ネロですが、なにか?   作:グランドマスター

4 / 8
 
『2 ネロ・クロウ』でのラケット=林康太の特典スキルを修正しました。
「五感強化LV1」→「刹那の見切りLV1」。「富天LV1」→「持久LV1」。

筆者の話:
『断章 霧に隠匿われし産声』という『2 ネロ・クロウ』の補足となる話を投稿しました。興味ある方は是非読んでみてください。時系列のズレを当該話において修正いたしました。


3 暴君/旅人/ネコ

 中世ヨーロッパ風世界観の旅といえば馬車ね。

 放浪者が荷馬車に乗って旅に出るの、悪くない絵面じゃない。

 

 というわけてドールの一人を馬車御者にジョブチェンジさせた。

 適当に馬を捕まえて魔術で調教して、馬車を錬金したら出来上がり。

 馬車の見た目は木製だが、ネロの手作りなので並みの自動車よりも頑丈よ。

 

 選ばれた御者はこの世界で一番最初にネロに接触したチンピラ三人組の一人。

 名はロトー・ニマヨール。

 外見はチンピラっぽいのだが、この際贅沢は言えない。

 それにワークウェアを着させたら、割と普通の荷馬車御者にも見える。

 

「これからよろしくねー、ロトー」

「何なりとお申し付けくだせェ、お嬢!」

 

 自律思考による応答も問題なさそう。

 

 怪しまれないよう荷馬車にいろいろな品物を積んでおいた。

 準備万端。これでいつでも出発できる。

 

 レングザンド帝国の首都は、タリア町から遠く離れた北に位置している。

 タリア町は国境に近い町故、首都へ行くのも一苦労。

 途中いくつかの村や町を経過する必要がある。

 

 飛んでいくなら簡単でしょーけど、そんなんじゃつまんないしね。

 旅の風景を存分に楽しみたい。

 

 別れを告げる人もない故、準備ができ次第タリア町を発った。

 森道を通して、半日もかからず中継地点となる村に到達できる。

 夜になる前に村へ入れるはず。

 

 馬車が森道を走る中、ネロは荷台の後ろ側に座って景色を観る。

 緑豊かな森。やはり異世界だけあって、地球にない動植物がちらほら見かける。

 

 地球と環境が似ているから、馬のような類似度の高い種も生息している。

 しかし独自な進化ルートを辿ったか、全く異なる種もある。

 そして目を凝らしめ魂をよく観察すると、動物たちでさえもシステム端子を持っていることが分かってくる。植物は流石に持っていないようが。

 

 それらの情報を隈なく記録し、ネムに転送する。

 相変わらずラグが酷く、そして久遠とは繋がらないまま。ネムからの情報もまだなく、地球側が今どうなっているか全くわからない。

 だからといって焦ることはない。ネロはネロの役割を全うするだけ。

 

「世界を暴く」

 

 ビジョンは曖昧なまま、けれど其処に向かえば、必ず道があると直感する。

 今は愚直に進むしかない。たとえ向かう先は深淵で在れと。

 

 座ると感じずにいられない時たま激しくなる振動。

 整備されてない路面の凸凹さは荷台を通して伝わってくる。決して良くない座り心地。

 次の町に到着したら、荷台にマットレスでも敷こうか。

 

 いろいろ考えているうちに、前方に何者かが道を塞ごうとしていることに気付く。

 というより森に入ってから、常に何者からの視線を感じる。

 どうやら武装したならず者たちが、こちらの馬車を狙っている。

 

 スキルを持つ人間なら、走っている馬車も簡単に止められるでしょ。

 ロトーに指示を出し、野盗たちと衝突する前に馬車を止めた。

 人攫いに続いて野盗って、中々ツイてるね、ネロは。

 

「おメエ、タリアんとこ縄張りのチンピラグループのロトーじゃねエか!?こんなもん乗って、ここで何してんの?」

「どういう風の吹き回しで子取りが馬取りに鞍替えしたんだ?」

 

