TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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血染の裁縫師が暗躍する不幸

 

 ──ハッ、ボクに親なんてそんなもんいねーけど? 

 

 それは何年か前に行かされてた日曜学校でボクと同じくらいの子供に返した言葉だ。確か「そんなことしてパパやママに怒られても知らないよ!」みたいな言葉だったかな。

 今聞いても中々に笑えるぜ。表で何も知らずにぬくぬくと生きてるガキらしい発言っちゃ発言だけどな。

 

 そう、ボクに親なんてそんなウゼーもんはいない。母親は誰か知らねーし、父親の方は相当なろくでなしな事は知ってるけど別に興味ないしな。見かけたら一発ブチ込んでやりてーとは思ってるけど。

 

 だから物心つく前からボクの近くにいたのは双子の妹のヨルダだけだ。

 周りにいた他の子供とか悪魔を信仰してるイカれた大人とかはみんな目障りでとにかくウゼーだけ。子供ながらに気持ち悪いとしか思わなかったけど、従わないと殺されちまうから仕方なく従ってきた。ボクにもヨルダにも異能が備わってたからそれを利用して実験をしようとか何とか言ってたみたいだけどその前にそのバカみたいな教団は壊滅してボクたちはまた別の大人に拾われた。

 

 それがまあ《破戒》っつーこれがまたある意味教団以上にタチが悪くてイカれたオッサンだったんだけどオッサンはボクたちを自分の下に置いとくんじゃなくて別の奴に預けた。

 

『こんにちは! イクスくんとヨルダちゃんだね! 私はアーヤ・サイード! 今日からイクスくんとヨルダちゃんと一緒に暮らして面倒を見させてもらうからよろしくね!』

 

 ──そう、それがうざったいボクの唯一の保護者のアーヤ姉だ。

 

 褐色の肌の中東人でバカみたいに明るく笑うボクたちより幾つも年上のくせに落ち着きがない異常者。ぶっちゃけボクとヨルダより精神がガキなんじゃねーの? って思うくらいイかれてる能天気お気楽自由人女。

 

 ……つっても最初は別に普通に感じてたけどな。アーヤ姉はウザいくらい面倒見が良くてボクとヨルダの面倒を本当にうざったく感じるくらいに見てきたし。結社の執行者とかボクたちが暗殺者として育てられることになる《庭園》のボスやりながら学校に通って服とか仕立てたりしてありえねーくらいに忙しくしてたってのに律儀にオッサンの言い付け通りに──それ以上にボクとヨルダの面倒を見て接してきた。

 

 だからボクも普通に接してやってた。最初は逆らったらダメかと思って大人しくしてたけど途中からあまりにもメチャクチャだからバカらしくなって普通に反抗してやった。そもそもガキのボクたちに対して親でもねーのに意外と口うるさいんだよ。自分はめちゃくちゃの癖に日曜学校はちゃんと行けとかまだ子供だから二人部屋で我慢しろとかマナーとかやっちゃいけないこととかまともに注意してくるしな。その上で法律とか表のルールとか超越したイカれたことを平然とやったりするからマジでふざけてる。ボクたちのこと注意する前に自分はどうなんだよって話だよな。

 

 ……ま、それ言うとアーヤ姉の方も床に膝と手を突きながら「そうだった……私暗殺者でごめん……バリバリ裏社会の人間でごめん……」ってな感じでウザい落ち込み方するから言わねーけどさ。

 でもイかれてるのは間違ってない。オッサンの言い付けがあるから仕方ねーかもだけどボクとヨルダが暗殺者になることを決めても受け入れたし、そもそもアーヤ姉が表と裏の生活を異常なくらい割り切ってこなしてるしな。それを見てきたからボクとヨルダも別に暗殺者になるくらい構わないってそれを受け入れた。アーヤ姉は別の道を目指しても応援するとか何とか言ってたけど今更ボクたちが表だけで生きていけるわけねーじゃん。生まれも育ちも能力も異常なボクたちがさ。

 だからアーヤ姉と同じ裏の道に進もうとしたら、それを受け入れたその上で表の生活もちゃんとするようにってアーヤ姉はボクたちに言い付けた。

 ぶっちゃけ表の生温い環境に合わせんのはダリーから嫌だったんだけどな。でもこういうことでアーヤ姉に逆らうとめんどくせーし聞いてやった。日曜学校とやらにも行ってやった。価値観とかはやっぱ全然合わなかったけどな。

 

 そんな訳でボクとヨルダはアーヤ姉が管理する《血の庭園》の暗殺者でありながら表では普通のガキとして合わせながら育ってきた訳だけど、最近のアーヤ姉はいつにも増して口うるせーんだよなぁ。

 

 これ言うと反抗期だとか何とか言われてうぜーから言わねーけどボクたちはもうアーヤ姉に一々面倒見て貰わなくても生きていけるし自立してる。実際アーヤ姉は仕事でリベールとかクロスベルとか帝国に行って長いこと家を空けてたりするけどボクたちは問題なく生活してるしな。途中からエースとかいう辛気臭いヤツが家に加わってきたけどこいつも結構ウザめだ。アーヤ姉からボクたちのことを頼まれただか何だか知らねーけど年上だからって上から目線で注意してくんじゃねーよ。メシの時に野菜ばっか取らせようとしてきやがるし、別に幾らでも出前取りゃいいのに自炊した方がいいとか野菜は食べろとか節約しろとかほんとウゼェんだよな。爆買いはやめろとか必要のないものを買うなとかも行ってくるけどボクの貰ったお小遣いをボクがどれだけ使おうが勝手じゃね? そもそも一ヶ月に100万ミラは貰いすぎ? ハッ、知らねーよ。文句ならアーヤ姉に言えばいいんじゃね? くれるんだから使わない方が勿体なくねー? 一般家庭がどうとかも知らねーし。アーヤ姉は表と裏の仕事で死ぬほど金持ちだから収入と比例したらこんくらい大したことないだろうしな。そもそもボクとヨルダは《庭園》の暗殺依頼もたまにやってるから正当報酬だろ。それで入ってくる金はアーヤ姉が将来のために貯金してるとかで頑なに触らせてくんねーけどまあ小遣いだけで十分だから別にそこに文句はない。欲しいもんがあれば買ってくれたりもするしな。

 

 っつー訳でボクとヨルダはもうアーヤ姉がいなくても何も問題ない。3年くらい前から日曜学校もダルくて行ってねーしな。勉強はやんねぇと口うるせーからやったけどよ。そしたらアーヤ姉は「日曜学校に通うくらいの年齢の子供たちを通わせる私立学校を作ろう!」とか言ってて若干面倒な気配はする。さすがにボクたちが子供の間に出来たりはしないだろうけどな。

 

 だから最近は適当に遊び回ってる。ボクたちが住んでる首都イーディスは遊び場所も結構あるしな。ガキだからカジノとかそういうところはまだ入れねーけど警察に気をつければ夜に出歩いてて遊んでても結構愉しく遊べるぜ。ボク的にはライブハウスとかやっぱアガるし、バーとかも金チラつかせたら入れるとこもあって結構面白いぜ? 酒とかは飲もうとしたらアーヤ姉がガチでうるせーから飲まねーし、そういう愉しみはまだだけどな。サーキットも悪くねーけどこっちもまだ導力車には乗れねーし、見るだけしか出来ねーんだよな。エトワスのスポーツカーとかぶっ飛ばしたらアガりそうなんだけど。アーヤ姉に乗せてもらった時も悪くなかったし。別の意味で危ない思いもしちまったけど。

 

 後はボクは行かねーけど最近はスポーツが愉しめるアミューズメント施設なんかも流行ってるぜ。バスケとかスケートとかボウリングとか色々愉しめるアーヤ姉の会社が運営してる施設だな。ヨルダなんかはたまにダチと行ってるらしいけどボク的にはまだカラオケボックスとかの方が行くことは多い。そっちもどっちかって言うとヨルダの方が行ってるイメージだけどな。それと──

 

「おいおい、こんな時間にこんな場所でガキが何してんだ?」

 

「迷子か~? それとも家出かよ?」

 

「おらどけよガキ。ここは俺たちの場所なんだよ」

 

 ……で、まあボクみたいに夜に出歩いてると不良だか半グレだか知らねーけどイキった歳上のお兄さんたちがこんな風に突っかかってくることもあんだよな。

 アーヤ姉とかエースからは表の人間を無闇に傷つけたりしないようにって言われてるし、普通なら大人しく引き下がるのが良い。暴力はいけないことってのは当たり前のルールだしな。

 

「おら、黙ってないで失せろよガキ──」

 

「──知らねーよ。つーかうるさいのはそっちじゃねーの?」

 

