TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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痩せ狼に殴られる不幸

 

 ──七耀暦1197年。

 

 ゼムリア大陸における大国の1つ、カルバード共和国。

 約100年前に当時のカルバード王家を打倒し、尊き血筋ではなく自由・平等・友愛を掲げる偉大なる共和国憲章の下、民を治める民主主義国家はこの100年で国力を大幅に成長させている。

 ……しかしそんな共和国も移民問題など幾つかの内政問題を抱えているが……国を蝕む疾患は移民だけではなかった。

 何しろカルバード共和国は大陸中で暗躍する《D∴G教団》の被害が最も多い国である。

 そしてその被害が多くなる原因は、教団と繋がっている人間がそれだけ多いことにあった。有力政治家。大企業の重役。軍上層部など、教団の魔の手は国の中枢や司法、治安維持組織など様々なところに及んでいる。

 それゆえに共和国は教団にどれだけ悪事を働かれようと手を出すことが出来なかった。国内で捜査に乗り出す遊撃士ですら圧力をかけて捜査を滞らせる始末である。

 

「全く……近頃は妙な正義感を持つ奴が多くて困る。新たに大統領となったロックスミスも裏で何か画策しているようだし……」

 

 ──そしてここにも教団と繋がっている人間が1人。

 

 カルバード共和国の首都イーディスの高級住宅街に建てられたとある豪邸に、その初老の男はいた。

 男は共和国のいわゆる大物政治家であり、共和国内で大きな権力と利権を持つ権力者の1人である。そして表向きには人当たりの良い政治家として国民からも人気がある。

 だがそれはあくまでも表の顔。裏ではかの教団の運営する《楽園》の常連客であり、暇を見つけては《楽園》に通い、気に入った少女を好きなだけ食い荒らすのを趣味とする男だった。

 だからこそ教団を取り締まってもらう訳にはいかなかった。男は自らの権力を総動員し、各部署にいる協力者と共に教団の悪事を隠蔽している。教団が捕まってしまえば自分の趣味が脅かされてしまうことを男は恐れていた。

 

「いかんな……ストレスが溜まってきた。また次の休暇には《楽園》に行って息抜きをせねばな」

 

 男は自らの執務室で息を吐き、ややあって次の休暇のことを想像して笑みを深める。男の苛立ちを鎮めることが出来るのは《楽園》の少女たちだけ。また新たに入荷した幼い果実を食すことを、男は心より楽しみにしていた。

 だからという訳ではないが──

 

「──承りました。行き先は《楽園》でいいですね?」

 

「──!? 誰だ……!? 一体、なに、が……?」

 

 ──男はその少女の存在に気づくことが出来なかった。

 気付いたのは背後から聞こえた少女の声によるもの。それに反応して振り返り、その瞳に褐色の肌と綺麗な白髪。そしてその黄金色の瞳を確認した時には──彼は自らの胸に突き刺さる巨大な剣……鋏にも似た形のそれによって意識を沈めていった。

 

「お……お前、は……いつか、の……!?」

 

「うわ、覚えてるとかキモ……まあ私も覚えてますけど……()()()()()()()()()()

 

 そして男は死の直前、その少女にかつて自分が汚した幼女の面影を見てすぐに思い出す。

 今まで男が味わってきた果実の中で最も濃厚で甘い果実。どれだけ使っても壊れることも緩むこともない。いつも笑顔でサービスも良い。そんなおかしな少女の名前は、確か──

 

「──アーヤ……サ、イ……ド……」

 

「はいはい。最期に私の姿が見れて良かったですねってことで……さようならー」

 

 そう──アーヤ・サイード。

 男は最期にその名前とその味を思い出しながら女神の下へ召されていった。

 

 ──そうして後日。共和国の大物政治家が何者かに暗殺された事件が報道され、共和国中を震撼させたが……警察はその犯人は特定出来ず、この事件はこの年に幾つも起こる未解決事件の1つとなった。

 

 

 

 

 

 ──いらっしゃいませー! はいよろこんでー! アーヤ・サイードでーす! 今はバイト中でーす! なので挨拶は元気よく! 笑顔で! 

