──私はジュディス先輩を尊敬しています。
それは女優として、虚ろで空っぽな自分とは違って本物だから。私にはない本物の魅力を持っているから。
他にも幾つか理由は挙げられるけれど、本質はそれ。私自身にはないものを持っているからだ。
私は先輩とは違う。他の人とも違う。このゼムリアという世界において異質な存在。
かの《火焔魔神》とも少し違った……“外”から顕れた存在として。
それでも昔と比べれば私にも変化があった……かどうかは自分ではわからないけれど、“役目”を前向きに受け入れながら女優としての表向きの役割も行っている私は、ほんの少しではあるが昔とは変わっているのだろう。
おばあさま──法皇猊下や今は亡きルフィナさん……それにその友人も今の私のことを何故か反対しないような気がしたし、私の手足となって動いてくれる《隠密僧兵》の方たちも私のやることは尊重してくれている。
まあ今は敢えて他にやるべきことも少ないからかもしれないが。“終わり”が来るその刻までは私もこのカルバードという国でその兆候を探りながら表の立場と役割を維持するだけだろう。
……と、そういう意味では二重の意味で気になる存在がいる。《終わりの聖女》としても映画女優としても。私とはまた違った異質な存在が私の近くにはいるのだ。それが──
「──サクサク衣と~豚肉の~組み合~わせ~♫ 美味し~いな~♫ 唐揚げコロッケ色々あるけれど~♫ (あるけれど~♫) 結局揚げ物はトンカツ~♫ トンカツが~美味しいな~♫ 1番美味し~いな~♫ カレーに乗せても美味しいし~♫ 老若男女みんなだ~いすき~♫ チキンカツにビーフカツも好きだし~♫ そっちが食べたくなる時もあるけれど~♫ やっぱりトンカツ、美味し~いな~♫ 千切りキャベツも山~盛りがい~いな~♫ お米と一緒に食べた~いな♫ (もっと♫ もっと♫ ソースをもっと♫)沢山かけて食べたいな♫ ──(ほら、ニナちゃんこんな感じで!)」
「(は、はい!)と~んかつ、食べた~いな~♫」
──と、現在進行形で私に謎の歌の指導を行ってくれているアーヤさんです。
私はそれを至って真面目に、身振り手振りを添えて歌い上げます。人の求める振る舞いをするのは得意ですから。……もっとも、まさかこんなちょっと意味がよくわからない振る舞いを求められるとは思いませんでしたけれど……。
説明すると今は映画の撮影中です。今度の映画祭が行われるに当たってアーヤさんが会長を務める《サイードグループ》。その系列として新たに映画会社として《サイードピクチャーズ》が設立されたのですが、その第一弾の映画としてアーヤさんと以前から映画を撮りたかったというアーヤさんの友人が共同で監督となって映画を撮ることになりました。タイトルは《女神にラブミュージックを》。その主演は私で、私は歌とダンスが好きな老舗のトンカツ屋の娘で借金で豚みたいな見た目のマフィアに店を取られ、それから辺境の教会に身を寄せてシスターとなり、そこで歌とダンス。そして料理の腕で町を立て直していくという内容の映画です。なのでミュージカルパートが作中に幾つかあって今はそのシーンを撮っています。……教会に実は所属している私にシスター役をさせるのは偶然にしても思うところがないこともないのですが、まあそれは構いません。どちらかと言うと撮影に当たって本物のおばあさま──オレスティスⅡ世法皇猊下に出演依頼を出したことの方がどうかと思いました。さすがに断ったみたいですけど……。
ただ内容としてはアーヤさんらしくハイセンスな……今の歌はなんともシュールと言いますか、私には理解ができないものでしたが物語全体として見るとストーリーもしっかりしていて音楽のクオリティもアーヤさんの友人のプロの方に作曲を依頼しているので高いものです。裏方として参加しているドミニクさん──実は最初は主演として出ないかと交渉されたらしいですが表には出ないと決めているそうで断ったのだとか──も歌唱パートの指導を他の演者に行っていたりしますし私のことも見てくれています。スタッフもかなり豪華と言いますか、しっかりしているので撮影はかなりスムーズに進んでいます。
……と、ここまで今行っている映画の撮影の説明に終始してしまいましたけど重要なのはそこではありません。アーヤさんは表向きには大企業の会長で最も人気のあるファッションデザイナーですが、裏の立場としてはあの結社《身喰らう蛇》の執行者であり、かつて大陸中を震撼させた伝説の暗殺者《切り裂き魔》でもあります。
そして何よりも──彼女もまた特殊な力と生い立ちを持っています。私と全く同じではないようですが、
……もっともそれも正確な情報ではありません。何しろ彼女の素性は教会でも正確には掴めていないのですから。
アーヤさんを最初に教会が認識したのはもう14年も昔。かつて聖杯騎士団の従騎士が幼子に殺された事件がありました。それを行った張本人が当時子供で既に結社に加入していたアーヤさんだったというのは後から共有された事実です。
その事件は教会にとって遺憾ではありますが、その従騎士がかの教団に取り込まれつつあった──ということもあってその事件はそれほど問題視されていません。
加えてその後にアーヤさんが行っていた暗殺の数々も教団関係者を狙ったものばかり。組織か個人か。そして判断基準の違いはありますが行っていることは《隠密僧兵》やかつての《外法狩り》と似たようなもの。警戒すべき人物ではありますが、外法認定を行うほどではありません。
……ただそれでも一部の守護騎士が彼女を追いかけるのはかつて彼女を気にかけていた守護騎士の第八位《吼天獅子》の影響もありますし、単純に教会と蛇が対立しているということもあります。
──そして私が彼女に興味を持ってしまうのは……アーヤさんが、《
正確に言えば核心に迫る部分を覗き見ようとすると何かに邪魔をされてしまう。おそらくはアーヤさんの中にある力のせいでしょうが、その力の正体は…………。
……いえ、これもまだ確定ではありませんが……ただ一つ言えるのはアーヤさんは奇蹟の残滓を宿した人物であり、神の子と呼ばれても不思議ではない生い立ちをしていることです。
そして彼女の過去はどれだけ視ても悲惨か凄惨か愉快なものです。例えば……少し視てみましょうか。私の《真実の眼》で彼女の過去を。
──七耀暦1207年。3月6日。
「おおー! さすがはクルトくん! 美形だから女装しても可愛いね! さあ、最後にこれも履いてね! ──ってどこに行くの!?」
「さすがにそれだけはやめてください!」
「ダメだよクルトくん! これから女学院に潜入するんだから外側だけじゃなく中身もちゃんと女の子になりきらないと! 普通のショーツがダメならドロワーズとかにしよっか!」
「後生ですからそれだけは……!」
──と、何やらアーヤさんが女装している男子生徒を女性用下着を持って追いかけていますね。……これはおそらく昨年に帝国の聖アストライア女学院に新Ⅶ組が潜入しようとしている時の光景でしょう。アーヤさんは昨年までトールズ士官学院で教官をしていたようですから。