 意外なことに、野盗の中にロトーの知り合いがいるみたい。

 同じ穴の狢だからよくつるんでるのかなぁ。

 

「お嬢の命令で隣町行くんで、道退いてくんねェか?」

「オジョー?メイレイ?何言ってんだテメェー?」

「訳分からんことを!はっきり吐けやこらー!」

 

 自律思考ができるとはいえ、細かい調整はまだ必要みたい。

 今だとネロに従うという指示を最上位コマンドとして上書きされただけの状態で、命令を行うことに対する理由も必要性も不明瞭なまま、故にボロが出てしまう。

 存在証明(キャラクターシート)に具体的な因果関係を書き込んだほうがいいでしょ。

 

 一触即発のロトーと野盗たちを観察し、黙々と内から回転式拳銃(リボルバー)を取り出す。

 銀白色な銃身と漆黒な銃床を持つその流麗なフォルムはネロの手にピッタリと嵌る。

 

 幾度(いくど)白き王の手に渡るリボルバー、氷神の力を内包し、神銃と化した呪法兵装。

 神の情報をもって、再び無銘祭祀書に記録され、我らの手に舞い戻った。

 これぞ数奇な(えにし)と云おうーー今度はネロが、力を借りる番。

 

 いあ、いたくぁーー

 

 冒涜なる神の名を呼ぶ呪文が内より響く。

 原始的で簡潔な呪文。込める力も必要最小限。

 銃口を空に向け、トリガーを引く。

 

 轟音(バァン)

 

 音に惹かれ、野盗たちの視線が一瞬ネロのほうに集められる。

 けれどすでに、弾は撃たれた。

 

 氷の神威(かむい)を込められた弾丸は、音速(マッハ)を超えたスピードで空を駆ける。

 目標全照準ーー分裂せよ。

 銀白の軌道が途中で急転向し、空中に別れ、流星群かの如く降り注ぐ。

 

 分裂された弾丸は漏れなく、野盗らの喉を打ち貫いた。

 即死はしない。

 氷結の力は貫かれた喉を凍らせ、大動脈は凍結され、失血死は免れる。

 

 とはいえ、放置すると窒息で死ぬでしょ。

 そうなる前に前回と同様、ネロはページを飛ばせる。

 

 ページは魂を飲み込み、彼らの血肉を字祷子(アザトース)に転換する。

 キャラクターシートは作成したが、今回はページ・ドールを作る気はない。

 とりあえず有用そうな人物(キャラクター)は覚えておき、彼らの情報を読み取る。

 

「この辺りに野盗たちの本拠地があるみたいね」

「襲うんっすか、お嬢」

「あんたはここで待機、ネロ一人で行く」

「イエス、マム!」

 

 獲得した情報から本拠地の位置を割り出し、其処へ向かう。

 脳内で瞬時に計算されたルートに沿り、木々を通り抜け、速度を落とさず只管(ひたすら)走る。

 目的地の洞窟(どうくつ)に到着したのは、それから三分も経たない頃。

 

「洞窟とは、もしかしてブレットの親分よりこっちのほうが山賊っぽいかなぁ……」

 

 入り口を守っている門番は二人、障害にもならないのでそのまま突っ込む。

 

「なんだテメェ!」

「子供だと!?」

 

 直ぐに下っ端共に気付かれたが、駆ける足は止めやしない。

 

「命知らずのガキが!」

「テメェぶっ殺してやらー!」

 

 ネロを止めるためだけでなく、命を奪おうと襲い掛かる。

 そんな相手に、手加減などしない。

 傷には傷を、命には命を。

 

 一人には、手に握っているリボルバーから、歩む死の込めた弾丸を食らわせる。

 もう一人も既に照準され、新たに取り出された赤と黒が織り交ぜる自動式拳銃(オートマチック)によって。

 

 いあ、くとぅぐあーー

 