 

 ということで今日も私は仮初のバイトに勤しんでます。勤め先はとある東方料理の屋台。なのでちゃんと飲食店の店員らしく振る舞ってます。

 ……え? なんで屋台でバイトなんかしてるかって? そりゃあほら……何かやってないと暇だし? 社会勉強がてら空いてる時間にちょっとバイトでも挑戦してみようかなーと。私も13歳になって身長も148リジュくらいには伸びたし、なんとか年齢も誤魔化せる──って程でもないが、私がダメ元でバイトさせてほしいと言ったらここの主人は快く受けさせてくれたので週二で通わせてくれることになった。保護者の許可も得てるからね。

 

「ようアーヤ。やってるか?」

 

「あっ、オジサン。らっしゃーせー」

 

 とか考えたらその保護者ということになっている《破戒》のオジサンがやってきてカウンターに座った。私は適当な挨拶をしつつオジサンに水を出す。

 

「おいおい。俺相手には適当か? さっきまでの笑顔はどうした」

 

「オジサン相手にはいらないかなーって」

 

「今の俺はお客さんだぜ? 接客はきちんとしなきゃなぁ?」

 

「残念でしたー! 私もうあがりでーす! だからもうお客さんじゃありませーん!」

 

「──ま、それが分かってるから迎えに来てやったんだがな。ほら、さっさと支度しな。メシ食ったら次はオジサンの仕事を手伝ってもらうぜ」

 

「知ってた……」

 

 オジサンの言葉に私はがっくし項垂れる。割烹着を外してきちんと折り畳み、店主に挨拶してご飯を食べさせて貰ったら次はオジサンと一緒に今夜の宿に向かう──ことはなく、その足で今日のお仕事の現場へ。

 

「今日の標的はこいつだ。いつも通りバレずに殺って来い」

 

「……はーい。はぁ……早く終わらせよーっと……」

 

 そしてオジサンから今日の標的の情報を受け取り、それを覚えたら燃やして証拠隠滅。あんまり気の乗らない仕事であるため私はさっさと終わらせようと闇に消えた。そうして移動して潜入し、標的を殺って戻って来る──つまり、私がオジサンから任されてる仕事は暗殺だ。

 まあそれ自体は大したことじゃない。《月光木馬團》時代から何度も行わされていることだし。重要なのは、その暗殺やその他の仕事の標的が……教団に関係しているということ。

 

 ──数ヶ月前に私はオジサンからある提案を受けた。教団を叩き潰すために、オジサンの仕事を手伝うこと。その仕事の内容と、何故それを行う必要があるのかもきちんと聞かせてもらった。

 

 その内容は結構複雑というか、中々に面倒な話だった。まずなんで《D∴G教団》が潰れないのか、そこから説明された。

 簡単に言えば、教団は各国、各組織の権力者と繋がっているからだ。積極的に協力している者や弱みを握って操っている者も含めて、あるいは教団の信者が組織に入り込んでいることもある。

 なので取り締まろうにも取り締まれない。滅ぼそうにも邪魔が入る。何か動きがあれば事前に察知もされる。教団はどこまでも耳聡い。私がどこに行っても見つかってしまう原因もこれだ。

 つまり教団を潰そうと思うのなら、まずは至るところに張り巡らせている手足から切り落とさなければならない。それをしない内はどう動こうと邪魔が入ってしまう。

 だから教団を取り締まろうとする国や軍、警察や遊撃士。果ては猟兵やマフィアなんかも教団を邪魔に思って動こうとするが、それもまた教団の邪魔が入って中々身動きが取れないのだ。現場でどれだけ動こうとしても上からストップがかかってしまえばそれまでだし、強引に切除しようにも出来ない。証拠もなく教団の手のかかった人間、それも権力を握る者達を排除することは、特に法や組織のルールに縛られている者達には難しいのだ。

 筋を通して正道でそれを行うことは大変な苦労と時間を伴う。そうして手をこまねいている内に、教団は更にその魔の手を広げてしまう。こうなってはいつまで経っても教団は潰せない。

 

 ……と、そういう前提を聞かされた上で、オジサンはいつもの悪い笑みで言ったのだ──「蛇の道は蛇──向こうが邪道ならこっちも邪道で対抗するしかねぇだろ?」と。

 

 そうしてオジサンは告げた──「簡単な話だ。教団の後ろ盾になってる権力者。教団の目と耳になってる協力者共を──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」……と、恐ろしくも酷く効果的な犯罪計画を。

 

 教団の息がかかってる連中をオジサンが探し出し、それを殺害して取り除く。そうすれば警察や遊撃士、軍も動きやすくなるってことだ。私はそれを聞いてちょっと引いた。納得もしたけど。

