ネロですが、なにか?   作:グランドマスター

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筆者の話:
 今回の話ではオリジナル設定や、独自解釈、歴史改変、そして一部の人にとってかなり不快になる話題が含まれているため、予めご了承ください。


7 夢にて、故郷にて

 星空。

 目の前に、星空が広がっている。

 そして私自身も、星空の只中(ただなか)に立たされている。

 

 奇妙な相対座標。

 近い星々が静止しているように見え、遠い星々は一定な軌跡に沿って緩やかに運行している。

 

 星々の間に、ヒュプノス・ストリームが流れている。

 まさしく天の川、けれどそこに流れているのは水でも星々でもなく、無数なる標船子(ヒュプノス)と、それに乗せられた故郷を見失った魂のカケラ。

 それは誰もが終点を知らない銀河鉄道。

 ただ分かるのは、途中下車もまた乗客の自由ということ。

 

 椅子に座りこむ。

 それは私が座りたいときだけ現れる椅子。

 そして椅子と共に現れるのは、小さなテーブルと、テーブルの向こうに座っている少女ーー

 

 若葉姫色。

 

「今度は何を話そっか、知らない人」

「何も話すことはないよ、邪悪」

「あら、やっと返事が帰ってくれましたね~」

 

 夢見るとき、私は此処に現れる。

 何かの要素が、私の現世(うつしよ)への完全なる帰還を許さなかった。

 それは恐らく目の前にいる若葉姫色の行いではないだろうが、この正体不明な夢に入り込むことだけは、アレの意図的な行為でしょ。

 

「不思議ですよね~。どう頑張っても、私は貴女(あなた)を観ることができません。なのに貴女のほうが私を見えています。ちょっとずるいですね」

「見たくて見ているわけじゃないさ。できれば私も、さっさと此処(ここ)からおサラバしたい」

 

 若葉姫色が嗤った。

 唇で新月を作ったような妖艶(ようえん)な笑顔。風鈴が風に揺れるような涼しい笑い声。けれど私にとっては、まるで(おぞ)ましき影が星すら飲み込む口を裂ける様に見え、更にその口から如何なる知性をも狂気へと誘う音色が響いている様に聞こえる。

 影から三つに割いた燃え盛る眼が見えなかっただけでも幸いとでも言うべきか。

 

「光に灼かれるも光を求め、闇に恐れるも闇を産む、秩序を持った生命のシステムより生まれた混沌でありつつも、混沌なる欲望より秩序を保とうとします。だから人間が面白いんです」

「何?犯罪宣言でも語っているわけ?」

「フフッ」

 

 お笑いの(つぼ)(さぞ)かし広いようで、若葉姫色が喜びを顔に掲げ私に見せつける。

 

「貴女を知りたいだけですよ、霧に囲まれた君。まさかこんなにも興味深いものが地球にもひとりいるとは思いませんでした」

「光栄だとは全く思わなかったよ」

「ずっと前から、観察されていることを情報子の流れから感じましたのに、誰かに見られているような感じがしないから不思議だと思っていました」

「……」

 

 いきなり本題に入られ、こういうタイプの相手と話すのに多少慣れている私は、余計の反応をしないように口を閉じた。

 

「だからこの前、システムを作ってから放置した世界に、権限の奪取を狙って次元を又いての攻撃を仕掛けられたのは僥倖(ぎょうこう)、なのかもしれませんね。私に、貴女を割り出すチャンスをくれましたから」

「……気付かれないように慎重に監視を進めたのに、結局無駄だったみたいね」

「フフッ。貴女はよくやりましたよ」

 

 褒めれたようだが、全く嬉しくない。

 

「けれど目的性がある以上、私に気付かれるのも自然の(ことわり)、のようなものです。とはいえ私も、貴女を探し出すのにちょっとばかし工夫をしましたよ。なのにいざ見つけたら霧に遮られたようで全く見えませんね。こんなの初めてです」

 

 霧に……遮られている?

