TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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特別実習で帝都知事を襲撃する不幸

 ──アーヤ教官は正直理解が追いつかない人だ。

 

 どの辺りがどう思うかって? ()()()()()()()()()()()()()! 人間が分身するなんて普通はありえないじゃないか!? 

 正式には“分け身”と言うらしいが、名称なんかよりも原理の方が僕は気になる。アーヤ教官は授業の時によく“分け身”を使って2人や3人になって授業をしたりふざけたりサラ教官をからかったりしているが、見る度に頭が痛くなってくる。速さとかそういう問題じゃない気もするが……深く考えすぎると疲れるだけなので僕もそろそろ気にしないようにしようと思った。

 だが“分け身”のことは置いとくとしても色々と規格外な人であることは確かだ。純粋な強さではサラ教官の上を行くらしいし、力はラウラよりも上で速さはフィーより上。そして存在を察知されない技術に関しては化け物で、何度見ても理解ができない。授業の度に驚かされてしまう。

 だがその授業の内容は説明されれば意図と必要性については理解できるものだ。かくれんぼと最初言われた時は悪ふざけかと思ったが、言われてみれば確かに身を潜めることは重要なことだ。相手の方が多勢だった場合や潜入時、あるいは魔獣が徘徊する地帯を進まなければいけない時にも役に立つ。この辺りはさすがに情報局の人間らしいと感心したものだが……しかしながら僕自身はアーヤ教官の授業は苦手としている。足音を立てない移動の仕方や息の潜め方といった初歩的な部分から教えてくれているが、中々上手くはいかない。普段の授業で苦戦しているフィー君がこの授業では活躍していてたまに僕にコツなんかを教えてくれる。……それでもあまり上手くはいってないのが実状だし忸怩たる思いなのだが。

 気配を感じ取る技術についても同様で、こちらはリィンとガイウスが得意としている。こうして改めて思い返してみると実戦技術の授業において僕は、少なくともⅦ組の中では下位に甘んじてしまっていた。ある程度は仕方ないと諦めもつくが、それでも置いていかれるなど断固御免だし、あの鼻持ちならないユーシスの奴に負けてたまるかと奮起して授業に望んでいる。

 ……とはいえアーヤ教官とサラ教官の対立を見ていると僕も少しばかり冷静になるのだが。サラ教官は時折教官としてはあるまじきいい加減さを発揮するが、アーヤ教官も別の面で教官にあるまじきことをしている。喧嘩は同じレベルの者同士でしか起こらないと言うが……2人の言い合いを見ればそれも納得かもしれない。

 ともかくアーヤ教官は常識外れな人だが、教師としては一応……尊敬できなくもない人ではある。生徒にも親身でくだけているから話しやすい、相談しやすいという声は僕にも聞こえてきているしな。そこは僕も認めるところだ。

 それと……教官の教えでよく言われることがある。それは──「相手が自分より強かった場合、まず逃げることを考えよう!」──というものだ。

 アーヤ教官曰く、命あっての物種なのだから強い敵に真正面からぶつかる必要なんてないし、そもそも自分の命を大事にするようにということらしい。それは……確かにそうだろう。命令に逆らってはいけない軍人であればともかく、学生の身で敵わない相手に真っ向からぶつかる必要はないと僕も思う。このことは授業の度に口酸っぱく聞かされた。逃げることは悪いことじゃないとか、三十六計逃げるに如かずとか、逃げることもまた戦いだとか、そういう標語のような言い方で。……一部は訳の分からないものも混じっていたが……まあそれも理解できた。

 だがそれでも戦うことを避けられない場合はどうするのかというラウラ君からの質問に対しては「その時は決して正面から挑まず搦め手とかを使って目的を達成するために出し抜く感じで。持ってる手札を全部使ってなんとかその場を切り抜けるのがいいと思うよ。私の経験上ね!」……と答えた。確かにそれが道理だった。正面から敵わない敵や問題には見る視点を変えたり、別の手段を模索することによって乗り越える……これまでの実習でも少なからず覚えがある。だからか僕も含めてⅦ組の皆も得心したようだ。