 その上で報酬を、しかもかなりの高額な報酬を提示されたことで、私は悩んだ末に、それに乗ることにした。だって教団、いい加減邪魔だし……いつまでものさばってたらこっちの将来設計にも支障が出ちゃうし。

 ということで私はオジサンの指示に従って教団と繋がっている人間を暗殺する日々を送ることになった訳だが……と言っても片っ端から皆殺しにしてる訳でもない。オジサンが言うには要所を取り除くだけで十分風通しは良くなるし、牽制にもなるのだとか。なのでその分上層部の関係者を狙い撃ちにしたり、敢えて他の組織にその情報を教えることで動いてもらったりもしている。

 

 なので大変と言えば大変だが……ああ、そうだ。オジサンが結社を抜けた理由もその犯罪計画のためには必要だったらしい。というのも驚きで、教団の人間は結社の息がかかった組織や企業。あるいは末端の構成員にまで及んでいるとのこと。

 なのでオジサンとしては動きを読まれる可能性があるのが嫌だし、他の使徒が管理してる組織にも勝手に被害を与えるつもりだとか。なので一旦結社を抜けて《使徒》としてではなく個人として暴れることにしたと。

 

 ……なんて、もっともらしいことを言っていたが、オジサン的にはその理由よりも自分が楽しめるやり方にしただけなんだろうなぁ……長い付き合いなだけに私には分かる。オジサンの能力なら《使徒》のままでもその犯罪計画を実行することは可能だっただろうが、自分の愉しみを優先した結果、結社を一時的に抜けることにしたのだ。幾つか理由があるのは事実とはいえ、このオジサンはほんと……なんで使徒を任されているのか不思議になるけど、能力は高いことは確かなのでそういう部分も含めて評価されているのかもしれない。

 

 ──とまあこれが私がオジサンに協力して暗殺任務をこなしている理由だ。私としても教団は邪魔。オジサンにとっても邪魔。世の中の善良な人々にとっても邪魔。おまけに殺す相手は教団と繋がってる悪人ばっかり。なんだったら私の元お客様も結構いる。報酬も私が失った1年分の給料を取り戻してお釣りが来るくらいには頂ける。

 

 ってなると断る理由がなかったんだよね……強いて言うなら結社から若干離反することにはなってるけど、そもそも執行者にはあらゆる自由が認められるので結社から一時的に抜けているオジサンの仕事の手伝いをするくらいは訳ない──と思ってるけどどうだろう……た、多分大丈夫な筈……。

 まあダメだったらダメだったでまた考えよう。オジサンに脅されたとか言い訳しよう。世間的にも私が殺したことはバレてないし、もし感づく人がいてもきっと理解はしてくれる! だって私教団の被害者だし! 教団の関係者殺しまくっても多少のお目溢しはされると思う! 

 

 さて、そういうことなので今日もちゃちゃっと暗殺を終えて帰宅だ。オジサンの話だともうそろそろで一区切りなのだとか。これまでに政治家に軍に警察に遊撃士にマフィアにと散々殺りまくったから私もそろそろだとは思ってたけどやっと終われるのかぁ……正直早く帰りたい。別に結社が良いという程でもないけど、クルーガーちゃんやレティ姉さん、リアンヌママや皆と会えないのは寂しいし、何ヶ月もオジサンと一緒にいるのはちょっと疲れる。癒やしがほしいよ癒やしが。

 

「はー疲れたー。なんで私ばっかり……オジサンも働けばいいのに」

 

「手分けした方がやりやすいだろ? こう見えてオジサンだって頑張ってるんだぜ? 世間の皆様を安心させるためにな」

 

「現在進行形で世間を恐怖に陥れてるくせによく言うよ」

 

「クク、そりゃお前もだろ? 政財界で相次ぐ切り裂き事件……前のメッセルダムでの事件と合わせて同一犯と見られるのにどういう訳か犯人が見つからない。おかげで一部の不謹慎なオカルト好きからは結構人気があるみたいだぜ? 切り裂き魔(ザ・リッパー)……さしずめ切り裂きアーヤ(アーヤ・ザ・リッパー)ってところか」

 

「うげっ……いつの間にそんなことに……というか絶対に言わないでよ! 言ったら呪うからね!」

 

「おー怖い怖い。で、今日はもう上がりだがどうすんだ? ──《切り裂きアーヤ》ちゃん」

 

「だから言うな! 今日も奢りで食べさせてもらうからね!」

 

