──数ヶ月ぶりに対峙することになったアーヤさんは、やはり強かった。
元教団幹部司祭であるヨアヒム・ギュンターが起こした事件において、太陽の砦の最奥で一度は戦い、そして敗れ、その後は一時共闘も行った。
その時から執行者であり伝説の暗殺者でもあるアーヤさんの強さは分かっていた。彼女に対する答えは未だに出ていないが、先日《西ゼムリア通商会議》で会った際には彼女がエレボニアの軍人、情報局の人間となっていて少なくとも今はクロスベルで何かを起こすつもりはないと答えていた。
そしてあれからまた1ヶ月。結社《身喰らう蛇》の使徒に以前出会ったカンパネルラという執行者と共に湿地帯で現れたアーヤさんは、再び俺たちの前に立ち塞がり、何故か現れた幻獣と共闘するでもなく俺たちに襲いかかってきた。
「襲いかかってくるな! うわあああああ!?」
……とはいえ向こうも幻獣に襲いかかられ、《銀》にも狙われていたのでそういう感じではなかったが……それでも向こうは俺たちの背後に常に回って幻獣をけしかけようとしてきている。その行動を見れば彼女が俺たちを害しようとしているのは明白だった。
俺たちも迎え撃つ形で幻獣とアーヤさん。その両方と戦ったが……それで分かったのはアーヤさんの強さが、以前よりも成長していることだ。
俺たちもあれから少しは成長出来たと思っていた。本当に少しずつ、地道かつ僅かなものではあるが少なくともあの頃よりは強くなっているはず。
だから差は僅かだが縮まっていた。その実感はある。実際、あの時のようにあっさりと蹴散らされたりはしていない。
しかし──アーヤさんは腕前を更に上げているように感じた。もしくはあの時も全然本気じゃなかったのか……俺たちの攻撃はいなされ、その上で手加減した攻撃を与えて無力化しようとしているのを感じる。暗殺者にしては容赦を感じるその攻撃。だがそれでも気が抜けるものではない。まるで教え導くような具合の手加減に、俺たちは幻獣をなんとか倒してから困惑した。
「フフ、さすがにアーヤ1人だけじゃ全員無力化するにはちょっぴり手こずるみたいだね」
「そう思うなら手伝ってくれてもいいんだよ!」
「仕方ありませんね」
──だがその疑問を口に出す余裕は与えてくれない。
幻獣を倒してもなお相対するアーヤさんと俺たちの戦いを見てか、結社の第七柱──《鋼》のアリアンロードと呼ばれた人物が中世の馬上槍を構えて加勢する素振りを見せた。
そのことに俺たちは──いや、《銀》が強く警戒を覚え、アーヤさんを一度無視してそちらに意識を割いた。
「あっ、こらこら! だめだめ! アリアンロード様の方に行っちゃ駄目だよ!」
「っ……くっ……!?」
そしてその加勢による隙を突いた形で、アーヤさんが《銀》の胸を切り裂いた。そのことに俺たちは心配して──
「あっ」
「!?」
「……へ?」
「なあっ……!?」
──ぼいん、と。
突如として《銀》の身体に変化が現れたのを俺たちは見た。幸いにもアーヤさんの攻撃は身体を殆ど傷つけておらず、《銀》の服を僅かに切り裂くだけで済んでいたのだが……それでも強い衝撃を受けたせいなのか、《銀》の身体が突如として男性のものから女性のものに変化し、更には切り裂かれた服の胸元から突き出てきたものに、誰もが目を奪われたのだ。
「……あー……えーっと……」
アーヤさんすらも困惑している。何か言葉を選んでいるような感じだ。その《銀》の胸から突き出てきた、女性の特徴的なそれを見て、言葉を迷わせて──
「──そ、そのおっぱいはリーシャちゃん! リーシャちゃんだ! そのおっぱいはリーシャちゃんしかいない! 《
──言葉を選んだ割には直接的すぎる言葉を連呼していた。
だが、言葉を選ばずに言うなら確かにおっぱい……い、いや、女性の胸と言うしかないだろう。それほどに立派なものが《銀》の服の内側から現れたのだから。