そして帝国でのアーヤさんはなんだかんだ良い先生だったようで生徒たちにも慕われていたみたいですね。近年のアーヤさんは割と愉快な日々を送っているようです。他にも──
──七耀暦1200年。9月13日。
「アーヤさん……僕と付き合ってください!」
「いいや、俺と付き合ってくれ!」
「えー2人同時に告白されても困るんだけど。いや気持ちは嬉しいんだけどね。うーん……でも本気で付き合う気はごめんだけどあんまりなくてさ。でもそれじゃ可哀想だしせっかくだし抜いてあげよっか?」
「…………え?」
「ぬ、抜くって……それはどういう……」
「そのままの意味だよ! で、どうする? 秘密にしてくれるならしてあげてもいいけど」
「うっ……だけどそんなの……」
「……ほ、本当にしてくれるのか……?」
「いいよー。それじゃちょっとこっち来てー。何してほしい? おすすめは
──……………………なんと言いますか、とんでもないシーンを視てしまいました。
これはアーヤさんの学生時代……アラミス高等学校に通っていた時の光景ですね。制服を身につけています。そして……アーヤさんはどうやらかなりモテるみたいです。意外……でもないかもしれません。アーヤさんは明るくて朗らかで友達想いな人ではありますから。お洒落で見た目も整っていますし……ただちょっと性に奔放だった時期があったみたいですね。ある意味ではこういった一面にも闇を感じないでもありませんが……恋愛は個人の自由ではありますし……ただ女性相手もその対象に入る辺り、アーヤさんの恋愛観はかなり普通とは違っているみたいですね。まあ最近は多様性として認められてきていますし特別変というわけでもありませんが……。
そして時期が少し際どかったようです。そうですね。アーヤさんと教会の因縁と言えば──
──七耀暦1205年。6月27日。
「──てめぇえええええ!! このガキ! 待ちやがれ!!」
「やだよー! というか見た目はそっちの方が子供みたいじゃん!! 見た目的には私の方が大人のお姉さんっぽいもんねー! やーいやーい! 元ヤン童顔チビ美少女ー! フリフリの服が似合いそうだぞー!」
「──殺す……! おいリオン! テメェももっと気合い入れて追い詰めやがれ!!」
「ちゃんとやってますよ、セリスさん。むしろセリスさんの方こそ怒りでヤケクソになっていませんか?」
「なってねぇよ!!」
「言われてるよセリスちゃん! ちょっとロリ需要を褒めてあげただけなんだからそんなに怒らないでよ! ──ひゃんっ!? 危ない!? 熱いんだけど!?」
「クソが……! 聖痕を解放してるってのに効きが悪い……! どんな身体してんだ……!」
「あの《火焔魔人》の焔すら耐えうるという噂は聞いていましたが、それも納得ですね」
「過大評価だよ! 守護騎士2人相手とか無理だから私は逃げるね! ばいばーい!」
──……今度は守護騎士の2人がアーヤさんと対峙して追いかけている光景ですね。確か帝国の内戦が終結した後の頃でしたか。元々聖杯騎士団の中でもアーヤさんは執行者として要注意リストに挙げられていてその中でも先程も述べた先代の第八位が追いかけていたようですが、その弟子である人たちも師匠である彼に言われてアーヤさんと対峙することが多かったようです。
ただ教会が扱う聖痕や特殊な術の類がアーヤさんには相性が悪いようなのでかなり苦労しているみたいですね。そもそも彼女は大陸屈指の暗殺者なのでその部分も含めて敵対するのであれば厄介な相手です。
まあ本人は進んで敵対するような人柄ではないのが救いですが……アーヤさんが結社に入った理由も理由ですし、人格に関しては信頼できると言われていますね。さて……なら更に過去を視てみましょう。
──七耀暦1197年。?? 日。
「──クク……なるほどなァ」
そうして見通せたその映像はある男が何かの研究資料を読んで笑みを浮かべる光景でした。
薄暗い室内。不自然なほどに荒れていない部屋。特徴的なシンボルが部屋の壁に印され、周囲には幾人もの人間──既に死体となった教団の人たち。
その中心で唯一生きているのは現在の姿より少し若いと思われる顔に刺青の入った男──結社《身喰らう蛇》の第四柱《千の破戒者》エルロイ・ハーウッド。
かつては《月光木馬團》という暗殺組織に属し、アーヤさんを拾って幾人かの構成員と共に結社に鞍替えしたとされる謎の多い人物。情報が出揃っていない状態ですら教会ではレッドリストの危険人物として強く警戒されています。
そして……七耀暦1197年といえば
《切り裂き魔》が最も活動的だった年でもあり、多くの未解決の殺人事件が大陸各地で発生していた年です。
同時に結社もまたこの時期に教団のロッジを幾つか壊滅させたようですが……見ている限り《破戒》は単独かつどの場所であるかも定かではない。どこかの教団のロッジではあるようですが。
「やっぱ俺と会った時には
そしてその《破戒》は資料に目を落としながら愉しげな口調を続けます。
発言や背景から察するにこれはアーヤさんに関係することなのでしょう。おそらくですが、《破戒》はアーヤさんを拾ってからアーヤさんを調べ、こうして教団のロッジにも乗り込んでその研究資料から何かを掴んだのでしょう。葉巻を蒸しながら《破戒》は独り言を呟いていました。
「文字通りの意味での《奇蹟の御子》。あいつの中にそんなものが宿ってるなんてなぁ。この実験結果……《魔核》が弾かれちまうのも納得だ。こりゃああの方にも改めて確認しねぇとな」
知りたいことは知り終えたのでしょう。《破戒》はライターを取り出してその研究資料に火を付けて燃やしてしまいました。あの方……というのは結社の《盟主》でしょうか。《奇蹟の御子》に《魔核》。気になるワードが幾つも出てきます。
「事と次第によっちゃあオジサンも練り直さないとな。──アーヤを使った犯罪計画を」
その言葉を最後に《破戒》は教団のロッジと思われる部屋を出ていき、映像は終わります。断片的な情報ばかりでしたが、《破戒》が何かを企んでいることや教団がかつてアーヤさんに何かを見出していたことはわかりました。
ただそれでも決定的な部分までは視ることはできていない。だからこそ、私はそれを知るために何かがあったであろう時期をかつて視ました──アーヤさんの幼少期を。
──七耀暦1189年。1月2日。
「──……誕生日おめでとう……ーヤ」
「……でとう……アーヤ」
──ですがそれを《真実の眼》で視たその時、視界は乱れてしまいます。
ノイズのようなものが走り、途切れ途切れとなってしまうその映像の中で、どうやらアーヤさんは誕生日を家族に祝われているようでした。中東様式のあまり広くない家の中。両親や兄姉と思われる人たちの姿。決して豪勢ではないものの、おそらくその家族にとってはご馳走といえる料理の数々。
「──わーい! ありがとうみんなー!」