「あぁ? なんだガキ──うがっ!?」

 

「……は……?」

 

「っ、何しやがるガキ……!」

 

「ハッハー! どうしたよお兄さんたち! ボクまだ11歳なんだけど? そんな子供に負けて恥ずかしくねーのかよ!」

 

「ひいっ!?」

 

「な、なんだこのガキ……!?」

 

「ま、まさか最近噂になってる不良チームの……うっ!!」

 

 ──ま、ボクは普通じゃないから別に遠慮とかしないけどな。

 

 ボクはそうやって突っかかってきた不良だか半グレだか知らないお兄さんたちを素手でボコボコにしてやる。もちろん殺しもしねーし得物の銃も使わないけどな。そもそも使う価値もねーし。

 

 でも力は使うもんだろ? ボクの得た力をどう使うかはボクの勝手だし。ボクが愉しく過ごすために使える力は使うし、ムカつくヤツは普通に殴って力の差ってのを分からせてやればいい。

 ま、さすがに表で普通に生きてるだけの人間にいきなり殴りかかったりはしねーけどさ。ただこういう手合いには力で見せつけてやった方がスカッとするし手っ取り早い。生半可に引き下がったりするといつまでもちょろちょろしてウゼーし、ちゃんと叩き潰した方がボクも気持ちよく遊び回れるし。

 

「うおっ!? すげー数がやられてるぜ! またよそもんか!?」

 

「ヒュー! さすがイクスくん! イカスぜぇ!」

 

「ウフフ、惚れ惚れしちゃう強さね……♡」

 

「イクス様! ご無事ですか!?」

 

「あ? 無事に決まってるだろ? ボクの心配すんなよな、うぜーから」

 

「はっ! 申し訳ありません!」

 

 ……って他所の不良を叩き潰してたらまた人が増えやがった。そうやってゾロソロとボクの周りにやってくるのはボクがこんな風に叩き潰したことで強さに惚れたとかどうとか言ってボクに金魚の糞みたいに付いてくるようになったボクよりちょっと年上の不良たちで、不良チーム《グリード》のメンバー。

 最初に話しかけてきたのはその幹部で勝手に四天王を名乗ってるちょっとイタい連中。上から順番に、バイクのヘルメットを常に被り、常に愛犬のドーベルマンと一緒にいて可愛がってる。《サーキットの狂犬》セナ。(それ犬の異名じゃねーの?)

 七色に光るモヒカンが特徴的な不良ゲーマー。《ゲーミングモヒカン》ジョンス。(その髪型の原理がマジで分からねー)

 バスケユニフォームに身を包み、ボウリングの球を持ち歩いてるムキムキのオカマ。《オカマボーラー》ゴンザレス。(バスケが専門なのかボウリングが専門なのか分からねー)

 全身フォーマルなスーツで髪型は長髪オールバック。趣味は毎日のストリートファイト。《就活の帝王》ディミトリ。(いや就活しろよ)

 

 ……って、マジで変なヤツしかいねーしなんで付き纏われてんのかわかんねー……だから人に紹介はしないし別に覚える必要は全くない。

 ただそれぞれ共和国じゃ社会的に弱者とかなんとかではみ出しモンばっかりが集まってきてるとかは聞いたけど別にそれも興味ない。

 

 ……ただ持ち上げられんのは悪くねー気分だから放置してる。うぜーけど別にボクに害はないし、なんだったらパシリとかに使えるし。子分がいても損はしない。なんで子分になったかはマジでわかんねーけどな。

 

 ま、今日も仕方ねーから相手してやるか。導力ゲームの相手が出来たりするしな。最近出た《ファントムモンスターズ》……縮めてファンモンってのにハマってんだけど通信交換しねーとゲット出来ねえファンモンもいるしな。

 

 そう思ってボクは適当にカラオケボックスでも入ろうとして街を歩いてたら──

 

「サイードグループか……忌々しい。中東人如きが由緒正しい我々カルバード貴族以上に富を集めるとは……それだけならまだしも政財界でも影響力も高めているようだ。貴族の中にすら《SAID》の仕立てた衣服を身につける者がいる始末。気に入らんな」

 

「…………」

 

 街頭に幾らでもあるサイード社の広告を見上げてそんな文句をぶつぶつと垂れ流す身なりの良いイタいおっさんの言葉が耳に入る。

 共和国だとこういうイタいヤツは珍しくねーんだよな。100年以上前に滅んだ王国なんかにいつまでも縋り付いて自分たちは貴族だって喚いて移民を見下したりなんだったらテロなんかも起こしたりする。

 

「ん? 何を見ている? 私に何か用でもあるのか?」

 

「チッ……」

 

「フン。用がないなら去れ。まったく……近頃は移民以外も礼儀がなっていない。育ちが悪いのだろうな。やはり我々のような貴族派閥でなければカルバードは……」

 

 なんてつい見ちまってたら因縁つけられちまったけど関わってもウゼーだけだから舌打ちをして離れる。表通りだし、不良でも半グレでもないから殴っちまう訳にもいかないのが面倒なんだよな。去ってもまだブツブツ文句言ってるしよ。

 一瞬、ボクの血筋を明かしたらこのおっさんはどんな顔見せてくれんのかと思ったけど明かしても信じないだろうしこんないい歳して差別意識丸出しのおっさんに近い血筋だと思うと気色悪くなるし、無視してやった。感謝しろよおっさん。ボクがマジになったら一瞬で女神行きになってたんだからな。

 

 ……ま、どうでもいいけどよ。それよりもさっさと店に入って──

 

「また《SAID》の店が増えてんな」

 

「フン、《SAID》か……確かにセンスは悪くないが父上が言っていた。サイードグループの会長でファッションデザイナーでもあるアーヤ・サイードは薄汚れた人間だと」

 

「!」

 

 ──そうしてしばらく歩いて店に入ろうとしたところで今度は20代ぐらいの男が数人、高級車の前で駄弁っていてその発言をボクは聞いて足を止めた。

 

「薄汚れた? 血筋的な意味か?」

 

「さあな。その意味は教えてもらえなかったが……父上がそう言った以上、俺は《SAID》に関わらない方がいいと解釈した。薄汚れた女の仕立てた服なんて着れないからな」

 

「ハハハ! 違いないな!」

 

「……………………なあオイ」

 

「ん? なんだお前は──うっ!?」

 

 ──ボクは気づけば、()()()()()()()()()()

 

 立っていられずに地面に倒れたそいつは無様に尻もちを付きながらボクのことを見上げてくる。付いてきてた子分も動揺してた。

 

「お、おい! 大丈夫か?」

 

「イクスくん……!?」

 

「ガハッ……ゴホッ……お、お前……何をしや──」

 

「──いいからその口、さっさと閉じてくんねー?」

 

「なっ……!?」

 

 そうして睨みつけていたそいつの目が驚きと恐怖に染まる。なぜならボクが取り出した得物の銃口を眉間に突きつけたから。

 

「お……おいおい……マジかよぉ……!?」

 

「ど、どういうつもりだ? こんなところで銃付きつけるなんて……!」

 

 ま、確かにちょっとヤベーかもな。夜中とはいえ道路沿いで裏路地でもないし、人気もそこまで多くはないけど通行人もチラホラ見えてざわつき始めた。

 こんな場所でボクの得物みたいな長銃を取り出したらさすがに通報されるし、捕まりはしなくても後で小言を聞く羽目になる。

 

 だけどよ──()()()()()()()()()()()()

 

「──あいつへの愚痴をボクの前で口にするなよ」

 

「は、はぁ!? な、何言って……」

 

 ……確かにあいつはお人好しだしうるさいし人によってはウザく感じるし、立場的に目障りに感じる人もいても全然不思議じゃない。実際、ウゼーしメチャクチャだしな。ボクも別に好きじゃねーよ。面倒を見てもらいはしたけど別に親って訳でもないし。

 

 ──だけどそういう中傷を言い出すヤツはマジでムカついてしょうがねぇんだよ。

 

 こいつの父親がどういう意味でそう言ったのかは知らねーけど気にはなるし、こいつシメるついでにこいつの父親もシメて話を聞き出してみるか。

 

 もしかしたらアーヤ姉が言ってた《アルマータ》と繋がりのあるヤツかもしれねぇし。

 

「……とりあえず全員ボコしてやるから覚悟しろよ。お兄さんたちさぁ!」

 

「こいつ、ヤベェ……!」

 

「こうなら俺たちも……!」

 

「いやいや、こんなとこで喧嘩なんてしたらヤベーだろ! 逃げようぜ……!」

 

「ボクから逃げられると思ってんの? ま、正面からやるよりは無謀じゃねぇし、試してみるくらいはいいけどな。ほら、やってみろよ! 命は取らねーでおいてやるからさぁ!」

