──七耀暦1206年。7月18日。
「──此度の事件の全貌は調査中ですが使用された兇器は判明しています。現場にはカルバード共和国、ヴェルヌ社製の検知器にも掛からない特殊なタイプの拳銃と共和国風の意匠が彫られたダガーが残されていました。またここ数日、百名近い共和国人が帝都に潜入していたことも判明しています──」
「──だが諸君! 果たしてこのままでいられようか!? 度重なる国境侵犯に武力侵攻、あろうことか帝都に破壊工作員を大量に送り込んでの今回の兇行──それが意味することは明白である! 数百年におよぶ帝国の“宿敵”──東の脅威、カルバード共和国による“宣戦布告”であると!」
「貴族も平民もなく、個人や団体の違いなく……この危機を乗り越えるため、全国民の“総力”を結集することをお願いしたい! それを可能にする画期的な新法を近日中に成立させる予定だ」
「『国家総動員法』──それがその新法の名前である!」
──小岩の上に置いたラジオから流れるのは帝都ヘイムダルのドライケルス広場で行われているオズボーン宰相やルーファス・アルバレアの演説でこれから共和国との戦争を行うという宣言と帝都民が熱狂する声だった。
その演説はエレボニア帝国の全ての国民に向けて流されていて、その上でトールズ士官学院第Ⅱ分校の関係者は帝都近くの演習地で軟禁されているらしい。
そしてその教官の1人である私は人気のない野原で何をしているかと言うと──
「──では皇帝陛下暗殺未遂事件についての会議を行います。議長はこの私、アーヤ・サイードが行います。いいですね?
「はい……お願いします……弱気で悲観的なアーヤ・サイードです……とりあえず神に祈りましょう……」
「冷静かつ博識なアーヤ・サイードです。理路整然かつ合理的な解決方法を提示して見せましょう」
「フン……気の強いアーヤ・サイードよ。さっさと始めたら?」
「アイスおいしー。お気楽なアーヤ・サイードも準備できてるよー。ぺろぺろ」
──と、言うことで。私は4人分の分け身に分かれた5人の私による会議を行っていた。
天才的な頭脳を持つこの私、アーヤ・サイードの頭脳を結集した賢人会議である。この誰にも相談できない問題を自分を増やすことで話し合って解決してみようという天才的な閃き。私たちはそれを行う。──私がやってしまった暗殺未遂事件とこれから先をどうするかという方針を決定するために。
「ではまず冷静かつ博識な私から……とりあえず国外逃亡してはどうでしょう? このまま帝国に留まり続けていればいずれしょっぴかれてしまうかもしれませんし」
「そ、そんなのダメですよ! 結社やオズボーン宰相に怒られるのは目に見えています! ここはもう全てを諦めて翼の女神に祈りましょう……どうせ誰も助けてはくれませんし……」
「そんなことしてどうなるってのよ! そんなことするくらいならもういっそのことさっさとミリアムちゃんやアルティナちゃんを救うためにリィンくんたちと合流するとか……!」
「えー? でもそれはそれで気まずくない? 私が帰ってこないことを訝しんでるだろうし、そもそも帰ったら事情を色々聞かれちゃうよ?」
「ええ。質問されてもこの状況では何も答えられませんね。そしてどういう訳か、結社や鉄血の子供たち、地精の面々が招集される中、私だけはオズボーン宰相にリアンヌママからも待機命令が出されてますし……」
「黄昏を始めるのにイレギュラーが起こっては困るからね、とあの変態怨霊アルベリヒは言ってました……」
「私がアルティナちゃんを助けようとする可能性も鑑みてる可能性もありますね」
「あーもう! それじゃどうすればいいのよ! これじゃ何も出来ないじゃない!」
「そうだねー。何もできないねー。あははー」
『……………………』
私たちは揃って沈黙する。アーヤちゃんの頭脳を結集したこの賢人会議だが、問題を解決するのに良い方法は浮かばない。ゆえに揃って──
「「「「「うわああああああああん!! どうすればいいのー!!?」」」」」
