──ふぅ……ああ、どうも、アーヤ・サイードです。
現在私の年齢は9歳。後1年でようやく二桁年齢に乗ろうというぴちぴちの美少女です。切実に、早く大人になりたい。
いや、子供は子供で良かったんですけど私のいる環境は子供の特権があまり通用しないところばっかりなので……親に守ってもらうみたいなことが出来ないのに大人以上に働かされてるという幼児虐待も良いところなんだよね。だったらさっさと大人になって動きやすくなった方がいいなぁと。私は切実にそう思うわけですよ。
──さて、そんなわけで今私は新たな勤め先……《月光木馬團》の拠点にある一室で趣味の植物栽培とお裁縫に励んでいます。
教団のロッジから逃げ出してあの変態眼鏡の魔の手から逃れたまでは良かったんだけど、教団以外で最初に出会った大人があの《破戒》のオジサン──エルロイ・ハーウッドだったおかげで私は彼に拾われることになりました。もっとも、自分で頼んでしまったことなんだけどね……私のバカ! アホ! 幾ら記憶より若かったとしても声で分かるだろ! あんな印象的な声かつ危険人物に気づかないとか私は大ボケなのかな??
しかもその際に色々言ってしまったせいでオジサンが所属している《月光木馬團》に私も入團することになった。なんてことだ……ロリ娼婦、実験体と来て次は暗殺者になってしまうなんて。まだこの世に生まれて10年も経ってないのに職歴が終わってる。絶対に履歴書には書けない感じになってる。
ただ一応、本当に一応なのだが……教団よりはマシだろう。
この《月光木馬團》というのは暗黒時代から続く由緒正しい闇の暗殺組織だ。暗黒時代が終わったのが600年以上前だから少なく見積もってもそれだけ続いている組織なのである。どこの暗殺教団だと言いたくなるが事実なのだから仕方がない。
なのでやることは当然暗殺だ。上の人間の考えることは分からないが、とにかくやることは殺し。受ける依頼の選定基準とかがあるのかどうかは分からないがきっと高尚な理念があるのだろう。少なくとも金銭だけでこんな組織を数百年と続けるはずもないし。
まあぶっちゃけどうでもいいんだけどね。だって私の上司兼保護者はあの《破戒》のオジサンだし……。
そう、あの《破戒》である。《千の破戒者》エルロイ・ハーウッド。
見た目は顎髭を蓄えた渋い良い声のダンディなイケオジなのだが、その性格は……いや、趣味と言うべきか。それが最悪で最凶なのである。
どれくらいヤバいかと言うと、面白そうと言う理由だけでとにかくメチャクチャする。ルールとか道理とか法律とか道徳とかそういうのを死ぬほど破る。そして馬鹿みたいに頭が良い。犯罪の天才と言われるくらい犯罪のスペシャリストで趣味はありとあらゆる犯罪。特技はBC兵器の開発というイケオジじゃなくてイカレオジである。
言葉だけじゃ伝わらないと思うので私がこの《月光木馬團》にやって来てからオジサンとしたやり取りの一部を抜粋しよう。
──例えば、そう。團に入って1か月くらいの時のこと。
私は当然、暗殺者としてはまだ未熟どころかぺーぺーも良いところなので毎日のように訓練をしていた。その訓練相手が優しいのでマシだし割と好きな時間なのだが死ぬほど疲れる。なので訓練が終わったら私はさっさとシャワーを浴びて部屋に戻るのだが、その通りに訓練場を後にしようとしたところで。
「よう、アーヤ。訓練は順調か?」
「あっ、オジサン。それは、まあ、はい。そこそこなんじゃないかなって感じですねー。それで、これからシャワーを浴びに行こうかなーって」
「そうか。じゃあその前にちょっくらオジサンと遊びに行かねえか?」
「……どこに行くんですか?」
「──
「えっ……いや……あの、この前は忙しいから手を出してる暇はないとか言ってた気がするんですけど……」
「ああ。
「……何をするんですか?」
「クク、何をするかは向こうに着くまでお楽しみってヤツだ。ってことで支度しな。先に外で待ってるぜ」
「はぁ、分かりました」
──これである。この時期はエレボニア帝国とリベール王国による戦争が勃発していたのだが、オジサンは忙しいので遠くから眺めるだけにすると言っていた。それなのにすぐに、ヒャア我慢できねぇ! 戦争犯罪だ! ってな具合に私を連れてリベールへ0泊2日のお忍び電撃旅行。突然攻められた上に戦力負けしてるリベールが可哀想だからとどうやったのかは分からないが帝国の将兵を誘導して派手に民間人を巻き込ませて殺した上でリベール軍すら誘導して帝国の部隊を壊滅させて帝国の戦力を低下させていた。「これでちょっとはリベールが有利になる上に、戦後は帝国に不利になるし良いこと尽くめだな」とか言ってた。私はドン引きした。いや、普通に最低で草。いや草生えないわ。何やっとんねんこのオジサン。仕事終わりにちょっと飲みに行こうぜくらいの感覚で戦場行くな! 戦争犯罪すな! 幾ら高いところで眺めてるだけとはいえ流れ弾飛んできて怖かったわ!
