──伝説の暗殺者……《切り裂き魔》のことは俺もよくは知らねぇ。
猟兵時代にも暗殺者の噂は色々聞いたが、《切り裂き魔》が起こしたとされる暗殺事件が多発したのは既に俺が猟兵からルバーチェ商会に移った後だった。マフィアの情報網。クロスベルの裏社会を取り仕切るルバーチェの網にも引っ掛かりやしねぇ。
分かるのはそいつが世間で起きた未解決事件の犯人だという真偽のわからない都市伝説だけ。しかもその噂も一時を境にそれほど聞かなくなった。
──だが実在するか分からないとはいえ、その名前を使うのは俺は反対だった。
最近になってこのクロスベルにやってきた《黒月》は油断ならねぇ組織だ。カルバード共和国に一大勢力を築く連中の組織力は半端じゃねぇ。ここに来ているのはツァオとかいう支社長にその手勢だけだが1人1人の強さは向こうの方が上だ。構成員の殆どが月華流の拳士ってのは面倒で仕方ねぇ。やれねぇことはねぇがウチの兵隊だと数で叩くか、火力で制圧するかしねぇとかなり苦戦するだろうな。
それに《銀》とかいう伝説の凶手もいやがる。あいつの相手はおそらく俺じゃなきゃ務まらねぇだろう。あるいは囲んで叩くかだが、その手段を取るとしても他の向こうの兵隊も潰すだけの数を揃えなきゃならねぇ。
だからこそ今は戦力の拡充を優先することになっている。不良共に軍用犬に新たな装備。使えるものは何でも使えばいい。このクロスベルじゃ俺たちの立場は守られてる。よっぽどやりすぎなければ俺たちがパクられることはまずない。問題があるとすれば黒月。連中が仕掛けてくると少し面倒になる可能性はあるが、数の上じゃまだこちらが上だ。さすがに軽率に仕掛けてはこねぇとは思うが、あのツァオは油断ならねぇ奴だ。そう思わせといて仕掛けてくる可能性は充分にある。数で負けてようがやり方次第じゃどうにでもなる。真正面からドンパチするなんざ、猟兵だろうがマフィアだろうが普通はやらねぇ愚策だ。
だから黒月を警戒する必要はあるが……だからといって《切り裂き魔》の名前を使って黒月を威嚇するってのは、会長の考えた策とはいえ俺は反対だった。
会長はウチが《切り裂き魔》を雇ったという情報を敢えて流すことで黒月を牽制し、戦力拡充と《黒の競売会》をより万全に行いたいという考えだと俺は後から説明された。
それは確かに理解できる。実際《切り裂き魔》をウチが雇ったのなら黒月はより慎重にならざるを得ないだろうしな。それが嘘だったとしても露見しないのなら同じことだ。連中の動きをある程度抑制することができる。それはそうだろうが……リスクがあることも確かだ。もし《切り裂き魔》が実在し、なおかつその噂を耳にした場合、その暗殺者がこっちに敵対行動を取ってくる可能性がある。そのことを俺は会長に指摘したが、仮にそうなってもしばらくは時間が稼げるだろうと。もしこのクロスベルで敵対するようなら返り討ちにしてやればいいと会長に言われ、俺はその言葉を受け止めるしかなかった。伝説の凶手《銀》が噂よりも大人しいこともあって会長は《切り裂き魔》のことも少し軽く見ている様だった。俺の実力を信頼してくれてることは喜ばしいことだが……《切り裂き魔》が《銀》ほど良くも悪くも弁えてる奴とは限らねぇ。《銀》を使ってウチの兵隊を思ったより狩ってこないのは黒月側の意向か《銀》のポリシーみたいな問題か、あるいはその両方があるだろうが、《切り裂き魔》の場合は実在するなら単独かつ弁えてない奴の可能性が高い。実際どれほどできるのかはわからねぇが、現時点で軽く見すぎるのは良くねぇと俺の勘はそう言っていた。
だが確信を持てるほどのものじゃねぇ。だから会長に大人しく従った。
──その結果……ウチの組員と繋がりのある議員がやられた。
深夜に議員の邸宅でウチの組員が女を連れて接待をしていたところ、その女以外の全員が無惨な死体にされちまった。警察……それも一課の連中がウチに事情聴取に来るくらいの大事だ。大したことのない犯罪なら警察は絡んでくることはねぇ。おかげでかなり面倒だったが、それでも黒月よりはマシだろうな。向こうは向こうでこの犯行が《銀》によるものじゃないかと更にマークされちまってるらしい。そういう意味では好都合だが……それよりもウチの組員──いや、ルバーチェ商会としちゃあ議員がやられた方が問題だ。
