TS不幸少女のゼムリア大陸災難記   作:黒岩

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碧の大樹で暗殺する不幸

 ──侮っていたつもりはない。

 

 以前に俺たちは太陽の砦の地下でアーヤさんと戦い、負けている。それも本気じゃない状態のアーヤさんを相手にだ。

 だからこそ油断出来る筈もないし、俺たちはここまで一歩ずつ進んで壁を超えてきた。

 そして誰が立ち塞がろうと超えるつもりで来た。キーアを救うために俺たちは理不尽な現実から逃げずに立ち向かうと決めた。

 だからアーヤさんだろうとアリオスさんだろうと倒す。その覚悟は決まっていた。

 

 ……だが覚悟はしていても、想定以上だった。

 

 ──本気のアーヤさんは。

 

「──また来るぞ! ティオすけ!」

 

「っ……! はいっ!」

 

 碧の大樹内部。白の領域。

 どこまでも果てしなく広がる白い砂漠。そこで戦う俺たちは、対峙するアーヤさんの本気の戦闘。暗殺術とも言える戦闘技術の高さを、まさにその身で思い知っていた。

 一瞬でも隙を見せれば──いや、隙を見せずとも命の危機を常に感じる。

 そして俺やランディのような前衛よりも遥かに身の危険を感じているのは、ティオやエリィのような後衛だろう。

 戦闘開始後。俺たちと激突する──そう見せかけて真っ先に姿を消して背後に移動していたアーヤさんはまずはティオに真っ先に切りかかっていた。

 その判断は冷徹かつ無慈悲なもの。初手の奇襲で俺たちが虚を突かれている隙に、近接攻撃に対処出来ないと見たティオをまず最初に殺しにかかる。その凶悪な判断と一瞬で俺たちの背後に音も気配もなく移動してみせる技術に、あるいはそこでティオはやられてしまっていたかもしれない。

 

「──“崩月輪”!」

 

「っ……! うーわまた防がれちゃったよ! さすがはリーシャちゃんだね!」

 

「アーヤさんこそ……! 以前に戦った時以上の腕前です……!」

 

 ──それをなんとか、辛うじて防ぐことは出来たのは伝説の凶手《銀》……リーシャがいたからだ。

 謂わばアーヤさんと同じ暗殺者。それだけに攻撃の気配が希薄かつ読みづらいアーヤさんの手をリーシャは上手く読み取って防いでくれる。初手のティオへの攻撃も、なんとか気付けたのはリーシャだけだった。

 あるいは1度見れば俺やランディ、ワジでも気づけたのかもしれないが、正面にいながら奇襲を仕掛けるほどの技術は初見では対応が難しく、2度目3度目となっても中々に防ぎづらい。

 ゆえに俺たちは自然と陣形を固めた。中心にエリィとティオ。そしてノエルを置き、その周囲を俺やランディ、ワジやリーシャが囲む陣形。

 アーヤさんの奇襲に対応するにはこうするしかない。ただでさえ、彼女は分け身を使って手数と見るべきところを増やす上、あの《エクス=マキナ》という人形兵器もある。

 

「分け身とは……また厄介な戦技を使ってくるね……!」

 

「人形兵器の攻撃がアーツを阻害してくる! ノエル! お嬢とティオすけを支援してくれ!」

 

「了解しました! “スマートミサイル”! 発射!」

 

 ワジが分け身に対応し、ランディも同じく分け身に対応しながらノエルにティオとエリィを守るように指示を送る。それに従ってノエルは詠唱を中断するような攻撃を行ってくるエクス=マキナにミサイルを放ち、その間にティオとエリィはエニグマを起動して詠唱を開始した。アーヤさんにはどういう訳かアーツの効き目が悪いが、それでも支援としてアーツを使うことで戦闘を優位に進めることは出来る。分け身とエクス=マキナについても対応はなんとか間に合っていた。

 

 ──ただ問題は、本人の方だ。

 

「っ、また……!」

 

「……! 意識を外さないでください! おそらくまた奇襲が来ます!」

 

 攻撃を防いだ隙を突き、俺が肉薄してトンファーによる打撃をお見舞いした直後──それを防いだアーヤさんはすぐに俺から距離を離した。

 その際に放ったアーヤさんの斬撃──それによる砂塵を起こしながら。

 

 ──そう。アーヤさんはこのフィールドすらも利用している。

 

 砂漠での戦闘。一面砂地での戦闘は俺たちもあまり経験がなく、普段よりも機動力が抑えられてしまう。その中でも十分に動けるのはそういった場所でも戦闘経験があると思われるリーシャやランディ。あるいはワジや俺、ノエルがそれよりは劣る程度。エリィやティオも動けなくはないが、体力をより消耗するだろうし、動きにくいので隙も出来やすい。

 そんな中でアーヤさんは明らかに動き慣れていた。中東出身ということもあるのだろう。アーヤさんの動きは砂漠の中でも全く動きが阻害されることはない。

 それどころか、よく見れば足跡すら残っていない。砂の上を踏み込み、高速で移動しながらも痕跡を一切残さない。今まで起こしてきた教団関係者の暗殺事件で証拠を1つも残さなかったその理由の一端を見せつけられている。

 それとここに来る前に会ったあの人から聞いた話とも合致する。

 

『関係あるかどうかは分かりませんが……皆さんは《砂漠の死神(アズライール)》の逸話をご存知ですか?』

 

『《砂漠の死神》ですか?』

 

『……俺はちょっとだけ聞き覚えがあるぜ。昔叔父貴たちが話してた……確か砂漠で人が消えるっつー噂だったっけか?』

 

『ええ。それで合っています』

 

『どういった噂なんですか?』

 

 ──俺たちが情報を、手がかりを集めている時。再び出会った記者のマルセル・ニールセンさんから、俺たちはその噂を詳しく耳にした。

 

『大陸中東部の砂漠で神隠しが起こるという噂です。砂漠を横断する商隊や旅人……それらが砂漠の真ん中で馬車や荷物だけを残して痕跡も残さず消えてしまう。約10年前まで伝わっていた噂です』

 

『それが《砂漠の死神》か……なんとも不思議な噂だね』

 

『えっと、その噂が何か関係が……?』

 

『確証はありませんが……《砂漠の死神》はある滅びた暗殺組織で使われていた符号の1つだという説があります』

 

『滅びた暗殺組織……』

 

『はい。私も名前までは存じ上げないのですが、その暗殺組織もまた10年前に滅びてなくなったと聞きます。その暗殺組織における暗殺者に使われていた符号の中に、《砂漠の死神》もまた存在していても不思議ではない。──かの《切り裂き魔》の伝説が噂されるようになったのはその《砂漠の死神》の噂を聞かなくなってからですからね』

 

『……!』

 

『それは……』

 

『言った通り、これは私の推測に過ぎない。ですが貴方がたの話の通りであればそのアーヤさんはかつて結社に入る以前は別の暗殺組織にいた。痕跡を一切残さない《切り裂き魔》との類似点も多い。その暗殺組織が結社に滅ぼされ、それから軍門に下ったのだとすれば辻褄は合うのではないかと』

