ネロですが、なにか?   作:グランドマスター

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4 ランバ・ヴィコウの葛藤

 

 期待しなかったら面白い情報来たーーー!

 これが物欲センサーというものか。九郎が教えた雑学もたまに役立つね。

 

 という訳でネロがタリアを発ってから約一週間、ネロたちは帝国首都に着いた傍から大きく方向転換してレングザンド帝国東側にある海沿いの町へ行くことになった。

 同行者はなんとランバ・ヴィコウとリリア・ヴィコウご夫婦、そして丁度一週間前に生まれた彼らが愛の結晶ーーイーノ・ヴィコウ君なのだ!

 まさかのまさかな、ネロと誕生日が同じ日……じゃなかったわ。

 

 よく覚えてなかったけど、たしかネロ生まれた日、路地裏から出ようとしたら原因不明の意識不明状態に陥ってしまったっけ?

 先日猫の町で夢から目覚めるまで、記憶の欠損について思い浮かぶことすらできなかった。

 そして今も、思い出そうとするたびに頭がモヤモヤしてしまう。

 

 記憶欠損の解決策今は置いとくとして、まずはイーノ君の件について。

 まあ言わずもがな、イーノ君も転生者ね。

 ということで(どういうことで?)ちょっとシステム画面を覗いてみようじゃないか。

 

 ポチッとな。

 

『人族 LV1 名前 イ(桜崎)ノ・ヴ( 一成)コウ

 ステータス

 HP:7/7(緑)(詳細)

 MP:41/41(青)(詳細)

 SP:10/10(黄)(詳細)

   :9/9(赤)(詳細)

 平均攻撃能力:6(詳細)

 平均防御能力:5(詳細)

 平均魔法能力:38(詳細)

 平均抵抗能力:34(詳細)

 平均速度能力:5(詳細)

 スキル

 「魔力感知LV3」「魔力操作LV2」「土魔法LV1」「水魔法LV1」「迷宮創造LV1」「n%I=W」

 スキルポイント:94600

 称号

 「ダンジョンビギナー」』

 

 ふむふむ、ラケット君よりはツッコミ所少ないね。

 

 ステータスやスキルの基準を判明した今、これは赤ん坊にしてはステータスやスキル、どの面においても群を抜いたものであることが分かってくる。

 この世界では天才といえるほどのものでしょ。

 転生者の魂はどのような影響を与えるかはまだ分からないが。

 

 イーノ君が転生者とはいえ、少なくとも今のヴィコウ夫妻にとって、イーノ君は彼らが子というだけであり、それ以上でもそれ以下でもないでしょ。

 イーノ君の秘密を知ったらどうなるかは分からないが。

 

 因みになぜ彼らと同行することになったのか、話せば長くなるよー。

 

+

 

 キッカケは一昨日。

 その日、ネロが()()首都にある人気の少ない場所で気分転換していて、其処で()()にも何者かに襲われ絶体絶命な危機の只中にあるヴィコウ夫妻に出くわした。

 襲撃者たちを無力化しヴィコウ夫妻を助け、夫妻から感謝を受けヴィコウ伯爵家にまで招待され、成り行きで夫妻御一行と同行するようになった、とさ。

 

 いやはや、まさか首都に着いた途端伯爵息子夫婦の襲撃事件に巻き込まれてしまうとは、なんという奇遇!なんというアクシデント!(ウェスパシアヌス風)

 奇遇でもアクシデントでもないけどね。

 

 真の起因は四日前、親分のブレットから『元上司が来た』的な連絡をもらったので、ページを繋いだパスを通してブレットの元にジャンプした。

 基地の倉庫に着いた瞬間、ブレットの目で事前にロックオンした全員、ページドールを媒介に構成した結界で囲み、逃さず連絡もさせずに一瞬して気絶させた。

 スキャンした結果、ブレットの元上司に随行した一名からなんと、なーんと!

 脳に埋め込まれたナノチップが発見された!

 

 世界観どうなってるの?