その一報を聞いた時、会長はかなり動揺していた。その暗殺の容赦のなさもそうだが、議員がやられたことでハルトマン議長からも少しそのことを突かれたらしい。《切り裂き魔》を雇っているかどうかの真偽を聞いた上で、それが嘘だとわかるとあまりはしゃぎすぎるなと小言を貰っていた。競売会の前に余計な面倒を起こすなと。そう言われたことで会長は少し荒れていた。
──だが俺としちゃあその《切り裂き魔》の方が懸念事項だ。
警察から流れてきた情報に寄れば犯行現場はかなり凄惨なもので、ウチの組員たちは刃物で身体を切り裂かれていた。殺害現場は血で赤く染まっちまうほどにな。それでいて証拠は一切見つかっていない。わかるのはその凶器──鋭い刃物のようなものが使われたということだけだ。生き残った女共も気付いたら中庭で眠らされていて何も気づかなかったらしい。つまりは手がかり0だ。まさかこれほどできる……いや、こんなにも容赦がねぇとはな。もう少し強く止めるべきだったとは思ったが、今更そのことを悔いても仕方ねぇ。今後は警戒を強化して暗殺者に備えるよう部下共に命令を出した。どのみち《銀》もいるからな。警戒するに越したことはねぇ。
──だから今年の《黒の競売会》もいつも以上に人を増やして警備を万全にした。
競売会は裏の社交場。やってくる人間も政財界や裏に関わりのある人間も多い。だからここで問題を起こすわけにはいかねぇ。黒月だろうと《切り裂き魔》だろうがな。
俺は部下に指示を出しながら会場に目を光らせたが、見ただけじゃ誰が怪しいかはわかりっこねぇ。だからといって1人ずつ尋問のような真似をするわけにもいかない。だから結局警備に力を入れるしかねぇわけだが……。
「何か臭いやがるな……」
俺は見回りを行いながら違和感を感じていた。
ちょろちょろと鼠が潜り込んでるような臭いを感じるが、確信めいたものではねぇ。だからどうすることもねぇが……警戒を強めて一度会長の様子を見に行くことにした。
会長の警護は万全にしてあるが、それでも万が一がないとも限らねぇ。改めて会長の周囲を見回っておこうと俺は歩きだして……関係者以外の立ち入りが禁止されている部屋に近づいたところで俺は異常を発見した。
「!? これは……!」
──警備についていた俺の部下たちがやられちまっていた。
部屋に入ったところでそれに気付いた俺は、気を失っている部下たちの状態を確かめるより先に会長の元へ急ぐことにした。
その瞬間だった。
「──えいっと」
「っ……!? ガハッ……!?」
──突如、俺は切り裂かれた。何をされたか、それだけはわかった。
ただ背後からの不意打ちを食らって、俺は深手を負っちまった。気配も感じなかった。警戒はしていたつもりだったが、俺が会長へ意識を向ける一瞬を狙ったのか、それとも俺でも気付けないほどに隠れるのが上手かったのか。どっちにしろ情ねぇことに俺はその一撃で戦闘の継続が不可能なほどに追い込まれて床に倒れ伏した。
「ふー危ない危ない。なんとかやれたけど……もうちょっとで気づかれるところだったよ」
「──こっちは片付けましたわ。……って、《キリングベア》じゃありませんの!?」
「ああ、うん。なんか急にやってきたからびっくりして咄嗟にやっちゃった。強化してなきゃ危なかったかも」
「……強化薬、でしたか。あなた、それを飲むと結構な強化になるようですわね」
「まあね。でもそこまで強化幅は大きくないよ? あくまでほら、市販の薬とか導力魔法とか後は気功とかで得られる強化と同じくらいだからさ。私の場合はこれじゃないと効きにくいから特製の物を使ってるだけで」
「ふんっ……別に気にしてないですわ。あなたが《破戒》の薫陶を受けていることは知っていますし、強化の薬程度でぐちぐち言うことは致しません」
「相変わらずオジサンのこと嫌いだねー。まあ好きになれる要素ないだろうから仕方ないし、むしろもっと嫌ってくれていいんだけどさ」
「……因みに聞きますけど、他の物は使っていませんわよね?」
「うん。そりゃあね。一応……ほら、こんな感じで飴玉みたいにオジサンから渡されて持ってはいるけど、それは魔獣とかどうしようもない悪人とか、どうしようもない状況用だから。私もできれば使いたくないんだよねー」
「……ならいいですわ。それよりも、ガルシア・ロッシを仕留めたのであれば後は大した脅威は残っていないでしょう。やるなら今ですわ」
「オッケー。あ、でも一応確認と。うーん、まだギリ生きてるね。ってことで薬を仕舞って、と──」
──俺は辛うじて意識を保った状態でその会話を耳にしたが、抵抗する力は残ってねぇ。クソ……こんなところで終いか……!
