ネロですが、なにか?   作:グランドマスター

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6 決戦!ネロⅤS悪の科学者ポティマス

 

 自動式拳銃(オートマチック)・クトゥグアをもって炎の神威を打ち出し、潜水艦の装甲に再び爆発を引き起こす。

 その同時に潜水艦の砲台が再び此方を狙い、今度はミサイルではなく、レーザーに混ぜながら実弾をネロに向かって撃ってくる。

 空中にいるネロは幾度位置を変え、攻撃を(かわ)す。

 

『残念だ』

 

 ポティマスの声が響く。この程度の破壊では発声装置を巻き込めないみたい。

 

『津波を発生させ、混乱に乗じてイーノ・ヴィコウを仕留めるつもりだったが、これでは町ごと壊すしかないようだ』

 

 潜水艦から多重結界が展開され、装甲の破損箇所がいつの間にか補修された。

 そして潜水艦自体の構造も、ポティマスの言葉と共に変わったみたい。

 水面上では目視できない変化、魔力感知を応用して空間と物質の変化を把握し、潜水艦の下方に魚雷の発射口のようなものが展開されたことが確認できた。

 

「……あれは!?」

 

 感じ取れたのは、凝縮されたMAエネルギー。

 この潜水艦に積載された魚雷は、どれも地球歴史上最大威力の水爆(ツァーリ・ボンバ)をも遥かに上回る破壊力を秘めていることに、一瞬で理解できた。

 

『起爆すれば無尽蔵にMAエネルギーを取り込み威力を上げる失敗作であるGMA爆弾ほどの威力は出せないが、コントロール可能という点においてはGMA爆弾より遥かに優れているだろう。このCMA魚雷で、町を海に沈めるくらい容易い』

 

 作品を自慢するような口調。町を沈めることを、まるで砂の城でも崩すかように語っている。

 命を葬ることにこれぽっちも罪悪感を覚えない下衆の極み。

 

『止めるなよ。CMA魚雷を止めたところで、爆発のエネルギーを収束させ、更に大きな津波を発生させることも可能だ。今度巻き込まれるのは、町一つだけでは済まなくなるぞ』

 

 警告するように、予告するように、魚雷の一発が発射された。

 海の下でも、水の抗力を物ともせず、町に向かって超高速で飛んで行く。

 

「させるか!」

『……愚かだ』

 

 自身のページを魔弾に変え、オートマチックで魚雷の進路上に撃ち出す。

 魔弾が魚雷の前方に到着した瞬間術式を作動し、自身とページの位置を入れ替わる。

 

『止めても無駄だと言ったはずだ』

「知ったことか!」

 

 旧き印(エルダー・サイン)をルート上に展開する。

 向こうは爆発のエネルギーを収束させ、津波を作ると言うのなら、こっちが収束したエネルギーを総て、この身に纏めて受けるがいい!

 

「来い!」

 

 魚雷は恐らくエルダー・サインと衝突した瞬間で爆発するでしょ。

 その前に起爆されても、エネルギーの制御権を奪う自信がある。

 この躰が壊れてしまうかもしれないが、完全に壊される前に何とかして、あのラグビーボールのような潜水艦を道ずれに……

 

 無計画な後始末を考えているうちに、ネロの躰から何かが抜け出す。

 曇りガラスの欠片が微かに光りながら離れ、前へ飛ぶ。

 欠片は魚雷がエルダー・サインと衝突するよりも先に、その欠けた五芒星と重ね合う。

 

 曇りガラスの欠片と五芒星、掛け合わされた瞬間、欠片が巨大化した。

 そして、曇りが消え、ガラスの向こう側の風景が映し出される。

 一瞬ガラス越しにを視た気がするが、すぐさま風景が目まぐるしく変わってい行く。

 

 山、川、草原、荒野、浮氷、惑星、恒星、星空、銀河……

 そこに現れた風景は、ネロたちが居る此処、この惑星、この宇宙ですらない何処かだ。

 

 魚雷とガラスが衝突することなく、そのままガラスの中に突っ込んだ。

 