 ネロがいうことじゃないけど。

 

 前にネロが怪しいと思った元上司さんは、ただの変装した用心深そうな裏社会に潜む一般人族で、彼の随行者(ずいこうしゃ)こそが本命。その正体はナノマシンで人族に偽装したエルフでした。

 そうか……科学技術を用いるエルフか……

 まあ邪神を崇拝する生物の中に高い科学力を持つ種族も在るもんねー。驚く程でもないか!

 

 そして気付いてしまった、ナノチップから漂ってきた「邪悪」な匂い。

 ネロは前世、生まれついてからずっと悪の結社に生き、いろんな悪党を見てきた。

 だから悪いヤツと良いヤツの区別は「匂い」で分かる!

 

 こいつはくさーいッ!

 ゲロ以下の匂いがプンプンするわッーーッ!!

 

 具体的に言うとアウグストゥスからナイア成分だけ抜き取って更にドクター・ウェストの抜け毛を異物混入したような匂い。

 能力だけ有り余って小物成分マシマシよ!

 邪悪であることは変わらないが。

 

 というわけで(どういうわけで?)ナノチップにハッキングした。

 

 地球より何百年も進んだサイバーセキュリティ対策技術を導入しているようなので、裏技=魔術まで使ってようやくネットワークに侵入できた。

 データを根刮ぎ剥ぎ取ったあとネットワーク内の痕跡を全部消した。

 

 痕跡を消したところで(いず)れ気付かれると思うが、そんなことよりもデータ。

 手に入れたデータから、エルフたち現段階での転生者確保計画を判明した。

 

 その堂々たる第一目標は正しく、ヴィコウ伯爵家の新生児ーーイーノ・ヴィコウ!

 スキルまで把握されちゃってる。侮れないエルフ共の情報力。

 そしてイーノ君が持つ固有スキルーー『迷宮創造』のせいで、彼はエルフ共のトップに危険視されたようで、確保ではなく抹殺命令が出された。

 

 エルフのような種族が居るこの世界で、危険視されるほどのスキルを赤ん坊に与えるとか、やはりアイツは碌でもない。

 ならば()()()()の展開を見せてやろうじゃない。

 黒幕に狙われ危機に瀕した幼い主人公が、絶体絶命な状況でいきなり現れた謎の人物に救われ、命辛々(からがら)にも危地を脱したという在り来たりなストーリーを。

 

 そうと決めたネロはロトーの所へ戻り、急いで首都へ向かった。

 

 首都に辿り着いたのは今より三日前。

 首都は王太子の誕生を祝い、生誕祭に盛り上がっており、というより帝国全土がお祭りムード。そのせいでネロたちは宿を中々見つからなかった。

 

 前捕まったエルフは他の連中と一緒に、ネロに襲われて気絶させられたという記憶を消してから解放した。そしてエルフの脳にネロのページを仕込んだ。

 脳へのスキャンなどに引っ掛からないために、脳部の中皮(ちゅうひ)を無銘祭祀書のページに改造するという大手術を行った。壊死を防止して治癒魔術をかけながら、脳溝(のうこう)という形で記述を刻み込み、形を固定するための回路まで組み込んだ。

 これであのエルフは自分がスパイであることも知らないまま役目を果たしてくれる。

 

 それで、首都へ向かう途中もずっとページを通してエルフたちの情報網を傍受していた。

 幸い首都に辿り着くまでエルフたちは行動を起こさなかった。でないと、ネロは暗殺阻止を間に合わせるために、ロトーを捨て単身首都へ飛ぶしかなかった。

 

 首都へ着いた途端、エルフたちはヴィコウ夫妻がイーノ君を連れて出掛ける隙を狙い、彼らを一気に仕留めようとするという情報を受けた。

 それで、ネロはエルフたちの監視網に便乗し、エルフたちの後ろを狙うことにした。

 

 計画を執行するエルフたちは、王太子の誕生を祝うパーティーに誘われたエルフの首脳ーーポティマス・ハァイフェナス、その護衛という名義で首都に入った者たち。

 聞くにそのポティマスという者も、最近娘が生まれたらしく、その娘も恐らく転生者でしょ。

 

 ポティマスこそが転生者確保計画を企てた張本人に違いない。

 彼が正しくネロが嗅いだあのゲロ以下の悪臭の源、救いようのない邪悪そのものだ。

 

