──クロスベルのミシュラムワンダーランドの位置に顕れた《煌魔城》。
結社の使徒第三柱のマリアベルから次の相克の舞台はその城だと告げられた俺たちⅦ組は協力者たちと共に《煌魔城》の攻略を開始した。
アーヤ教官の《緋の騎神》テスタ=ロッサが生み出したと思われるその城は内戦時に攻略した時と大きく様相も構造も変化しており、俺たちは仕掛けを突破するために時折3グループに分かれたり、その都度合流したりして頂上を目指していったのだが──その道中にはやはり相克を盛り上げるための人員が配置されていた。
「これはこれは♪ また懐かしい顔ぶれでお出ましだね」
「カンパネルラ……それに使徒第三柱マリアベル」
「ふふ……エステル・ブライトさん。貴女とは縁がありますわね。一月前のオルキスタワーでも先日のパンタグリュエルに続いて、まさか三度も貴女と対峙することになるとは」
「あんまり嬉しくないわねぇ……けれど今回も倒させてもらうわよ。アーヤの元に辿り着くためにもね」
──エステル達リベール組には使徒第三柱のマリアベルと執行者No.0《道化師》カンパネルラが立ち塞がる。
だがまた別の広間では別の相手が待ち構えていて。
「──ようやく来たか。待っていたぞ、ランドルフ。特務支援課も久し振りだな」
「叔父貴……それにシャーリィもか」
「やっほーランディ兄!」
「《赤い星座》の団長と副団長が揃い踏みですか……」
「ああ……あの後にどうやら正式に《闘神》を引き継いだみたいだが……そうして団長となって新たに雇われた先が結社……いや、アーヤさんだったみたいだな」
「フッ、さすがにバレていたか」
「シャーリィは違うけどねー。パパがアーヤ姉に雇われてたのを知ったのも結構最近だし」
──ロイド達特務支援課の前には《赤い星座》の団長である《闘神》シグムント・オルランドとその娘であり副団長も務める執行者No.ⅩⅦ《赤の戦鬼》シャーリィ・オルランドが。
そして俺たちⅦ組の前には。
「レオンハルトさん……」
「レーヴェにマクバーン……結社最強の執行者2人ですわね」
「トールズⅦ組……協力者の力もあるとはいえ、どうやら無事ここまで辿り着けるほどには力を付けたようだな」
「レーヴェ……」
「レンにデュバリィ。クルーガーも久し振りだ。そして思うところはあるだろうが……俺のことは気にする必要はない。お前達はお前達の意思を貫け」
「……先の試練で分かっていたことですが……どうやら人格や記憶までは奪われていないようですね」
「ああ。仮面は飾りであくまで“呪い”の強制力に縛られてるだけみたいだぜ。まあそれでも完全に縛られちゃいない辺りはさすがだがな」
──結社の執行者No.Ⅰ《劫炎》のマクバーンと執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルト。結社最強の2人が立ち塞がっていた。
相克を相克として成立させるための前座としての闘争。ここまで大掛かりなものになると思っていなかったが、それだけ結社の本気度も、アーヤ教官が本気で俺たちを相克で下そうとしていることが伺える。
それぞれ少し離れた円形の広間で俺たちはエステルたちやロイドたちと相手のやり取りを耳にしている。向こうもまた俺たちやもう一方の会話も聞こえているだろう。
だからこそ気になる情報が幾つももたらされた。
「ではハーメル村や帝国西部。そしてクロスベルでの貴方がたの動きは……」
「フ……当然雇い主の意向によるものだ。もっとも、最初は鉄血側に敵対するつもりだったのだがな。それも雇い主の事情もあって俺たちも鞍替えすることになったが」
「やっぱり……」
「聞いていた通りのようですね。アーヤさんが鉄血側に与した事情……」
「ああ。それに合わせて《赤い星座》の本隊もそっちに付いたってことか」
「でも変わらずパパたちはアーヤ姉に雇われてることには変わりないみたいだけどねー」
「まあこれ以上は守秘義務にも関わる。俺からのコメントは差し控えさせてもらおう。──もっとも、力尽くを押し通せば他にも何か聞き出せるやも知れんぞ?」
──特務支援課と対峙している《赤い星座》の2人からはアーヤが最初は鉄血陣営に相克のために対抗しようとしていたことに関する答え合わせが行われ……。
「1つ……聞かせてください。貴方たち結社は鉄血宰相の傘下に付いたと聞きました。なら今回の相克も鉄血宰相の意思によるものなんですか? それとも……アーヤ先輩の意思によるものですか?」
「へえ……?」
「あら……リベールの王太女は中々に良い質問を致しますわね」