そしてその中心には小さい頃のアーヤさんの姿。それも今と様子はそれほど変わらない。天真爛漫で幼い子供そのものであるアーヤさんが笑顔で家族にお礼を言っています。
これを視る限り、家族仲は悪くないように思えます。
そう、それなのに──
「──すまぬ……アーヤ……不甲斐なき父を許してくれ……」
──次の視界の中では父親と思われる人物が遺跡のような場所でアーヤさんに謝っていました。
……そう。背景から察するに、おそらくこのすぐ後にアーヤさんは教団に売られてしまったのでしょう。実の両親の手によって、他の家族を守るために幾許かの金のために子供を売る。その行いの是非はともかくとしても、少なくともその表情から苦渋の決断であることは読み取れました。
「──私は……お前の幸運を祈っている──」
「────────」
「願わくば《
そして……その父親は祈り、願い、何かを口にして……それを最後に視界はまた途切れてしまいます。
その後、私はもう一度過去を視ようとして──
──七耀暦118? 年。?? 月?? 日。
「………………………………」
──視界に広がる一面の広い砂漠。
大陸中東のアーヤさんの故郷。その岩山の上から眺める砂漠。
先程とほぼ同じ時期なのでしょう。幼少期のアーヤさんがそこにはいました。
だけどその表情は先程の映像とは違って笑顔はなく、ただただ虚ろ──。
砂漠を見ているようで何も見ていないかのような。あるいはもっと遠くの何かを視ているかのようでした。
私はそれを俯瞰した視界から眺めていましたが──
「────────」
──突如として、過去のアーヤさんと目が合います。
しかもその瞳の色は黄金ではなく──
私の持つ《真実の眼》にも近い何か。その特殊な力で、未来から己を視る何者かを感知したのでしょう。
ゆえにその瞬間を最後に──私の視界はブツっと切れてしまい……それから二度とアーヤさんの幼少期を覗き見ることはできなくなりました。
視れるものと言えばどうでもいい過去だけ。例えば──
──七耀暦1201年。2月7日。
「ヴァヴァンヴァ、ヴァン、ヴァン、ヴァン♪ いやー良い熱さだね!」
「ああ、そうだな──って……何を普通に入ってきてやがる!? こっち男湯だぞ!?」
「え? 私が先に入ってたけど? やだなーヴァンってば。そんな言い訳するくらい私のこと覗きたかったの? えっちー♪」
「嘘つけ! 言い訳でもねぇよ! いいから早く出てけ!」
「えーしょうがないにゃあ…………エレインちゃんに言っていい?」
「絶対にやめろ! 俺が悪くなくても俺が悪いことにされる気がする!」
「じゃあ口止め料としてアイス奢ってー」
「なんで俺が!?」
「ふふん。タオル付きとはいえ私のナ~イスバディ☆な身体を見たんだからそれくらいは徴収しないとね!」
「ぐっ……わかったわかった! 奢ってやるから絶対にエレインには言うんじゃねぇぞ!」
「オッケー! それじゃあ外で待ってるねー」
──……学生時代、でしょうか。浴槽に使っていた男の人の隣にいつの間にかアーヤさんがいて男の人の方が振り回されている光景を視ました。どこかで見たことあるような気が……。
……まあとにかく、アーヤさんはある意味では《聖女》と呼ばれる私よりも異質な存在。私と同じように虚ろなのか、そうでないかすら見通すことのできない相手。もしかしたら私とも何か関係があるのか……と、そんなことを思ってしまう程度には不思議な人です。今度もサルバッドの映画祭で表の立場として関わることも多いでしょうし、注意深く見ておきたいですね。
──おはようございまーす!! ファッションデザイナーのアーヤ・サイードです! 今日はテンション高めにご挨拶! 何しろ大事な表の仕事があるからね!
ってことで私は今、共和国南東部にある中東の玄関口──遊興都市サルバッドに来ています! めっっっちゃ広いシーリーン砂漠の西側のオアシスにある街! 相変わらず乾燥してるね! まあ中東はどこも乾燥してるんだけどさ。照りつける太陽に熱砂の風! まあお決まりだよねー。私としては慣れ親しんでてかなり過ごしやすい気候なんだけど初めて来る人は熱さ対策とかした方がいいよ。私みたいにあんまり肌晒すのも本当は良くない。私は身体も丈夫だから全然出すけどね。ターバンやヒジャブ──スカーフやヴェールみたいなものだね! そういうのを被ってることが多いのは日差しや砂塵から頭部を守る役割があるのだ。私は付けないけどね。ハート型のサングラスくらい? まあこれもどっちかっていうとお洒落変装アイテムなんだけども。
でもサルバッドは大陸中東の街としては結構おすすめできる。エルザイム公国の公都ルドスなんかは中東色強くておすすめではあるけど初心者には過ごしづらいかもだし、逆にヴァリス市国は街並みが近代的だから中東っぽくなかったりするので中東っぽさを味わいたい人には初心者向けすぎる。
その点、サルバッドは昔ながらの伝統地区と開発された歓楽街の2つがあってどっちのニーズにもお応えできるからおすすめだね! 伝統地区のホテルに泊まれば中東様式の生活を堪能できるし、そこまでは求めてないって人は歓楽街のリゾートホテルに泊まれば快適に過ごせるよ! 私が中東初心者をガイドするなら歓楽街のホテルに宿泊してもらって伝統地区を見て回るってのがいいかな! 食べ物は香辛料が効いてるのが多めなんで美味しいよ! 癖が強くて苦手な人にもおすすめ出来る料理は沢山ある。なんだかんだケバブとかカレーとかはみんな大好きだよねー。
あっ、おすすめといえば伝統地区ではたまに中東の伝統的な舞を披露してる踊り子もいる! こうやってやってきて見に来るまで忘れてたけど地味に原作キャラだ! 確か名前はサァラちゃんとシャヒーナちゃん! 姉がサァラちゃんで妹がシャヒーナちゃんね。うーん、2人とも可愛いし美人だね! 踊りもイケてる! おひねり上げとこーっと。5000ミラくらいでいいかな? 本当は札束置いてあげたいけどそういうのって急にやると引かれちゃうからね。空気を読んで常識的な金額を置いていくのがマナーだよね。これくらいなら高めでも許される。
そして伝統地区を久しぶりに少し観光した後は歓楽街のベガスフィルムへ。今日は映画祭の打ち合わせがあるんだよねー。なので受付に行ってから会議室へ。そこでゴッチ監督やスタッフの人に挨拶だ。
「──そうそう、監督。それ以外の“候補”についてですが……」
「──おはよーございまーす!!」
「!」
「……っ、貴女は……」
私は会議室の扉を開け放って元気良く挨拶した。すると中にいた人たちの視線が一斉に私の方を向く。あれ? 見慣れない人たちがいる……って、あ! エルザイムの皇太子にその護衛のお姉さんじゃん! 名前は確かシェリド・アスヴァール殿下にナージェ・ベルカさん! ……で合ってるよね? うん、多分合ってたはず。面識はないけどエルザイムという中東で1番の大国の王族やその関係者の名前くらいはさすがに原作知識とか関係なく知ってるからね!