『……何が起きている?』

 

 ポティマスの声から、この不思議な現象に対しての彼の驚愕さが伝わる。

 しかしながら、ネロが感じた驚きも彼には劣らない。

 

「レンの……ガラス?」

 

 この欠片の名前が脳に浮かぶ。

 無銘祭祀書にレンのガラスに関する記述がなかったにもかかわらず、その知識が自然と『思い出』される。それはヒアデスに作られ、レン高原で発見され、五芒星を作りクトゥルーを讃える呪文を唱えることで異界を繋ぐ邪神遺物(アーティファクト)

 本来は『セラエノ断章』か、『ルルイエ異本』辺りで記録されているはず……

 

「る……る……」

 

 どこか聞き覚えのある声が耳に過る。けれど今は其処を気にする場合ではない。

 レンのガラスの向こう側の風景が不規則に変わり続けている。危険な次元にでも繋いだらまずいと思い、ネロはエルダー・サインを解除し、レンのガラスの展開を解除した。

 

『……あれは空間魔術?いや、抗魔術結界を施されているCMA魚雷には管理者レベルの空間魔術でも効きにくいはずだ。まさか物理的にワームホールを開いたとでもいうのか?ならば海水が通過していないのは何故……』

 

 潜水艦のほう、ポティマスはブツブツとレンのガラスが生じた事象を分析しているようだ。

 その隙に、ネロは再び潜水艦へ接近し、CMA魚雷を壊そうとする。

 

『させん!』

 

 どうやら分析しながらも周りを警戒しているようで、ポティマスは潜水艦を操り、ネロの接近を拒んでいる。どんぐり潜水艦がその鈍重(どんじゅう)とした姿に似合わず、優れた機動力を見せた。

 結界を展開しながら水面下で素早く移動し、水中用の音波兵器で反撃してくる。

 

「ッ!」

 

 水中で拡散する超音波がネロの肉体に直接ダメージを与えた、周りに泳いでいる比較的に弱い魔物たちが音波攻撃に巻き込まれ次々と死んでいく。

 エルダー・サインを再び展開し、今度は球体の形にして四方八面からの音波を防ぐ。

 

『愚行だな。確かに、君の手段は私の予想を超えているが、それしきではこのMA潜水母艦を破壊するに至らない。それに、君が見せた攻撃手段が水中戦に適していない。このまま戦いを続け、消耗戦に持ち込めば、君のほうが先に力尽きる』

『随分と話が長いね』

 

 潜水艦を睨み、念話の形で意思を伝える。

 

『そっちのほうこそ、ネロにビビっているじゃないのかな』

『……理解できないな。君は何故、イーノ・ヴィコウが人類にとっての災厄に成らないと言えるのか?「迷宮創造(めいきゅうそうぞう)」というスキルは、初代怠惰の支配者がエルロー大迷宮の基盤を作り、「ダンジョンマスター」という称号を最上位管理者より授けられてからようやく手に入れたスキルだ。その力は星の構造、規則すら容易く変えられるもの。それほどの力を生まれながらにして持つ者が、何故脅威に成らないと確信できる?』

 

 ポティマスがネロを簡単には仕留められると思っているのか、また手口を替え、ネロを説得しようのか油断させようのかダラダラと文言を垂れ流している。

 当然、そんなことはネロの知ったことではない。ネロはただ只管(ひたすら)、目の前にあるこの邪悪な意思によって支配されている機械の塊を破壊しようとする。

 

 魔弾が水中での威力が水の抗力によって減衰されている。攻撃手段を替えなければ。

 ネロは二挺拳銃(にちょうけんじゅう)字祷子(アザトース)レベルに分解、再構築し、ネームレス・ワン副腕の1/100スケールミニバージョンを創り出す。

 

 術式選択:魔砲弾(カノンスペル)

 魔力の奔流が潜水艦に向けて放たれ、幾重の結界を突き破ってから、潜水艦の装甲に黒焦げのような跡を残した。

 ネームレス・ワン本体のパーツを招喚できない以上、分霊としてのネロが間に合わせで再現した呪法兵装の威力が、やはり大幅に下がってしまった。

 

