──最初から何か嫌な予感は感じていました。
月の僧院で目のような紋様を見た時から。黒月をルバーチェ商会が襲撃した事件が起きてから、黒月もルバーチェ商会も死んだ人達以外はどちらも市内に姿が見えず行方不明になってから。
マインツ鉱山で働いていたガンツさんのポケットから謎の青い錠剤が出てきた時から……わたしは薄々感じ取っていたのかもしれません。
わたしが昔いた場所──《D∴G教団》の関与があるのかもしれないと。
だけど教団は6年前に壊滅したはず。
だからわたしはそんなはずがないと自らに言い聞かせていました。
──ですが青い錠剤についての検査をお願いしようとウルスラ医科大学に向かった時に、わたしの勘違いの線はあっさりと打ち砕かれました。
ヨアヒム准教授からかつて存在したカルト教団の話が出てから。その薬の名前が《真なる叡智》だと聞いてから、わたしは自分の悪い予感が当たってしまったことに胸の内が、頭の中がかき乱されました。
昔の記憶。嫌な思い出が脳裏に過ってしまい、動悸がして気分が悪くなってしまいました。ヨアヒム准教授の話はしっかりと耳にしていましたが……聞けば聞くほど私は過去のトラウマがフラッシュバックしてしまって。
──そしてわたしは病院を出たタイミングで気を失って倒れてしまいました。
起きた時には特務支援課の皆さんがいて。そこはウルスラ医科大学に勤めるセシルさんの部屋だったみたいです。
そこでわたしはロイドさんにエリィさんにランディさんに励まされて……わたしは決心して自分の過去を話すことにしました。
今回の薬物調査にはわたしの知っている情報を話す必要があるとそう判断して。
それに……きっとわたしは聞いてほしかったんだと思います。ロイドさんたちに私の過去を。悩みを聞いてもらいたいと。
だからわたしは教団の話をしました。
教団に拉致をされたこと。教団の情報。幾つものロッジを持ち、ロッジごとに様々な儀式という名の実験を行っていたこと。わたしに行われた感応力を高める人体実験についても。
わたしですらまだマシな方でわたし以外の子供たちは皆死んでしまったこと。他の子供たちが亡くなってしまったその実験に耐えきった結果、驚異的な感応力を手に入れたことを。
そして6年前にロイドさんのお兄さんであるガイさんが乗り込んできて救い出されたことも。
わたしのような欠けた存在がどう生きたらいいか。その答えが知りたくてクロスベルにやってきたこと。今もその答えがわからないことも。
それらを全部話して……そしてわたしは皆さんに受け入れられました。
恥ずかしくていたたまれないのに、胸が温かく感じる。人一倍感応力を持つわたしはロイドさんたちが本気でわたしのことを心配して励ましてくれていることがよくわかります。
だからわたしは乗り越えられたんだと思います。
──次の日になって私はロイドさんたちがセルゲイ課長から昔の話を聞いたことを共有してもらい、事件の捜査を再開することにしました。
ですがその時に……セルゲイ課長から聞いた話に1つ気になることがありました。
それは6年前のロッジ制圧作戦の際にセルゲイ課長が見たことです。昨夜、わたしが寝ている間にセルゲイ課長はこう話していたそうです。
「それともう1つ……俺たちがロッジに突入した際に見た奇妙な人物についても教えておく」
「奇妙な人物……?」
「ああ。俺たちがアルタイル=ロッジに突入した際……俺たち以外にもロッジに潜入し、奴らを殲滅したと思われる子供がいた」
「子供……? それが殲滅って……」
「そいつはもしかして……さっき言ってた結社とやらの?」
「素性は分からん。だが俺とガイ、アリオスはロッジ内でその中東人の子供と遭遇してな。最初は教団に拉致された被害者かと思ったが……その手に巨大な鋏のような得物を持っていたこと。そしてその子が通ったと思われる後に教団の人間の死体が幾つも転がっていたことから教団の殲滅が目的だったと思われる」
「そんなことがあったんですか……」