「そうだね。だけどその質問の答えは──ボクたちを乗り越えてから答えさせてもらおうかな」
「そうですわね。乗り越えられなければそれまででしょうけど」
──リベール組はアーヤ教官の真意を確かめようとその手がかりともなる質問をクローディア殿下が質問した。俺たちもまた真実を知ったとはいえ、アーヤ教官のことも含めてまだ分からないことや確かめたいこともある。
だが……何を聞くにしても──まずはそれぞれ相手を乗り越える必要がある。
「……ま、俺もこっちの操られちまった阿呆や他の連中と同じでアーヤの事情に関しちゃ思うところもなくはねぇが……それはそれだ。俺は俺のため、俺が俺らしくあれるアツい戦いがそこに在るのか無いのか──ただそれだけを確かめさせてもらうぜ」
「わかっているな。トールズ士官学院Ⅶ組──その他の関係者に協力者も。アーヤの闇にしろ鉄血宰相にしろこの世界の終焉にしろ……ここを乗り越えなくては未来を勝ち取ることは叶うまい。俺たちを相手にお前たちの覚悟と意思を──力を以って証明してみるがいい!」
俺たちの前に立ち塞がる結社最強の2人。マクバーンが火焔魔人と化し、《外》の理で造られた魔剣《アングバール》を右手で引き抜き、同じくレオンハルトさんが魔剣《ケルンバイター》を左手に持って構えを見せた。
「《外》の理で造られた2つの魔剣……!」
「デタラメな力を感じるわね……!」
「ああ……だが当然それだけではない」
「最強の魔人に最強の剣士……どちらも達人を超えた難敵であろう」
「それこそ《理》の境地すら超えていると思えるほどの高い壁だが……」
「格上だからと今更引き下がることはありえませんわ。今回も一本、取らせてもらいますわよ……!」
「クク、外の出し物に負けないよう踊り狂うとしようぜ……!」
「ハッ、だったら精々アンタを満足させてやるよ……!」
「見せてもらおう。成長したお前たちの力を──!」
「ええ、乗り越えさせていただきます……!」
俺たちⅦ組は協力者であるデュバリィさんやシャロンさんとも一緒にマクバーンとレオンハルトさんに挑み──
「ランドルフ! 特務支援課! 逃れられるものなら逃れてみろ──戦場を支配する新たな《闘神》の力から──!」
「アハハハ! こっちもパパに合わせて《赤の戦鬼》として本気出すからさぁ! うっかり死なないように気をつけてよね! ランディ兄!」
「ハッ……2年前にもうとっくに乗り越えた《壁》だ……!」
「ああ……! 今回も乗り越えさせてもらう!」
「──こういうのはあんまり柄じゃないけど向こうはすごい盛り上がりようだし、こっちも負けないように少しやる気を出させてもらおうかな……!」
「──そうですわね。相克を盛り上げるために必要な闘争……わたくしたちも終末の舞台の上で存分に踊ると致しましょうか」
「終わりになんてさせない!」
「遊撃士としても個人としても看過できない問題だからね……! 止めさせてもらうよ……!」
特務支援課も《闘神》と《赤の戦鬼》という《赤い星座》の2人に。リベール組も結社の《道化師》と《根源の錬金術師》の2人に挑みかかった。
──そうして始まった相克の前哨戦とも言えるその戦いは、正しく激戦と呼ぶのに相応しいものだったが……それでも俺たちは何とか乗り越えることができた。
「御された鬼の力とそれに呼応した絆の力……俺の修羅を止めるほどとはな……よくやってくれた」
「! 仮面が壊れた……!」
「これで呪いの強制力から解き放たれます……!」
「ああ……! それは良かったが……!」
「ハハ、レーヴェの仮面を壊すとはやるじゃねえか……! だったらもっと熱くなれんだろ? 第二ラウンドと行こうぜ……!」
「っ……まだ上があるのか……!?」
──俺たちはレオンハルトさんの仮面を破壊し、強制力に囚われていた彼を解放する。
ただそれでも更に力を解放したマクバーンがまだ残っていたが──そこで助けに来たのがアルゼイド子爵やゼクス中将、オリエ夫人にミュラー少佐などアルゼイド流にヴァンダール流の達人たちだった。
更にそこにレオンハルトさんも加わり、この場にいるまだ立っている面々の足止めを行うと言ってくれる。
だから俺たちは──そして同じく目の前の相手を乗り越えた特務支援課やリベール組と共に最上層へと向かおうとする。
だがその中で気になる話も聞いた。
「やれやれ……やられちゃったか。でもまあこれで十分かな」
「ええ。相克の前準備としてはこれ以上ない出来でしょう。後はアーヤさん次第ですわね」
「何を……」
「ああ。そういえばさっきの質問にも答えるって約束してたっけ。それじゃ教えてあげるけど……ボクたちとしては