ただそれが……アルカンシェルで働く女優のリーシャであることには疑問符が付くが、確かにあの胸はリーシャと言われても納得出来なくもないが……胸だけで判断することは出来ないはずで……。
「……気持ちは分かりますが呆けている場合ではありませんよ」
「っ!? しまっ──」
──そして俺たちがその珍事に動揺している間に《鋼》のアリアンロードは俺たちに槍による高速の一撃をお見舞いし、一瞬で《銀》を含む全員に膝を突かせた。
「戦場では一瞬の油断が勝敗を決します。服が破れたからとそれに気を取られているようでは先が思いやられますね」
「そ──その通りだよ! アリアンロード様の言う通り! おっぱいが出てきたからって戦闘中におっぱいに目を奪われちゃ駄目だよ! おっぱい!」
──その言葉は正論だが、アリアンロードの方はともかく、アーヤさんに言われるのは少し解せない。
だが確かに言う通りであった。幾ら驚いたからといって大きな隙を見せるべきではなかったし……いや、あるいは今のもアーヤさんの隙を作るための戦術だった可能性もある。相手は伝説の暗殺者。そのくらいの芸当は可能だろう。
「なかなかの強さです。ですが“先代”と比べるといまだ迷いがあるようですね」
「ですが先代と比べるとおっぱいはめちゃくちゃでかいようですね」
「《槍の聖女》の真似にしては言葉選びが最低すぎるけど大丈夫?」
……いや、やっぱり天然な可能性の方が高い気がする……いや、でもあれも俺たちを油断させる技巧な可能性も……いや、だがアーヤさんはああいう人物らしいのは俺たちも理解しているし……。
アーヤさんのおかしな言動に迷いが生まれるも、どちらにせよ厄介であることには変わりない。現に俺たちはアーヤさんに振り回されてあっさりとやられてしまっている。
「あ────」
「なっ……!?」
「本当に……リーシャ、さん……?」
──そしてその《銀》の仮面が割れ、本当にその正体がリーシャであることが明らかになる。
「アハハ、こりゃ傑作だ! アーヤの言う通り、本当に《銀》の正体がアルカンシェルの準ヒロイン、リーシャ・マオだったなんてね!」
「ほら、だから言ったでしょ! あのおっぱいはリーシャちゃんしかありえない!」
「──アーヤ。あまりその言葉を連呼しないように」
「す、すみませんアリアンロード様。そうですよね。なら代わりに乳と呼びます」
「……………………まあ、そのくらいなら良いでしょう」
「なんか色々と飲み込んだような気がするけど……とにかく面白いドラマがありそうなのは確かだよね」
「──いやはや。凄い場面に来たみたいだね……」
……そして俺たちが膝を突く中、増援としてワジがアリオスさんに他の遊撃士、ヴェンツェルさんとスコットさんも連れて来てくれた。
「あの者達は……いや、あいつは……!」
「《蛇》の連中か……!」
「《道化師》カンパネルラに《血染の裁縫師》アーヤ・サイード……それに《十三工房》の管理者に《鋼の聖女》か……」
遊撃士たちはやはり《結社》の面々のことを情報としてよく知っているらしく、特にヴェンツェルさんは苦々しい表情をアーヤさんに向けていたが、肝心のアーヤさんは「?」と頭に疑問符を浮かべていた。
そしてこのまま彼らを捕らえるために動くかどうか。更に向こうの加勢として騎士たちが俺たちを取り囲み、劣勢とはなったもののどうやら彼らは目的を既に果たしたようでこの場から転移で去っていった。
「一つ、忠告しておきましょう。此度の『計画』において我らはあくまで脇役にすぎません」
「え……」
「なに……?」
「じきに獣たちが放たれ、この地に混乱が招かれるでしょう。されど、目の前で起きる悲劇に囚われすぎぬよう心得なさい」
「ウフフ……それでは御機嫌よう」
「ハハ、またの再会を楽しみにしててくれたまえ」
「どうもお騒がせしましたー。私が言えた義理じゃないけど……皆気をつけて頑張ってねー……あはは……」