 次の日、ヴィコウ夫婦は迂闊(うかつ)にも護衛を付けずに家を出た。

 ご丁寧にイーノ君まで抱いて、生まれたばかりの赤ん坊に外の景色を見せたかったのかな。

 けどこれじゃあ恰好(かっこう)の的だった。

 

 エルフたちは予想を裏切らない手際の良さを魅せてくれた。

 ヴィコウ夫婦の馬車を尾行、行き先を予測しルートを計算、ルート上にある人気のない場所に先回りし、待ち伏せ部隊を配置した。

 褒めてやりたいくらい効率的な行動、アメリカの特殊部隊にも引けを取らないかもね。

 

 全部ネロにバレていたけど。

 

 馬車が待ち伏せ地点に到着した瞬間、狙撃手が風の矢で馬を射殺し機動力を失わせ、そこで暗殺部隊が一気に襲い掛かった。

 ネロが待ったのは、この瞬間だった。

 

 魔導書の力を使わずに、システムの力を借りた。

 氷獄(ひょうごく)魔法で暗殺部隊全員の足を凍結し行動力を奪い、続いて暴風魔法で作られたカッターで彼らの手足を切断し無力化した。

 システムの補助だけでは限界があるので、魔術師としての経験をも魔力操作に応用した。

 

 いきなり現れたネロに驚いたが、暗殺部隊が全滅させられたのを判断した途端、狙撃手が代わりに命令を遂行しようとした。

 残念だが既に位置がバレた狙撃手に手こずるほどネロは甘くない。

 彼が狙撃しようとした瞬間、逆にネロが発動した呪いの邪眼(じゃがん)でやられてしまった。

 

 これで暗殺計画は失敗。無力化したエルフたちを捕まえて拷問しようと思ったら、目に映るのは灰となって消えて往くエルフたちの姿だった。

 全員死士だった。そしてネロに殺された狙撃手のほうも、死体を同行者に回収された。

 どうやら証拠隠滅は向こうが一枚上手だったみたい。

 

 事前に切り落とした手足は残っているが、これだけだと証拠品になれるかどうか。と悩んでいるうちに、ヴィコウ夫妻が馬車から降りて、ネロに感謝を伝えた。

 厄介なことに、エルフたちは全員正体を隠しており、灰になったら襲ってきた者たちがエルフであるという証拠も無くなった。

 だからヴィコウ夫妻がネロのほうに聞いてきたとき、ただの通りすがりで、偶然彼らを助けたとしか答えられなかった。

 

 とはいえ、命の恩人を無下にするヴィコウ夫妻ではなかった。

 ヴィコウ夫妻の誘いでロトーと一緒にヴィコウ伯爵府へ同行し、丁重に持て成された。

 

 そこでネロはランバ・ヴィコウの父であり、帝国軍の将軍でもあるディーバ・ヴィコウ伯爵に、犯人が首都に潜んでいるため他所へ避難したほうがいいと提案し、傭兵として雇われ、今に至る。

 

 あっ、詳しく語りすぎたかな?

 ざっと3000文字くらい?

 それと何?ネロのテンションが所々おかしい?そうね、最近あのエルフ共がウザ過ぎてちょっとフラストレーションが溜まっているからかな?

 ずっとこちらを遠くから尾行しながら監視していて、自分たちは手を出さずに、ただ下っ端の盗賊どもに指示し何度もこちらを襲撃した。

 

 当然このような雑な襲撃が成功するはずがなかったが、本来一日しか掛からないはずの路程が、二日掛かりそうになってしまったの。

 本っ当にしつこい奴ら。

 

+

 

 というわけで、今ネロたちは目的地まで途中の村で一晩(ひとばん)泊まることになった。

 

 普通貴族の訪問は村長宅や専用の迎賓館などに住むのだが、この村に迎賓館はなく、村長宅も普通の民家と大して変わらないため、全員住むのは無理がある。おまけに事前通達もない。

