TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

13 / 138
死線と訓練をしている最中に起こる不幸

 ──私が向かった時には既に手遅れだった。

 

 カルバード共和国北部にある湾港都市。メッセルダム。年の暮れが迫った寒い雪の日の夜に、事件は起こった。

 表通りから少し外れた人気のない路地裏。僅かに雪が降り積もり、白に染まりつつある街の中で、ただその場所だけが赤に染まっている。

 それは全て血──死した人間から流れる血液そのものであり、そこには十数人の人間の死体が転がっていた。死体は全て鋭利な刃物によって切り裂かれている。おそらくはそれが死因。この街を訪れていた《星杯騎士団》……私も所属する封聖省直下の非公開組織の一員である若き従騎士もまた、同じように切り裂かれて死んでいた。

 そしてそれを成したのは先刻見た幼子だ。歳は十前後。この辺りでは珍しい中東人の少女であり、褐色の肌と白い髪。そして黄金の瞳をした中東風の衣装を身につけた幼子。

 私がそれを見つけた時、その幼子は私を見て怯えた後、話をする暇もなくすぐに逃げ出してしまった。私もすぐにそれを追いかけたが……なるほど。その歳にして中々の強者。死んだ者達の傷を見ても思ったが、酷く迷いのない太刀筋だった。私を見てすぐ引いた判断力も優秀であり、おそらくはかなりの訓練を施されているのだろう。優れた暗殺者だった。従騎士がやられてしまったのも無理もないかもしれぬ。

 そして結局、気配を消して姿を眩ました幼子を見つけることが出来ず、私は死んだ者達の弔いと事後処理……そして検証を行った。

 このような事態が起こってしまったことは痛恨の極みである。そして、殺したのはやはりあの幼子で間違いはないだろう。

 

 ──だが気になることが幾つかある。

 

 確かにあの幼子は暗殺者であり、我が部下を含めたこの街の者達を殺したのだろう。それは許されることではない。

 だが……そもそもの話。()()()()()()()()()()()()? 

 我が部下はある任務で街を見回っていた故、偶然ここに辿り着いたのだろう。そして自らの恋人含む街の人間の死体を見つけ激昂し、刃を向けたがそこを返り討ちにあった。それは理解出来る。

 しかしこの場所は表通りより離れた一角であり、かなり寂れた人気のない場所であった。路地裏であるため人通りもなく、年の暮れが近い夜10時頃ということもあってか人通りは皆無であったことだろう。

 その場所に十数人の人間が集まっている不自然さ。そして更に──この死んだ者達には、殆ど接点がない点もまた不自然である。

 友人同士の集まり。職場の同僚。そういう集まりであったのなら説明はつく。だが、彼らにその交わりはない。あっても1人、2人。それも直接の接点はなく誰か人を挟んでの縁しかない。唯一深い繋がりがあったのが死んだ従騎士とその恋人のみだが、状況から察するに従騎士は後から偶然それを見つけた。

 ……で、あるならばこの者達は何らかの理由でこの場所に示し合わせて集まっていたことになる。その理由は何であるのか。あの幼き暗殺者は何故この者達を殺したのか。暗殺者であるならば殺すに値する理由があるはず。何の理由もない殺人鬼という風には見えなかった。だがその理由は……。

 

「……あるいは……」

 

 そこに私は1つの推測を立てる。幼き暗殺者。不自然な人の集まり。ここがカルバード共和国であるということ。ここ数ヶ月での裏の動き。かの《結社》に加わったと噂される《破戒》が以前、幼き子供を連れていたという目撃情報。

 

「……やはり調べてみる必要があろう」

 

 おそらくこれは単なる殺人事件ではない。この地に潜む古き闇──かの《教団》絡みの事件かもしれぬ。

 私はそう思い、私自身が見て感じたものを報告するため一時教会へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ──七耀暦1195年。1月。

 

 ──皆さんどうも、あけましておめでとうございます。アーヤ・サイードです。

 

 というわけで私は先日無事に誕生日を迎え、11歳になりました。ちゃんとプレゼントをくれたのはレティ姉さんだけでしたが満足です。プレゼントは中東風の金のピアスでした。わーい。

