──その姿を見た時、私には小さな疑念が生まれました。
だけどそれは本当に小さなもので、次の瞬間には忘れてしまう程度のもの。
目の前の暗殺者──結社の一員だと疑われているその人物が先輩であるはずがないと私はその考えをすぐに否定しました。
確かに褐色の肌に髪色も、背格好も似ているけれど声は少し違うし話に聞いていた《切り裂き魔》と先輩がどうしても一致しなかったからです。
……でもあの時。ボースマーケットに伝説の古代竜が降り立ち、その古代竜に《切り裂き魔》が怒りをぶつけていたのを見てから、少しずつその疑念の種は私の中で育ちました。
ラヴェンヌ村の北にある廃坑で《切り裂き魔》を見た時も、どこかその仕草が真剣なようでふざけている時の先輩みたいに見えてきて。
ボースに帰った時。先輩の会社の方やセラフィーネ先輩に聞いても先輩はいません。店に瓦礫が落ちて少しの間周りの人の救助や避難をした後にはすぐにどこかに行ってしまったと。だけど先輩は気まぐれな人なのでいなくなるのは珍しいことではないのだとか。もしかしたらもうカルバードに帰ってしまったかもしれないとも言っていました。
確かに先輩はそういうところがあります。そして周りにいた人を助けたという話も先輩らしいです。半年程前に初めて会った時から先輩は明るくて面白くて優しくて人気者で精力的で。あんなに働いて忙しいのに子供たちや友人へ送る服を決して欠かさないそんな人でした。
私の相談も乗ってくれましたし、エステルさんや他の人も少なからず先輩から衣服や鞄などをプレゼントされています。
そしてそんなに服を大事にしているのに、いざという時は水の中に飛び込むことも辞さない人で……私はそんな先輩を尊敬しています。大事な友だちだと思っています。
だから私はそんな筈はないと……自分の疑念に蓋をして、皆とヴァレリア湖畔にある川蝉亭で少しの休息を楽しむことにしました。
でもその日の夜には小舟に流された遊撃士のクルツさんを発見して……彼にかけられた暗示をケビン神父が解いたことで結社の拠点の場所が判明し、私たちはそこに向かうことになりました。
メンバーはエステルさんとケビンさんと残り2人。メンバーの決定権はエステルさんにあります。
だけど私はそこでお願いしてメンバーに同行させてもらうように頼みました。胸騒ぎが止まりませんでした。そして私の中で膨らんだ疑念を消すためにも、この手で拠点に行って確かめたいと思って。
もしかしたら会えないかもしれない。でももし会えるのならと。
エステルさんは私のそのお願いを聞き入れてくれて、私をメンバーに加えてくれました。そしてもう1人、ジンさんも加えて小舟に乗って結社の研究所に潜入を開始しました。
……結社の研究所では人形兵器と呼ばれる物や、操られた遊撃士の方々がいて私達はそれを倒して解放して奥へ奥へと進んでいきました。
そしてその最奥で──私達は遂に対峙することになりました。
「はあはあ……」
「くっ……さすがにキツいな……」
「──人形を倒したか。さすがだな」
「!? 気をつけろ! まだ誰かいるぞ!」
ヨシュアさんの人形を何とか倒した直後、その声は影から聞こえてきました。
ジンさんが辺りに誰かいると注意を呼びかけてすぐ──どこからともなくその人物は私達の前に現れます。
「あ、あんたは……《切り裂き魔》!」
「ふっ……会うのはこれで2度目……いや、王都の地下も含めると3度目になるか」
「やっぱり結社の一員やったんやな……ってことはもう1つの名もあるんやろ? そっちで名乗ったらどうや?」
「え?」
「星杯騎士か……そうだな。そちらの名でも改めて名乗らせてもらおう」
髑髏の仮面で顔を隠した中東風の衣装を身に纏った女性──《切り裂き魔》はケビンさんの言葉に薄い笑みを浮かべて改めてこう名乗ります。
「執行者No.ⅩⅢ《
「血染の裁縫師……それが執行者としての名前ってわけね」
「そういうことだ。まあ好きに呼ぶといい。とはいえ──」
《血染の裁縫師》と名乗った執行者の1人は、空間から不思議な武器を取り出して構えました。
「──私の名を呼べるのは、私を見て消されなかった者だけだが」
「っ……金の……鋏みたいな……!?」
「魔鋏《ゾルフシャマール》だ。私の得物になる」
「! 気をつけやエステルちゃん! あの武器は半端やないで!」
そう、エステルさんの言うように、その得物は輝く巨大な鋏でした。