──全員で頭を抱えて叫ぶ。
賢人会議は踊っていた。大暴れだ。野原で転がり回り、木や地面に頭を打ち付け、近くに待機させているテスタ=ロッサやマキナ。それを整備しているヨルグおじいちゃんは頭のおかしいものを見るような目でこっちを見ている気がするが、それを気にしている余裕はない。
「も、もうダメだ……私が暗殺未遂を行ってしまったことは変えられないし、共和国との戦争の引き金も引いてしまったし、もう色々とどうしようもない……」
「しかも警戒されてお仕事から遠ざけられちゃったし……」
「トールズの方にも戻れない……」
「しかもシグムントさんから連絡があったよね……レーヴェとの連絡が取れないって……あれはどういうことなの……?」
「トールズの方と合流してるとか……? もしくは結社に戻ってる……なんてことはなさそうだけど、普通にヴァイスラント決起軍の方で何かあったのかな……?」
「何も分からない……とりあえず動かないことには……」
私は絶望する。色々と状況が錯綜していてどうしようもない。このままじゃ勝手にミリアムちゃんが死んでリィンくんが暴走して巨イナル黄昏が始まってしまう……。
いやまあ黄昏が始まるだけならまだしも私としてはミリアムちゃんは救いたい……でもそうすると多分代わりにアルティナちゃんが死ぬ……なんでって黄昏を始めるのに必要な呪いの大部分を自分自身で封じ込めている大地の聖獣アルグレスの殺害には女神に造られたものじゃないホムンクルスであるミリアムちゃんかアルティナちゃんが必要だし……それ以外で大地の聖獣を殺せる手段があればいいんだけど……。
「あっ──それじゃとりあえず大地の聖獣を殺せるか試してみたらいいんじゃない? 殺せなかったら殺せなかったで別の方法を考えればいいんだしさ。やるだけやって駄目だったらその時は諦めて切り替えればいいしね」
「「「「!」」」」
そして本体であるお気楽な私はふとそう思いついて発言する。すると4人の分け身はそれぞれ反応を見せた。私の中での方針が決定する。私の出した案と私の出した他の案に順位付けも行われた。
「それじゃ私の中の第1位は“とりあえず試してみてから後は流れで作戦”でいいね!」
「はい。順当な順位ですね。眼鏡クイッ」
「くっ……アーヤに負けた……!」
「翼の女神に感謝」
「フン……」
「みんなありがとう!」
よーし! これにて閉廷! 皆のお気に入りのキャラは何位だったかな? 沢山の投票本当にありがとう!
「…………我が起動者よ。そのやり取りに何の意味が……?」
「自分の中で答えを出すのに大事かなーって思って。とりあえず落ち着いたから準備しよっか」
「ちょっと待て。お主……まさか結社の方針に従わぬつもりか?」
「? いや別の方針に従わないわけじゃないけど……とりあえず結社やオズボーン宰相としては黄昏が始まりさえすればそれでいいわけだし。その引き金がミリアムちゃんやアルティナちゃんじゃなくなる方法があればいいなーってちょっと試すだけだよ。黄昏が始まった後はどうせ相克はやることになるし結社の方針に従うことになるんじゃないかな」
「……………………」
なんかヨルグおじいちゃんが私の言葉に驚いてる気配を感じる。なんか変なこと言った? そんな驚くようなこと言ってはないと思うんだけど……とりあえず試してみるってだけだし。結社に逆らうわけでもない。あくまで私なりに黄昏を始めるための最善の方法を試すってだけだ。犠牲がないならそれに越したことはないしね。
「……なるほど。方針は理解したが……アーヤよ。貴殿はどのようにしてそれを行うつもりだ?」
「うーん……そうだなぁ……ま、とりあえず私が聖獣を暗殺できないか試してみるとか? ほら、私って自分で言うのもなんだけどなんか色々おかしいし、《外の理》製の武器も持ってるじゃん。これでざくーって切ればワンチャンある気しない? それでも駄目なら私の持ってる中でもいっちゃんヤバいウイルス兵器でも打ち込んで……」
