──そいつはある日突然、俺の部下になっちまった。
俺の所属はエレボニア帝国軍情報局。一応は帝国正規軍の中にある組織だが、その実態は《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン肝煎りの諜報機関──国家の繁栄。国益のためなら非合法な汚れ仕事だってこなす中々に後ろ暗い組織……は言い過ぎだが、実際そういう汚れ仕事や表に出せないような活動を行うこともある。俺が言うのもなんだが、中々信用できない油断ならねぇ組織だ。
そして俺はそこの特務大尉。数年前にオッサンによって招き入れられてから政府に関わる裏交渉を成功させてきたことでトントン拍子で出世し、《かかし男》なんて良いんだか悪いんだかわからねぇ異名まで付けられちまった《鉄血の子供たち》の一員ってわけだ。
宰相閣下に気に入られてることもあってか同僚からのウケは良くないが、まあボチボチやってる。仕事もやりがいはあるし、オッサンの近くにいるのは退屈しない。だからまあ悪くはなかったんだが……そんな時だ。俺の下に新しい部下が付けられたのは。
そいつの名はアーヤ・サイード。
表向きには大陸中東で生まれ育ち、後にカルバード共和国で名門アラミス高等学校を卒業した後に帝国に帰化して情報局に入った中東人ってことなっている。見た目は可愛くてかなりお気楽な、言っちまえば平和ボケしたような明るい性格の女だ。少しミリアムに近いが、ミリアムよりもしっかりしているようで抜けている……とても軍属や諜報員に向いているとは思えないそんな奴だ。
そんなアーヤの姿を見て、誰もが騙されるだろう。こいつには強い奴特有の気配や裏がある気配を微塵も感じない。見た目が整っていて洒落てるからそこそこ存在感はあるが、それだけだ。……まあ怪しまれないって意味じゃ諜報員に向いてるんだけどな。
ただ問題はそこじゃない。こいつの素性は裏の世界じゃ聞けば震え上がるほどのビッグネームだ。
結社《身喰らう蛇》の執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》にして大陸中で一時期噂になった都市伝説の暗殺者《切り裂き魔》……それがこのアーヤの正体だ。
おまけにあの高級ファッションブランド《サイード社》の社長。創業者であり人気ファッションデザイナーでもある……そしてあの教団の被害者でかつてはどこぞのメイドと同じ暗殺組織の出身……と、掘れば掘るほど問題しか出てこないヤバい奴。それがアーヤだ。
そんな奴がなんで情報局に……いや、ギリアスのオッサンと協力してるかは正直わからねぇ。ツッコミたいところはわんさかあるが……オッサンのことだ。これも何かの布石なんだろうな。オッサンが覇道を進める上で俺やクレア、ミリアムなんかを招き入れたように、こいつにも役割があって必要とされている。だからこそ明らかに怪しくとも情報局に入れたんだろう。
そんでまあ、調べても調べずともなんとなくやることはわかる。こいつは貴族勢力と繋がってるから二重スパイを任せようってんだろう。確かに最近の国内の貴族勢力の動きはきな臭いからなァ。動き出すのも時間の問題って感じだ。
だから結社の執行者で伝説の暗殺者を使うのも理解はできる。純粋な戦い。殺し合いじゃあ俺やクレアでも敵わないだろうしな。その素性や実力を知ってると普段のアホみたいにお気楽な言動も裏があるように見えちまうが、こいつには裏も表もない。ただ自然体でやりたいことをやってるだけの自由人だ。俺には
それと……あえて申し訳程度の偽装工作で済ませて名前や顔をほとんど隠さないのは、ギリアスのオッサンに考えがあるんだろうな。二重スパイって時点で素性は洗われるだろうし、少しでも噂を聞いたことある奴ならアーヤの正体に辿り着くことは難しくはないが……だとしても一応は隠しておいた方が普通は得策だ。