 

『なるほどね……確かにありえる話かもしれない』

 

『ああ……推測とはいえ、十分に考えられる線だ』

 

『おいおい……ってこたぁあいつも俺と同じで幼少期は死神って呼ばれてたってのかよ』

 

『子どもの時から暗殺者として活動していた……覚えておく必要がありそうですね』

 

『もちろんそれだけで何が分かるわけでもありませんが、手がかりが得られたのは幸いかと』

 

『ああ──ありがとうございますニールセンさん。おかげでまた一歩前へ進むことが出来そうです』

 

『それはよかった。……《砂漠の死神(アズライール)》……《切り裂き魔(ザ・リッパー)》……どちらにせよ危険な相手であることには違いありませんが、皆さんがそれを乗り越えられるよう陰ながら祈っていますよ』

 

 ──そんなニールセンさんから聞いた話を思い出した。

 

 もちろん確証はないが、砂漠の上でここまで慣れた動きをされるとよりその線が色濃くなってしまう。

 だが今はそのことは関係ない。考えるのは後だ。今重要なのは……アーヤさんを倒すことだ。

 

「っ!? ぐっ……!」

 

「ランディ!」

 

「──“キラーソーイング”」

 

 砂煙が舞う中、不意にランディの腕におそらく糸付きの針が刺さったのだろう。痛みを僅かに声に出したランディが引っ張られて砂塵の中に連れて行かれる。

 砂塵で身を隠しながらその中に相手を引きずり込んで始末する。恐るべき暗殺術に俺は危機を感じてランディを助けに入るためすぐに突っ込んだ。

 だがすぐにその心配は、半分は無用だったことに気付いた。

 

「っっ……っと、マジで危ねぇじゃねぇか……! しかも痛ぇしよ……!」

 

「あ、これも防がれた。さすがランディ兄。やーるぅ」

 

「誰が兄だ誰が! ロイド! すぐにキュリアをくれ! 毒を塗られた!」

 

「っ、ああ!」

 

「私がやるわ! エニグマ起動……!」

 

 砂煙の中でアーヤさんの鋏による斬撃をランディは得物で受け止めていた。だが先程の針で怪我をして、そこに毒を塗られていたのだろう。ランディがキュリアを求めたので俺は薬を取り出そうとするがその前にエリィがキュリアを詠唱し始めたため任せることにする。毒が身体に回る前にキュリアをかければ問題はない。ゆえにランディが仲間を信頼して毒を受けながらも得物を振るってアーヤさんと打ち合ったため、俺もまた横合いから援護に入った。

 

「行くぜロイド!」

 

「ああ!」

 

「「“バーニングレイジ”!!」」

 

 ランディと共にコンビクラフトを放ち、アーヤさんを叩く。その間にエリィはランディにキュリアをかけ終えていた。

 アーヤさんはそれを鋏を2つの刃に分けることで防いでいたが、さすがに左右からの同時攻撃をいつまでも耐えることは叶わない。左の刃を宙へと弾き飛ばす。

 その隙を狙って俺は更に肉薄したが──

 

「よっと」

 

「っ!?」

 

「──ロイド!」

 

 ──右の刃が逆手に横一線で振るわれ、アーヤさんはその勢いのままに回転する。

 俺はその刃を紙一重で躱すことに成功し、追撃を行おうとしたが……そこで待っていたのは()()()()()()()()()()()()()()()ダガーによる突き刺しだった。

 的確に心臓を狙い撃つ一撃。一体どこから取り出したのか。いつの間に別の刃が、虚を突くように現れたことで俺は攻撃する余裕を一瞬でなくして防御を行った。

 

「大丈夫だ……っ!」

 

「えぇ……? これも防ぐとか……勘良すぎない? ドン引きなんですけど……」

 

「生憎とタフさには定評があるんでね……!」

 

「タフさとかそういう問題じゃないと思うけど──なっと!」

 

「チッ……!」

 

 ギリギリのところで身体の前面にトンファーを差し込むことに成功し、アーヤさんのダガーによる突き刺しを防ぐ。後コンマ0.1秒でも遅れていたら刃が身体に刺さっていた。

 そして鍔迫り合いのような形になるが、アーヤさんは長くはその場に留まらない。すぐに距離を離して左手に持っていたダガーを近づいてきていたランディに投げ放って足を止めさせると、宙に弾いた筈の左の鋏がアーヤさんの元に戻って来る。

 おそらく弾かれたのはわざと。囮だったのだろう。チャンスと見て近づいてきた俺を反撃で仕留めるために。

 

それじゃあそろそろ死んでもらおっかな

 

「っ……! ──皆! 回復の用意を!」

 

 ──だが更に嫌な予感を感じ、俺は即座に指示を出す。

 

 アーヤさんの周囲に茶色い塵が漂っている。この領域にある白い砂じゃない。おそらくはアーヤさんが持ち込んだ──なんらかの毒。

 

「念の為に切り刻んであげる! ゆっくりと死んでいってね!」

 

 そして突如発生する砂嵐はその毒と共に混ざり合い、“ゾルフシャマール”を振るってくるアーヤさんと共に死の風となって俺たちに襲いかかる。

 

「“アズライール・シムーン”!!」

 

「っ……! うおおおお!!」

 

「ロイドさん!?」

 

 アーヤさんのクラフト。相手を殺すために放たれる毒の砂嵐と共にアーヤさんが嵐の中で縦横無尽かつ高速で移動して俺たちを切り刻む。風だけでなく炎の導力魔法も使用しているのだろう。喉が焼けるような熱風だ。

 更にはアーヤさんの嵐に紛れて行われる高速の斬撃も放たれる。仮に毒がなくともそれだけでも危険な攻撃になりうるアーヤさんの奥義とも言える戦技。

 

 それに対して俺は──そこに突っ込んでいくことで仲間を毒と斬撃から守ることにした。

 

 やはり、分かっていたことだが手強い。一瞬でも気を抜けないし、こうして無茶をする必要に駆られてしまう。

 だがそれでも俺たちは負けるわけにはいかない。エステルたちとも約束している。キーアを救うためにもここを乗り越えなくてはならない。これまで以上に気力を振り絞って挑む……! アーヤさんという壁を乗り越えるために……やってみせる! うおおおおおお!! “ライジング……サァァァァン”!!! 

 

 

 

 

 

「えっ? Sクラ耐えられた!? なんで死んでないの!? 怖っ! 引く引く! これ耐えるとか人間じゃないよ!」

 

 ──そいつと最初に出会ったのは俺が《赤い星座》にまだいた時だが……明らかにその時よりも遥かに強くなってやがった。

 その戦い方はとにかく上手い。猟兵の十八番を奪うような、それでいて猟兵以上に殺意の高い罠を張ってやがるせいで常に気を張る必要がある。

 

「ちょ、痛いって! 連続攻撃禁止ー! 一時撤退ー!」

 

「また消えやがった……!」

 

 ……速ぇ……! クソッ、化け物かよ……! ただでさえ攻撃が当たらねぇのに当たっても対して効きやしねぇ……! おまけにすぐに気配を消して奇襲してきやがるし、こっちの不意を突くのが抜群に上手い……!