 略式詠唱(りゃくしきえいしょう)雑兵(ぞうひょう)にこれ以上の力はただの浪費(ろうひ)

 

 ()ぜる銃口(じゅうこう)ーー右手が握るオートマチックから、射出された弾丸は目標に命中した瞬間炸裂(さくれつ)し、その肉体を一瞬にして焼き尽くす。

 左手のリボルバーより放たれた魔弾は、物理規則を反した軌道を描くも精確に頭蓋骨(ずがいこつ)を貫き、水分を氷柱と化し内側から対象の脳を潰した。

 命を奪われた野盗(ども)、その残された躰、魂ですらネロ=魔導書に捕食される。

 

 振り返らず、洞窟に突入する。

 物であろうと人であろうと、道を塞ぐであれば排除する。

 最短で最速のルートで、野盗らのボスの居場所に向かって突進する。

 

 炸裂爆音怒号雷鳴衝撃粉砕悲鳴哀号命乞照準鏖殺ーー

 魔術で音を消すことなく、ただ作業のように襲ってくる者たちに向かって発砲し、命を喰らい魂を飲み込み、そして銃声に引き寄せられた者たちに向かってまた発砲して(むさぼ)る。

 循環(ころ)す。循環(ころ)す。循環(ころ)す。循環(ころ)す。循環(ころ)す。循環(ころ)す。循環(ころ)す。

 反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。反復(むさぼ)る。

 

 繰り返す度に圧し掛かるーーネロによって奪われた命の重さ、魂の重さ、罪の重さ。

 徐々(じょじょ)に思い出す。(ちり)も残らず(ほろ)ぼされた無限螺旋、大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代に()ける世界の中心アーカムシティにて、何度も何度も何度も殺戮(さつりく)をヤリ直し、何度も何度も何度も妖都を血の海にした最強にして最悪のアンチクロス。

 ーー暴君ネロ

 

 ちいさいちいさい虫一つ、

 たれが(あわれ)と思おうか。*1

 

 柘榴(ざくろ)が裂けて散らす(あか)い果実の果汁(かじゅう)に充たされ吹き往く血風(けっぷう)の描く奇跡はまるで紅いドレスを纏って(はし)り舞う乙女が()り取る死は血の彩の雨は豊穣に()きつく閃光は喝采に世界を飾る舞台でなお(うた)う柘榴の合唱団輪唱(りんしょう)輪廻柘榴砕け散って裂いて裂いて裂いて紅い華咲いて咲いて咲いて乱れ咲いて水の様に流れ(いかづち)の様に(はし)(ほむら)の様に舐め闇の様に呑み喰らいCRY叫び泣き崩れ乱舞する感動が刹那の時間に(つづ)る唄はーー

 銃声(BANG)銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声……

 総ては泡沫(うたかた)*2

 

 薄暗く湿った洞窟はアーカムの昏い夜を想起させ、血が湧き上がり沸騰する。

 躰の奥底より感じる、魂に刻まれたネロの『過去』。

 今のネロは、嘗てのネロとーー重ね合った。

 

「さあ、ネロと遊んで!!!」

 

 思い出させる。

 ネロこそが、滅ぼすべき()()そのものーー

 

(圧縮詠唱:フングルイ、ムグルウナフ、クトゥグア、フォマルハウト、ンガア・グア、ナフルタグン、イア!クトゥグア!)

 

 咆哮(ゴオォオオ)!!!!!