 全く身に覚えはない。こんな術式を自身にかけたことなどなかった。

 私を騙している?いや、下手な嘘を付くような奴なのか此奴(こいつ)は?嘘を真実に混ぜるか、肝心な真実だけを隠すか、世界ごと騙すような大嘘をしてくるような奴のはず……

 

「お~い、もしも〜し、一人で自分の世界に浸らないでくださ~い」

「チッ」

「舌打ちは良くありませんよ。礼儀がなってませんから」

「他人の夢に勝手に入り込むような奴に説教されたくないけど」

「私もストーカー行為をしてくるような奴に言われたくありませんね~」

 

 おのれぇ、邪神の癖に正論言って来やがる。

 此奴はやはり名居阿琉羅都帆手氵付(N # % r l ? t ⊿ § ∑ e p)とは違う。というより、言動から私の正体を見切れなかった時点で、少なくとも私の知ってる這いよる混沌ではないのでしょ。

 

「貴女を誘き出すためにちょっとだけ大袈裟に魂の流れを変えましたから、危うく夢の番人に見つかれちゃって、最近ずっとハラハラしていますよ」

「なのに私の夢を土足で踏み入ってくるね」

「貴女に興味がありますから」

「チッ」

 

 やはり私は、天性の愉快犯をどうしても気に食わないようで、イラつきが抑え切れない。

 

「貴女は今、一体どんな顔をしているのでしょう。霧に隠れて見えないのは残念でなりません」

「お前を此処から追い出したくて仕方ない顔をしているよ」

「そうだと思いました」

 

 怒りをぶつけられるも笑顔のまま、総てを嘲笑うのは彼女の本能かのように。

 

「お前は一体何なんなの、若葉姫色」

「ああ、その名前はもう捨てちゃいましたから、もし良かったら"(ディー)"とでも呼んでくれませんかな。まだ本名を名乗るつもりはありませんので」

 

 "D"?

 頭文字(かしらもじ)?何かの略かしら……

 

「貴女の思った通りに、私は邪神、神様ですよ。或いはシナリオライター、ゲームキーパーとでも言うべきでしょうか」

「……すんなりと吐いちゃったね」

「分かり切ったことを勿体ぶっても仕方ないでしょう」

 

 "D"を名乗るものが嗤う。

 その笑みが張り付いた顔を見るたびに、その頭を粉微塵にしまで砕いて、二度と嗤えないように昇華したい衝動が心の奥底から湧いてく……

 

 ……

 

 異常だ。

 異常であるはずだ。

 私が……『大十字久遠』がこんなにも怒りっぽい人なの?

 

「燃える剣のような人ですね、貴女は。ぶつけてきた最初の一文字から、私に対する…いいえ、私のような存在に対する怒りと憎悪が滲み出ています」

 

 此奴の言う通りだ。

 なのに私は怒りを抑えられない。

 

 いつからでしょうか?

 この夢に入ってから?ネロと再び繋いでから?最初にネームレス・ワン=エルダーを呼び出してから?若葉姫色を見つけてから?それとも……

 見ず知らないこの世界に再び生まれ落ちてから?

 

「実に不思議ですね。神無き世界に生まれ落ちたのに、これほどまでに明確な神に対する怒りが、何処から実を結んだのか……本当に、観てみたいのです」

 

 私の怒りは此処に在る。

 けれど私でない怒りも、此処ではない彼方より、私に注がれているように実感する。

 

 これは、在ってはならない怒りだ、抗わなければならない怒りだ。

 このままだと、私は私でいなくなる!

