生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師 作:アスピラント
誰も死なない、優しい話を書いていくつもりです
いじられ魔法教師は威厳を見せたい
グランセルク王国、その首都メガロマギア。
西洋風の街並みが広がり、様々な産業が集まる巨大な都市だ。都市の中心には王族達が住む大きな城が、存在感を露わにしている。世界最大の大国の1つであるこの国は、凡ゆる分野――軍事、経済、政治などなど――に優れていると知られている。
何故そんな優秀極まりない人達が出てくるのかと言われれば、王国屈指の超エリート魔法学校による教育の賜物と言えた。
その学校の名前はメガロマギア高等魔法学校。グランセルク王国屈指の超名門校として知られており、創立から700年を迎える古い魔法学校だ。
6年制のボーディングスクールでクラスは全部で8つ。
名前は
この学校を筆頭に王国では厳格かつ規則正しく、そして自らの仕事に誇りを持って挑めという考えが多感な子供の時期から叩き込まれ、そのまま社会に出てくるのだ。特に魔法に対してはかなり力を入れており、学生のほとんどは王族直属のフォルティス魔法騎士団に入りたいと望んでいるのだ。
類稀なる魔法技術と高潔な精神性を持ち合わせ、人々の暮らしを守り、長らく戦争が起きていない平和な世界の英雄達。それがフォルティス魔法騎士団だ。だからこの学校に入学させる親はこう願う。
魔法騎士団に入り、上を目指しなさい。
例え入れなくても国の役に立つような、他者に誇れるような人間になりなさいと。
子供達はその言葉に従い、学業に専念する。
全ては国や家柄のためにと己を窶し、普通の授業を行っている際もまるで戦場に放り込まれたのかと勘違いするほど、めちゃくちゃにピリピリしているのだ。何せクラスメイトは皆ライバルであり敵である。良い成績を取って、相手を蹴落としていくのが当たり前の世界。学舎とは名ばかりの凄まじい競争社会だ。
ただこれが数百年という長い歴史を持つメガロマギア高等魔法学校の在り方だった。教師達もほとんどがそんな考えを持っている。
ただ最近、そんな調子エリート魔法学校にて異質なクラスがあった。普通はピリピリしているはずなのに、そのクラスだけは一般的な学校と同じようにワイワイと楽しそうにしているのだ。しかもその空気の中心にいるのは生徒ではなく……教師だった。
◇◆◇
「ふぁぁ〜……ねむい……」
窓から差し込む朝の陽光によって照らされた廊下を、1人の若い男が豪快な欠伸をかましながら歩いていた。
男の名前はクラヴィス・アルゲンティア。つい3ヶ月前に
年齢は21歳でメガロマギア高等魔法学校、1年生ルーメンクラスの担任教師。そしてこの学校を飛び級で入学した上に飛び級で卒業したOBでもある。
そんな輝かしい経歴に加えて超エリート魔法学校の1クラスの担任教師というだけあって、さぞかしきっかりかっちりしているのではと思われがちだが、そんな事はない。
寝癖がついたままの黒髪に、やる気なさげな印象を抱く垂れ目。顔立ちは割と整ってはいるが、怠惰な雰囲気と目元のクマが魅力をしっかり打ち消していた。おまけに黒い無地のベストの下に着た白シャツが、だらしなく裾からビロンと出ている。身なりがもうだらしない辺り、この学校の在り方からは外れているのではと思う者が現れてもおかしくないだろう。
「1限とかだるいんだよな……」
荘厳な神殿を思わせるような廊下を歩きながら、クラヴィスは独りごちた。全寮制かつクラスを受け持つ教師もこの学校で暮らしているため、遅刻というのはあまり起こりにくいのだが……最悪な事に一限目は朝8時から始まるのだ。幾ら寮生活とは言え早朝は眠い。
朝は割とダラダラしたい考えを持つクラヴィスからしたら、1日のスタートとしては最悪でしかない。おかげで欠伸がさっきから止まらない。
