都内某所。
広大な敷地に建てられた純和風建築。
現代において国内外問わず絶大な影響力を秘める翁、徳川光成の居城であった。
その客間の一室にて二人の男が向かい合わせている。
一人は家主である徳川光成本人。
歳相応。くしゃくしゃの矮躯に関わらず、その体から溢れる気力は並みの人間を凌駕している。
全身に転移するほどのガンを患っていたが、先日の
かたや老人に対面するは若い男。何も知らぬ者が見れば祖父と孫と思われるほど若い青年であった。
成人を迎えたかどうかという青年だが、若さよりデカさが印象として先に来る。
正座して小さくなっているはずなのに、その肉体が真に大きく、鍛え上げられているのが素人であっても分かる。
身長190センチ弱。分厚い胸板。太い首。節くれだった手足。どこをとっても特徴的。
しかし一際目を引くのは、何と言っても彼の右腕であろう。
特徴的な右腕、というわけではない。どこを探そうが特徴などは見当たらない。
当然だ。彼の右腕は存在しないのだから。
本来なら腕が通されているだろう袖は、力なく垂れて床についている。
片腕。隻腕。不揃腕。
明らかに普通ではない。それは分かる。見れば分かる。
では違和感があるのか? そう問われたら誰もが首を傾げることだろう。
あまりに自然体。引け目も、負い目も、そこには存在しない。これこそが己の
青年の名は愚地克巳。
現・神心会の館長であり、武神・愚地独歩の義息子。
ピクルとの闘争の果てに右腕を失いつつも、それすら糧に新たなる道を模索する
「ふむ。今日は一体どういう要件で参ったのじゃ?」
老人がぎょろりとした目で青年に問いかける。
いつもは呼びつける側の光成であったが、今回は克巳から求められ設けた一席であった。
予定になかった唐突な訪問とはいえ、老人が青年の要求を無碍にすることはあり得ない。
徳川光成は力の信奉者。彼の価値基準はただ一つ、強さのみ。強者を何より尊び、優先するのがこの男だ。
総理大臣と愚地克巳のアポイントが同時に発生したのなら、彼は迷うことなく後者と会うことを選択する。
一泊置いて、青年は口を開く。
「徳川老は、かの範馬親子の喧嘩をご覧になられましたか?」
「当然じゃ! 砂っかぶりの最前列で、この目でしかと見届けたわいっ!」
「そういえばそうでした。最後にはテレビにも映っていましたね。誰が呼んだか『史上最強の親子喧嘩』だとか。全く……大したものです」
克巳は感嘆するように、一つ息を吐く。
「力及ばずと知りながら立ち向かった刃牙さん。それを踏まえ迎え撃った勇次郎氏。勝てる勝てないではない。始まりは日常の中の些細な切っ掛けから。それが刃牙さんが求め、勇次郎氏が応じた親子喧嘩。規模こそはまさに史上最強。しかし……これが親子喧嘩。これぞ親子喧嘩。喧嘩でありながら会話。どこの家庭でも起こりうる普通の親子喧嘩でした。そしてこれは自分の偏見かもしれませんが、それは血の繋がった実の親子だからこそできる喧嘩です」
少なくとも俺には、ちょっと難しい。
克巳は続けて語った。
「俺はあくまで養子。
「……ふむ。そうか」
光成は話半分に聞き流しながらキセルに火をつけた。
強さを尊ぶと言えど、興味のない話に関心を向け続けるのは難しい。
あの戦いの感想戦をするのならともかく、始まったのは義理の親子関係特有の、それこそ何処にでもありそうな
「……だからこそ、この俺たちの関係だからこそ出来る喧嘩がある」
煙を飲まんとした徳川の息が、止まった。
「俺たちは範馬親子のように血は繋がっていない。義理の父、義理の息子。しかして二人を繋ぐ
突き出された左手。
血が滲むような激しい修行によって作り上げられた、空手家の手。
退屈そうにしていた光成の顔は一転して、遊園地を前にした幼子のように輝き始めていた。
「あの素晴らしい親子喧嘩……一つだけ欠点がある。大きな大きな欠点が」
「欠点? なんじゃそれは?」
史上最強の親子喧嘩。そう呼ぶに相応しきあの素晴らしい闘争。ケチを付ける要素などどこにもないだろう。
老人の考えを否定するかのように、克巳は大きく首を横に振った。
「――親父越え。成長した子が偉大なる父を打倒し凌駕する。そのカタルシスが、あの喧嘩になかった」
「お、おおっ!」
なるほど道理だ。範馬刃牙という少年は範馬勇次郎という
親子喧嘩の本懐とは父を超えてこそ、倒してこそだと克巳は言い切った。
光成は待つ。決定的な一言を。言葉にしていないだけで、確定した未来として訪れる闘争の開始を。
「無論、先ほども言ったように範馬家とウチでは事情が違う。だが俺も、いやだからこそ俺も――」
「――克巳ぃっっ!! 何がしたいか早う言わんかいっっ!!」
焦らすような克巳の物言いに痺れを切らした光成の声が、屋敷を突き抜ける。
怒声? 否。それは抑えきれず裡から漏れ出た欲望の声。
早く、早く言ってくれ。金だろうが土地だろうが何だろうが、必要なものは全てこちらで手配するから、どうかその言葉を言ってくれ。
言葉の裏に秘められた彼の欲望は、もはや懇願と言ってもいいだろう。
堪えきれないと言わんばかりの気持ちを汲み取った克巳は、苦笑と共に決定的な一言を告げた。
「徳川老、愚地独歩と愚地克巳による
「~~~~見たいッッ!!!」
天よ裂けろと言わんばかりの絶叫が、老人の興奮を世界に伝えていた。
これより一時間足らずのうちに、関係各所および格闘家たちに通達が届く。
内容は以下の通り。
――これより〇〇日後、地下闘技場にて、