「……! アーヤが勝ち残った方が都合が良い……?」
「それは……」
「ど、どういうことよ?」
「言葉の通りですわ。アーヤさんは執行者の中でも少々特殊な力と事情をお持ちなので、結社としては彼女が起動者となって《緋の騎神》を駆り、相克に挑むことは歓迎すべきこと。どちらに転んでも構わないとはいえ、勝ち残ってもらった方が興味深い結果が見られそうですので使徒としての権限で手伝わせてもらっています」
「《破戒》のオジサンからの許可も貰ってるしね。だから君たちがこの先に進んでアーヤとの相克に臨むのはこちらとしても喜ばしいかな──十中八九アーヤが勝つだろうし」
「《破戒》……その異名は以前にも会った……」
「使徒第四柱だね。今は帝国にはいないようだけど……」
「アーヤさんの力……確かにちょっとおかしいし意味は分からなくもないですけど……」
「どうやらまだ何か企みがあるみてぇだな」
「それに十中八九アーヤ君が勝つという言葉……それほどに彼女の力を信頼しているみたいだが、もしかしてこの場所を生み出したことにも関係があるのかな?」
「フフ、さすがに分かるかな? まあアルノール家の君でなくてもかなり匂うところだろうし答えてあげてもいいけど……実際に見た方が良いサプライズになるだろうし、ボクたちはそろそろお暇させてもらおうかな」
「それでは皆さん、相克の結果を愉しみにしていますわ──エリィにロイドさんたちも頑張ってください。精々死なないように」
「ベル……」
「……ああ。今度も死ぬつもりはない。次の壁も乗り越えさせてもらうさ」
エステルたちに退けられたカンパネルラにマリアベルは気になる言葉を幾つも残した後、転移でその場から消え去っていく。
同様に《赤い星座》の2人。そしてマクバーンからもアーヤ教官に対する言及が行われたが……それらはやはりアーヤ教官に対する強さへの信頼と期待だった。
「うーん、あのアーヤ姉に勝てるかは微妙なとこだけどそれでもちょっとは応援してるから頑張ってねー」
「お前達にとってはある意味、この《闘神》や《火焔魔人》以上に厳しい戦場になるだろう。今のうちに覚悟しておくことだな」
「これ以上やっちまうとあいつの相克の邪魔になっちまうだろうからな。この続きはお前らがアーヤの力を乗り越えた後に取っておくとするか」
そうして《赤い星座》の2人も、そしてマクバーンもまた真の姿の片鱗を見せてその場から転移で離脱していく。
相克を成立させるための前哨戦という役割を果たした今、彼らもこれ以上ここでやることはないのだろう。
そして俺たちにとってもここで留まる理由はもうない。俺たちは途中の道で合流し、最上層のアーヤ教官のいる場所へと向かった。──ちなみに呪いの強制力から解かれたレオンハルトさんは囚われていた間の痛みが一気に帰ってきたらしく「先に行け。俺も後から追いつく」と言って先に行くように促してくれていた。
そしてその向かった先──かつて俺たちがクロウのオルディーネや《紅き終焉の魔王》と戦った場所と少し似た巨大な円形の広間に辿り着き、俺たちは見た。そこにいるアーヤ教官や《緋の騎神》テスタ=ロッサの姿を──
「──うう……クワ田三十郎……」
「惜しいクワガタを亡くしました……」
「ぽむぽむ……」
──なんか葬式やってた。しかも人じゃなくてクワガタの。中央にクワガタの遺影と喪服のアーヤ教官やマキナという人形にポムがいて俺たちは絶句する。しかしすぐに声を揃えた。一部のツッコミ気質の人が。
「って、何やってるのよ!?」
「何をやってるんですか!?」
「あ……リィンくんたち……来たんだ……見てわかるように葬式だよ……私の大切なクワガタが対決の最中に死んじゃって……」
「そもそもなんでクワガタが……」
「つーかなんでクワガタの葬式なんかやってんだよ……」
「ツッコミどころが多すぎんだろ……」
「いや、暇だったから森でクワガタ捕まえてきてみんなで戦わせて遊んでたんだけどマキナの持ってきたオオクワに噛み千切られちゃって……」
「私(のクワガタ)がやりました」
「すごいな……説明されたのに全く理解できないぞ……」
「クワガタが相手のクワガタを噛み千切るなんて普通はありえない。もしかしたらそのクワガタはここの霊力にあてられて突然変異したのかもしれないね」
「そうかもしれないけどその返しはおかしくない?」
「さすがはヨシュア様ですね」
「やはり結社の人たちはアーヤさんの振る舞いに慣れているのね……」
「わたくしは全然慣れませんし、毎回頭が痛くなりますわ」