 

「だから危ないっての……!」

 

 例えばそう、こいつの放つ糸付きの針やどこからか取り出す使い捨てのダガーなんかにも注意しとかねぇとならねぇ。

 先ほど放ったダガーが後ろから飛来してくる。放った時点で糸を付けてたんだろうな。ご丁寧に首の後ろを狙ってくる辺りも徹底してやがる。本気で殺しに来る伝説の暗殺者がこれほど厄介だとはな。叔父貴たちが褒めるだけはある。こいつの行う行動の1つ1つが卓越した殺しの技だ。

 それだけにお嬢やティオすけはちゃんと守ってやらねぇとな。2人も動けないわけじゃないが、さすがにこいつと近距離でやり合うには分が悪い。元猟兵で1度でも戦闘経験の多い俺がしっかりしねぇといけねぇ……! 

 だからこそ出し惜しみしてる余裕はねぇな……! 行くぜ、“ベルゼルガー”!! 

 

 

 

 

 

 ──他の聖杯騎士から話だけは聞いてたけどなるほど……これは厄介極まりないね。

 

 結社の執行者No.ⅩⅢ《血染の裁縫師》アーヤ・サイード。

 見た目は可愛い女性だけど《切り裂き魔》なんて物騒な渾名も持ってるし、長年に渡って教会の追跡を躱し続けた実績もある。近年だとケビンがリベールで戦ったと聞いているし、そのちょっと前に別の守護騎士も彼女にしてやられたと聞いてる。

 だからこそ僕もまた警戒してたんだけど……生憎と最初っからバレてたみたいだね。

 

「聖痕使うとかずるいよね! 聖杯騎士ってのはこれだからさ!」

 

「悪いね……! こっちも手加減してる余裕はないんだ……! それに君は初めから気づいていたんだろう……!?」

 

 聖痕を解放しての奇襲。それすらもアーヤは見抜いていた。

 噂じゃ情報収集にも長けていると聞くし、どこからか僕のことを知ったんだろうね。副長からの情報だと帝国方面じゃ帝国軍情報局のエージェントとしても活躍しているそうだし。

 そこにどんな目的があるかは分からないけど、彼女を倒さなければ先へは進めない。

 とはいえ倒しきるのは骨が折れそうだね……! 

 さっきから攻撃を当ててるけど倒れる気配が全然ない。そのくせこっちは向こうの急所を的確に狙ってくる攻撃に対処しなきゃならないんだから。

 そして情報通り、彼女には聖痕を使った攻撃は効き目が悪い。けどかといって全力を出さないわけにはいかないからね。思う存分にやらせてもらうよ。──我が深淵にて煌めく蒼金の刻印よ……! 大いなる腕となりて我が右手に集え……! 

 

 

 

 

 

 ──アーヤさんと知り合ったのはアルカンシェルの舞台に衣装提供を行ってくれた、その仕事関係からだと思っていました。

 

 だけど本当はずっと昔から、その存在のことは聞いていました。

 父曰く──『その齢にして凶手としての在り方が定まっている』……そんな人物だと。

 多くを語らない父が1度だけ零した《血染の裁縫師》の話は私よりも遥かに凶手として優れているという類のもので、私はそれを聞いて父が刃を交えた相手を褒めるのは珍しいと思ったのを覚えています。同時に何か他に言いたげでもありましたけど、結局は口籠る父の姿も珍しさを覚えた──おそらくは父もアーヤさんに何か思うところがあったのでしょう。

 アルカンシェルで会った時のアーヤさんはとても裏に関わる人物とは思えないほどに良い人でしたけど……彼女が《血染の裁縫師》であり《切り裂き魔》の正体だと聞いた時、正直私は恐れていました。

 私の……《銀》の腕前はアーヤさんには敵わない。

 戦う前からそれを感じ取ってしまい、《黒月》の襲撃の際に刃を交えた時もその技術の高さに私は押しきられた。

 ……だけどもう、迷いはありません。

 暗殺者としては私よりも上。だけどこの場で最もアーヤさんの攻撃に慣れているのは私です。

 だから私は率先してロイドさんたちを支援していますが……やはりアーヤさんは手強い。私がまだ知らない攻撃方法も持っています。

 

「赤い蝶……?」

 

「っ! 皆さん避けてください!」

 

「ふふん。綺麗でしょ? ──触れたら死ぬけどね!」

 

 私の視界でアーヤさんが行った技。空中から降りてきた赤い蝶の群れ。

 その幻惑の術に、相手を惑わせるだけじゃない殺意を感じた私はその攻撃を避けるようにと叫び、私もまた刃を振るってその蝶を散らしました。

 

「“血死蝶”!!」

 

「くっ……!」

 

 そしてその赤い蝶は標的に触れた時点で儚く消え去る。

 しかしその蝶に触れると身を蝕む毒に犯される──そのことをなんとか読んだ私は触れないように蝶を散らし、なおかつ触れてしまった誰かのために薬を用意することで備えとしました。

 幸いにも蝶に触れた仲間はいませんでしたが、それでも触れた時のことを思うと恐ろしい。毒の心得は私にも多少はありますが、アーヤさんの使う毒は私の常識を超えてきている。

 だけどそれでも私は負けるわけにはいかない。ここでアーヤさんを止める。《銀》としてだけじゃなく、アルカンシェルのリーシャ・マオとしても。

 

 我が舞は夢幻、去り逝く者への手向け……眠れ、白銀の光に抱かれ……! 縛! 滅! 

 

 

 

 

 

 ──おそらく捕らえた筈のテロリストを人知れず毒で暗殺したのはこの人なんでしょう。

 

「ちょっと強化させてもらうよ! あむっ! パワーアーップ! テンション上がってきたー!」

 

 目の前で飴玉のようなものを食べたアーヤさんが更に禍々しい気配を放ち、より強くなります。おそらくは何らかの強化薬……それを察した私は予想が当たっていたことを半ば確信しました。

 というのもここに来る前に既に予想は皆さんで立てていました。痕跡を残さずに暗殺を行うことが出来る存在。あの場にいながらも姿が見えなかった人物。薬や毒の類に詳しい誰か。

 それに該当するのはあの場でアーヤさんだけだった。そう、私たちは推論を立てました。

 教団事件の際にも──いえ、それ以前にも謎の薬品を扱ってみせていたアーヤさんなら、あるいはそういうことも可能なのではないかと。

 ……ですが残念ながら証拠は1つもなく、私たちは手がかりを得ながらもその犯行をアーヤさんがやったと言い切ることは出来ません。

 だけど万が一のため、対抗策だけは見つける必要があると私たちはウルスラ医科大学に向かい、そこでグノーシスを服用した患者の治療や研究を行っていたセイランド教授から1つだけ、対抗策を得ました。