「また夜食にラーメンか? 若者はよく食べるねぇ。オジサン、そんなにお腹空いてないんだけどなァ」

 

「未成年が1人で出歩いてたら補導されちゃうんだからちゃんと付き合って。仮にも保護者だって言うならちゃんと保護者らしくしてもらうからね」

 

「クク、お前も言うもんになったもんだ。仕方ねぇ、そこまで言うなら付き合ってやるよ」

 

「よーし、オジサンの奢りだー! ってことでお店に突入ー! ──大将! トッピング全マシ大盛り! 替え玉も後から追加で!」

 

 でも癒やしがないので仕方なく私は仕事終わりの日付が変わった頃にオジサンの奢りでよく行く屋台のラーメン屋に特攻。注文して少ししてやってきたラーメンに私は舌鼓を打つ。はぁー……暗殺終わりに食べるこの濃厚なスープと中太麺のハーモニーが最高なんだよね。身体に染み渡る。緊張感がなく、身体には僅かな疲労感。そこに動物系のスープと絡んだ麺を身体に入れると疲れが取れて気力が満ちる気がする。しかも他人の奢りだし、余計に味わい深い。

 

 そしてしっかりとスープまで完食だ。これが罪の味。私は若い上に健康だからこの程度はなんてことないのだ。

 

「はー。お腹いっぱい。今日はよく眠れそう」

 

「それは良かったなぁ」

 

 屋台から出て人気のない路地裏を通って帰路につく。ちなみにねぐらは転々と変えている。大体オジサンのせいだ。

 まあ私はある程度ちゃんとしてる部屋ならなんだっていいけど。とはいえたまには高級ホテルに泊まってみたいと言うか──

 

「──だが、生憎とお客さんみたいだぜ?」

 

「──何だ。気づいてやがったのか」

 

「えっ?」

 

 ──なんてことを考えいたら不意にオジサンがそんなことを口にしたので私も辺りを探る。すると確かに気配がした。……しまった。お腹いっぱいでちょっと気を抜いてた……って……。

 

「よう。テメェらとは始めましてだなァ。使徒第四柱《千の破戒者》に執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》」

 

「ほう? これはこれは。──()()()()()()()()()()()俺達に何の用だ?」

 

「ッ……クカカ……何だ、やっぱり知ってんのかよ。ってこたァ……今の俺の肩書もアンタなら分かってる筈だな? オッサン」

 

 私がその男に面食らっている間、オジサンとその男はちょっとした会話の応酬を行い、やがて男の方から名乗りを上げた。

 

執行者No.Ⅷ。《痩せ狼》ヴァルター。お前らと同じ《身喰らう蛇》にスカウトされてな。そんな風に呼ばれるようになっちまった」

 

「へぇ……なら、お前は俺を連れ戻しに来たってところか」

 

「クク……ああ、そうさ。《破戒》のオッサンを連れ戻すように他の使徒共から指令が下されてなぁ。断る権利もあるって話だったが、ちょうど執行者になったばかりで刺激を楽しみたかったところでよ。それを引き受けたって訳だ」

 

「ご苦労なことだねェ」

 

「だからオッサン。テメェにはここで大人しくなってもらうぜ。多少は痛い目を見せても構わねぇとは言われてるからな。抵抗はしない方が賢明ってヤツだ。──まあどうせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──えっ」

 

「クク、よく分かってるねェ。まあ、そろそろオジサンのやりたいことも終わるし、戻ってやっても構わねぇんだが……それじゃ面白くねぇ。《血染の裁縫師(ブラッドクチュリエール)》──()()()()()()()()()()()()()()()()()()大人しく結社に戻ってやるよ」

 

「──は?」

 

「クカカ、面白ェ。秘蔵っ子だかなんだか知らねぇが、ガキがこの俺に敵うとでも?」

 

「何だ? ひょっとして気が引けるか?」

 

「いいや、俺は女子供の区別はしねぇ。それに……そのガキからは血の匂いがしやがる。同じ執行者なだけあってただのガキじゃねぇのは何となく分かるからな」

 

「い、いや……私は……」

 

「アーヤ。これも仕事の内だ。まさか断るなんて言わねぇよなァ?」

 

「っ……いやでも……」

 

「クク、もし上手く凌いだら追加報酬もくれてやるから精々頑張ってみな。──ってことでいつでもおっぱじめてくれていいぜ」

 

「話が分かるじゃねぇか。──ってことで恨むなよ? アーヤだったか? 同じ執行者として……ちょっくら手合わせと行こうぜ!!