しかも受け持つクラスの生徒は何かと曲者ばかり。クラヴィスはどうしてこうなったんだと憂鬱になりながらも、気合いを入れ直す。
(よーし、俺は威厳ある教師、威厳ある教師。今日こそは一味違うと証明しよう)
見た目だらしなくてもクラヴィスは教師の端くれ。
自分が受け持つルーメンクラスに在籍する生徒全員を卒業させ、ちゃんと将来の夢が叶えられるように背中を押してサポートしてやるのが役割だと思っている。
「よし」
教室のドアの前でクラヴィスは一度深呼吸する。
さぁわいざ教室へ突入――しようとしたらいきなりガラガラとドアが開く。
「あ! 遅いよクラっち〜。てっきり寝坊してるんじゃないかって皆で言ってたとこだよ??」
現れたのは美しい金髪を靡かせた、いかにもギャル風なメイクと雰囲気を醸し出したエルフの少女だ。由緒正しい学校の制服を着崩し、15歳には見えない艶やかさを持つ彼女はニシシといたずらっ子のように笑っていた。
「ユスティ……、ちゃんと
クラヴィスは口をモニョモニョしながら、複雑そうな顔を浮かべる。明らかに教師に対する口調ではないが、別にめちゃくちゃ嫌な訳じゃない分、強く言えなかった。注意されたユスティはと言うと特に反省するような素振りも見せず、ニヤリと笑って艶やかな唇を動かした。
「え〜? クラっちてよくない? 私は好きなんだけどなぁ〜」
「よくないっ! 俺だって教師なんだよ。敬いなさい」
「敬う……とは?」
「おぉい!」
「きゃはは! ごめんごめん! そんなムキにならないでよ……クラヴィス君っ」
「君付けするな……!」
ユスティ・ガラドリス……高名なハイエルフを祖とする由緒正しきエルフの娘。入学当初はお嬢様然としたオーラを纏っていた彼女だったのだが、クラヴィスが校則や家柄に縛られず、自分のやりたいようにやるという教育方針を真に受けた結果、見事にギャル化を果たした成績優秀な問題児だ。
見た目こそチャラいが、彼女はこのクラスの委員長をやっている。しかもクラス内選挙でだ。陽キャ特有の空気感とどんな人にも合わせられる寛容さ、そして1年生の中でトップクラスの成績をおさめているという実績から選ばれている。
。
故に成績優秀な問題児――とクラヴィスは心の中で呼んでいた。何故そう呼んでいるかと言うと最初こそ丁寧な感じだったのに、クラスに慣れるやいなや……クラヴィスに対してこの態度である。どう見たって舐められているとしか思えなかった。
「でもさ〜、実際クラっち……先生って感じしないからなー」
「成績下げるぞ、オルダ・グリムホーク」
そんなギャルエルフに同意を示すのは、赤く燃え上がるような火を連想させる髪色をした少年――オルダ。クラス副委員長で男生徒のリーダー格だ。彼も例に漏れず成績優秀で、一流貴族の長男という立場にある。
「ひっでぇ! そりゃあ横暴っすよ! 呼び方ぐらい何でもいいじゃないっすか!」
「いやいや呼び方は大事だぞ? 社会に出て上司にタメ口使う気かお前らは?」
「「大丈夫、タメ口使うのはクラっちだけだから」」
「おかしいだろ!!」
そして彼もクラヴィスに対する態度は、明らかに先生にしていいものじゃない。側から見たら先生と生徒ではなく、いじられ役といじる陽キャみたいな構図であった。
「わかる、何か先生って感じしないし」
「エリス、嘘だよな……?」
「残念ながら――マジだよ」
「――」
茶髪のポニーテール姿をした女生徒――エリスは、ニヤニヤしながら追い打ちをかける。スポーツが好きな彼女は周りにいる友人達にうんうんと頷きながら、クラヴィスのプライドにヒビをいれていく。
「同意です。良くも悪くも威厳がないと言いますか……」
「ジルガまで……思ってたのか……」
「はい、割と前から」
「は、はっきり言いやがって……」