 それは《黄金の叡智》に使われているとある成分に作用する──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを予め服用しておけば、その成分が使われた毒に対してもほんの少しだけ猶予を得ることが出来ると。セイランド教授も半ばダメ元で成分を解析していたところ、偶然手に入れていたAS薬と黄金の叡智の共通点を運良く見つけ出し、それでもその成分があまりにも意味不明で諦めていたところ、偶然かつ奇跡的に対抗薬を開発することが出来たらしいです。

 ただそれは本当に僅か。数秒もすればあるいは即死か取り返しのつかないことになりかねないもの。

 臨床試験も行えず、理論上はともかく本当に効果があるかどうかも定かではない。更に薬が効くのは48時間以内のみ。それ以降は成分が変異するので効果がなくなるという……そんな不思議な薬でしたが、私たちはセイランド教授を信じてその薬を予め服用してからこの戦いに挑みました。

 そのおかげで私たちはアーヤさんの放った毒を食らっても、すぐにキュリアの薬や導力魔法で解除することでなんとか死なずに済んでいます。

 元々レキュリアなどの導力魔法は毒の程度にもよりますが、すぐにかけないとあまり意味がないと言われています。暗殺者が用いるような凶悪な毒についても本来なら喰らわないのが最善で、喰らったとしてもすぐに解毒しなければ命に関わります。

 なのでそれを数秒とはいえ猶予があるのは私たちにとっては僥倖。おかげでなんとか対抗することが出来ています! 

 ただそれを抜きにしても、手強い難敵であることには変わりありません。毒に関しても少しでも解除が遅れれば死んでしまうことには変わりない。

 ですから長引かせてはならない。不用意に攻撃を食らってしまう前に制圧するため……広域支援攻撃を要請します! 敵集団をロックオン! ファイヤー! 

 

 

 

 

 

 ──常に回復しないと間に合わないわね……! 

 

 アーヤさんとの戦闘において、私の役割ははっきりしていた。常に回復を、レキュリアをかけて毒を食らってしまった味方を回復すること。

 そのために皆に守られながら常にエニグマを起動しているのだけど……ちょ、ちょっとやりすぎじゃないかしら……! あまりにも毒が多すぎて……! 毎秒レキュリアを発動してるのだけど……! 

 攻撃している余裕は全くない。毒が解除され続けていることが不思議なのか、アーヤさんも「え!? もしかして根性で耐えてるの!? こ、怖っ! こうなったら……もっとヤバいのを喰らえー!」とか言ってるけどお願いだからやめてくれる……!? というかティオちゃんにワジくんも手伝いなさいよ! 

 

 

 

 

 

 ──アーヤさんが先程怒りを見せた時、そこからは今までに感じたことのない心の揺らぎを感じました。

 

 ロイドさんが自らの推理を披露している時、私はアーヤさんがどういった反応を見せるのかを注意し続けていました。実際にアーヤさんがどう思っているのか。それだけが私たちには分からなかったからです。

 だからこそアーヤさんに私たちの推理とアーヤさんを止めたいことを伝えたのですが……その時に見せたアーヤさんの感情は、確かに怒りがあって、身震いするような殺意があった。

 それは間違いありません。アーヤさんの言葉に嘘はない。

 

 だけど……なんでしょう。この違和感は。

 

 アーヤさんが怒っていて、その言葉に嘘がない。私にはそう感じる。

 だけどその一方で──僅かにですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 普段のアーヤさん。それに今もその虚ろな感じは全く感じません。

 ですがロイドさんが突きつけたあの一瞬だけは……何か恐ろしく巨大な闇があるような……そんな気がしました。

 もちろん私の勘違いかもしれません。単純に虚をつかれて思考が停止しただけの可能性もありますし、強い怒りと殺気で私が怯えてしまっただけかもしれない。

 それに普段のアーヤさんから考えると私の感応力ですら騙してしまえるのかもしれません。だから確証はない。本当にアーヤさんが言うように何も気にしていないかもしれない。

 

 ですが同じ教団の被害者として、本当に何も気にしてないなんてことがありえるのかと……私はどうしたってそう疑問に思ってしまいます。

 

 ……今はその私の感じたことをロイドさんたちに伝える余裕はありません。

 まずはこの戦いを乗り越えることが先決。最低でもその後……あるいはキーアさんを助け出してから考えるべきことなのかもしれません。

 あるいは知ることも出来ないのかもしれませんが……いずれにせよ、私も全力でやらないといけません。アーヤさんの攻撃を防いで反撃の隙を作るために……エイオンシステム、解放します……! 位相空間にアクセス、絶対障壁を個別展開……“ゼロ・フィールド”! 

 

 

 

 

 

 ──うわああああああああああああん!! もー!! 鬱陶しい──────!! なんで死なないの!? 怖い怖い怖い! まさか根性で耐えてるの!? いやもうほんとドン引きなんですけど……! ロイドくんはさすがにもう死んでもいいはずだよね!? ランディ兄もタフだし攻撃重いしベルゼルガーで容赦なく殴ってくるし痛い痛い! 地味にワジくんも蹴るな! 聖痕使うな! こっちは女の子だぞ! 美少女だぞ! ホストとしての矜持はどこにいったー! 女の子は蹴っちゃいけないって某国民的少年漫画も言ってたぞ! 見習えー! それにノエルちゃんは普通に銃ぷっぱなすのはともかくとしてミサイルとか人に向かって撃つものじゃないでしょうが! 銃弾じゃないと弾けない! 後電磁ネットもやめて! ピリピリするから! リーシャちゃんは相変わらず強すぎ! やっぱ《銀》とかチートだチート! めちゃくちゃ見抜かれるし身体能力高すぎだし普通に殺そうとしてくるし! 後格好やっぱエッチだよ! 良いセンスしてるね! それとティオちゃんも良くないよ! 攻撃無効はズルだよズル! それにエイドロンギアとかも良くないよね! ビーム良くない! どっかの魔法少女じゃないんだからさ! やめて! そしてエリィちゃんは……えっと、大変そうだね? なんかずっとレキュリア詠唱してるけど……いや、レキュリアで私特製の毒を解除出来るのもびっくりなんだけどさ……それよりも大変そう感がすごい……EP大丈夫? なんかバイトでワンオペしてるみたいだね? とりあえず毒5人前追加いい? ──って、ああ!? 分け身が全員やられた! 《エクス=マキナ》も動かない! やばいよやばいよ! 1対7はキツイって! せっかく0.1ミリでクジラとか動けなくする毒持ってきたのになぜか少し耐えられてすぐに回復されちゃう!