「……その子供はその後どうなったんですか?」
「それが……情けない話だが逃げられちまってな。ロッジ制圧後も保護をしようと3人で散々捜索したんだが……結局見つからず消息不明だ」
「そうですか……」
「アリオスのおっさんに課長……それにこいつの兄貴から逃げ切るか……どう考えても普通の子供じゃねぇな……」
「ああ。俺もそう思う。だがその子供が俺たちから逃げ切った最大の理由は、ロッジ内の構造を把握していたからだ」
「それってやっぱり被害者だったから……?」
「その可能性もあるだろうが、結局のところ子供の素性は何も分からなかった。だが1つだけ言えるのは──その子供が《切り裂き魔》かもしれないってことくらいだ」
「!?」
「おいおい……また意外なところから名前が出てきたな」
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「《切り裂き魔》は教団の制圧作戦が行われた6年前……その1、2年前から噂されるようになった存在だ。大陸各地で名のある政治家や軍の関係者が暗殺された。それ以外にも民間人の多くも殺害されたが、犯人は見つからず……わかるのは犯行に使われたと思われる鋭い刃物の痕跡だけだった」
「鋭い刃物……」
「さっきの話に出てきた子供も確かに刃物を持ってたみたいですね」
「だがそれだけで《切り裂き魔》かどうかまでは分からないと思うが……」
「もしかして課長には何か思うところがあるんですか?」
「ああ。証拠というほど確かなものはない。だがここ最近になって《切り裂き魔》がこのクロスベルに現れ、更には教団の痕跡が見えてきた……それが俺には無関係とは思えん」
「それはつまり……《切り裂き魔》が現れる条件に、教団が関係していると?」
「……現状では教団の件も含めて憶測に過ぎないがな。《切り裂き魔》は去年起きた《リベールの異変》でも現れたという話もある。必ずしも教団が関係しているとは言い切れない」
「……わかりました。教えてくださってありがとうございます」
「しかし《切り裂き魔》の正体が子供だとしたら……今はもう成長して成人しているということよね?」
「ああ。もしかしたら俺たちと同じくらいかもな。ガキの頃から戦闘訓練や……それこそ暗殺の訓練を受けていたとしても不思議じゃねぇ」
「……主観的な話にはなるが、その子供はどこにでも居る普通の子供に見えた。ロッジ内だってのに服が傷ついたとかで泣き喚いてな」
「服……ですか?」
「アリオスの奴が不注意で突然現れたその子供に反射的に斬りかかってな。もちろん刃は寸止めしたが、それでその子の服が切れてしまったことで泣き出したんだ。アリオスは困惑し、ガイは宥めて、俺は傍観し……でもう少しで泣き止むというところで結局は刀を持ったアリオスを怖がって逃げられちまった」
「そ、それはまた……なんと言うか……」
「……アリオスのオッサンにしてはらしくねぇミスだな」
「でも確かに……それだけ聞くと普通の子供みたいですね」
「それだけに保護して事情を聞くことができなかった。そのことをガイも悔やんでいてな。奴もその子供と《切り裂き魔》が関係していると疑っていて《切り裂き魔》が起こしたと思われる事件の調査では常に中東人の子供の目撃情報から当たっていた。他の一課の連中からは子供が犯人とは思えないと白い目で見られていたみたいだが」
「兄貴……」
──と、総合するとそんな風な会話をしたとロイドさんたちが教えてくれました。
《切り裂き魔》……それがあの時いた子供で、教団の人間を殺して回っていたという話。それが本当かどうか、わたしにはわかりませんし、手がかりに繋がるような情報も何もありませんが……ただ、ありえなくはないと思いました。
教団には大勢の子供が囚われていて、そして色んな実験が行われてきた中で、様々な特異な能力を得た子供もいました。それを用いれば子供でも暗殺者のようなことを行っても不思議ではないですし……何より動機があります。あれだけのことをされれば恐怖や苦痛、絶望だけでなく──怒りや憎しみ。殺意を覚えたとしても何ら不思議ではありません。