俺はあまりにも呆気ねえ終わりに口惜しさを感じた。そうして後はそいつの刃が振り下ろされるのを待つだけとなっちまったが──
「若頭! 今さっき侵入者が……!!」
──今度は不意に、部屋に部下の1人が報告にやってきた。そのことに俺は気付くが、それよりも俺は口の中に入ってきた何かに意識を取られた。口の中で溶けてシュワシュワパチパチと弾けるその何かの薬……この小娘が言っていた強化薬と思わしきそれを口にしちまった。そのせいか、身体の中が熱く──いや、これはそんな程度のものじゃねぇ!?
鼓動が激しく脈打ち、全身の内臓や血液が沸騰するかのようなとてつもない変化が俺の身体に訪れる。身体が苦しくてしょうがねぇ……!
だが同時に身体が疼いてやがる……だってのに、小娘共はまだそのことに気付くことはなく──
「うわっ、びっくりした! 急に入ってこないでよ。薬落としちゃったじゃん……って、あれ? 薬どこに落ちた?」
「っ……!? お前ら一体──ウッ!?」
「言わんこっちゃないですわね。さっさとやらないとまた部下たちが集まってきますわよ」
「それもそうだね。でも薬1個落としちゃったんだけど……」
「……それくらい放っておいたらどうですの? 特製とはいえただの強化薬ですわよね?」
「いやーそれが他の人が飲むと結構危ないものだから一応回収しておかないと……というか証拠になっちゃうかもだし、暗殺の時はちゃんと痕跡はできるかぎり消しておかないとね」
「ならさっさと──」
「ッ……ぐ、お……おおおおお!!!」
「「──え?」」
──そこで俺は生と死の境目から蘇ると共に、身体の中で暴れ狂うような衝動によって自分を制御できなくなった。
──どうも《切り裂き魔》兼《血染の裁縫師》アーヤ・サイードです。……えーっと、とりあえず昔を思い出すことにします。今の状況を説明するにはまず前提として回想が必要なので……。
数年前のことなんだけど、私ってまあ実は結構危ない物を持ってるというか渡されたというか……装備としてある物を幾つか受け取ったんだよね……《破戒》のオジサンから。
「──できたぞアーヤ。ご所望の強化薬だ」
「別に所望した覚えないんだけど。え、何? 強化薬?」
「ああ。これを服用すれば身体能力の強化に加えて肉体を回復することができるぜ」
「それってこの間貰ったオジサンが使ってるのと似たようなやつ? 確か《DROP-AS0》だっけ」
「ああ。それの完成品だ」
「へぇー……」
ある日突然、何気なく渡された飴玉のような強化薬に私はちょっとは怪しみつつも、オジサンがそういうものを戦闘中、たまに服用していることは知っていたし、私も以前それを飲んだこともあるのでそこまで怪しむことなくオジサンの「とりあえず1個、試しに飲んでみな」という言葉に従ってそれを口の中に入れた。するとすぐ効果が現れ──
「おお!? 肉体が強くなった──気がする! しかも何故か甘いしシュワシュワパチパチして美味しい!」
「クク、だろ? ちなみに味はソーダ味だ」
「すごい! さすがはオジサン! よーし、これでちょっと動いてみる! ──うわー!? 普段よりずっと速ーい!! ひゃっほーう!」
身体が少しだけ熱くなり、舌の上で弾ける甘さを感じながら私は強くなった肉体の効果を体験する。そこいらを跳び回るだけでもそれがわかった。確かに強くなっている。これはすごい代物だと。服用した感じもすぐに舌の上で溶けるし、パチパチキャンディみたいで美味しい。
オジサンにしては中々良い物を貰ったと私はテンションを上げて動き回る。この調子で外で魔獣でも倒してこようかなと、そう思って。
「ああ、それと言い忘れてたが、お前以外がそれを服用すると死ぬから気をつけろよ」
「──えっ」