そして彼らはそれぞれ気になる言葉を──特にアリアンロードという人物とアーヤさんは残していった。
正体がバレたリーシャさんはその場から素早く離れていき、俺たちもまだ全てを飲み込むことは出来ずに呆然としていたが……俺たちはすぐに結社の面々が言っていた忠告の意味を理解することになった。
──クロスベル市内から消えた《赤い星座》がマインツ山道を占拠してパトロール中の警備隊が撃破されてしまった。
そうしてオルキスタワーでは彼らについての対策について話し合われる中、俺たちは特務支援課ビルに戻ってキーアが作ってくれた夕食を頂き、今後に備えて今は英気を養うことにした。
しかし……次の日の朝には《赤い星座》の件でケジメをつけるためにランディが書き置きだけを残していなくなっていた。
俺たちはランディの気持ちを汲み取りながらも、だからといって勝手に去ることを認めるわけにはいかないと旧市街や他の場所を調査しつつ、ランディを追いかけることにした。
そうして様々な人からの情報提供を受け……ランディは装備を整えた上でマインツ山道へ向かったことが分かり、俺たちはそれを追って崖下から坑道を通り、マインツ山道に辿り着いた。
そこではちょうどランディが《赤い星座》の部隊と戦闘を行っているところで……俺たちはランディの本当の強さに驚いたが、すぐに現れたシャーリィ・オルランドによってランディが危機に陥った。
それを見て俺たちはシャーリィに奇襲を仕掛けて対処を試みたが……俺たちの練度では敵わず、途中でやってきた警備隊の増援を見て《赤い星座》は引いていった。
そうして仲間を危険に晒させるような判断をするなと怒りを見せたランディに対して、俺も仲間であるランディに言いたいことをぶつけ、エリィにティオ、ワジやノエルと共にランディのことを許して再びランディを仲間として迎え入れた。
しかし再び特務支援課が全員揃い、安心したのも束の間。消えた《赤い星座》がどこにいったのか。
それを推理する中、俺たちは──クロスベル市が燃えていることに気付いた。
《赤い星座》による襲撃──それを察知した俺たちは急いでクロスベル市内に戻り、通信越しのセルゲイ課長の指示に従って湾港区のIBCビルへ向かった。
──だがそこで待っていた《赤い星座》の副団長シグムント・オルランドに容易く蹴散らされ、その上でIBCビルを目の前で爆破されてしまう。
揚陸飛空艇によって空に消えていく《赤い星座》をただ見上げることしか出来ず……俺たちはこの上ない無力感を感じながら特務支援課ビルに戻った。
──だが、無力感を感じたのはそれだけではなく。
「おかしい……中から人の気配がしねぇ……!」
「これは……!?」
「くっ……!」
「ロイドさん!」
俺たちの居場所である特務支援課ビル。そこにいるはずのセルゲイ課長やツァイト、キーア。避難した市民。その気配が感じられないことに嫌な予感を感じ、俺は一目散に突入した。
既に表の玄関の扉は破壊され、中には市民の姿もツァイトやキーアの姿もない。応接スペースに当たるその場所でソファや机が破壊され、何かが爆発したかのような焦げ跡が出来ている。
そんな中に──1人の影が立っていた。
「──はぁーあ……なんでこうなるかなぁ……まあでもしょうがないし、切り替えるしかないね」
その影は俺たちの聞き覚えのある声で、姿で。何やらため息のようなものをついてすぐに明るい声を出してその──倒れている人物を見下ろしていた。
「あ……」
「そんな……」
「てめぇ……!」
「なんてこと……」
「まさかとは思ったけど……」
「──ん? …………あ」
エリィにティオにランディにノエルにワジも。全員が息を呑み、血の気が引く。
床に流れる赤い血の溜まり。その中心にいたのは、1人の人物で、俺たちもよく知る──いや、俺たち特務支援課を率いてくれる頼りになる上司。
──セルゲイ課長だったのだから。
「──えーっと……ごめん。