……正直なところ、わたしは《切り裂き魔》と思われる子供が教団の人間を殺害して回っていたと聞いても嫌悪感が湧き上がることはありません。
それどころか胸がすくような気持ちを感じてしまいました。殺人犯に対して何をと思うかもしれませんが、その気持ちについても理解してしまいます。
それを口にすればロイドさんたちは「そう思うのも無理もない」と理解を示した上で励ましてくれました。
改めてわたしはここに来てよかったとそう思い、そしてわたしたちは捜査を再開したところ──ダドリー捜査官からの連絡を聞いて、わたしたちはルバーチェ商会へ向かうことにしました。
──ルバーチェ商会は黒月と同様に、昨夜の襲撃事件から姿が全く確認されていません。
その上ルバーチェの監視や捜査も今はできないみたいで……そのことを中にいたダドリーさんに教えてもらいました。
失踪者に関係する何かがルバーチェの建物の中にはあると見たロイドさんはわたしたち特務支援課とダドリーさんで建物の中を調べてみることを提案し、それが受け入れられたことでわたしたちは違法ではありますが、建物内を調べました。
すると見つかったのは──
「なっ……!?」
「っ……これは……!?」
「ウソ……!?」
「……全員死んでやがるな」
「はい……生きている気配を感じません……」
──まず見つけられたのは応接室にあったルバーチェ商会構成員の死体です。
その数は20人程度。全員何か刃物のようなもので切り裂かれた形跡があり、《黒月》の方でも見られたそれに似ています。
ですがあちらはもっと争った形跡がありました。それこそ刃物に限らず、爆発したような形跡や何か重いものに押し潰されたような形跡もありましたし……ですからこれだけ見ても誰がやったのかは分かりません。《黒月》の報復も考えられますが、その黒月の方も姿が見られない現状では……。
ですがその応接室の奥──地下への階段を見つけ、そこで壊れている巨大な人形兵器と、切り取られた扉を見つけた時……わたしはそこで新たな人の気配を感じ取りました。
「これは……!」
「マルコーニ会長……!?」
「それに護衛の連中も死んでやがるな……!」
「っ……とにかくこの部屋も調べてみましょう。また何かの痕跡が見つかるかもしれません」
「! ──待ってください! 誰かいます!」
「えっ……?」
「──ほう。よくぞ我の気配に気付いたな」
「っ……誰だ!?」
その時、空間から突如現れたように見えたその人物は──真っ黒い影──いえ、真っ黒い装束で全身を覆い隠した謎の人物でした。
おそらくは男性……と思われますが、それ以外には顔も肌も確認できません。《銀》のように姿を隠している。
そしてその《銀》に匹敵する恐ろしい威圧感を強く感じました。その謎の人物からは嫌な気配を感じます。
「ふむ。ちょっとした検分だったのだが……まさか居合わせてしまうとは。どうやらこの地の警察は噂ほど従順でも無能でもないようだな」
「っ……貴様何者だ!? この惨状は……もしや……!」
「さて、どうであろうな。その不躾な質問に答えてやってもよいのだが……せっかくだ。少しばかり我の余興に付き合ってもらうというのはどうだ?」
「何を戯けたことを……!?」
「ダドリーさん!!」
──突如、飛んできた壊れた扉の破片……木屑によって攻撃されたダドリーさんは横に跳んでそれを回避します。
ですがあまりの不意打ち……いえ、不思議な現象に完全には躱しきれなかったようで僅かに血を流していました。
「問題ない……! かすり傷だ……!」
「さすがに動きも悪くないようだな。だが次の攻撃は耐えられるかな?」
謎の男は更にそこから周囲の机やら棚。そして壊れた壁や床の破片を宙に浮かせてみせます。
「っ……これは……!?」
「な、何がどうなっているの……!?」
「導力魔法じゃありません! 気をつけてください! おそらくですが……異能か古代異物のどちらかだと思われます!」