──唐突に、何気なく伝えられたオジサンからの衝撃的な言葉に私は動きをピタッと止めた。
そしてその意味を理解し、私は自分の口内の感触がなくなったことを確認する。もう全部溶けてなくなってしまった……その劇薬を全て服用してしまったのだと。
それを理解した瞬間、私はオジサンに掴みかかった。
「ど、どうしてくれるの!? 全部飲んじゃったんだけど!? ヤバい副作用とかあるんじゃないのこれ!! しかも新薬とか死ぬかもしれないじゃん!! 怖い!! これどうすればいいの!?」
「ハハ、安心しろ。死ぬと言ってもすぐ死ぬわけじゃねぇ。個人差もあるが、死亡するのは大体30分から1時間ってところだ」
「そっちじゃない! いや、そっちも気になるけど! なんで私にそんなもの飲ませたの!?」
「お前専用に作ったものだからな。お前に飲ませねぇと意味ねぇだろ? そもそもお前の場合は死ぬこともねぇし、副作用も現れないようになってる。結構苦労したんだぜ? 効能が高すぎる毒性の薬物はお前には効かねぇからな。ちゃんと効果だけが現れるようにするのは中々骨が折れる作業だった」
「だとしてもちゃんと先に言って!」
「悪かったなァ」
「全然気持ちが伝わってこない! 微塵も悪いと思ってなさそう!」
私は全力で抗議するもオジサンは全く動じてないし、悪いとも思ってない。いや、悪いことをしたとは思ってるかもだけど、それを自覚した上で別に躊躇しないのがオジサンだ。悪いことをするのが何よりも大好きなのがオジサンだし。存在自体が猛毒みたいな人だ。
なので抗議は意味ないし、私は泣き寝入りするしかない。まあ実際副作用は今のところ出てないし、身体は不調どころかめちゃくちゃ調子が良いから良いんだけどさ……確かに強化薬だし、便利な物には違いないし。だけど突然劇薬を飲まされる私の身にもなってほしい。
「まあ落ち着けよ。言ったように、お前には害がないように出来てる」
「はぁ……それならいいけど……いや、良くないけどいいけど……で、私には効かないけど他の人が飲むと死ぬってことは毒にもなるってこと?」
「ああ。他の生物にこれを飲ませればほぼ確実に死ぬことになる。だが、その効果が少し面白くてなぁ」
「面白い? どういうこと? 悪い予感しかしないけど」
「信用あるねぇ。クク、まあ言ったように死ぬまでにはある程度の時間がかかるわけだが……とはいえ効能の方もないわけじゃねぇ。服用すれば他の奴でも肉体は強化されるし治癒力も高まるようになってる。ただし、理性も飛んじまうから、服用すれば凶暴な魔獣みたいに暴れ回ることになる」
「うわぁ……やっぱりろくな物じゃないじゃん……教団の使ってた薬物と変わらないし……」
「厳密に言えばそれとは少し違うが、オカルトが混ざってるって意味じゃあ間違ってねぇな。普通の薬物や化学物質じゃ治すことはまず不可能だ」
「へぇ……ん? 普通の薬物じゃ化学物質じゃ治せないってことは……普通じゃない方法なら治せるってこと?」
私はオジサンの言葉の裏を読んでそう尋ねる。するとオジサンは葉巻に新しく火を点けながら肯定した。
「ああ、一度服用しても治す方法も一応あるが……これがまた厄介でな。お前の血液を使ったのが悪かったのか、お前以外がこれを服用した場合、
「──は? リンクって……どういうこと?」
「別にお前に何か害があるわけじゃねぇ。ただ結論から言っちまうと──お前がその時に嵌ってる食物を大量に摂取すればこの《DROP-AS0》による効能を消すことができる。肉体の強化や治癒力。凶暴化に死ぬことも防げるってわけだな」
「なんかもっとわからなくなったんだけど……私が嵌ってる食物を食べると効能が消える? ちょっと何言ってるかわからないんだけど」
