【完結】範馬刃牙 史上最強の義親子喧嘩   作:和尚我津

4 / 6
片腕という個性(オリジナル)

 史上最強の親子喧嘩より前。

 神心会での刃牙と対話した後。

 

 愚地克己は悩んでいた。己が手に入れた『個性(オリジナル)』について。

 

 片腕(かたうで)

 隻腕(かたうで)

 不揃腕(かたうで)

 

 致命的な欠損や不具――ではない。

 これは他の空手家の誰もが持ちえない、彼だけの個性(オリジナル)である。

 

 失うことで手に入れた望外の幸運。

 被食を覚悟して望んだ立ち合いの果て、転がり込んできた僥倖。愛しきライバルが授けてくれた素晴らしきプレゼント。

 喜ぶほかない。

 

 ゆえに悩みの種はその次。この個性(オリジナル)の強みは、果たして一体何なのか?

 

 余人であれば。客観的に見れば。一般論で言うならば。

 強みなどどこにも存在しないと言うだろう。

 

 片腕のみ。不利なのは言うまでもない。

 戦いのみならず日常生活に至るまで、もはや説明不要の圧倒的ハンデキャップ。

 いわんや戦闘において始まる前から勝敗を決定づけていると言ってもいい。

 

 それら無個性(外野)の意見を克己は鼻で笑う。

 彼は確信している。ツマラナイ戯言を打ち砕くだけの強み(ポテンシャル)を、我が個性は秘めていると。

 

 日々鍛錬。日夜修練。

 近づいては居る。身に着けつつもある。日進月歩という言葉すら置き去りにするように、完成へと。

 されどあと一歩。その強み(ポテンシャル)が詰まるところ何なのか、明確な答えを見いだせてはいなかった。

 

 

 

 青年に訪れた苦悩。しかし得てして、悩みとは些細な切っ掛けにより晴れるものである。

 

 

 

「……イケネ。神聖な道場で何たる様か」

 時刻は深夜。

 己がスタイルの追求の日々。つい鍛錬に熱が入ってしまった彼は、疲労に導かれるまま道場のど真ん中で横になって寝入ってしまっていた。

 

 中途半端な睡眠。中途半端な覚醒。

 寝ぼけた頭のまま克己は胡坐を掻き、腕を床に着け立ち上がろうとする。

 

 ()()()()()()()使()()()

 

 当然。体は前に倒れ込む。

 無論。この程度で無様に顔から落ちるような男ではない。

 必定。阻止するように動く身体。

 

 その最中でも緩慢に思考する。

 

(あ……ヤベ。やっぱ不安定。マッズ。顔から行くなこりゃ。受け身取らなきゃ。左手はまだ間にあ…………不安定?………………ッッ!!)

 

 至った答えに意識が覚醒する。

 

 僅かな動き。それこそ左腕一本で止まる動きに、彼は全身の筋肉を駆動。

 胡坐の体勢からとは思えない動きで空中を踊り、柔道家顔負けの受け身を取る。

 

 バンっ!

 

 重たい音が道場に響く。全身に伝わる衝撃が落下の大きさを示していた。

 

 受け身を取った克己はもちろん無傷。しかして肉体は微動だにせず天井を凝視している。

 否。視線は天を向いているが、彼の意識は全て裡に向かっていた。

 

 

(こ……こ……これだァ~~~~ッッッッ!!!!!!)

 

 

 先の全てを振り返る。

 武術家としてあるまじき注意散漫。己が不注意によってあわや転倒。

 回避のため、全身を駆動。総身に流すことで事なきを得たが、奔る衝撃の総量は甚だ大きく。

 それら全ての原因は意図せずして、片腕によって引き起こされた『()()()』。

 

 空手を学んでから幾星霜。彼は常に『安定』を求めていた。

 足を、腰を、体幹を鍛え上げた。

 強い打撃を放つため。襲う衝撃に耐えるため。組まれても崩されぬために。

 

 いつの日も散々とイメージしてきた。

 深く根を張る巨木を。悠然と聳える不動の峰々を。地球の核に繋がった己を。

 

 安定(それ)こそが強さに繋がると信じて。安定(それ)だけが強さに繋がると信じて。

 だが果たして、安定(それ)は真実か?