「つまり常識的な力じゃないってことか……!」
「クク、では試してやるとしよう。君たちが真実に辿り着くに相応しい力を持っているかをな……!!」
「お前たち、気合いを入れろ!! 総力を以ってこの不審人物を拘束するぞ!!」
「はいっ!」
「では参ろうか……!!」
──そうしてわたしたちはその謎の人物との戦闘に入りました。
その謎の人物は宙に浮かび、周囲にあるものを浮かせたりしてきます。その上こちらの攻撃は軽くいなされ、時に減速し、反対に向こうは加速して攻撃を行ってくる。
明らかに異能か古代遺物と思われるデタラメな力で、そうでなくともかなりの強さを持つ相手にわたしたちはかなり苦戦しました。
辛うじて食らいつけたのはわたしたちが5人だったから……特にダドリーさんがいたのが大きいです。
わたしたち4人だけならどうなっていたか……それだけその謎の男は強く、戦闘が終わった後も余裕さを隠そうとしない傲慢な様子でわたしたちのことを観察してきました。
「ほう……思ったよりやるものだな。我の力に抗うか」
「くっ……」
「何なんだこいつは……!?」
「重力を操る力……それさえなければ……!」
「この攻撃は……やはり《黒月》を襲撃したのは……!」
「ああ。そちらは確かに我が行ったことでもあるが……この惨劇は我の起こしたことではないと言っておこう」
「何ですって……!?」
「テメエ……今更そんな言い訳が通じるとでも……!」
「信じるか信じないかは君たちの好きにすればいい。この一件における我はあくまで傍観者。余興に応えた褒美として質問に答えてやったに過ぎないのだから」
「傍観者……?」
「つまり、ルバーチェでも黒月でもない……第三の勢力ということか……!」
「もしかしてリベールで異変を起こした《結社》の関係者……?」
「クク、まあ無関係ではないとは言っておこう。だが我は《結社》の使徒でもなければ執行者でもない。……それよりだ。我の興味はそこの娘にある」
「っ……」
そこでその謎の男はわたしに、フードの奥から興味深そうに視線を向けてきました。
その視線はかつてわたしに幾つもの実験を行ってきた人たちに似ています。自分たちの興味のためにあらゆる悪辣な行いも厭わない……そんな禍々しい気配が男からは漂っていました。
「教団の実験体の中には優れた感応力を会得した者がいたと聞いたことがあるが……おそらくそれは君のことなのだろう?」
「……っ……」
「その反応は図星のようだな。クク……面白い。君のような優秀で賢い子供は希少だ。どうだろう、我と共に来る気はないかね?」
「な……!?」
「ふざけたことを……!」
「だがそれだけの感応力を持っているのなら表の世界では生きづらいであろう? 我と共に来るのであればその不満や生きづらさを解消する方法を指南してやろうではないか」
そんな提案を心からしてくる謎の人物に対し、私は少しだけ恐怖を感じながらもそれを堪えてはっきりと言葉にします。ロイドさんたちが怒ってくれますが、大丈夫です。今のわたしは1人じゃありませんから。
「……あなたが何者なのかは知りませんが、碌な人じゃなそうですね……悪いですが、そんなのは願い下げです。今のわたしには居場所がありますから」
「ティオ……」
「ティオちゃん……ええ、そうよね」
「ハッ……そういうことだ。寝言は寝てから言いやがれ」
「……これ以上、無駄な問答を続けるつもりはない。そろそろ投降してもらおう!」
「……成程。少しばかり拾い上げるのが遅かったか。──いや、あるいは今からでもその居場所とやらを壊してやれば問題はないだろうが……」
「っ……! そんなことさせるか……!」
「まだやるってんなら相手になるぜ……!」
「ティオちゃんは渡さないわ……!」
「わたしも抵抗します……!」
わたしたちは揃って再び戦う意思を見せます。相手はかなり強いですが、それでも全く勝機がないわけではありません。