 

 声の(みなもと)が、当然虐殺される真っ最中の野盗共ではなく、ネロによる銃撃。

 しかし銃撃の標的もまた、反撃すらままならない彼らではなく……

 ネロのーーだ。

 

 いつの間にか、ネロはオートマチックの銃口を自分自身の太陽穴(こめかみ)に当てて発砲した。

 生ける炎の神気を込めた弾丸が(けが)れを払う焔となりて、ネロの脳を綺麗サッパリ消し飛んだ。

 

 ネロは今、脳ではなく、魂で思考している。

 たとえ脳の活動を失えど、魂の活動で補えばいい。

 これこそ魂魄(こんぱく)を魔術文字の基盤とする魔導書(グリモア)分霊(アバター)であるネロの特権。

 

自己命令(セルフオーダー)ーー白血球(はっけっきゅう)プログラム起動。汚染除去。頭部再生。記録修復せよ」

 

 脳が吹き飛ばされたのに、口が正常に動けて、発音も普通にできる。

 喋らずとも命令を出せるが、言霊(ことだま)(つむ)ぐほうが術式の運行を早まらせられる。

 三秒もかかずに、頭部の再生が完了した。

 

 目の修復が完了した瞬間、視界に入ったのは恐怖に染まった野盗共の顔。

 それもそのはず、目の前にいるモノは自分で自分の頭を吹っ飛んで、それでも立ったままで、どう見ても即死のはずなのに喋れて、挙句の果てその頭が自力で直ってしまった。

 こんなことができるのは、もはや人間ではない。

 

「……化け物!」

 

 誰が先にそう呼んだのかは分からない。

 その呼び声は拡散し、人から人へ伝播していく。

 

「化け物だ……」

「化け物!」

「バケモノ!」

「バケモノだぁぁあ!!!」

 

 やがて全員が、ネロを人知を超えた絶望だと認識した瞬間、彼らは反抗の意志すらも失った。

 ただ蹲る者、ただ震える者、武器を捨てた者、逃げようとする者……

 この場に居る誰一人とて恐怖に向き合おうとしない。

 彼らの頭目も含めて。

 

 髑髏(どくろ)で飾り付けられた悪趣味な椅子から滑り落ちた長い髪の男に近寄る。

 ネロはいつの間にか、野盗らのボスがいる部屋に着いたみたい。

 狩りに夢中すぎて気付かなかったのかな。

 

 ネロが頭目の男に近付いても、誰もネロを止めやしない。

 誰もがネロを反抗したところでどうしようもならない存在だと信じ込んでしまった。

 

 抗っても無理。逆らっても無駄。立ち向かったところで、総てが無意味。

 行き詰まりへと追い込ませる出鱈目(でたらめ)事象(じしょう)、人々がこれをーー『理不尽』という。

 

 理不尽を受け入れた人々に、もはや希望はない。

 

 糞尿(ふんにょう)を垂れ流さないだけで上出来というべきか、震えが止まらない頭目を見下ろす。

 目の前の光景に何処か既視感を覚えるが、人攫い親分のブレットにも似たようなことをしたなーと思い出す。ならば此奴(こいつ)も今、脳裏にアラームを鳴らされながら「恐怖耐性」とやらのレベルがあげられていくのでしょ。

 

 別に追加分の実験体も必要なく、ネロはリボルバーを頭目に向けてトリガーを引いた。

 頭を打ちぬかれた頭目の命が呆気なく散り、血肉も魂も、ネロに喰らい尽くされた。

 

 頭目の魂を分析した結果、面白い情報を手に入れた。

 どうやらここに居る野盗団とタリア町の誘拐組織、彼らの後ろにいる者は同一人物らしい。

 正体を隠したが、雰囲気は全くの同じ。

 

 もしこの者が再び親分のブレットに接触しに来たら、探りを入れるか、或いは追跡して正体を明かすかで、更に色んな情報を手に入れられそう。

 ネロの知りたいことと関係しているかどうか分からないが、試してみて損はない。

 この件はブレットに任せて、ネロのほうは予定通りこのまま首都へ向かおう。

 

 野盗とはいえ、監禁されている者とか人質にされている者とかは別に居なく、錬金材料として使えそうなものだけ収納してから洞窟の外へ足を運んだ。

 生き残った野盗もいるが、彼らにはネロを止める勇気などない。

 ネロもこれ以上無駄に命を奪うつもりはなく、ソイツらに目もくれず、洞窟を出た。

 