「事実なんだから仕方ねぇだろ? だからもし誰かに間違えて飲ませるようなことになっちまって、それを解除したいんなら今言ったことを思い出すといいぜ」
「と言われてもなぁ……私が嵌ってる食べ物っていっぱいあるし……その時のマイブーム的なものを食べさせればいいってこと?」
「ああ。お前が日頃食べてる物を与えるだけでいい。知ってれば思ったより簡単だろ?」
「まあ特殊な薬物を用意しないといけないとか、高度な術を使わないと解除できないとか言われるよりは確かにマシだけど……というか間違えて飲ませるとかそんな状況まずないよ。他人に飲ませるなら毒として使うわけだし。別に放置するだけじゃない?」
「クク、まあな。だが覚えといて損はねぇだろ?」
「それはそうだけどね。……ま、いいや。とりあえず私には悪い効果は出ないみたいだし、私だけが使える強化薬が手に入ったってことで。一応お礼は言っておくよ。ありがとね、オジサン」
「ああ。感謝して使えよ? 以前の物と違って何度使っても効果は出るようになってるが、コストや手間の問題で大量に作るのは面倒くせぇからな」
「ここぞって時使えばいいんでしょ? はいはい。了解でーす」
──とまあそんなことがあって私はオジサンから強化薬《DROP-AS0》の完成品を受け取った。え、危ない代物だって? まあそれはそうなんだけどね。ただこれは本当に私には強化薬にしかならないから安全だし、他にも2つ程オジサンから貰った物はあるけどそっちは本当に危ないから滅多なことでは使えないくらい危険だからそれに比べたらマシかな……BC兵器って危ないよね。
なのでまあ今回は警備も多いし、ガルシアとかいう元西風の強いクマさんもいるわけだからさ。私はそれを飲んで暗殺に挑もうとしたんだけど……そしてまあ、ちょっと珍しくドジってガルシアさんに気づかれちゃったのはマズかったけど、それでも奇襲は成功したから別にいいかなって思ったんだけどね。タイミングもちゃんとロイドくんとエリィちゃんとワジくんがいなくなった後。騒ぎが起こるであろう時を狙ったし、何も問題はないと、そう思ったんだけど──
「グオオオオオッ!!」
「わ、若頭! 落ち着いてくだ──ガッ……!?」
「う、うわああああ!!?」
「か、頭を取り押さえろ!」
「取り押さえるたってどうやって……!?」
「ガアア!!」
「うわあああ!!」
──私の目の前では、正気を失ったガルシア・ロッシが暴れまわっていた。
周囲の物を破壊し、部下を殴り飛ばし、目についた人間に襲いかかる怪物。先ほど私が負わせた傷も塞がったのか見えなくなってるし、闘気もめちゃくちゃに膨れ上がってる感じがして怖い。しかも目についた私たちのことも全速力で追いかけてきていて……。
「まさかこんなことになるなんて……」
「こんなことになるなんて──じゃないですわ!! あなた馬鹿ですの!?」
「グオオオ!!」
「いやだって……急に見つかっちゃったからびっくりしたんだもん……だから薬を落とすのは仕方ないし、それが偶然後ろのクマさんの口に入るとは思わないじゃん……だから私は悪くないよね?」
「悪いに決まってますわ!?」
「ま、まあまあ。逃げればいいだけだからいいじゃん。元々ルバーチェは潰すつもりだったんだし、このまま放置してれば全員クマさんがやってくれそうだし……」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「グッ……て、テメェラ……俺に、何をしやがった……!?」
「──うわっ!? 喋った!? まだ正気ちょっとある! すごくない!?」
「言ってる場合じゃありませんわよ……! 完全に敵意を向けてきてますわ……!」