 とまあそんなこんなでまた1つ大人になった私だけどやることは変わりません。毎日訓練です。場所を変え品を変え、執行者になるための試練を受けまくる日々。時折博士の研究に協力しながら。

 ヨシュア君や他の執行者候補と顔を合わせる機会もありますし、なんなら一緒に訓練することもありますが、ふふん。私の成績は結構自信があります。こう見えて暗殺者としてはそこそこ経験を積んでるからね。しかも色んな人に稽古付き合ってもらってるし。

 ただその依怙贔屓っぷりが気に入らなかったのか、執行者候補の中には私がお気に召さないようで敵意を向けてくる人もいます。なんなら殺意まで。訓練中にちょっとした嫌がらせをされたり悪口を言われたりもします。

 でも不思議とあんまり気にならないんだよねぇ……なんだろう、やっぱり程度が低いからかな? 変態博士や面白教授みたいなヤバい人達に比べたら大した悩みにはならない。

 

「そういうわけで、この間は大変だったんだよクルーガーちゃん。──よし、出来た」

 

「相変わらずあなたは馬鹿なことをしていますね」

 

 ──なので今日はその悩みではなく先月あった教会との揉め事のことをクルーガーちゃんに話しました。クルーガーちゃんが着るお洋服を完成させながらだ。

 というのもこの執行者No.Ⅸの《告死線域》クルーガーちゃんは未だに感情の乏しい殺戮マシーンなので衣服とかおしゃれにあまり頓着しない。不自由でなければそれでいい。任務に支障が出なければそれでいい。潜入の際に不自然な格好でなければそれでいいという子なので、あまり服を持ってないのだ。

 だから私がプレゼントしてあげてる。だってクルーガーちゃん可愛いし。おしゃれさせないのは勿体ない。最近は感情に乏しいとは言っても任務のためなら笑顔とか浮かべたり演技くらいは出来るし、笑ってもらえばより可愛くなる。なので私は衣服を試着して着心地を確かめてもらいながら雑談を彼女と楽しむのだ。

 

「えー私馬鹿じゃないよ。むしろ天才寄りでしょ──着心地はどんな感じ?」

 

「着心地は問題ありません──そういう意味ではありませんよ。あなたは昔から軽率過ぎます。暗殺者としては隙が多すぎて見ていられません」

 

「私がおバカならクルーガーちゃんだっておバカだよ。だって前に帝国だか共和国だかの高等学校のテスト問題を偶然手に入れた時に何科目か私に負けてたじゃん。やーい、ばーかばーか」

 

「──すごいですね。初めて任務以外で殺意が湧きました。久々に訓練でもしますか?」

 

「怖っ!? や、やだなぁ、冗談だよ。私とクルーガーちゃんの仲だし。ね?」

 

「そもそも負けたのは音楽に絵画に家庭科などの意味のない科目ばかりでしょう。それでなぜ勝ち誇れるのか理解出来ませんね」

 

「あれ? もしかして意外と悔しがってる?」

 

「悔しがってなどいませんよ。それよりもこの服で戦闘出来るかどうか試さなくてはなりませんので付き合って貰えますか?」

 

「ええー……戦闘用で作ったんじゃないんだけどなぁ……まあいいけど。一応クルーガーちゃんのオーダー通り装備としても使えるようには作ってるからさ」

 

 私がデザインし、型紙を引いて縫製までしたフリフリのドレスを着てそれを使いたいと言ってくるクルーガーちゃん。うんうん、やっぱりイメージ通り可愛いねぇ。やっぱりクルーガーちゃんにはシックな色が似合う。上品さを損なわずに今の可愛い美少女クルーガーちゃんに合わせて可憐さも追求した。フリルは多め。ミニスカは嫌がるのでロングで腰元の花を模した飾りがアクセント。上はちょっぴりセクシーさを出しキャミの上からスケスケのブラウスを着てもらった。髪飾りにブローチ。アクセサリーも忘れずに。ハイヒールでもクルーガーちゃんなら問題なく動けるだろうし、これでパーティ会場への潜入、工作、暗殺任務にもばっちし対応出来る! ──え、それならメイド服でいいんじゃないかって? ……メイドじゃダメな時が来るかもしれないじゃん! そもそも何着あってもいいの! 