「……そうか。いずれにせよ私は起動者である貴殿に力を貸すのみ。犠牲を減らしたいという貴殿の想いは私にも伝わった。なれば後は向かうのみであろう──呪いの源泉たる“始まりの地”に。ただ懸念があるとすれば……」
「そんな大層な感じでもないけどねー。無理なら無理でしょうがないしさ。でもありがとね! ってことで早速テキパキ動こう! まずはシグムントさんに連絡して──」
テスタ=ロッサもまた私の相棒として力を貸してくれると言ってくれる。戦力的にはなんとか突入はできると思う。……いやまあマクバーンとかリアンヌママとか猟兵王とかオズボーン宰相とかヤバい人はいっぱいいるから全然楽観は出来ないけどね……なのでやっぱりこっそり忍び込むのがいいよね。
なのでシグムントさんと《赤い星座》の本隊には「今回は陽動として結社と鉄血陣営と戦ってくれます?」って言ったら「フフ……いいだろう。それはそれで面白い戦場になりそうだ」とか言って引き受けてくれた。雇い主に忠実な猟兵のプロフェッショナルらしい。私の無茶なお願いもしっかり聞いてくれる。シグムントさんと《赤い星座》の本隊なら良い感じに相手の戦力を引き受けてくれるだろう。
とりあえずそれで気づかれる可能性を減らしつつ、いざ事を起こす時には邪魔をされる可能性を減らすこともできる。レーヴェと連絡が取れないことは気になるけど……まあレーヴェもレーヴェで事件のことは聞いてるはず。アッシュくんがハーメルの3人目の遺児で当局に捕まってることは気になってるだろうし……ヴァイスラント決起軍側でも色々と動いてるからそっち関連で何か頼まれたのかもしれない。レーヴェなら心配はいらないってことで私は1人で動くことにした。──あ、ヨルグおじいちゃんは先に工房の方に帰っててね。色々あった後でもしかしたらまた修理とか整備してもらうかもしれないし。
「よーし! 準備もできたしレッツゴー!」
そして諸々の準備を私は済ませた。1番重要な衣装チェンジもバッチリ! 今回からは《緋》の起動者として動くことになるからね。同じく赤を基調にした衣装に着替えた。帝国風の《緋の起動者》用衣装! 今回はいつものお気に入りのやつじゃなくて赤いフード付きのコートを羽織って西方っぽくしてみた! やっぱここからはシリアスだし姿も隠す必要もあるだろうしトールズの教官として動くことはあんまりなさそうだからね。助けはするけど立場としてはしばらく敵になりそうだし。
なので私は早速カレル離宮に向かい、そこに現れた《黒キ聖杯》へ侵入することにした。私がこっそりとやってくると……うわー。もう結構ドンパチやってるし修羅場って感じー。外でⅦ組以外のトールズ分校関係者やランディ兄にティオちゃんやらアガットやらレンにティータちゃんやらが戦ってるってことはもうリィンくんたちは中に入ったみたいだね。そして肝心の黒キ聖杯はバリアみたいなもので覆われてて侵入は不可能、と。
(霊的な結界か……どうやらかなりの強度のようだが……どうするつもりだ?)
(ふっふっふ。以前までの私なら侵入は難しかったかもね)
(では今は何か方法があると?)
(もちろん! こんなこともあろうかとレティ姉さんに裏技を習っておいたんだよね!)
テスタ=ロッサに向けて私は自慢気に《ゾルフシャマール》を取り出す。そう、以前までの私ならこういう霊的な結界が張られた場所への侵入は難しかった。でも私もこの稼業について長いし、こんなこともあろうかとこの間結社のお仕事で法国に行った際にレティ姉さんに得意技の“開けゴマ”のやり方を教えてもらっていたのだ! レティ姉さんの持ってる《ダスクグレイブ》と同じ外の理で出来た《ゾルフシャマール》が私にはあるからね。これで空間を切り裂いてこっそり侵入する。
(よーし! 行くぞー! “
お決まりの台詞を口にしながら私は見つからないようにこっそりと黒キ聖杯を覆う結界に向けて《ゾルフシャマール》を振るう。そうして出来た空間の裂け目に、私は勢いよく飛び込んだ!