だからあえてそれをやらねぇってなると……正体を露見させることが目的、か? 隠さないとなると必然的にそうなる。一応言い訳の余地はあるが、まあ信じる奴はいねぇだろ。そしてそれを知った人間は大抵は警戒するが、アーヤの場合は……ああ、なるほど。なんとなくわかってきたぜ。結果的に
……ダメだ。さすがにそこまではわかんねぇな。オッサンの目的のためってことはわかるが、言語化ができねぇ。とりあえず悪いようにはならないってことくらいか。遊撃士や教会も知ったところで国家には手を出せねぇしな。関係の悪化は心配する必要もない。今更だしな。この件に限ったことじゃない。
──ま、仕方ねぇ。オッサンに頼まれたことでもあるし、ミリアムがもう1人増えたようなもんだと思って面倒を見てやるしかねぇな。とりあえずは俺の班で仕事をこなしつつ……。
「──レクター見て見て! ほら、軍服仕立ててきたよ! 可愛いでしょ! このスカートが特に良い感じで──」
「──レクター・アランドール! 貴官の部下は一体なんだ!? あんなフザけた格好をしおって……! 即刻やめさせろ! 伝統と格式ある正規軍の軍服を何だと思っている!?」
──とりあえず生真面目な正規軍とは距離を置かせつつ……。
「──アーヤ・サイードであります! レクター大尉殿! 先日クロイツェン州に旅行に行った際に領邦軍のアホ兵士が平民に難癖をつけてめちゃくちゃなことをしていたのでボコボコにして捕らえてきたので受け取ってほしいであります!」
「──レクター・アランドール! 貴様何をしている!? この面倒な時期に犯罪を犯したとはいえ領邦軍の兵士を捕らえてくるとは……! アルバレア公から苦情が来ているぞ!」
──とりあえず領邦軍とも距離を……取らせるわけにはいかねぇか。まあこのケースは仕方ねぇ。偶然アホの兵士がいたってだけだ。だから適当に諜報でも……。
「──ただいまー。指名手配犯見つけてきたからここ置いとくねー」
「──レクター・アランドール! 指名手配犯を捕らえたことはよくやった……が! 被害がデカすぎる! 偶然乗客がおらず、乗務員に怪我がなかったとはいえ鉄道車両を横転させて破損させるとはどういうことだ!? 鉄道憲兵隊から苦情と壊れた車両の請求書が来ているぞ!」
……まあ、情報局でも長年追っていて捕らえることができなかった犯罪者を偶然見つけて捕らえてくるのはアーヤが優秀である証拠だ。実際お手柄だしな。怪我人もいねぇし、車両が壊れて事が大きくなったくらいなら別に然程問題も──
「──レクター! 戦車乗りたい! 戦車! ちょっと正規軍の訓練に混ざってくるね! パンツァー・フォー!」
「──レクター・アランドール! ……ん? いや、今回はただの連絡だ。それより貴様も耳にしただろうが、先日ガレリア要塞で機甲師団で行われた訓練中に戦車が深刻な整備不良によって1両大破したそうだ。その際に戦車に搭乗していた戦車長はどういうわけか失踪しているらしい。一応頭の片隅には入れておけ」
──なあギリアスのオッサン。やっぱりこいつ、突き返してもいいか?
俺も大概ちゃらんぽらんな自覚はあるが、アーヤは俺とは比較にならないほどにハチャメチャすぎる。良くも悪くもなんでこんな頻繁に騒ぎを起こせるんだ?
……だが結果的には全部良い方向に向かってるんだから困ったもんだな。仕方ない。俺もいっそ開き直ってこいつの軍人ごっこを面白がっとくか。そうじゃないとなんとなく苦労しそうな気がするしな。むしろ俺の部下で良かったか。クレアの部下になろうもんなら毎日頭を抱える羽目になりそうだしなぁ……。
──皆様ご機嫌よう! エレボニア帝国正規軍、帝国軍情報局所属、アーヤ・サイード特務少尉であります!
由緒正しく格式があり、厳格で実直な帝国軍の将兵として私もこれからは真面目に働こうと思います! 今までも真面目だったけど公務員ということで更に粉骨砕身の勢いで頑張ろうと思います! ビシッと敬礼!