そしてオジサンは満足して、私はげんなりして帰路についた。おかげで殆ど寝れなかった。良かったことと言えば帰ってきた時に共和国内で食べた深夜の屋台のラーメンが美味かったくらいだ。せめてもの抗議で替え玉大量にしてやったぜ。
──後はこんなこともあった。
それからまた1か月くらい後。あいも変わらず私は訓練訓練訓練。空いてる時間は趣味に費やしたり人に絡みに行ったり絡まれたり。まだまだ暗殺のお仕事が出来る水準に達してないのでやれることはそれくらいだ。なのでその日も訓練だと自室で支度をしていると部屋をノックがされたので出ていくと。
「よーう、アーヤ。ちょっとオジサンと仕事に行こうぜ」
──帰れ。めちゃくちゃ軽い感じで誘ってきたオジサンに反射的にそう言いそうになったがそれを堪えて普通に応じる。私の上司はオジサンなんで逆らうわけにはいかない。なのでまだ訓練も不十分な中でぶっつけ本番の初の暗殺仕事だ。暗殺対象は共和国内で利益を上げている新興企業の社長。結構グレーなことをして業績を伸ばしているらしく、多方面に恨みを買っている。依頼してきたのはその恨みを持っている商売敵らしい。
そんで潜入して殺して来いと言うので私は仕方なくオジサンの言いつけ通りその会社の倉庫に潜入して中にいる社長を殺そうとした。ちなみに得物はダガーとかナイフとかを幾つか持って。訓練では主に刃物を習っているのでむしろこれしか使えない。糸の方はまだ未熟だった。
後は……そう。1つテンションが上がることがあったとすれば戦術オーブメントを支給されたことだ。これはこの世界特有の導力機。導力魔法を扱うために必要な代物で身体強化も出来る優れものだ。暗殺、戦闘をするにあたってこれがないと始まらない。私に渡されたオーブメントの正式名称は共和国ヴェルヌ社製第三世代戦術オーブメント《ZETA》と言うらしい。ゲームだとこの少し先の時代は第四世代という情報があるのみでどういう種類なのかは分からなかったが、私に渡されたのは共和国で普及してるモデルの戦術オーブメントらしい。
と言っても機能はほぼ変わらないが。クオーツを嵌め込むだけのタイプ。専用スロットは地だった。私って地属性なの……? 聞いたら一応モデルによって変えられるらしいが属性スロットとラインが気になるから替えてくれとは言えない。仕方なくもらったクオーツをチュートリアルの如くカチカチと嵌め込んだ。怖いんでHPと防御を優先して入れた。
そして装備を整えれば暗殺任務だ。戦闘チュートリアルでいきなり殺しってさぁ……しかも単独とか。せめて仲間が欲しい。主に後述する2人のお姉さんがいいが、でも残念! 私の仲間は《破戒》のオジサンです!
ある意味で信用出来すぎる保護者のことを考えながらも私は倉庫にいた社長を殺そうと倉庫の物資の陰に隠れて機を窺い、習った通り一気に距離を詰めてその社長を刺し殺そうとした。殺す覚悟くらいはもう出来てる。いや嘘。出来てない。というか覚悟をするみたいな葛藤パートなんてない。やるしかないんで諦めてやった。悩んだところで結局やるしかないし。
──が、そんなお気楽で望んだ暗殺任務がいきなり成功するはずもなく……私は護衛にその刃を防がれてボコられた。具体的に言うなら普通に撃たれた。子供に導力銃撃つとか最低だな! 死んだらどうするんだバカヤロー!