待っててねリィンくんたち! そしてミリアムちゃんにアルティナちゃん! 閃の軌跡Ⅲのラストダンジョンに私が行くよ! とりあえず私も頭の中であの名曲『Spiral of Erebos』でも流してこっそりと最下層へ──
「……って、あれ……?」
空間の裂け目を通って私は中へと侵入し、姿も気配も消して音もなく回りを見渡した──が、すぐに声を出してしまう。プロの暗殺者としてあるまじきことだけどなんというか……その……よくわからなかったから。
何しろそこは吹き抜けになった螺旋状の空間ではなく──完全に閉鎖された空間……
「……ここ、どこ……?」
(どうやら別の場所に足を踏み入れてしまったようだな……)
「えっ」
テスタ=ロッサにそう言われ、私は間の抜けた声を出してしまう。そんな……まさか失敗? 黒キ聖杯の中に入ったと思ったのに……。
「そ、そんなの困る! 急がないと! とりあえずもう一度“開けゴマ”で移動するよ!」
(落ち着くがいい。あまり無茶苦茶に空間を移動してはまた別の場所に移動してしまいかねん。ただでさえ、現在の帝国は霊脈が不安定で──)
「でも早くしないと間に合わなくなっちゃうし! とにかく急いでオープンセサミ!」
(いざとなれば転移を使って外に……もう遅かったか……)
えっ、あ、ごめん! でも本当に急がないとやばいし! 早く黒キ聖杯の最下層にたどり着かないと色々と犠牲が出ちゃうよ! うわーん! ここどこー!?
──そうして私はひたすらに空間を移動してダンジョンっぽい場所をひたすらにインチキショートカットで移動していく。なんか途中で魔煌兵が出てきたりもしたけどそれすらも無視だ。なんかボスを倒さないと開かない扉も空間を切り裂いて無理やり通りまくる。
ただその度に意味不明な場所に辿り着いて困ったけど……それでも立ち止まってはいられない! 私には目的があるからね! まずはミリアムちゃんたちを救ってから最終的にリアンヌママを助けつつリィンくんたちのイシュメルガ打倒に陰ながら協力するって目的が!
だから私は柄にもなく頑張ってみた。なんか異空間みたいな場所にも辿り着いたけどそこすら無視だ。付き合ってる暇なんてない。そうして移動を続けて──
「──よし! 今度こそ最奥っぽい場所に……って違う!! こんな密室空間じゃないっ!」
(うむ……確かに目的の場所ではないが……もしやこの場所は……)
「とりあえずこの扉も無理やりぶち抜いていくよ! おらー! オープンセサミ! オープンセサミ! 開けろ! アヤロイド市警だ!!」
私はなんか封印されてるっぽい扉も《ゾルフシャマール》でガンガン叩くように切り裂いて無理やり開ける。なんとなくこの先が黒キ聖杯な気がする。なんか異様な気配も感じるし。今のあの場所はオズボーン宰相に黒のアルベリヒを筆頭に呪いやら騎神やら帝国の厄ネタが勢揃いのヤバい場所になってるし、それを追っていけばいいはずだと頭の良い私は気付いた。
なのでその扉も開けてみたのだが──
「よし! 開いた! ………………………………あれ?」
(! これは……!)
私はその扉を開いて、意外すぎるものを目の当たりに、思考を止める。
その先には道はなかった。なかったのだけど……代わりにとんでもないものを見つけてしまったから。
「……………………これ、もしかして……
(いや……貴殿の想像するもので合っている。これは──《金の騎神》エル=プラドーだ)
「…………なんでこんなとこにあるの?」
(……騎神の起動者を選別するための試しの場は帝国の如何なる場所であっても現れうる。おそらくはその場所に、貴殿が偶然迷い込んでしまったのだろう)
「あーそっかそっか。あはは、それならしょうがないよねー。私めちゃくちゃに空間切り裂いてたし。そりゃ騎神の1つや2つ、見つけるかー。しょうがないよねー。あはは」
私はテスタ=ロッサの言葉を聞いて納得する。ま、それならあり得るよねと。とんでもない偶然だけどあの《金の騎神》を見つけてしまうなんてありえないことじゃないし。普通だよ普通……って。
「そんなわけあるかーっ!!」
──私はヤケクソ気味に《ゾルフシャマール》で《金の騎神》エル=プラドーをブッ叩く。いっっっ……た~~~っ!? やっぱ騎神って硬い! ちゃんと攻撃をするつもりならともかく、適当に叩いたらこっちに振動がめっちゃ来た! ムカつく!