「当然、だ……許さねェ……! テメェラも、騒ぎを起こした他の連中も……全員、潰してやるッ……ぐ、ガアアアアアア!!!」
「うわぁ! また正気を失った! なんか不安定だ! 怖い! ──って、危ない!?」
「とんでもないパワーとスピードですわね……! おまけに負わせた傷も時間の経過と共にどんどん回復していってるようですわ……!」
……ということでね。私とデュバリィちゃんは現在進行形で凶暴化したクマさんから逃げ回って、時折攻撃を躱したり、逆に反撃してみたりしてるわけだけど……いやぁ……それが全然倒せる気配がなくてさ。なんか元よりもかなり強くなってる感じもあるし、私とデュバリィちゃんの2人でも多分殺せないかも。まあ時間が経ったら死ぬんだけどさ。それまでに犠牲者が多数出るかもしれないけど……うーん、でも競売会に来てるような人たちはどうだろ。別に犠牲になってもいいような、さすがに殺すのはやりすぎなような……一応他の人が収拾つけてくれるだろうし、長くても1時間ならどうにか助かるかな? 騒ぎが起こりまくって警備の方はパニックだけど会場の方に行かなければ別にいいし……マルコーニとハルトマンもこれでやりやすくなっただろうから……。
「よし! 一旦隠れようデュバリィちゃん!」
「くっ……ええ、わかりましたわ……!」
ということで一旦離脱。ちょっと戦うのも面倒というか疲れるからね。こっちの目的はクマさんじゃなくてハゲとヒゲのオヤジなわけだし。
「グッ……どこに……行きやがった……?」
そして隠れて見守るも、クマさんは意外にもまだ正気をちょっと持ってる。さすがの精神力だね。凶暴化にも波があるのかな? まあでも早ければ後20分くらいで死んじゃうかも。クマさんには恨みもないし、原作キャラとして嫌いじゃないからちょっと悲しいけど仕方ないかな。
そう思って私はガルシアを無視してその別荘が建ち並ぶ住宅街を後にしようとしたんだけど──
「ガルシア・ロッシ……!?」
「っ……テメェラは……支援課の……!」
「待ち伏せしてやがったのか……!」
「でも少し様子が変よ……!」
「ええ、魔獣にも似た物凄い気配を感じます……!」
「もしかして道中のマフィアは彼が……?」
──あ。ロイドくんたち来ちゃった。
ん……ってことはこの後の展開は……。
「テメェらも、騒ぎを起こしてやがったのか……!! 《黒月》と、あの怪しい連中と結託してやがったのか……!?」
「《黒月》と怪しい連中……?」
「よく分かりませんが、私たちは騒ぎを起こしたわけでは……」
「うるせぇ……! グ……舐めた真似しやがって……! 俺たちの面子を潰し、俺に怪しげな薬を飲ませたテメェら……特務支援課のガキ共にそこの《闘神の息子》も全員叩き潰してやる……!! ガアアアアア!!!」
「!?」
「《闘神の息子》……?」
「っ……言ってる場合じゃねぇ! 来るぞ!」
そうして強化して凶暴化された《キリングベア》がロイドくんたち特務支援課と戦うことになった。きっとあの名曲「Inevitable Struggle」が流れてるんだろう。私も頭の中でそれを流そうかなー、なんて……。
──思ってる場合じゃない!! このままじゃロイドくんたちが危ない!! 原作でも厳しい相手なのに凶暴化クマさんなんて相手にしたら死んじゃうかも!! それは色んな意味でマズい!!
しかもよくよく考えたらクマさんとロイドくんってなんか碧で熱いイベントあったよね! 刑務所から脱獄するみたいな! それも起きなくなっちゃう! それはまあどうにか脱獄させればいいだけだけど、そんな面倒なことしたくないし、やっぱりクマさんは殺さない方がいいかもしれない! ロイドくんたちを助けるついでだけど助けた方がいいかも!