 

「いいから全員串刺しになっちゃえ! “ファントムステッチ”!」

 

「っ……防御障壁が……!」

 

 私は大量の針付きの糸を投擲して四方八方から特務支援課を攻撃する。それでティオちゃんのゼロ・フィールドを一旦破壊しながら次の手を考えた。

 もうこうなったらもっとヤバいのを……具体的には無味無臭かつ即死級のBC兵器を使うって手もあるけどそれ使うと私も涙とくしゃみと鼻水が止まらなくなるから嫌なんだよなぁ……どうしよう。出来れば普通にやれればいいんだけど……さっきからギリギリのところまではいけるんだけど辛うじて防がれる。奇襲しても誰かしらがカバーしてくるし、このままじゃジリ貧だなぁ……。

 かといって何か良い方法が思いつくかっていうとそうでもない。私って戦闘の才能はないからね。……いや、それでもまあまあ強いじゃんって思うかもしれないけどそれも今までにずっと鍛えて練習して努力してきたことを出して頑張ってるだけだしね。

 

「よし! 人形兵器と分け身は倒した! 残りはアーヤさん本人だけだ! 一気に決めるぞ!」

 

『おおっ!』

 

 げっ……やばい。数が減ったせいで向こうも攻めっけ出してきた。いやほんとどうしようかな。どうしようもない気もするけどやれるだけやらないと死んじゃうかもしれないし、頑張るしかない! 

 そういえば領域が砂漠なおかげで割と有利というか、向こうが砂漠の戦闘に慣れてないというかそういう地の利はあるんだよね。なんか懐かしくなる。子どもの時から砂漠での殺しは褒められてたから《月光木馬団》時代はよく砂漠とか中東方面での暗殺をよくやらされてた。

 でも見晴らしとかが良いのが時たまネックなんでそういう時に昔は……って、ん? それなら……ああでも普通にやったら無理だし……でもちょっと工夫すれば……あ、行けるかも。よーし、そうと決まれば──えいっ! 

 

「っ……!? 砂を巻き上げて……!」

 

「また目眩ましか……! 気をつけろ!」

 

「周囲を警戒します!」

 

 私は地面にゾルフシャマールを思い切り叩きつけてもう1度砂塵を撒き散らす。そうして向こうの視界を封じた上で、私は再び潜むことにした。

 

 ──ロイドくんたちが警戒して固まっている中、私は砂塵から奇襲を仕掛けてあげる。いつもの“グリムシザー”でちょん切ってあげようかなと。

 

「──そこだっ!!」

 

「っ!?」

 

 すると……おおっ!? まさか見破られた!? びっくり。これでもワンチャン殺れると思ったんだけどな。

 ロイドくんにトンファーで受け止められ、その隙にノエルちゃんが銃撃。ランディ兄とリーシャちゃんが得物を振るい、私を取り押さえてくる。ティオちゃんにエリィちゃん。ワジくんもこっちを見て警戒していた。

 だけどロイドくんたちは取り押さえることに成功していて。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「……さすがは特務支援課だね。まさか私が取り押さえられるなんて……!」

 

「ええ……なんとか、ギリギリでしたが……これであなたは動けません」

 

 トンファーで首元を抑えて私を制圧したロイドくんはそこで勝利を確信──いや、私が戦えなくなったわけじゃないので、そこで降伏するように私に通告してくる。

 

「負けを認めてくれますか?」

 

「……うん。そうだね──」

 

 私はそこで負けたような、諦めたような表情を作る。そうして口元を動かして──

 

「私の負けだよ」

 

 ──なーんて、言うだけ言っておいて、と。

 

「──え……?」

 

「っ……!? ──しまった……!」

 

 ──私はその分け身が消えるのと同時に、砂の中から飛び出す。

 それと同時に真っ先にエリィちゃんに襲いかかった。ゾルフシャマールを握ってエリィちゃんの首を狙う。皆すっごく驚いてた。そりゃそうだよね。まさか砂の下に潜り込んでるなんて思わないだろうし。

 でも昔は本物の砂漠でこういうことも手段の1つとしてやってたからそれに比べたら全然マシ。だって死ぬほど熱いし。そのうち慣れたけど。元々熱いのは耐性がある方なんだよね。

 ……で、まあなんというか……ごめんね? ちょっと後悔しそうな気もするけどこれでエリィちゃん死んじゃうから悲しむし怒ると思うけど、もうこうなったらどうしようもないし、何がなんでも殺してあげるから安心してやり直すといいよ。今回はまあ……こう言うとイキってるみたいで嫌だけど、私をやる気にさせたのが良くなかったってことで。

 でもどうなるんだろ。もしやり直したら私って記憶残ってるのかな? 残っててほしいけどその保証はないんだよね。

 

「──それじゃまた来世でね」

 

「っ……!」

 

 ──まあその時はその時。割り切っていこう。

 私はエリィちゃんのお別れの言葉を放ってゾルフシャマールを振るう。台詞はレティ姉さんリスペクト。ってことでバイバイ──

 

「痛っ!?」

 

 ──と、私がエリィちゃんをやろうとしたその時。横から何かが私の右手に当たってゾルフシャマールを落としてしまう。

 

「じゅ、銃弾……!? え、ノエルちゃんじゃないよね? 一体誰が……」

 

「──……一課の目の前で……殺人を起こせると思うなよ……! アーヤ・サイード……!」

 

 ──私はその銃弾が飛んできた先、砂漠の僅かな丘陵部分に匍匐状態で銃を構えていたインテリメガネの姿を見て唖然とする。ロイドくんたちが「今だ!」と本体の私に攻撃を仕掛けてくる中で、私は内心で叫んだ。

 

 ──だ……ダドリィィィィ──!!? わ、忘れてたー!! そういえばこの人もいたー!? なんかてっきりパーティから外してると思ってたー!! ジャスティス眼鏡ー! ジャスティスパンチする人だー!? ツンデレ眼鏡だー!! 地味に強い人だー!! うわああああああああああん!!? ──あ、負けました。ごめんなさい。ってことで見逃してー! いやー!!?

 

「──な、なるほど……予めダドリーさんを潜ませてたんだね……」

 

「……ええ。あなたがどういった手で仕掛けてくるか読めませんでしたから。ダドリーさんには外から現場を見てここぞという時に手を出してくれるように頼みました」

 

「さすがに見ていて肝が冷えたがな……」

 

「でもなんとかなりました……!」

 

「さすがは一課のエース。判断力はピカイチってわけだ」

 

 ……そんなこんなで私は特務支援課の総攻撃を受けて取り抑えられた。なので今度こそ負けを認めました。悲報、アーヤちゃん逮捕。ひえぇ……見逃してぇ……オジサンに言われて動いてただけなんですぅ……本当は殺す気なんてなくてぇ……いやまあ殺す気だったけどぉ……でもそっちも死ぬような攻撃してきてたんでお互い様ってことでここは1つ……ダメ? ダメかなぁ……はぁ……仕方ないから隙を見て逃げよう……今はとりあえず降参したってことで良い感じに逃げられるような雰囲気にしよう。出来るかどうかは分かんないけどね!