「なんで見つけちゃうの!? というか私にはもうテスタ=ロッサがあるからいらないし乗れないんですけど! 見つけても無意味なんだけど!」
(うむ……それに加え、正規に試練を乗り越えてきたわけではない。仮に私と契約していなくとも乗ることは難しかろうが……)
「じゃあ意味ないじゃん! こんなの見つけてもしょうがないよ! 精々ルーファスに乗られる前にどっかに捨てるとか細工するしか…………」
──と、そこまで言ったところで私は言葉を止めた。自分で言った言葉に思考が持っていかれる。
確かに起動者である私はもう金の騎神には乗れないし見つけたところで意味はないと思われる。思われるけど……何もできないわけじゃない。
私は腕を組み、目を閉じてゆっくりと自分の思考を整理した。私はこれでも暗殺者。暗殺は得意だし、そのノウハウも遺憾ながら熟知してる。
そして私のその経験と知識、そして勘が言っていた。暗殺を防ぐには、
ゆえに私は目を見開き、拳を握った。閃いた。良いことを思いついてしまった。私はそれを口にする。
「──これ、どっかに捨ててこよっと」
名付けて──“ルーファス、騎神の起動者やめるってよ”作戦。
私はそのためにテスタ=ロッサを呼び出し、そのための行動に移ることにした。
──私にとっても、今の状況は概ね計算通りだった。
《鉄血の子供たち》の筆頭として父親であるギリアス・オズボーン宰相に従い、《黒キ聖杯》を顕現させ、そこで封じられている呪われた聖獣をアルティナくんの命と引き換えに殺害する。
そうすることで《巨イナル黄昏》は始まる。無論、その先で何が起こるのかも何を意味するのかも私は承知の上だ。
リィンくんやユーシスたちに伝えたように、私はアルバレア公爵の、ヘルムート・アルバレアの実子ではない。私は母と叔父の不義の子だ。
それゆえに私にとってアルバレア家のことも含めた全ての事柄は些事に過ぎない。目的のためならばいつだって捨て去ることができる。
そう、私の目的──父であるギリアス・オズボーンを乗り越えるという目的のためなら全ては瑣末事なのだ。
特別なのは父だけ。その彼を乗り越えるために私は《鉄血の子供》として閣下の采配に従いながらも、己に出された宿題を最良の形で解くべく動いてきた。
クロスベルの総督になったのもそのためだ。全ては順調に進んでいる。
……強いて言うのであれば私にとって不可解である存在が1人だけいるが、彼女に関しては未だに疑問を感じている。
本当にどういう訳なのか。彼女は──アーヤ・サイードは私のことを初めから目の敵にしている節を感じている。
その理由がわからない。何か彼女の恨みを買うようなことをしてしまったのか、それとも彼女の本能的に嫌いな人間にでも該当するのか。
あるいは私がこういう人間だと知っているため嫌っているのか。……と、そのような非現実的な部分にも思考を巡らせてしまうほどには彼女には謎が多い。どうやら帝国の呪いとは一切関係のない何らかの力を秘めているようだし、事情に関しても概ねは把握していても完全に熟知しているとは言い難い。言ってしまえば情報不足、というわけだ。
──だがそんな彼女ですら閣下は御している。
そのことに尊敬の念を感じずにはいられない。やはり我が父は乗り越えるのに値する特別な相手。その想いを強くしてしまう。
だからこそ《黄昏》を引き起こし、私は目的のために邁進しなければならない。
そう、これは子としての義務であり、私という個人における唯一の使命。
「そのために“私”は、あらゆる技術を集め、Ozにフィードバックし続けてきた……! 時にクロスベルの錬金術師から人造人間の技術を盗みながら! 時に暗黒時代の魔導師どもに魔煌兵の技術を与えて発展させながら!
