TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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伝説の凶手に襲われる不幸

 ──ニーハオ! アーヤ・サイードです。好きな東方料理は麻婆豆腐! 得意な共和国料理も麻婆豆腐! 辛い東方料理大好き! 辛くないのも大好きだけど! 

 

 さて、早いもので私が結社の執行者になって3ヶ月程が経ちましたがその間、主に私は訓練に明け暮れていました。

 というのもこの間のノーザンブリアで私は学んだ。私はまだまだ弱い。そして足りないものが沢山ある。あんなに苦労して死ぬ思いをしたのは私が未熟だから。

 そう、私は理解しました。私に必要なもの。それは──()()()()だと……! 

 

 ──えっ、謎ワープが何かって? そりゃ謎ワープですよ謎ワープ。ほら、よく敵が使うやつ。結社の人間とかが戦い終わった後とか言いたいこと色々言った後とかにその場からさっと消えて離脱するやつ。

 あれが使えれば私はノーザンブリアであんなサバイバルをする必要もなかった。暗殺を終えたらさっと消えてスマートに帰還。悠々と拠点に帰っていたし、きっとブルブランにいたずらされることもなかった(パンツを盗まれたかと思ったけど誤解だったらしい。その後ちょっと話したけど芸術的な部分で話が割と合った)。

 

 なので私は謎ワープを習得すべく色々話を聞いて回った。すると分かったのだが、あれも導力魔法の一種。つまりはアーツであり導力技術によって行っていたりするらしい。

 まあ中には導力魔法ではない魔術や特殊な術、転移術と呼ばれるそれらを用いてやる方法もあるらしいが、1番簡単なのは謎ワープが出来る導力機を持っておいて必要に応じて使うことだ。

 そういう訳なので仕方なく私は技術担当であるノバルティスのエロ博士に頼んで用意してもらおうと思ったんだけど……そこでまた実験を要求をされたため、私は本当に仕方なく博士に付き合って、ついでにアーツの練習をした。別に魔力は高い訳でも低い訳でもないので使えるアーツはそこそこ。ただ魔法防御は驚異的な数値だって博士に言われた。まあそうなんじゃないかとは思ってたけども。

 で、実験が終わった後は博士がちょっぴり改造した新しい戦術オーブメントを貰い、そこに《北の猟兵》から鹵獲しまくったクオーツや実験の報酬で貰ったお金で買ったクオーツも組み込んで使えるようにした。主に時属性と水属性に地属性も少々。火属性も隠し味に。素早さは大事だし回復も大事だし防御も大事だしね。攻撃も大事だけどこれは最悪カバー出来るんでいいかなって。私はアーツ主体の戦闘スタイルじゃないので何を強化するかとか付随する効果の方が大事。なので手持ちの中で効果の高いクオーツをとにかく組み込んだ。

 謎ワープも一応使えるようになったので問題なし。ただ戦闘中に咄嗟に使えるようなものじゃないことは分かったのでそこだけは注意しないと。

 

 ──と、そうしてたった3ヶ月だけどその分だけちょっとだけ成長した私は再びお金を貯めるために仕事をすることにしたわけだ。この間の仕事の報酬は完全に身分証とかを作ってもらうだけで終わっちゃったのでお金はまだ全然貯まってない。博士から実験の報酬として貰ったお金も戦術オーブメントの調整とかで結構使っちゃったし、まだまだお金を稼ぐ必要がある。

 

 なので私はまたしてもオジサンから仕事を貰ったのだが……その仕事の内容が若干不安な内容であったため、今回はその対策を立てることにした。仕事が大変で不安なら周りに頼ればいいのだ。ってな訳で……。

 

「わー! すごいねクルーガーちゃん!」

 

「確かにすごいですが……そもそも何故舞台など観劇しているのですか?」

 

「そんなの面白いからに決まってるじゃん!」

 

 ──じゃじゃーん!! やってきました煌都ラングポート! しかも一緒にやってきたのは私の1番のお友達である執行者No.Ⅸ《死線》のクルーガーちゃん! 