 

「やめろッ……ッ!」

「うーん、何をです?」

 

 不意に、向こう側に座する神に対するも違和感が湧いてくる。

 何故これほどまでに、アレに似ているのか。

 

 目の前にいる"D"と名乗る此奴は、アレに似ている匂いがするが、秩序だ。

 決して混沌ではない、(おの)から秩序を創り出し、けれど方向性を失った存在。

 アレなる混沌は、明確なる方向性があるのに、生み出すものが総て混沌。

 

 似ているけど、真逆。

 

「何故、アレの真似を……する」

「……真似?」

「お前は、混沌の真似を、しているッ……うッ、くせに!因果を、重んじる……!」

 

 語呂が段々と廻らなくなる。

 狂気を着火剤とし燃え盛る怒りの焔に灼かれもなお、若葉姫色の姿を取る"D"を、この目で、しっかりと捉える。

 此奴の本質を、見極めせんとする。

 

「それだけジャアない……!お前はッスデに……目的を失って、今ヤ、ただの……道化ッ……!」

 

 一瞬、若葉姫色ーー"D"の顔は凍った。

 が、それは直ぐに失笑に転じた。まるで先の瞬間はただの錯覚かのように。

 

「……フフ」

 

 そして、そうだ。『嗤う』ではなく、失笑。

 

「アドバイスのつもりですか」

 

 冷たい笑みを浮かべながら、"D"は近付いてくる。

 

「違いますよ。貴女の想像を私に当てはまらないでくれませんかね。どの道不愉快です」

 

 ーー"D"は、右手を、伸ばす。

 

「私を図ろうとするなら、私も貴女を量って観ましょう。この霧を、剝がしてやりましょう」

 

 近寄る右手、その恐ろしき邪悪なり本質が私の心を蝕もうとする。

 だけど燃え滾る心火が消却されることなく、むしろ更に勢いが増し、止まることなく延々と広がっている。

 

 炎が暴虐の念と化し、私の理性を蒸発させようと、私の魂を、精神を、純然たる破壊の光へと変えようとする。

 嗚呼、やはり、その頭文字が意味するものはーー触れてはいけない、知られてはならない。

 この世界に、デッドエンドを呼び込むわけにはいかない!

 

 呼び覚まされた記憶。

 其は異なった全なる宇宙の絶滅なり。

 かの世の有りとあらゆる大理不尽に対する審判。神々の黄昏(ラグナロク)。奪われた星の戦士が化した七体のラッパ吹きを率いる軍神。魔を断つ刃が集いし曼荼羅の中心を座す魔を"絶つ"刃。汎ての舞台に終幕を降ろす機械仕掛けの破壊神。

 デウス・エクス・マキナ。

 

 奇しくも、"D"と畏れられた終末なり!

 

「近ァ寄るナッーー!」

 

 刹那、超光速の奔流が私を呑み込んだ。私を"D"から隔てるの如く。

 それはヒュプノス・ストリームより吹きすさぶ大いなる息吹。私の叫びに呼応するかのように流れを変え、この会合に介入した。

 

 標船子(ヒュプノス)の流れは夢渡を乗せる川。

 この流れに身を任せ、果てに、私は夢幻(ゆめまぼろし)よりーー覚醒した。

 

 

『マスター!ようやく目覚めたのかマスター!』

 

 耳障りな、私にそっくりな声。

 気が付けば、私は街中に立っている。

 

 時間を確認する。今は私が異世界に分霊を分けた日から数日経った後。

 向こうの世界では、霧に彷徨った時間も含めば、既に数か月も過ぎたのに。

 頭が受動的に両方の情報を整理している。頭痛と耳鳴りが重なり、ネムが処理を分担してくれることで何とか堪えている。

 

『……ようやく、って言った?この数日間も、確かに覚醒したことがあると記憶したが……?』

『一応、ネムがマスターに代わって躰を支えている間も会話したことがあるけど。あの時のマスターが夢現もいいところよ』

 

 ……そうだった……のか?