 

 脳裏に浮かぶは、深々と根を張る巨木。天を衝く山嶺。人の身で幾ら殴打を重ねようと、彼らは小揺るぎもしない。

 人の身では如何ともしがたい圧倒的な存在感。圧倒的な安定感。

 

 なれど脅威ではない。

 木は木陰を作り安息を与え、山は生けるもの全てを包み込む。安定しているが故に安心なのである。

 

 しかしいざ、落雷に裂かれ巨木が倒れるとき、地震によって山が崩れるとき、何者にも止められぬ脅威へと変貌する。

 

(そう。彼らが牙を剥くのは安定を失った時……いや、『不安定』を手に入れた時!)

 

 悟る。力とは、脅威とは、威力とは、不安定から生まれるのだと!

 

 克己は見る。そこにない右腕を。

 左右非対称となり、重心のバランスが崩れた肉体を。

 意図して律せねばすぐに倒れかねないほど、安定感を失った我が身を。

 

(失った? 否ッ! 手に入れたのだッッ!! 『不安定』をッッッ!!!)

 

 倒れる巨木のように! 崩落する山のように!

 

 男は確信する。

 不安定。この不安定こそが、この個性最大の強みであると。

 五体備える者には絶対に手に入ることのない武器であると。

 

 無論、今まで積み重ねた物が間違っているわけではない。

 安定感こそが強み。これは正しい。

 だが同時に不安定こそが脅威。これも正しい。

 

 ではどうするか? 凡人では解決する気すら起きない難問に、天才は既に答えを出していた。

 

(両立させればいい。安定と不安定という相反する2つを)

 

 それはまさに矛盾の答え。

 安定した不安定という矛盾。不安定なる安定という矛盾。

 

 矛盾を矛盾したまま成立させる。それは凡人では一生涯掛かっても成し得ぬ所業。

 そして天才とは、それを成し得る存在のことである。

 

 立ち上がり、克巳は己が身体と対話する。

 重心が崩れ不安定な身体に、力を込めて安定させた後、すぐに不安定を取り戻す。

 不安定。安定。不安定。安定。

 高速で磁極が入れ替わるモーターのように、肉体は安定と不安定の間で絶えず揺れ動く。一見すると不動でありながら、全身から吹き出る汗がその内側で起こっている修練の激しさを伝えていた。

 

 振れ続けるメトロノームの針が前触れなく止まったかのように。

 永遠に続くのではないかという矛盾の追求は、唐突に終わりを迎えた。

 

(こうか?……いやコレか?……違う…………コレだッッ!!)

 

 身体は自然とサンドバッグの前に。

 無造作に、空手の技や培った技巧もなしに、ただ腕を前に突き出す。

 端から見ると体重すら乗ってない、文字通りの手打ち。

 

 その一撃は――200キロものサンドバッグを、くの字に歪ませた。

 

 軋む鎖の音を聞きながら、男はやり遂げた笑みを静かに浮かべる。

 

 愚地克己。

 ピクルに喰われてから○○日という天才にとっては長き(凡人にとっては短き)時を経て。 

 安定と不安定という対立する矛盾を呑み干して。

 片腕という『個性(オリジナル)』の神髄。ここに体得ッッ!!

 

 

※※※

 

 

「『安定した不安定』それが克巳さんが手に入れた個性(オリジナル)

 刃牙の説明の最中でも当然、義親子の攻防は止まることは無い。

 様相を一言で言うならば、克巳の独壇場。

 独歩の攻撃は悉く無効化され、触れるだけのような克巳の軽くて速い打撃はその全てが必殺の威力を秘めていた。

 

 独歩の攻め手が緩めているわけではない。むしろ手足の残像を残すほど果敢に攻め立てている。されど克巳にはどれ一つとして効いていない。

 当たってないのではない。効いていないのだ。

 必倒の一撃。必殺の拳足。触れただけで死に至る攻撃を喰らって倒れ、回転して、仰け反って、

そして一瞬の後には何事もないかのように元の姿勢に戻っていた。

 

 一方の克己はただ当てることだけを重視したような、速くて重みのない攻撃を放つ。

 一見して格闘技を嗜んでない成人男性でも耐えられそうな打撃。それがかの『武神』に明確なダメージを与えるほどの攻撃力を秘めているなど、だれが想像できようか。

 