 いやー遂に来ちゃったよラングポート。ラングポートはカルバード共和国第二の都市で共和国南部に位置する巨大な港湾都市で、大陸東部から移り住んできた東方人が多く暮らす街だ。大陸最大の東方人街もあるし、歓楽街や市街もすごいのなんの。高いビルがいっぱい建ってて経済的にもかなり回っているのがよく分かる。

 そんなラングポートは観光するのに持って来いな場所だ。何よりご飯が美味しい! 東方料理店が沢山あって最高! 煌都華劇場もたった今見終わって楽しかったし、次はやっぱりご飯だよね! 

 

「ほらクルーガーちゃん! ご飯ご飯! ご飯食べに行こ! 麻婆豆腐♪ 炒飯♪ 小籠包に春巻き♪ 八宝菜に酢豚♪ 刀削麺に担々麺♪ 何が良い?」

 

「それよりもクライアントの元を訪ねましょう」

 

「約束の時間までまだあるじゃん。だから先にご飯行こ!」

 

「いえ、早めに挨拶を済ませて護衛スケジュールや現場の確認をした方が……食事であれば適当につまめるものを後で食べるのが──」

 

「えー! やだやだやだ! ご飯食べよーよご飯! せっかく煌都まで来たんだからちゃんとした店で東方料理食べようよ~!」

 

「さっきもそう言って華劇を観覧したばかりですが」

 

「ご飯食べてからじゃないとやる気出ないっ! だからご飯行こうよご飯~!」

 

「……はぁ……仕方ないですね」

 

「やった! それじゃ行こ! 特別にクルーガーちゃんに店選ばせてあげるから!」

 

「あっ、ちょっと……!」

 

 東方人街にある華劇場を出た私は早く依頼主に挨拶に行こうと言うクルーガーちゃんを何とか説得して先にご飯を食べることにした。なのでクルーガーちゃんの手を取って軽く走り出す。食事しないと元気が出ないからね! 戦闘前にCPを貯めておくことはゲームでも重要だし! 

 クルーガーちゃんはまだまだ仕事にしか興味がない真面目な子だけどなんだかんだ言えば付き合ってはくれる。なので呆れ気味のクルーガーちゃんに店を選んでもらって一緒に食事をした。せっかくの遠出。外食なのでお金のことは気にせずにいっぱい頼んだ。とりあえず食べたいものは片っ端から──「こんなに食べるんですか?」と途中クルーガーちゃんがやっぱり少し呆れながら聞いてきたけど大丈夫大丈夫! 私って健啖家だからね! 成長するためにはご飯もいっぱい食べないと! あむあむっ……ん~! 本場の麻婆豆腐はやっぱスパイスが香ばしくて最高だね! ほらほら、クルーガーちゃんも食べて食べて! めちゃくちゃ美味しいよ! 

 

 ──そして1時間後。

 

「はぁ……お腹いっぱい」

 

「……前々から思っていましたが、本当によく食べますね……」

 

「まあね。昔は貧乏で満足に食べれなかったからその分よく食べるようになったのかも」

 

「その理屈はよく分かりませんが……そんなに食べて太りませんか?」

 

「それが大丈夫なんだよね。まあ一応気をつけてるし身体も動かしてるから全然無問題!」

 

 私とクルーガーちゃんはご飯を食べ終えてようやく依頼人の元へと向かった。ご飯はしっかりと完食。食後のデザートの杏仁豆腐までぺろりと平らげた。よくそんなに食べられるねってクルーガーちゃんに言われたように、私は結構食べる。育ち盛りだしね。それで太ったりもしない。私は常に中東風の衣装というかお腹周りを出す服を着てるからそういうのも気をつけてる。まあまだ子供だからそこまでスタイルを気にしなくて良いのかもしれないけど一応ね。