そしてこの特務支援課ビルを襲った相手……それが彼女──アーヤ・サイードだった。
──こんばんはー。《庭園の主》のアーヤ・サイードです。暗殺者歴はなんだかんだで12年くらい。業界的にはかなりベテランです。大物です。嬉しくないけど。
とはいえ暗殺者だけど実際に暗殺する仕事は少なくなってきてるんだよね。私が強くなって立場もある程度自由が利くようになったからある程度は仕事を選べるし、大物芸人がMCばかりやるようになってネタはやらなくなるみたいな感じで私が実際に暗殺することは少ない。少ないんだけど……普通に物騒な仕事は幾らでもあるし、全くそういう仕事がないわけでもないんだよね。これが。そろそろ色々と計画が大詰めになってきたので貴族連合からはそういう仕事も頼まれたので予定してるし、クロスベルでの黒幕マリアベル・クロイスからも《赤い星座》と一緒にクロスベル市内を襲撃してほしいと頼まれている。
なので私の気分はちょっぴり憂鬱というか、気の乗らない仕事を押し付けられたことで若干テンション下がり気味。リアンヌ様たちと湿地帯に行った時まではまだ良かったんだけどね。幻獣と戦ったり特務支援課やリーシャちゃんと戦っておっぱいぼろんさせた時まではまだ良かった。……まあそれでもリーシャちゃんがこのままリアンヌ様と戦わないなら正体バレがなくなってマズいことになりそう……ってことで焦って《銀》の正体をなんとか特務支援課に教えようとしてちょっとだけ変なことにはなったけど結果オーライだ。手加減してなんとかリーシャちゃんの服だけ切り裂くことにも偶然だけど成功して、アドリブで「あのおっぱいはリーシャちゃんに違いない!」作戦も上手くいって、その場からも上手く逃げられて……思い返してみると別に悪いことはなかった気がする。あそこまでは上手くいってたよね。
ただ……そこからがちょっと問題で。《赤い星座》がマインツ山道を占拠して警備隊を市内からある程度引き剥がしつつ戦力を下げた上で、その後にクロスベル市内を襲撃する。これによってクロスベル市民に危機感を与え、独立に対する民意を賛成の方向に持って行く……というのがディーターやマリアベル、そしてイアン・グリムウッドとかいう弁護士の思惑なわけだけど……いやまあそれだけならまだいいんだけどね。市民に被害が行くのはよくないので襲うのは《黒月》とか警備隊とか警察とか遊撃士とかのその辺りになるみたいだし。一部シャーリィみたいにアルカンシェルを襲ったりもするけど……それについても向こうの方針だから口出し出来ることでもないし……私が出来るとすれば、目的を早期に達成して民間人の犠牲は減らすってことぐらいだ。
なのでとりあえずIBCビルとか《黒月》とかその辺りは《赤い星座》に任せるんだけど……一応警察とか警備隊とか特務支援課は私も良い感じに襲撃しないといけない。なので下手に犠牲が出ないようにするプランを頭の中で考えてたんだけど──
「──フフ、では我々も始めるとしようか」
「──アハハ! いや~さすがは大陸最強クラスの猟兵団なだけはあるね。これは僕たちも負けないように頑張らないとだよね? アーヤ姉さん♡」
「あはは……まあそうだねースポンサーの依頼だからねー」
──と、いうことで……私の隣にはエンペラーとメルキオルがいます……言うまでもなく《庭園》の管理人である2人です……クッソ凶悪な奴らです……はい……。
いやいや、え? なんでこんなところにいるの? って思ったそこのあなた(私)。その疑問は正しい。でもちゃんとした理由があるから困るんだよね、これが。
というのも《庭園》は一応私がボスで独立気味とはいえ一応は結社の関連組織であり、その気になれば私を通じて庭園の構成員を動かすことは出来る。殆どやらないけど。やろうと思えばできる。大事な計画ならその手を借りるのも吝かではないって感じで。