「おお! アーヤ君!」
「どうもーゴッチ監督。映画祭のパレード用の衣装持ってきたよー!」
「なんと! さすがアーヤ君は仕事が早いのう! なら早速衣装を確認させてもらおう!」
「……ゴッチ監督。彼女はもしかして……」
「おっとこれは失礼! 殿下、こちらは今回の映画祭で衣装を提供してくれるサイードグループの会長、そしてファッションデザイナーのアーヤ・サイード君じゃ! ──アーヤ君、こちらは……」
「エルザイム公国の皇太子のシェリド殿下ですよねー。もちろん知ってますよ! アーヤ・サイードです! よろしくお願いしますねー!」
と、流れですぐに挨拶。こういうのは最初が肝心だからね──って、あれ? ナージェさんが前に立ちはだかってきた。え、なんで?
「……? どうかしたんですか?」
「……殿下。彼女との接触はお控えを」
「問題ないよ、ナージェ。下がりたまえ」
「! ですが……」
「彼女の噂は聞いているさ。それこそ帝国の彼からもね。信頼できる人物だと。そのことは君も知っているだろう?」
「…………はい。そうでしたね。差し出がましい真似をしてしました。申し訳ありません、殿下」
「構わないよ。──さて」
なんか一悶着あってシェリド殿下の瞳が私を捉える。あー……やっぱ裏の顔とか警戒してる感じだこれ。護衛のナージェさんが今もかなり警戒してるし。そりゃ知ってるよねー。
「エルザイム王サルマンが一子、シェリド・アスヴァールだ。アーヤ君、君の事は多方面から聞いているよ。とても優秀で、それこそ多方面で活躍しているとね」
「えっと……サイードグループ会長でファッションデザイナーのアーヤ・サイードです。やっぱり色々と知ってる感じですか?」
「かつての君は公都や国内でも頻繁に活動していたようだからね。それなりには知っているとも」
「あはは……その節はどうもお騒がせしました」
「まあとはいえ事情は理解している。共通の知人である彼からも君の人格に信頼がおけるとお墨付きは貰ってもいるし、何もなければこのままデザイナーとして良き付き合いをさせて貰えればと思っているよ」
「それはそれは……こちらこそよろしくお願いします。特に何もないので良い感じにビジネス的なお付き合いをしましょう!」
……と、いうわけでシェリド殿下とガッチリにこやかに握手! ふぅー危なかった―……《月光木馬團》時代とか結社の執行者成り立ての頃に教団の関係者やりまくってた時なんかにエルザイム公国ではよく活動してたからね。そのことをツッコまれたら気まずくてしょうがない。でも普通に接してくれるみたいだからなんとか許されたっぽい! 共通の知人ってオリビエことオリヴァルト殿下のことだよね? それとクローゼちゃんかな? オリヴァルト殿下とクローディア姫に感謝! 王族とのコネ最強!
──とまあそんな感じでシェリド殿下やナージェさんとの面識も持った。ついでに後から挨拶したベガスフィルムのギャスパー社長もね。まあ社長の方は後で《アルマータ》と組んで色々やってるってことで殺しにいかせていただくけど今はまだちょっとね。映画祭が中止になったりすると多方面に影響があるから控えてる。それくらいの執行猶予は与えてあげてもいいよね。
で、衣装を納品したり私が前に友達と一緒に撮った映画の感想なんかもゴッチ監督と語り合い、シェリド殿下も普通に話が合ったのでかなり映画談義やちょっと際どい話で盛り上がって、更にパレードの件でサァラちゃんとシャヒーナちゃんの話が出て打ち合わせがどうのってなったので私もちょっと絡ませてもらおうとその打ち合わせもしてからまた首都に帰った。次に来るのは映画祭の時だねってことでね。私は忙しいから同じ場所にずっと留まることは少ないのだ。
なのでまあ首都に戻ってまた忙しい日々。秋は年末のコレクションのことを考えないといけないからね。イーディスファッションウィークにイーディスガールズコレクションにサイードコレクションと3つほど年末から年始にかけてファッションデザイナーとして1番力を入れなきゃいけないイベントが目白押しなので早めに今年発表する衣装を仕立てておかないといけない。なのでこの時期になると私のアトリエはフル稼働だ。休みはない。ブラックかもしれないけどこの時期はどうしたってしょうがないんだよね。イベントが終わったら長期休みを導入してるし給料もかなりあげてるので不満はないと思いたい。
それに加えて私は裏の仕事とかもあるから大変なんだよね。出先で空いた時間に衣装を仕立ててマキナに送ってもらったり導力通信で打ち合わせしてるからなんとかやってけてるけど本来ならアトリエに籠もりきりになるべきだったりする。
ただ……最近気付いたんだけどデザインの着想って外で動いてる時の方が得られるんだよね。なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! って思うような裏の仕事はここ数年沢山あったけど実はデザイナー的には色んな刺激が得られて悪くなかったりする。
それでも嫌な仕事は嫌だけどね。教団絡みとかアルマータ絡みの仕事は早くなくなってほしいし、なくしたくて頑張ってるわけだから刺激とかはどうでもいい。なので結論としてこの忙しい時期でも普段通り表と裏の仕事をきっちり頑張らないといけないってことだ。
本当はこっちに来てるクローゼちゃんとデートとか行きたいんだけどね。さすがに遊ぶ暇はあんまりないかな。ご飯くらいなら一緒出来るかもだけどね。ただ時間を合わせるのが中々難しい。アネラスちゃんとも約束してるしフィーちゃんとかも来てるっぽいから会いたいんだけどね。ついでにヴァンたち裏解決屋にもそろそろ挨拶したいけどそれはまあサルバッドでも出来るからその時でもよくはある。
──と、首都での私の忙しさを改めて確認したところで今日はまた撮影関係の仕事だ。ニナちゃんと一緒の仕事だね。ディルク記念公園でニナちゃんの《ユナイテッドスター》の撮影があるんだけどついでに《SAID》の服も着てもらって撮影する予定なんだよね。ファッション雑誌の表紙になってもらうからさ。
なので少し遅れて私はディルク記念公園に向かうけど……あれ? 今すれ違った車、インゲルトのナイトブレーカーでめちゃくちゃ見覚えあったけどもしかしてヴァンたちだった? うわっ、しまった。せっかく挨拶する良い機会だったのに。入れ違いになっちゃったね。
でもまあいっか。また今度で。代わりに──
「フィーちゃーん! 久しぶりー!」
「ん、久し振り。……アーヤは相変わらずだね」