 刃牙は語った。この結果を齎したのが、克巳が手に入れた個性(オリジナル)、『安定した不安定』によるものだと。

 

「あ、あの独歩がここまで一方的とは……しかし、その個性がこれほどの力を持つなのかの?」

 

 どこか納得のいかない様子を見せる徳川。

 むべなるかな。『安定した不安定』などという矛盾した理屈を瞬時に理解できるものなど、そう多くはない。

 

「単純な話だ、徳川」

 数少ない一人、範馬勇次郎が言葉を繋いだ。

「重量形状問わず、運動する物体は速度に比例して破壊力が大きくなる」

 語られるは物理学の初歩の初歩、単純かつ当然の話であった。

 ある武術家曰く『体重×握力×速度(スピード)=破壊力』。

 質量(体重)硬度(握力)が同じであれば、速ければ速いほど破壊エネルギーは大きくなる。子供でも分かる簡単な理屈である。

 

「それと同時に、速度の増加と共に物体から安定は失われ不安定な状態に遷移する。横からの些細な力で軌道が大きく変わるほどに」

「う、うむ。そうじゃの」

 徳川の脳裏に浮かぶは、砲弾と化したピクルが軽く弾かれただけで観客席に飛び込むシーン。あれはまさに『不安定』と呼ぶほかないだろう。

 

「この事実から次のことが言える。速度(スピード)とは即ち、不安定ということ」

 勇次郎が語る理論、否、真理は先の公式を『体重×握力×()()()=破壊力』へと言い換えることを許した。

 

克巳(小僧)の肉体は右腕を失うことでバランスが崩壊していた。常人であれば偏りを補うようにバランスを取って安定させる所を、奴は()()()()()()()()()()()()()()()のだ。今の克巳(小僧)はさながら、地面まであと1センチという所で静止した、倒れかけの棒のようなもの」

「キングオブポップの斜め立ちの方が分かりやすいんじゃない?」

「黙れ」

 

 刃牙の茶々入れを一蹴し、総評を下す――技の原理としては『抜拳術』が最も近い、と。

 全てを看破した地上最強の生物は、克巳の技の本質を見事に突いていた。

 

「奴の肉体は不安定。それゆえに()()()()()()()()()()のだ。ただ当てたような手打ちの打撃であっても、その一撃は克巳(小僧)の全力の突きに匹敵する。独歩の攻撃を受け流しているのもダルマやヤジロベエが倒れぬが如く、降りかかる威力の一切を取り込むことが出来るその不安定さからだ」

「埋もれた巨岩、山に積もった雪、地面だってそうだ。それらの破壊力は安定しているが故に当然ゼロ。だけど()()()を得て落石や雪崩、地震へと顔を変えた瞬間、それらの破壊力は言うまでもない」

 実例を出す刃牙に納得しつつも、徳川は未だ疑惑を拭えず。

 

「攻防一体の戦闘形態(スタイル)というのは分かった。しかしのぅ……格闘家に限らず、アスリートにとって大事なのは『安定感』ではないんか?」

 どうにも腑に落ちない。その感情を隠すことなく言葉に乗せる。

 不安定が強さに繋がるなどとは聞いたことがない。鍛えた足腰、ブレぬ体幹、乱れぬ重心。すなわち安定感こそがパフォーマンスの発揮に繋がるというのが徳川(一般)の常識であった 。

 

「ジッちゃんの言うことも間違いじゃない。スポーツにおいて動きの連動性を保つため安定感は極めて重要。柔道といった組技系格闘技に至っては重心の崩し合い(安定感の競い合い)の勝負と言っても過言ではない。モチロン打撃系格闘技にしても強い打撃を放つために安定感は求められる」

「じゃったら!」

「だが同時に、大きなジレンマがソコに存在している」

「じ、ジレンマじゃと?」

 