「ふぅ……さて、相克だよね? それじゃ会場片付けるからちょっと待っててねー」
「そして相変わらず切り替えも早い……」
「思い入れがあんのかないのかわからねぇな……」
「ふむ、なら俺たちも片付けられる前に冥福を祈っておこう」
「ガイウス?」
「もう突っ込まんぞ……」
そうして俺たちはアーヤ教官のペットと思わしきクワガタの冥福を半ば困惑しながら祈り、それからアーヤ教官と対峙することになったのだった……。
──御冥福お祈りします……アーヤ・サイードです……先日森で獲ってきたクワガタのクワ田三十郎が女神の下に召されました……うう……現実逃避も兼ねて虫相撲で遊んでたのが仇になった……悲しい……思い出は全然ないけど結構大きくて強そうだったのに……。
……ま、でも別にいっか。どんまいどんまい。葬式もしてお別れも済ませたしリィンくんたちも来ちゃったからそっちに集中しよう。私は改めてリィンくんたちを迎える姿勢を見せる。
「──よくここまで辿り着いたね」
「あ、はい……えっと……」
「……急に真面目になられると反応に困りますね……」
「ああ……だがいい加減こっちも慣れてきたし、切り替えるしかなさそうだな」
あれ? なんだか微妙な反応。なんか小声でひそひそしてるし……もしかして私のさっき着てた喪服がナイスデザインだって褒め称えてるのかな……まあ喪服にしては派手な感じだったしね。こういうのも売るのも悪くはないけどイメージ的にちょっとどうだろう。暗いイメージになるのは良くないし私のブランドでは出せないかなぁ……。
……だけどまあ今後オズボーン宰相とか誰かしらが亡くなった時にはみんなにプレゼントするのもいいかもね。そこに辿り着くためにもまずは──
「それじゃあもう話すこともないかな? さすがの私ももう覚悟は決まってるし、早速戦っちゃう?」
「……いえ、その前に……アーヤ教官。できれば貴方の話を聞かせてください」
「……私の話?」
え? なんでそんなこと聞きたがるの? さっさと戦えばいいのに……と思ったけどまあリィンくんたちならそりゃ聞きたがるのかもしれない。私がなんで起動者になって相克を勝ち抜こうとしてるかなんて知らないはずだし気になるよね。
でも聞かれても答えられないんだよなー。そう内心で思いつつもリィンくんたちの話を聞く。
「教官の過去も以前に教えて頂きましたし、《月冥鏡》で貴方がどういった理由で起動者となったかはある程度はわかりました。オズボーン宰相と契約を結び、第Ⅱ分校にやってきた後でアルベリヒに脅されて起動者となったことも。──ですがその元々のアーヤ教官の目的や真意……それだけが見えてこなかった」
「アーヤ教官が私の父……フランツ・ラインフォルトの身体を乗っ取ったあのアルベリヒを殺害しようとしているのは多分事実なんでしょう。でも、それだけが目的とはどうしても思えない」
「それと未来を識っているというのも本当なんですか……?」
「……あー、なるほどね。そこまで知っちゃったんだ。ほんとしょうがないなぁ」
リィンくんやアリサちゃん。エマちゃんからそんな風に問いかけられて私はどうしようかと苦笑いをしながら頭を掻く。《月冥鏡》で真実を知るってイベントで私のことまで映し出されるなんてさ。しかも結構微妙なところまで知ってるっぽいけど──。
「……それじゃこっちからも逆に聞きたいんだけど──
「っ……」
「この気は……!」
「以前にも碧の大樹で感じた……」
……ん? 普通に聞いてるつもりなんだけどなんかみんながちょっと怯んだ。あれ、おかしいな……私的には全然良いしそこまで深刻に捉えてはないんだけどちょっとだけ私も気がかりになっちゃったのかもしれない。
「……今言ったことまでしか俺たちは知りません。だからこそ、アーヤ教官が何を抱えているのか……どんな真意を持って行動しているのかを聞きたいと思ったんです」
「そっか。その気持ち自体は良いと思うよ。でもまあ……言えることはあんまりないかなぁ」
私は正直にそれを説明する。本当に言えることはあんまりないんだよね。説明しちゃいけないこともあるわけだし。だからこそこう言うしかない。あっけらかんと答えを口にする。
「未来も別にそこまで知らないし《黒の史書》とかに比べたら本当に限定的でなおかつあんまり役に立たないからさ」
「限定的で役に立たない……?」
「……どういう意味だ?」
「うーん、それが説明し辛いんだよね。ただ本当に知ってるのはごく一部ってことだけ言っておくよ。未来視なんてそんな大層なものでは断じてない。もしそんな力があったらもっとスムーズかつスマートに色んな物事を済ませられたはずだしね」