 護衛などを考慮して、ランバさんは村の旅館を丸一つ貸切り、ヴィコウ一家とネロたち、そして護衛として付いてきた騎士たちだけが住めるようにした。

 流石伯爵家の御曹司(おんぞうし)ね。

 

「少し、お話してもいいでしょうか、ネロ殿」

「んー、いいですよ」

 

 村の旅館で、ランバさんが話しかけてくる。

 別にそれといった用事もないネロはとりあえず頷いた。

 

 ランバさんから「立ち話も何ですから」という言葉を頂いて、ランバさんと一緒に一階の食堂で座りながら雑談することにした。

 護衛たちはランバさんと距離を取って警戒している。

 ネロを警戒しているやら外敵を警戒しているやら……

 

「ネロ殿は……本当にお強いですね。首都で助けられた時は勿論、ここまでの途中何度も盗賊に襲われたとき、その半数以上がネロ殿お一人で仕留めました」

「んまあっ、こほん……はい、そうですね。それなりに修羅場を潜ってきましたから」

「はは、無理に敬語を使う必要はありませんよ。ネロ殿は俺と妻、そしてイーノの命の恩人なんですから、普段通りに喋ればいいんです」

「んー、そっかー、じゃあお言葉に甘えるね」

 

 本人はそう言ってるが、あまり無礼な態度を取らないほうがいいでしょ。

 護衛の騎士たちに睨まれたら面倒だもんね。

 

 ディーバ将軍は今回の襲撃事件に相当ご立腹らしい。

 護衛に派遣した騎士たちは相当な手慣れで、ステータスとスキルのどちらも、今まで収集したデータから計算した平均値を遥かに超えている。

 そして、彼らの気配からして、恐らく全員が戦場を経験したことのある者。

 

「俺は……自分が十分強いと思っていました」

 

 ただネロを褒めに来たわけではないようで、ランバさんは話を続ける。

 

「だけど、昨日と今日のことではっきりと分かりました。俺は弱いと」

「そう自分を卑下しないで、ランバさん」

 

 実際ステータスやスキルを見るに、ランバさんは護衛の騎士たちより確実に弱い。

 とはいえ、ランバさんも将軍家の息子だけあって、平均値以上の実力は持っているはず。

 

「いや、俺は確かに弱いのです」

 

 ランバさんは首を横に振った。

 

「人を見る目はそれなりに自信があります。昨日の刺客たちは、俺では到底叶わない相手です。そして今日の盗賊たちも、俺一人だと危なかったのでしょう」

 

 真剣な口調で、眉間の皺を寄せながら語るランバさん。

 

 ランバさんは『鑑定』を持っていない。けれどティーバ将軍の息子として、実力のある兵士たちの振る舞いを見てきて養われた観察眼がある。

 だからその言葉も本心からなのでしょ。

 

「俺一人だと、妻と息子を守れませんでした。なのに昨日の俺は、父上に護衛が必要ないなどと大口を叩いてました。ネロ殿が居なかったら、妻と息子はきっと……」

 

 テーブルの上に置いた拳を強く握り締め、微かながら血が出ているほどに。

 それを見たネロは、ランバさんの手に治癒魔法をかける。

 

「すみません。お手を煩わせて……」

「ランバさんはそれでも、妻と子供を守ろうとしたでしょ」

 

 自虐を断ち切るよう、ランバさんの言葉に割り込んだ。

 

「ネロも目がいいほうなの。昨日も、今日も、危険が迫ってきたとき、ランバさんはいつもご自身の身を張って家族を守ろうとしている」

 

 昨日、暗殺に遭ったとき、馬車内で状況を察したランバさんが一番最初にとった行動は、自分の身でリリアさんとイーノ君を庇うこと。

 恐らく彼は、馬車が止まってしまったあの一瞬で、既に暗殺者たちが自分の腕では到底敵わない相手だと察してしまった。それでも彼は、せめて自分の身で家族の盾になろうとしていた。

 彼もまた、そういう親なんでしょ。

 

「それでも結局……何の役にも立たなかったではありませんか」

 

 けれどランバさん自身が、それを快く思っていないみたい。

 

「ネロ殿の助けがなかったら、俺が命を張ったところで、結局リリアとイーノがあの場で……」

 