 

「は、いや、あの、あ──」

 

 オジサンと目の前のグラサンの男の会話によって、気づけば私は戦わざるを得ない状況に追い込まれる。

 私は仕方なく自らの身を守るために《ゾルフシャマール》を取り出して構えた。そして目の前の男の黒い手袋越しに伝わる拳の衝撃に押されながら、私は内心でその男の正体と危機的状況を叫ぶ。

 

 ──うわああああああ!!? ば、ヴァルターだ──!!? 泰斗流の達人だ──!! 殺人拳の使い手だ──!!? いや────!! 殺される────!! 力強い! 速い! 技術もある! つまり格上だ────!! オジサンの馬鹿────!! うわあああああん!! 

 

 

 

 

 

 ──俺にとっての戦いは人生を楽しむために必要な刺激ってヤツだ。

 

 《身喰らう蛇》のスカウトを受けて執行者になったのも、そこでならより沢山の刺激が味わえると思ったからだ。

 それで執行者になって幾つかの仕事って奴をこなしてみたが、確かに悪くはねぇ。結果的にこの選択は正解だったようだ。

 ここにいればまだまだ刺激が味わえる。だから結社の最高幹部の《使徒》の連中に脱走した《破戒》って使徒を捕えることを頼まれた時も快く受けてやった。

 そうして目撃情報を元に《破戒》の足取りを追ってたところ、カルバードのある街の裏路地でようやくそいつらを見つけた。

 《破戒》のオッサンと、そのオッサンに付いて回る俺と同じ執行者のガキ。《血染の裁縫師》って呼ばれてるその中東人のガキからは俺と同じ血の匂いがした。

 ぱっと見は普通の平和ボケしたガキにしか見えなかったが、近づいてみるとそうじゃねぇことが分かる。こいつは俺と同じ──いや、俺以上に血に染まった人生を歩んでやがるってな。

 だからこそオッサンの条件も受けることにした。そうして実際に拳を合わせてみりゃあ……クク、成程。確かに秘蔵っ子って呼ばれるだけはありやがる。

 このアーヤってガキの殺しの技は俺の求める殺人拳に通じるところがある。どこまでも効率的で非情で容赦のない殺人技術。それが身体にどっぷりと染み込んでやがるんだ。

 もっとも、ガキなだけあってまだまだ荒いところはある。力も速さもガキにしては大したもんだが、それらを含めた何もかも……実力はまだ俺には及ばねぇ。向こうは俺の攻撃を防ぐのに手一杯だ。

 

「オラオラッ! 喰らいやがれ……!! “ソニックシュート”!!」

 

「きゃ──!!? 痛い痛い!! 殺人拳やめてー! 痛い死んじゃう殺されちゃうー!」

 

 ──が、その防御がどうにも厄介だ。

 俺の攻撃にこいつは完全に対応しきれてねぇ。俺と一対一でやりあえてるだけ大したもんだが、それでも何発かは俺の拳がガキの身体に突き刺さる。

 だがこいつはどういう訳か、俺の拳を何発も喰らっても倒れねぇ。最初は殺さねぇようにしてやってた手加減もやめた。だってのに倒れねェ。攻撃を喰らっても馬鹿みたいにオーバーに騒いで終わりだ。多少は効いてる感じもあるが、それでも致命傷にはなってねぇ。

 

「“レイザーバレット”!!」

 

「うわあああ!? いっっっった~~い……!! お、女の子を容赦なく殴ったり蹴り飛ばすなんて……この人でなし! クズ! 最低! 後でリアンヌママに言いつけてやる!」

 

「ハッ……これでも立つかよ……!」

 

 何やら喚いちゃいるがこっちはそれどころじゃねぇ。どれだけ殴っても立ち上がってくるおかしなガキとの勝負に俺は夢中になり始めていた。

 俺の方は功夫は上だが、こいつの使ってるバカでかい鋏みたいな武器の切れ味は油断ならねぇし、ちょっとでも隙を見せたらバッサリいかれちまう可能性もある。それでも100回戦えば99回は俺の圧勝だろうが……その1回をこうやって耐えている間に引き当てられちまう可能性もある訳だ。

 ……しかしこいつの身体はどうなってんだ? 気功で身体を強化してる素振りもねぇ。ヤバい薬でも使ってんのか? それとも素でこれか? 

