生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師 作:アスピラント
クラヴィスは何ら特別な家庭に生まれていない――むしろ真逆だった。
貧しい家庭に生まれた彼は、父と母が魔法の才能がないばかりに苦しい生活を強いられていた。エリート主義の思想が根強いグランセルク王国にて、魔法の才がないものが成り上がって成功する事例は少なく、生まれた瞬間に社会的な価値が決まってしまうような事態になっていた。
父はそんな中でも必死に働いて、家族を養ってきたのだが……病に倒れて亡くなった。代わりに母が働くようになったのだが、それでも稼ぎは微々たるもの。そんな母を見ていたクラヴィスは幼いながらに何かしなければと考えた。
そして事実……クラヴィスには何とか出来る実力があった。
彼は生まれつき魔力量が大人より遥かに多く、頭も非常に良かった。そして正義感も強かった。
この世界において何よりも求められる優秀な魔法使いとしての才能が、充分すぎるぐらい備わっていた。
「――特待生だなんて……! すごいわね……クラヴィス」
「普通だよ、お母さん」
まだ7歳にしてクラヴィスは高等教育で学ぶ魔法理論を完全に理解していた。我ながらクラヴィスは突然変異か何かと、大人になっても思っているぐらい、異常だった。
「学費も免除……高等教育受ければ、お母さんを楽させる事だって出来るよ」
「……ありがとう、でも……クラヴィス、私のことなんて考えず、やりたいことをやっていいのよ?」
そう言われたクラヴィスの心は常に「どうすれば母を楽にできるか」という思いで満ちていた。だがその気持ちに反して、母は「自分のことを気にせず、好きなことをして生きなさい」と言ってくれる。
(これがやりたい事だよ、お母さん)
人の役に立つ――母を通じてクラヴィスはやりたいことを見出していた。
彼の魔法の才能は、もはや何をしてもすぐに結果を出せるほどで、魔法の理論や実践に関しても一切困ることはなかった。それを見た教師や町の人々は、彼の才能に驚き、次々と特別な機会を与えてくれた。
だが、クラヴィスが本当に目指していたものは、魔法使いとしての名声や栄光ではない。彼はもっと大きな目標を持っていた――自分の力で、人々を助け、母を楽にさせるということだ。そのために彼はまず魔法をどう活用すべきかを考えた。
(もっと力を伸ばしたい……)
そしてある日――彼に転機が訪れた。
「クラヴィスくんと言ったね?」
「は、はい」
「君の才能を見込んで……ぜひ参加してほしいプログラムがある」
グランセルク王国の宮廷魔術士が、直々にクラヴィスの家に来て、とあるプログラムに参加するように持ちかけたのだ。
その名はグランセルク王国特殊才能教育プログラム。
いわゆるギフテッドと言われるような子供に、更なる上昇の機会を与える計画だった。
「あの……こちらですが、学校に通いながらは――」
「学校教育はむしろ足枷となる、王国が責任持って彼を預かり……国を背負って立つ魔法使いに育てます――」
母は何だか不安を覚えていたのをよく覚えている。
当たり前だ、だっていきなり学校を辞めて参加しろと言ってきているのだから。
ただ内容自体はクラヴィスの興味を非常に惹くものだった。
(魔法の才能が特別に優れた子供たちが受ける特別な教育機関で、優れた魔法使いになるための基礎だけでなく、国のために役立つ魔法の使い方も学ぶことができるプログラム……)
もしそのプログラムに参加できれば、能力を最大限に活用できる上に、母を支えられるし……人の役に立つ力を手に入れることができると考えたのだ。