 しかし実力を、地力をつけることに越したことはないとも言われ、実戦技術の授業……手合わせやそれぞれの得物のスキルアップやアドバイスを求めて僕たちは2人の教官の下、それに取り組むのだが……その際に僕のところにやってきたアーヤ教官は僕に色んなアドバイスを送ってきた。

 

「マキアスくんはもっと殴ったりしないの?」

 

「僕の得物はショットガンなんですが……」

 

「いざという時は銃を捨てて殴ったりすることも大事だよ! 後は銃身で殴るとかも結構良さそうじゃない?」

 

「前半の意味が全くわかりませんが……ま、まあ後半は確かに、近づかれた際はそういう対処も必要かもしれませんね」

 

「だよね。それじゃ私がなんちゃって拳法教えてあげるから構えてー」

 

「銃はどこに行ったんですか!?」

 

「やっぱだめ?」

 

「アドバイスをするならせめて導力銃の効果的な使い方なんかを教えてくれると助かるんですが……」

 

「そっかー。それじゃ毒とか使う? 弾に毒とか込めたら一発で無力化とか狙えるし、状況も良くしやすいから良いと思うけど」

 

「ぶ、物騒すぎるとは思いますが……まあ一理ありますね。僕も石化弾なら使ってますし……」

 

「えっ……あっ……そういえば……」

 

 弾に毒とかを込めるアドバイスをされ、僕は石化弾を使ってると答えるとなぜかアーヤ教官は引いていた。そこまで引かなくても……ただ相手を固めて無力化するだけのものなんだが……本当に永久に石化するものじゃなく薬を使えば普通に治るものだ。教官なら当然理解しているはずだ。授業で使ったこともある。当たりどころが悪かったりすると効かなかったりするから教官には一度も効いたことがないが……。

 

「えっと……なら効果的な毒は何があるんですか?」

 

「うーん、そうだね……使うなら麻痺毒とかが良いんじゃないかな。後は弾とかに工夫して威力を高めたりとか、後は毒とは違うけど自分や仲間にバフをかけるタイプの術式弾でも使ったら? マキアスくんは素の戦闘力が弱点だし、少しでも身体能力を底上げできるタイプのが先生は良いと思うよ」

 

「なるほど……」

 

 具体的な質問をすれば教官らしい答えが幾つか返ってくる。こういうところはやはり教官らしい。

 

「それと相手を眼鏡好きにする毒とかどうかな?」

 

「相手を眼鏡好きに!? い、いやそんな毒あるわけないでしょう!?」

 

「なら媚薬とかどう? 感度を3000倍……かは分からないけど結構上げる薬とかもあるよ?」

 

「び……!? な、何を言っているんですか!?」

 

「あはは! 冗談だって。マキアスくんはからかい甲斐あるねー。うぇーい」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 だがその後は冗談を口にして僕をからかってくる。こういうところは教官らしくはない。

 しかしそうして近い距離で肩を組んできたり横腹を突かれたりするのは……正直恥ずかしいからやめてほしい。い、いや、嫌ではないのだが……対応に困る……! アーヤ教官は性格は明るく朗らかで人をからかったりするなど子供っぽい部分もあるが、それでも歳上らしい面倒見の良さはあるし、見た目も、その……かなり可愛いとは思う。綺麗系のお姉さんではないのだが、可愛い系の年上のお姉さんというか……スタイルも良いし、お洒落で女子力もこれで高い。それで距離が近いのだから本当に困る。

 

「よしよし、それじゃあマキアスくんはそういう方向性も模索する感じで頑張ってねー」

 

「は、はい。頑張ります」

 

 そうして一通りアドバイスをしてからかった後はあっさりと離れて別の生徒に近づいていく。僕は気恥ずかしさやら残念さやら色んな思いで悶々としながら教官のアドバイス通りに実戦における戦い方について考えることにした。……断じて腕に少しだけ当たった胸の感触に思いを馳せているわけではない。そのことは忘れろマキアス・レーグニッツ。アーヤ教官に惑わされるな……! 