 

「……動きやすさにも問題は見られないようです。装備の収納にも問題はありません。確かに潜入に使える水準の衣服ですね」

 

「ふぅ……疲れた……それで、可愛さは?」

 

「そこは私には判断出来かねます」

 

 ──そしてクルーガーちゃんはその服を着たまま軽く私と戦闘訓練。執行者になって更に鋭くなった糸使いに私は苦労しながらもなんとか訓練に区切りがつき、終わればクルーガーちゃんから合格をもらった。……まあ気に入ったかどうかは戦闘や潜入に使えるかって部分だけで可愛さとかは気にしてない辺りがクルーガーちゃんらしい。

 だけどまあ気に入ってくれたなら良かったかな。いらないって言われるよりはマシだし、着てくれるならどのような用途でも別にいい。さて……訓練も終わったし、クルーガーちゃんとご飯にでも──。

 

「──よう、クルーガー。アーヤ。今日もやってるねぇ」

 

 ──で、こういう時にオジサンが来るんだよね……絶対この人私が来てほしくないタイミング見計らってるでしょ! タイミングがいつも悪いんだよ! 

 

「……ご無沙汰しています。ハーウッド様」

 

「おう。今日は随分とおめかししてるじゃねぇかクルーガー。アーヤが作ったのか?」

 

「そうだよ! それでせっかくクルーガーちゃんとご飯食べに行こうと思ったのに! なんで今来るの!」

 

「なんでって言われてもなぁ。オジサン、ただ様子を見に来ただけだぜ? メシが食いたいならまた連れてってやろうか? この間美味い寿司屋を見つけてなぁ」

 

「う……気になるけどいい! どうせついでに犯罪に巻き込まれるに決まってるし……」

 

 寿司……食べたい。寿司屋って珍しいんだよね……東方人の移民が多く東方料理屋もそこそこあるカルバード共和国内でも見たことない。やっぱり海辺からの輸送が大変だし鮮度とかも関係してくるからなぁ。大陸東部にまだちょっとはある都市国家にでも行けば食べられるらしいけど……。

 ただここで喜んでついていくとオジサンの悪巧みに巻き込まれる可能性が高い。

 

「なんだよ、つれねぇなあ。せっかくお前の誕生日を祝ってやろうと思ったんだが」

 

「それはありがたいけどオジサンのプレゼントって大体ろくでもないじゃん……」

 

「役に立っただろ? この間のメッセルダムでの騒ぎの時もな」

 

「役には立ったけど誕生日に貰って嬉しいものじゃない……ってなんでもう知ってるの!?」

 

「カンパネルラの奴が言い触らしてたぜ。ま、オジサンはその前から聞いてたけどな」

 

 ぐ……カンパネルラめ……いつの間に……ってか結局オジサンは気づいてるし。私の行動なんてやっぱバレバレってことなのか。くそう。

 

「……もういいっ。クルーガーちゃん、ご飯食べに行こ」

 

「まだ行くとは言ってませんが……」

 

「あ、さいですか……」

 

 私はオジサンから離れようとクルーガーちゃんを誘うも素っ気ない態度に撃沈してしまう。でもこの感じだと他の用事でもあるのかもしれない。用事がない限り引っ張ったらなんだかんだ付いてきてはくれる子だし。

 

「まあ待てよ。一応用事があってな」

 

「えー……今度は何? また犯罪?」

 

「それもいいが今日は違うぜ。アーヤ、お前に届け物だ」

 

 届け物? なんだろうと思いつつも若干警戒しながらオジサンが持ってきた大きなケースからそれを取り出すのを私は見た。そして驚く。私だけじゃなくクルーガーちゃんも。

 

「随分と変わった形の武器ですが……ハーウッド様。それは?」

 

「クク、面白ぇだろ。オジサンが()()()()()()()()()()()()()()()特殊なアーティファクトでな。《ゾルフシャマール》って言うらしいぜ

 

「ゾルフシャマール……」

 

 変な名前──と思うよりもその形状が不思議だったのでまじまじと見てしまうが、そのアーティファクトはあっさりとオジサンの手を離れて……私に手渡された。

 

「ほらよ」

 

「え……これ、私がもらうの?」

 

「そのために持ってきたからなぁ。ま、お前ならその内使いこなせんだろ。──それじゃオジサン用事があるんでこれで」

 

「あっ」

 

 と、私にそのゾルフシャマールとやらを渡すとオジサンはさっさと立ち去ってしまう。私が呼び止める隙もない。これを使えって……え、マジで言ってる? 