──だからこそ最下層にてリィン君と新Ⅶ組が閣下や《地精》の長と対峙した際も私はそれを見届けた。
「Ⅶ組総員──迎撃開始! タイミングを見計らって切り札を使うぞ!」
『イエス・サー!』
──名も無き黒の聖獣とリィン君たちが激突したが、それも単なる余興でしかない。
どういう結果であれ聖獣を殺しさえすればいいのだ。リィン君たちがどれだけ頑張ったところで通常の方法で聖獣は殺せない。アルティナ君や、ミリアム君のような黒の工房が調整した特別な人造人間でなければ。
「甘く見ていたか……シェラ君、すまない……」
「……悪いな、アイン……」
「女神よ、願わくば娘を……」
──そして……外の救援に訪れたカレイジャスが爆破され、そこに乗っていたオリヴァルト殿下にヴィクター殿。それに遊撃士のトヴァル君も含めた乗員が爆殺されたことも。私はそれを冷静に許容した。
惜しい者たちだったと悼みはしてもそこに感情が強く動かされることはない。
ゆえに──
「……ボク…………守れた……よね……?」
そう……だからこそ予定外にアルティナ君ではなくミリアム君が聖獣の手にかかって亡くなり、《根源たる虚無の剣》となったところで同じこと。
同じ《鉄血の子供たち》として確かに惜しい気持ちもあるが、それでも隣りにいるレクター君やクレア君のように心乱されることはない。
「うおおおおおおおオオッッッ!!!」
それどころか、私は遂に始まるのかと徐々に期待感が高まるのを感じていた。
リィン君がミリアム君の死によって鬼の力を暴走させ、女神の聖獣を執拗に斬り刻み、その果てに剣を突き立てて殺害せしめる──その瞬間に、帝国全土にその呪いは広がっていく。
それこそが《巨イナル黄昏》──世界の終わりの時だ。
今頃帝国の民の多くはその呪いによって闘争へと駆り立てられていることだろう。
「レーヴェ!?」
「……っ……なるほど……これが……ハーメルの悲劇を引き起こした元凶か……これほどの強制力を持っていたとは。道理であれほどの非道を行えたわけだ」
「! もしかして……」
「……レン。ヨシュアたちに伝えてくれ──俺のことなら心配するな。世界の終わりを回避するために……お前たちの意思を貫け、とな」
それどころか──呪いの強制力は強い心身を持ち、自己を保っていた者でさえもはや抗うことはできず、《黄昏》の先にある《相克》を盛り上げるための駒となっていくに違いない。──外部でリィン君たちの味方としてこの地に現れた、
もはや魔女の長だろうと聖杯騎士であろうと止められない。どれほどの傑物であったとしても。
「ったく……このタイミングで思い出すとはな。《七の騎神》か……クソったれな仕組みもあったもんだぜ」
「仕方ねぇ、付き合うか」
「是非もなし、ですか……」
ここから先は──《巨イナル一》に関わりし者だけの領域だ。
記憶を思い出した《蒼》の起動者が。《紫》を駆る《猟兵王》が。伝説の《銀》が。
「来い、《オルディーネ》!」
「来な、《ゼクトール》!」
「出でよ、《アルグレオン》!」
その3体の騎神が、暴走した灰の騎神《ヴァリマール》とその起動者たるリィン君を止めるために最下層へと降り立つ。
これで4騎だが、既に起動者が決まっている騎神はまだ2騎ある。その1つである《緋》は──
「フフ……壮観じゃないか。なら僕も……そろそろ呼び出させてもらうよ」
そう、アルノールの血を持つセドリック殿下──
「出てこい、《テスタ=ロッサ》……!」
「ああ──申し訳ないのだが殿下。
「…………は…………?」
──そう……
私は既にそのことを知っているがゆえに、呆気に取られ、ややあって憤慨する殿下を哀れに思う。
「そんな馬鹿な……! 何を言っているんです!? 《緋》の起動者はこの僕だ! 地精の長たる貴方がそう言ったではないですか! 《緋》はこの《黄昏》の時に蘇ると! そしてその起動者はこの僕だと──」