「危なかったね……」

 

 何が危なかったのかは、考えないようにする。

 振り向かずに、恐らくこれから廃棄されるであろうこの本拠地を後にした。

 

 

 荷馬車に戻り、村へ辿り着いたのは夕方時分(じぶん)

 ごく普通な農村で、あまり特徴のない長閑(のどか)な村。

 強いて言うなら猫は随所に見かけられることが唯一の特徴でしょ。

 

 旅館があるのでそこに一夜泊まることにし、晩御飯の時間は旅館一階の酒場で情報収集。

 因みに怪しまれないよう部屋は二人分、料金は錬金材料のついでに()(さら)った銀貨で支払った。

 

 ネロ一人だと変な人に絡まれるかもしれないので、ロトーも付いて来させた。

 別に食事は必要ないが、全く食べないのも不審がられてしまうので適当に注文した。

 

 食べ物を無造作に口に放り投げながら、酒場にいる人たちの言葉を流し聞きする。

 何処ぞに魔物が現れたとか、貴族さまが何処かへ旅行しに行ったとか、村の綺麗な娘がよそへ嫁いでいったとか、何処の家の息子が騎士になったとか、誰かさんの飼い猫が脱走したとか、この世界でありふれた話題。

 星が崩壊したら、このありふれた光景も消えてしまうのでしょ。

 ネロには関係のないこと……

 

『だからってよ、見捨てたりしたら後味悪ィだろうが』

 

 誰かのセリフが頭を過る。

 此処に居ない誰か、忘れられない誰か。

 横に頭を振り、雑念を払い除ける。

 

「ネロは、ネロの目的ためだけに行動する」

 

 そう、決めたのだから。

 

 

 少々時間が経ち、ネロの分を食べ終えて、酒場から出ることにした。

 これ以上の情報はなさそうという(キーパー)からのお告げを受けたのかも。

 ロトーは酒場に放置する。酒を飲みたそうにしているから。

 

 此処はそこそこ大きな村なので、道路が整備されていて、子供の遊び場もある。

 流石に夜だと子供がみんな家に戻ったが、代わりに彼方此方(あちこち)猫が目に入る。

 

 野良猫が多いのか猫を飼っている家が多いのか、少なくとも村の人たちは猫好きに違いない。

 玄関で猫に食べ物を出している婦人や、道端で猫とじゃれ合っている若者、石台に座り太ももに猫を寝かせている老人も居る。

 猫たちを見ながら、ネロは適当に座り心地良さそうな場所を探して、腰を下ろした。

 

 空を見上げると、日本やアーカムと全く異なった星空が眼前に広がっている。

 地球の衛星は月だけだが、この惑星はざっと見少なくとも三つの衛星を有している。

 今目にしている満天の星々も、都会ではとても見かけないもの。

 

 日が落ちてそう間もないせいか、夜の帳は紫がかっている。

 薄く輝く青い帯が星々を結び、宇宙の遍く総てを繋がっているよう。

 何処か不思議で幻想的な夜天(やてん)のキャンパスから、如何(どう)してか目を離せられない。

 

「お主、星が好きかな?」

 

 誰かの問いかけに、ネロは我に返る。

 振り向くと、そう遠くない場所に座っている老人が、ネロに話しかけているようだ。

 

「えーと、どうでしょーか」

「ふむ、と云うと?」

「んー、ネロも良く分かんないや」

 

 ネロの曖昧な態度が気に障ったか、老人の太ももに(うつぶ)せている猫さんは、「にゃあぁあああ~」と、不機嫌そうな鳴き声をした。

 

(わし)の目には、星が好きのように映るがなぁ」

 

 老人は微笑み、温かい目線でネロを見ている。

 手にした杖で地面を突き、太ももにいた猫さんは軽やかに老人の肩まで登った。

 