「これは、チャンスだよ……お母さん」
「クラヴィス……」
「僕は……参加する」
母の顔は心配そうに歪んでいた。
「でも……クラヴィス……」
「お母さん、僕、魔法の才能を活かして、国のために役立ちたいんだ。だからこの教育プログラムに参加したい」
母はしばらくクラヴィスを見つめ、しばらく沈黙した後、ゆっくりと言った。
「……クラヴィス、あなたがそんなに考えているなら、私は応援するわ。でも、無理はしないでね。あなたの幸せを一番に考えてほしいの」
「……大丈夫だよ、うん」
そしてクラヴィスは、数ヶ月後に開催される「グランセルク王国特別教育プログラム」の選抜試験に臨んだ。試験内容は、魔法の使い方や創造性、判断力など、あらゆる魔法使いとしての資質を評価されるものだった。
内容は非常に難しく、大人でも苦戦するもの。
しかしクラヴィスはさらに上を行っていた。
「総合3位……クラヴィスくん、君はトップクラスで合格した」
クラヴィスは、特に魔法の創造性と実戦的な判断力において圧倒的な力を見せつけ、選抜試験を見事に突破した。
◆
クラヴィスは、目の前にいる生徒たちが自分の過去をどれほど驚いているかを感じながら、少し困ったように苦笑した。
「――特別教育プログラムは本当きつい。実際に受けていた当時は規制が無くてな……。とにかくひたすらに追い込まれる。みんなが想像するような、まるで学園生活みたいなものではなかった」
ユスティが目を見開いて言った。
「それ……一体どんな目的で作られたんですか……? それほどすごいプログラムって……何のために……」
クラヴィスは少し困ったように口を開いた。
「内容についてはちょっと極秘の部分が多いから話せないんだけど、結局……国のために役立つ魔法を学ぶっていう目標だけでなく、各自の限界を押し広げるために、非常に厳しい訓練が続いたんだ。朝から晩まで魔法の演習に明け暮れ、生活自体もほとんど厳格で規律の中で過ごす」
ジルガが少し首をかしげる。
「なんとなく……お父様から聞いた記憶があります。名前だけですが」
「確かに名前ぐらいなら知っていてもおかしくないな、ジルガなら」
何せ国のお偉いさんと繋がりがあるジルガの家族なら、ちょっとぐらいは知っていてもおかしくはない。ただ詳しいことは魔族でさえ知らない筈だ。
「だけど当時の俺はすごく嬉しかった。だってこれで優秀な人材になれたら、楽させられるしな。そら嬉しい」
先生の知られざる一面に、ルーメンクラスの全員黙り込む。普通の生徒とは違い、かなり異様な環境の中で過ごしてきたクラヴィスに対して、何と言っていいかわからなかった。
「――っと、反応に困るよな。そりゃ、そうだ。共感できる人はそうそういないだろう。俺だってそう思う」
クラヴィスは改めて生徒に向き直る。
「ただ……曲がりなりにもここで学んだ事は良い方にも、悪い方にも俺を形作った。あれがなかったらここにはいなかっただろうしな」
そう言いながら、クラヴィスは更に続けた。
「プログラムに参加して少しして……俺にある話が持ちかけられた」
◆
「メガロマギア高等魔法学校への……入学」
「そうだ、君はそこのニクスクラスに入ってもらいたい」
特別教育プログラムに参加している子供が教育を受ける――修練場と呼ばれる施設にて、宮廷魔術士からクラヴィスは指示を受けた。どんな内容かと戦々恐々としていたが、内容は国内最高峰の名門魔法学校への入学と聞いて、クラヴィスは緊張していた。
(学校……)
初等学校を抜けて、異様な環境下で教育を受けていたクラヴィスからすれば、学校というのは久々の環境。上手くいくかはわからなかった。