 ネロが攻撃しているとき、ポティマスも反撃の手を緩んでいない。

 音波攻撃は勿論、水中無人機、対人魚雷などの兵器が潜水母艦から飛び出し、多方面からネロを攻め続け、ネロの魔力と精神力を消耗し続けている。

 

『たとえイーノ・ヴィコウ自身に人類を脅かす意思がなくとも、彼の周りの人たちが彼を利用しないのも限らない。「迷宮創造」の力に目を付け、帝国が彼を戦争の兵器として仕立て上げることも容易に想像がつく。そうなれば、せっかく魔族との戦争が落ち着き、冷戦段階に入りずつあるという現状。この危ういバランスが再び破られ、カサナガラ大陸たちまち戦火に……』

『お前の目には人間がすべて愚か者としか見えないでしょうね』

 

 魔力が減らされようと、精神力が削られようと、ネロは進攻を止めようとしない。

 忌まわしい邪悪がネロの脳髄に灼き付いていようと、この手で邪悪を打ち砕き、正しき怒りと憎悪をもってすべての暗闇を薙ぎ払わん。

 

『何を言う。イーノ・ヴィコウが人類に有益な存在になれるなど、ただの希望的観測だ。彼を生かすことに生じるリスクに目を逸らしてどうする。私が今までどれほどの人間を見てきたと思う。すべてが統計的データに基づいた論理的な計算の結果だ。イーノ・ヴィコウという存在が人類に害する可能性が遥かに大きい。それほどの魔術を駆使できる君ならば、それくらいの計算もできないとは思えん。それなのに何故……』

『いい加減黙れ』

『……』

『もし貴様の言葉通り、命を計算材料にすることが賢さというのなら……』

 

 嘗て、夢に現れた隠者がネロ/私に言った。

 嘗て、我が子たる導師がネロ/私に語った。

 汝に欲するところを為せ、と。

 であれば……

 

『ネロ/私は、愚かでいい!』

 

 感じる、この海に迷い込んだ、ネロと同じく異界より訪れる魂を。

 感じる、この海に同調した、ネロと異なる魔導書より生まれし精霊を。

 夏王朝(かおうちょう)にて著され、『螺湮城本伝(らいんじょうほんでん)』と題され、大いなるクトゥルーに関する知識を記載した冒涜的な書物ーー

 

 ルルイエ異本

 

『仮想写本清書(せいしょ)。「ルルイエ異本」に接続(アクセス)

 

 ネロ/私の目の前に現れた、もう一人の少女。

 長い銀髪に紫と黄色のオッドアイ、群青色をベースに紫と黄色を飾ったチャイナードレス。

 正しくネロが嘗て、夢幻心母(むげんしんぼ)を依り代にアーカムに降臨したクトゥルー。その体内にて掌握した大いなるC計画の中枢ーールルイエ異本の精霊。

 

『なんだあれは?一体何をするつもりだ!?』

命令(オーダー)。記述検索、従神招喚(じゅうしんしょうかん)の閲覧権を強制開放、C祭壇(さいだん)構築せよ』

 

 ポティマスの叫びを無視し、指令行を編纂する。

 指令を受けた少女は目を見開き、そして、唄い始めた。

 

いのち、たり……ちがう……ほし、ちがう……とき、ちがう……ふぐるひ、むぐなふ

 

 海に漂い魔物たちの死骸が、歌と共に少女に吸収され、意味不明な理屈で本来の形より歪められ、この世の理より逸した魔力へと転換された。

 虚空より現れた書物をもって、滅びた宇宙の残骸たる精霊をもって、嘗てインスマウスで行われた悍ましい儀式を、ここにて再現/偽造する。

 

くぅ~りとぉ~りとぉおふ~うがふなぐるうふたぐん……

 

 少女の歌声は、不思議と水の中でもよく聞こえる。

 得体の知れない理屈で、少女の声帯が海を振動させ、意味不明な歌詞は鼓膜を通して脳に、魂に、集音装置に伝わる。

 それはこの世の何処にも存在しない神格に祈りを捧げるための歌声。外宇宙より記録された禁断なる知識の片鱗。旧支配者へのキャロル。

 

るううううぅぅ・りぃぃええええええええ!いあ!いあ!か、かみさま……っ!かみ……ひゅ、どら!ひゅど、ら!ひゅどら!