 さざ波が揺れ広がり、ベールに覆い隠されるよう、夢と現の境界が移ろい()く。

 そよ風が吹きさし、落ち葉を遠くへ遠くへと運び出す。

 輝く夜風、ネロの目に映る景色は、夢渡(ヴォイジャー)こそ感じ得る標船子(ヒュプノス)の流れ。

 

「複雑に考える必要はない。好むという感情は、案外単純なものだ」

 

 立ち上がった老人は、穏やかな口調で諭すように語る。

 

 何匹の猫は老人の足元へ集め、甘えるように躰を老人の足に擦り付ける。

 それを眺める老人の目は、やはり暖かい。

 

 確かに、老人が見せた様に、好きというのは如何にも単純明快なものでしょう。

 

「ーー『汝の欲するところを為せ』、彼奴(きゃつ)座右(ざゆう)ノ銘だ。この言葉をお主に贈るとしよう」

 

 猫たちを驚かせないよう、老人は緩やかに足を動かせながら、遠くへと去っていった。

 

 果たしてその老人は誰なのか。ネロには知り得ない。

 何故ならこの出会いはただの夢で、現実ではないのだから。

 

 猫の気配が減り、人の気配が増え、まるで童話(メルヘン)から現世(リアル)に戻った気分。

 標船子の潮流(ヒュプノス・ストリーム)が先ほどの様にはっきりと目視できなくなったが、本来それは宇宙空間でこそ鮮明に感じられるもの、例えネロが既にヴォイジャーであっても。

 

 若葉姫色が創り出したゲートが消えても尚、世界に何らかの影響を与えている。

 転生者たちは勿論(もちろん)、地球とこの惑星の間で一時的に構築されたヒュプノス・ストリームが完全には消えておらず、今も部分的に残っている。

 例えゲートの消失と共に繋がりが断たれようと、標船子は地球へ流れようとし、行く先を失うも今後数年間乱されたままだろう。

 

 (さっき)の夢もまた、乱された標船子が(もたら)された影響かもしれない。

 

 夢に猫が現れたのは、ネコ科の生物は睡眠中でなくても標船子を感知でき、そしてこの村は丁度猫がそこそこ多くて、偶々夢に入り込んできた……

 などと、夢について考察したところでどうしょうもないかな。

 

 ネロは結局、現世(うつしよ)で生きていく。

 ヴォイジャーとして星の海に旅立つのは、夢のまた夢。

 

 

 別に祭りがあるわけでもなく、夜の村に娯楽など酒場くらいしかない。

 街の散策を早々に切り上げ、旅館へ戻ることにした。

 

 ロトーは酒場で酔っ払ってテーブルで寝てしまい、ネロが襟を掴んで二回まで引っ張り上げた。

 子供離れの腕力だが、システムのあるこの世界では然程(さほど)珍しくもないはず。

 

 二階に上がったら、適当にロトーを彼の部屋にぶん投げてから自分の部屋に戻る。

 ドアを閉め、結界を張り、灯りをつける。

 ネロは睡眠を取る必要はないので、夜の時間も無駄にできない。

 

 ネロは生まれてからまだ一度たりとも真面(まとも)な戦闘をしたことはない。

 人攫いとも野盗団とも、ネロによる一方的な虐殺で始末が付けた。

 あんなのを戦闘とは言えない。

 

 これから先を備え、先んじて色々と準備したほうがいいでしょ。

 元々魔術師(メイガス)の争いとは即ち蓄えの競い合い。

 ネロは最早魔人(ホラー)の域に踏み入ってしまったけど、基礎は変わらない。

 

 試しにアル・アジフの真似して『クトゥグア』『イタクァ』の専用弾を作ってみる。

 この世界は地球との環境が違う故、採れる材料も異なってしまう。此処の材料で通常弾ができても、神獣弾ともなると勝手が一層違ってくる。

 作れるかどうか全く分からなく、只管試作を進むしかない。

 