 

 ──そしてその後。定期テストを乗り越えた僕たちは次の特別実習先として帝都ヘイムダル……このエレボニア帝国の首都であり、僕の実家もあるその街が選ばれ、僕たちは再び班ごとに別れて特別実習を開始することになった。

 

 ……だがその特別実習の最中に、僕は衝撃的な事件を耳にした。

 

「父さんが襲撃された……!?」

 

 ──そう。僕の父……帝都知事を務めるカール・レーグニッツが、何者かに襲撃されたという事件を。

 

 

 

 

 

 ──おはようございまーす! トールズ士官学院実戦技術教官のアーヤ・サイードです! 情報局の特務少尉でもあります! 貴族連合に雇われた結社の執行者No.ⅩⅢでもあります! 《庭園》のボスでもあります! ファッションデザイナーでサイード社の社長でもあります! 

 

 ということで……やることが……やることが多い……! なんでこんなに沢山仕事があるのかと頭を抱えるレベルだ。これが繁忙期なのか? デザイナーとしては割と年末がショーの関係で忙しかったりするけどまだ夏なのにもうこんなに忙しいなんて……夏は私的にはバケーションの季節なのに! 海とか行きたい! 南の島とか! ネメス島はさすがに嫌だけど! 

 ただどっちにしろ今年は無理だ。何しろ先生というのは忙しい。生徒たちをちゃんと見てないといけないしね。授業内容を考えるのも結構大変だ。生徒たちが成長を見せてくれるからやりがいはあるし、まだ一月も経ってないけど生徒が可愛く思えてきたからそんなに苦じゃないけどね。それでも仕事としては結構大変。なぜかサラちゃんが事務仕事なんかをサボリ気味だから余計に。よく生徒会長のトワちゃんとか他の人に細かい雑務を任せたりしてる。うーん、こういうところは図太いというかさすがだなぁ。私は仕事はあんまりサボれない。サボると後が怖くなっちゃうし。

 

 ただ今回ばかりは正直サボりたくはなった。なんでこんなに仕事がブッキングするの……? レーグニッツ帝都知事の脅しとか捕まった味方の介錯とかテロリストを捕まえるとかお嬢様のエスコートとかもうなんか……せめて別々の日に頼んでくれないかな!? 私だって忙しいんだよ! 表の仕事も多いしさ! 相変わらずオートクチュールの依頼はやんなきゃだし、支店の方も続々と開店してるから既製服のデザインも考えとかないとだし、クロスベルで開店したアパレルカフェに出す服のデザインも考えないとだし、学生時代の友達が開発してる導力ゲームに案出しをしてるし(音ゲーと格闘ゲームを開発予定)ヴァンテージマスターズっていうカードゲームの開発者とも知り合いになったからそれについても関わってるし、普通に飲食店も開きたいなーとかも考えてるから超やりたいこといっぱいで忙しいんですけど! 表の仕事だけでもこんなにあるのに裏の仕事もやらなきゃならないんだから私って超リア充だよね! もはや笑えてくるけどやりたいことやってるだけだからそっちはいい。体力的には問題ないしね。問題があるとすれば精神的に参る裏の仕事の方だ。

 

 いやどうしようかなぁ……と。正直悩んだ。授業をしたりする中で考えた。フィーちゃんに分け身の特別授業したり、なんかからかい甲斐があって面白いマキアスくんにアドバイスしたり、他のⅦ組の生徒にもそれぞれ色んなことを教えたり接したりしながら思考した。もちろん生徒のことを第一に考えながらね。隙間時間に色々と。

 そしてどういう風にこなしていくかはある程度はまとまった。ということで7月の24日から26日にかけて行われる帝都ヘイムダルでの特別実習における私のタスクを説明していこう。

 