「なぜ……僕を学校へ」
「端的に言えば君を通じて、メガロマギア高等魔法学校の生徒に対する刺激にしたい。特にニクスクラスはその傾向が強い」
政府官僚の子、資産家の一族、名門貴族、などなど上級国民だと言われるような子供が多いニクスクラスは、親族からの要望もあって、さらなる高みへと子供を連れていきたいと考えていた。
その一環で今回はクラヴィスをニクスクラスへ編入する運びになった。
「君は最上級クラスへ入り、好きに過ごしなさい」
「好きに……」
「そうだ、学校へ通い……ただ自分の能力を発揮するだけでいい」
こうしてクラヴィスは1年間だけだが、メガロマギア高等魔法学校のニクスクラスに入ることになった。ただこの時のクラヴィスはまだ12歳かそこら。対する6年生は20か21と大人同然の年齢。
10歳ぐらい離れている中でいきなり子供が入ればどんな反応になるか――
「きゅ、く、クラ、クラヴィス・アルゲンティアです、皆さんよろしく――」
「「「「かわいい!!!」」」」
「は、はい!?」
編入当日――クラヴィスはもうクラスのアイドルになった。
「12歳でニクスクラスの最上級生!? すごい天才だな……」
「い、いや……俺よりすごい人は――」
「しかも謙遜なんかしちゃって! 偉いね〜……!」
「え、え〜……どう反応したら良いんだろ……」
殺伐とした環境から一変、突然チヤホヤされまくったクラヴィス少年はひたすら困惑していた。ニクスクラスの概要は頭に叩き込んでいたが、彼らもエリート思考が強いとあって、似たような環境かと思っていただけに、この騒ぎは予想外だった。
「君たち、そこまでにしなよ。彼が困ってる」
「ティナーシャ……」
そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、当時のニクスクラス委員長のティナーシャだった。凛とした女生徒は、熟練の教師顔負けな雰囲気を纏っており、初対面のクラヴィスは彼女が只者じゃない事をひしひしと感じていた。
「20かそこらの私たちが、いたいけな少年に寄ってたかって……怖がっているだろう」
「う……ごめんね、クラヴィスくん」
「い、いや、大丈夫です……」
女生徒が謝りながら退いてくれた。ティナーシャさんは頼りになる良い人かも――と思った矢先、彼女はクラヴィス少年の頭を撫でて、クスリと笑う。
「試しにお姉ちゃんって言ってみてくれないかい?」
「「「引き離せ」」」
「ちょ、皆……何をする」
「あんたはもっとやばい何かを感じた!!」
訂正……ティナーシャさんはもっとやばいかもしれない。ズリズリと他生徒に引きずられていくように、引き離されていった。
ただこの環境はクラヴィスにとって新鮮な刺激を齎していた。
(学校……楽しい……な)
年がかなり離れているとは言え、メガロマギア高等魔法学校の環境はクラヴィスにとって、非常に楽しくて……勉強以外の良さを教えてもらった。
「ねぇ、クラヴィスくん、学食食べに行こうよ!」
「ここのは美味いからな」
「う、うん……!」
生徒たちが集う食堂で、友人達と喋りながらご馳走を食べ、何も考えずに笑ったり――
「箒の使用許可でたから、ちょっと飛んでみようぜ!」
「どうやれば良いの?」
「俺が教えてやるからな!」
クラスメイトと一緒に箒に乗って、広大な校庭で遊んだりなど、勉強以外のことを教えてもらったのだ。特にティナーシャはニクスクラスの空気を、より優しいものに変えた生徒であり、この時期の6年生は全体的に柔和な生徒が多かったのも功を奏した。
(学校、楽しい!)