 

 フナムシのような巨大な影が、徐々に実体を現している。

 海底都市イハ=ントレイ、ルルイエ、インスマウス、ダゴン秘密教団などにて(まつ)られた、深き者どもの母たるもの。

 ディープワンどもが崇拝する神の一柱ーー母なるヒュドラが此処に顕現しようとする……

 

 が、そうはならない。

 

 これはエラーだ。これはバグだ。

 命が足りても求められた原料(いけにえ)が違った。星が正しい位置どころか星空も異なっている。時ですら混沌の意思ではなく秩序の下に運行している。

 この儀式が最初から間違いだらけだ。

 

 チクタクチクタク。

 

 そもそもこの世界、この宇宙、此処なる総ての次元に於いて『母なるヒュドラ』などという神格は存在しない。

 術式で構築された虚像ならまだしも、例えただの分霊でも、因果に記録された存在であろうと、存在しない神を呼び出すことなど到底できない。

 

 チクタクチクタク。

 

 しかし此処に、かの神を記録した魔導書(ルルイエ異本)が存在している。

 かの神の名、呼び出すための呪文、かの神の存在証明が此処に在る。

 

 チクタクチクタク。

 

 故に、かの『神』が招喚された。

 これ正しく奇怪千万。

 間違った生贄と間違った宇宙で、間違った星々と間違った時空、間違いだらけの偽式(ぎしき)の下にて呼び出された間違いだらけの存在。

 

 チクタクチクタク。

 

 これは最早神ですらない。

 存在そのものが奇怪(クリッター)機械(クリッター)詭解(クリッター)

 

『遠慮はいらない!感謝はいらない!これはただの置き土産』

 

 元の形からかけ離れ、逆に神話の形に近付いた機械仕掛けの怪物(クリッター)

 異次元の海より現れ出で、九頭の(みずち)を模した怪詭なる獣。

 

『この玩具憑き(チクタクマン)ーーウェスパシアヌスが残された最後の贈り物を、どうぞご覧あれ!』

 

 その名もーー

 詭械獣(クリッター)=ヒュドラ!

 

 全長百メートルをも超えた九つの首を持つ蛇の鋼鉄(ハガネ)が海中に顕現した。

 無より現れた質量が海水を圧迫し、まるで海が爆破されたような衝撃波が周囲へ伝わる。

 ポティマスの潜水艦が結界で衝撃波を防ぎ、謎の装置で斥力を産み出し姿勢を制御するも、海水によって後ろへ押し返した。

 

『これは召喚魔術……?それとも物質の創造……!?』

 

 分析する暇も与えず、ネロ/私の意思の下、クリッター=ヒュドラが潜水艦に尻尾を叩き込む。

 純粋なる物理的な力で結界をかち割り、潜水艦の装甲に衝撃を与えた。

 

『くッ!』

 

 しかし、力を受け流されたようで、ヒュドラの打撃が潜水艦の装甲に傷を与えられなかった。

 

『まだまだ!』

 

 ヒュドラを指揮し追撃させる。

 九つの蛇頭が結界の破損箇所から装甲に噛み付き、その牙が装甲を微かに変形させられるも、突き破ることには至らなかった。

 

 力不足。

 この異端なる機械を操ると、魔力、精神力どころか、魂すらも削られると感じる。

 いつの間にか受け取った知識によると、玩具憑きではないネロ/私は本来、クリッターを操る資格はなかった。今の力は総て借り物。

 このまま操縦し続けると、どうなってしまうか誰にも分からない。

 

 だとしても……!