 

「行っちゃったんだけど……」

 

「そうですね」

 

「アーティファクトって言ってたけど……うーん」

 

 クルーガーちゃんの淡々とした相槌を受けて、私はその手に持ったゾルフシャマールを……って名前長いなぁ……シャマールでいいや。そのシャマールを改めて観察する。

 アーティファクトというのは古代ゼムリア文明に遺された女神の奇蹟である遺産だ。強大な力が秘められているらしく、現在の技術じゃ再現出来ないらしい。

 つまりそれが今、私の手の中にあるわけだが……なんというか、本当に不思議な武器だ。

 色は黄金色で大きさは今の私の身長と同じくらい……130、140リジュくらいでかなり大きい。刃は両刃で通常の大剣に似たような造りだけど持ち手が特殊で護拳が2つ……それもかなり大きい2つの僅かに縦長になった丸いそれが対となっているのだ。

 だがそれがすごいことは分かる。なにせ武器としてはあまり見たことのない形状でありながら、日常ではそれなりに見る形状であるからだ。そう、それは──

 

「……()()()()()()()? これ」

 

「ハサミですね」

 

 ──そう、()()()()。それは馬鹿でかいはさみである。ゾルフシャマールは、どう見てもでっかいはさみの形状をした武器だった。

 ……え、これを使えって言ってんの? オジサン。これはさみなんですけど。

 

「いや、でも形状がハサミに似てるだけでハサミじゃない可能性も……」

 

「開いてみたらどうですか?」

 

「確かに。開かなかったら普通の長くて鋭い剣みたいな感じで……あ」

 

 私は持ち手となるハサミの2つの丸をそれぞれ両手で掴んで開いてみた。開けた。開けちゃった! 

 

「ハサミですね」

 

「ハサミじゃん……こんなのどう使えって言うのよ!」

 

「でも内側だけじゃなく外側にも刃が付いています。これなら本来のハサミのように挟み切ることも、閉じた状態で普通の剣として使うことも出来るかと」

 

「それ普通の剣でいいじゃん……」

 

「腕力のあるあなたなら挟み切ることもそれなりに有効な攻撃手段となるのでは?」

 

 あれ、そう? ……まあそう言われてみれば確かに……切れ味がいいならそれはそれでありか……別に使いづらかったら通常の閉じた状態。つまり剣のまま使えばいいし。

 でもなぁ……なんかこう……怖くない? 私のイメージがさ。でっかいハサミのような形状のアーティファクト使って戦ってるとか、確かに厨二的にはアリだけどサイコな殺し屋みたいでちょっと怖いじゃん。かっこよさもあるかもしれないけどそれ以上にヤバいやつだよ。だって相手のこと挟み切るんでしょ? ──まあ殺し屋で刃物と糸使ってる私からしたら今更だけどさ。

 まあでもそれは良いとしても使いこなせるようになるまで時間がかかりそうだなぁ……重さは思ったよりも軽くて全然問題ないし軽々と振れるけど形状はちょっと変わってるし今まで色々試してきた剣の中でもこれだけ大きい武器は使ったことがない──あ、そうだ! 

 

「良いこと思いついたよクルーガーちゃん」

 

「なんでしょうか? あなたが良いことと言うと嫌な予感がするのですが……」

 

「これひょっとして外せたりしない? この繋がってる部分から両方の刃を外してさ。双剣みたいに使えたら良さそうだし」

 

「……外れますか?」

 

「いいからいいから。ちょっと試してみようよ。ほら、そっち持って。引っ張るからさ」

 

「危ないですよ。……はぁ、まあいいですけど」

 

 私は貰ったアーティファクトを使いやすくするためにクルーガーちゃんに片側の持ち手を持ってもらい、もう片方を私が持って思いっきり引っ張る。はさみなら外れるはずだしね! はさみってよくこの留め具の部分が壊れて外れたりするし! 