「──デュバリィちゃん! 行くよ!」
「はああ!? 結局やりますの!?」
「もちろん! ロイドくんたちを助けなきゃ! でもどうしよう! あの薬を解除するには私の嵌ってる食べ物を食べさせないと……!」
「ぐっ……ああもうっ……相変わらずあなたは行き当たりばったりですわね! その訳の分からない解除方法に言いたいことはありますが……そもそも本当にそんなことで正気に戻せますの?」
「《破戒》のオジサン曰くそうするしかないみたいだから早くしないと!」
「かなりオカルト寄りな薬ですわね!? ならさっさとそれを用意致しましょう。当然持ってきてますわよね?」
「えっと……今私が嵌ってるものだから……なんだろう。東方料理……? いや、もしかして……」
「定義がわかりかねますが、あなたが最近嵌っているもので考えるなら……ま、まさかそんな馬鹿げたことを……!?」
「……あー……まあそうだね。その可能性は高いし……と、とりあえず試してみよっか! 手持ちのじゃ足りないかもしれないし、一旦キッチンに戻ろう! 《神速》の見せどころだよデュバリィちゃん!」
「し、仕方ありませんわね……! なら付いてきなさい! 立ちはだかる者は薙ぎ払っていきますわよ!」
「うん!」
──ということで私とデュバリィちゃんはもう一度ハルトマン議長邸に戻ってキッチンを探した。途中マフィアを叩きのめしたりしつつもキッチンからそれを見つけるとそれを持ち出して私の手持ちのと合わせて──
「おらー! 蜂蜜喰らえー! 蜂蜜蜂蜜ー!」
「うおおお!!?」
「な、なんだ……!?」
「あ……アーヤさん!?」
「デュバリィさんも……!?」
「な、なぜあの人に蜂蜜をぶっかけて……?」
「意味はわからないけど……これはチャンスかもしれないね……!」
──私は今まさにロイドくんたちを叩きのめそうとしているクマさんに横から不意打ちをかまし、そこに寸胴に入った蜂蜜を顔面目掛けてぶっかけて蜂蜜塗れにした。アルモリカの人たちごめんなさーい! 人命には代えられないし、今度また沢山買って美味しく頂くから許してー! と内心で叫び、そしてチャンスと口にしたワジくんに同意する形で私はかっこよく告げる。まるで頼もしい味方のように。
「ここは私たちに任せてロイドくんたちは逃げて!」
「蜂蜜塗れで言っても格好がつきませんわよ!?」
「いいからデュバリィちゃんも蜂蜜ぶっかけて! まだちょっと暴れてる!」
「ああもうっ……なぜこんな馬鹿げたことをしなくちゃいけませんのー!!?」
「ねえねえ。あの人たち何してるの?」
「さ、さあ……」
──そうして私はロイドくんたちを逃がすことに成功し、クマさんも蜂蜜塗れながら正気に戻して(気絶してるけど)一応救うことにも成功した。……まあルバーチェ商会の方はなんか凶暴化したガルシアにやられたり、蜂蜜を求めて奔走した私とデュバリィちゃんに一蹴されたりしてほぼ壊滅状態にしちゃったけどヨシ! お仕事完了! いやーこれでキーアちゃんも救えてハゲの方も兵隊が減ったことで殺しやすくなったし完璧だ! ふー危ない危ない。さ、次は一休みしつつハゲとヒゲを殺しに──
「キーア……アーヤのこと苦手かも……? 好きだし良い人なのにどうしてだろ……?」
「えっ」
──後日。街で偶然出会ったキーアちゃんに私は何故か苦手と言われて私はショックを受けた……え、なんで!? 私良い人なのに! キーアちゃん純粋なのに! なんで私のことだけちょっと苦手なの!? アーヤ、キーアちゃんに嫌われるのやだー! うわあああああああん!!
ということで黒の競売会は終了。ちなみに別ルートだとガルシアはアーヤちゃんと遭遇せず、マルコーニはやられた結果、ガルシアが普通にブチギレて特務支援課を全滅させます。
次回は教団事件編というかほぼ零の最終章。教団やら薬やら暗殺やらキーアちゃんやらヨアヒムやら色々あります。お楽しみに。
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