そして今は《幻焔計画》という大事な計画の中であり、私もほんのちょっぴりだけど貴族連合にアリオッチやオランピアちゃんが若干協力に行ったりしてるのと同じで、クロスベルでもディーター家に対して《庭園》は雇われていまして……正確にはマリアベルだけど……なのでここにメルキオルとエンペラーがいることは何もおかしくないというか、契約の範疇というか、普通に依頼を受けてやってきてるので……なので本当に物騒になりそうで嫌だけど、しょうがなくこれは割り切って受け入れるしかない。一応ボスなので手綱を握って動かすしかない。一応この2人も私の言うことは思ったより聞いてくれる気がするし、なんとかなるよね? 私も庭園の主スタイルで顔も隠してるし……まあバレてる人にはバレるとは思うけど……うん、なんとかなると思うことにしよう。
「はぁ……それじゃ行きますかー。とりあえず流れで適当に。でもやりすぎないようにね。殺しも出来るかぎり避けるように」
「僕たちのやることにしては手ぬるいと思うけど姉さんがそう言うなら仕方ないね」
「精々恐怖を与えることに努めるとしよう」
「ほんとお願いねー。それじゃレッツゴー」
よしよし、メルキオルにエンペラーも私の言うことを聞いてくれるね。これなら多分大丈夫だろう。ってことで私は警察署をエンペラーに任せてメルキオルと共に1番不安な特務支援課ビルへと向かう。原作だと襲撃されてなかったような気がするけどね。ディーターが慮ったのかもしれないし、もしくは──
「グルル……!」
「──へぇ? どうやら番犬みたいだね」
「あーそういえばいたね。神狼だっけ。あんまり戦いたくないなぁ」
──そうだった。特務支援課には警察犬として神狼ツァイトがいるんだよね。幻の至宝を見守る聖獣の内の一体だ。うわぁ……めんどい……聖獣って殺せないし、そもそも殺したくないし……あっ、でも殺せないなら好都合なのかな? 何やってもいいってことだし。それならまあ……。
「メルキオル。その子、任せてもいい?」
「あれ、僕がやってもいいの?」
「うん、その子、多分何やっても死なないから本気でやっても大丈夫だと思う。適当に相手して遠ざけといて」
「へぇ……? それは面白そうだね♡ ──それじゃ相手してあげようかなぁ!」
「──!」
と言ってメルキオルは懐から爆弾型の古代遺物を取り出してツァイトに向かって投げる。これなー。かなりめんどいし痛いんだよね。メルキオルって実はボマーというか、ダガー使いなだけじゃなく知能犯でもあるというか、《庭園》だと1番頭良いんじゃないかってくらい頭脳派なんだよね。なのでまあ相手が聖獣でも上手く足止めしてくれるだろう。ツァイトの方もビルに被害が出るのを嫌ってか、メルキオルを引き付けるために別の建物の屋上に行って離れていった。メルキオルもそれを追いかける。
さて、と。私はそれを見送ってから番犬のいなくなった玄関をノックする。これで穏便に済ませられそうだね。
「すみませーん」
こんこん、とノックをして中の反応を確かめる。出てきてくれないかなぁ、と。
でも何も反応がない。なのでもう一度。
「ごめんくださーい」
もう一度。こんこんこん、とノックをして中にいる人の気配を感じ取りながら呼びかける。
……それでも出てこない。無音だ。まあ正確には音も聞こえるけど、自覚的な音は出ていない。なので次は声を大きめに。
「──開けロイド!! クロスベル市警だ!!!」
「──お前たちはクロスベル市警でも何でもねぇだろう!!」
「! あ、やっぱりい──危なっ!?」
今度こそかなりのクソデカボイスで呼びかけたおかげか、玄関のドアが開いた瞬間に、導力式の散弾銃による発砲音が聞こえ、それが私めがけて放たれたのでギリギリのところで躱す。くっそ危ない。相手は……あー、セルゲイ課長かー……そういえばこの人も警察の中ではかなり強いんだっけ……うわぁ、面倒だ……でもこの人がいるなら交渉の余地はあるかも?