「──それは確かに」
「──言えてますわね」
「──なら未来視はありえないか……」
「──自分で言っといてなんだけどみんな酷くない!? なんで納得してるの!?」
「いや、言われてみればそうかと……」
うんうん、と頷く面々に私は解せない気持ちになる。なんかすっごいバカにされてる気がする……ぐぬぬ……納得いかない……。
「……なら貴方は……何らかの手段で未来に起こり得る何らかの情報を得て、それを元に……貴方自身が目的を達成するために行動しているということですか? ──それこそ鉄血宰相やそれに関わる者達がこの《黄昏》で自らの目的を達成しようとするように」
「! なるほどな。それなら確かにここまでの行動にも説明が付きそうだ」
「もっともどうやってそれを知り得たかが分からないけれど……」
「何を知ったかも重要ですね」
おおっと。さすがは特務支援課。ロイドくんを皮切りに中々に鋭いところを突いてくる。言われてみれば確かにそんな感じかもしれない。私がリアンヌ様が死ぬことを知ってそれを阻止しようとするのも、オズボーン宰相が《黄昏》がどうあっても起こるからせめて世界の滅びを回避しようと立ち回ることも同じと言えば同じ。絶望の未来を知っているからそれを変えようと足掻くわけだ。
……なんかそう考えると私がちょっと色んなことを知ってることも大したことじゃないように思えてきた。予言書みたいなものもあるし因果律がどうのこうので未来をシミュレーションしたりもできるし盟主様なんかもめちゃくちゃ予言できるしでこの世界じゃそういうのあんまり珍しくないよね。だからといって簡単に言えることじゃないし私の事情は意味不明にも程があるからその普通ともちょっと違うんだけどさ。
とすると言い方としては……。
「どうやって、は答えられないかな。理解できないだろうし、
私は言い方を考えた上でみんなの疑問に答えることにする。
「──この黄昏で誰かが傷つくことを識っている。だからそれを防ぐために私は帝国にやってきた。言ってしまえばただそれだけの自己満足が、私の目的かな」
真実を言うわけにはいかない。その上で勘違いされないように私は言葉を選んで笑みを浮かべてそう告げる。これでよし。黄昏で誰かが傷つくとかいうそこいらの一般人ですらわかるようなことを言って煙に巻けば私が未来を視えるみたいな謎の疑いも(私が最初に言ったんだけど)薄まるだろう。
「だったらなんで……」
「えっ?」
「なんで……それをレンたちに共有してくれないの?」
──と思ってたら急に意外なところから意外な反応が来て私は面食らう。
一行の中に当然いたレンが、私を見て哀しそうな表情で寂しそうにそんなことを言うもんだから。
「アーヤは昔からずっとそう。結社からの任務の時も暗殺者として動く時も。教団に関わることや何か大変なことをしてる時は特に。レンのことを助けてくれた時だって……自分の弱い部分は絶対に見せてくれない」
「い、いやそれは……」
「最初はレンもそれはアーヤが強いからだって思った。……ううん、今でもそう。アーヤに弱い部分なんて実はないかもしれないってそんな風にも感じてしまう。だけど……だとしても……! レンはずっと頼ってほしかった!」
「レンちゃん……」
「レン……」
「……………………」
レンのお友達のティータちゃんや現保護者のエステルたちや他の皆も見守る中、私は無言でそれを聞く。最近の成長したレンの、大人になりつつある振る舞いとはまた違う。懐かしい──昔のレンに近い口調だった。
その反応に私は懐かしさを覚える。レンのこと。そしてそれよりも昔のこと。それを思い出して……おかげでちょっと困る。本当に久し振りに。
「ねえ、レンは……レンたちはそんなに頼りにならない……!? アーヤの力になりたくて……! 一緒にいたくて……! だからこうして帝国までやってきた! なのにどうして……レンたちには1つも話して……頼ってくれないの!?」
「……私も言いたいことはレンさんと同じです」
レンからの真剣な問いかけ。しかもそれに続いてクローゼちゃんまで言葉を投げかけてきた。
「確かに軽々しく協力してくれと言えない事情もあったと思います。でも──以前にも言いましたよね先輩。何かあったらいつでも相談に乗ると。先輩のことを大事に思ってる人がいる……何かあったらそれを思い出してほしいと……そう約束しましたよね? あの言葉は先輩には響いていなかったんですか?」
「そ、そんなことは……」
「──そうですね。確かにその節はあるかと」