 一応意識を失う前に覚悟はしたが、中々紛らわしい状態になったわね。

 

 記憶は相変わらず曖昧で、この数日間の出来事は朧気に覚えてはいるが、その内容はほとんど忘れてしまった。

 夢遊病とほぼ変わらなかったので、微かな記憶が残っているだけでも幸運といえよう。

 

『ところで、今外?何しに外へ?』

『そりゃあ週末で暇だから、外に散歩でもしようと思ったの』

 

 商店街に散歩、か。

 此処はこの町でそこそこ人気なスポット。

 通学定期の路線上にある駅に近い商店街だから、割とよく来るところ。

 

 商店街が電気街も兼ねており、それだけでなく、帝都の電気街を模倣しているのか、メイド喫茶やアニメグッズ専門店など、サブカルチャー関連の店もよく見かける。

 大通り付近にショッピングセンターもあり、買い物に困らない場所だ。

 この辺りは、葉堂(はどう)グループ傘下の店が多いよね。

 

 葉堂グループ。

 

 戦後、日本の復興に大きく関わっており、日本の電化製品と言えば葉堂のも過言ではなく、日本のテクノロジー開発を牛耳るほどの企業グループだ。

 テレビで有名人たちが葉堂グループを紹介するとき、よく冗談めかしに、もし葉堂グループがなかったら、失われた十年が二十年になるとかなんとか。

 

 とはいえ私は家電を買えに来たわけでもなく、店の外をほんの少し眺めただけで興味なさげに去っていった。

 

 首にかけているヘッドホンを耳に付け音楽を流す。

 ネコミミがついている割と目立った造形のヘッドホンだが、魔術のテクニックを運用して他者からの視線を逸らすこともできるので、じろじろ見てくる人はいなかった。

 

 このヘッドホンは改造されたもので、音楽を流すのと同時に、ネコミミを通じて周囲の音を拾うことができる。

 ヘッドホンを付けているから周囲の音が聞こえなくなる心配はない。

 むしろ、より精密的に周囲の声を集められる。

 

「ほら、これを付けてみろよ」

「付けるわけないだろ、うつけ」

「コクピットに乗っているときも付けているじゃないか」

「あれはネコミミなどではないわい!情報(コード)を伝達するための補助装置だこの大うつけが!!!」

 

 懐かしい声が、聞こえた気がする。

 声の元を見やり、そこはこの商店街唯一のコスプレショップ。

 

 何を思ったか、私は店に踏み入った。

 

「九郎?」

 

 ドカンと、大きな音がした。

 音が発したところへ行くと、そこに我が兄、大十字九郎が一人ぼっちに立っている。

 ネコミミカチューシャを手にもって。

 

「……」

「……」

 

 パシャリ。

 無言でスマホのシャッターを切る。

 

「証拠確保」

「いきなり何すんねん!?」

 

 私のあまりにも熟練とした早撮りに反応できず変な訛りが出た九郎。

 

「ともかく言い訳させてほしい」

「九郎が女子〇学生にネコミミを付けたい変態ロリコンであることについて?」

「違う、そうじゃない」

「じゃあ自分で付けたいの?ようやく女装に目覚めた?」

「それも違うぅぅぅ!!!!!やめろぉ、想像するな、それと俺に想像させるな!」

 

 カチューシャを素早く元の位置に戻し、九郎は頭を押さえる。

 何か名状し難い記憶を思い出したようで苦しむ九郎。

 なお約一分後に回復した。

 

「で、なんてコスプレショップにいるわけ?」

「たまたまだよ、たまたま」

「たまたまコスプレ趣味に目覚めたの?」

「ちげえよ!蒸し返すな!!!」

 

 やっぱ九郎は面白いにゃ。

 相変わらず揶揄(からか)い甲斐がある。

 あッ、いいこと思いついた。

 

「そういえばこの前チャットで、九郎が帰ってくるって玻璃に伝えたの、それで兄貴に会いたいって結構はしゃいでねー」

「玻璃の奴にも知らせたのか。アイツ御曹司だからてっきり忙しいから黙っといたのに」

「そんなわけでこの写真、玻璃に送ろうかな」

 

 おもむろに玻璃とのチャット画面を九郎に見せつける。

 入力欄についさっき撮った九郎がネコミミカチューシャを手に持った写真を添えて。

 

「なんでもするからそれだけはやめて!」

 

 光の速さで土下座をかます我が兄九郎。

 