ということなので私、軍人になりました。表向きにはだけどね。実際は多分、用が済んだら抜けることになるだろうけど今は軍属です。おかげで仕事は倍以上に忙しくなってるけど、そこはなんとかしてます。自由時間が多いからその間に服を作ったり別の仕事をしつつたまーに情報局のためにリストアップされた国内の犯罪者を見つけて捕らえて国内の治安を良くしてる。いやー軍人っていいよね。国のためなら割と何をやっても許されるし。だからといって無茶苦茶はしないけどね。ちゃんと襟元を正さないと。
そうそう、襟元と言えば私の格好もちゃんと情報局の軍人らしく改造軍服というかミリタリーファッションにしてみました! 1つは正規軍を参考にした式典とかにも使えそうなちゃんとしたやつ。ただこっちは普段は使わない方がいいって言われたんで仕立てたけどあんまり着てない。なのでこっちはほぼ飾り用で、普段着てるのはもうちょっとオリジナリティのあるミリタリーファッション。濃い赤紫を基調にした軍服で首元とベルトに黒いリボンでボタンや縁の色は金や黒で、下はスカートにした。つまりは軍服ワンピース! その上で赤い軍帽を身に付けている。軍服なんで色ははっきりとしつつ抑えた方がかっこいいよね! その上でネクタイとベルトの部分にリボンだったり、ズボンじゃなくてスカートにしたことで可愛さも演出。黒手袋もつけてるし、生脚を見せるのは軍人としてちょっとどうかなと思ったんで黒タイツを装着。その上でブーツはベルトと同じ白にしよう。私の髪色をここで拾ってお洒落ポイント加算だ!
とまあ良い感じのミリタリーファッションで私は活動することにした。上司になったあのレクター。《鉄血の子供たち》の1人で《かかし男》って呼ばれてるレクター・アランドール大尉殿も似合ってるし洒落てるって言ってくれたし、完璧だ。今後はミリタリーファッションも開拓していこうと思う。帝国だと結構売れそうだしね!
そして軍人として……と言っても諜報員なので仕事は結構秘密裏に。裏のお仕事だ。私には慣れっこな感じの職務内容。
でも国主導ってのが良いよね。犯罪じゃないし、仮に後ろ暗いことでもある程度は国から命令されたことという看板があるのでとってもやりやすい。なのでちょっと張り切って最初の方は色々やったけど……まあ概ね問題はなく順調に仕事は出来てる。まあちょっとばかり列車が横転したり、戦車がぶっ壊れたりしたけど……どっちも仕方のないことだったからヨシ! 列車横転は乗ってた犯罪者が逃げるから悪いし、戦車が壊れたのは戦車の整備不良のせいだからね! 私は最善を尽くしました!
あ、それと一応ね。私が情報局に入るに当たってカイエン公とかヴィータ姉さんとかに説明を求められたんで「前々から頼まれてた情報収集を行うため潜入しました!」ってちゃんと説明した。ちょいちょい頼まれてたからね。カイエン公から鉄血宰相周りの情報は。後はクロウなんかも調べてほしそうにしてたし、そのためだよって説明したら普通に納得してくれてよかった。ぶっちゃけ後になってちょっとどうしようかって悩んだからね。ただ悩んでたらオズボーンから普通にスパイのためって説明すればいいって言われたんでその通りにした。なんだったら私を気づかって学院とかの表向きには偽名を使ってもいいとも言われたから考えてみたけど、まあいざとなったら同姓同名の別人ですよ作戦で行く予定だ。なんか知らんけど戸籍みたいなのも別々であるらしいし。名字をぼかしてアーヤ・Sとか。どこから調べてきたのか私の母親の方の名字取ってアーヤ・ジブリールとか。なんか色んな私がいることになってる……もしかしたらオジサンの偽装工作なのかなと思ったけど実際は聞いてみないとわからない。なので今度聞いてみようかな。
まあでも多分大丈夫でしょ。なんなら名字は名乗らなければいいしね。調べられたらその時はその時。気まずいけどなんとか乗り切ろう。私ならできる! ……はず!
なので早速お仕事だ。私のお仕事はスパイとトールズ士官学院Ⅶ組の手助け。なのでまずは学院に行こうとしたんだけど、Ⅶ組は今特別実習で帝国北方にある共和国との緩衝地帯でもあるノルド高原と西方にあるブリオニア島にそれぞれ行っているらしいので私もそれを追いかけて向かうことにした。
──ってことでやってきましたノルド高原! 見渡す限りの草原! 標高が高い! 高原北部には山岳地帯もあるぞ! 自然豊かで風が気持ちいい! いえーい!