改めて知った学校の楽しさ、クラヴィスは本来の自分らしさを取り戻していった。
しかしこの期間は非常に短かった。
「――卒業、か」
ティナーシャ達と一緒にクラヴィスは卒業することになった。僅か一年という短い期間だが、クラヴィスの学力や魔法の力は、入学時点で既に学生の枠を超えている。だからこそ最上級生での編入になったのだが、ここでは勉強以外の事をたくさん学ばせてもらった。
「寂しくなるね、クラヴィスくん」
「ティナーシャ先輩……」
「同級生だろ?」
「……でも俺は年下ですよ」
「ふふふ、そうだった」
夕陽にあたって薄く笑う彼女は、すごく幻想的な美しさを持っていた。
「卒業したら君はどうするんだ?」
「……国の……機関に所属すると教えられています」
「ほう……さすが将来国を背負って立つ魔法使いだ」
「言い過ぎです」
クラヴィスは自分より優れた魔法使いは、有名になっていないだけで沢山いる事を知っている。だからこそそう言ったが、ティナーシャは本気だった。
「才能だけが世界を動かすわけじゃないぞ、クラヴィス」
「……?」
「世界を動かすのはいつだって人の思いだ、君が学校で感じた事は……きっと将来的に国を良い方に導くはずだ」
ティナーシャの言葉はこれまで宮廷魔術士達から言われたことよりも、ずっとクラヴィスの心に響いた。本当の意味で彼女が自分を気遣っているのも分かるし、何よりも彼の今後を考えてくれているからだろう。
「あり、がとう」
家族以外で誰かに強く想われることがなかったクラヴィスは、本当に嬉しくなって堪らなかった。
「ティナーシャさんは……卒業後はどうするんですか?」
「私は教師を目指すよ、最高の教師になるためにね」
「いいですね……」
自分も頑張らないと――そう考えたクラヴィスは、ここで学んだことを活かして、機関でも役に立ってやると考えた。
しかし機関はそんな甘い組織ではなかった。
◆
メガロマギア高等魔法学校を卒業したクラヴィスが配属されたのは、「治安維持課」という王国直属の機関だった。
表向きは国内の治安を守るための組織とされていたが、実際には単なる警察機構ではない。治安維持という名のもと、王国に仇なす存在を監視し、時には排除する――そういった裏の仕事も請け負っている。
クラヴィスは、初めて足を踏み入れた治安維持課の施設の雰囲気に違和感を覚えた。
(……何だ、この空気)
機関の内部は整然としていたが、どこか冷たい。合理的で無駄のない配置。武器や魔道具が所狭しと並び、忙しなく動き回る職員たちは、誰もが厳格で隙がなかった。
「おい、新入りか?」
背後から聞こえた低い声に振り返ると、長身の男性がクラヴィスを見下ろしていた。
黒髪を短く刈り込んだ精悍な顔つきの男は、鋭い眼光を持ち、ただ立っているだけで周囲を威圧する雰囲気を持っていた。
「クラヴィス・アルゲンティアです。本日より治安維持課に配属となりました」
クラヴィスは背筋を伸ばし、簡潔に挨拶をした。
「ふん……。俺はレオ・ヴァルミア、治安維持課第三分隊の副隊長だ。お前は今日から俺たちの班に入る」
「よろしくお願いします」
レオはクラヴィスを一瞥すると、すぐに踵を返して歩き出した。
「ついてこい。早速仕事だ」
(早いな……)
心の準備もできぬまま、クラヴィスはレオの後を追った。
◆
「今回の任務は、王都で活動している反王国勢力の情報収集だ」
作戦室に集められたクラヴィスと先輩隊員たちの前で、レオが淡々と説明を続けた。
「奴らは最近、王国に対する批判を強めており、特に貴族制度の撤廃や魔法至上主義の打破を主張している。王国にとっては看過できない存在だ」
(……貴族制度の撤廃、魔法至上主義の打破……)
クラヴィスは思わず眉をひそめた。
それらは、確かに王国の根幹を揺るがす思想ではある。しかし、貧しい家庭に生まれ、魔法の才能がなければ人生の選択肢すら限られる現状を考えれば、一概に否定すべきものとも思えなかった。
(でも、俺は王国のために働くと決めた……)
そんな迷いを振り払うように、クラヴィスは任務に意識を向けた。
「新入り、お前の役目は?」
レオが問いかける。
「……魔法を使った情報工作です」
「そうだ。未熟なお前は戦闘に出すには力不足。しかし精密で分析力に長けていると見た。だから今回は潜入した局員のサポートを担当してもらう」
クラヴィスの主な任務は、魔法を駆使して情報を収集し、分析することだった。
例えば、遠隔透視の魔法を用い、隊員たちの位置を把握しつつ、敵の動向を探る。あるいは、対象の魔力の波長を解析し、どの程度の実力者なのかを判断する。
「俺たちは今夜、ターゲットの集会に潜入する。お前はここから魔法でバックアップしろ」
「……了解しました」
こうしてクラヴィスは、初めての任務に就くことになった。
◆
夜。
王都の一角にある古びた倉庫。そこに反王国勢力の活動家たちが集まっていた。
クラヴィスは治安維持課の作戦室に待機し、魔法で現場の様子を監視していた。魔法の視界を通して映し出されるのは、緊張した面持ちで話し合う人々。
皆年若く……冷たい目をしていた。
「……王国のやり方に、もう耐えられない」
「貴族だけが優遇され、魔法の才能のない者は虐げられる……そんな社会は間違っている」
「この国の仕組みそのものを変えなければ」
(……これは、正義の反乱なのか? それとも単なる反逆者たちなのか?)