いえ、仮にそれがなかったとしても、戦わない理由にはなりません、絶対に抵抗してみせますとそう思い、わたしはいつでも導力魔法を放てるよう準備をしますが──。
「──だが今はやめておくとしよう。我もあまり独断で動いてはここの人間のように殺されかねないのでな」
「何……?」
「その口ぶり……貴様、犯人のことを知っているのか……!?」
「フッ……これ以上は過剰な褒美というものだろう。そろそろ我は退散させてもらおうか」
「っ……待て! お前は何者なんだ!?」
「では警察の諸君。機会があればまた会うこともあるだろう。名前はまた次の機会にでも教えてやろう──もっとも、その前に女神の下に召される可能性の方が高そうではあるがな」
「待て!」
「──ではさらばだ」
そう最後に告げて謎の人物はその場から姿を消しました。
おそらくは転移の術……既存の導力魔法とは違う特殊な術を用いての移動を行ったのでしょう。
「逃げられたか……」
「ええ。ですが……正直なところ逃げてくれて助かったかもしれません」
「だな。奴の力は尋常じゃなかった。あのまま戦ってたら危なかったぜ」
「そうね……手がかりを逃がしてしまったのは少し残念だけど……」
「ですが全く手がかりがないと言えばそうでもありません」
「ああ……奴の言っていた言葉とこの部屋の状況……マルコーニ会長やマフィアの死体も含めて調べてみれば何かわかるかもしれない。手分けして調べてみよう」
──そうして謎の男が去った後、わたしたちは部屋の中を調べました。
そして見つけたのが……構成員たちのポケットにあった青い錠剤と、鍵のかかった箱にあった──グノーシスの入荷リストと出荷リストです。
そこに書かれていた市民のリストと失踪者が一致したことから、この薬物を広めたのがルバーチェ商会であるとの裏付けが取れ、様々なことがわかりました。
ですが肝心のグノーシスを卸した人物のことはまだわかりません。そのことも含めて捜査体制を作って捜査したいのは山々でしたが、警察の上も取り込まれているため一課も含めた警察は殆ど動けません。だからロイドさんの提案でギルドと──遊撃士と協力体制を取ることになり、わたしたちは一度ルバーチェ商会の建物から出てダドリーさんと別れ、遊撃士協会の支部へと向かうことにしました。
──それからわたしたちは無事にギルドと協力することになり、役割分担で特務支援課は一度ウルスラ医科大学に向かってグノーシスの調査を依頼したヨアヒム先生を訪ねることにしました。
……ですがそこから更に、ダドリーさんからの情報でヨアヒム先生が元市長秘書であるアーネストさんの主治医であったことから疑念が浮かび上がり、それを確かめるためにも徒歩で病院に向かったところ、遅れているバスを発見し、そこから乗客や運転手も消えてしまっていることを確認しました。
そして更に問題だったのは──病院に着いた際、例の薬で強化され、正気を失っているマフィアの人達がいたことです。
彼らからは感情の揺らぎが感じられず……その上、生半可な攻撃じゃすぐに立ち上がって襲いかかってきます。
ですがそこにあの伝説の凶手──《
なんでも《銀》さんによれば「……ツァオの所在も含めて《黒月》の構成員は死んだ者を除いて行方が分かっていない。おそらく私以外は全滅したか、既に取り込まれたと見ていいだろう」とのことです。
その上あの襲撃事件で襲ってきたのはルバーチェの構成員だけでなく、他に3人の人物がいたことも教えてもらいました。そしてそのうちの1人は──おそらく《切り裂き魔》だとも。
その《切り裂き魔》は《銀》さんと戦った後、すぐにどこかへ行ってしまったようです。そしてその去り際にこの事態を収拾するためには、春のパン祭りが必要だと言われたみたいです。──ちょっと何言ってるかわかりません。こんな時に冗談を言ってくるなんて……案外ひょうきんなのか、空気が読めないんでしょうか? でも困惑した様子なので嘘ではないみたいで……だとしたら余計に意味が分からなくてわたしの方も困惑しましたが……一旦そのことは忘れてわたしたちは病院にいる人達を助けて回り、それから屋上にある研究棟へと入りました。