白髪で頭から2本の角を生やした魔族の少女――ジルガは、本から目を離さずに辛辣なコメントを残す。文学少女のようにお淑やかでおっとりとした雰囲気を持つ彼女から言われると、ダメージ量が倍増する。そしてトドメと言わんばかりに、ルーメンクラスに所属する40名の生徒は口々にこう言った。
「「むしろちょっと揶揄い甲斐のある……いじりやすい友人みたいな感じ」」
「お前ら泣くぞ、大人がお前らの前でガチ泣きするぞ」
クラス全員が、担任教師クラヴィスをいじられポジションに置いてしまっていたのだ。改めて告げられた生徒内での自分の立ち位置に、クラヴィスは教壇で不貞寝してやろうかと本気で考えていた。
(どうして……こうなった……)
クラヴィスの理想はこうだ。
クラスメイトと一心同体になって、皆から「先生!」と慕われるような教師だ。まぁ特に捻りもない夢なのだが、彼がそんな先生を目指すのは訳があった。
彼は優秀すぎるがあまり、飛び級しまくって学生時代をまともに過ごした経験がなかったのだ。何せグランセルク王国は優秀な人材には、それに相応しい環境をとかなり力を入れてくれる環境が整っている。若い才能は早い内に育て上げるという考えが根底にあるからだ。
それ自体は別に構わないのだが、時期が悪かった。彼が飛び級した時期は僅か13歳のタイミングだった。この魔法学校を13歳という若さで入り、1年ちょっと経ってからすぐ卒業してしまったのだ。学校の環境にも慣れ始めてきて、友達も増えてきたのに卒業が決まった彼は酷く落ち込んだ。
大人になった今だからこそ思うが、ちょっとは学生生活を満喫させる余裕ぐらいは持たせてほしかったなと思っている。そんな過去を持つ彼だからこそ、自分と同じような思いをさせまいと生徒に学校生活を満喫してもらうために、メガロマギア高等魔法学校史上で初めて、厳しい校則を無視して自分のやりたい事を優先しようというイレギュラーな教えを説いたのだ。
初めは生徒全員からの反発を受けたが、それはあくまでも困惑から来ていたものだと理解していたクラヴィスは、生徒たち全員と向き合って己を曝け出し、皆の警戒心を無くした。
次第に反発も少なくなり、皆学生生活をいかに楽しみながら夢を目指すかという普通の学生らしさを習得したのだ。ここまではいい、そうここまでは。
(最初に打ち解けるために、わざと俺のことは気軽にタメで呼んで、友達感覚で接して慣れてくれと言ったが運のツキだった……!)
何を隠そうタメ口で呼んでみてくれと言ったのは、クラヴィス自身だった。生徒たちと対等な立場に立ってみようと考えた作戦のひとつだったのだが、それが今でも続いてしまっていた。
おかげでユスティにはめちゃくちゃ距離感を詰められるわ、オルダからは飯行くっすかと完全にマブダチポジになった。違う……俺が目指していたのは恩師ポジだ――とクラヴィスは悩んでいた。
確かに側から見たらちょっと舐められすぎていて、いざというときに生徒達がちゃんと言う事聞いてくれるかわからない。普通の学校生活を知らないクラヴィスは、無駄にハウツー本を買っては学級崩壊になったら嫌だと戦々恐々としていたりする。
(何とかして……教師としての威厳を示さないと。クラス崩壊してしまうかもしれん)
クラヴィスは騒がしくなってきた教室にて、ケホンとわざと咳をして空気を入れ替える。
「はいはい、先生揶揄うのもそこまでね。授業の時間が始まるから」
そう言うピタリと誰も話さなくなる。
クラヴィスが受け持つ授業は魔法理論、彼は魔法のエキスパートであり教師の中でも屈指の実力者。生徒たちは根がエリートなため、授業となると一気に真面目になる。
(こういうときは本当に……真面目なんだよな。しかも授業中だけは