ちなみにここまではちゃんと列車を使ってゼンダー門に到着し、第三機甲師団のゼクス・ヴァンダール中将にも挨拶しておいた。情報局のアーヤ・サイード特務少尉です! ってな感じで。若干怪訝そうに見られたけどお仕事で来てますって言えばそれ以上は何も突っ込まれなかったし、やっぱり挨拶は大事だね。秘密裏に入っても良かったけどちゃんと顔合わせした方がサポートだって見込めるし。一応表向きにはテロリストの監視というか、情報をゲットしたので未然にそれを防ぐのが任務になってるわけだし……あと銀色の髪をした不審者がいるとか聞いてるけど、まあそこは流れで。帝国解放戦線にも味方しないといけないから捕まりそうになったらそっち手助けして、Ⅶ組が危なそうだったらⅦ組の手助けって感じでいこう。ふふん。大変だけど敏腕諜報員アーヤちゃんの腕の見せどころだ。
なのでまずは馬を調達。乗馬は昔習ったから一応できるし、ゼンダー門で適当に借りることにした。栗毛の良い顔した子だね。よーし、今日から君が私の愛馬だ! 名前は……えーと、そうだな……よし、ノルドバクシンオー! 行くぞノルドバクシンオー! しゅっぱーつ! ハイヤー! ハイヤー!
私は馬に乗って草原を駆ける。うーん、やっぱり風が気持ちいい。しばらく都会で過ごしてたけどたまには田舎もいいよね。平和だし風も気持ちいい。たまーに魔獣も出るけど魔獣は適当に蹴散らして進む。ゲームだとフィールドに大量にいるイメージだけど現実だとそんな見えないし見ないね。なので快適だ。お弁当も作ってきたし、少し高めの景色の良い場所でお昼にでもしようかな。湖もあるらしいし魚を釣ってもいいかもしれない。軌跡シリーズお馴染みの釣り。私も当然できる。忙しくてあんまりやれないだけで釣りは得意だ。
それとずっと北に行くとノルドの遊牧民が住む集落があるのでそこも立ち寄って挨拶しないとね。Ⅶ組の1人であるガイウス・ウォーゼルくんの実家。肌の色が私みたいな中東人に近いんだよね。親近感を感じる──
「お──ここちょっと景色いい! ここでお昼食べよう! 止まってノルドバクシンオー!」
「ヒヒーン」
私が声をかければバクシンオーはしっかりと止まってくれる。よしよし。良い子だ。私は丘の縁に腰掛けてお弁当を食べる。良い景色の中で食べるお弁当は最高だね。創造力もかき立てられるし、良い服のデザインも浮かびそうだ。
──そうして景色を楽しみながらお弁当を食べることしばらく。
「馬も走ってる。野良の馬かな? あんなに走って……ちょっとノルドバクシンオーに似てるかも。ね、バクシンオー」
私は丘の下の草原で走る栗毛の馬を見つけて背後のノルドバクシンオーに声をかけてみる。返事が来るはずもないけどね。動物に声をかけちゃうタイプなのだ。私は。
なので背後を振り返ったが……。
「…………あれ?」
──ノルドバクシンオーがいない。
いつの間にか消えている。いなくなっている。どこかに隠れているということもない。
近くに馬は……遠くに見える栗毛の馬だけで。
その栗毛の馬は猛然と北に向かって全力疾走。少しずつ私の下を離れていく。よく見れば鞍もついているそのノルドバクシンオーが。
「……………………私の愛馬が!!?」
──うわあああああああああ!!? 待ってー!! こらー!! 勝手に行くなー!! くっそー!! 借りた馬だから放置もできない!! 追いかけなきゃ!!