 

「ひいっ!?」

 

「や、やっぱ逃げんぞ! 全員車に乗り込め!」

 

 そうしてその不良のお兄さんたちは全員高級車の乗り込んで逃げようとしたけど言った通り、ボクから逃げられるワケねーから。

 ボクは引き金を引いて車のタイヤをパンクさせてやる。銃弾の軌道を操れるボクの異能の力だ。

 そうしてもたついてるところに追いついてボクはそいつらを改めてボコして話を聞き出してやることにした。物騒だけどこういう遊びも刺激的で面白れーからな。

 しかも聞き出してやった情報が結構有益なものだったし、これならアーヤ姉に怒られることもないかもしれない。

 何しろボクなんかよりよっぽど連中のこと殺したがってるのがアーヤ姉だし──

 

「こらー! 聞いたよイクス! 表で騒ぎを起こしちゃダメっていつも言ってるでしょ!」

 

「だ、だからあれは仕方ねーんだって! それに《アルマータ》の情報ゲットできたんだから良いじゃねぇか!」

 

「だとしてもその大人だけ締め上げればいい話でしょ! ちょっと喧嘩するくらいなら大目に見るけど銃取り出すのはやりすぎ!」

 

「うわ、銃まで取り出したんだ。そりゃやりすぎでしょ。表の人間相手に大人気なくない?」

 

「うっせぇヨルダ! お前だってこの間やらかしてただろうが!」

 

「私はバレてないから。表通りでイクスの銃なんて取り出したら騒ぎになるに決まってるじゃん」

 

「バレなければいいという問題でもないが……」

 

「うるさいエース。それよりそっちのイシュニャルガの餌取って」

 

「ああ」

 

「ヨルダー、もうすぐご飯だから《Xipha(ザイファ)》はしまってね」

 

「えぇー……今いいところなんだけど……」

 

「ご飯食べたあとにしなさーい。はぁ、仕方ないなぁ。私も今のうちに連絡しとこ…………もしもしルネっち先輩? 昨日の夜中にウチの子がタイレル地区で騒ぎを起こしたんだけどそれなんでもないから良い感じに無かったことにしてくれない? ……え? それよりも他のことについて聞きたい? それはちょっとなー。私も忙しいし切るね! それじゃ! ──よし、こっちはこれでいいとして次はっと…………あ、もしもしグラムハート先生! お疲れさまでーす! 今大丈夫ですか? いやちょっと相談があって……経済的にちょっと影響が大きそうなので事前に伝えておこうかと────あ、問題ないです? オッケーです。それじゃ良い感じにやらせてもらいますねー。はーい、ありがとうございまーす。それじゃ失礼しまーす。──こっちもこれでヨシ! 後はスケジュールの調整でセラちゃんに連絡して……あっ、一応記者側にも連絡しとかないと! ──もしもーし! ディンゴ? 実はちょっとお願いがあって──」

 

 ……いつものことだけど忙しなさすぎだろ。

 

 ただ結局は怒られた。そして今はその後始末と手に入れた情報を利用しようと色んなところに連絡を入れてる。アーヤ姉の人脈はヤベェからな。ただでさえ《庭園》のトップ張ってるってのに結社とか猟兵とか裏側に伝手があるだけじゃなくて表の有名人にも友人や知り合いがいるってのがおかしい。

 アラミスOGってのもあって同級生とか後輩とかも各業界に務めてたりしてるのもあんだろうな。

 

「相変わらず朝から騒がしいわね。しかも色々と聞き捨てにくい言葉が飛び交ってるし……」

 

 ……ああ、そういやレンのヤツもいたな。

 ボクたちが住んでる3区の自宅。高層マンションの最上階なんだけどそこの食卓に少し前から混ざってるのはレン・サイード。アーヤ姉と同じ結社の執行者でNo.ⅩⅤ《殲滅天使》の異名を持ってるヤバい女だ。

 つってももう結社は抜けちまったらしいけどこいつがヤベェのはよく知ってる。ボクたちがガキの頃はたまに家に遊びに来てアーヤ姉に勉強を教えたり、手合わせしてるところを見せてもらったりもしたからな。

 とはいえここ数年はあんまり来てなかったけどな。なんでも帝国のトールズ士官学院の分校ってとこに通ってたらしい。そんで態々そこから転校って形で改めてアーヤ姉の母校のアラミスに入ったもの好きなヤツだ。なんでそんなに学校に行きたがるのはボクには全然わかんねー。昔アーヤ姉も着てたアラミスの制服姿で朝から優雅に紅茶を呑んでやがる。

 

「それで? イクスが旧貴族派閥のドラ息子を相手に騒ぎを起こしたらその息子から親が《A》と繋がってるってことがわかったみたいだけどアーヤはこれからそこに向かうのかしら?」

 

「うえっ!? あはは……いやぁ~どうかなぁ?」

 

「あるいは……電話相手からして別の仕掛けをするつもりかしら? 最近は《A》の構成員を見つけるのも手間取ってるみたいだし……」

 

「べ、べべべ別にそんなことないよ! ほら私仕事で忙しいし! 今日は学校事業を始めるために教員の採用面接と制服のデザインを決めてそれを仕立てるって大事な仕事があるんだから! いやー忙し忙し。レンも学校頑張ってね! ロナールくんだっけ? 議員の息子からのアプローチに困ったら是非私に言って! その親の方に圧力かけてやめさせることもできるだろうし──」

 

「──よーうアーヤ。いるかー? 暗殺しようぜー。それと何か面白いことやろうとしてるみたいじゃねぇか。オジサンもいっちょ噛ませてくれよ」

 

「あっ」

 

「……………………」

 

「……オッサン相変わらず空気読めねーのな」

 

「いや……あれ絶対ワザとでしょ……」

 

「また来たのか……」

 

 そんで更に家に出入りするヤツがもう1人──ボクたちをアーヤ姉に預けた張本人の《破戒》のオッサンがアーヤ姉の下手くそな誤魔化しを更に台無しにしやがった。それにボクやヨルダは呆れる。エースのヤツもこのタイミングで現れやがったことに辟易としてるみたいだな。朝食出してたタイミングだしよ。

 

「……なるほど。やっぱりそういうことね」

 

「よう、レンにイクスにヨルダにエース。サイード家のガキ共もペットも勢揃いで賑やかな朝食だな。せっかくだし、オジサンも混ぜてもらうとするかね」

 

「その前に野球しようぜみたいなノリで暗殺誘わないでくれる!? オジサンのせいでバレちゃったじゃん!」

 

「もうとっくにバレてるだろうし問題ねぇだろ」

 

「まあそれはその通りではあるけど」

 

「うっ……あはは……これは何ていうかそのぉ……」

 

「……別に隠さなくても《A》に関しては色んな勢力も追いかけてるみたいだし、相手が相手だからそういうのも無しではないと思うし、私が敢えて何か言うこともないわよ」

 

「あ、ほんと? それなら──」

 

「むしろ私にだけ隠そうとしてることに腹が立つわね」

 

「うっ……ご、ごめんね? ちょっと色々あって……」

 

「ふぅ……まあ私の表の生活を邪魔しないようにしてくれたんでしょうけどね。ただ私はもう大人のレディだから何に関わって何をどこまで手伝うかは自分で決められるわ。だから私にあまり気を使わないで普通に相談してくれると嬉しいのだけど?」

 

 そう言ってレンのヤツはここ最近アーヤ姉が隠れて動いてることに対してのスタンスを示す。最後にウインクをしながらなのがあざといよな。

 そしてそれを聞いてアーヤ姉も困ったように笑った。

 

「あはは……オッケー、わかった。そこまで言うなら……《A》に関連してると思われる企業の買収がしたいから関連情報の収集とその買収を手伝ってくれる? それと幾つか会社の面倒も任せたいなぁ。それと薬品の調合を手伝ってほしいのとちょっと夏の新作で出すデザインで迷っててどっちがいいか見てくれない? それと導力ネットの方も情報が出回ってないか色々と見てほしいのとさっき言った関連会社もハッキングしてデータの方を閲覧してほしくて──」

 

「相談してとは言ったけどそこでいきなりそれだけの量の手伝いを頼むのは割り切りすぎじゃないかしら。──ま、別にいいけれど。手伝えるところは手伝うわ。私も気になっていたところだし」

 

「わーい! ありがとう、レン!」

 

「クク、良かったじゃねぇか。ついでだし、オジサンの犯罪プランの相談にも……」

 

「ああ、オジサンの手伝いはさすがに御免被るわ。ろくな事じゃないだろうし」

 