 

『……これが君の切り札か、ネロ・クロウ。確かに驚いだが、所詮(しょせん)この程度では、私のMA潜水母艦を打倒すことには至らない。時間稼ぎとしかならん』

『……まだ……まだよ!』

 

 ヒュドラが尻尾で潜水艦を縛り、海の上空へと投げ上げる。

 

『はぁぁぁぁああああああああ!!!!!』

 

 巨獣が自身よりも二倍以上に大きな機械を投げ飛ばす、何とも壮観な場面。

 しかしネロ/私は動きを止めず、声を枯れるも叫びながら、重力に反して空中に浮いた潜水艦の更に上空まで飛んだ。

 

『なっ!?』

 

 ネロ/私の咆哮、ヒュドラの(うそぶ)きに呼応し、ルルイエ異本の精霊が詠唱を続けている。

 

る……いえ……うがふなぐる……いあ!だ、ごん!だご、ん!だごん!

 

 続けて呼び出されたのは、巨大なる半魚人、クトゥルーが従属神、父なるダゴン……

 否、またして形を歪められ、怪詭なる機械仕掛けの獣として顕現されたーー

 

 詭械獣(クリッター)=ダゴン

 

 全長50メートル以上、メカジキのような形をした機械仕掛けの魚。

 それが正しくその形の通り、槍のようにネロ/私の手元に現れ、オーダーと魔力による増幅の下潜水艦に向けて投げられた。

 

 投擲(とうてき)より産み出された初速、重力と推進力により加速され、その質量にかけて生み出されるのは今のネロ/私に出せる物理的な最大のパワー。

 言わば、質量×速度=威力

 空中で一時身動き取れない潜水艦に、ダゴンの鋭利な(くちさき)が結界の回復しきっていない隙間から装甲を貫通し、内部にまでダメージを与えた。

 

『おのれぇ!』

 

 ダゴンと共に海に堕ちる潜水艦。

 海に戻った途端動力が回復したようで、潜水艦が斥力でダゴンの吻を装甲から抜け、その同時にCMA魚雷以外のあらゆる兵装を使いダゴンとヒュドラを攻撃する。

 

 潜水艦からの乱れ撃ちが殆ど命中することなく、クリッターたちに回避された。

 

『焦っているな、ポティマス』

『く……っ!』

『お前のような奴は、計算が狂うとすぐ態度に出る。だからこそ、追い詰める甲斐(かい)があるさ!』

 

 二体のクリッターの同時操作、存在そのものが侵されている気分。

 ただ感じるのは、自分自身の魂が得体の知れない何かに侵され、細胞の一つ一つが、無数の螺子(ねじ)/歯車/撥条(ぜんめい)配管(パイプ)/鉄骨/導線(ワイヤー)/装甲に変わり果てているような錯覚に陥っている。

 

 けれど、まだまだ足りない。

 このままでは、よくて潜水艦と相打ちするでしょ。

 

 ダゴンの吻を潜水艦に差し込んでスキャンした結果、中に生き物が存在していない。

 ポティマスの声から確かに焦りを感じるが、それは恐らく発明品を失うかもしれないことに苛立っているだけ。

 もっと確実に、どうしようもない絶望を与えなければ。

 

 此奴(こいつ)が今まで人々に押し付けた不幸の一欠片を、此奴に押し返してやる。

 であればどうすればいい?

 

 何をすればより確実に此奴を圧倒できる?

 此奴に挫折感を与えられる?

 此奴に絶望を味わせられる?

 

 無限螺旋の残骸、繰り返されたエピソードから貰ったヒント。

 宇宙的神話、クリッターたちの原型から得たインスピレーション。

 冒涜的な知識、ルルイエ異本への不正アクセスから生まれしスパーク。

 

 怒りと憎悪が着火剤となりて、深淵(しんえん)の呻りを()べて終焉(しゅうえん)へと導く。

 それ(すなわ)ちーー

 

『合体だ!』

 

 潜水艦や水中無人機と激しく交戦中のダゴンとヒュドラがネロ/私の指示を受け、素早く距離を取り相対的安全圏へと下がった。

 其処から、変化が始まる。

 