ちゃんと言えるんだったら偶には普段の俺に対しても、きちんと先生呼びして良いのにと思いながらクラヴィスは授業を始める。何も悪い子は1人たりともいないのだ。という事は改善の機会はいくらでもあるという事になる。
(生徒達全員が卒業するまでに、俺は舐められている現状を打破し、必ず先生としての威厳を手に入れてみせる。あとは皆に学校を楽しく過ごしてもらおう)
小さな目標だが、クラヴィスは並々ならぬ決心をする。
いつか普段の時も先生と呼ばせて、敬ってもらえるように頑張っていこうと。
しかし彼は気づいていなかった。
先程クラヴィスを揶揄っていたギャルのエルフは、熱い視線を彼に向けてため息を吐く。
(クラヴィス先生、私があだ名で呼ぶのは……生涯に渡って貴方だけなんだから)
最前列の席にて、真面目にノートを取りながらユスティは内心で独りごちる。クラヴィスをあだ名で呼ぶのは教師としてだけじゃなく人間として最上の好意を抱いているが故にだった。何せクラヴィスは彼女の殻を打ち破り、ありのままで居ていいと道を示してくれた人なのだから。
「――という事になる。大丈夫か? わからない事あれば質問してくれ」
「クラヴィス先生、質問大丈夫っすか?」
「大丈夫だぞ、オルダ」
「ここは――」
そしてそんな熱視線を向けているのはユスティだけではない。オルダは授業でわからなかったことを質問しつつ、食い入るように彼の教えを聞いていた。
「――という事だ、わかったか?」
「はい、ありがとうございます」
嘘みたいに人が変わったオルダを訝しげに見つつ、クラヴィスは黒板へと視線を戻す。質問した当人であるオルダはそのままクラヴィスの一言一言を聞き漏らさないよう、ひたすらに聞き耳とりながらこう思っている。
(いつか……先生みたいな凄腕の魔法使いになって、国を守れる騎士団になりたい……)
実はオルダはひたすらに魔法理論を教えるクラヴィスに対して、絶大な信頼と憧憬を抱いていたのだ。彼のように強い魔法使いになり、グランセルク王国を守れる戦士になるために……彼はひたすらクラヴィスの背中を追いかけていた。
出来る事ならば師匠として、夢を支えてほしいとも思っていた。
そんな熱い夢を抱く少年が居座る席の近くにて、先程友人達とクラヴィスを揶揄ったエリスは情熱的な想いを抱いていた。
(……授業してる時の先生、やっぱり好きだな)
憧れと好意が無い混ぜになった複雑な感情が、まっすぐにクラヴィスへ向かう。彼女は何なら1番愛情面に関しては深かったりする。成績に悩んでいた彼女の苦しみに寄り添い、運動好きな彼女を真摯に応援してくれたのは、彼が最初だったからだ。
そして最後にお淑やかな魔族の少女が、1番後方の席からマジマジと彼の組み立てた魔法理論を見て、心の底から感心している。
(やはり魔法理論含めて、先生の授業はわかりやすい。魔族である私でさえ……貴方の知識量に驚かされる事が多い)
生真面目な魔族の少女ジルガは、彼の下にいれば多くの知識を得られると期待していた。以前に自習に付き合ってもらった際に、難しくてわからない箇所をわかりやすく教えてくれた。
あの時間は……ジルガにとって宝物になっていた。
(先生となら、きっと将来の夢を叶えられる)
そして何も彼ら5人だけじゃない……クラス全員が内心でクラヴィスを強く慕っていたのだ。
しかし生徒達はそれを表に出していない。距離感がある「先生」という立ち位置より、距離が友達ぐらい近くて……いざって言う時に頼りになる優しいお兄さんみたいな関係性が好きだからだ。
(いつか必ず……先生と呼ばせてやる)
クラヴィスは威厳のある教師という存在を求める一方で。
(いつか……必ず……先生の近くに……)
生徒達は単なる先生と生徒という関係性ではなく、より深い関係性を求めていた。
これはそんな真逆の思いを抱えた先生と生徒達の、少し変わった青春のお話である。
ぜひぜひ高評価と感想、お待ちしてます