 ランバさんはテーブルに肘をついて、両手で目を覆い隠す。

 

「夢を見たんです……自分が何にもできず、リリアとイーノを死なせてしまった夢……」

 

 ランバさんの声が震え、まるで嗚咽を抑えているよう。

 彼にとって、それは単なる夢ではないでしょ。

 実際、もしネロがその場に居なかったら、そうなる可能性は十分あった。

 

「夢の中の、死んだ妻と息子の姿がどうしても……どうしても頭から離れませんでした!」

 

 泣き声を必死に押さえながらも、涙は彼の手から滴り落ちる。

 しばらくして、ランバさんは涙を拭き、ネロに向き直る。

 

「申し訳ない。見苦しい姿を見せてしまいました。こんなことを言われても困るでしょうに……」

「困らないよ」

 

 ランバさんの両目を見つめながらはっきり言う。

 例えこんな世界でも、二十歳(はたち)に成ったばかりの青年に、家族の命の危機を前にし、悩まず冷静に対処することを求めるのは(こく)でしょ。

 

「……ありがとうございます。なんというか……自分の弱さを思い知らされた気分で、つい動転してしまって……」

「そうねー、ランバさんは弱い」

 

 こっちも同じくはっきり言う。

 ネロのあまりにも直球な言葉に、ランバさんは面食らったようだ。

 ネロが「自分を卑下しないで」って言ったばかりなのに、掌返された気分でしょ。

 

「弱いなら、強くなればいい」

 

 あっさりと言ったネロに、ランバさんは暫く言葉が出てこない。

 沈黙の(のち)、意を決したように口を()く。

 

「……強く、なれますか、俺が」

「それはネロにも分からない」

「え!?」

 

 二転三転としたネロの言い草に、流石のランバさんも混乱したみたい。

 強くなるだけなら、この世界では確実に強くなれる方法が沢山(たくさん)ある。けれど、ランバさんが求めているのは強くなることだけでなく、家族を守れるほど強くなるの。

 

「強くなるには努力と、才能と、環境と運。だから強くなれるかどうかなんて誰にも分からない」

 

 鍛錬することでステータスを上げるのは勿論、モンスターを倒すことや人を殺めることで経験値を手に入れ、レベルアップすればより簡単に強さを手に入れる。

 鍛えることが一番安全で強くなれる方法だが、ランバさんの立場となるとそれだけの強さじゃ足りないだろう。経験値の獲得(生き物の殺害)に目が行ってしまうのも避けられないかもしれない。

 

「……やはり俺には、環境が足りないでしょうか」

 

 ランバさんも思うところがあるみたい。

 彼の言いたいことは、何となく予想できる。

 

「父上……ティーバ将軍は帝国で『影の英雄』という異名を持つほど、数多くの戦場を経験した人物です。そして俺は、そんな父上の背中を見て育てられてきました」

 

 言葉の節々から、ランバさんのティーバ将軍に対する憧れと尊敬の念が伝わってくる。

 けれど、それだけではない。

 偉大な父が居ることは時に、子供にとって頼れる相手がいると同時に、身近に最もプレッシャーになる存在が居ることにも意味する。

 

「……正直俺には、父上に追いつくイメージが湧いてこないのです。戦場を経験したことのない、ずっと守られている環境で育てられた俺には、これ以上強くなれる気がしないのです」

 

 そう思ってしまうのも仕方ない。

 何故ならこの世界で、同レベルで一番多く経験値を持っている生物が人間と魔族であり、そして一番効率よく人間と魔族を狩れる場所こそーー戦場だ。

 しかし、それを目指すことに意味するのは……

 

「俺は父上の、『影の英雄』と呼ばれる帝国軍将軍の息子です。ならば俺も……」

「リリアさんとイーノ君を捨てて戦場に行くのか?」

「ッ!」

 

 剣のように突き刺すネロの言葉に、ランバさんは今度こそ、返す言葉もなかったみたい。

 

「ティーバ将軍は何のために何度も戦場へ赴いたと思う?」

「それは……軍人としての役目を果たすため、魔族の侵攻を阻止するため、国を守るため……」

「立派な軍人ね、でもそれだけ?」

「それだけ……では、ない……」

 