 最初はダゴン、頭部に相当する所が分解し、長い吻がスピアに変わって一旦離れた。

 そして胴体(どうたい)、ビレ、尻尾、それらの機械構造がそれほど複雑でない変形を遂げ、最終的に人型の姿に変えた。それは最早詭械獣ではなく、詭械戦士(クリッター)と呼ぶほうが相応しい。

 

 だが、変化は其処で終わっていない。

 両腕が後ろに収納され、接続部のような場所を露出する。両足も続けて変形し、より巨大な両足と組み合わせるための関節構造へと変わった。

 

 その同時に、ヒュドラも変形している。

 いや、変形というより、分解と言ったほうが適切だろう。

 

 九つの首が、それぞれ別々の構造へと変形した。

 両腕、両足、両翼(りょうよく)、砲台、バックパック、(かぶと)

 そしてその長い尻尾が、ダゴンより分離されたスピアと結合し、巨大のランスに成り代わった。

 

 ダゴンを頭部と胴体、ヒュドラを四肢と武装、二体のクリッターが合体し、新しき機械仕掛けの神を産み落とす。

 新しい神が兜をかぶり、ランスを手にする。

 総ての工程が終了し、その間0.0666秒。

 

『その名を轟け!詭械合神(コンバット・クリッター)=ゴンドラ!!!』

『なん……だと……?』

 

 海の神気が嘗てないほどに昂っている。

 姿を歪まれたダゴンとヒュドラ、それらが更に合体し産み出された詭械合神(コンバット・クリッター)

 それが意味するのは新しい混沌、新しい秩序。

 

 或いは、それもただの前奏曲に過ぎない。

 

 とはいえ、ネロ/私にとってそれだけで十分。

 今この時こそ、蹂躙劇の始まりだ。

 

『行け、ゴンドラ!』

 

 無限螺旋にて九郎が戯れにダゴンとゴンドラが合体した姿に付けた名前、割と今ネロ/私が操縦しているコンバット・クリッターに似合っているかもしれない。

 ダゴンとヒュドラと違って、何か別のものに成り代わられづつあるという感覚はない。或いは既に、ネロ/私はその『何か』に代わってしまった……

 変わらないのは、ヒシヒシと迫ってくるタイムリミット、ネロ/私が持つ魔力の臨界。

 

 であれば、速攻で終わらせる!

 

 ゴンドラが潜水艦に迫り、ポティマスも相変わらず無数の兵器をもって攻め込んでくる。

 変わったのは、ネロ/私の対応。

 新生したゴンドラより、ネロ/私の知らない深淵よりの知識が流れ込んでくる。

 

崑央流忍法(クン・ヤンりゅうにんぽう)ーー夢幻泡影(フォーム・オブ・ドリームランド)

 

 海中、ゴンドラが分身した。

 それは泡沫(うたかた)によって組み合わされた実態を持つ幻影。

 幻影が無人機を撃墜し、魚雷を誘爆し、音波を吸収し、ビームを歪ませる。

 

 総ての攻撃が、一瞬にして対処された。

 

 崑央流忍法(クン・ヤンりゅうにんぽう)

 これこそ地下魔界崑央(クン・ヤン)に起源し、暗殺集団"黒い仏"が伝承する秘術。

 ネロ/私自身がそれを直接行使することこそできないが、代わりにコマンドを入力し、中枢機関をコマンドに対応させ、ゴンドラに崑央流忍法を使わせることができる。

 

『クソがァ!』

 

 潜水艦が水中エンジンを唸らせ、ゴンドラから距離を取った。

 メイン魚雷用爆弾倉が再び開かれ、CMA魚雷を露出させた。

 

 通常の手段が最早ゴンドラを止められないと判断したか、ポティマスがようやくCMA魚雷を発射するという選択を下った。

 ネロ/私の予想通りに。

 

『そこだ!』

 

 崑央流忍法ーー湛盧之剣(ソード・オブ・アトランティス)

 

 ゴンドラのランスから海の神気が溢れ出す。

 海流がゴンドラ、そしてMA潜水母艦の体積をも遥かに超えた巨大な剣を形成し、距離を無視して魚雷の爆弾倉に切り込んだ。

 