 とまあそんな訳でご飯も食べ終えたのでそろそろ仕事について考えよう。今回の仕事は……ずばり、護衛任務だ。

 

 と言ってもただの護衛任務でもないし、色々と特殊な事情はある。簡単に言えば、結社と裏で繋がっているとある会社の悪い社長がマフィアに命を狙われているため、それを護衛して退けて欲しいのだとか。

 しかもそのマフィアが……なんとあの《黒月(ヘイユエ)》だ。これが私の不安要素。クルーガーちゃんを用心で連れてきた原因でもある。

《黒月》ってのは共和国最大の東方人系マフィアであり、このラングポートに本拠を置く巨大シンジゲートだ。表向きにもでっかい会社を経営し、地域とも密接しているどころか国からも必要悪としてよっぽどのことがなければ相互不干渉とされている共和国の闇の組織のトップ。

 私としては出来れば関わり合いになりたくない。だって《黒月》って腹黒い人ばっかりで怖いんだもん。やってる悪事の怖さとかヤバさ具合で言うなら正直《結社》とか《D∴G教団》、《月光木馬團》とかの方がヤバいんだけど《黒月》は現実的な怖さと言うか、強かに立ち回ってくるのが怖い。下手に波風立てたりもしないし人身売買や薬物犯罪をご法度にする程度には良識はある。でも怖い。組織の上に立つ長老は腹黒いのばっかりだって聞くし、それどころか若い幹部も腹黒くて嫌。私は腹黒くて何考えてるか分かんない頭の良い人は苦手。とくに眼鏡かけてる頭の良い人は信用出来ない。

 しかもそうでなくとも《黒月》の構成員は東方三大流派の1つである《月華流》の使い手ばかりで平均的な戦闘力が高いし、更には滅多に出さないが凶手も複数抱えてるので怖い。《黒月》の凶手は達人かつ冷静で隠密に長けた仕事を確実にこなす効率的な人の集まりなので怖い。

 なので本当は《黒月》とかち合う可能性のある仕事は出来れば避けたかったんだけど、それでも受けた理由は3つ。1つは金払いが良いことで2つ目はクルーガーちゃんも誘えたこと。

 そして3つ目は──本当に達成しなければならない仕事は、()()()()()()()()()

 

 どういうことかと言うと簡単な話。護衛はあくまで依頼主である会社の社長さんからの仕事であり、()()()()()()()()()()()()()()()()。オジサンからの仕事の内容は、その会社の社長が持ってる結社との繋がりを示す裏帳簿を奪取して処分すること。

 なので別にその会社の社長である悪い人がどうなろうと構わない。一応言われた通り守ってやれとは言われてるが、頭を挿げ替えるのは容易──というかその内挿げ替えてやろうとオジサンは思ってたらしい。野心が肥大化して使いにくくなったんだとか。

 だから守れるならそれでも良いが、護衛が失敗して死ぬならそれはそれで良し。《黒月》が代わりに殺ってくれるならそれはそれで《黒月》のせいに出来るし手間が省ける。ちょっと早い衣替えみたいなもんだとオジサンは言っていた。

 

 なので最悪でも裏帳簿さえ奪取出来れば良い。表向きの依頼主を守れるなら守って成功報酬を受け取り、もうちょっと利用してから消すので出来れば守った方が良いけど失敗してもいい。

 

 ──つまり! 無理して《黒月(ヘイユエ)》と戦う必要もないってこと! 

 

 依頼主を本気で守る必要はない。いや、守れるなら守るし、本当に死にそうになるまではお金も欲しいので守るけど危なくなったら逃げていい。というか逃げる。謎ワープですたこらさっさだ。クルーガーちゃんにもいざという時はそうするし当然仕事内容の共有は済ませてあるので無問題! 