「まあそう思うように暗示をかけさせて貰いましたからな」
「何……!?」
「フフ、失礼ながら殿下、この先に起こる《相克》において……貴方では力不足なのですよ」
「っ……ふざけるな! だったら僕以外の誰が《緋》を乗りこなせると言うんだ! 兄上はもう亡くなった! まさかアルフィンに……アルフィンに務まる筈がない! 《緋》の起動者は僕以外にありえない!」
「
「っ……嘘だ……嘘だ……! 嘘をつくな……! そんな筈が……! あれは僕の……僕の求める“力”だ……!!」
「まあ衰弱死を免れただけでも上出来でしょう。今はどうやら錯乱しておられるようだが……。
殿下にはきちんと役割を用意しているのでご安心を」
「……!! オズボーン宰相……! 何故……何か言ってください……! なぜ……僕は……!」
最下層で緋の騎神《テスタ=ロッサ》を呼び出そうとしたセドリック殿下は、《黒》のアルベリヒの言葉によって酷く錯乱してしまう。全く……閣下も酷なことをする。確かに殿下では力不足なことは否めないが、あれでは殿下は更に歪んでしまうだろう。
いや……あるいはそれこそが閣下が殿下に出した宿題か。ただ利用される駒で終わるよりよっぽど優しい扱いとも言える。《緋》の起動者になれば殿下に選択の余地はないのだから。
だからこそ閣下は殿下の方を一度見たが、言葉をかけることなくすぐに視線を前に戻した。そこで《蒼》に羽交い締めにされている──
「未熟者が……ミリアムも浮かばれぬわ」
そして閣下もまた呼び出す──その最強の騎神を。
「来るがいい──《イシュメルガ》」
閣下の声に応じて顕現するは《黒の騎神》。
7体の騎神の中で最も強い力を持つ元凶の機体。
地精の主人であり、呪いの意思とも呼べる存在。
「《黒の騎神》……」
「やっとお出ましか」
「あれが……地精のご主人ってわけか?」
「ああ、その通りだ」
「クク、いるじゃねえか……オレを圧倒してくれそうなのが」
壮観だろう。5体もの騎神がそこに集まっているのだ。この場にいる誰もがそこに視線を向けている。
私もまたそれらを見下ろして想いを馳せていた。否応なく期待が高まり、高揚している己を自覚する。
その理由は──やはり己の目的のため。
「……これで五騎。フフ、残る一騎はやはり──」
──この私が駆る「そーっと。そーっと……皆に気づかれないようにね。ちょっとずつ移動して──」………………………………ん?
そんな時だった。私が己の野望を心の中で言葉にして決意を再確認していると、何やら背後から小声と物音が聞こえたため何気なく振り返る。
「! 兄上……?」
「ルーファス総督……一体──」
その場にいたユーシスたちやクレア君たちも私が振り返ったことで同じように視線を背後に向けた。ゆえにこの場にいた皆が同じものを見たことになる。
「あ」
「……………………………………」
「……………………………………え?」
──そしてその場にいた者たちとそこにいたもので目が合った。
どう表現するべきか。私も思考が停止し、状況を理解するのに時間がかかる。ありえないからこそ私よりも先にその場にいたユーシスやマキアス君たちの方が先に声に出した。
「あ、あれは……まさか──《緋の騎神》……!?」
「そ、そうみたいだけど……! そ、それよりも……!」
「あ、ああ……あの後ろの荷車に載っているのは……まさかとは思うが……また別の騎神か……!?」
──そう。我々の後ろを通過しようとしていたのは、《金の騎神》を載せた荷車を引いている《緋の騎神》だった。
そう……そうだった。そこにあったのは私が起動者になろうと目論んでいる《金の騎神》エル=プラドーだった。
だからこそ私はこの場の誰よりも驚いて瞠目し、口を開けたまま固まってしまう。思考は単純明快──何故こんなところに《金の騎神》が?