 クク、だとしたらとんだ化け物だな。面白ぇ。《破戒》のオッサンがこのガキを倒したら大人しく戻るって条件を突きつけてきた理由がこれってことかよ。確かに、生半可な攻撃じゃこの防御は抜けねぇな。

 

 ──だが問題にはならねぇ。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺はガキの反撃を見切って隙を作るために動き出す。

 

「おらよッ!」

 

「うわぁ!?」

 

 ガキの攻撃を腕一本で捌き、素早く踏み込んでもう片方の腕をがら空きの胴体に当てる。

 だが殴りはしねぇ。外側が馬鹿みたいに硬いってんなら、内側へも通じるほどの馬鹿みたいに強い衝撃をくれてやる。

 

「コオオオオオオオッ……!」

 

「な、何っ!?」

 

 ガキが俺の攻撃の動作にビビる。クク、生憎と呼吸を整えている最中で答えることは出来ねぇが、後で教えてやるよ。

 これは──寸勁。俺がジジイから教わった泰斗流の奥義の1つだ。

 

「っっっっ……!!?」

 

 ──衝撃がガキの身体を突き抜ける。

 

 巨大な岩壁すら粉々にする俺の奥義を喰らったガキはその場から吹き飛ばされることなく、衝撃で身体をくの字に折り曲げた。そして顔面蒼白になる。

 クク……さすがに効いたみてぇだな。少しだけ大人気なかったか。

 だがこれでも死なねぇのはさすがの頑丈さだ。アーヤだったか……気に入ったぜ。ガキはそんなに好きじゃねぇが、これだけ頑丈で物騒な技術を持つガキなら同僚として良い刺激になる。暇潰しにジジイの技でも仕込んでやるのも面白ぇかもな。

 

 だが勝負は俺の勝ちだ。さすがにこれを喰らって立ち上がれる気力はねぇだろう。

 それなりには愉しめた勝負だったと、俺は口端を吊り上げる。さーて、これで頼まれた仕事は──

 

「うっ……」

 

「クク、よく死なねぇで耐えられたもんだ。だが勝負は俺の勝ちだ。トドメを刺すなんてことはしねぇから安心して気絶して──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おえええええええっ……!」

 

「うおおッ!!?」

 

 勝負は終わったと思い込んだ俺の腕に、()()()()()()()()()()()()が降りかかる。その正体に俺はすぐに気づく。

 

 ──こ、こいつ……! 吐きやがった!? しかも()()()()()ッ!! 

 

「な、何しやがるてめぇ!? 急に吐きやがって……!? 俺にかかってんだろうが!?」

 

「うええええっ……ぐ、ぐすっ……だ、だってぇ……そっちが何度も何度も執拗にお腹ばっかり思い切り殴るからぁ……悪いんじゃん……うえぇ……せ、せっかく食べたラーメンがぁ……も、勿体ないよぉ……」

 

「ら、ラーメンだと……!? ぐっ、道理で臭いやがる……! おい、服を離せ!」

 

「き、気持ち悪い……お水持って来てよぉ……うええええん……」

 

「分かった! 持ってきてやるからしがみつくんじゃねぇッ!! ぐおおっ……! クソ! 俺の一張羅が……!!」

 

「クク、クハハ……!! 大変そうだなぁ、ヴァルター……まさかアーヤにゲロ吐かせちまうとは……だがお前のやったことだからなぁ。オジサンはもう行くが、しっかり後始末は頼むぜ?」

 

「おいてめぇオッサン! 待ちやがれ! てめぇも手伝え!」

 

「お、お水ぅ……お水ないとまた吐きそう……」

 

「わ、分かったちょっと待て! すぐに持ってきてやるから『おえええっ……!』だから吐くんじゃねええッ!!?」

 

 そうして去っちまったオッサンの代わりにアーヤの介抱を仕方なくしてやりながら、俺は思った。こんな刺激はいらねぇ……ってな。

 

 ──結局オッサンは捕まえられず、俺はゲロ塗れになった一張羅とアーヤだけを手に入れて結社のアジトへと帰還し、もう二度とこいつとは戦わねぇことを決めた。




そんなお腹をボコスカ殴ったら誰だって吐くに決まってるよなぁ……ってことで今回はここまで。次回は蒼の深淵です。今回と同じくしばらくは教団絡みなのでシリアスです。お楽しみに。

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