「フィーちゃんはまた背伸びたね! 大人っぽくなってるけど可愛さは増し増しだし服も可愛いね! しかも動きやすそう! また服いる? もうB級遊撃士なんだっけ。なら装備にも使えるように丈夫なものがいいよねー。好きな色とかこうしてほしいとか希望はあるかな?」
「いきなり抱きつきながら流れるように注文を受け付けようとするのはどうかと思う。それと服は間に合ってる」
「えー。やだやだ成長したフィーちゃんの服仕立てたーい! せっかく仕立てがいありそうなのにー!」
「えっと、お知り合いだったんですね」
「帝国でちょっとね。──ほらアーヤ。わたしの服は今度でいいから今は仕事したら? それと仕事が終わったらご飯くらいなら付き合えるよ」
「ほんと? わーい! 成長したフィーちゃんとデートだー! ならさっさと仕事終わらせよっか!」
──ってことで元Ⅶ組で今はB級遊撃士としてしっかりやってるフィーちゃんがやってきてた! わーい! 見かけた瞬間ひしっと抱きつく。背が伸びてて私よりも少し小さいくらいになってるね! 具体的には162リジュってところかな。大人っぽくなってるけどあどけない部分も残ってて美人! 可愛い! 服もまた変わっててお洒落だね! 体力仕事な遊撃士にぴったりだ! もう二十歳なんだっけ。後で一緒にお酒飲もうね! うーん、これで教え子と一緒にお酒を飲む実績をまた解除だ! フィーちゃんが成人したから残りは新Ⅶ組とかミリアムちゃんアルティナちゃんとかの最年少組だけだね! 元教官としてリードしてあげないと! 成人した大人の振る舞いってのを見せつけてあげよう。ふふん。
私はフィーちゃんとこの後の約束をしてから仕事を開始して速攻で市内に戻った。明後日には映画祭のためにサルバッドに行かなきゃならないけど逆に言えば今日の夜くらいは予定が空いてて──
『──よう、アーヤ。今は暇か?』
「──暇じゃないから切っていい?」
──なんかオジサンから連絡が来た。切りたい。でも切れない。そしてこのままフィーちゃんと合流するわけにもいかない。ぐぬぬ……こうなったらさっさと用件を終わらせるしかない。
『おいおい……せっかく《アルマータ》についての情報を持ってきてやったのにいいのか? これでもオジサン、結構頑張ったんだがなぁ』
「うっ……わかった。なら早く教えて。何が分かったの?」
『もう本題に入んのか? もっとお喋りを愉しもうぜ』
「ならオジサンの好きなお刺身は? 私は鯛かな」
『フグとか好きだぜ』
「そっか。それじゃお喋り終わりね」
『クク、愉しむ気ゼロの話題だな』
「だって普通に予定詰まってるし……お喋りくらいなら今度でいいじゃん。どうせ
『まあな。明後日は俺にレティも現地に向かう予定だ。夜には着くだろうから落ち合うとしようぜ。1つ目の用件はそれだな』
「わかった。レティ姉さんに会えるの楽しみー。……で、2つ目は?」
『2つ目はサルバッドでお前に似た姿の怪しい人物がいるらしいっつー情報だ。お前が言ってたアルマータの幹部だろうな』
「そっか。ならサルバッドに行くのは間違いじゃないってことだね」
『ああ。何をするか、まではまだ分からねえけどなァ。何にせよ面白いことになりそうだし、向こうについたら頼むぜ? 殺すのは良いがすぐにやっちまうのはつまらねぇからな』
「…………わかってるよ。でも1人、2人くらいならいいよね?」
『そりゃ状況次第だな。やり方次第じゃ映画祭や表にも影響が出てもっと取り返しのつかないことになるかもしれねぇし、少しの間、様子を見るのがオジサンとしちゃあオススメだ』
「……はぁ、仕方ないね。オジサンがそう言うなら従うよ。でもこっちも場合によっては譲れないからね?」
『それはそれで構わねぇさ。お前の地雷をあちらさんが踏み抜いたってんなら俺に止める理由はねぇ。好きにすりゃあいい』
「ならいっか。後は状況次第ってことで。サルバッドではよろしくねー、オジサン」
『ああ。オジサンが動く事態にはならねぇと思うが精々アドバイスをしてやるよ』
…………と、そんな話をしてから通信を切る。ふぅ……色々と呑み込む羽目にはなったけどオジサンにはアルマータのことで手伝ってもらってるし、オジサンの言うことにも一理あるから割り切って従うことにしよう。オーギュストがいるっぽいし、そっちは見かけたらすぐに殺す予定だけどね。それ以外の面々に関しては一旦オジサンの顔を立てて状況次第だ。すぐにやれれば良かったんだけどね。とりあえずメルキオルとオランピアちゃんにも連絡しとかないとね。
ただオジサンにレティ姉さんもいるならよっぽどのことがなければ遅れは取らないと思う。なのでメリットはあるかな。アルマータの幹部が勢揃いするなら私1人で確実に殺せるとは限らないし、表の人間を巻き込むのは駄目だけど裏の人手ならあればあるほどいい。それでも本当ならあんまり巻き込みたくはないんだけどね。そうも言ってられないからお願いして手伝ってもらってる感じだ。
……さて、オジサンと通信して少し遅れちゃった。早くフィーちゃんと合流して……あ、そうだ。せっかくだしレンも呼ぼっかな? 普通に知り合いだしね。夜も遅いけど保護者と一緒なら大丈夫だろうし、なんだったら私の会社系列のお店に入れば何時までいても問題ないし。よし、そうしよう! 早速連絡して……。
「もしもーし! レンー?」
『──どうしたの?』
「レンこそ今は外? こんな時間に外出って珍し……くもないか。これからフィーちゃんと一緒に軽く女子会するんだけどレンも来ない? 一緒に色々やって遊ぼう!」
『それは楽しそうね。なら今から向かうわ』
お、やったー。ちょうどレンも外に出てたみたいだね。……って、ん? 誰かと一緒にいる? なんか話し声が若干聞こえる。
『……その声は……』
『ええ、貴方の昔馴染みよ。せっかくだから代わる?』
『やっぱりかよ……なら遠慮させてもらうぜ。今話すと収拾つかなくなりそうだしな』
「ん!? その声ってもしかして──」
『はいはい。それじゃ切るわね。それじゃ』
あ、ちょっと! …………切られた。レンってばやっぱりヴァンと一緒にいたんだ。そういえばなんかそういうイベントがあったような……あれって今日の夜だったんだね。そりゃそうか。ゲーム的にはサルバッドに行く前日とかだったりしたもんね。考えればわかるけど忘れてた。
それにしてもまーたヴァンと久し振りに話す機会を逃したね。まあサルバッドでは会えるだろうからいいけどさ。ヴァンは素直じゃないからなぁ。
ま、いいや。とりあえず今日のところはフィーちゃんとレンと一緒に夜の女子会だ! それで英気を養ってからサルバッドへレッツゴー!