 答えは既にあったが、それを認めるための勇気を、必死に絞り出しているよう。

 

「家族を……俺を、守るためです」

「やっぱり、気付いてるんじゃないか」

 

 ランバさんは識っている。

 襲撃を遭ったことをティーバ将軍に伝えた時の将軍の表情を、ランバさんは一番近い位置にそれを目の当たりにしていた。

 それを目にするも、将軍が何のために戦場へ行かれたのか理解できないのなら、それこそ本当の恩知らずでしょ。

 

「もしティーバ将軍がランバさんに『戦場へ行きたい』って言われたら、どう思われてしまうのも実はもう分かっているよね」

「……はい。きっと怒ってしまい、悲しんでしまうんでしょう」

 

 怒るのは、息子が父親のたった一つの願いも叶えてくれない親不孝者で、悲しむのは、息子の選択を理解できてしまう自分自身(ちちおや)が、結局それを止めることができなかったから。

 

「戦場へ行くことだけが、強くなる道ではない」

 

 ネロは人差し指を軽く左右に振る。

 

「同じく、強くなることだけが、家族を守るための手段ではない」

「それは……」

「ランバさんはヴィコウ伯爵家の後継者じゃないか。その身分もまた、立派な武器なの」

 

 ネロの話を聞いて、ランバさんは少々呆気を取られたが、すぐに納得した。

 

「……なるほど。ネロ殿の言う通り、家族を守るためなら当然立場も利用すべきですね」

「それに、周りの人たちを味方につけることもまた、ランバさんの手腕が試されているから」

 

 理解してくれたランバさんを見て、うんうんと頷く。

 

「それ以上に自身の力も付けたいなら、また努力して鍛えればいいのよ」

 

 少々戸惑い、ランバさんが言葉を返す。

 

「自惚れ……と思われるかもしれませんが、俺は今まで、伯爵家の後継者として、それ相応の努力をしてきたつもりでいたのです。」

 

 ランバさんの顔に、まだまだ憂いが纏う。

 

「そしてこれからは、今まで以上に鍛錬に勤しむつもりです。けれど……努力しても、昨日のように無力を晒してしまう自分自身が頭に湧いてくるんです」

「努力しても無駄かもしれない……と思ってる?」

「そう……かもしれません」

 

 それも当然でしょ。

 ネロ自身も言った、「強くなれるかどうか誰にも分からない」って。

 ランバさんが迷ってしまうのは、当たり前のこと。

 

「『じゃあさ……全部無駄だったとしてだ』」

 

 遠い過去の記録を反芻(はんすう)するように、ネロが問う。

 

「『それで何もしないでいられるかな?何もしないで我慢できるかな?』」

「……!」

 

 ランバさんは目を見開く。

 無力感に苛まれ、諦観に成らざるを得なくても、問いは心に響いてしまう。

 嘗てのネロもそうであるように。

 

「ある人に、『全部無駄だと分かってても戦うの』って聞いた時に、その人に返された問なの」

「……その者が出した答えは、なんでしょうか」

「『無理っぽい』ってさ」

 

 納得したように、共感したように、ランバさんは微笑んだ。

 

「俺も、無理っぽいですね」

 

 やはりランバさんもそういう人、戦ってしまう人。

 

「ならば、その答えに従えばいいでしょ」

「はい、ネロ殿の言う通りです」

 

 胸を撫で下ろしたように、ランバさんの表情が少し緩んだ。

 これからランバさんは、無理に自身の強さを追い求めるのではなく、家族を守れるよう、自分の出来得る努力を尽くすでしょ。

 

「まさかネロ殿とこのような会話をできるとは、思いもしませんでした」

「ふふーん、何で何で?」

「こほん……ネロ殿が立派な魔導師であることを承知の上ですが、貴女の姿を目にするとどうしても年下の子供しか思えませんので……」

 

 まあ、失礼かもしれないが当たり前ですねー。

 ネロの姿は前のネロとそっくりなんだから。

 