クローゼちゃんからの真摯な言葉の後に今度はミュゼちゃんまで同意してきた。なんだか責められてる気分に……いや、事実責められてるみたいだ。
「人の心に土足でめちゃくちゃに踏み込んでおきながら自分の心は踏み込ませない……リィン教官とは別の意味で罪作りな人です」
「──ええ……昔からそうでしたわね」
「──まあ事情が事情とはいえ……わたくしもそれには同意ですわ」
昔からの私を知ってるクルーガーちゃんやデュバリィちゃんまでそんな風に、やや呆れながら言ってくる。
「僕も昔から知ってる身としては同意見かな」
「そろそろ観念する時なんじゃない?」
「これほど周りの人から想われてることを自覚した方がいいんじゃないか?」
ヨシュアくんやエステルちゃん。ロイドくんたちまでそんなことを言ってくる。
「……いい加減向き合ってくれてもいいんじゃない?」
「こんだけ言われていつもみたいにはぐらかすってのも野暮じゃねぇか?」
「そうだね。こっちもいい加減焦れてきちゃったし」
「そろそろ年貢の納め時だろう」
「いつまでも借りっぱなしなのも癪だしな。いいから何かあんなら言えや」
「言い方……でもあたしたちも同じ気持ちです!」
サラちゃんやクロウくん。フィーちゃんやユーシスくん。アッシュくんやミュゼちゃん。私がこれまで関わってきたⅦ組の生徒や関係者。
それ以外のみんなもみんな同意したように私にじっと視線を向けてくる。それを受けてなんというか──
「…………困ったなぁ」
私は苦笑いを浮かべた。正直……色々と言いたいことはある。
別に誰にも頼ってないわけじゃない。今回で言うならレーヴェとかシグムントさんを雇ったりしてるし、なんだかんだオジサンにも世話になってるしそれ以外にもやりたいことのために人を巻き込んだりもする。
私は単純に私なんかの裏の事情に表で生きてる英雄たちを関わらせたくないだけでそんなつもりはない。
ただその言い訳は口にしなかった。多分、
それはもっと根本的なことだ。それこそ、私がもっとも厭う──
だからこそ困った──
これが前のロイドくんの時みたいな感じだったら取り合わないだけだし、普通に否定するだけだ。だって真実……私は、別にどうとも思ってないから。
ただ……そう。ただちょっとね。レンみたいな子供に哀しい表情で見られると……私としても困る。──目を背けにくいから。
「……アーヤ教官。俺たちの気持ちは今言った通りです。何も言いたくないことまで無理に聞こうとは思いません。それだけアーヤ教官の事情は壮絶なものでしょうし……今回の相克にしてもアーヤ教官なりに俺たちのことも考えた上での行動なんだと思います」
「……………………」
「ただ……それでも何かあるなら、少しでもいい──俺たちに寄り添わせてください」
そしてリィンくんが最後に代表して私に求めることを伝えてくる。
それを聞いて私はやはり苦笑いを浮かべるしかない。中々な殺し文句だ。リィンくんらしい慮った言い方。人誑しとも言える。
……まあそれは他の皆も割とそうなんだけどね。
それだけに本当に困った。私としても皆を困らせたいわけじゃない。悲しませたいわけじゃない。苦しみを与えたいわけじゃない。
そして私自身も、本来はそうなりたくはない。
「あはは……中々に言ってくれるね」
「……真実、偽りのない俺たちの気持ちですから」
「そっか。まあわかってたけどね」
ただここまで言ってくれてる。ここまで関わってしまった。そのことに対する責任。返礼として私も少しは応えてあげてもいいのかもしれないと他ならぬ私が思う。
「うん。それじゃあさ──」
だからこそ聞いた。私は──
「みんなはさ……
「…………え…………?」
──その場にいる私以外のみんなが呆気に取られる。
誰も私の言った言葉を理解できないと言うように。
だからもう一度主語を含めて丁寧に聞いてあげた。
「だからさ。実は過去の出来事が原因ですごく哀しくて苦しくて心が壊れててそれを周囲に隠して裏で傷ついてるどこまでも可哀想な私と」
それと。
「過去の出来事があったにも関わらず何も傷ついてないし全てを割り切ってるどこまでも楽観的な私──
「っ……!」
「ま、因みに私は断然後者かな。だからこそ──皆の懸念は全くの的外れ。ただの勘違いだよ」
そうして私は私の得物である《ゾルフシャマール》と針と糸を取り出して構える。もうこれくらいでいいだろう。きっと皆もわかってくれる。
だからそろそろ私なんかの話は置いといて……相克を進めないとね。
──『そっちの方がいいと思う?』
──そうアーヤ教官に問われた時、俺たちはきっと同様の感覚を得ただろう。