ただ不幸中の幸いで撃たれたのはお腹だったためなんとか動けた。なので私は大量の血液を流しながらも死んだふりをして油断した隙を突いて護衛にいた兵士を刺した。ほんの2、3人程。護衛はなんか驚いてたし社長は恐怖してたけど怖いのは私の方だ。躊躇なく子供を殺そうとするなんてまともじゃない。子供(私)が可哀想だろ!
私は撃たれた怒りを返すべく社長を殺そうとするがその前に逃げられる。こっちは怪我をしているのでそんなに走れない。このままじゃ仕事が失敗してしまうと私は焦っていた。
──でもそんな社長は倉庫を出ていこうとしたところ、倉庫に充満した毒ガスで死んでしまいましたとさ。チャンチャン。そして生きてるものは私以外誰もいなくなったところで。
「任務ご苦労……ってところか? 初めてにしちゃ上出来だ」
葉巻を吸いながら良い上司のように労いの言葉をかけながら出てきたオジサンに、私は腹部の傷を抑えながら言葉を返した。
「いやそんなこと言ってる場合じゃないんですけど!? ほら、銃! 傷! 私撃たれた! 早く治し、けほっ、けほっ! ってか私がいるのに毒ガス撒くなぁ!! くしゅん!」
「ほらよ。包帯と薬だ。それで出血だけ止めとけ。そんで……やめろって言われてもなぁ。お前、そんくらいじゃ死なねえだろう?」
「こほっ、こほっ! もしかしたら死ぬかもしれないじゃん! それに死なないからって何をしても良いわけじゃないでしょうが! くしゅんっ!」
私は自分の腹の傷に薬をぶっかけ、その上から包帯をぐるぐる巻いて止血する。ああ、私のすべすべのお腹が……幾ら治るといっても今日はまだ傷が残ってしまうのは避けられない。──え? なんでそんな平気そうなのかって? それは……私にもよく分からない。なぜか私は傷の治りが早いし病気とか毒とかそういう不浄なものに耐性がある。てっきり今まではちょっと身体が丈夫なだけだと思っていたのに……オジサンにそれを告げられた時はショックだった。これもきっと教団が私に怪しい実験をしまくるからだ。そのせいで身体がちょっとおかしくなってしまったのだろう。教団許すまじ。
そういうわけで私はゲーム的に言うならばHPと防御力が高い。そして徐々に回復する。雑魚敵のくせに。ゲームだったら1番ダルい戦いたくないタイプの敵だなぁ……私。
とはいえこれは現実。脳や心臓を刺されたら死んでしまうし殺す手段は無限にあるのだからちょっと人より丈夫だからって油断してたらあっさり死んでしまうので気をつけなければならない。怪我もどれくらい耐えられるか分からないし、毒ガスだってこれは効かなくても他のは効いて死んでしまうかもしれないのだ。
「とはいえ思ったよりもあっさり仕事が終わっちまったな。これならまだ時間に余裕はある。ついでにもう一件いっとくか? 俺も新作を試しておきたいところだったんだ」
「やめろ!! 死んだらどーすんの!!」
「クク、冗談だ。今日のところはな」
──そして不穏なことを言われてオジサンと帰路につきましたとさ。何もめでたくはない。良かったことと言えば帰りに寄ったカレー屋さんのカレーが美味かったくらいだ。オジサンが頼んだカレーよりも圧倒的に辛いのを美味しく完食してやったぜ。
……と、長くなったがオジサンのヤバさについては伝わっただろう。それからは定期的に私を仕事や趣味の犯罪に誘ってめちゃくちゃしてくる。嫌すぎて部屋で居留守を使おうとしたらそれを読まれて部屋にBC兵器仕込んで強制的に部屋から出させてきた。頭イカれてるよこのオジサン。
はぁ……もうオジサンの話はいい。それよりももっとお気に入りというか優しい人も中にはいるのだ。それに気になる子もいる。どちらも可愛い女の子。ここにいる私のお姉さん達だ。私の訓練を担当──1人は多分嫌々だけど──してくれてる。ここでの生活の癒やしはあの2人だけだ。