 ──第一に、トールズ士官学院の教官として生徒たちの監督を行う。教師として当然だが、これは正直そんなに心配はいらない。そもそも特別実習は生徒主導で行われるから、私がやることはもしもの時に出張ったり、裏でサポートしたりとかそういう感じ。なので最終日以外はちょこちょこ顔を出すくらいであまりやることはないはず。なのでここは特に悩むこともなかった。

 

 ──なので次のカイエン公から頼まれた《帝国解放戦線》の支援とカール・レーグニッツ帝都知事を脅しつける仕事についてまとめるけど、こっちは正直悩んだよね。脅すって何? どの程度やれば脅すことになるの? 具体的な方法プリーズ。ってな感じで。しかも《帝国解放戦線》が捕まるようなことがあれば処分してこいって言われてるし……正直嫌な仕事だけど今回の結社のスポンサーというか契約相手みたいなものなので蔑ろにはできない。だから真面目にマキアスくんのお父さんにはちょっとばかり怖い目に遭ってもらわないといけないけど……そこはもう割り切るしかない。殺すわけじゃないし、後遺症を残すような怪我を負わせるわけでもないから悪いけどそこはごめんねってことで我慢してもらおう。大丈夫。オズボーンの盟友だよ? 私のことはそんなに知らないとは思うけど信用してほしい。

 

 ──だからそこは問題ないものとして、問題はその依頼とオズボーンが頼んできた信用を得るための帝国解放戦線幹部の捕縛が重なってる部分にある。だって捕まえたらカイエン公の依頼で殺さなきゃいけないし。オズボーンの方は生死は問わないとは言ってたけど、こっちとしては捕まえたら即足切りだ。なので捕まえる場合は暗殺が確定する。

 なのであんまり捕まえたくはないけど……かといって信用を得る方法……オズボーンがそう言うってことは、多分だけどクレア少佐とか、後はオリヴァルト殿下とかが警戒してたりするのかな……? まあ要は、こっちの味方だと強く信頼できるような何かをしろってことだろう。正直《帝国解放戦線》の幹部を捕まえた程度で信用されるかどうかは疑問の余地がある気もするけど……《鉄血宰相》のことだからどうにかなるんだろう。

 

 でも私的には一応あんまり殺したくはないから……まあ殺るならギデオンかヴァルカンだけど……それでもできればクロウくんのために回避したいし、捕まえずに信用を得る方法ってことで《帝国解放戦線》と全力で戦って頑張ってるところを見せる作戦──名付けて《マッチポンプだよ! 全員集合! アーヤちゃんのドキドキ絆大作戦!!》を行うことにする! 作戦の内容はこんな感じだ。

 

 1、頼れる教官のアーヤちゃんは生徒たちを見守りつつ、アリバイを作るために協力者の下に行く。

 

 2、アリバイを作ったアーヤちゃんは姿を隠した上で帝都知事を適当に脅しつける。

 

 3、《帝国解放戦線》のテロ行為を支援する。その際はやはり姿を隠す。

 

 4、今度は教官として《帝国解放戦線》の幹部と全力で戦う。ここで頼れる教官の背中を見せられれば良し! 

 

 5、この一連の事件の際に動くⅦ組の動きを見せるために事前にミュゼちゃんを配置しておく。

 

 6、ミッションコンプリート! 仕事を完璧にこなしたアーヤちゃんは全員からの評価が上がり、持て囃される。さすがはアーヤちゃん! 

 

 ──とまあこんな感じだ。ちょっと雑だけどこれでなんとかなるでしょ。まあ4辺りで幹部の1人を捕まえるはめになるかもしれないけどそれ以外は不安要素もあまりないし、これで行こうと思う。

 

 なので早速──《緋の帝都》ヘイムダルに到着だ! もう何度も来てるけどね! 今回もお仕事! リィンくんにマキアスくんエリオットくんにラウラちゃんにフィーちゃんがいるA班とアリサちゃんエマちゃんユーシスくんガイウスくんのB班がそれぞれの宿泊場所に向かうとのことなので、私とサラちゃんは別々に根回ししたり調べたりとお仕事をします! 具体的には挨拶回りとかね。クレア少佐に小言を言われる前に私はささっと《バルフレイム宮》に入城し、そこで《鉄血宰相》に挨拶する。