「やっぱダメか。信用あるねぇ。昔はもうちょっと悪気があったんだがなぁ。リベールじゃオジサンのやり方を真似てお茶会なんかも開いてたみたいだし」

 

「フフ、つまり今の方が良いってことよね、ありがとう。これからもオジサンのことは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「クク……いいぜ。じゃんじゃんオジサンを見習いな。オジサンとしちゃあ残念だがお前はそっちの方が合ってるみたいだしな」

 

「ええ。だからあまりやりすぎるようだと私も遠慮なくやらせてもらうわ」

 

「そいつは愉しみだな」

 

「うんうん。結社じゃお馴染みの物騒な会話だね! でも私を間に挟むのはやめてね! 巻き込まれて私が1番痛い目に遭いそうだし!」

 

 ──そりゃボクたちの台詞だろ。《破戒》のオッサンにレンにアーヤ姉の争いに巻き込まれるとか絶対面倒くさいだろうし。

 オッサンもレンも意味深に不敵な笑みを浮かべてるし、アーヤ姉は能天気に笑ってやがる。あれはもう割り切ってるな。オッサンの相手もレンの相手も慣れてんだろうから表情から見る分には全く動じてねぇ。内心はどうか知らねぇけど。

 

 ……ってな感じで特殊な朝食風景が繰り広げられたけど……レンのヤツも手伝うってんならまた進展があるかもな。

 

 ボクたちが今やろうとしてる──《アルマータ》の殲滅プランってヤツが。

 

 

 

 

 

 ──その日、《アルマータ》の構成員2人はある都市伝説と遭遇することになった。

 

《アルマータ》とは近年勢力を急速に拡大しているカルバード共和国を拠点とするマフィアである。

 その勢力はかの《黒月》に迫るほどであり、アルマータの構成員たちはボスであるジェラール・ダンテスの下、共和国や大陸を恐怖によって支配するべく精力的に活動していた。

 

 そしてその男たちはアルマータのダミー企業を用いた工作を担当しており、首都イーディスのとあるビルの中でその日は待機していた。

 

 アルマータは拠点を持たない。正確には少し前までは共和国北部のメッセルダムにアジトを構えていたが、ある理由によりアルマータの構成員は下っ端から幹部まで全員地下へと潜るよう指令が下っている。

 ゆえに彼らは必ず最低でも数日毎にはねぐらを変えて活動しているのだが──彼らは僅かに不満を抱えていた。

 

 それはこんな風に地下に潜らなければならない理由だ。

 

 勿論ボスを疑っているわけではない。伝説についても承知している。仲間が何人もやられたことも当然知らされていた。

 

 ──が、それでもだ。ボスや幹部たち。自分たちアルマータが本腰を入れてやり合えば対抗することは叶うだろう。

 

 違法な薬物による強化。様々な武器、兵器の類。情報網や財力、バックについている勢力も含めてアルマータは紛れもなく共和国で最大級のマフィアである。対抗できるとすれば《黒月》くらいのもの。その《黒月》ですらいずれは打倒すると血気盛んな思考を持つ構成員らは息巻いていた。

 

 事実、そこらのチンピラや半グレ。マフィアや猟兵などの裏組織。警察や遊撃士といった表の組織ですら手をこまねいているのが現状なのだ。彼らが自信を持つのも無理はないと言える。

 

 ──だが。

 

「痛っ……」

 

「どうした?」

 

「いや、胸がチクッとして……何か棘でも刺さったか? 胸に違和感が──」

 

 黒尽くめのスーツに身を包むアルマータの構成員。そのうちの1人が、突如胸に違和感を覚えた。

 相方のその訴えに大したことないだろうと軽視していたもう1人の男は「気の所為だろう」と返そうとして、その前にとんでもないものを見た。

 

 ──びしゃっ、と。液体が突然吹き出して男に降りかかる。

 

「っ!? なんだ……!? お前、ワインでも盛大に零したの、か…………」

 

 突然のことに男は何が起きたかも分からずその液体をテーブルの上に置いてあるワインか何かだと思い──そしてすぐに目の前の光景に絶句する。

 

「…………あ…………ぅ…………あ…………?」

 

 胸の違和感を訴えた相方もまた、急激に増した胸の痛みと違和感を感じながらも何が起きたか分からず、ゆっくりと倒れていく。

 

 そして間近でそれを見た男はようやく何が起きたを頭で理解した。震える声でそれを呟く。相方の男の身に起きた恐ろしいことを。

 

「し……心臓が……と……()()()()()()……?」

 

 ──そう。男の胸から、心臓が飛び出して床に転がっていた。

 

 辺りには胸から吹き出した鮮血が撒き散らされ汚れている。

 そして倒れた男もまた血の海に沈んだ。その光のない瞳には最期まで何が起きたか分からず、しかし自らに訪れるであろう死を予期したことによる恐怖が僅かに感じられる。

 

「っ……誰だ!? 襲撃か……!?」

 

 だがそれ以上に恐怖しているのはもう1人の男だった。

 アルマータの構成員として荒事には慣れている。ゆえに彼はすぐに気を取り直して懐から銃を取り出して警戒体勢を取ったが、それでも突然心臓が飛び出てくるような事態には当然慣れていない。何でもないように振る舞いながらも死んだ男が感じた以上の嫌な恐怖がじわじわと心に忍び寄っていた。

 

「痛っ……何だ? 胸が今チクッと……」

 

「──どうもこんばんはー」

 

「!?」

 

 ──そしてその恐怖が限界まで高まるよりも前に、男は胸に何か棘のようなものが刺さった感覚を覚え、それと同時に背後から声をかけられた。冷たい刃の感触を首で感じながら。

 

「あ、動かないでねー。()()()()()()()()

 

「っ……貴様は……」

 

「それと勝手に質問したりしないようにね。これから尋問するけど私って尋問苦手だから聞いたことにはさっさと答えてくれないと死ぬからね」

 

「ふざけるなっ……! 我等アルマータを見くびるなよ……! 誰かは知らんが情報を漏らすつもりは──」

 

「今さ、見たよね? もう1人が心臓飛び出して死んだの。答えないとあれと同じことが起きるから」

 

「っ!? な、何だと……?」

 

 その気楽そうな女の声を聞いて最初は威勢よく声を荒げた男は、しかしそのあとの女の言葉を無視できずに僅かに狼狽える。

 今しがた起きた心臓が飛び出して死んだあの光景。それと同じことが自分の身に起きる。

 その死に方があまりにも異常だったこともあり、覚悟を決めた筈の男の心にも僅かに緩みが生まれた。

 

 それを意図せずに作り出した女はそのまま背後から男に語りかける。まるで世間話でもするかのように。

 

「んー、何から話そうかなぁ。とりあえず私としてはアルマータの情報をくれればいいんだけど。特にボスのジェラールとか幹部の居場所とか教えてくれれば嬉しいかな。教えてくれないなら死ぬし、あんまり時間もないから気を付けてね?」

 

「ぐ……やはり狙いは、ボスたちの居場所か……!」

 

「あーそういうのいいから。早く教えてくれる? まあそう言われて、はいよろこんで、とならないのも分からなくもないけどさ。うーん……あ、それじゃ今どんな風になってるか教えてあげるね?」

 

 平静そのものな女の声はそこで説明を始める。男の口を割るために。

 

「私の暗殺って普通に辻切ったり毒使ったり針や糸を使うんだけどさ。知ってる? 裁縫針って1号から12号まであってね。番号が少ないほど太くて多いほど細い。つまり1番太いのが1号で1番細いのが12号。縫う対象とか縫い方によって使い分けるんだけどね。厚手の生地だと太い方がいいし薄手の生地とかまつり縫いする時は細い方が良かったりするんだよねー」

 

「な……何の話をしている……!?」

 

「まあまあ聞いてよ。だから当然、人体を縫う時はまた別の針を使うんだよ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 ──心臓に針と糸が縫い付けられている? 