『無駄な真似を!総てのCMA魚雷を自爆させれば……!』

『それはどうかな』

『何ッ!?』

 

 ヒュドラの持つ毒ーー電子ウイルスが、既に海流を通して物理的に潜水艦に侵入した。

 自爆の指令が強制的に中断されただけでなく、更に潜水艦のメインシステムをもこちらのコントロール下に置いた。

 

『そんな……馬鹿な!?』

 

 そして、ネロ/私もすでに、潜水艦に乗り込んだ。

 

『イーノ君やランバさん、リリアさんたちに手を出したこと、イプスの人々に危険を晒したこと、今まで手を染めてきたすべての悪行に、後悔するがいい!』

 

 ネロ/私の手は、潜水艦のデータ発信装置を貫いた。

 電流が走り、遥か彼方に、エルフの森へとフィードバックする情報に乗りて、ネロ/私の『目』が元凶なるものを捕えた。

 

 それは機械に囲まれ、巨大な水槽に眠っている、強欲なるエルフの老人。

 あれこそが、ポティマス・ハァイフェナスの本体。

 

『!!!』

 

 ポティマスの反応は早い、既にこちらからの侵入に気付き、接続を切ろうとする。

 だが、それはもう遅い。

 

 情報消滅(デリート)

 

 代償(だいしょう)を問わない。結末を問わない。例えそれが分霊の身に余る力だとしても。

 ゴンドラの招喚を解除して直ぐ、全霊(ぜんれい)をもってネームレス・ワンが持つ最大奥義を、ネットワークの向こう側にいるポティマスに振る舞った。

 其処で、接続が切られた。

 

 ポティマスを殺すことが叶わないでしょ。

 しかし、これで大分痛い目を味わわせることができるはず。

 

 そう思って、ネロが海の底に向かって……

 沈んでゆく……

 

 もはや……

 意識を保つ……ことすら……

 でき……ない……

 

 

 海の上、潜水艦の残骸、その一部が水面に浮上した。

 其処の上空に、黒い鎧を身に纏っている男が、残骸の下にある深淵を眺めている。

 

 魔物すらも飲み込む深海をじっと見ながら、男が思索に更ける。

 

 暫くすると、男がようやく行動した。

 男が海へと飛び降りる。

 

 それほど時間をかけずに、男が海上へ戻った。

 彼が纏っている鎧に水気がなく、まるで海に入っていないように。

 しかし彼の懐に、海に入る前になかったものがあった。

 

 それは死体のような、というより医者が見ても死体であろう少女。

 脈拍がなく、鼓動がなく、呼吸すらしていない。

 けれど男は、この少女が『生』きていることを確信している。

 

「お前は何者だ」

 

 少女はその問に、応えることはなかった。

 




ロボット ヒュドラ、ダゴン
 ネロ/久遠が一時借り受けた、クリッターと呼ばれる機械仕掛けの怪物。
 深き者どもの神、母なるヒュドラと父なるダゴンが歪まれた姿。クトゥルーより力を借りる呪法兵装を持っているが、クトゥルーが存在しない神ゆえ、その機能が最早意味を持たない。
 クリッターは文明のかたちをしたナイアルラトホテップの分霊ーー邪神クロックワーク・ファントムの残骸という説もある。
 玩具憑き(チクタクマン)でないネロ/久遠は、操縦するだけでも侵食を受けしまう。

 ゲスト出演のため今後登場する機会はないだろう。

ロボット 詭械合神=ゴンドラ
 ダゴンとヒュドラが合体した姿。
 ネロ/久遠がそれを『詭械合神(コンバット・クリッター)=ゴンドラ』と名付けた。
 クリッターは本来神には遠く及ばない存在だが、それを基に産み出されたゴンドラが、自主的に魔力を海の神気に転換する力を手に入れた。
 鬼械神を模したデモンベインが神殺しの剣となったように、残骸たるクリッターから再構成したゴンドラが、神の虚像に成り代わった。

 ゲスト出演のため今後登場する機会はないだろう。
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