 

「……まあ負けちゃったなら仕方ないね」

 

「……アーヤさん」

 

「とりあえずクロスベルからは一旦撤退しようかな。それで教団関係者についても始末はロイドくんたちに任せるよ」

 

「元より、殺し終わっているから……ですか?」

 

「あー……そういう風に聞こえちゃった? 間違いじゃないけどね」

 

 そうなんだよね。教団の残党に関しては正直もうとっくに分かってる相手はほぼ殺し終わってる。

 まあ後ちょっとだけ残ってるといえば残ってるけど、その人たちは私の近くにいる人だったり、そもそも殺せるのって感じの怖い人だったりするから手を出してないだけ。それ以外はもう9割9分殺し終わってる。

 なのでロイドくんたち特務支援課に任せても問題ない。万が一そういう人が出てきても後はどうにでもしてくれていい。さすがに今から出てくるような教団関係者はよっぽどの小物か、反対によほどの大物かのどっちかだろうし、後者の場合は約束を反故出来る可能性もある。

 なので一旦任せても問題ないという風に言うと、ロイドくんたちは神妙な顔をしていた。なのでこっちから言葉を繋ぐ。

 

「それとごめんねー? なんか意味不明に怒っちゃってさ」

 

「いえ……こちらも無神経でした。それよりも……やっぱりやめるつもりはないんですよね?」

 

「暗殺のこと? うーん……そもそも最近はあんまりやってないんだけどね。ただ、やる時はやるよ。やりたくなくてもやらないといけない時はあるからね」

 

「…………」

 

 あら、黙っちゃった。でもしょうがないよね。確かに私は負けたし、ロイドくんたちの強さも理解したけどそれはそれ。多少は信頼出来るとはいえ、私は私で残念ながらやらなくちゃいけないことがあるし、そこにロイドくんたちは関係ない。

 

「それとも私のこと捕まえる? 出来ればそれは勘弁してほしいけどね」

 

「……いえ、あなたの行ってきた暗殺には証拠がない。犯罪結社に属していることについては、本来なら無視出来ないことですが……幸いにも、あなたはリーシャや《黒月》と同じ……話が分かる人だと思っています」

 

「あ……」

 

 お、なんか良い感じになってる。リーシャちゃんが声を漏らした。……まあでもそっか。よくよく考えたらロイドくんって警察の割にはその辺りに融通が効くというか、結構犯罪組織とか猟兵相手でも協力出来るところはしたりするし、問答無用で捕らえたりはしないよね。

 それは私にとっては都合が良い。とっても助かる。

 

「それにエステルたち……それとレンちゃんからの伝言もあります。──『話がしたい』と。確かに伝えました」

 

「ああ、そういえばそれもあったね。だけど……レンちゃんかぁ。正直なところもう私とは話をしない方がいいと思ってるんだけどなぁ」

 

「あなたはそうでも向こうはそうは思っていません」

 

「出来れば……応じてあげてください」

 

「嬢ちゃん、寂しそうにしてたぜ」

 

「……ま、考えておくよ」

 

 そう言われると普通に心は痛むけど……ただレンちゃんはもう裏とは関わらない方がいいと思うんだよね。

 とはいえ今後もなんだかんだでレンちゃんは関わることになるし……まあ話をするくらいなら……でも忙しいんだよなぁ……手紙でも書こっかな。もし話がしたかったら帝国に来るようにって感じで。家に帰るタイミングを合わせてもいいけど中々難しいんだよね。

 

「それと……最後にもう1つだけ」

 

「ん? 何?」

 

「さっきの話で……あなたが助けを求めていないことは分かりました。俺たち警察は……あなたを救えなかった」

 

「…………」

 

 あーあーまたその話? 今度はダドリーさんが思うところがあるような意味深な無言になってるし。その話は誰も喜ばないからやめたほうが良いんじゃない? 私からのアドバイス。教団関連の話は空気が死ぬし、地雷を踏み抜く可能性も高いから良くないよ、本当にね。

 

「ですが……もし、少しでも()()()()()()()()()()()()──いつでも俺たち特務支援課に言ってください。いつだって駆けつけて……必ず力になりますから

 

「……………………」

 

 ──ロイドくんが力強く、そして頼もしい笑みでこっちを見て告げてくる。

 

 …………なるほどなるほど。助けを求めたくなった時は、ね。いやまあいっぱいあるよ? オジサンの無茶振りが酷いとか馬鹿みたいに強い敵と戦う羽目になった時とかさ。割といつも助けは求めてるっちゃ求めてるし。

 だからそう言ってくれるなら今後は普通に助け求めようかなー。今後もクロスベル方面で色々あるわけだからね。なんなら毎秒手を借りたいっちゃ借りたい気もする。

 ただやっぱりあんまり裏の事情に巻き込むのも申し訳ないし、普通に後ろ暗いこともするからそっちじゃやっぱ頼れないんだよね。うーん、難しい。

 ただ力を証明したロイドくんたちに免じて1つだけ私も譲歩しようかな。迷ってたことではあるけど、それはそれで別にいいしね。

 

「……ふーん、そっか。それじゃこっちからも1つお願い」

 

「……なんですか?」

 

「キーアちゃんのこと。ちゃんと救ってあげてねー」

 

「……! ええ、それは任せてください」

 

「言われずとも、だな」

 

「キーアちゃんは私たちが絶対に救い出します!」

 

 私は転移術を発動させながらそのことをお願いしておく。すると特務支援課の皆はやはりいい笑顔でそれを承諾した。ま、言わなくても特務支援課なら助けるよね。さすがクロスベルの英雄。頼もしいことこの上ない。これならキーアちゃんは大丈夫そうかな。

 

「それじゃあねー。今後もクロスベルは色々と大変だと思うけど……ま、ロイドくんたちならきっと大丈夫でしょ。頑張ってねー」

 

「ええ。アーヤさんも……また会いましょう」

 

「──本当に近いうちに会うことになりそうだからね。そんなわけで次会った時もよろしくー! ばいばーい!」

 

 別れの際にちょっぴり意味深なことを告げていなくなるムーブ。軌跡キャラ特有の立ち回りを披露したところで私は自分の領域から脱出した。

 とはいえそこはまだ碧の大樹内ではある。一応まだやることがあるからね。あえてここにやってきたんだけど……。

 

「はぁー……疲れたぁぁ……」

 

 私は一息──いや、深い深いため息と共に伸びをする。

 本当に疲れた。久し振りにちゃんと戦ったし、なんだかんだ殺す気でやってたのもあって精神的に疲労した気がする。

 でも言ったようにやることがあるんだよねー……具体的にはまず、シャーリィちゃんとか拾わないといけない。結社に入るみたいだからね。事が終わったら一緒に帰る予定なのだ。ついでにヴァルドとかも拾って適当な場所に捨てていってもいい。シグムントさんとかは……まあ勝手に起き上がるだろうしどうにでもなる気がする。なので一々見に行かずに放置だ。

 私も少し休憩してから最奥に向かおう。マリアベルも迎えに行かないといけないからね。

 

 ──え? なんで自分で転移出来るはずのマリアベルを迎えに行くのかって? そりゃあ……

 殺そうと思ってるからだけど? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()()()

 

「っっ……!?」

 

「ベルっ!?」

 