──俺の名前はリィン・シュバルツァー。
かつてドライケルス大帝が創立した由緒正しい名門。近郊都市トリスタに所在するトールズ士官学院に入学してから約3ヶ月。俺たちⅦ組A班は特別実習でガイウスの故郷でもあるノルド高原にやってきていた。
そこで俺たちはガイウスの父親であるラカンさんから特別実習の課題を受け取ると馬に乗って高原を駆け抜け、課題をこなしていった。
そして午前中の課題を終え、一度集落で昼餉をご馳走になった後、今後は高原の北部で行う課題も幾つか受け取り、滞在中のカメラマンが1人で北部に行ってしまったためその保護に向かった俺たちだが……そのカメラマンのノートンさんを巨大な石像近くで見つけた後──俺たちは異様なものを遠目に見た。
「あれは……人、か?」
「ふむ。どうやら馬を追いかけているようだな」
「格好からして軍人さん……でしょうか……?」
「いや、正規軍にも領邦軍にもあのような制服はなかったはずだが……」
「というか……馬とほぼ同じ速度で走ってるんですけど……速すぎない?」
俺にガイウス。エマにユーシスにアリサもそれぞれ馬と一緒に草原を駆ける女の人の姿を見て困惑する。格好は軍人っぽいが、少なくとも正規軍や領邦軍ではなさそうだった。とはいえ領邦軍などの一部貴族の将官などはああいう少し洒落た格好でいることもあるみたいだが……とはいえ馬に逃げられて困っているのは確かみたいなので俺たちはそれを助けることにした。馬が走るコースを先回りし、それとなく宥める。そして全力で走っている女の人──近くで見れば褐色の、おそらく俺たちよりほんの少し年上っぽい女性だった。銀白色の髪色──とはいえ赤も混じっているが──のやはり軍人っぽい格好をした人で。
「大丈夫ですか!?」
「うわっ!? びっくりした!! あ──痛──っ!?」
「えっ──うわっ!?」
その人は道中にいた魔獣もその手に持ったダガーで切り裂きながら馬を追いかけ続けていたのだろう。それに集中していたせいか、俺たちが彼女と馬が昇ってくる丘の上にいたせいか、間近に来るまで気づかなかったようだ。
そしてそのタイミングで不運にも彼女は足元の石に躓いて転んでしまった。そして、俺と真正面からぶつかるように飛び込んでくる。
「リィン!」
「大丈夫か!?」
馬から降りていた俺はその女性ともつれ込むように草原に背中を打ちつけた。僅かな痛みはあったが、支障はない。だが女性の方は大丈夫かと顔を上げようとしたが──
「これは……」
「リィンさん……」
「り、リィン……」
「……あ……」
──俺はそこで既視感を感じた。
俺の今陥っている状況。地面に背中を打ち付け、その上に女性の身体があって、更には俺の顔は
「いたた……っと、ぶつかっちゃったね。大丈夫──って、あれ?」
「えっと……その……」
俺はなんと言っていいか分からずにその人の不思議そうな顔を見てしまう。黄金の瞳をした可愛らしい人だったが、その人はその状況を理解するとゆっくりと起き上がった上で頷いて──
「……あー、なるほど。これがいわゆるラッキースケベってやつだね。それじゃお約束で、別にそんなに嫌じゃないけどお決まりの反応しとこうかな?」
「えっ、それって──」
そして次の瞬間。笑顔の彼女を見ていた俺の頬に──
「きゃ~~!! 痴漢だ~~!! え~~い!!」
「っっっ!!?」
──衝撃が走り抜けた。
それはおそらくビンタだったのだろうか、そのふざけたような嫌じゃなさそうな台詞に反して、その速さも力も凄まじく、俺は吹き飛ばされる。
「あ、あれ……? ご、ごめん。強すぎた……?」
「り──リィーーン!!?」
──アリサの声が頭上から聞こえる。頬に痛みが。耳がキーンと鳴っていて耳鳴りがしているが、意識だけは残っていた。
そしてそれが──アーヤ・サイードという
──ノルド高原北部。巨大石像のある高台の上。
「あれは……噂の士官学院の生徒に……」
その男は遠くに見える人影を見るとその状況を察して少し呆れた表情を見せる。
「全く……お前は変わらないな──アーヤ」
だがそこには既知の人物の懐かしいノリに対する苦笑いがあった。
そしてその
その上でかの皇子が新設したという士官学院生がこの地に来ていることに、男は少しばかりの期待を思い。
「……しかしその意思も力が足りなければより大きな力の前にただ流されるのみ。彼らの成長を期待しているであろう皇子には悪いが……万が一に備えて俺は俺で動かせてもらおう」
そう口にし、男はその場を後にした。アーヤが……結社がこの地に来ている以上、彼女に悪意がなくともこの地で何か企みが起きるのは間違いないと。
ゆえにそこに住まう無辜の民が犠牲にならぬよう男は動くつもりでいた。今はもう答えを得たただの一介の剣士──《剣帝》として。
ということで70話にして閃の軌跡編開幕。帝国なので《剣帝》がいたり、軍人ごっこしたり、紫電のお姉さんと衝突したり、全方位攻略型の主人公にラッキースケベを受けたり、普通に絆を育んだり友達と再会したりと色々ありますのでお楽しみに。次回はテロリスト相手にあれこれです。
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