「んーーー、なんでも?」

「あのォ……俺の社会的生命を脅かさない範囲で」

「でも今まさに九郎が社会的死亡を迎えようとする瞬間なのでは?」

「そんなこと言わないで!!!」

 

 私の指が送信ボタンに迫る。

 

「誠意がなってないなぁ九郎はん」

「貸し一つで、どうか、許してくれまへんか!!!」

「ふん、仕方ないなー。この写真は、送らないでおこう」

「ありがてぇ、ありがてぇや」

 

 私はネコミミカチューシャの写真を撤回し……

 そしていつの間に撮った九郎が土下座している動画を再生する。

 

「でー、これも貸し一つってわけ?」

「……それはちょっと、あんまりじゃあないか?」

 

 大いなる社会的脅威を前に絶望する九郎。

 これで九郎は悟ったでしょ。人生は即ち綱渡り、ほんの少しの不注意でどん底に落ちる始末。

 そもそも(だい)の大人が女子中学生に土下座しているこの絵面が終わっていることを最初から気付くべきなのでは?私は訝しんだ。

 

 やはり兄貴と尊重されているからこそ、いらん意地を張りたいわけかなー。

 私には関係のないことだけど。

 

「ということで送信っと」

 

 ポッチっとな。

 

「ひでぶっ!」

 

 奇声を上げ、ショックの余り横に倒れる九郎。

 エンディングテーマまで流れ始めた。このまま九郎の人生はスタッフロールに突入。そして閉幕と共に観客総立ち、大喝采。世界中で感動の(あらし)興行(こうぎょう)成績連続1位。

 

「そのとき、世界中が泣いた!」

「我々は歴史的瞬間に立ち会おうとしている」

「騙されたと思ってみて見てなさい!」

「ママ、切り刻むほどに愛してる」

 

「やめぇえええいっ!それ俺のセリフ!」

「みゃはははははは〜」

 

 閑話休題。

 

「冗談だよ冗談、送るわけないでしょ」

 

 起き上がる九郎の目の前で玻璃とのチャット欄を見せ、そしてさっき撮った写真と動画を削除。

 既にネムにバックアップしてもらったのは内緒で。

 

「ああ、スッキリした」

「あのー、エンネア。俺、何か気に障ったことでも……」

「……何ィ!?彼奴(きゃつ)はエンネッ……っぐうぅううぅ……!?」

「あれ?今の声は……」

 

 九郎は何故か片手をショルダーバックに突っ込んでいる。

 

「声?店員の声か何かじゃねえのか?」

「だけど知り合いの声のような……」

「そうか?俺は聞こえてないが」

 

 気のせい……かな?

 

「それより最近学校はどう?なんか最近調子悪そうに見えるぞ?」

 

 露骨に話題を逸らそうとしている気もするが、ここ数日間はネムが代わりに行動しているから、九郎にバレる可能性もなくはないので、油断してはいけない。

 

「別に普通よー。九郎じゃあるまいし。相も変わらず、文武両道、才色兼備、学年トップを常にキープし、校内に知れ渡る孤高の華をよろしくやってるよ」

「それ自分で言う?自己評価高すぎんだろー。あと、何が俺じゃあるまいんだぁ?俺も中坊(ちゅうぼう)ころは良く先生に褒められる成績優秀な優等生だぜ」

「そうなの?確かあの頃の九郎は中二病まっしぐらで、家ん中でこっそりと『銜尾蛇烈破(ウロボロス・ブラスター)』とか『大宇宙衝撃(ビッグバン・インパクト)』とか叫んだり……」

「うおぉおお何で俺の妹がこんなにも俺の黒歴史に詳しいんだよォォオオオ!!!!!」

 

 蹲り頭を抱える九郎。

 そんな九郎の頭をナデナデする私。

 

「大丈夫、私はどんな九郎でも愛しているよ☆」

「何故だろ……気持ちはありがたいが全然嬉しくならねえ……」

 

 流石に他人の店の中でこんなプレイを続けるのは公序良俗違反なので、店を出て一緒に商店街を廻ることにした。

 