「アーヤ、さん……」

 

 ──私は全てが終わった後の最奥。ロイドくんたちがキーアちゃんを救い出した後でマリアベルに刃を突き立てようとして……()()()()()()()()()()()

 

 具体的にはマリアベルが「《身喰らう蛇》の盟主どのに欠けた使徒の代わりを務めるよう望まれていたので」とか言った直後くらいかな。私が背後から現れて「──生きて帰れたならね」とゾルフシャマールを持って完全な奇襲のタイミングでマリアベルを暗殺しようとする。

 教団の関係者──クロイス家における現代のトップ。

 今はまだ結社の使徒じゃない。上司でも味方でもなんでもない。

 激戦の後で消耗してる。疲れてる。隙だらけ。

 だから殺せるし、この人くらいは殺しておかないと終わらないかなーと、そう思ってたんだけど。

 

「──なーんて、ね。やらないよ」

 

「っ……どういう、つもりですの……?」

 

「? 何が?」

 

「今……あなたはわたくしを完全に殺すつもりでしたわ。奇襲も完璧……抵抗する力もわたくしにはない……まさに絶好のタイミングだった筈。それなのに刃を止めたのはどうしてですの?」

 

 首元に刃を当てられ、僅かに汗ばんだマリアベルがそんなことを聞いてくるけど、私は普通に刃を引っ込める。さすがに不思議に思ってるみたいだね。まあこんなことしたら当然だけど、一応教えてあげよう。

 

「あーごめんね? 脅かしちゃって。本当は殺すつもりだったんだけど、ロイドくんたちのお願いでさ。あんまり殺してほしくなさそうだったからこれだけはやめとこうと思って」

 

「……なら、何故殺すフリを? 殺すつもりがなくなったなら態々そうする必要も……」

 

「そうなんだけどね。()()()()()本気で殺すつもりだったから」

 

「ッ……」

 

 あれ? もしかして怖がってる? マリアベルのことだから涼しい顔で受け止めてくれると思ったんだけど……。

 でもまあ普通は怖がるか。いやごめん。これは私の方がおかしかったね。ごめんね? ちょっと試そうと思って柄にもなく脅しちゃったよ。めんごめんご。ちゃんと説明してあげるから許して。

 

「本気で殺したいって思ったら殺すつもりだったけど、そうでもないなら別にいっかなって思ってね」

 

「それは……」

 

「アーヤさん……」

 

「それにどうやらロイドくんは私がマリアベルを襲うんじゃないかって最初から気づいて警戒してたみたいだしね」

 

「そうだったんですか?」

 

「……ああ。確証はなかったが、もしかしたらと思って警戒はしてた。でも反応して防ぐことまでは出来なかったけど……」

 

「いや、気付いただけでも十分だと思うよ? 距離も離れてたし、激戦の後で疲れてもいただろうしね。これが万全の状態ならもしかしたら本当に防がれてたかも……って思ったから殺すのはやめようってね。殺したい欲も()()()()()()それほどでもなかったし」

 

 ロイドくんは私の狙いにどうやら気づいてた。さすがの推理力。それにプラスで私自身がマリアベルを殺したいかどうか、実際にやろうとして確かめてみたけど思ったよりもそうでなかったし、殺しても殺さなくてもどっちでもいいしどうでもいいかなって思ったんでやめといた。

 それが私がこの場に現れてマリアベルを暗殺未遂してしまった理由だ。

 そしてこうしてやめた時点で、私は後悔する。……はぁ、やっちゃった……必要なことだったとはいえマリアベルを殺害未遂なんて……う、恨まれたらどうしよう……? 錬金術の実験台にされちゃうかも……ひぇぇ……怖い……恨まれないようにおどけて誤魔化そう。そして謝ろう。

 

「あはは……ってことでドッキリでしたー! ま、マリアベルごめんねー? いやほんと、殺すつもりはなかったんだよ? あったけど……あ、でも多分殺すことはないだろうなーって思ってたから! これも結社流の歓迎会ってことで! これからは使徒と執行者同士! 仲良くやろうね! これからもズッ友だよ!」

 

「ふ……ふふ……そうですか……」

 

 お? な、なんとかなったかな? マリアベルもぎこちないけど笑ってくれてる。許してくれたっぽい。よかったー! マリアベル思ったより良い人じゃん! 刺さなくて良かったー! ゾルフシャマールに私でも全身の痒みがしばらく止まらなくなる常人が食らったら全身が激痛と共に腫れ上がって呼吸が止まって更に色々あってから大体1時間後に意識を失って死ぬASシリーズの毒薬をマシマシに塗りたくってたんだけど刺さなくて良かったー! そんなのガチモンの悪人以外に食らわすの可哀想だよね。マリアベルの悪人度は50%ちょいぐらいで全然だし、幾らクロイス家といっても教団の所業を指示してたわけじゃないしさ。本当にヤバいのはクロイス家の先祖だよ! マリアベルはやってない! 

 

「……礼を言っておきますわ、ロイドさん。あなたがこの子を……アーヤさんを倒していなかったら私はこの世からいなくなっていたでしょうから」

 

「だ、だからごめんって! もう今後はやる気もないからさ! そもそも私って上司にあんまり逆らわない執行者として有名だし! また服作ってあげるから許してよ! ね? ね?」

 

「ではまた。大陸がこうなってしまった以上、いずれまた会う機会もあるでしょう。それまでの間、遠くの地よりしかと見せていただきますわ。あなた方の悪あがきをね」

 

「……ベル…………」

 

 おお……マリアベルとエリィちゃんの複雑な友情を感じさせるシーンだ。こうして改めて見るとやっぱりちゃんと親友同士だったんだよね。そういう部分でも意外と可愛げがある。悪人度ではやっぱ教団の幹部司祭とか面白エロ教授には敵わないね。

 

「それとお父様ですけど、極刑は勘弁してあげて頂戴。クロスベルの立て直しに少しは役に立つでしょうから」

 

 あ、そういえばいたね。ディーター。あの人は……ただの正義マンだからなー。別に殺すつもりも全然ないし、なんなら割と良い人だと思ってる。

 

「アーヤ。あなたも、お父様を殺すのだけは勘弁してちょうだい」

 

「え? そんなつもり最初からないよ? やだなぁ、ディーターさんを殺すわけないじゃん」

 

「……そう。ならその言葉が本当であることを祈るしかないわね」

 

 いやだから本当だって。なんで疑うの? 殺人鬼じゃないんだからそんなバンバン無差別に殺さないって。やるのはしょうがない時だけだって。アーヤちゃんのプロフェッショナル。殺しの流儀を見て覚えてほしい。前にも言ったように一応自分の中の条件はちゃんとあるんだからさ。

 

「それでは皆さん──ご機嫌よう」

 

「あ、もう行く? それじゃまたねー。キーアちゃんも救ってもらって良かったね! また一緒に遊ぼうね! ばいばーい!」

 