「それなのに、ネロと人生相談しちゃったのねえ」

「自分も不思議だと思っています。何故でしょうか。ネロ殿と会話していると、時々……母上のことを思い出してしまいます」

 

 あらあらまあまあ、完全に予想外だわぁ。

 ブルー・ジャイアントだと思ったが実はレッド・コメットだったのかな。

 

「へー、ほんとー?ネロにバブみを感じちゃうのー?」

「ば、ばぶみ?」

 

 これはちょっと揶揄いたくなってきたねー。

 

「よし!こうなったらネロがナデナデしてあげよっか!」

「えええええ!?」

 

 護衛騎士たちが遠くないところで見張っているにもかかわらず、ネロは遠慮なしにテーブルに乗り、慌てているランバさんの頭をネロの胸元に抱き着いた。

 

「よーしよし、いい子でちゅねー」

「や、やめてくれ!ネロ殿!こんなつもりでは……」

 

 カランタラン。

 木の皿が地面に落ちた音。

 

「あ、あなた!なんてことを……!」

「マザコンぷらすロリコン、まさしく禁断の組み合わせ」

 

 其処ーー厨房の出入り口に立っているのは、驚いたような顔をし両手で自分の口を隠すリリアさんと、イーノ君を抱きながらジト目でこちらを見ている護衛のメイドさん。

 落とされてしまったウサギさんリンゴは、後でロトーが美味しく頂くということで。

 

「リ、リリア!?ち、違う!!誤解だぁぁあああ!!!」

 

 何とかしてネロの懐から抜け出したランバさんがリリアさんに向けて慌てふためく。

 あちゃ~、イーノ君も見ているし、こりゃあもしかしたらランバさんが一生かけてもイーノ君にとっての『立派な父親』に成れそうにないねー。

 やっちゃったみたい、テヘペロ(・ω≦) ~☆。

 

+

 

 リリアさんの許しをもらえず、ショックでダウンしたラバンさんが護衛の騎士たちに部屋へ連れ戻された後、食堂に残されたのはリリアさんとメイドさん、イーノ君、そしてネロ。

 

「先ほど申し訳ございませんでした、ヴィコウ夫人」

 

 流石にネロも、(さっき)のはやりすぎたと分かっているので、リリアさんに頭を下げた。

 

「許しますわ、ネロ様」

「昨日も言いましたが、様付けはやめてください、リリアさん。呼び捨てでいいですよ」

「それなら、『ネロちゃん』って呼んでいいかしら」

「フフッ、もちろんよー」

 

 まるで先ほどネロのランバさんに対する無礼がなかったことにされたかのように、親しく呼び合っていたネロとリリアさん。

 

「ネロちゃん、夫の悩みを解決してくれて、ありがとうございます」

「大きな御世話かもと思ったが、リリアさんの許しを得たなら少しはホッとしたよ」

「いいえ、わたしはきっと、ネロちゃんのように夫を説得することができないと思います。だって、あの人にとって、わたしは結局守るべき相手でしかありませんから」

 

 微笑むリリアさん、だけど彼女の瞳から悲しみは隠せない。

 

「でも、ネロちゃんと夫の会話を聞いたら、わたしも、自分の出来ることから始めないと、思うようになりました。ランバと、イーノのために」

 

 悲しみは晴れ、確固たる意志の光だけが残っている。

 リリアさんもまた、この二日間の襲撃事件で自身の無力さを痛感したはず。それでも家族を支えるため、健気にも普段通りに振る舞っている。

 

「きっと大丈夫よ、リリアさんなら」

 

 確信はない。けど慰めでもない。

 ただ未来を信ずる祈りを、彼女に贈りたい。

 

 その後は「お休みなさい」とお互いに告げ、リリアさんたちは部屋へ戻った。

 ネロは当然眠ることなく、錬金の研究をしながら襲撃に警戒している。

 幸い今夜は襲撃されることはなかった。

 

 次の日、ネロたちはようやく海辺の町へと辿り着く。

 




筆者の話:
 ティーバ将軍の息子さん、原作では名前も出てこないし、セリフは一文しかないので、キャラ像はほとんど推測です。個人的にこう解釈しました。受け入れてくれたらうれしいです。
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