 徳川は範馬親子の解説に耳を傾けつつも、視線は一時たりとも闘技場から離さず。

 素人然とした克巳の打撃に防戦一方となっていた独歩が反撃に出る。

 理屈に合わぬ一撃に吹き飛ばされた武神が、間髪入れず走り寄り跳躍。放つは打撃最強、跳び後ろ回し蹴り。

 巻き上がる砂塵が旋風を描き、克巳の胸部に直撃。

 一発逆転。まさかのカウンターに決着が付いたか。

 そう考える観客たちは、肉を打つ衝撃音が届かなかったことに気付いてなかった。

 弾かれる100キロ越えの巨体。地面に一度バウンドし――左手一本で倒立。

 そのまま何事もないかのように両の足を地に下ろす。

 死に至るような攻撃を受けたというのに、青年の肉体には僅かな負傷すらなく、土埃を払う余裕すら見せつけていた。

 

 全ての動きが今にも倒れそうに不安定。だが決して倒れることはないだろう安心感を同時に覚える。その矛盾した感想を抱かせる光景を前に、何とも言えない座りの悪さを徳川は感じていた。 

 同じ気持ちを抱いていた観客たちは、そのモヤモヤした感情を吹き飛ばすかのように大きな歓声を上げていた。

 

「今の独歩さんの攻撃こそが、打撃が抱えるジレンマそのものだ」

 いい教材を見つけたとばかりに、刃牙の声は弾んでいた。

「ただ強い打撃を放つだけなら()()()()()()()()()()。走って跳んで蹴ればいいんだから。さっきの独歩さんのように」

 あっ、と驚きの声を上げる徳川。

 独歩が先に放ったのは、()()()()の跳び後ろ回し蹴り。

 そう。空中というこれ以上はない程に()()()な場所で放った一撃が、()()()()なのである。

 

「腰を入れる、体重を乗せる、鋭く踏み込む。多種多様に表現されるそれら全ては『重心を加速させて、威力を高めること』を意味する――これはつまり打撃に速度、すなわち()()()を与えるということ。安定感は威力に繋がるどころか、全く真逆の効果しか与えない」

 『体重×握力×速度(スピード)=破壊力』という公式。その中に()()()という変数は存在していない。

 否。『体重×握力×()()()=破壊力』という式に変換した場合、安定感はむしろマイナス要因でしかない。

 

 独歩が踏み込み、下半身を()()()()()

 腰を回し、肩を入れ、突きに速度を乗せる(不安定を与える)

 

「強い打撃を撃つために足腰を鍛え体を()()させ、しかして打突部には速度(不安定)を与えなければならない。ブレーキを掛けながらアクセルを踏んでいるようなもの。これをジレンマと言わずになんと言うのか」

 

 受ける克巳は無防備そのもの。武神の拳が左胸に突き刺さる。

 それを、強く肩を押されただけのように、反時計回りに回転してあっさりと受け流す。

 打撃の教科書とも言える、独歩の洗練された攻撃の悉くが、通じていなかった。

 

 お返しとして放たれた裏拳を独歩は躱して、両者相対。

 全身に打撲を受けながら、どっしりと構える独歩。

 目に見えた傷はないが、どこかフラフラした印象を受ける克巳。

 

 今の両者は何とも相対的であった。

 

「なるほどのぅ~~。安定を捨てた先にある境地。それが今の克巳ということか」

「勘違いをするな徳川」

「克巳さんは安定感を捨ててなんかいない。培ってきた安定感があればこそ、克己さんが備える不安定は大きくなる。安定と不安定、本来対立する二つを両立させて初めて、あそこまで独歩さんを追い詰めているんだ」

「な、なるほど」

 

 ここに至り、徳川は『安定した不安定』という個性(オリジナル)の術理の概要を把握した。

 刃牙が上げたゼロ・グラヴィティというダンスムーブを例えとするのならば、今の克巳は地面ギリギリ、もはや水平と言えるまで体を倒したような状況なのだろう。今にも地に触れそうな不安定な肉体を支えているのはワイヤーや金具などではなく、これまで鍛え上げてきた自前の安定感。なるほどこれはまさに『安定した不安定』だ。

 その結果、克巳の肉体は既に加速を終えている状態に至る。手打ちの打撃だろうが渾身の一打に早変わりし、不安定ゆえにあらゆる攻撃は吸収される。

 

 ハッキリ言えば眉唾の理論である。

 日常での中で聞けば、何を馬鹿なと一笑に付されてしまうような理屈。

 されど実証が目の前で行われている以上、この理論は間違いなく真実なのだ。

 