「裏手から逃げろ! ここは俺が受け持つ!」
「は、はいっ!!」
「ひぃい~!?」
「女神よ……!」
「うわぁ……これじゃ私が悪役みたいじゃん……別に民間人に何かする気はないんだけどなぁ。っと! だから危ないって!」
「ここに何をしに来た!? 何が目的だ!?」
別の警官に指示を出して民間人を逃がすセルゲイさんはこちらにショットガンを撃ちながらそんなことを問いかけてくる。何が目的かと言われましても……私は依頼を受けて襲撃してるだけだし、依頼主の目的を教えるわけにもいかない。なので申し訳ないけど答えられないんだよね。だから正直に話そう。
「それは教えられないかな。とりあえず適度に襲撃したいんだけど……私も余計なことはしたくないからさ。お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「お願いだと……?」
「うん。私的には依頼が達成出来ればいいから、適度に1階を荒らさせてもらって……後は心苦しいんだけど……あなた辺りに適当に傷ついてもらえばクライアントにも示しが付くと思うんだよね。だから適度に怪我をしてもらってもいい?」
「……………………なるほどな」
遮蔽物に隠れながら私の要求を聞いて何を思っているのか。でも一応話の内容は頭に入れてくれたらしい。まあ頭の良い課長さんなら受けてくれるかも? もしくは全然逃げてくれてもいいんだけどね。私としてはやった姿勢さえ見せれば良いから逃げたなら逃げたで適当に壁に落書きしたりちょっぴり削ったり、冷蔵庫の中の食べ物でもつまみ食いして帰ろう。で、ドアとか窓くらいを壊せばそれでいいかな。私としても特務支援課ビルはあんまり破壊したくないし。
「──ま、考えといてよ。私は別のところ回ってからもう1回くるからさ。好きにしてくれていいよー」
「何だと……!? おい、待て!!」
待たない。私はささっとその場から離れる。私がいなくなれば逃げたり応援を呼ぶことも出来るわけだし、後は好きにしてくれていい。むしろそうしてほしいから一度離れるのだ。
ただその代わりに別の場所はちゃんと破壊しないとね。ってことで警察署の前に到着。
「やってるねー」
「主殿か。そちらはもう終わったのかね?」
「いや、ちょっと猶予を与えてあげてメルキオルに番犬の相手を任せつつ様子を見に来た感じ。こっちの首尾は……問題なさそうだね」
「ああ。《赤い星座》の者共が扉を破壊して手榴弾を投げ込んだところだ。これから我も楽しもうと思っていたところだが……そちらも来るのか?」
「それじゃ付いていくよ。よいしょっと」
「フフ、では共に狂乱の宴を楽しむとしよう──!」
うわぁ、エンペラーテンションたっか……まあこういうイベント好きそうだもんね。私としては全然気乗りしないけど、相手が警官だからまだマシって感じだ。民間人ではない戦える人間ではあるわけだし。軍人とか警察官は本当にギリギリ、ラインを越えないぐらいの相手。猟兵とか犯罪者ではないけど、戦争の際に戦い合わないといけない相手だから可哀想だけどこんなこともある。それでも一応殺さないようにはするけど、傷ついてもらわないといけないし──
「あれ?」
「ほう──機密区画か。さすがの察知能力であるな」
「あ、あはは……それほどでも」
──げっ。適当に物とか破壊してたら地下への階段を見つけてしまった。全然見つける気なかったのに……しまった。これじゃ中にいる人も傷つけないといけない。本当にそんな気はなかったのに……そうはならんやろ! なんで適当にやってるだけなのにより被害が拡大する方向になるんだ! 私の馬鹿!
はぁ……まあでも見つけてしまったものはしょうがない。このまま放置してもエンペラーや《赤い星座》がやりすぎて死者を出してしまうかもしれないし、私が死なないように傷つけよう。よいしょっと。
「なぜここが……!」
「くっ……とにかく応戦しろ! 撃てー!」
さすがに警官だから銃は持ってるし、撃ってくる。怖い! でもこれくらいなら問題なさそう! えいっと。
「っ、あ……!?」
「女神よ……!」
「く、来るなっ──!」
「ごめんねー。しばらく病院のベッドで寝ててねー。後遺症は残らないようにするからねー」