「ただでさえ大学で姫様に絞られてるのに、家に帰ったら妹にも弄られ、あと古本娘も日常的に(小声)……一体全体俺の人生って、何処から間違ったんだろ……」

「あはは、九郎はやっぱ愛されているねー」

「こんな愛され方じゃあ流石にちょっと堪えるぜェ」

 

 はああ、と長い溜息をする九郎。

 私の隣を歩き、すれ違う人がいるたび、軽く私を庇うような動きをする。

 さりげない動作でも、私に気遣っている。

 

「さっきの話だけど」

「なんの話?」

「お前が調子悪そうに見える話」

「それまだ続けるの?別になんにもないってばー」

 

 九郎から目を逸らす。

 私の事情を九郎に明かすことができない。

 正直に言ったところで、何の解決にもならない。

 

「……分かった。お前が背負ってることを吐けとはいわねえよ」

 

 歩きながら、九郎が応える。

 苦笑いするような顔をして。

 

「俺もそうだからなぁ。自分の重みを他人に背負わせるのが、苦しくなってしまう時が結構……というか沢山ある。

 自分でしか解決できない問題もあるし、他人に知られたくない問題もあるし、知ったところでどうにもならない問題もある。

 そういった問題に遭ってしまったときは、やはり自分自身に頼るしかない」

 

 軽い口調で、遠い過去を思い返すかのように語る。

 

「だから尚のこと、そういうときこそ自分に問うんだーー俺は、俺らしく問題に向き合っているのかを。

 何故ならそれは俺でしか解決できない問題だから。言い換えれば、俺が俺でなくなったら、問題を解決したところで本末転倒だ。というよりそもそも、それで本当に解決できるのかすら怪しい」

 

 それは正直屁理屈。しかしそれを堂々と語っている九郎の言葉から、何故か説得力のようなものを感じた。

 そして屁理屈を並べ立てた九郎は私に顔を向き、視線がぶつかってしまう。

 

「だからエンネア、いやーーー、久遠。お前も、お前らしいことすりゃあいいんだ。そんでいつか言いたくなる時にでもなったら、また言ってくれればいいさ」

 

 九郎の言葉の意味は何となく理解できた。

 けれど、私は今の平穏を天秤にかけることができない。

 だからまだ、言うべき時ではないはず。

 

「珍しく真面目な話を言うのね、九郎は。全然似合わないの」

「るっせえ、ほっとけ」

 

 駅の隣まで歩いて、私は先に帰ることにした。

 

「俺はまた少し用事があるから、一人で帰れるだろうな」

「九郎こそ、あまり遅くまで外でウロウロするなよ。外で一人晩ご飯食べるなら先に電話してね」

「一人前提かよ!分かってるって。心配するな」

 

 定期券で改札口に入り、九郎に手を振って別れを告げる。

 九郎も手を挙げて、私を見送る。

 

『どうせ家に帰ったらまた会えるのに』

 

 そう思えるも、この儀式めいたやり取りを辞めたくない。この日常を味わうチャンスを逃したくない。家族といるほんの一時も、縋るように嚙み締めて。

 私にとって大切で、掛け替えのない思い出を、全て……

 

 

「どういうつもりなのでしょうかね、夢の番人さん」

 

 消え損なった夢に、"D"は立っている。

 その目の前にあるのは、光の粒子で形作った輝く人型。

 

 人型は"D"を見やり、首を振り、何も言わずに消え去った。

 

 眉を顰める"D"。

 そして、人型が消えたところから空間が歪め、死の淵に渦巻く気配と共に現れたのは、和服が似合いそうなのにメイド服を着ている黒髪ストレートの女性。

 

「今回は流石にやりすぎましたよ、██」

「その名前で呼ばないでくださらない、冥土(メイド)

 

 冥土と呼ばれた女性のカタチをした存在は、悲しむような、惜しむような顔で、一歩踏み出す。

 踏み入った場所からさざ波が揺れ、空間が揺れ、星空が揺れ、そしてーー虚空が現る。

 