──そうして私はその後、フィーちゃんとレンと久し振りの女子会を楽しんで……その次の日には首都でやるお仕事を色々と片付けてからサルバッドへ向かった。ちなみに泊まる場所は当然六つ星のアルジュメイラホテル──と言いたいところだったけど色々と問題がありそうだし、今回は別のホテルにしといた。高級ホテルは他にもあるからね。それこそうちの会社のホテルでいいかなって。
先日来たばかりなのもあってそこまで様子は変わってないけど映画祭が近くなってるので観光客も多い。それになんか鼻がむずむずする嗜好品が出回ってるみたいだね。導力シーシャだっけ。中東じゃポピュラーな水タバコに何かを混ぜてるっぽい。うーんアルマータ最悪だなぁ。回収したいところだけど様子見しないと逃げられちゃうかもなんだよね。オジサンからもそう言われてるし注意しつつ見送ろうかなーっと──お? 連絡来た。セラちゃんからだ。はいもしもーし。セラちゃんどうしたのー? 年末のコレクションの詳細をそろそろ詰めてほしい? あーその件ね。大丈夫大丈夫。この後ちょっと試しに練習するから。せっかくの機会だしね。黎の軌跡での私の初登場シーンとヴァンたちとの挨拶も兼ねてキメていかないとね!
──嫌な予感はしていた。
先の煌都での出張業務から約一月ほど。新たにアーロンをバイトで雇うことになった俺は今月場所を変えて行われる映画祭に際してまたしても出張業務を行うことになった。
依頼人は今話題の東方系の女優ニナ・フェンリィ。出張先は共和国南東。大陸中東部の玄関口とも言えるオアシスの街サルバッド。
その依頼を受けた日は帝国からやってきたあのⅦ組の一員だった遊撃士フィー・クラウゼルに会ったり、泰斗流の達人2人に挟まれたり子猫とちょっとしたやり取りを行ったりと色々あった。……あと通信越しに一瞬、アレな知り合いとも会話を行うところだったがややこしくなりそうだったので俺はそれを避けたりもした。
──そんなことがありつつの10月5日。俺たちは夜通し運転してついにサルバッドに到着した。
愛車を停めてから伝統地区にあるホテルに荷物を置いてから早速怪しい兆候がないか見回りも兼ねて4spgを確認して俺たちは幾つかの依頼をこなしていき……一段落してからオアシスが一望できる広場に向かった。
そして俺は……その時から若干の匂いを感じていた。
といっても悪意や邪念のようなものは何となくだが感じない。ただ街行く人から何か違和感を感じた。
それが一体何なのかは分からない。気にするほどでもないかもしれないが、何となく引っかかりはした。誰もが普通に過ごしているようにしか見えねえが……。
……まあ一応気にかけてはおくか。だがとりあえずはやるべきことを済ませるかとガキ共といっしょにオアシスを眺めているとだ──中東特有の独特なリズムが聞こえてきた。
振り返ってみればそこには中東の伝統衣装を身に着けた2人の若い女がその伝統舞踊を披露していた。1人は楽器を鳴らし、もう1人はそれに合わせて舞い踊る。途中で交代しながら。
その見事な舞を俺たちは他の観光客と同じように見物した。映画祭が近いからか、この2人の舞が話題になっているのか先程よりも観光客も多い。だからか──
「いや~見事なものだったね。ほら、これはおひねりだよ」
「わ~! こんなにいいのー!?」
「いいっていいって。ボクら君たちを気に入っちゃってさー」
「ちょっと付き合ってもらうぜ。歓楽街にいい部屋とってるからよ」
「へっ……ちょ、なに言ってんのさー!?」
「……あの、今は興行中ですので……」
「あれ、まだミラが足りないって?」
「分かった分かった、いいからとにかく一緒に来いよ」
「いたっ……は、放してよー!」
「っ……シャヒーナ!」
──見物していた身なりのいい男2人がその2人の踊り子を強引に連れて行こうとしていた。映画祭でやってきた観光客か。それなりに金持ちで増長している。マフィアや半グレという雰囲気じゃない。完全に素人だが、金の力でどうにでも出来ると考えてるような輩だな。
そしてそれを見かねた現地民が止めようと声を大きくして注意を口にするも聞く耳を持とうとしない。遊撃士や現地の警察がやって来るにも時間がかかるだろう。
だから俺たちはそれを止めようと動いた。まずはフェリが男2人の腕を極めて制すると護衛の黒服──猟兵くずれが動き始めたからそれを俺とアーロンで動きを止める。アニエスは2人に声をかけていた。
「大変だなァ、アホに雇われると」
「──で、どうするんだ? 随分いい部屋を取ってるみたいだが」
「そこで映画祭までの3日間、ベッドで寝たきりになるかよ……?」
「ッ……」
アーロンと俺がそう警告してやると猟兵に輩2人も明らかに動揺していた。
それで事態は収拾つくだろう。直に警察や遊撃士も到着するはずだからな。
そう思っていたんだが──
「ハッ! そこまで言われて引き下がれるかよ!」
「その通りだ! 俺たちは何としてもその女たちを手に入れてやるぜ!」
「!」
「チッ……まだ仲間がいやがったのか?」
──突然、見物人の中から同じような身なりのいい──それもかなりお洒落なフォーマルな服装を身につけた男たちが同じようにハイセンスな黒服を伴って現れ、俺たちに威勢よく向き合ってきた。
突然の新手にアーロンは舌打ちをしたが、俺はそれを確認しながらも違和感を感じる。
(仲間……? だがこれは……どういうことだ? 嫌な匂いがしねぇ。それにその口調というか、言葉選びも……)
「あっ……」
「っ、アニエス。それは──」
そして俺が違和感について推理を行おうとした時、アニエスの腰のポーチが、その中に収めてあるゲネシスが光り輝いた。