 

 それを聞いて男の心臓はどくんと跳ねた。いや、そんな筈はない。心臓は正常に動いている。

 確かに胸の違和感はある。棘に刺さったような感覚もした。そして、それを聞いたことでより胸に嫌な悪寒が、痛みが強まったような気がするがそれでもそんなことはありえないと男は自分の心臓に針が刺さっているという女からの忠告を必死に振り払おうとした。

 

「それが私の使う特別製の13号の裁縫針。最も細くて、その割に針自体の長さはちょっと長めで戦闘で使いやすいようにオーダーメイドで作ってもらっててさ。ま、簡単に言えば暗殺兼戦闘用だね。これに同じくらい細い鋼糸を通して私は戦闘や暗殺で使ってるんだよ。針にも糸にも気づきにくく、刺されば抜けにくい。標的を暗殺するのにも申し分なくて結構便利なんだよね」

 

「っ……そんな……ものが……」

 

「で、この針は極細だからさ。相手に刺さってもあんまり気づかれないんだよね。まあ痛いは痛いんだけど脳とかじゃなければこれで刺しただけじゃ死なないし、心臓を刺してもただちに異常が現れたりはしない程度には細いんだよ」

 

 どくん、どくんと鼓動が跳ねる。男の心臓は問題なく動いている。鼓動は速い。その説明を聞いて更に速くもなったし、違和感が強まった。自分の胸に針が刺さっていると聞いて穏やかではいられない。そんな男の本能が血流を早め、心臓の動きを早めてしまっている。

 

「そして細かいやり方は企業秘密というか技術なんだけど……ま、結論を言うとあなたの心臓に私の針と糸を縫い付けたから、引っ張ってそれを取り出すこともできるんだよね。さっきみたいな感じで」

 

「な────」

 

 男は驚きを言葉にできない。女の語り口が普通すぎることにも恐怖を感じる。心臓を引っ張り出して殺すなんて残酷な殺し方を実行しておいて平常を保つこの女は明らかにイカれていると。

 

「まあ普段は敢えてこんな殺し方はしないんだけどね。普通に切ったり毒使った方が楽だし。複数人相手する時に逃げようとする相手をこれでサクッと殺したりとかもするけどそういう時も別に心臓じゃなくて脳刺した方が速いし」

 

「な、なら何故……?」

 

「尋問するんだからこっちの方がいいでしょ? すぐに殺せるけどすぐに死ぬわけじゃないし。──ってことではい、説明終わりー。アルマータの情報を全部教えるまで~……3……2……1──」

 

 そして唐突な死への宣告。煉獄行きのカウントダウンが始まったことで男は焦る。あまりにも切り替えが突然すぎる。語り口が普通かつ一方的なものだから切り替えが追いつかない。

 男は必死に言葉を頭から引っ張り出す。背後と心臓から濃密に感じる死の気配から逃れるために。

 

「っっっ──ま、待て! 俺は大したことは知らないっ! ボスたちの居場所も知らなければ、他の構成員の居場所も──」

 

「──あ、()()()()()()()()()()。本当に答えないのか知らないのか分かんないけど情報は得られなかったから殺すね?」

 

「待……!?」

 

 ──びしゃっと。

 

 血飛沫と共に──男の胸から心臓が抜き取られた。

 

「あ…………あ…………ァ…………」

 

 男はゆっくりと両膝を付き、目の前の血まみれの床に転がった自らの心臓を見下ろした。──確かに、何か線のようなものが、おそらく針と糸が縫い付けられている。

 女の言葉が本当であったことを理解しながら、そしてボスたちから聞いていた都市伝説もまた思い出し、それがおそらく背後の女であることも悟る。

 

 ──共和国の裏社会において最も恐れるべき存在。

 

 かつて大陸中で何百人。あるいはそれ以上の犠牲者を出したことで知られる伝説の暗殺者。

 

切り裂き魔(ザ・リッパー)》──それに狙われないために、自分たちはずっと地下に潜っていたことを。

 

「はぁ…………今日もダメかー。収穫なし。ま、いいけどねー。とりあえず痕跡消してからシノちゃんのバーにでも行こっかなー。愚痴聞いてもらいたいし」

 

 そうして男は最期にため息をつく褐色肌の女の姿を、《切り裂き魔》の正体を見て意識を闇に溶かしていく。

 慈悲もなく逃れることもできない。そんな最強の暗殺者の恐怖から逃れられることに安堵しながら。

 

 

 

 

 

 ──ボンソワール! カルバード共和国、首都イーディスよりお届けします。アーヤ・サイードです。最近のマイブームはお酒造りです。

 

 そして今は七耀暦1208年の4月頃であの《ちくわ事件》から1年が経ちました。

 なので私は1月に誕生日を迎えてもう24歳! 立派な大人のレディだね! まあ顔はどちらかと言うと童顔寄りだから可愛くてお茶目で明るくて笑顔が素敵なお姉さんって感じだけど。身長も165リジュで急成長し始めてるレンにもまだギリギリ抜かれてないし! 

 

 なので基本衣装もちょっぴりイメチェン! 髪も当然伸びたんだけど襟足だけちょっとだけ伸ばして他は以前と同じくらいにカットした。ウルフカットで更に大人っぽく! こうするとシルエットが丸っこいから可愛いのに襟足長めなのがかっこ可愛い! 髪色はいつもの銀髪に襟足のインナカラーはパステルピンクなのが私のトレードマーク! 私のイメージカラーは黒とピンクだからね! なのでジャケットはお気に入りの黒とピンクのこれを七耀暦1208年Verってことでちょっとだけアレンジ。ポケットを増やしたり細かい部分をね。ジッパーとか付いてるベルトとか袖の部分がピンクで可愛いけど基本色が黒だからかっこよくも可愛くもある。これを前を止めずに着るのがアーヤちゃん流だ。なんたって着てる服は全部見せたいからね! せっかく共和国に帰ってきたんだからシティ感を出して帝国編とはまた印象を変えないと! あとこっちでは有名人だし、いざという時に隠れるために、そして社長感も出すためにハート型のサングラスも頭にかけておくことにしよう。縁の色は黒でグラスは薄めのピンクで服の色を拾っていこうね。髪が銀だからそこも対比になっていいんだよなー。

 で、シャツは白かな。裾はかなり短めでお腹の上まで。アームホールというか袖はなし。私の綺麗なお腹や肩に脇も出していこう。熱いのは平気だけど涼しげな感じに見えるね! 実はこのシャツ背中も空いてるからジャケットを脱ぐと背中まで見えちゃう! セクシーでスポーティにも見えるね! それにいつもの短めウロボロスネクタイも付けてフォーマル感をちょっと追加! そしてパンツは黒のショートパンツなんだけど流行りの見せハイレグパンツも下着として着てる。分からない人向けに説明するとよくある腰の上辺りに見える紐のことだね! ウルリカちゃんが着てるみたいなやつ! これがあると可愛いしエッチさもあってオシャレ感がマシマシだ! そして右足だけの白のニーハイソックスに太もも黒ベルト! 左足は敢えてショートソックスにしてアシンメトリーにしていく。褐色の肌も相まってコントラストが良い感じ! スニーカーブーツは靴紐がピンクで底は黒。厚めで基本職は白の可愛い上に色んなところでも耐えられるやつね。まあ私の身につけるものは素材からめちゃくちゃ丈夫にしてるから全部そうなんだけど。そして太ももにもタトゥーシールをぺたり! ウロボロスハートは可愛くてお気に入りだ。マニキュアもちゃんと塗っとこうね。戦闘の邪魔になるからゴテゴテにはしないけど塗るくらいのオシャレは基本だ。色は右手が黒で左手がピンクでいいかな。ここも左右で別々がいいよねー。ピアスは金色の昔レティ姉さんに貰ったものを付けとこうかなっと。

 

 ──というわけでこれが前にも若干紹介した共和国編基本衣装。帝国だと軍属だったせいで殆ど改造軍服とか分校用改造制服ばっかり着てたからこっちの衣装も使っておかないとね。それでもそのままにしておかずアレンジも加えて手は抜かない。なんだったらラングポートに行った時に使える煌都風衣装とサルバッドに行った時に使える中東風衣装もある。アーヤちゃんは衣装がいっぱいだ! 店舗特典かダウンロードコンテンツでゲットできるんだろうなー。そもそもプレイアブルじゃないかもだけどみんなゲットしてみてね! 私がいる世界がゲームになってるかどうかは知らないけど! 

 

 まあでもつまりは新シリーズだから心機一転して頑張ってこうねって話だ。私の本拠であるゼムリア大陸中央部に位置するカルバード共和国は黎の軌跡シリーズの舞台であり、東ゼムリア編の舞台でもある。

 エレボニア帝国がヨルムンガンド戦役の賠償金とかゴタゴタで若干斜陽になる中、カルバード共和国はグラムハート新大統領の下、その賠償金を使った経済政策やら諸々で大陸最大の覇権国家となった! さすがはグラムハート先生! もはや共和国に敵う国家なんてない! 最強国家の誕生だー! イエーイ! 