 冥土と"D"の立つところに、ガラスの地平が無より出現した。

 白いラウンドテーブルがガラス上に置かれ、綺麗に飾られた平たい紙箱はテーブルの真ん中にあり、薄い紙の板でチェス盤のように区切られ、其処にチョコボールが入っている。

 紙箱に入っているチョコボールに対応するかのように、ガラスの下に無数の惑星が、展示ケースに収納された芸術品かの(ごと)く、格子模様に区分けられた空間に浮かんでいる。

 

 ラウンドテーブルの真下にある四つの惑星に、航空写真に写った地球とそっくりの青い惑星と、その対角線上に半分砕けた死にかけの惑星がある。

 紙ハコの真ん中にある四つのチョコボールにも、地球の表面に似た模様を持つチョコボールと、相対する半分崩れたチョコボールが入っている。

 

「ゲートを開くのは流石に、時空間に対する影響が大き過ぎました。星の運行が乱されても不思議ではありません。例えすでに修正されていても。この間のあなたの動きは、注意されても仕方ないのです」

「それを言う割には穏やかですね。私を連れ戻しに来るわけではないでしょう」

「ええ、もちろんですとも」

 

 冥土は適当に、チョコボールの一つをつまみ上げ、口に入れた。

 対応する位置の惑星がその瞬間に砕け散った……ようなことは勿論(もちろん)なく、ただ冥土がチョコボールを美味しく頂いただけ。

 モグモグと、食べ終わった後、口(ひら)く。

 

「これ以上、二つの惑星に干渉しないほうがいいですよ」

「……辞めさせるつもりですか?それは無理です。ようやく面白くなってきたのに」

「あらら、やはり断られてしまいましたか。この様子じゃ説得は無理そうですね」

 

 説得という説得がないのに結論付けられた。

 全知の領域に近い故、互いへの説得が無意味で、意志表示だけで十分だと理解している。

 

 言葉が通じないなら後は拳で、とは人間どものよくある展開だが、やはり冥土と"D"の間にはそうはならなかった。

 何故ならこの二柱とも、戦いの結果は自分の思い通りにはならないと熟知しているから。

 理不尽と理不尽が相対する無意味な戦い、斯くなるシナリオはカットしたほうがいいだろう。

 

「世界がどう変わろうと私は変わりませんよ。楽しみを邪魔されたくありません」

「ええ、あなたなら変わらないでしょうね、本来なら」

「……」

「ただ、運が悪かっただけです」

 

 運が悪かった。

 たまたま同じ名を付けただけ、たまたま自分自身を邪神だと定義づけただけ。

 総ては、世界がこうなってしまう前に決められた選択肢。

 

「世界が変わろうと、宇宙が変わろうと、私たちが友であることは変わりありません」

「共に閉ざすものである宿業の為、共に長い月日を過ぎた因果の為……ですね」

「ええ、私たちの魂が、いつまでも意義を失わないことを願いましょう」

 

 祈りを捧げ、二柱がこの場から消えた。

 けれどこの空間は、二柱の退場と共に消えることはなかった。

 

 手を伸ばす。

 

 半分崩れたチョコボールを掌に、余すことなく口に放り投げる。

 舌に広がるのは甘い甘いチョコの口当たり、隠し味は芳醇なるワインの香り。

 

 時の流れは無情にして無常。概念そのものが虚構である。

 空間が永劫なる実在。空間を失えば意味すら消え失せる。

 

 ーーこの世に『必然(フェイト)』なんてない、総てが『偶然(チャンス)』なんだから。

 

 ネロにとって、ね。

 

「ーーきしし」

 

 

 電車に座り、窓の外に流れる景色を眺める。

 ヘッドホンから耳に響く音楽が、私を周りの喧騒から隔てる。

 

 電車の中にも、葉堂グループの広告が載せられている。

 これぞ資本の力、と思っちゃったりして、葉堂グループは確実に日本の経済を支えている企業グループだと感心する。

 