──そこで、こんこん、と。おっと、噂をすれば。そろそろ訓練の時間かな? はーい、と私は嬉しさを隠しきれずに部屋の扉を開ける。そうしてとびきりの笑顔を見せたが。
「──アーヤ姉さんおはよう♡ 今日
──お ま え じ ゃ な い。
私は自分のプリティフェイスが引き攣るのを感じる。だけどそれをなんとか耐えて、年上のお姉さんとして普通の応対した。
「はぁ……メルキオル? いつも言ってるでしょ。そう簡単に人を刺しちゃダメだって」
「ええ~。でもアーヤ姉さん、刺しても死なないし平気そうでしょ? だから僕と遊ぼうよ~」
「刺すなら訓練用の人形とかにしなさいよ。遊ぶのは……訓練の後ならいいけど」
「え! 訓練の後なら刺していいの!? やったー!」
「だから刺すな! 普通の遊びなら付き合ってあげるから大人しくしてろぉ!」
「ちぇ~仕方ないなぁ」
私の注意に唇を尖らせて不満そうにする私よりもかなり小さい水色の髪の美少年。その正体は……なんとあのメルキオルだ。今はまだ5歳。今年で6歳の誕生日を迎えるショタだ。
そして──私に懐いている。原因はよく分からない。出会った当初はいきなり私を刺してきて、それから何度か襲われている内に気がつけば私に懐いていた。今では毎日のように私に遊んでほしいと絡んでくる。その様子は可愛らしい、微笑ましいとも言えなくはないのだが中身がクレイジーサイコホモショタであることを知っている私は気が気じゃない。最初の頃みたいに毎回襲ってきたりはしなくなったけど今でも物騒なことを口にして隙あらば刺してこようとするし。おかげで訓練と合わせて傷の手当てが死ぬほど上手くなった。変態ヨアヒム君の医学書をちょっとでも齧っていて良かった。
「あ、そうだ。せっかくならアーヤ姉さんの訓練見ててもいい?」
「別にいいけど……メルキオル。あんたは予定ないの?」
「うん、今日は暇なんだ。だからついて行くよ。アーヤ姉さんとレティ姉さんの訓練は血がいっぱい出て見応えがあるからね♪」
「私の血だけ、だけどね……」
そして一見して純粋で無邪気な笑顔を浮かべてついてくるメルキオルを伴って私は訓練場へ向かって行く。いやほんと……なんで懐かれてるんだろうなぁ……正直何も特別なことをした覚えがない。普通に接してただけなのに、どこがそのサイコパスな琴線に触れたのか……。仲間を殺したりするなよってオジサンに言われてるから返り討ちみたいなことも出来ないし……。
私は内心だけでため息を吐くとメルキオルに刺されないように制するためにその手を掴んでおくことにした。こうしておけばいざ襲ってきてもすぐに対処出来るからね! 私は臆病で備えを怠らない女なのだ。
──アーヤ姉さんはとても普通で、
僕がいる《月光木馬團》にある日突然入ってきた褐色肌で綺麗な白髮と綺麗な黄金の瞳の可愛い年上のお姉さん。《破戒》のオジサンに連れられてやってきたアーヤ姉さんの最初の印象は、表でのほほんと暮らす平和ボケした一般人とそう変わらなかった。
だから僕はてっきり心に闇なんて抱えてない。《破戒》のオジサンがお遊びで連れてきただけの見学者のようなものだと思った。実際、アーヤ姉さんは緊張感がなかった。自分が今、どれくらい深い闇にいるかも気づいていないようだった。
僕はそれがなんとなく気に入らなくて。そしてその顔が歪むのが見たくなって。
だからある日、アーヤ姉さんをナイフで刺した。
アーヤ姉さんは驚いていた。当然だ。誰だって唐突に後ろから通り魔に刺されたらその顔は恐怖に歪む。苦痛に歪む。泣きそうな顔になる。僕はそういう人が苦しむ顔が好きだった。特に、苦しみを知らなそうな人間の苦しむ顔は特に大好物だった。
僕はまたそれが見られると期待して。そうしてナイフを刺したアーヤ姉さんの顔を見上げて反応を伺う。アーヤ姉さんは自分が背中から刺されたことをしっかりと頭で認識すると。