俺はそれに反応し、どういうことなのかと更に思考を回して──
「そうはさせないわ!」
「ええ……! このサルバッドで勝手な真似はさせない!」
「私たちの誇りを汚させやしないわ!」
「! 女……?」
「何でしょう、この音楽……?」
──更に客の中から、今度は洒落た格好をしたモデル体型の女たちが姿勢良く現れる。
同時に何やらリズミカルなイントロがその場に流れ始めた。アーロンやフェリもまた困惑する。
「そうだそうだ!」
「ここは俺たちの故郷!」
「俺たちの手で故郷を守るぞ!」
「──なら私たちと一緒に踊って!」
「何!? そんなこと……出来るわけ無いだろう!?」
「そうだ! そんなことをしても何の解決にもならないだろう!」
「いいえ! 出来るはずよ! ほら……耳を澄ませてみて……! 聞こえないかしら? この音楽……! そしてあなたの心と本能に刻まれたその衝動……! それに従えば……誰だって踊ることができる!」
「……!! た、確かに……何やら音楽が聞こえてきたような……」
「ああ……それにこの心が沸き立つリズム……身体が勝手に動き出すような……!」
「え、えっと……」
「……まさか……」
……何やら現地民と思わしき連中が呼応し始め、更に女優かモデルみたいな連中が現地民に呼びかけ……そして徐々に踊り始めた。アニエスはそれを見て更に困惑する。なんだったらさっき取り押さえたごろつきも困惑していたし、一部の現地民か観光客だと思われる人間も同じように何が始まったのかとざわついていた。
そして俺は気づいてしまう。俺が先程から匂っていた連中。今この場で動き出した奴ら。そいつらの共通点──
「くっ……なんだこいつら……!?」
「なんだってんだ……この音楽と踊りを前にすると俺たちまで心が浮ついちまう……!」
そしてそれは唐突に途中から絡んできた奴らも同じだった。
「──それはあなたたちの心にも“愛”があるからよ」
「! 何だと……!?」
「誰だ……!?」
「げっ……」
──そして更にわざとらしい台詞の応酬。観光客の中から聞こえてきたその声に、俺は
「人は誰しも心に衣服を纏うもの。誰もが全てを曝け出すことはできない。──だけどどんな衣服を身に纏っていたとしても……その心の奥底に何かが眠っていることに変わりはない」
「っ……だとしたら何だってんだ……?」
「あなたたちが身に纏っている衣服は奇しくもその眠っている心を呼び起こさせるもの。そしてこの音楽はあなたたちの心に訴えかける。あとはあなたたちがそれに乗っかれば……そう! あなたたちの世界はほんの少しだけ平和になる!」
「!? 俺たちも……」
「世界も……」
──何やら個性的すぎる例えを言われて男たちは衝動を受けていた。気づけば台詞も音楽に合わせたものになっているし、身振り手振りも大きい。
そして輩と思わしき2人に向けて、人混みを不自然に割って歩んできた1人の洒落た格好をした女──それもこの中でも特にセンスの良い中東系の褐色肌の女がやって来て手を差し伸べる。まさに感動のシーンみたいに見える。見えるだけだが。正体を理解した俺はもう帰りたい。
「──さあ! 一緒に踊ろう! その本心に従って!!」
「はい……!!」
そしてなんか悪役まで踊り始めた。音楽は……エレクトロスウィングか。それに中東の楽器も組み合わさってやがる。無駄に凝ってるし相変わらずそっち方面のセンスが抜群に良いのがムカつくな……その音楽に合わせて観光客も地元民も悪役もその女と一緒になって動きを完全に揃えた踊りを見せつけてきた。リズミカルにめちゃくちゃ難しそうなステップを高速で踏んでやがる。いつ練習したんだとかどこから仕込みなんだとかツッコミたいところは幾つもあるが、何よりもこいつは何をしに来やがったんだ……?
「おい……もしかしてあの人って……!」
「中東系の若い女性であのハイセンスなファッション……もしかしなくても……!」
「共和国の……いや、大陸の流行の最先端を行く若きカリスマ……!」
「あのファッションデザイナーの……!」
ついに関係ない観光客にまで気づかれる。この場の空気に当てられて関係ない連中までちょっとそれっぽいのやめろ。中心にいながら全くノってない俺が馬鹿みたいに見えるだろうが。隣にいるアニエスたちも気付いたみたいだしよ。
「ヴァンさん……あの人ってもしかして有名な……」
「……………………ああ。あいつはファッションブランド《SAID》を中心とした共和国屈指の大企業サイードグループの会長にして創始者。他にも色々と肩書はあるが……ファッションデザイナーの──アーヤ・サイードだ」
「──イエ──────イ!! ヴァン久し振りー!! 再会の記念にほら、一緒にDANCE! DANCE! DANCE! 裏解決屋の新人バイトたちは始めましてー!! アーヤ・サイードだよー! よろしくね!」
──そう……俺の学生時代の同窓生にして俺の知り合いの中で最も騒がしくトラブルメーカーで常識が通用しない女……ファッションデザイナーで執行者の──アーヤ・サイードがそのハート型のサングラスを頭上にあげてその爛々とした黄金の瞳をこちらに向け、楽しそうな笑顔で思いっきり声をかけてきた。やめろ馬鹿。裏解決屋とか大声で言うな。そもそも知り合いみたいに声かけてくるな。キレの良いステップ踏みながら近づいてくるな。リズム良く指パッチンしながら近づいてくるな。見物人が俺たちを期待した眼差しで見て来てるじゃねーか──「へいへーい! ヴァンってばノリが悪いよー!」──そうだよ! ノリが悪いやつみたいになって悪目立ちしてるからやめろ! こっちに来んじゃねぇ!?