普通じゃない魔獣やマフィアの人達を倒してヨアヒム先生の部屋までたどり着き──そこで元市長秘書のアーネストさんを発見し、彼と戦って、彼はそれから意味深なことを言って窓から逃げていきました。
机の上に置かれているという招待状──《D∴G教団》の資料をわたしたちは調べてみることにしました。
そしてその中には……確かに教団についての詳しい情報が載っていました。
ハルトマン議長を始めとする教団と繋がりのある人物の名前や資料……グノーシスがどこか別の場所で製造されていることや、どこかに出荷されていること。《楽園》という単語に──そして、儀式の被害者になった子供の資料まで。
そこでロイドさんに一言断りを入れられて、わたしは気にせずに中を調べてほしいと口にしました。わたしは大丈夫だと。苦しいですが、これも事件の調査のため……そしてわたし自身や皆さんのためだとそう思って。
そして中にはやはり……昔のわたしの写真や……レンさんの写真が存在しました。
それを見たショックはかなり大きかったですが……それよりも、わたしたちは更にその先に挟まっていた写真──キーアの写真と、その下にあったもう1人の子供の写真に気がついて。
キーアの写真に続いてそのことにわたしたちが言及しようとしたところ──突如現れたレンさんに声を掛けられました。
レンさんは《身喰らう蛇》の執行者No.ⅩⅤ──《殲滅天使》レンと名乗り、《銀》さんと少し会話をした後、この事件に結社は関与していないと言っていました。レンさんはあくまでレンさん自身の目的のためにこのクロスベルにやってきたのだと。
そしてエステルさんたちへの伝言──「レンを捕まえられる最後のチャンスをあげる」というものをわたしたちに伝え、更にわたしたちにはキーアが全ての鍵ということを伝えた後……更に《切り裂き魔》についても一言だけ言及しました。
「ああ。それと……《切り裂き魔》については貴方たちが想像している通りの人物で合っているけれど……その事情についてはあまり探らない方が身のためよ。色んな意味でね」
「……それは……」
「フフ、それでは皆様──良き夜を」
そうしてレンさんは大型の人形兵器……財団以上の技術力で作られたそれに乗って去って行ってしまいました。
わたしたちは結社の技術力やレンさんのすごさを改めて思い知ると同時に、レンさんや結社が事件に関係ないことを察しながら……そして改めてファイルを確認し、キーアの写真の下にあった、中東人の子供の写真──
「この写真はやっぱり……」
「そういうことかよ……」
「あの人も……わたしと同じだったんですね……」
「……まさかとは思ったが……」
「ああ……今までの情報も含めて、おそらく彼女が《切り裂き魔》の正体で間違いないだろう。彼女からも改めて話を聞く必要があるみたいだな」
──それからわたしたちは一度クロスベル市内に。特務支援課ビルに戻り、セルゲイ課長とダドリーさんと情報を共有し、これからの動きを相談していたところ……遊撃士協会が何者かに襲撃されたことを察し、それから程なくしてビルにもその襲撃者──操られていると思われる警備隊が現れ、わたしたちはキーアとシズクさんを連れて逃げることにしました。
装甲車などを用いて追跡してくる警備隊にわたしたちは必死に逃げ続け、途中でセルゲイ課長とダドリーさんが足止めを買って出てくれた後……わたしたちは東通りで遊撃士協会支部にいるミシェルさんと少し話をして──しかしその後すぐに。
「また来ました!」
「こっちにも待ち構えてやがったか……!」
「くっ……ここをなんとか突破しないと……!」
「でも一旦戻るしか……!」
東通りにも警備隊がいたことでわたしたちは窮地に陥ります。東クロスベル街道に出るには東通りを抜けていかないといけません。ですがキーアにシズクさんも連れている状況でここを突破するには戦力が……!