 

「それじゃ下の警戒はお願いね」

 

「はい。貴方こそ、最善を尽くしてくださいね?」

 

「オッケー。やれることはちゃんとやるから安心して!」

 

 ──ということで私とクルーガーちゃんは依頼人である太った悪い社長に挨拶をした後、それぞれ別れて襲撃を警戒することにした。一応明日の昼にこの社長は本社のあるエレボニア帝国に発つのでそこまでの護衛ということになっている。帝国に戻れば伝手もある上に共和国のマフィアはそう簡単に入ってこれないため問題ないのだとか。

 

「まったく……結社の《執行者》があんな小娘2人だとは……本当に大丈夫なのか……?」

 

 そしてその社長は今、高層ビルの上階。ラングポートの街並みを見下ろせる社長室の椅子でふんぞり返り、私達の文句をぶつぶつと言っている。私はその少し離れた場所で待機。聞こえてるんだけどなぁ……そんなに心配なら明日の昼なんて悠長なこと言わずに早く飛行船に乗って帝国に行けばいいのに。そういう危機感の無さは直した方がいいよ。

 それに一応仕事はやれるだけはやるから安心してほしい。ちゃんと私とクルーガーちゃんで社長室に繋がるフロアには鋼糸によるトラップを大量に配置。社長が雇っている猟兵団が数十名陣取っていてその中には猟兵が使うワンちゃん。猟犬の軍用魔獣も複数体放たれている。下のフロアにはクルーガーちゃんもいるし、社長室には私もいる。ふっふっふ、お客人にはアーヤ・サイード(とクルーガーちゃん)の作り上げた護衛網をたっぷり楽しんでもらおうではないか──と、冗談はさておき、実際黒月の凶手と言えど無傷で、それも誰にも気づかれないようにここに辿り着くなんて不可能な筈。そもそも凶手が来るとも限らないしね。普通に黒月の構成員が来るだけかもしれない。

 なのでよっぽどのことがなければ大丈夫だと思う。それこそビル自体を爆破とかされなければ。でもそこまでやる程《黒月》はトチ狂ってはないしその心配はいらない。

 そして裏帳簿の方はさっき社長室にトラップを仕掛ける際にちょっとだけ目を盗んで調べたけど引き出しの中にあるのを運良く見つけてしまった。

 なので後は明日の昼まで何もないことを祈りつつ、裏帳簿を持って帰るだけで良い。つまり楽勝だ! 勝ったね! 夜ご飯は何がいいかなー? 

 

「──社長! 来ました! 《黒月(ヘイユエ)》の構成員です!」

 

 ……とか何とか思ってたら襲撃来た。はぁーあ。これで最低限戦わないといけないし、社長をどこかに連れて逃げるなりしないといけない。

 でも面倒だけどこれも仕事。お金も結構貰えるしやれるだけは頑張らないと! 怖いけど相手がただの構成員程度なら何とかなる──と思う! 

 

「まさか本当に、こんな堂々と真正面から襲撃を掛けてくるとは……! 《黒月(ヘイユエ)》め……よっぽど私のことが邪魔となったと見える……!」

 

「ご安心くださいませー。万が一ここまで来るようなことがあれば守りますのでー」

 

「本当だろうな……!?」

 

「はい。なので社長は安心して──」

 

「──お前が社長か」

 

「ください……なんて……」

 

 ──私が社長に向かって営業スマイルで安心するように告げたところ……不意に正面の扉の前に黒い外套と仮面を被った何者かが現れて渋い声を掛けてくる。

 私は笑顔のまま固まり、額に汗を流れるのを感じた。そして背後の社長が椅子から立ち上がって動揺した声を出す。

 

「き、貴様は……!? ど、どこから入ってきた!?」

 

「答える必要はない。そして……お前に恨みはないが依頼であるゆえ、消えてもらう──我が《(イン)》の名に懸けて

 

「《(イン)》だと……!? き、貴様が、まさか……!?」

 

 目の前の凶手の名乗りと社長の声に、私は未だ笑顔のまま汗をダラダラ流して反射的に《ゾルフシャマール》を取り出しながら内心で叫ぶ。敵が殺意の乗った攻撃を仕掛けてくるのを感じながら。

 

 ──い、いいいい、《(イン)》だ────!!? うわあああああ!!? 共和国の伝説の凶手────!! しかも多分先代────!! リアンヌママの兜を割れるくらいの達人だ────!! いやあああああ!!? 