 

「ふんっ……!」

 

「っ……また力が強くなりましたね……!」

 

「鍛えてるからね……! ふににっ……!」

 

「っ、私が引っ張るんじゃなくて、両方あなたが引っ張ればいいんじゃないですか……っ!」

 

「そんなに腕長くないから無理っ……!」

 

 互いに全力で引っ張るが──ぐっ、取れない! 双剣だったらちょっと使ってみたいのに……! 

 

「やっぱり取れないんじゃないですか……?」

 

「もうちょっと……もうちょっとだけっ……」

 

「無駄だと思いますが……! ……? アーヤさん、そこの持ち手に引き金のような何かが……」

 

「うにに……えっ、ほんと……? あっ、ほんとだ!」

 

 そうして引っ張り続け、そろそろ諦めようと思った直後、クルーガーちゃんがそれに気づいて私は喜ぶ。やっぱり外れるんじゃん! 

 私は喜んでその部分を指に力を入れて押し込む。そうして交差する2つの刃が離れ──

 

「いきなり押さないでくださいね……いきなり押したら危な──っ!?」

 

「──うひゃんっ!?」

 

 ──私の考えとクルーガーちゃんの気づきの通り、ハサミを構成する2つの刃が離れた。

 だが直前まで思い切り力を入れてしまっていたため、私とクルーガーちゃんは急に互いを引っ張る力が抜けたことで思い切り背中側に転げる。

 そしてその勢いで思わず私は──

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 ──手を離してしまい、片側の刃が遥か後方にすっぽ抜けていってしまった。

 

 

 

 

 

 ──《身喰らう蛇》の《執行者》というのは席に限りのある地位だ。

 

 組織として遊びの多いと言われる結社だが、それは結社の構成員もまた自覚する部分である。何しろ最高幹部たる《蛇の使徒》は七柱。戦闘要員の幹部である《執行者》はNo.0からNo.ⅩⅩⅡまでの23人が定員であり、それ以上の席は用意されないこととなっている。

 それが如何なる理由であるかは分からない。だが、偉大なる《盟主》の定めた掟は《身喰らう蛇》に所属する者達にとって絶対のもの。揺らぐことは決してない。

 だからこそ《執行者》候補という地位にいる者にとって、《執行者》になれないということは凋落を意味していた。

 

 ──ゆえにある執行者候補である男は焦りを感じていた。

 

「このままでは俺は……執行者にはなれない……!」

 

 その男は結社のアジトの1つである廊下で焦りを口にする。

 結社の執行者候補として毎日のように訓練、試練を受ける男は他の結社の者達の例に漏れず、表から転げ落ちてきたものだった。

 挫折し、苦悩し、絶望する。そんな人間を拾ってくれるのが《身喰らう蛇》という組織であり、男はその結社の執行者になろうと──いや、なれるのだと自らに自信を持ってこの場所に飛び込んだ。

 しかし……その競争は決して甘いものではなかったことに男はすぐ気づく。

 執行者になるための試練は過酷なもの。下手をすれば命を失ってもおかしくない。そんな試練を受け続け、男はまたしても挫折しそうになりながらも踏み止まり、執行者になるべく訓練をひたすらに続けてきたのだ。

 もし執行者になれなければ道は強化猟兵に組み込まれるしかない。あるいは結社の関連組織や《蛇の使徒》や《執行者》の部下として使われるかだ。

 男はそんな惨めな思いは御免だった。だから訓練にも励み、自ら力をつけていった。執行者となるために。自らのプライドのために。

 ……しかし、そんな男の前にまたしても規格外が現れた。

 

 結社がかの暗殺組織《月光木馬團》を潰した際にそこからスカウトしてきた面々だ。その連中は結社に加わるなりすぐに《蛇の使徒》や《執行者》に選ばれた。

 だがその中で1人だけは幼くまだ未熟であるため執行者に選ばれずに執行者候補となった。

 

 ──その人物こそアーヤ・サイードだ。

 