 

「それじゃあその……何かあったらよろしくお願いしますね?」

 

「フフ……ああ。好きにするといい。何かあった場合の責任は私が取ろう。その後の影響も含めてな」

 

「おお、さすが閣下! ありがとうございます! では失礼して……よいしょっと」

 

 宰相執務室で挨拶も兼ねた報告を行い、私は閣下から快い返事を頂いたので私は早速動き出す。この時間の私は閣下と共に公的な会談の護衛を行っている──という設定だ。閣下には私のアリバイ作りに協力していただいた。まあそうでもしなきゃ、カール・レーグニッツを脅せなんて仕事は難しい。というのも幾ら正体を隠しているとはいえ襲った時点で私がやったことがバレかねないし……でも閣下の協力があればそこもクリアできる! しかも事前にお伺いを立てることで何かあった際のアフターフォローも付いてくる! さすがは《鉄血宰相》! チート親父! その異名は伊達じゃないぜ! 

 私は閣下に感謝しながらも近くの部屋でささっと着替える。今回は帝国解放戦線の幹部《A》衣装で行こう。前に着てた帝国風舞台衣装に加えてマントで身体を隠す感じでね。仮面もつけてるしシルクハットもあってなんか怪盗みたいな風貌だけど良い感じ! 隠蔽効果もあるし帝国風でもあるからテロリストの仕業に仕立てやすいし。ということで今度は帝都知事の執務室へレッツゴー! 壁を伝って窓からダイナミックステルスエントリーだ! 

 

「……っ!? なんだ……!?」

 

「──《鉄血宰相》の盟友……カール・レーグニッツ。悪いがしばらく寝てもらおうか」

 

 窓から突入し、睡眠薬を使って眠らせる。その際に《鉄血宰相》の名前を出す。こうすれば狙われた意味を理解するだろう。誤認することもない。これで……そうだなぁ……後はなんか適当に荒らし回っとく? 閣下に協力するとこんなことになるよと思わせれば成功なので、普通に金目の物とか貴重そうな物とか取っていこうかな。まあ後で返せばいいしね。これが悪人相手とかだったら身体に適当な傷を付けるとかも考えるんだけどこの人は良い人だしマキアスくんのお父さんだし閣下の盟友でもあるから手荒な真似はしたくない。なので取り返しの付く方法を──って、あれ? なんかレーグニッツさんビクンビクンしてない? あっ、これ睡眠薬じゃなくて……。

 

「──せい!!」

 

「!? ──危なっ!?」

 

 ──とかなんとか考えてたら今度は私が奇襲された!? 帝都知事の執務室……そのドアを開けるなり斬撃を放ってダイナミックエントリーしてきたのでそれを私はなんとか回避する。怖い! 速い! 斬撃の圧がすごい! しかも得物が大剣だ! 怖~……まあ帝国の剣士は大剣使いが多いから当然なんですけどね……まあ《アルゼイド流》とか《ヴァンダール流》が盛んだし……って……。

 

「私が席を離れた一瞬の隙を狙うとは……貴様、ただの刺客ではないな? 何者だ?」

 

「…………さ、さてな。だがその男が狙われた理由……そこから推理すれば想像くらいはつくだろう?」

 

「……貴族派からの刺客か、あるいは噂のテロリストか。だがこの場において貴様の素性はどちらでも構わない。皇帝陛下の御わす《バルフレイム宮》での狼藉……その意味を理解しているのだろうな?」

 

「わからないかな……それと私の用件はもう済んだのでもう帰らせてもらっても?」

 

「──そうは行かん」

 

 そうして私の目の前にいるガタイが良く覇気のある中年男性は得物を構える。その得物は先ほども言ったように大剣だ。帝国では伝統的な……しかも二大流派の1つである《ヴァンダール流》の構えで……。

 

「皇族守護職を担うヴァンダール家の当主にして《ヴァンダール流》総師範──マテウス・ヴァンダール……その剣をとくと味わうがよい!!」

 