 

 

 

 

 

 ──その者は歪であった。

 

黒月(ヘイユエ)》の支配下にある幾つかの会社が帝国資本のその会社によって脅かされ、更にはよからぬ事を企んでいる。故、その会社の社長を消してほしいと《黒月》の長老の1人から依頼を受けたのが数刻前のこと。

《黒月》の事情や争うに至った背景は《(イン)》には関係ない。一度依頼を引き受けたのであれば《(イン)》の名の下に消し去るのみだ。

 私はその日の夜。日が沈んだ後に《黒月》構成員を囮に本社ビルへと忍び込んだ。護衛は雇われの中堅程度の猟兵団1個小隊に、結社《身喰らう蛇》の執行者を2名確認したと情報は耳にしている。

《身喰らう蛇》……かの《鋼》と手合わせをしたのが1年程前のことだが、その腕前は凄まじいものだった。《鋼》が引いてくれたことで痛み分けとはなったが、そうでなければ私は娘を置いてこの世を去ることになっていたかもしれない。

 そしてその《鋼》よりは劣るとはいえ、《執行者》とは油断ならぬ猛者の集まりである。誰であろうと油断はしないが、より気を引き締めてかかる必要があろう。

 

 ──そうして標的のいる社長室へと辿り着いた時、そこにいた1人の少女が目に入った。

 

 笑顔のまま、それでいて我が噂を耳にしているのだろう。僅かな畏れを抱いているその中東人の少女は我が娘よりも幾つか歳を重ねていよう。その手に不可思議な気を放つ巨大な鋏を空間から取り出し、私の社長を狙った攻撃を防いでみせた。

 

 ──成程。その歳にしてよく練り上げられている。

 

 半端な修行、経験を積んだ程度ではこうはならぬ。反撃として放たれた刃の鋭さは1年前に壊滅したとされる《月光木馬團》の匂いを感じた。

 ……だがそれにしては陰の気を感じぬな。

 裏に生きる者が持つ特有の気。この幼き凶手からはそれを感じぬ。

 しかしその技術は裏で生きてきた者特有の練り上げられたもの。戦いを日常とする卓越した猟兵の気に近いが、それとも少し違う。この少女は裏の技術を用いながらも表の気を放つ──さしずめ陰陽か。それらを持ち合わせていた。

 

「あ、あのー! もうちょっと手加減っ、手加減してください! し、死ぬ──!!? うわ──!?」

 

 ……それにしてもよく粘る。そして、緊張感のない娘だ。

 

 冷静とは程遠い。畏れもあれば焦りもある。だが、その手に染み付いた殺しの技は反射的に私の技に対応してくる。

 ある意味で平時と変わらないその気の持ち様は凶手としては才能を感じさせる。おそらくこの少女は、自らが受け入れた仕事となれば、()()()()()()()()()()()事を運ぶことも可能だろう。

 標的に気の一切を探らせぬまま仕留めるという達人の境地。その一端に触れている。その精神性はある意味で揺らぎはなく、さすがはその歳にして執行者になれる程だと称賛出来るものだ。

 

 とはいえまだまだ技は荒く、未熟であることは変わらない。身体も仕上がっている訳でもない。気で強化しているのかと疑う程、異様に硬いが……それだけだ。この《(イン)》に敵うほどではない。

 

「……幼き執行者よ。その歳にしてその実力は称賛に値するが、こちらも暇ではない。そろそろ終わらせてもらうぞ」

 

「えっ……そ、それはご勘弁くださると助かるのですが……!」

 

 言葉を繰れば少女は更なる焦りを見せたが──安心すると良い。標的以外を手にかけることはない。いたずらに屍を増やさねば標的を仕留められぬようでは《(イン)》の名を継げはしない。こちらの狙いはあくまでもその男のみだ。

 

「“崩月輪”!!」

 

「ひっ!?」

 

「あっ……し、しまった──!!? 狙いはそっち……!」

 

 幼き執行者が僅かに遅れて狙いに気づくが遅い。私の得物である大剣は既に手を離れ、男に向かって放たれている。

 下手に庇えば怪我をするだろう。だから諦めるが良い──と、そう思った直後。

 

「くっ……も、もう……なんとか、なれ──ッ!!