「イブン・ガズイの粉薬の製作もかなり手間取るでしょーね」

 

 材料となる二百年以上の墳墓(ふんぼ)の塵と細粒(さいりゅう)の塩は探しやすいほうだが、木蔦(きづた)の葉と不凋花(アマランス)、特に不凋花のほうはこの星で代用となる植物を探すしかない。

 材料混合時には、地球に於ける『土星の日、土星の刻限』を基準に、結界を微調整し対応する環境を人工的に作り出さなければならない。

 やはりこっちも、実験を重ねていく必要があるかも。

 

 イブン・ガズイの粉薬は霊体の敵に対してこそ特効を発揮する。

 将来そういうタイプの敵に出くわすかどうかは予測不能だが、備えあれば患いなし。

 

 そういった魔術アイテムを作らなくても、戦闘中魔力で強引に錬金することも出来なくはないが、材料を集め自分の手で作るほうが最大限の威力を発揮できる。

 そして、自分の手で錬金を行い試行錯誤していく中で、新しいレシピに繋がる可能性もある。

 あくまでも希望的観測、運任せみたいなものだが、無駄にはならないでしょ。

 

 今は手元にある材料だけで作ってみる。ダメだったらまた材料を集めるとしよう。

 材料を探すにも情報が要る。昼間の時も、関連する事柄に聞き耳を立たないと。

 この世界特有の、たとえば魔物の臓物皮膚骨格などを材料にしてみるのも良いかもしれない。

 

 夜が明けるまで、ネロは部屋に(こも)り錬金を(いそ)しんだ。

 

 

【字幕】ライオンの使徒による福音書Ⅴ

 

 人々は神の子を嘲笑った。しかし、神の子は皆の者を外に出し、子供の父母と供の者たちだけを連れて、子供の居る所に入って行かれた。

 ーー『少女よ、さあ起(      Talitha cumi)きなさい』と、子供の手を取りながら言った。

 すると、少女(██)はすぐ起き上がった。

 

 ……【溶暗(フェードアウト)

 

 眠る必要は無いと思ったが、一瞬だけ寝てしまった。油断禁物ね。

 又しても夢を見たみたい。けれど夢の内容はさっぱり忘れた。

 

 魂と躰はまだ少々ズレているのかも。

 ネロは転生により誕生したのではなく、正確には憑依なんだから。

 今の姿も、この躰の遺伝子が本来表現するはずの姿ではなく、ネロの改造によるもの。

 

 借り物の躰は、いずれ返さなければならない。

 そのために胎児の魂を保存している。

 

 これは善ではない。久遠の勝手に過ぎない。当然、ネロも同じ気持ち。

 これはネロと久遠の意地、報いるべき者への行い。

 

 徹夜で製作したものを見る。

 通常弾は当然できたが、神獣弾の試作品は何千回の失敗を経て遂に一発づつできた。

 シミュレーションで神獣形態への転換成功率はやっとのこと95%台超え、実際の物質界で発射された場合どうなるかは追って試さないと。

 

 イブン・ガズイの粉薬に関してはやはり手こずった。

 材料の代用品探しも限定環境の再現もまだまだで、地道に実験を重ねていくつもり。

 

 試作品を収納し、椅子から降りる。

 窓を見やり、外は晴れやか。

 今日はいい天気が続けそうで、今のうちに出発しないと。

 

 部屋を出て、ロトーの部屋に侵入し、頭を叩いて強制的に起こす。

 ドールなのによく寝るね。一応命令には忠実的だが。

 

 ロトーと朝食を取った後、馬車を整備し、今度はマットレスも敷いといた。

 馬のほうも、食事と休憩は良く済ませたみたい。

 これで準備はできた。

 

 朝にも猫たちは村中を闊歩している。村の主は自分たちだと言わんばかりに。

 この猫たちはシステムとの繋がりが薄い。こう見るに、猫たちはMAエネルギーの徴収にも関わらされていないのかも。

 猫に九生ありと云う、ひょっとすると猫は輪廻の輪すら超越した種族かもしれない。余り根拠のない推測だけど。

 