 徳川のみならず観客からしてもまさかの展開であった。かの武神がこうも一方的にやられることなど一体誰が想定したというのだ。

 だが現実は変わらない。目を擦ろうが何をしようが、あの愚地独歩が劣勢という事実に変化はない。

 

 ならばそれを受け入れるだけ。中には独歩の熱狂的ファンがいるだろうが、何も問題はない。この場に居るのは全て、強者を尊ぶ者たちなのだから。

 

 

 迫る決着の予感。

 高まる期待。

 

「――悪かった」

 

 それに異を唱えたのは誰であろう――愚地克巳であった。

 

 唐突に、突然に、予兆なく。

 愚地克巳が、謝罪の言葉を述べた。

 

「……なんのつもりだ? テメェ……?」

 

 静止した地下闘技場。突如降りた沈黙の帳を破ったのは対戦相手たる義父、愚地独歩。

 言葉は極めて平静であったが、その中に隠された激情を感じ取れなかった者は誰もいない。

 

 戦いを優勢に進めていた者からは決して口に出ることはない――否。出してはいけない言葉を聞いて、独歩の顔面に青筋が走る。

 

 敗者が命乞い――止めるかどうかはともかく――として口にすることはあるだろう。

 勝者であっても、場合によってはありえるだろう。

 だが未だ闘争の最中にあって、しかも有利な者から発されるなど、あってはならない。

 それは最早、憐れみにしかならない。

 

「悪かった、義父さん」

「なんのつもりかって聞いてんだァッ!!!」

 

 繰り返されること二度。独歩は隠しきれぬ怒声を発する。

 義理とはいえ、息子に向けるべきでない殺意すら滲ませていた。

 

「このままヤリ続ければ。俺の個性(オリジナル)を使い続ければ。俺は義父さんに勝つだろう」

 いっそ高慢とも言える言葉が克巳の口から飛び出す。

 とは言え克巳にそんな気はない。ただ事実を述べているに過ぎず、それに関して独歩も否はなかった。

 独歩としても克巳の個性(オリジナル)を攻略する方法は見いだせておらず、内心その完成度の高さに舌を巻いていた。

 苛立ちがないと言えば嘘になるが、先の謝罪の言葉よりずっとマシである。

 

「ああ。正直スゲェもんを手に入れたと思っている。片腕という個性(オリジナル)をよくぞここまで、といった所だ」

 

 惜しみない称賛。それを聞いて克巳は笑みを浮かべる。面映ゆいのではない。得も言えぬ苦さを含んだ物であった。

 

個性(オリジナル)。義父さんの言う通りこれは俺の個性だ。俺だけの個性だ。すなわち――俺以外に使うことはできない個性(からて)だ」

 

 目を閉じ、何かを思いつめる。

 

「なんたる、なんたる怠慢」

 

 漏れたのは、自責の言葉。

 

「怠慢、だと?」

「義父さん。俺は愚地克巳。愚地独歩の義息子であり、神心会の館長だ」

 

 吐露するは己が罪。

 

「神心会館長とは空手を教え導く存在だ。そんな俺が、俺にしか使えない個性(からて)で、誰にも伝えられない技で戦って悦に浸っていたこと、心より恥じる」

 

 誰にも継げぬ空手を用いたこと。館長という重責を省みなかったこと。

 それが、彼が語る罪であった。

 

「ゆえに、これより俺は神心会館長として、個性(からて)ではなく()()で、義父さんを打倒します――未だ誰も見たことのない、()()()()()()()()()で」

 

 原点回帰にして破天荒の空手。そのお披露目が行われると知り、今宵幾度目かの驚愕が会場を包んだ。

 

「ば、刃牙。オヌシ知っとったんか?」

「……い、イヤァ~~。俺も初耳だよ、ジッちゃん」

 

 そして、誰も知らぬ空手をこの場で使う意味を、独歩は正確に理解した。

 克己はこう言いたいのだと――。

 

「そういうことか、克巳ぃッッ!!」

「その通りだよ、義父さん」

 

 ――俺がアナタに、空手を教えます。

 

 




次回は5/25の18時ごろ投稿予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。