1人ずつ。丁寧に気絶させていく。まあ骨が折れたりちょっと血が出たりはするけど命に別状はないように気をつけてるから多分大丈夫だと思いたい。それよりもエンペラーが重力で押し潰したり、《赤い星座》が普通に手榴弾とか使ったり銃撃ってる方が気になるというか心配だけど……まあ死者0とはいかないだろうなぁ。マインツ山道でも《赤い星座》は警備隊に結構な死者を出してたみたいだし、ウチのエンペラーやメルキオルも一応人死にはなしとは言ってるけどそれで手加減してくれるような人でもない。結果的に死ぬならしょうがないって感じで割と容赦なく蹂躙してるだろう──あっ、フランちゃん。ノエルちゃんの妹だ。一応薬ぶっかけて応急処置しとこう。これで少しは軽傷で済むはず。で、後は適当に壁とか切り裂いてと。
「こんなもんかなー。それじゃ後は任せるね」
「フフ、ああ。我はこのまま警備隊の方を襲撃するとしよう」
「お願いねー。──《赤い星座》の人たちも協力ありがとうございましたー」
「……あ、ああ」
あれ? なんか《赤い星座》の人たちが私を見てなんか怯んでるというか、
……ま、いいか。それよりももう一度特務支援課ビルを確認に行こう。セルゲイ課長もとっくに逃げてるだろうし、逃げてなかったら……うん。見ない振りをしてどっか行こうかな。エンペラーと同じように警備隊の方を襲いに行ってもいいかもしれない。もしくは遊撃士か《黒月》かだけど……遊撃士はアリオスがいる可能性があるし、《黒月》は一応和解してるからなぁ……まあツァオくらいならやってもいいけど……シグムントさんから逃げるくらいだし、もうとっくに離れて身を潜めてそうだし、見つけるのは難しそう──ってことで到着っと。
「ごめんくださーい」
再びの来訪。特務支援課ビル。パート2。こんこんとノックをして確認。
するとやっぱり声は返ってこな──
「あ、姉さん」
「あれ? メルキオル? どうしたの? こんなところで──」
と、私は扉を開けてきたメルキオルを見て、そしてその足元に転がってる人物を見て驚く。そこには──
──メルキオルにやられたと思われる血まみれのセルゲイ課長がいた。
私はそれを見て、驚きながらも不思議なことに冷静に思考を回す。まずは疑問を口にした。
「番犬の方は構成員に任せて足止めしてもらってね。僕はこっちで楽しもうと思ったんだけど、そしたらこのおじさんが1人でいてさ。結構やれそうな相手だったからこっちも楽しめたよ」
「あー……そうなんだ。死んでない?」
「辛うじてまだ生きてるかな? まあ早く治療しないと失血多量で死んじゃうかもしれないけどね」
「ほっ」
私は息をついて安心する。びっくりしたー。
「で、これからどうする? 特務支援課とやらを待ち受けてみるのも面白そうだけど」
「んー、そっちは多分シグムントさんが相手すると思うからメルキオルはエンペラーと一緒に警備隊の方を襲うといいよ」
「アハハ、オッケー♡ 姉さんがそう言うならそうするよ。それに、そっちの方が
「はいはい。なんでもいいから早く行ってきて」
「はーい♡ それじゃまた後でね」
そして何やら可笑しそうだったメルキオルをこの場から離れさせる。ふぅ、危ない危ない。セルゲイさんを治療するところを見られたら何してるのってなっちゃうし、1人になれてよかった。これで治療を……うわぁ、結構バッサリいってる……とりあえず止血……うーん、結構ヤバそう。この場で軽く縫って傷口を塞いじゃおう。ほいほいっと。傷を縫うのは服を縫うよりも簡単。それで止血しつつ……まあ後は導力魔法かな。はい、ティアラルー。よしよし……これでまあ──それでも死ぬ可能性はあるけど、一応猶予は伸ばせた。これで死ぬならしょうがない。後悔はするかもだけど割り切ろう。やれるだけのことはやったしねっと。
「それにしても──はぁーあ……なんでこうなるかなぁ……まあでもしょうがないし、切り替えるしかないね」
「あ……」
「そんな……」
「てめぇ……!」
「なんてこと……」
「まさかとは思ったけど……」
「──ん? …………あ」
──と、私が独り言を漏らした直後。玄関から複数人の人の気配と声。
私はそれに反応して振り返り、あーはいはい。特務支援課ね。と彼らが来ているのを確認して。
……特務支援課?
私は状況を整理する。荒らされて灯りもない特務支援課ビル。血まみれで倒れているセルゲイさん。その血溜まりの中に立つ私。それを見た特務支援課。
──つまり、私がやったと思われる?
