った瞬間手品みたいに花束が出てきてドッキリ音が鳴り響き、少し遅れてマキナが“ドッキリ大成功”の看板を持って出てくるように仕掛けておいたそのドッキリ銃をアッシュくんが持ってきた? いや、確かに探知に引っかかって没収されたら嫌だからヴェルヌ社製の樹脂製の拳銃を改造して作ったものだけど……………………。
…………ま、まあでもこれでよし! 銃弾は出なかったわけだし、アッシュくんの暗殺はこれで防げ──「か、はっ……」…………え?
私は突如耳に届いたその声とも言えない声に反応して意識を視界に集中させる。そして……何が起こったのかを理解した。
「まさか……このように、なる……とはな……」
「あっ…………」
「……………………」
──私は見た。私が放ったダガーが、銃弾に弾き飛ばされなかった結果、代わりの花束が飛び出した勢いでダガーの軌道が若干逸らされ……しかもそれが奇跡的な角度であったためか……
「なん、で…………? オレの……代わり……に……?」
私の目の前で何事か分からず、しかしそれでも皇帝が血と共に倒れたことでアッシュくんがその場で気を失って倒れる。私も気絶しそうだったがなんとか耐えながら状況を理解しようと努める。部屋の中で無事な私とオズボーン宰相はなんとなく真っ白になった気がした。オズボーン宰相は珍しく物凄く真顔だ。そして私は白目を剥いて大口を開けて声にならないモスキート音みたいな音を喉から鳴らしている。
そして時間が止まったかのような静寂が訪れる中、突如ブォンと空間からマキナが現れた。私が合図した通りに、その音を聞いて、もう一度看板を持ってその音を鳴らす。
『テッテレー! ドッキリ、大成功~!! ……ってあれ?』
「……………………」
「……………………」
──再び部屋の中を静寂が支配する。
いや、もはや極寒の大地。寒さすら感じた。そして無音。宇宙だった。手筈通り現れたマキナは思ったより陽気なノリじゃなかったことに困惑し、色々と見渡してからそっと「あっ……じゃあ私は帰りますねマスター。お疲れ様でしたー……」と言って消えていく。薄情者だ。私はオズボーン宰相と共に部屋に取り残される。未だオズボーン宰相も動かない。私もドッキリ大成功のマキナの出現を見てまたしても枯れた声で引き攣るように喉を鳴らしてしまう。
だがそこで動いた者がいた。皇帝陛下だ。気を失う間際、皇帝は全てを理解したように、言葉を残す。そう、全ては──
「──なるほど……これが《
「──そういうことですな」
「────────」
──私は絶望した。皇帝陛下の声とそれに便乗したオズボーン宰相の言葉に。
そして私は言った。全力で。汗をダラダラ流しながら。今度こそ気を失ってしまった皇帝陛下の前で。舌を出して笑顔でてへぺろって感じで。
「ど、ドッキリ……大成功~…………で、なんとかなったりしない?」
「──しないだろうな。とりあえず姿が見られぬよう逃げたらどうだ? 後はこっちで都合よく処理しておこう。そこの生徒に関しても悪いようにはしない」
──私はそれを聞いて速攻でその場から全力で逃走した。気配を消し痕跡を消し姿を消しリィンくんたちに気づかれないように全力でその場から離れて人気のない場所に移動して。そしてそこで初めて言った。全力で。空に向けて。心からの叫びを。
「──私じゃ……なあああああああああああああああああああああいい!!!」
(いや……死んではないにしろやったのは結果的に貴殿だと思うが……)
「わかってるから言わないでー! うわーん!」
──そうして私は後にラジオで聞いた。皇帝陛下の暗殺未遂は共和国の工作員が行ったという疑いがあるという話を。アッシュくんはその場にいた重要参考人として拘束されたことを。と、とりあえず私だって断定されてないしアッシュくんが罪を被ることは防げたし良かったね。イエーイ!
──いや、よくないよっ!!! 全っ然!! 全然よくないよおおおおおお!! 私はアッシュくんを助けようとしただけなのにー! その仕打ちがこれって……こんなの酷いよー! うわああああああん!!!
今回はここまで。アーヤちゃん、共和国の工作員扱いかつ皇帝暗殺未遂の実行犯役になるの巻でした。Ⅲの最終絆イベントにサブクエもこなしたので次回は閃の軌跡Ⅲ編のラストです。次回予告はあまり言うのもなんなので1つだけ。踊って狂います。嘆きのリフレインです。そういうことなので絶望の次回をお楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。