 

 ……とまあ基本は良いことなんだけど長らく軌跡シリーズを追いかけてきた人たちならわかると思う。こうやって急速に繁栄しまくってる地域はめちゃくちゃ怪しいし、それに伴った問題もいっぱい出てくるってことを。うんうん、お約束だね。メインのストーリーにも絡むし、サブクエが増える理由にもなる。

 ただ今回は遊撃士とか警察とか軍人がそれに対処するんじゃなくて結構アングラな立場の人が主人公であり新しい英雄候補なんだよねー。

 

 そう! それが私のアラミス時代の友達! ヴァン・アークライド! 年齢は24歳! イーディス8区、旧市街にて《裏解決屋》を営む不良青年だ! 趣味は車に甘いものにサウナに映画鑑賞と色々! 結構多趣味だよねー。おじさんっぽいってよく揶揄されてるけど私は良いと思う。私の趣味は多すぎて書ききれないくらいだし、それに比べればおじさん系でまとまってるよね。甘いもの好きってのも逆に最近はおじさんに多いし。

 

 で、まあこのヴァンがさー。すっごい拗らせてるんだよ。いつものことだけどね。心に問題を抱えてるというか結構面倒くさい性格してるんだよね。基本は話がわかるし、人を色眼鏡で見ないし甲斐性はあんまりないけど仕事にプライドを持ってて低学歴だけど鼻がすごい効いてなんだかんだお人好しでハードボイルドでは全くないけどツッコミ上手な良い人なんだけどさ。若干自己犠牲の癖があるというか……そんな感じの面白主人公だ。エレインちゃんや私みたいな美少女とも結構縁があるのに敢えて遠ざけようとするのも贅沢だよねー。

 

 だけどそれがヴァンの味とも言えるし、別にいっか。そろそろ次の予定の時間だし店出よっと。

 

「おやっさーん! ポーレットさんもご馳走様ー! 今日も美味しかったよ!」

 

「ああ、もう行くのか」

 

「ふふ、どういたしまして。今日はデザートは食べていかないのかしら」

 

「いやーそれが仕事が忙しくてさー。この後もまた予定があって……」

 

「あー! アーヤちゃんだー!」

 

「お、ユメちゃんやっほー! 外で遊んでたのかな? お帰りー」

 

「ただいまー! 今日もすっごくお洋服かわいいね!」

 

「ありがと。そういうユメちゃんも今日もイカしてるねー。そんなお洒落で可愛いユメちゃんには……今日もアーヤちゃんの仕立てたお洋服をプレゼント!」

 

「うわ~……! すっっごいかわいい……!」

 

「ふふん、そうでしょ。是非ともお出かけの時にでも着てみてね」

 

「やったー! ありがと、アーヤちゃん!」

 

「おいこらアーヤ。お前、またユメを甘やかしやがって……」

 

「いつも悪いわね」

 

「全然全然! 子供服のモデルに最適だしね! 可愛いユメちゃんが私の仕立てた可愛い服を着てみんなに見せつけることでイメージアップする。つまりこれは私なりの営業! ブランドイメージを高める企業努力みたいなものだから! 全然気にしないでいいよ! それと甘やかすなはおやっさんに言われたくはないなー」

 

「ぐっ……うるせぇ。食べ終わったんならさっさと仕事でもどこでも行っちまえ」

 

「はーい。それじゃご馳走様ー。ユメちゃんもばいばーい。今度遊ぼうねー」

 

「うん! ばいばーい!」

 

 ……とまあそんな訳で私はビストロ《モンマルト》を後にする。私は旧市街にあるこの店の常連だし、おやっさんことビクトルさんにその娘で看板娘というか美人すぎるお姉さんのポーレットさんにその娘のユメちゃんとも昔っからの知り合いで家族ぐるみの付き合いだ。なんだったら一度イクスにヨルダにレンにエースくんも連れてきたことがあるし、知り合いには結構布教してる。それくらい雰囲気良くて料理の味も抜群な良い店なんだよ。私のおすすめはシンプルなオムライスかな。他の料理もレベルが高いけど私はこれが1番好きなんだよね。今日も昼食としてそれを食べた。

 

 ただこの店の2階に住んでるヴァンとは最近全然会ってない。もう1年以上顔を合わせてないかな? というか合わせないようにしてる。顔を合わせると色々アレだからね。これでも結構気を使ってるんだよ。ヴァンが寝てたり仕事に行っていない時間を狙って来てるから。

 

 というかそもそもヴァンとは共通の知り合いがめちゃくちゃ多い。まあお互いに首都イーディスを拠点にしてるから仕方ないんだけどさ。

 でも首都は広いので普通にしてたらそこまで鉢合わせないね。なので意図的に会わないようにすれば更に顔を合わせることはないと思う。だからルネっち先輩にエレインちゃんもヴァンとは何年も会ってない訳だ。幼馴染なのにここもかなり拗れてる。幼馴染だから、と言うべきかもしれないけど。

 

 さて、それじゃ《モンマルト》を出て向かいのタバコ屋のギンお婆ちゃんからのいつもの私の正体を知ってるんだけど気づかれないように自然な感じを上手に装ってる裏の出来る住人特有の視線を受けつつ次の場所に向かおう。今日は暗殺はないからね。《アルマータ》の構成員は見つけ次第直接殺すか、《庭園》の他の管理人とかに任せてるけど今は収穫もない。かなり地下に潜ってて見つけにくいんだよねー。幹部以上は影も形もないしさ。おかげであんまり殲滅は進んでない。私だけでももう57人。庭園の他のメンバーのも合わせれば100人はやったと思うけど《アルマータ》は規模も大きいからまだまだ潜んでそうだし。

 

 あるいは半グレから辿るって手もあるけどさすがに半グレ程度をやるのはやりすぎだしなぁ……情報屋にも定期的に聞いてみてるんだけどね。ディンゴとかベルモッティとか優秀な情報屋も首都には多い。えっと、あと誰だっけ……ちりめんじゃこじゃなくて……ああ、そうだ。ジャコモとかもいるね。でもあのおじさん、私相手だと金が欲しいのか露骨に媚びる上に情報を出し惜しみしようとする割には情報の精度はディンゴとかと比べてそこまで高いわけでもないからあんまり当てにしてないんだよね。声がオジサンに似てるのもなんかムズムズするしさ。

 

 まあ本命はそのオジサンからの情報だから他が空振りでもまだ良いんだけど情報を漏らさないように一応網は張っておかないとね。ただ私がアルマータを追ってるって思われないように一応ディンゴとかベルモッティには自分からは聞きに行ったりはしてない。最近はマフィアの構成員が次々に死んでいく不審な殺人事件が起きてるって話題なのもあってちょっと裏に通じてる人は私の正体にはもう気づいてるし、教団関係者を暗殺して回ってることも伝わってる。それ以外の人間を狙うことがあんまりないことも。

 なのでみんな気になってると思う。《切り裂き魔》が復活したとか騒がれてるし、その割には被害者はマフィアだし私のやり口と一致しない部分もあったりで必ずしも符号しないからね。《庭園》の構成員がやってるのもあるからそれが目眩ましになってる。《庭園》の情報はまだ全然知られてないし、私っぽいけど私かどうか確証が持てない。なので私がやってるかどうかってのはみんな直接聞いてみたいんじゃないかな。いつかは知られるだろうけど自分から言い出すことでもないので今はまだ秘密だね。

 

 ああ、そうそう! 装備も変わったんだった! というのも遂に新しい戦術オーブメントが出てね! 第六世代戦術オーブメント《Xipha》がさ。これがまた色々と特殊で最新式で面白い。今までの戦術オーブメントと違い財団が完全に開発から外れてヴェルヌ社単独で開発してる。機能もすごく進化してて単純にクオーツも沢山セットできて戦闘能力も以前のと比べてかなり向上するし、目玉の機能として霊子装片っていうものを展開したり操ったりできる。これがまた自分で使う分にも便利かつ相手が使う分には厄介な優秀な機能でね。一定範囲内での味方との連携、意思疎通も取りやすいし、霊子装片はバリアみたいにちょっとした防御に使ったり刃にして攻撃に使ったり足場として展開してうまくやれば空中軌道が可能になったり身体能力を更にブーストするだけでなく用途がめちゃくちゃ幅広いのだ。そして何より厄介なのがこの霊子装片を使ったシャードサーチだね。周辺にある霊子情報を拾って探知、探索ができるようになる機能なんだけどこれのせいで暗殺に更に気を使わないといけなくなった。まあ出て日が浅いのもあってまだまだ警察の捜査とかに使われてたりはしないんだけど使える人は使うだろうからね。一応時間経過で霊子情報は薄まるからそこは安心できるとはいえ一応霊子情報も乱して痕跡を消さないといけない。なので手間がちょっと増えた。どんな業界もそうだけど暗殺者も最新技術に適応しないと生きていけないんだよねー。

 