「さ……刺されてる~~~~!? え、何!? なんで刺してきたの!? 怖い! 私何かした!? 痛いんですけど!?」
──想像とは違う反応が返ってきた。
僕はぽかんと呆気に取られてしまった。刺された人間の反応としては、初めて見る反応だったから。
「ど、どうしよう……とりあえずナイフ抜いて……きゃああああ~~~!? 血がすっごい出る!! そりゃそうじゃん! 止血! 止血しないと! ちょっとボク! 刺したことは許してあげるから包帯か何か傷塞げるの持ってきて!」
「え……僕?」
「あんた以外いないでしょーが! ほら早く! ハリーハリー!」
「う、うん……わかったよ……」
僕は何がなんだか分からなくてその指示に従ってしまった。
でも訳が分からないせいかいつもより手間取って、あるいはどうなるか見たかったのかもしれないけど……とにかくかなり時間をかけて戻ると。
「痛い速い怖い! れ、レティ姉さん……! ちょっとだけ手加減を……!」
「ごめんなぁ。これも旦さんから言われてることやからねぇ。それにこれもアーヤちゃんの為なんよ。せやからもうちょっと強くするけど後でお菓子買ったげるさかい……堪忍なぁ?」
「きゃ──!? ありがとうございますお姉様──!! いやぁ──!?」
──既に訓練に身を投じていた。
レティ姉さんという《木馬團》随一の使い手との訓練……は、さすがにまだ弱い僕から見てもお粗末なもので沢山の切り傷を作っていた。そしてやっぱり緊張感がない。
僕はそれを見て……やっぱり最初はちょっと不快だった。訳は分からないが、平和ボケした空気を感じられるから。
だから僕は次の日もまたアーヤ姉さんを刺した。今度は右胸の肺の辺りを狙って。
「痛っ……た~~~~~~~い!! ま、またぁ!? 今度は何!? ゲホッ! 呼吸し辛いんだけどぉ!?」
──死ななかった。もちろん、即死させようとはしていないけれど、それでもそんな緊張感のない声を上げられる程じゃない。
だから僕は次の日も刺した。今度は対応されそうになったけど手を軽く切り払って隙を作った上で刺した。
「ふふん! 3度目の正直ってね! そう何度も刺されは……痛ぁ──!? また刺されたぁ! 何すんだこのアホ──!!」
──耐えられた。手足の先なんかの末端は傷つければ強い痛みを与えられる。だからそんな文句を言えるような痛みじゃないはずだ。
だから僕は次も刺した。今度は2度。連続で刺してみた。2回目で弾き飛ばされたけど2回刺すことには成功した。
「いや────!!? 死ぬ、今度こそ死ぬ────!! 誰か助けて────!!」
──そんなことを言ってるが死ななかった。しかも結局は自分で傷を塞いで回復させていた。
はっきり言って、訳が分からなかった。幾らなんでも丈夫すぎるし、何よりアホっぽすぎる。よく見れば先日付けたはずの傷も綺麗さっぱりなくなっているし、訓練で負った細かい傷も次の日になれば完全に塞がって何もないかのような綺麗な肌に戻っていた。来る日も来る日も刺したのにまるで堪えていない。
それに気づいた僕はアーヤ姉さんが、何らかの特殊な技術でそれを為してるんだと思った。だから姉さんを連れてきた《破戒》のオジサンに聞いてみた。
「アーヤはちょっと身体が丈夫なだけの普通の人間の筈だぜ? ──ま、事情は普通どころじゃないけどなぁ」
でもそれは疑問を解消するものじゃなかった。
だけどアーヤ姉さんは教団という子供を残酷な実験に巻き込んで苦しめる組織に5歳の頃からずっといたらしい。そしてそこから逃げたところを《破戒》のオジサンに頼み込んで《月光木馬團》に入れてもらったのだと。
それを聞いて僕はどこか背筋にゾクッと震えるものを感じた。
──それだけの闇を見ておきながら、あの平和ボケした状態を保っているのか?