そうして俺はげんなりしながらアーヤの奴の意味の分からないフラッシュモブだかミュージカルだかを一通り眺めさせられ、それからようやくさっきの踊り子2人と共に広場を後にすることができた……。
──のだが。
「──で、そっちのアーヤとか言ったか。このオッサンとはどういう知り合いなんだ?」
「ヴァンの元カノでーす! よろしくねー!」
「えっ」
「そうだったんですか……!?」
「紹介して1秒で大ウソついてんじゃねぇよ! ただの知り合いだろうが!」
──適当な屋台でさっきの踊り子の姉妹、サァラとシャヒーナの2人と話をすることになったのだが、一緒にアーヤが付いてきていた。しかもいきなり大ウソを付いてアニエスやフェリを驚かせてやがったので強く否定する。するとアーヤは能天気に笑ってやがった。
「あはは、まあねー。元カノっていうのは嘘で昔からの友達だよ!」
「なんだ、嘘かよ」
「当たり前だろうが……誰がこんな……」
「私みたいなナーイスバディでめちゃくちゃ顔が可愛い愛嬌たっぷりのお洒落なお姉さんとヴァンが釣り合うわけないよねー」
「こんな能天気アホアホ女とハードボイルドな俺が付き合うわけねぇだろ」
「ちなみに裏解決屋の助手0号でもあるよ」
「違ぇよ! あれは別に裏解決屋まだやってなかっただろうが!」
「それで当時からヴァンはツンデレで素直じゃないお人好しのおバカだったんだよね」
「お前にバカって言われる筋合いねえわ! 大体お前は──」
「とにかくよろしくねー! アニエスちゃんにフェリちゃん! アーロンくんも! 2人とも可愛いしアーロンくんはかっこいいよねー! せっかくだし服着てみない? 今なら特別に初回限定でサービスしてオートクチュールで仕立ててあげるよ!」
「聞けよ!! そんで出会って一瞬で距離詰めてんじゃねぇ!」
「あはは……えっと……」
「こ、個性的な人ですね」
「……あー……何となくさっきの感じとオッサンとのやり取りだけで察したわ」
「さっきのヴァンは何とも言えない感じだったよねー。まるで授業をサボってアンダルシアのケーキを食べてたらエレインちゃんに見つかった時みたいだったけど。あれどうしたの? リズム感なくなっちゃった? 昔はルネっち先輩と一緒にジャンジャカギター弾いてはブイブイ言わせてたのに。そのおかげでちょっとだけモテたこともあったよね。それでエレインちゃんが嫉妬して大変な──」
「だぁぁぁぁぁ!! やめろ馬鹿!! 秒で人の聞かれたくない過去を幾つも放り込んでくるんじゃねぇよ!!」
「え、これ黒歴史だったの? じゃああの勘違い事件とか黒歴史どころじゃないじゃん」
「勘違い事件?」
「ちょっと詳細は話せないんだけどヴァンがね……昔その……ぷぷっ……! 今思い出しても……! あの時のヴァンの迫真ぶりと言ったら……」
「だからやめろっつーの!! しまいにはこっちもバラすぞ!!」
「? 私? 私に黒歴史なんかあったっけ?」
「アホほどあんだろうが!! くっ……この《アラミスの狂人》が……」
「あはは……この間話した時も思いましたけど……」
「うーん、やっぱりセンスのある人ってこれくらい勢いがないとなのかな? それならお姉もアーヤさんを見習って……」
「2人もアーヤさんとお知り合いなんですか?」
「ええ。といってもそちらとは違って先月に少し話した程度ですけど……」
「ふふふ。ちょっとね~♪ 見初められてお仕事貰っちゃったんだ~」
「シャヒーナちゃんにサァラちゃんも綺麗だし可愛いからね! 今回の映画祭でも上手くいったら──あ、ヴァンも良かったら手伝ってくれない? 4spg頼んでもいいよね?」
「受けねぇよ! お前の依頼はいつも急だしどっちかに振り切れすぎて温度差で風邪引くわ!」
「表と裏の狭間にいるヴァンにはぴったりだね!」
そう言って屈託のない笑みで笑うアーヤに俺は頭痛を堪えながら歯噛みするしかない。くっ……こいつ、相変わらずすぎる……! 慣れちゃあいるがアニエスたちがいるのもあってスルーできないことばっかでツッコまざるを得ねぇ……! しかもこんな時に通信が……。
俺はバカの相手を一旦やめて依頼者からの外せない通信を取る。──アンタか……ああ、今朝方──「ねえねえアニエスちゃんたち今度ウチのモデルやらない?」……滞りなくな。どうやらニナの方もさっき到着したらしいな。依頼の話は──「あーヴァンはそういうのやらないんだって。まあファッションセンスは悪くないんだけど自分であえて青黎いコートとか選んで着てる辺りちょっと厨二病だよね。昔っから謎に自分はハードボイルドだって自負してたからその時からあんまり変わってないかな」……なるほど。正午までに行けば──「あ、その声ニナちゃんにジュディスちゃんじゃん。ねえねえ私も付いてっていい?」──よし。お前ら待ってろ。いますぐこいつをオアシスに沈めてくる。それから行動再開だ。
「あ、そういえば私もアルジュメイラで用事あるんだった。先に行ってるね!」
「まるで後で合流するみたいに言ってんじゃねぇよ! 絶対に合流しねぇからな!」
「ふっふーん! それはどうかな! 私から隠れたり逃げられると思うならやってみるといいよ! ──それじゃあね! ヴァンにアニエスちゃんたちにシャヒーナちゃんたちもまた後で!」
と、俺が通信を終えて改めて向き直ろうとしたところでアーヤは思い出したように立ち上がると笑顔で俺たちに手を振って走り去っていってしまった。
「行ってしまいました……」
「なんというか……嵐のような人でしたね」
「しかもとびきり明るいというか……さしずめ砂漠の嵐ってところかよ」
「……まあな。良くも悪くも、だが。はぁ……」
「えっと、でも悪い人ではなさそうですね」
「ええ、すごく良い息吹を感じました」
「まあ面白そうな女だったな。オッサンはやり辛そうにしてるが別に会いたくねぇんなら見つからないようにすりゃいいだけだろ。何をジジ臭いため息ついてやがる」
「くっ……うるせぇ。
「あ? どういう意味だ?」
「そういえば物凄く自信がありそうでしたね」
「……お前らにもそのうち話してやる。それよりも今度は折を見て歓楽街の方に向かうぞ」
……今あえて話すタイミングでもないと俺はアーヤについての話を打ち切って行動を再開する。あいつのことだからまた後でやってくるだろうな。
まあでもさすがに依頼者との話し合いの最中に割り込んでくることは──
「──やっほー! ジュディスちゃんにニナちゃん来たよー! アニエスちゃんたちもさっきぶりー! ゴッチ監督はヴァンと映画談義ですか? ヴァンはこう見えてめちゃくちゃオタクだしスケベですからねー! きっと監督とも話が合うと思いますよ! ──ああ、ギャスパー社長! これはご丁寧にどうも! そんなに腰低くしなくていいんですよ! この間はこちらもお世話になりましたから! ──あ、ケーキ美味しそう! 私も食べていい?」
──また来やがった。どうやらこいつも映画祭の関係者だったらしい……当たり前と言えば当たり前だが……俺は愕然としながらもそれを飲み込む。このサルバッドでこいつと関わらないのは無理だと。
──何しろ……。
「──それで、アーヤ。さっきの褐色で目元を隠した暗殺者のことだが……お前、何か知ってるのか?」
「──う、ウウン。ナニモシラナイヨー。だだだ、誰なんだろうねーアレ……~~♪」
──その日の午後。水路にて俺たちを襲ってきたとある刺客のことも含めて……こいつは明らかに何かを知っていそうだったからだ。目も泳いでるしどもってるし突然の口笛もわざとらしすぎて誤魔化し方が下手すぎる。逆に本当に知らないんじゃないかと思ってしまうほどに。
どうやら映画祭以外にも何か目的がありそうだな……とこう見えて大事なことに関しては口が硬いアーヤから聞き出すことは一度諦めて俺はその情報を頭の片隅に置いておくことにした。
今回はこんなところで。ついにアーヤちゃんが三章で初登場しつつアークライド解決事務所が出会って更にカオスになります。
次回は愉快なアーヤちゃんと怖いアーヤちゃんが反復横跳びしますのでお楽しみに。
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