 

 少女は足に力を込めて数歩。私の標的である男に向かって強く駆け出した。

 ……まさか庇う気か? 

 であるならば……ふむ。思ったよりも気概があるようだ。依頼人を身を挺してまで守ろうとするとは。やはり見込みがある。あるいは《鋼》自身もまた良い薫陶を授けているのかもしれぬな。

 そう思いながらも次なる手を用意する。悪いが男を庇ったところで状況は何も変わらない。《(イン)》として必ず仕事は遂行する。依頼を受けた以上は、他ならぬこの手で必ずや標的を仕留める。それこそが我が《(イン)》。古くより受け継がれし変わらぬ《(イン)》の在り方だ。

 ……もっとも、この先がどうなるかは……()()()()()()()()()()()()()

 娘と歳の近い凶手を見たせいか、そのようなことを考えてしまうが……手加減はしない。私は一連の動きから目を離さなかった。少女が標的の男を、思い切り、強く突き飛ばして我が大剣を少女が代わりに受けた瞬間。私は次なる手に動こうとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ……──」

 

「あっ…………」

 

「……………………」

 

 ──強く突き飛ばされ過ぎた男が窓を突き破り、悲鳴を上げながらビルから落ちていった。

 

 私は言葉を発しない。少女も、短い気づきと犯した間違いを意味する声を上げ、そこからはしばらく無言となる。少しして恐る恐ると割れた窓からビルの下を見て確認していたが、確認するまでもないだろう。標的はもうこの世にはいない。

 そしてその少女は、またややあって表情を作った上でこちらに振り向いた。

 

「──くっ、さすがは《(イン)》……これが東方に古くより伝わる伝説の凶手の技……!!」

 

 ──いや、殺したのはお前だが……? 私は殺していない。

 

 私はそれを意味する言葉を口にしようとして、しかし少女が不憫であったため何も言えずに無言となってしまうが、その隙が仇となった。

 

「こ、これ以上の戦闘は無駄なので私は帰ります! お疲れ様でしたー!」

 

「む……!?」

 

 そして少女は逃げるようにその場から何かを持ち去って転移していった。

 咄嗟に符を放ったが遅い。私は虚を突かれて逃走を許してしまう──しまった。思わぬ間抜けさに気を乱した。依頼は男を仕留めることだが、それに加えて出来るなら男の持っているかもしれない裏帳簿も求められていたというのに。

 

「……失敗だな。私としたことが」

 

 裏帳簿自体はあるかどうかも分からぬ代物。まだ言い訳は聞くが、男の方は結果的に死んだとはいえ私が殺した訳ではない。

 つまり《(イン)》として請け負った仕事は失敗したことになる。依頼主の求める男の殺害は達成されたが、《(イン)》として手を下した訳ではない以上、依頼は未達成だ。

 無論、《黒月》はそれでも私が襲撃をかけた事で起きたものだとして仕事は達成された事にするだろうが……。

 

「……《血染の裁縫師》か」

 

 思わず、私はその名を口にする。

 何とも緊張感のない上に不注意な少女であったが、その凶手としての才能は侮れるものではない。帰ったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の仕事を失敗させた幼き執行者のことを……反面教師として

 




お仕事完了! アーヤちゃんは執行者としてはまだまだ弱めです。でもちょっとずつ成長してますってことで今回はここまで。
次回は時間経過しつつ工房とか色々。お楽しみに。

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