何を言われたか分からなかった。意味が分からなかった。その問いかけの意味。言葉の意味。アーヤ教官の心中……どんな気持ちで笑顔でそれを口にしているのかすらも。
だからこそ俺たちは自分たちの認識を疑いかけた。アーヤ教官の言うように、勘違いだったのかと。
しかし……結局は分からない。余計に分からなくなった。
アーヤ教官は本当はどっちなのか。
本当にアーヤ教官の言うようになんとも思っていないのか。俺たちの勘違いなのか。
それとも実は心の奥底にまた何か隠してるものがあるのか。
ただどちらにせよ、1つ確かなことがある。俺は以前、内戦時にパンタグリュエルでアーヤ教官やデュバリィさんと会話した時のことを思い出した。
──執行者に選ばれるには“闇”を抱えていることが条件だと。
そしてアーヤ教官の問いかけを耳にした時──そのどこまでも屈託のない天真爛漫な明るい笑顔を見た時──これまでに感じたことのない圧倒的な“闇”を感じた。
確かなことはただそれだけ。だからこそアーヤ教官の言動は欺瞞なのか。
あるいはそれこそが欺瞞で目の前に見えてるものが真実なのか。
わからない──わからないからこそ、俺たちはアーヤ教官が得物を取り出して構えても虚を突かれたままだった。
「あー……なんか余計に困惑させちゃったかな? ごめんね? 意味がわからなくて」
「っ……アーヤ教官……今の言葉の意味は……」
「ごめん。これ以上は色んな意味で
「アーヤ教官自身も理解できてない……?」
「それは……」
俺たちは更に困惑する。アーヤ教官に嘘を言っている様子はない。
だけど全てをつまびらかに話したわけでもない。その言葉を信じるなら、アーヤ教官自身でもわかっていない部分があるし、言えない理由もある。
ただ向き合ってくれたことだけは確かだ。そう、それが確かなだけに……その言葉を理解することができない自分にこそ不甲斐なさを感じる。
「難しく考えないでいいよ。要は……私は私。皆の目から見ても私から見てもそうってだけ。だから皆の気持ちも理解した。もし私に勝てたらこれからはもう少しだけ皆に寄りかかってもいいよ。──もっとも教団関係とか譲れない部分もあるけどね」
「……! やっぱりまだ……」
「それだけは本当に譲れないみたいね……」
ロイドたちが反応したように、アーヤ教官にもその事情から譲れない部分。俺たちには頼れないし、俺たちとしても確かに協力できない部分はある。
だけど……それでもだ。1つ変わらないものがある。
「──わかりました」
「! リィン……」
皆より先んじて刀を抜き放ち、戦闘態勢を取る。
アーヤ教官の真実。偽りのない返答。それを俺は俺なりに《観の眼》で感じたことも含めて1つだけ確かな真実を口にする。
「あなたの想い……そして俺たちの想いだけは変わらない。それがわかっただけでも……俺は嬉しいです、アーヤ教官。あなたは俺たちに嘘をついていた訳じゃない。アーヤ教官の賑やかで優しい言動も、暗殺者としての姿も全部が真実偽りのないもので、人を想ってのことだと理解できました」
「おっと……そう来たか。また恥ずかしいこと言ってくれるね、リィンくんは。そこまで持ち上げられるほどではないと思うけど……ただまあ、皆のことが好きなのは当然だよ。──レンについてはまさかそこまで好かれてるとは思わなかったけどね」
「アーヤ……」
「ええ。だからこそ俺たちもアーヤ教官が向き合ってくれたことに対して応えようと思います。この相克を……アーヤ教官を乗り越えて力を示すことで! もう一度Ⅶ組に戻ってきてもらうことで! アーヤ教官! 貴方の心に
刀を突きつけて言い放つ。理解できないのであれば理解できるように努めればいい。親交を深めればいいだけのこと。
何かあったとしても、何もなかったとしても同じことだ。築いた絆が解かれることはない。側にいさえすれば、縁を繋いでさえいればきっと気づける。いや、気づいてみせる。
そのためにもまずはこの相克を乗り越えアーヤ教官を味方にして、そしてその先の《黄昏》を乗り越えて終焉を回避する。
「そうね……! リィン君の言う通りよ!」
「そうだね。何がどうあっても結局そこだけは変わらない」
「私も同じです。アーヤ先輩……より一層、私たちのことを信頼してもらいます……!」
「考えてみりゃそれとこれとは別問題って話だな」
「そうね……! アーヤがどうだろうとアーヤが現状、起動者になった経緯や相克のために立ち塞がってることは変わらないわ……!」
「まずはそっちをクリアすることから始めるべきですね」