アガットさんの大剣に匹敵するほど長く、しかし刀身は鋭く細い。そして、私でも分かるほど血の匂いを帯びています。
「──さて、お喋りはここまでだ。お前達が私を乗り越えられるか、確かめさせてもらうぞ!」
「っ……上等よ! 伝説の暗殺者だか何だか知らないけど……あんたたちの思い通りにはさせないわ!」
「ふっ、よく言った。なら行くぞ!」
そうしてエステルさんの啖呵を皮切りに、私たちは向かってくる《切り裂き魔》……《血染の裁縫師》と刃を合わせました。
「っ……! 速い……! それに、重い……!」
「攻撃があんまり効いとらんみたいやな……!」
──ですがその強さはやはり私たちを大きく上回っていました。
相手の移動は速く、攻撃は重い。エステルさんやジンさんでも受け止めるのに苦労していて。私も隙を見てアーツや細剣で攻撃を行うもその攻撃はあまり効いている感じがしません。
それはケビンさんも同じなようで、苦々しい表情をしていました。4対1だからこそ何とか攻め切られず耐え凌ぐことが出来ていますが、そうでなければ一瞬で、特に私はやられてしまっていたかもしれません。
「どうした? その程度か?」
「くっ……舐めんじゃないわよ! 行くわよ、クローゼ!」
「ええ! ──ジーク!」
「ピュイ!」
「!」
だけどそこで諦めるわけにはいきません。私はエステルさんの呼び声に応えて斬りかかります。
だけどそれは一度躱されて。しかしそこでジークが空から奇襲を仕掛けて更に追撃。それも躱されましたが、横からはジンさんが迫っています。
「“奥義・雷神掌”!!」
「っ……」
「今よ!」
ジンさんの奥義を受け止めたことで僅かですが相手に隙が出来ました。そこをエステルさんは見逃さずに肉薄していきます。
「“真・桜花無双撃”!!」
「っ……!」
エステルさんは棒による高速の連撃を《切り裂き魔》に浴びせます。その攻撃は並の相手ならそれだけで倒すことの出来るものですが、それだけではまだ終わりません。
「まだや! そらっ!」
そこにすかさずケビンさんがボウガンを放って攻撃。その攻撃を、相手はその鋏で弾いた時──
「今です! せやっ!」
「!」
私もまた相手の距離に踏み込んで剣を振るいます。すると今度は躱されず、僅かですが手応えがありました。
《切り裂き魔》は後方に仰け反って膝を突きます。その時に、懐から零れ落ちた見覚えのあるアクセサリーを残して。
「はぁ……はぁ……これで……!」
「いいや! まだや!」
「──はぁ!!」
「!? ──きゃあっ!?」
私はそれを見て、思わず頭を真っ白にしました。そしてその瞬間に、相手はエステルさんやケビンさん、ジンさんや私を一閃して吹き飛ばして怯ませます。
そうして動きが止まったところで、《切り裂き魔》は口元に笑みを浮かべました。やっぱり、聞き覚えのあるその敢えて低くしたような声で。
「中々やるが……まだ足りないな」
「強い……!」
「話には聞いとったが……まさかこれほどのもんやったとは……!」
「こちらは拍子抜けだ。少しは楽しめたが、それだけだ。到底結社の企みを阻止するには足りない。──たとえヨシュアの力があるとしても」
「! あんたも……ヨシュアのこと何か知ってるのね……!」
「まあ昔馴染みだからな。昔のヨシュアは優秀で冷酷な暗殺者だった。……もっとも、今は変わったようだが──」
「──つまり……貴方とヨシュアさんは昔からの知り合いだったんですね」
「!」
私はそこで、少しエステルさんには悪いと思いながらも言葉を差し挟むことにしました。立ち上がって一歩前に出て、《切り裂き魔》と真っ直ぐ視線を合わせます。
右手に、その銀の翼を模したブローチを握りしめながら。
「ずっと疑問でした。初めて貴方に……《切り裂き魔》に会った時から」
「クローゼ……?」
「その声も背丈も……そしてその行動も。どこか私の知っている誰かに似ていたんです」
「……ほう。一体誰に似ていると?」
「……その人はとても明るくて活発で行動的で。年上なのにどこか子供っぽいところがあって……だけど時折見せる優しさには年上らしい包容力もあって……初めて会った時から私に色んなことを教えてくれました」
私は目の前の《切り裂き魔》に、結社の執行者という役割を演じている彼女に語り聞かせます。
「学園の中でも外でも私のやることを手伝ってくれました。私の悩みに親身に相談に乗ってもらったこともありますし、私たちと一緒に事件に関わったこともあります」
「学園……」
「事件やと……?」