「──まったく……その程度の数に苦戦するとは、だらしないですわね!」
「──とりゃあ! アーヤちゃんキーック!」
「!?」
「あ……!」
「お前らは……!?」
「デュバリィさんに……アーヤさん!?」
──ですがそんな時、声と共に凄まじい速度で現れ、警備隊を蹴散らしたのは以前に知り合ったデュバリィさんと……あのアーヤさんでした。
デュバリィさんは以前にも使っていた騎士剣と盾で数人もの警備隊を一瞬のうちに斬り伏せ、アーヤさんは初めて見る巨大な鋏のような得物を用いながら同じように警備隊を倒して、蹴り飛ばしたりしていました。
「あなたたちを助ける義理はありませんが……こちらも同様に襲われている身ですし、ついでに蹴散らしておいてあげましたわ」
「ふふん。私が来たよ! ここは私に任せて!」
「二人共……」
「あの得物はあの時の……!」
「色々聞きたいことはあるけれど……」
「今はそんな余裕はありません……!」
「ああ……! ──二人共、ありがとうございます! ですが後で必ず話を聞かせてもらいますよ!」
そう告げるロイドさんに続いてわたしたちは東通りを抜けていきます──が、それでもわたしはどうしても
彼女は一体どうして……なぜ──
「──食らえ! コッペパン! アンパンチ! アンパンチ! バターロール! メロンパン! 菓子パンだけじゃなくて惣菜パンもあるよ! コロッケパン! 焼きそばパン! カレーパン! 定番の食パン! クロワッサン! そして最強のハードパン! バゲットを食らえ──!!」
──なぜ、倒した警備隊に大量のパンを食べさせているんでしょうか……?
背中に大量のパンの入った籠を背負い、バゲットを何本も背中に差して順番に振るっている謎の戦い方をするアーヤさんにツッコミを入れたい気持ちをぐっと堪えながらわたしたちはその場を後にします。きっと気持ちは皆同じなはずです……わたしたちは自分の考えを疑っていました。
本当にあの人が《切り裂き魔》なんでしょうか……あれが《切り裂き魔》の姿なのか……? と。
──どうも、出張パン屋さんのアーヤ・サイードです。今は警備隊やマフィアの人達に美味しいパンを無理やり食わせるという役目を行っています。だって誰が青い方を服用してて誰が黄金のグノーシスを服用してるか分かんないんだもん……いやまあいいんだけどね。とりあえず急に私に襲いかかってきた相手をデュバリィちゃんと一緒にちぎっては食させる! ちぎっては食させる! おらー! 春のパン祭り開催じゃー! 行くぞ変態王ヨアヒムー! こっちはパンの貯蔵は充分だー! 薬で強化されてると言ってもそんなに強くないし、このまま余裕で全員ぶっ倒してヨアヒムを殺してやる──
「──アーヤ! 魔人化したガルシア・ロッシが来ましたわよ!!」
「──よし逃げよう! デュバリィちゃん任せた!!」
「なっ、ちょっ……! 待ちなさい! あれを私1人では……!」
「もうやだ──!! 私お家帰って今日は激辛麻婆豆腐食べる!!」
「泣き言を言ってる場合じゃありませんわよ!!? ──ほら、来ましたわ!!」
「グオオ……ハチミツゥ……!!!」
「ぎゃー!!? 蜂蜜魔人だー!!? ハニートーストを食らえー!! ──うわー!? 弾かれたー!? 食べ物を粗末にするなー!!」
「だからそんなこと言ってる場合じゃありませんわ──!!」
「逃げろー!!」
「グオオオオオオ……!!!」
──と思ったけどヨアヒムによって多分グノーシスを投与されて魔人化までしてしまったガルシアが追いかけてきたので私はデュバリィちゃんと一緒に逃げることにした。誰かー!! 追加の蜂蜜かハニートーストちょうだーい!! 手持ちがもうないよー!! うわああああん!!?
今回はパン祭り回でした。思ったより長くなったなって。次回は遂にヨアヒム登場。アーヤちゃんのあれこれがちょっとだけ分かります。因みに別ルートだと当然アーヤちゃんが現れないので特務支援課は全滅しますし、アーヤちゃんが太陽の砦に行かないルートだとエステルヨシュアレンがいても全滅します。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。