 ──その名乗りと共にマテウス・ヴァンダールは私に斬りかかってきた。私はそれをギリギリのところで受け止めながら内心で当然叫ぶ。──うわあああああああああ!!? 《ヴァンダール流》ー!! しかもよりによって《雷神》マテウス・ヴァンダールだー!!? 化け物だー!!? ヴァンダール流の総師範ー!! 帝国最高峰の剣士の1人だー!! その名の通り雷みたいな速さと力強さで大剣をぶんぶん振り回してくるー!!? 死ぬ死ぬ死ぬー!!? 怖いよー!! うわあああああん!! 

 

「我が剣を受け止めるとは……賊にしては剛毅なものだ」

 

 うるさい! なにが剛毅だ! こっちは必死なんですけど! 剣圧だけで絶対傷つくのがわかるから必死にガードしたり躱したりしてるんだよ! 超ギリギリにね! 

 私は無言のまま、それでいて内心で当たり散らかしながらどうするべきかを考える。まず、絶対勝てないので正面からこのままやり合う選択肢はない。そもそも目的はもう達してるし。帝国で五本の指に入る剣士と戦う気なんてない。化け物は化け物同士で争っていてほしいと切に思う。

 なので私的には逃げる一択。だけど普通に逃げようとしても逃がしてくれないだろう。この人パワーが強いだけじゃなく速さもあるし、背中を見せたらバッサリいかれる可能性もある。

 なので……やることは1つ。隙を突いて一当てした後に逃走だ! 搦め手万歳! 私の新戦技を食らえー!! ってことで私は前に授業でも見せた隠密技術の高等テクニックを披露する。

 

「むん!!」

 

 普通の大剣の一振り一振りが致命傷になりそうで怖い! でもその怖さを飲み込んで、私はその場でまずは“分け身”を使う。私の気配だけを消しながら、重ねるようにして。そうして分け身を私がいた場所に残しながら全速力。気配を完全に消して音も出さないようにしながら隠れて相手の背後に移動! 相手は存在感を出す私の分け身を本物だと思って真正面で見据えてる! その間に背後から攻撃だ! 

 名付けて“プレタポルテドゥイユ”!! 真正面にいながら相手の背後に移動して奇襲する戦技だ! ただ気配を消して移動するだけじゃなくて“分け身”を使って偽装もしてるから見抜くのは難しいはず! なんなら“分け身”をそのまま囮にするだけじゃなくて“分け身”と同時に切りつけて挟み撃ちにしたっていい! ……ってあれ? もしかして奇襲成功する? あの《雷神》マテウス・ヴァンダールに? 確かに成功させるために頑張ったけど本当に奇襲が成功するなんて……嘘……私の隠密強すぎ──

 

「ッ……そこか!!」

 

 ──と思ったらギリギリで防がれたー!!? やっぱりダメだったー!! 自信持っちゃってすみませーん!! これからはもっと謙虚に生きますから許してー!! 

 私はギリギリで攻撃を防いできたマテウス・ヴァンダールの強さに戦慄しながら内心で謝る。くそう。やっぱり一度視認されて最大限に警戒している達人相手の奇襲は成功しないか……当たり前なんですけどね! 

 ただそれでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()“分け身”と連携して攻撃する! もうこうなったら奥の手を使うしかないよねと、私はそうして攻撃を与えた後に下がることにした。私が“分け身”を覚えようと思った最初の理由。もっとも有用な使い方。今度はそれを披露する。

 それは、戦闘中に分け身に相手を襲わせた上で──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──逃げるんだよー!! あはは、戦うかと思った? 残念! アーヤちゃんでした! 私は逃げる! 卑怯者と罵られようがどれだけ情けなかろうが逃げるんだ! 強い相手に真正面から戦うわけないだろう! そもそも戦いたくない! だから逃げる! 戦上手より目指すは逃げ上手だ! ──って、うわああああああ!!? 最後にとんでもない斬撃飛んできたー!!? いったあああああ!!? ねえ痛いんだけど!! やっぱり《ヴァンダール流》怖いー! 化け物しかいないのかこの国は! しかもまだこっちを見てる気がするー!! 怖い怖い! 逃げろー!! うわあああああん!! 