 でも今のところは問題ない。シャードを使ったステルスなんかも以前のLAMDAと同じで見抜くのは慣れればできるし、逆にこっちもシャードを使った新しい戦術で戦闘力はアップしてると思う。これでもトールズの実戦技術教官もやってたし戦いの場に身を置いてなんだかんだ長いからこういう細かい部分もしっかり利用していかないとね。ちなみにオペレーティングシステムとして支援AIが搭載されてるんだけどね。その《ホロウコア》はテスタ=ロッサにさせてもらった。まだ意思疎通は取れないけどテスタ=ロッサの勇ましい声でガイドとかしてもらうのは中々良い感じだね。ホロウコアも色々と種類があってカスタムが面白い。メスガキタイプとか欲しいよね。

 

 更に更に戦闘面以外でも導力通信機能は当然搭載。導力ネットにも接続できるのでいわゆる通信機としても使えるし、ネットも閲覧できる。形状もちょっと大きめだけどスマートになって最新機感がすごくてかっこいい。単純に便利なので遊撃士や軍人とかそういう人たち以外でも持ってる人はかなり多い。なんだったら戦闘関係の機能がない民間用の《Tフォン》ってのも発売されてかなり注目されてる。これがあればビジネスでのやり取りも友達同士での寝る前の寝落ちもちもちもできるし導力ネットで最新情報を入手できたり各種手続きも簡単! 掲示板に書き込んだり動画や音楽を楽しんだりも朝飯前! もちろん導力ゲームもね! なのでこれを持ってないなんて考えられない! お値段は一台2万ミラ。ちょっとお高めだけど《Xipha》よりは安いしこれからの生活に欠かせないものなのでビジネスマンも首都っ子もみんな挙って購入してるよ! お買い求めはお近くのヴェルヌストアまで! 分割払いにも対応してるのでいつでも店員さんに相談するといいよ! あ、詐欺には気をつけてね! 

 

 ……ふぅ、とまあ最新の戦術オーブメントについての説明はこんなところかな。共和国は今や経済的にも文化的にも文明的にもあらゆる面でゼムリア大陸の中心なので変化がかなり大きい。文化的な面で言うと私の《サイード》グループが結構牽引してる節もあるしね。ファッション面は当然のこと、導力ゲームも飲食店も娯楽施設もかなり発展しててその分儲かっててもう私の預金は一目見ただけじゃちょっとよくわかんないくらいのお金が入ってる。未だに多方面に展開を続けてるのでまだ成長する見込みだ。しかもこれからは《アルマータ》に協力してると思われる旧貴族派閥の力を削ぐためにその手の企業の買収も企んでるからこれが成功したらまたとんでもないことになりそう。経済的にも影響が大きそうだけどグラムハート大統領からの許可は貰ってるし、《アルマータ》を完璧に殲滅するためには仕方ないよね。なのでまずはちっちゃいところから買収or合併を進めていこう。最終的には《クインシー社》とか《エトワス》が狙い目だけどどうなるかなー。私には分からないやり方なのでセラちゃんやレンみたいな優秀な人にお任せだ。《クインシー社》が手に入ったら色んなお菓子とか開発したいよね。ポッ◯ーとかトッ◯とかル◯ンドとか食べたい。いやまあ《サイードフーズ》がその手の製品はもう開発着手済みなんだけどね。アデーレちゃんがんばれー。アイデアだけは伝えるから応援してるよー。

 

 なんて、そんなことを考えてる内に目的地に到着っと。合間合間に表の仕事もやってるからすっかり日も落ちた。私の予定も詰まってるからなー。とりあえずメルキオルと合流して夕飯でも食べながら例の物の情報を──ん? 《Xipha》が鳴った。誰だろ? とりあえず出てみよ。

 

「はいもしもーし。かわいくてセンスの良い共和国のファッションリーダー、アーヤちゃんでーす」

 

『た、助けてくれ!』

 

「ん? その声はオジサン……じゃなくてちりめんじゃこのおじさん?」

 

『ちりめんじゃこじゃねぇよ! ジャコモだ! ……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ! た、頼む! 助けてくれ!』

 

 誰かと思えば通信をかけてきた相手は情報屋のジャコモのおじさんだった。共和国の情報屋界の小物。でも情報屋として腕がない訳でもないっていう地味ゲスおじさん。そういや一応連絡先教えてたっけ……どうせすぐ死ぬから教えてもいいかなって教えた気がする。良い情報を持ってきてもらえる可能性もあるし、口止めも金さえ払ってれば大丈夫そうだし。

 

 そしてそのチリメンジャコモのおじさんがめちゃくちゃ焦って私に助けてって言ってきてる訳だけど……どうしたんだろう? 

 

「えっと、そんなに焦ってどうしたの? 私今忙しいんで何かあるなら手短にお願いできます?」

 

『あ、アンタに頼まれた《A》の情報を探ってたら連中が探してるブツの情報を手に入れたんだ! そしたら連中に狙われちまって……!』

 

「ははぁ、なるほど。で、今は逃げてる最中ってこと? もしかして車の中?」

 

『そ、そうだ! だから頼む! 助けてくれ! このままじゃ殺されちまう!』

 

 ……ってことらしい。えー……いやまあ助けられる命なら助けてあげたいけどさぁ……別にこの人、下衆だけどめちゃくちゃ悪人ってほどでもないし。だけど必死に助けるほど良い人でもない。

 ただ情報を何か掴んだらしいっぽいし……一応、ダメ元だけど行ってみよう。

 

「あー……別にいいけどそもそも間に合うかわかんないよ? とりあえず急いで向かってみるけど間に合わなかったらごめんね?」

 

『そんなこと言わねぇで頼む! 情報料もタダでいい! ブツについても必ずアンタに渡す!』

 

 いや、ブツ自体はいらないんだけどね。居場所を探るために情報が欲しいだけで。……まあでもここまで言ってるし、一応急ごうかな。

 

「とりあえず急いで行くから位置情報送って。それと、出来れば人気のない郊外に向かってね。アウトバーンとか使ってさ」

 

『わ、わかった! すぐに送る!』

 

「はいはーい。──あ、思ったより近いじゃん。それじゃちょっと待っててね」

 

 運転しながら器用に私の《Xipha》に位置情報を送ってきたジャコモのオジサンはそれほど必死なんだろう。送られてきた情報を見ると地味に間に合わないこともなさそうな距離だった。でも向こうは導力車なんだよね。かなりギリギリかも。

 

「──やあ姉さん。待った?」

 

「ごめんメルキオル! 用事出来たからちょっと待ってて!」

 

「え? あ、アーヤちゃん!?」

 

 ──そしてちょうど待ち合わせしてたメルキオルもやって来たけど……って、うん? なんか今メルキオルと一緒にすごい見覚えのある顔……しかも一緒にいる筈のない相手。具体的には私のアラミス時代からの同級生で親友で彼女で秘書のセラフィーネ・アロンことセラちゃんがいたような……いや、そんな筈ないよね? とりあえず今はジャコモのオジサンの場所に急ごう。

 

「えーっと。ここからだとこのビルからビルに飛び移って……」

 

 導力車に乗ったら間に合わないので私は糸を使って一旦大きなビルの上へ。それからビルとビルの間を跳んで走って跳んでまた走ってたまに糸で補助して。無理やりショートカットする。アウトバーンに向かうならこうして上から向かった方が速い。というかこうしないと追いつけない。道路に沿って移動してくれるからまだ追いつけ……あ、見つけた。かなり飛ばしてる黒塗りの導力車にそれから必死に逃げてるちょっと古い比較的安価な導力車が見える──あ、やばい。導力銃構えてる。えぇ……日は落ちたとはいえそこまでやる? やっぱアルマータの構成員ってイカれてるなぁ。運転しながらだとまず当たらないとは思うけど……追いついた時点でどうにかしないともう追いつけないからね。まだ車走ってるし。このまま飛び移るしかないかー。まだ街中だけどさっさと仕留めて退散すればバレないだろうし……。

 

「よっと」

 

「!? な、なんだ!?」

 

「貴様は……!」

 

 なので私はビルの上からアウトバーンを走る黒塗りの導力車のボンネットに飛び乗る。そして車内にいる二人組の構成員を確認した。うわぁ、いかにもって感じだね。サングラスにスーツに導力銃。多分黒だけど一応確認しよ。

 

「2人とも《アルマータ》の構成員でいいよね?」

 

「っ……何故それを……!」

 

「やはり貴様……ボスたちが言っていた《切り裂き──」

 

「ああ、黒だね。()()()()()

 

 確認したのでもういい。私は《ゾルフシャマール》を取り出して導力車のフロントガラスに開いた状態で突き刺し、そのまま閉じる。運転席と助手席に乗ってるのもあって同時に首を落とせるから楽でいいね。そしてそのまま跡形もなくなってもらおう。証拠隠滅のためにね。オジサン特製の火薬をボンネットに貼り付けてと。

 

