ロングヘア―の少女からの質問の撫野の受け答えは、小学生の姿と声に反して
淀みなく、落ち着き払ったものであり、こういった講義や説法に非常に手慣れた、アンバランスさを感じさせるものだった。
「私の血鬼術を知っているね。
現世とあの世を繋げるというもので、普段はそれで死者の声を取り次ぐ、イタコ術を駆使する。
無論、結局は私自身の見解に基づく主張に過ぎず、客観的なデータなどがある訳ではないから君たち当人の判断んで信じてもらうしかない者なのだが、
目安としては
産屋敷や『柱』達は八大地獄の第4,叫喚地獄に
一般隊士達は第3,集合地獄に
蝶屋敷の回復要因や隠などのサポート要員は、それより上の地獄、といった所だね。
………ふむ。君たちの府に落ちなさはよく分かる。
鬼という存在によって判明している真の歴史を知る者の特権として、鬼殺隊という存在に親しみ、憧れ、幼いころはよく鬼殺隊ごっこなんかをして遊んでいた君達からしてみれば、釈然としないものを感じるだろう。
いやいや、責めている訳ではない。
私達鬼にとっては拷問、虐殺……非道の限りを尽くした最凶最悪の殺戮部隊でも、人間の君達とは見方が大きく違うのは当然だ。
だがね、地獄の裁きというものはこの世の裁判とは比較にならない厳格で、融通が利かない、いや、利かせることなどあってはならないものなんだ。
彼等が御仏の慈悲の道ではなくその手を血に染める道を選んでしまったこと。
無惨一派のような非道な鬼が跳梁跋扈していた時代背景があったとしても、鬼に対する偏見に基づく度が過ぎた非道を行ったのは事実だし、
何より鬼殺隊に怯えながら当時を生き抜き、君達も知っているように未だそれに対して震えるようなトラウマを抱えている鬼達からしてみたら、やはり彼等がのうのうと極楽とやらに行くのは納得いかないものがある。
地獄というのは、元来そういった者の為にあるのだからね。
それに、彼等が行った先はそれなりの深さではあるが、それでも地獄の上四段はまだこれでもましな方といえる。
無惨一派の鬼や………君たちは当然、その比ではないだろうね。」
その言葉に、元来水を打ったように静謐だった講義堂に空気が圧縮してくるような重苦しさが加わった。
だが、教主は遠慮や容赦や躊躇と言ったものを一切なく、言い切る。
それが彼等の為だというように。
「過激だったとはいえ純粋に人間の為に動いていた鬼殺隊に対し、
鬼と人の共存の世界を維持する為に戦う君たちは、
少なくとも人の為に鬼を根絶やしにするのではない以上、極端に言えば鬼の為に生きる者といっていい。」
基本的にここまで表立っては言わないものなのだが『組織』の者達も感じ取っていた。
人間というのを、自分達の食欲や道楽といった身勝手なエゴで好き勝手に蹂躙していたストレートな無惨一派と違い、人間に敢えて寄り添ってやっているという、その為に人間側も自分達鬼に対してある程度以上の労力や命を捧げるべきだという、現代に生きる鬼達の上位生物としての無意識で密やかな傲慢さを。
「知ってのように鬼より人を斬る割合が遥かに多い。
また、条例などに違反しなければ鬼が人を食うこと、殺すことを黙認したり、揉み消すこともする。
間違いなく彼等よる遥かに下に行くだろう。」
そこで言葉を切って、講堂を見回した教主は、にこやかに告げた。
「もし、死後の安寧を図るなら『卒業』までに私に相談しなさい。
まだ、軽い段階で、私が安楽に食い殺してあげよう。
では、あと一つだけ質問を受け付けよう。何かあるかね?」
その問いに、今度は真面目そうなメガネの少女が手を上げた
「あ、あの。
その鬼殺隊が地獄から戻ってくることは………」
「ふむ。それぞれの地獄の刑期に関しては君達でも調べることは出来るが………まあ、少なくとも君達が例え寿命まで生きたとしても、現世で会えることはないだろうね。
私達不老不死とされている鬼でも、流石に………」
現代
「そう、あり得ないんですよ。
死後100年かそこらで、鬼殺隊が地獄から現世に転生してくるなど。」
だだっぴろい和室で、撫野は中央の人物に恭しく相対して話しかけていた。
「教祖様、改めて聞きますが鬼殺隊に我等が勝てるのでしょうか。」
彼の疑問は最もといえる。
そもそも彼等鬼は、鬼殺隊や無惨一派から逃げ延び、隠れ、彼等が滅んだ後も生き延びたことでようやくその居場所を見出せたのだ。
むしろ単体での力がなかったからこそ彼等天敵からの優先度合が低くて生き残った面すらある。
だが、同族である教祖は、こともなげに言った。
「なあ、撫野。
鬼殺隊を勝利に導いたのは、何だと思う?」
「『柱』でしょうか?」
「違う。
敢えて言わせてもらうが産屋敷の采配でも、人外魔境の域にいた『柱』達でも、そして精鋭の隊士達でもない。
鬼殺隊を築き上げ、勝利への導いた最大の要因は、鬼に虐げられ続けていた力なき人間達、当時の日本の民達なのだよ。
今にして思えば、悪鬼達に打ち勝ったのは鬼狩りではなく人間達といっていい。
そして鬼殺隊もそのことが、悪鬼達が滅びざるを得ない存在だと分かっていたから戦い抜けた。
無論、現代でも、悪逆な鬼によって理不尽に命を奪われたり悲劇が起こり続け、
それによる『鬼滅派』の存在や活動も決して無くなることはないだろう。
だが、例えどれだけその戦力や采配を再現しようとも、
この国に住まう民達が鬼殺隊の存在を望まぬ限り。
鬼を滅ぼし尽くすのではなく共存し、歩み寄ろうとする限り、
鬼殺隊は二度と現れることはないし、そして勝利を掴むこともないだろう。
無論、我々個人が生き残れるかどうかということは、それとは全く別だがね。」
「……そのお言葉、今の鬼達にとってどれ程の希望となるか……」
教主が去って、一人座禅を組んでいる教祖は、
天井に向けて顔を上げ、そこにいない者達に語りかけた。
「………鬼殺隊。
残念ながら今の時代、今の世界にお前達の存在は許されない。
いてはいけないんだ。
だから………あるべき場所に………地獄に戻るがいい。」
鬼殺隊滅亡の、一月前のことであった。