「神様ですら猫贔屓(ひいき)かにゃ」

 

 つまらない冗談を言い、荷台に乗り村を出た。

 行き先は次の町、目的地は相変わらず首都。

 何か面白い情報があったら、途中で新しい目的地を追加することもあるかもしれないが、あまり期待しないでおこう。

 

 ふと振り向くと、村の出入り口に、一匹の猫さんはネロたちを見送っている。

 不思議な威厳を持つ老いた猫さん、まるで猫たちの統率者たる佇まい。

 何処かで出会ったことがあるような感覚が過り、それもただの錯覚かもしれない。

 

 これが何処(いずこ)の地にある古くからの言い伝えーー

 

 猫は神秘、人目が触れぬ存在と交わるものなり。

 猫は古きアエギュプトゥスの魂、メロエとオフィルの忘れられし都の伝承者なり。

 猫はジャングルの王の親族、邪悪で悠久なるアフリカの秘奥を受け継ぐものなり。

 猫はスフィンクスの遠き血縁者、その言葉を識り得るものなり。

 (しか)(なが)らスフィンクスより遥か旧き、忘却されし真実を記憶せしものなり。*3

 

 故に、この地で猫を殺めること禁ずる。

 

 地球でないこの星、この地に棲む人々も、似たような言い伝えに(したが)っているのかもしれない。

 もしも再び、この村に戻る機会が訪れたら、村の伝承でも調べてみよう。

 この旅が終わってからーー

 

「……なーんてね」

 

*1
ーー海若藍平『虫の生命』

*2
ーー鋼屋ジン『機神咆哮デモンベイン』

*3
ーーH・P・ラブクラフト『ウルタールの猫』




用語 字祷子(アザトース)
 初出『斬魔大聖デモンベイン』。
 アザトースはクトゥルフ神話において神々の始祖とされる盲目たる白痴の魔王。暗澹たる玉座にて、呪われたフルートの音色の只中、悠久たる眠りを貪るもの。アザトースが目覚めたら、有りとあらゆる総ての世界が滅ぼされるともいう。
 原作では魔力とも呼ばれる術式を励起させるためのエーテルと説明されたが、のちに森羅万象を構成する素粒子であることが判明された。有りとあらゆる汎ての宇宙がアザトースの泡沫の夢であるため、森羅万象総てがアザトースの一部であり、字祷子によって形作られるのも自明の理。
 本作に於いて、字祷子は本来この宇宙に存在しない粒子である。大十字久遠の誕生により、字祷子の存在が証明され、外宇宙=混沌の庭に存在する力と世界の記憶(アカシック・レコード)に刻まれた。
 因みに字祷子という当て字の元ネタは恐らく『タイタス・クロウ事件簿』。当作品において原子力発電所や核兵器など原子力を行使する為の物がアザトースの化身とされている。

用語 標船子(ヒュプノス)
 初出『斬魔大戦デモンベイン』。
 ヒュプノスはギリシャ神話における眠りの神である。死はヒュプノスによって齎された最後の眠りともいう。クトゥルフ神話におけるヒュプノスは眠りを通して世界の真理を究明しようとする者たちに罰を与え、北冠座より差した赤みのかかった金色の光でその者たちを石像に変える。
 原作における標船子は星と星の間を網目のように流れる粒子、睡眠中の生物とネコ科の生物にしか感知できない。標船子を感じ取り、自らを生体コンパスとして航路を確保する能力者をヴォイジャーと呼ぶ。
 本作に於いて、標船子は元よりこの宇宙に存在する粒子である。前世の暴君ネロは本来ヴォイジャーではなかったが、大十字久遠に転生することでヴォイジャーとしての能力を得た。そして今のネロもまたヴォイジャーとしての力を持っている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。