 けれど、葉堂グループの歴史を知る日本人であれば、それに複雑な思いを抱くでしょ。

 何故なら葉堂グループは、アメリカに本家を置く世界的大財閥たる覇道財閥とは、切っても切られない関係を持っているから。

 

 覇道財閥は十九世紀末からアメリカにて頭角を現れ、二十世紀前半でアメリカ最大の財閥の一つまで成長した世界的な大財閥。アメリカ有数の大都市たる妖都アーカムの成立にも深くかかわっている、アメリカの両政党と共に関りを持つ裏のある資本集団。

 覇道財閥の総帥は代々日系アメリカ人家系である覇道家が担当している。にも拘わらず、覇道財閥は日本でいい名声を持っていないその最たる原因はーーかの大戦にて、覇道財閥は最初から最後まで中立な立場に貫いたから。たとえ日本が、原爆の脅威にさらされていても。

 それは覇道財閥初代総帥、のちに教科書にも載せられた伝説的な人物である覇道鋼造の出した命とも噂されている。この噂は真実かどうかは分からないが。

 

 ()()()での原爆の爆発により発生したーー『広島湾原爆大津波』と呼ばれる放射性物質を含んだ超巨大津波が過ぎたのち、覇道財閥の日本での名声が最低にまで堕ちた。

 そして、覇道家の遠縁に当たる葉堂家が立ち上げた企業グループ即ち葉堂グループは、例えその成立がかの大戦の終結からの十年後だとしても、覇道財閥からの飛び火を食らってしまっている。

 

 この宇宙における地球の歴史が、無限螺旋とは微妙に異なっている。

 魔導技術の有無、原爆が開発された時期、魔導大戦(グレート・ウォー)と異なった世界大戦……

 其処に似通った人物、似通った組織が現れるのは、果たして偶然なのでしょうか。

 

 いや、そもそも、何故同じような人物と組織が現れるの?

 無限螺旋における覇道財閥の成立が、九郎がマスターテリオンの計画を阻止するがためのものであると同時に、デモンベインの誕生、無限螺旋の根幹と深く関わっている組織。

 なのにこの世界で同じような組織が現れるのは一体何故……?

 

 おかしい。

 何故私が今まで違和感を覚えなかったの?

 何故今になって……

 

久遠(マスター)

 

 ……

 私が今、何を?

 

『そろそろ夏休みね。マスター』

『……まぁねー。玻璃や叔父さん叔母さんたちとの旅行も楽しみィ。それに今回は九郎もいるし、きっと張り切ってるでしょ玻璃は』

 

 ネムと雑談しながら、異世界にいるネロの状態を確認する。

 ネロの躰はまだ気絶している。汚染の除去にかなり時間がかかっている。

 回復に専念するため、その周りの状況すら確認できない。

 

 ネロは異世界で端末として大量のページを配っている。

 無銘祭祀書の本体が此処にいるため、私にもページの制御権がある。

 今はページ・ドールたちに自由行動を任せている。時間の流れが異なって、しかも次元も又いているため、精密操作はできそうにない。

 

 夢の中、"D"と自称する若葉姫色に出会った。

 代わりに、現実では若葉姫色という人間が、ニュースで『平進高校爆発事故』と呼ばれたあの事件以来姿を消している。

 当然のことに、人間としての若葉姫色は既に死亡したと扱われている。

 

 こちら側の手がかりが途切れている。

 もう、ネロに任せるしかないのかしら。

 

『大丈夫、ネムも頑張って調査を進めるよ』

『そう?頼もしいね』

 

 諦めたりしない。

 守りたい人たちを、神々の脅威から遠ざかるために。

 決して、諦めたりしない。

 

 

《憎悪の空より来りて》

《正しき怒りを胸に》

《この()は魔を"絶つ"剣を執る》

《我ーー》

 




ネロ
「ーーきしし」
 魔人(ホラー)。混沌にして闇。█████████
 この内容は検閲されています。

ロボット ██████・██████
 操縦者:██
 魔導書:██
 ███████████。

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