…………どうしよ。と、とりあえず何か言わないと……えーっと。
「──えーっと……ごめん。来ちゃった」
「──セルゲイ課長!!」
「待ちやがれ!!」
やっべ。逃げよう。私はそれだけ言ってすぐにセルゲイさんに駆け寄る組と逃げた私を追いかけようとしてきた組が来たのを確認してささっと逃げる。そしてまあ、逃げるのは容易く出来た。向こうからしたらかなりあっさりと。あまりにも簡単に撒かれたのでかなり悔しいだろう。多分シグムントさんに色々とわからされた後だろうし。でもセルゲイ課長は一応生きてるし、フランちゃんとかも応急処置はしといたから頑張って立ち直ってほしい。イリアさんは関わる暇はなかったけど、原作通りなら多分生きてるし、後でお見舞いの品でも送っておこう。
「とりあえずこれでお仕事完了かな」
とりあえずメルキオルとエンペラーにも通信で撤退するように指示を出しておく。
そして適当な建物の屋上に行けば──あ、いた!
「アリアンロード様!」
「……終わったようですね」
「はい! 頑張りました!」
「うん、僕も見てたよ。随分と暴れてたみたいだね」
この騒動を眺めていたリアンヌママとカンパネルラと合流する。一応これも《幻焔計画》の一部。プロセスの一つだからね。確かキーアちゃんに色々と諦めさせることも兼ねてるわけだし。なのでかなり上手くいったと思う。予定外だったけどセルゲイ課長まで病院送りにしちゃったし、精神的ショックはかなりのものの筈だ。すっごく可哀想だし、申し訳ないけど……まあ、今度会ったら優しくしてあげよう。最後には救われるように動いてあげつつ気にかけてハッピーエンド。
「それじゃ僕は一度博士の元に行くけど、アーヤはどうするのかな?」
「私はこのまま帝国かな。色々と仕事が溜まってるからね」
「なら次に会うのは『約束の日』になりそうかな」
「多分そうかな。アリアンロード様もまた会いましょう! それじゃ失礼しますね! カンパネルラもまたねー!」
私は2人に挨拶をしてから謎ワープでその場から消えて移動する。あー忙し忙し。明日の朝にはトールズで授業もしないといけないし、オズボーン宰相にこのことを報告しないといけないし、カイエン公からも戻ってきたら顔を出すように言われてるし、ミュゼちゃんとも会う約束があるし、レーヴェにも博士から受け取った新しい戦術オーブメントを渡して連絡先を交換しないといけない。
でもその前に洗濯とお風呂かな。私も結構血が付いちゃったし。後はお腹空いた。結構動いたし、夜食食べたい。共和国なら屋台のラーメンとか蕎麦とかおでんとか焼き鳥もあるけど帝国なんだよねー。バーとかに入ってビーフシチューでも食べようかな。仕事の後の外食は開放感がすごくて最高だね!
──そうしてその日は帝国に戻った。次の日にはもう授業。可愛い生徒たちのために今日も頑張るぞー! 学院祭も近いからねー! 情勢はかなりヤバくなってるけど、正直もう私のやることはあんまり──
「もうじき我らの大義ある戦いが始まる。そこでアーヤ殿。クロスベルの地で警察や警備隊相手に数百名にも及ぶ負傷者を出してみせた優秀な暗殺者であるそなたにまた仕事を頼みたい。来たる開戦の日に帝都守護を任務とする正規軍の第一機甲師団。その統制を乱すべく、その師団長を暗殺してもらいたいのだ」
「あっ、はーい。よろこんでー」
──と思っていた時期が私にもありました。はぁ……もうじき内戦かぁ……戦争だから仕方ないとはいえ正規の軍人相手の殺しは気が乗らないなー。というか……うわああああああん!! 本当に忙しいよー!! その前にはクロスベルで『約束の日』に立ち会わないといけないし、なんならその前日はトールズの士官学院祭だし! そして内戦が始まったら内戦に参加してたまにクロスベルにも行かないといけない! 激動の時代ダルすぎるー!! 服を仕立てたりトールズで青春だけしてたいよー! うわああああああん!!
今回はここまで。セルゲイ課長は負傷しました。モブを含めると原作よりも負傷者が多い感じです。
次回は打って変わってトールズの学院祭で教師らしく生徒を導きます。そして零の至宝が誕生してアーヤちゃんも結社メンとして頑張ります。次回がそんな感じでその次で内戦勃発で閃の軌跡終了って感じなのでお楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。