 

 

 

 

 

 ──その者は恐るべき刺客だった。

 

 私がヴァンダール家の者として皇族守護役になり、《バルフレイム宮》に出入りするようになって30年近くが経つが、その間に侵入を果たして中にいる要人に手を出されたことは一度もなかった。──だがその刺客はあっさりとそれをやってのける。

 それはカール・レーグニッツ帝都知事との警備についての打ち合わせを行っていた最中のことだった。国内で《帝国解放戦線》なるテロリストの存在が認められたこともあり、明後日の夏至祭初日に行われる帝都庁主催の園遊会。それにアルフィン殿下が出席されるため、その警備を私が務めようと打ち合わせを行った後のことだった。

 私が席を立って部屋を出た直後──室内からカール・レーグニッツ氏の驚愕するような声が響いた。

 室内にレーグニッツ氏以外の人の気配は感じなかった。しかし、それが聞こえた瞬間から微細な存在を感じ取った私は緊急事態だと判断して扉を開けると同時に相手に斬撃を浴びせた。

 しかしそれを察知した刺客は私の剣を防いでみせる。そのことに敵ながら感心したが、戦意が乱されることはない。見れば相手は仮面やマントで姿を隠していた。若い女でその手には私と同じような大剣を持っている。

 

 私は短い問答の後にその刺客と交戦し、互いに得物を合わせたが──そこでも相手の優れた腕前に敵ながら感心させられた。自分のような正道の、《理》に至ったような使い手ではないが、刃を振るうことを躊躇しない《修羅》の如き強さを感じる。完全に至っているわけではないものの、おそらく20代前後でこの域ならば見込みがあると言っていいだろう。その大剣の扱いも悪くはない。本来の得物ではないのか、ほんの僅かな綻びは見えるが、それでも大したものだ。力もかなり強い。これが刺客でなければ《ヴァンダール流》を修めないかと提案していたかもしれない。それだけの素質を感じる。

 

 だがそれでいて、覇気とは無縁の相手だった。こうして正面から戦っているのにも関わらず、強さを感じにくい。気が読みにくい。一定以上の実力を持った者同士の立ち会いはある程度相手の気を読むことで攻撃を察知する。そういった読み合いが行われるものだが、この者はその気が読みにくいため戦うのが難しい相手だ。攻撃の気配を読ませず一撃で致命を狙う暗殺者の戦い。そう、暗殺者としては達人と言っていいだろう。正道ではないが、その技術は恐るべきものであり、同時に称賛されるべきものだと感じる。

 だがそれはあくまで武人としての感想に過ぎない。ヴァンダール家の者として。皇族守護役としてはこの《バルフレイム宮》でレーグニッツ氏を襲撃したその罪を許すつもりはない。

 ゆえにこちらも裂帛の気合いで剣を振るったが──そこで更に刺客は恐るべき戦技を披露した。

 

 私ですら気付くのに苦労を要し、防ぐのが遅れてしまった。前方に自らの分身……伝え聞く“分け身”という戦技を使い、その間に本体が背後に移動して奇襲する──正面から戦いながらも背後からの奇襲を可能とするその絶技に私は寸前で察知して防ぎながらも体勢を崩されてしまった。

 とはいえ実力の方はまだまだ私の方が上と見ていい。確かに《修羅》であり達人でもあるが、まだ片足を踏み入れてるに過ぎない。

 もっともその若さでそこに半歩でも至れるのは《修羅》とはいえ充分なものだろう。それだけに暗殺者であることが惜しいとも言えるが……それは既に言っても詮無きことだ。この刺客は()()()()()()()()()()()()()()()()()。今更正道を歩もうとは思っていないだろう。

 

「……逃げられたか」

 