 ──ということでマリアベルが転移でさっさと去っていったので私もそれを追いかけるように転移で退散。

 結社の専用小型飛空艇とか《赤い星座》の揚陸飛行挺のある場所へと移動。

 

「あ、お帰りー。ベルお嬢さんにアーヤ姉──って、ベルお嬢さんどうしたの?」

 

「なんでもありませんわ。それより……これからすぐにグロリアスとやらと合流しますわよ」

 

「あー結社の使徒やら盟主さんに挨拶するんだっけ。それじゃパパ、シャーリィ行って来るね!」

 

「ああ。失礼のないようにな。──ガレス、付いて行ってやれ」

 

「はっ。お供します、シャーリィ様」

 

「えー……ま、いっか。それじゃアーヤ姉にベルお嬢さんも早く行こ!」

 

「いいよー。せっかくだし帝国で流行ってるカードゲームでもする? お弁当でも食べながらさ。マリアベルもどう?」

 

「わたくしは少し疲れましたから盟主さんに挨拶するまでに体力の回復に専念させていただきますわ」

 

「? オッケー。お疲れ様ー」

 

 そして碧の大樹が消える間際。飛空艇を飛ばす前にシャーリィちゃんが一緒に付いてくるというので挨拶。シグムントさんが相変わらずでっかくてムキムキで怖いけど、シャーリィちゃんと一緒にいる時って案外父親の顔してるから最近は慣れてきた。シャーリィちゃんも物騒な感性はしてるけど性格自体は良い子だと思う。結社だと珍しくもないからすっかり仲良しだ。なのでこれから休憩がてら少しだけ一緒に遊ぼうと思う。

 

「……アーヤ姉。ベルお嬢さんに何したの?」

 

「え?」

 

「恐怖していたな。とはいえさすがに耐えてはいたが」

 

 ……と、そうして飛行艇に乗り込もうとしたらシャーリィちゃんとシグムントさんにそんなことを言われた。え、そうなの? マジか……そんなに怖かった? もしかしてマリアベルって思ったよりメンタル弱いのかな? まあでも私が悪いんだけどね。また今度プレゼントして仲直りしよう。ケーキとかどうかな。後は簡単だけど後でクッキーでも差し入れてあげよう。ちゃんと私が手作りしたやつね。

 

「な、なんでもないよ。それよりそろそろ行かないと! ほら、碧の大樹崩れちゃう!」

 

「うわっ、ホントだ! それじゃパパ、またね!」

 

「ああ、気を付けてな。それとアーヤ。今後時間がある時に訪ねに来るといい。おまえがその気なら鍛えてやろう」

 

「あ、あはは……その時はよろしくお願いします。それではまたー」

 

 そうして若干の苦笑いをしながらシグムントさんとも手を振って別れる。なんならグロリアスに付いてくればいいのにと思ったけどまた仕事があるらしい。一流の猟兵はやっぱ忙しいんだね。

 ただシャーリィちゃんと一緒に《赤い星座》の連隊が付いてきたのは結社的には良い戦力が手に入ったよね。あくまでシャーリィちゃんの部下ってだけで結社の傘下に入ったわけではないけどさ。それでも《赤い星座》と繋がりが持ててるのは強いよねーって思う。私は使徒でもなんでもないからどうでもいいんだけどさ。

 

 ──まあとにかくこれで碧の軌跡は終了だ。クロスベルで起こったキーアちゃん、零の至宝絡みの事件も解決。めでたしめでたし。

 ただこれからまたクロスベルは苦難が続くんだけどね。クロスベル可哀想……立地が終わってるばっかりに……。

 でもそれはまた特務支援課が解決してくれると信じよう。なんだかんだ特務支援課の強さも分かったしね。

 

 ってことでお仕事完了ー! そして年末だー! お休みだー! 年越しそば食べながら服でも仕立ててゆっくりするぞー! わーい! 

 

『某は緋色の皇、千の武具を持ちて天冥の狭間を統べる者なり──焔の護り手が末裔、今より御身に言祝ぎの唄を贈らん──!』

 

「“愚帝”に打ち砕かれし祖先の大望、今こそ叶えてみせよう──!」

 

 ──と思うじゃん? 次の日には帝都ヘイムダルのバルフレイム宮に移動してヴィータ姉さんの唄とカイエン公の野心に満ちた宣言を聞いて《煌魔城》の顕現と《紅き終焉の魔王》の復活──は厳密にはまだしてないけど──その目覚めを貴族連合協力者の皆さんと見届けた。

 

 それが12月31日。年末だ。昨日の今日。そして七耀暦1204年の最後の日。

 

 ──ってことで今日は内戦が終結する日! Ⅶ組の皆がここにやって来ます! 私はマクバーンと一緒に迎え撃ちます! つまり、私にも休みはありません!! うわあああああああああああああん!! 疲れたんもおおおおおおおおおおお!!




今回はここまで。碧の軌跡編終了です。というわけでMVPかつ最多再走回数を獲得したのはアーヤちゃん対策の対抗薬を作る部分。つまりセイランド教授です。AS薬を手に入れて黄金の叡智との共通点を発見して奇跡的に極僅かな時間かつすぐに変異して使えなくなるとはいえ対抗薬を開発したレミフェリアの英雄、セイランド教授に敬礼。キーアちゃん、お疲れ様でした。因みに失敗ルートだと特務支援課が全滅するか、マリアベルが死にます。毒対策しないと何百回と死ねるポイントがあります。対抗薬を作らず猶予を伸ばさない場合は毒の回復が追っつかず死にまくるほぼ無理ゲーと化すのでクリアは諦めてください。本気アーヤちゃんはオジサン以上にガンガン毒をばらまくので回復が間に合いません。更に補足するとBC兵器完全解禁ルートもあるけどそっちはクリア不可能なので諦めてください。対抗薬で防げるのは戦闘中のクラフトで使うタイプの毒とかBC兵器だけです。

そして次回はマクバーン&アーヤちゃんがⅦ組と対決です。炎上不可避。閃の軌跡Ⅱ編も残り2、3話くらいかな。お楽しみに。

クラフト説明もどうぞ。
アズライール・シムーン Sクラフト CP100以上 アーヤちゃん手製の毒(胡椒に似た毒の塵)を周囲に漂わせ、それによる高温度の砂嵐を発生させ相手にぶつけ、砂嵐と共にアーヤが縦横無尽に移動して相手を切り刻み、最後は鋏で一刀両断する技。 物理攻撃 威力SS 範囲:指定・大円 即死・凶毒・火傷100% ランダム状態異常&ランダム能力ダウン大
血死蝶:CP60 魔法攻撃 威力B 範囲:全体 即死・幻惑80% 4ターン全能力ダウン大 誰かから教えてもらった幻惑の技。アーヤちゃん印の毒で出来てる血の蝶を飛ばす。
ファントムステッチ:CP50 物理攻撃 威力A 範囲:指定・範囲円L 3ターンDFE・SPDダウン大 月光木馬団や庭園で教わる技術から編み出した技。大量の針を糸で操って四方八方から攻撃する。


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