 中東人の少女、まだ子供と言える年齢のアーヤは子供でありながら優秀な暗殺者であり、何より特筆すべき異能を持っていた。その肉体の丈夫さ。あらゆる毒や薬に抵抗を持ち、怪我を負っても短い時間で回復してしまう子供の魔人。

 それゆえか結社の幹部の多くが彼女に興味を持ち、交流を図っているという。その様子を、男は時折目にしていた。そして思った。

 

 ──気に入らない。

 

 あんな子供が、能天気なガキが、入ったばかりの新入りが、自分の席を取ろうとしている。男は、そう思ってしまった。

 男は訓練の際、どうにかアーヤを蹴落とせないかと嫌がらせを行ったり、悪口を言ったりと様々な手を使った。執行者の席には限りがある。そしてこの程度の蹴落とし合いは卑怯でも何でもない正当なものだ。訓練を観察している《執行者》や《蛇の使徒》も何も言う事はない。実力があるなら問題ないのだ。何をしようとその行いは肯定される。執行者というのはあらゆる自由を認められる。それと同じように、《執行者》候補同士の争いにも特に決まったルールはなかった。

 だから男は訓練の度にアーヤに食ってかかる。最近また入ってきた教授のお気に入りであるヨシュアという子供もまた気に入らなかったが、今最も執行者に近いのはアーヤの方である。

 だからまずはアーヤから潰そうと男は目論んでいた。次の試練ではアーヤを蹴落とすための──いや、あるいは殺すための仕掛けを打つべきかと試行錯誤している。見ていろよあのガキ。執行者になるのはこの俺だ、と。そう思いを募らせていた。

 

 ……が、それはそれとしてだ。男は訓練に励もうとしていた。相手を蹴落とすことも重要だが、それ以上に自らに実力がなくては始まらない。

 ゆえに男はアジトにある訓練場。廊下を行き、そのだだっ広い室内の訓練場の扉を開く。そうして訓練場に足を踏み入れようとした瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああッ!!?」

 

「あ」

 

「あ」

 

 ──男は死んだ。不意に飛んできた長大な剣に刺し貫かれて。

 

 自分の身に何が起こったかも分からず、男は意識を失い床へと倒れるのだった。

 

 

 

 

 

 ──そしてそれを見たアーヤ達は。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………えー……あー、その──よっ! おはよう! 今日も元気?」

 

「……アーヤさん。挨拶をしても返ってはきませんよ? 意識はありません。おそらく死んでるんですから」

 

「…………えーっと、こういう時は確か……えいっ、えいっ」

 

「アーヤさん。脈も止まっていますし瞳孔も開いてます。呼吸もしていません。即死です。心臓マッサージをしても無駄ですよ」

 

「ふーっ……よいしょっと。──うわっ、こんなところにリアルな人形が転がってる! もう、こんなところに捨てちゃって……仕方ない。私が片付けてあげよっと」

 

「アーヤさん。それは人形ではありません。死体です。かの《十三工房》に参画するローゼンベルク工房の工房長であるヨルグ・ローゼンベルク様ですらこれほどまでに精巧な人形の作製には至っていない筈です」

 

「…………そっかぁ……」

 

「……そうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やっちゃったね、クルーガーちゃん?」

 

「私のせいにしないでくれますか?」

 

「でも共犯だよね……ってことで私は用事があるから──後は任せたよ!」

 

「なっ……!? ま、待ちなさい!!」

 

「うわああああああん!! やっちゃった! 殺っちゃった────!! 私とクルーガーちゃんのせいだ────!! うわあああああん!!」

 

「何を逃げているのですか!!? くっ、思ったより速い……! 待ちなさい! ──そもそも私は共犯じゃありませんっ!!」

 

「言い訳考えるの手伝って────!!」

 

「お断りします!! とにかく逃げないでくださいっ!!」

 

 ──その日、アーヤ・サイードは《外の理》で作られた巨大な鋏型の武器《ゾルフシャマール》を手に入れ、その刃である執行者候補を殺した後、2度目の脱走を行った。

 




今回はこんなところで。良い武器を手に入れたら最初にやることは当然試し斬りだよね!
次回は道化師が出てきたりまた色々。お楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。