「よしよし、また2人片付けたね」

 

 ボンネットから再び跳躍して導力車から離れる。そして1秒後には導力車は爆発した。うわっ、びっくりした……思ったより威力あったから分かってても驚いちゃうね。市民の皆さんにはご迷惑をおかけしてます。でも巻き込まれた人もいないからヨシ。それじゃチリメンジャコモのおじさんと合流しよっと。

 

「──とりあえず追ってきてた2人は女神行きになったよー」

 

「っ、あ、ああ……助かった」

 

 あ、またチリメンジャコモのおじさんびびってる。ご希望通り助けてあげたんだからそこまでビビらなくてもいいのに……いやまあそりゃ怖いかもだけどさ。

 

「このことは誰にも言わないでね?」

 

「も、勿論わかってる! どれだけ金を積まれても誰にも言わねぇ! 女神に誓って!」

 

 え? まさか言ったら殺されると思ってる? やだなぁ、そんなことしないって。私そんなに簡単に人殺すように見える? 教団とアルマータの人以外は殆どやらないホワイトな暗殺者とは何を隠そう私のこと。私のことを喋ったとしても別に何もしない。いや、嘘。仕返しとしてちょっとした嫌がらせくらいはするかもしれない。部屋をカニ塗れにするとかね。

 

「それじゃ私は人を待たせてるからもう行くねー」

 

「ま、待ってくれ! その前にブツを受け取ってくれ!」

 

 あ、忘れてた。そういえばその情報があるって言ってたっけ…………ん? ()()()()()()()? ブツの情報じゃなくて? 

 

「こ、これだ」

 

 私が疑問符を頭に浮かべる中、ジャコモのおじさんは鞄の中からそのブツとやらを私に見せてくる。その中に入っていたのは、確かに()()()()()()()()()()()()()。私は真顔になる。

 

 ……………………いや、《オクト=ゲネシス》じゃん。もう手に入れてたんかーい。

 

 しかも多分1つ目だ。原作において主人公のヴァンとヒロインのアニエスちゃんが最初に手に入れるゲネシス。

 確か導力ネット上に情報が流れててそれをどうにかして取り戻したいアニエスちゃんがレンの紹介でアークライド解決事務所を訪れて《オクト=ゲネシス》を取り戻したいって依頼するとこから物語が始まるんだよねー。いやーこれがほんと良い導入なんだよね。最初のゲネシスを求めて《アルマータ》と初めて接触することになるし、これを手に入れたことでヴァンが悪夢を纏うことになるしで……。

 

 ……で、それが私の目の前にあると………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いらないなぁ……」

 

「は、はぁ!?」

 

 私は心底微妙な気分になりながらそう口にした。

 

「なんでだ!? 求めてたのはこれじゃねぇのか!?」

 

 ジャコモのオジサンが若干焦りながらそう聞いてくる。いやまあこれなんだけどね……でも欲しかったのは情報であってゲネシスそのものじゃないというか……ゲネシスの情報さえ追ってれば《アルマータ》にも繋がるかもってことで探してただけだし……というかこれを手に入れちゃったらヴァンが《グレンデル》になれないじゃん……あるいは私が最初にかち合っちゃうじゃん……問題が多すぎて色んな意味でいらない。そもそも私はもう第八のゲネシスを持ってるからこれ以上渡されても私の処理能力じゃ持て余すというか……ぶっちゃけ第八ですら昔オジサンに渡されたけど意味不明すぎて良い感じのタイミングでアニエスちゃんに返そうって思ってるくらいだし……。

 

 私は最初のゲネシスを前にして頭を悩ませる。そうして出した結論は……。

 

「あー……じゃあそれ、ジャコモのおじさんが持ってていいよ。で、それを求めに来た《アルマータ》以外の人に渡してあげて。具体的には綺麗なブロンドの発育の良い美少女にさ」

 

「び、美少女……? い、いや頼む! 勘弁してくれ! これを持ってたらまた連中に命を狙われちまう! そんなのはまっぴらだ!」

 

「いいからいいから。そして私がそうしろって言ったことも言わないでね? 追加でお金は払うからさ」

 

「無理だ! リスクが大きすぎる! お、俺はもうこの件から手を引く! だからこれはあんたが持っていってくれ! じゃなけりゃこれはもう捨てていく!」

 

 あー! もう! わがまま言うな! あんたが持ってれば良いでしょうが! 大の大人がビビるな! チキるな! アニエスちゃんに渡せって言ってんでしょうが! 私が持ってると色々と問題あるの! 

 

 身の危険を感じて腰が引けまくるジャコモのオジサンに私は歯噛みする。ぐぬぬ……うまくいかない──あ、本当に置いていくなー! このアホー! チキンー! 金返せー! ──え、返す? いや本当に返すなー! むしろ払うからこのゲネシス引き取っていけー! 私は命の恩人だぞ! 

 

「…………どうしよう」

 

 私は導力車に乗って去っていったジャコモのおじさんを追いかけることもせず、目の前に置かれたゲネシスを前に立ち尽くす。いや、本当に困る。どうすればいいんだこのキーアイテム……。

 

 ……………………ま、まあでも仕方ない。ここは割り切っていこう。どの道原作なんて気にしちゃいられない。私は《アルマータ》を皆殺しにするんだから。そもそも《庭園》が私の配下で連中と対立してるって時点でもう取り返しのつかないくらい原作は崩壊してる訳だし、今までだってそんなに気にしてこなかった。

 

 ただヴァンとアニエスちゃんは出会ってほしいし、ゲネシスを手に入れて《グレンデル》になってもらいたいから良い感じに渡そう。ほら、私が直接渡さなくても方法は幾らでもあるだろうし。導力ネットで流して良い感じに誰かに拾ってもらうとか……なんだったら着払いで送ったっていい。もちろん私が送ったってバレないようにね。1番良いのはヴァンに近しい人が手に入れてくれればいい。大丈夫、方法は必ずある。最初のゲネシスを手に入れたからって焦る必要はない。

 

 よし、完全に割り切った。とりあえず戻ってメルキオルと合流しよう。何か報告があるって言ってたし、セラちゃんっぽい人と一緒にいたことも問い詰めないとね──

 

「──やあ姉さん♡ 用事は終わった? じゃあ、はいこれ。姉さんが欲しがってた《オクト=ゲネシス》の1つだよ。──それとこっちは《杯の1(エース・オブ・カップズ)》。実は僕の庭の構成員だったんだ。今まで隠していてごめんね?」

 

「アーヤちゃん……その、今まで騙していてごめん。僕も、アーヤちゃんが《庭園の主》だってさっき知らされて……」

 

「フフ、庭園のトップである君を護衛するために我らで相談してやったことだ。今回、《アルマータ》の殲滅という仕事を円滑に進めるために優秀かつ連絡役としても使える彼女を昇格させることを決定したのでな。こうして伝えさせてもらった。──ああ、それと例の《オクト=ゲネシス》だが……」

 

「ほらよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「目的の物は現在捜索中です。しかし情報は入手致しました。なのでもうしばらくお待ち頂ければと」

 

「………………………………」

 

 ──なんか《ゲネシス》が更に2つ追加で私の目の前に差し出された。

 

 私はそれを見て真顔になる。セラちゃんが《庭園》の構成員? いや、申し訳ないけどそれは大したことではあるけどその件で叫ぶ前に言わないといけない。直接言うわけにはいかないからいつも通り内心だけで口にする。

 

 ば……バカヤロー!! 誰がゲネシスを持って来いって言ったふざけるなー!! どうすんのこれ!? もう半分手に入っちゃったんですけど!! これがないと黎の事件の半分は起こらないんですけど!! いや起きてほしい訳じゃないけどさ!! でもこれがないとヴァンたちが困る!! あっても困るけど!! 私がはいこれって渡すわけにはいかないし!! どうやってとかなんでとか色々聞かれちゃうじゃん!! だからといってこれを渡すために色々画策するのはおかしいじゃん!! 私が黒幕みたいじゃん!! じゃあ何もせずにはいって渡すわけにもいかないじゃん!! これじゃ色んな意味で《黎の軌跡》始められないよー!! こんなの悪夢だー!! 私じゃなくてヴァンが悪夢を纏うんだよ!! ヴァンのアホー!! うわああああああん!! 

 




悪夢を纏え(強制)。というわけで黎の軌跡編の始まりです。次回は序章。アーヤちゃんの親友のヴァンとヒロインレースを猛追する予定のアニエスちゃんの物語が始まります。え? アーヤちゃん? もちろん破戒のオジサンとシズナちゃんを足して混ぜたくらいのポジションのやべー奴です。アーヤちゃんの知り合いしかいない共和国編をお楽しみに。

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