「はい。ダルモア元市長の一件です。あの事件でその人は私やエステルさん、ヨシュアさんと一緒について来て……事件の解決に協力してくれたこともありました」
「! ちょっと待ってクローゼ! それって、まさか……!」
「その人は留学生の身でありながら私たちの学園祭を手伝ってくれました。衣装を仕立てるのが得意で、私たちの衣装の調整も快く引き受けてくれました」
エステルさんやケビンさんの言葉にも頷きを返しながら、私は1つずつ上げていきます。その思い出を振り返りながら。
「……それがどうした? 私とは何の関係もないことに思えるが」
「……以前、エステルさんたちが学園を訪れるより前にも、その人は学園祭でやる舞台の練習に付き合ってくれました。男性役をやる私の相方になって、私に声を変えるコツを実演してくれたんです」
「……!」
「今の貴方の声は……その時に聞かせてくれた声にそっくりです」
確かに普通に聞けば普段の声とは全然違いますが、よく聞けば、そして聞いたことがあれば分かります──それが貴方の声だってことが。
「……ふっ……何を言うかと思えば……声の話か。それだけならば──」
「ええ。それだけなら私も確信には至りませんでした。ただ声や肌の色が少し似ているだけ……あの人が《切り裂き魔》な筈がないと私はそう思っていたでしょう」
そう、それだけなら良かった。
たったそれだけなら幾らでも違う理由は思いつく。ただ似ているだけなら疑いは持ったとしても確信には至らない。
「ですが結社の痕跡を追っていく内に私は気づきました……行く先々で貴方が居たこと……レイストン要塞でのまるで子供のようないたずら……執行者だと判明したレンちゃんの知り合いで……ボース市で見せた竜への怒り……《血染の裁縫師》という渾名も……」
「……………………」
「銃で撃たれようが階段から転げ落ちようが2階の窓から頭から落ちようが傷つかない身体の丈夫さも……先生にいたずらして廊下に立たされたり、食堂で激辛料理を食べても平気そうにしていたり、たまに怪我をしてもすぐに治ったり、よくどこかに出かけたり、時折常識外れなとんでもないことをするのも……先の振る舞いと符号しますし、執行者だったとすれば納得出来ます」
「そ、それは違うくない? いや、私は関係ないがな。でもなんかエピソードがあんまりというか……」
「そして何より──貴方が落としたこのブローチ……」
私は右手で握っていたそのブローチを目の前の人やエステルさんたちにも見せます。掌を開いて、その銀の翼のブローチを。
「それは……」
「これは、私がその大切な先輩に感謝を込めて渡した贈り物です。ルーアンの露店で売られていたもので、私が貴方にプレゼントしました」
そう、だから……認めたくなくても認めざるを得なかった。
これが彼女の懐から落ちた時点で、私はそれを言葉にするしかない。複雑な感情を込めて、私は告げる。その決定的な言葉を──
「──《切り裂き魔》の正体……貴方だったんですね──アーヤ先輩……!!」
「……………………」
──私は問いかけた。《切り裂き魔》に《血染の裁縫師》に。
そして──アーヤ先輩に。確信を持って。
「嘘……本当にアーヤが……?」
「まさか、あの嬢ちゃんが……」
「どうなんですか!? 答えてください先輩!!」
「……………………」
だけど私の口からは、まだ未練がましくもそれが嘘であってほしいという言葉を口にしてしまいます。
先輩であると確信しながらも、それを否定してほしいという矛盾を強く持って問いかけます。目の前の先輩は無言のまま、何を考えているか分からない仮面を付けたままで、その問いに答えてくれません。
だけどしばらくして、何を思ったのか、先輩はそこでようやく──
「あはは……やっぱ……
「!」
それは私たちが知っている先輩の声で。
ゆっくりと仮面とフードに手をかけて……そこで露わになった彼女の顔とその髪色は──
「──バレちゃったものは仕方ないし、残念だけど
「せん、ぱい……」
「どうも改めまして執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》アーヤ・サイードでーす。よろしくねー」
──紛れもなく、アーヤ先輩のものだった。
──はい。ということで執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》アーヤ・サイードでーす。もうどうにでもなれー!