エステルにヨシュア。クローディア殿下が言い放ち、続いてランディさんにサラ教官、アルティナも得物を構えながら告げる。その言葉の通り、アーヤ教官の先程口にした真実の話と黄昏に関わるアーヤ教官の事情はまた別物であり、アーヤ教官が相克に挑む目的や真意もある程度理解した以上はそれを乗り越えるだけのことだ。
その後でまたゆっくりと互いに理解していけばいい。──どうあろうとアーヤ教官がアーヤ教官であることは変わらないのだから。
「ああ……! 成長した僕たちの力を見せてやろう……!」
「いつまでも生徒扱いで何も相談されないってのも癪だしね……!」
「恩返しも兼ねて力を示すとしよう……!」
「生徒の正しい力量も思い知ってもらいましょうか……!」
マキアスにエリオット。ラウラやクルトも得物を構えて意気を口にする。俺たちはいつまでも弱いままじゃない。アーヤ教官の想いも抱えて一緒に乗り越えられるのだと。
「わたくしが言えた義理ではありませんが……この件に関してはあなたは1人で抱えるべきではありませんね」
「ええ……! アーヤ! 貴女もわたくしと一緒にこっちに来てもらいますわよ!」
「アルベリヒのことだって無関係じゃないんだから! せめてこっちにも相談してもらわないと筋が通らないわよね……!」
「兄上についても何か因縁があるなら話してもらおうか……!」
シャロンさんにデュバリィさん。アリサにユーシスも同様に啖呵を切る。俺たちも無関係じゃいられないと。
「……ま、そうだね。負けたら協力するし勝ったら協力してもらうってことでいいかな。ただこの数だとかなりキツイし……そもそも相克の性質上、あんまり手加減はできないからさ。こっちもこういうのを使わせてもらうよ」
「! あれは……」
「何かの薬……!?」
そしてそれを受けたアーヤ教官は納得した上で懐から何かの薬剤……飴玉にも似た白い丸薬を取り出した。特務支援課のティオさんやエリィさんが反応する。アーヤ教官は毒使いでもあるというのは当然知っているが、その薬の正体まではさすがに見ただけでは分からない。
ただアーヤ教官は親切に説明してくれた。
「心配しなくてもただの強化薬だよ。ヤバい方を使うのは相克的にも判定微妙だし使わない方がいいし使いたくないしね。ただ強化幅は普通じゃないっぽいから気をつけてね──あむっ」
そう言ってアーヤ教官はその白い丸薬を噛み砕いて服用する。
その瞬間──アーヤ教官の力は、爆発的に膨れ上がった。おそらくだが……身体能力だけでなく、その異能の部分も含めて全てが。
「うおおおっ!? 来た来た来たー! このハイになる感じ久し振りー! 子どもの時以来だー!」
「くっ……この力は……!?」
「《外》の異能……? いえ、それだけじゃないような……!」
「! 気をつけて! キーアにも分かんないけど……! ちょっと普通じゃない!」
アーヤ教官の底知れない気を感じ、ガイウスやエマ、そしてキーアが普通ではないことに言及する。
アーヤ教官の黄金の瞳が煌めき、身体からは赤白い気が立ち昇った。相変わらず謎の異能を持つアーヤ教官の力もまた強まっている。
それだけにこの数でも油断はできないだろう。元より伝説の暗殺者にして執行者。俺たちの教官でもある。
「おそらくアーヤ専用の特殊な強化薬ね……! 何度か使っているところを見たことはあるけど……これだけの効能……いつもの物より更に特殊な薬を使ってるみたい……!」
「チッ……アーヤのことだから身体は問題ねぇんだろうが……!」
「厄介なことには変わりないでしょうね……!」
「以前より更にか……!」
「で、でも頑張ります!」
レンがその薬の詳細をある程度説明し、アガットさんにシェラザードさん。オリヴァルト殿下にティータも気を引き締めた。
俺たちは総力をあげてこの難敵に、アーヤ教官に立ち向かう。アーヤ教官も全力で俺たちを倒す意思を見せていた。
「それじゃ行くよ皆! 頑張って死なないようにね!」
「ええ……! この先に待つ“黒”に届くためにも……! まずはアーヤ教官! あなたを降してみせます!!」
俺は“神気合一”を使って鬼の力を解放し、向かってきたアーヤ教官と刃を合わせる。そうして第三相克──開戦前の最後の大一番。その前哨戦が始まった。
今回はここまで。そして地味に前回の話でこの作品も1周年を迎えていることに気づいたので感謝を申し上げておきます。これからも応援よろしくねって。
次回は遂に相克です。アーヤちゃんにとっても大一番。お楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。