 “分け身”を囮にして再び窓から飛び出して逃走した刺客に、最後の斬撃をお見舞いするも大して効いている様子はない。どうやら硬さも人並み外れているようだな。気功術の一種か、はたまた別の手段かは分からないが……しかし、こうなると気になってくるものだ。

 あの刺客はテロリストであることを仄めかしていたが……私の推測だとあの刺客は噂に聞く伝説の暗殺者だろう。それがテロリストに雇われたのか、もしくはまた別の狙いがあるのか……正確なところはわからない。

 だが1つ確かなのは、これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()。皇族守護役として《バルフレイム宮》に出入りし、直前までレーグニッツ帝都知事と打ち合わせを行っておきながら賊の襲撃を防ぐことができなかったと《鉄血宰相》殿には指摘されるに違いない。

 無論このことだけで守護役の任が解かれることはないだろうが……しかしこうなると園遊会の警備を私が務めることはできないだろう。《バルフレイム宮》に賊が入ったことで私はより一層の警戒を求められる。ユーゲント陛下をお守りするために夏至祭の最中は陛下の側に控え続けることになるだろう。

 あるいはそれが狙いだとしても、陛下の身が脅かされる可能性が示された以上、私が動くわけにはいかない。私にできるのは園遊会の警備を固めるように進言することぐらいだろう。

 だがもし本当にあの刺客がテロリスト側に雇われた者であるならば、並の者では殿下をお守りすることは敵うまい。出席を取りやめるように進言すべきか──しかし《鉄血宰相》殿はテロリストに屈するようなことはないと述べるであろうことが想像つく。

 私は懸念を感じながらも一先ずは、身体をビクンビクンと跳ねさせて紅潮しており、とても人には見せられない状態のレーグニッツ帝都知事をやってきた彼の部下に任せ、このことを陛下と《鉄血宰相》殿の下へ、自らの足で報告へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ──次の日。

 

「お久しぶりですね、アーヤさん……なぜ泣きべそをかいているんですか?」

 

「聞いてよミュゼちゃん! すごく強い人に斬られたんだよ! めちゃくちゃ痛かったし怖かったんだから!」

 

「それは良かったですね。……となると次の手は……もしかして反対の立場で動くおつもりですか?」

 

「……な、何のことかな? 反対の立場って何? 別にそんなことないけどー?」

 

「なるほど。わかりました。それでは明日はエスコートをお願いしますね。それなりに苦労するかとは思いますが……」

 

「何!? 怖い! 明日は何があるの!? 意味深言葉やめて! どうせなら全部言ってよ!」

 

「アーヤさんが隠していることを全部話してくれるなら教えて差し上げますよ」

 

「な、何も隠してないよ! あ、そうだ! 新しい衣装作ってきたからプレゼントするね!」

 

「ふふ、そうですか。ありがとうございます。さすがは《切り裂き魔》ですね」

 

「それほどでもないよ! ──あっ」

 

 ──特別実習の2日目。私は久し振りにアストライア女学院を訪れ、中等部のミュゼ・イーグレットちゃんに会っていた。相変わらず何も話してないのに色んなことを把握され、しかも暗に苦労することを匂わされながら……くそう……! こうなったらやけくそだー! 明日も頑張るぞー! うおー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あ、因みにカール・レーグニッツに間違って服用させたのは感度をめちゃくちゃ上げる媚薬でした。いやー……前にオジサンに習って薬の調合してる時に偶然できたものなんだけど、その時にちょうど忙しくて瓶がなくて睡眠薬のラベルを貼ったケースに入れてたのを忘れてた。まあこんなこともあるよね。ちょっと()()()()()()()()()()()()()命に別状があったり副作用もない薬だから許してくれるよね? たはは……。




今回はこんなところで。特別実習1日目。初戦は《雷神》でした。帝国で狼藉を働くとボスラッシュが来るぞ! 気をつけろ! ちなみにマキアスくんのタイプは年上のお姉さんらしいです。
次回は今回よりは楽々です。お嬢様をエスコートしたり帝国解放戦線と戦ったりするかもしれない。お楽しみに。

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