いやーまさかこんなにも早くバレるとは思わなかったよね。さすがはクローゼちゃん。優秀だ。バレる要素なんて1つも……まあ、うん……いっぱいあったかもしれないけど……ブローチも、ちゃんと内ポケットに大事に入れておいたのに運悪く落ちちゃうなんて……こんなことなら置いてくれば良かった。でもクローゼちゃんから貰った大事なプレゼントだから付けずとも持ってはおきたかったんだよね。
それに戦闘も普通に手こずった。やっぱり4対1ってきつくない? しかもジンさんにネギ神父までいるし。《外法狩り》とかいう怖い異名を持ってる星杯騎士団の守護騎士第五位で主人公でもあるんだよね。そういえばここに来るんだったなぁ……って見た時はちょっと後悔した。私、外法じゃないよね? オジサンとか教授ならともかくさ。私は大したことやってないから粛清対象ではない……はず。もしそうだったら怖いんでさっさと逃げないと。エステルちゃんやクローゼちゃんも結構成長してて戦ってて、まあ、負けはしないけど疲れるから早く帰りたい。
というかクローゼちゃんやエステルちゃんの視線がしんどい! もう色々指摘されてる時なんてずっと内心で、ま、まずい……! って感じで冷や汗ダラダラだったよ。どうやって誤魔化そうか考えてた。
でもクローゼちゃんには完全にバレちゃってたみたいなんで、もうそこまで来ると隠すのも誠意がないかなって思ったので割り切って答え合わせすることにした。バレると面倒だけど……ま、まあ何とかなるでしょ! バレたからって別に死ぬわけじゃないし! クルーガーちゃんだって執行者だってバレてるのにメイドしてるし、ジュディスちゃんやリーシャちゃんだってバレバレなのに表で働いてるしね! 私もそういう方向を目指そう。バレても許されるタイプの執行者になるんだ!
「アーヤが、本当に執行者だったなんて……」
「っ……どうして……何故こんなことをしてるんですか!? 答えてください、先輩!!」
ということで明かしちゃったわけだけど……うーん、やっぱり中々キツいなぁ……そうやって落ち込んだ表情のエステルちゃんや泣きそうな表情のクローゼちゃんを見ていると困っちゃう。それにその質問もなんて答えればいいのか分からない。いや、ほんとに。なんでこんなことをしてるかって言われても執行者や暗殺者を何故してるかって意味なら答えは複雑だ。なんで計画に協力してるかって聞かれたなら理由はちゃんとあるんだけどね。
なので私は少し考える素振りをしてから、苦笑いで答えることにする。
「うーん……何でって言われてもね。あはは……まあ、強いて言うなら……あー……流れ?
「! それは……一体どういう意味で──」
「──フフ……!」
「!」
──と、そこで私が私なりにしっかりと考えて答えた質問と更に続くクローゼちゃんの質疑を邪魔するように、背後から拍手と笑い声が響いた。
薄暗くて見えにくいけどそこにはレーヴェにレン。そして教授がいる。私はしっかり見えるけどね。レンはくすくす笑ってるし、レーヴェは何とも言えない表情で無言のまま。そして教授は心底愉しそうだ。趣味悪~……人の大事なシーンで割り込んで笑ってんじゃないよ、全くさ。
「はは、人形の方は気付くのが少し遅かったが……まさか彼女の正体にこれほど早く辿り着いてしまうとは、いやはや素晴らしい」
「だ、誰!?」
「今回のゲームの主催者であり、君たちが敗北した相手……ということになるだろう。さて……」
そして教授は指を鳴らすとこちらの部屋と奥の広間を遮る透明の壁をせり上がらせてこちらの部屋を密室にする。──え、私は? 私ごとやるの?
「なっ……!」
「ヤバい……!」
「あっ……!」
いやいやいや! 本当に私ごとやるなって! 睡眠ガスがー! うわあああああ──って、まあ効かないんですけどね。うん、それは私もさすがに分かってるけどさ。気分は良くない。効かないからって人に睡眠ガス嗅がせるのって配慮が出来てないと思わない? 効かなくても嫌なものは嫌なのにさ。はぁ……。
「せん……ぱい……」
あークローゼちゃんが私に手を伸ばしてる。その手を取ってあげたいのは山々なんだけど、これから行く先に連れてってもしょうがないから手を取らずに見ていよう。
「さて、面白い余興だったよ。アーヤ」
「こっちは全然面白くないけどね。はぁ……どうしよっかなぁ」
「ふふ、それは申し訳ない。だが、愉しめたのは間違いなく君とそちらの彼女たちのおかげだよ。お礼に……
「はいはーい。それじゃ私が運んで…………ん?」
──今なんて?
彼女
──その後。
「エステルちゃん!!」
「クローゼまで……!!」
研究所の屋上から叫ぶ2人の男を飛び去る飛空艇の上から見下ろし、私たちはエステルちゃんとクローゼちゃんを《紅の方舟》グロリアスへ連れて行くことになった──って、なんでやねーん!! エステルちゃんだけやろ! なんでクローゼちゃんもやねーん!! そうはならんやろがいっ!! この悪趣味変態教授──!! でもクローゼちゃんをお姫様抱っこ出来るのはちょっと嬉しい──!! 太腿すべすべだー!! でもどうしよー!? うわーん!!
少し短めだけどキリ的にここまで。次回はグロリアスで原作のレーヴェの過去暴露回にアーヤちゃんの過去もチラ見せのお労しい回。お楽しみに。
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