普通なら廃人になるような仕打ちを受けてなぜああも普通でいられるのか。クルーガー姉さんみたいに虚無な人形じゃない。普通にしている分にはレティ姉さんに近いけどそれでも全然違う。アーヤ姉さんには闇を感じない。
僕はそれが気になった。だから僕はそこで初めてアーヤ姉さんと話してみようと近づいた。
「ま……またやるつもり? 今度は手加減しないからね! 軽くやり返されるのは覚悟しなさいよ!」
僕を見たアーヤ姉さんは警戒した。当然の行動だけどその姿はやはり緊張感がない。僕が言うのもなんだけど刺した人間にはもっと憎悪をぶつけるべきだし、恐怖を抱いて然るべきだ。
でもそんな感情は微塵も感じない。いや、厳密に言うと怖がってはいるけど……なんか軽かった。まるで嫌なイタズラしてくる子供に出会った時のような反応を見せるアーヤ姉さんに、僕は話しかけた。今日は刺さないよ、と。そう言った。
「そ、そう……? なら…………あー……えっと、それじゃあ、これからはやめるように! いい?」
「……いや、それはまだ分からないかな」
「なんでよっ! 一応身内なのに! ってか身内じゃなくてもそんな通り魔みたいなことするな! そう簡単に人って刺しちゃダメなんだからね!」
その注意は中々に新鮮だった。ここだとむしろ刺すのが上手だと褒められるのに。闇に生きる人間で、しかも刺された相手にもかかわらずそんなまともなことを言ってくる人がいるとは思わなかった。
「アハハ……!」
「笑ってないで言う事聞きなさい! 目上の言うことは聞くものよ!」
気がつけば僕は笑っていた。可笑しくてつい笑ってしまった。
まさかこんなにもチグハグな人間がいるなんて思わなかった。あれだけ傷つけたのに普通に接してくる人間も、少なくとも僕の周りにはいない。
「……そうだね。なら次からは少し考えてから刺すことにするよ──アーヤ姉さん」
「だから刺すな!」
だから……そう、これは“運命”だ。
珍しい相手。それに対する興味から始まった好奇心であり好意だ。
アーヤ姉さんが刺された時の反応は可笑しくて可愛らしくて愉快だ。
アーヤ姉さんの嫌がる顔はとても可笑しくて可愛らしくて愉しい気持ちになれる。
ちょっかいをかければ良い反応を見せてくれる。その上で、僕を嫌厭したりしない。受け入れてくれている。嫌がったり避けたり、一時は怒ったりするけど憎しみはしないし次の日にはその怒りを忘れたかのように笑ったり叫んだりお気楽に過ごしている。散々刺した僕からの誘いも普通に受けて接してくれる。
アーヤ姉さんは悪のカリスマとは程遠いけど闇の中で生きている人だ。闇の中で生きていて悪いこともしているのに、全く闇に染まらない。
まるで真っ黒い闇の中に一輪だけ咲く……お気楽な花だ。
だから興味が惹かれるのも仕方ない。手を伸ばしたくなってもしょうがない。だってそれは、普通に悪に染まるよりおかしなことだから。
僕はアーヤ姉さんに強い魅力を感じた。その身体と心に傷を付けてあげたい。もっと困った顔を浮かべてほしい。それを間近で見ていたい。それくらいの──強い好意を抱いていた。
だから僕はアーヤ姉さんに付き纏うことにした。一緒に遊んでもらってたまにイタズラをしてたまに刺してみたりしてたまには普通に喜ばせてあげたり。
「──いつか絶対傷つけて見せるからね……アーヤ姉さん♡」
僕はそんな独り言を口にする。そうしてアーヤ姉さんにいつも通り声を掛けた。
──あ、そういえばアーヤ姉さん。最近《身喰らう蛇》って組織との小競り合いが起きてるらしくて《破戒》のオジサンが今度戦争するかもしれないって言ってたよ。
ダンディなイケオジと美ショタに挟まれるアーヤちゃんでした。モテモテで良かったね!
次回はまだ木馬團パート。やっとレティ姉さんとクルーガーちゃんも出せそう。それとそろそろ結社の出番です。お楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。