「あ、あ……ど、どうもー……お騒がせしてますー」
「!!? そ、その声は……あ、アーヤ教官では!?」
「あ、やばっ。声そのままだった」
「アーヤ教官……!? 貴方は一体何をしているのですか!?」
「アーヤ教官が……《緋》の騎神の起動者だったんですか!?」
「お、おいおい……こりゃどういうことだ……?」
「わ、わかりません……もう私には何がなんだか……」
私が固まっている間にもマキアス君が、ユーシスが、エリオット君が、アランドール特務少佐が、クレア君が、その意味不明な状況と《緋》の騎神から聞こえた声がアーヤ・サイードのものだったことに驚愕し、混乱の最中にある。
その状況を私は見ていた。そしてゆっくりと状況を理解する。
「あー、えーっと……ま、まあいいじゃん。私が誰かは置いといて……今日は東方拳法の稽古があるので帰りますね。そ、それじゃあ私はこれで……」
「………………ふぅー…………」
「ルーファス総督……?」
私は状況をようやく飲み込み、まずは息を吐く。深く、深い息だ。肺の中の空気を深く吐き切り、それからゆっくりと酸素を取り込む。
そして視界の中で荷車を引いている《緋の騎神》を見た。その荷車に載っている《金の騎神》を見た。邪魔な剣を収め、屈むように両手をついた。冷静じゃない自覚がありながらも居ても立っても居られない。私はゆっくりと体勢を取る。
そして一気に──
「──おおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「!? う──うわああああああああ!!? めちゃくちゃ追いかけてきたー!!? 陸上選手みたいな綺麗なフォームで残像を残すほど速く走って追いかけてきた―!!?」
「兄上!!?」
「ルーファスの旦那!!?」
そう──恥も外聞も捨てた全力疾走を行った。そこにある《金の騎神》エル=プラドーを奪取するために。
私は雄叫びをあげる。
「即刻それを寄越したまえ!! それは私のものだ!!!」
「や、やだよーだ!! これは私が見つけたんだから私に所有権があります!! 私が誰かに乗せるか適当な場所に捨ててくるんだから!!」
「君は既に起動者だろう!! それは私が目をつけていた騎神だ!!!」
「あ、兄上!?」
「だ、誰があんたに渡すか!! あんたに渡すくらいなら外海に捨てるか、あるいは
「絶対にやめたまえ!!!」
「やめないよーだ!! テスタ=ロッサ! 霊力溜まってるよね! 一旦外に転移! そこからまた走るよ!!」
「ぐっ……おのれ……!! 逃がしてたまるものか──ッ!!」
──私は外に転移する《テスタ=ロッサ》とアーヤ君を追いかけるためにこちらも転移し、全速力で走って追いかけた。その直前に閣下が。
「──それでは始めるとしよう、
──閣下……! お言葉ですが私はこのままでは始められません……!! まずはアーヤ君との鬼ごっこを制して何としても《金の騎神》を取り返さなくては……!! 頼むから待ちたまえ──ッ!!
──あーー!!? あ、アーヤ・サイードです! あれからテスタ=ロッサに召喚させた荷車で《金の騎神》を運んで迷い込んだ挙げ句《黒キ聖杯》の下層辺りに辿り着いてルーファスに見つかってしまいました! しかも大地の聖獣アルグレスがー!! 間に合わなかったー! テスタ=ロッサからは「暗黒竜の呪いの大元は汚染された聖獣だ。つまり封じられた聖獣もまた貴殿の力の影響を少なからず受けている。ゆえに聖獣が殺されれば帝国全土に、貴殿の力もまた呪いとして広まってしまうだろう」なんてすっごいやばいこと言われたから地味に防ぎたかったのにー! いやまあ殺さないと黄昏始まらないからしょうがないんだけどー! やっぱりもう割り切るしかないじゃん! はぁ……ま、いいや。それと今は外に出て街道を荷車を引きながら逃走中で背後からびっくりするぐらい似合わない全力疾走中のルーファスの声が遠く、私を呼び止めようとする声がリフレインしています。これが『嘆きのリフレイン』ってこと……!? せっかくだから歌います! 踊れ~♫ 狂って~♫ しまえ~♫ 抗う術なき~♫ 嘆きの~♫ 鐘は~ひ~び~く~♫ ──ってことで《黄昏》は始まっちゃったけど私はトゥルーエンドを超えたトゥルーエンドで皆助けられるように頑張るぞ! だから待っててね、リィンくんたち!
あ、そうだ。そろそろレーヴェにも連絡を……あれ? ヴィータ姉さんから連絡だ。なんだろう……はい、もしもし…………え? レーヴェが《黒の工房》に取り込まれた? 呪いの影響? 他にも……………………そっか……うん、わかった。今はちょっと取り込み中だからまた後で連絡するね。ばいばーい。……ふぅ……そっかぁ……そういう感じかぁ……。
──よし、黄昏も始まったしとりあえずアルベリヒ殺そうかな。レーヴェの件もアレだけどなんか
これにて閃の軌跡Ⅲ編は終了。エンディング曲は『嘆きのリフレイン』。良い曲です。エンディング映像はエル=プラドーの出荷とルーファスの全力疾走になります。ご査収ください。
次回からは閃の軌跡Ⅳ編です。遂にアーヤちゃんが《緋》の起動者として西へ東へ大暴れします。色んな意味でクソったれな御伽噺の結末をお楽しみに。
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