クラヴィスの心に、迷いが生じた。
しかし、そんな思考を打ち消すように、無線からレオの低い声が響いた。
「新入り、ターゲットを特定しろ」
クラヴィスはすぐに魔力を集中させ、集会に参加している人物の魔力波長を解析した。
「……リーダー格の男を特定しました。魔力量は中級魔導士レベルですが、指導力があり、周囲からの信頼も厚い様子です」
「よし、その男を排除する」
「……え?」
クラヴィスは思わず言葉を失った。
「レオ隊長、それは……?」
「王国にとって有害な存在を処理するのが、俺たちの役目だ」
レオの声には、何の躊躇もなかった。
「……待ってください。彼らは確かに王国に反発していますが、今のところは暴力的な行動を取っていません。対話の余地が――」
「新入り」
レオの声が鋭くなる。
「俺たちは軍人じゃない。兵士は戦場で敵を殺すが、俺たちは王国を守るために必要な処理をする。それだけだ」
「……っ」
クラヴィスは何も言えなかった。
(これは、俺が望んだ人の役に立つということなのか……?)
この日、クラヴィスは知った。
国のために役立つということが、必ずしも正義を成すという事ではないことを。
1年が経ち、仕事には慣れてきたクラヴィス。
しかし精神はすり減っていた。
「――新入り」
鋭い声にクラヴィスは顔を上げた。
「また考え込んでいるのか?」
レオが腕を組み、じっとこちらを見ている。
「……いえ」
クラヴィスは視線を逸らし、書類に目を落とした。机の上には、最近の反王国勢力の動向がまとめられた報告書が山積みになっている。もう”新入り”と呼ばれることはほとんどなくなったが、レオだけはそう呼び続けた。
「お前はいちいち考えすぎなんだよ」
「……そうかもしれません」
考えすぎるのは、もう癖になっていた。
最初の任務のとき、クラヴィスは排除命令に戸惑った。しかし、それから何度も、同じような場面を経験した。潜入、監視、情報操作。王国の安全を守るために、反体制派の情報を集め、必要とあれば”排除”する。
任務を繰り返すうちに、クラヴィスは感情を押し殺す術を覚えた。
尋問。
暗殺。
情報操作による世論誘導。
最初は胃が痛くなるような仕事だった。目を背けたくなるような瞬間もあった。だが、それでも、クラヴィスは続けた。
(これは、王国のためだ。人々の安全を守るためだ)
そう自分に言い聞かせながら──任務をただこなす。
「この男の魔力波長を解析しろ」
「……わかりました」
とある仕事では暗い部屋の中、椅子に縛られた男を尋問することがあった。
反王国勢力の幹部。長年地下で活動していたが、ついに捕えられた。クラヴィスは淡々と魔法を発動し、男の魔力量や状態を調べた。
「魔力消耗が激しい。長時間の尋問で弱っている。これ以上は……」
「なら、もう用済みだな」
レオが短く言った。
「ちょっと待て! 俺はただ……」
男の声が、喉の奥で途切れる。
クラヴィスは、目をそらす。
(これは必要なことだ……王国を守るための……)
いつの間にか、こういうことにも慣れてしまった自分がいた。
(俺は……いつから、こんなふうになった?)
もうかつての楽しかった記憶も……色褪せてしまった。
◆
「――よくやった、お前は優秀だな」
「ありがとうございます、レオさん」
「いつかお前に右腕を任せるのも夢じゃない、せいぜい励め」
それから18になったクラヴィスは治安維持課の中でも、若手の優秀な局員になった。ただ武闘派に比べたら、魔法使いとしての強さは劣るため、情報工作をメインとした活動を中心にしていた。
彼の活躍は機関の中でも目立つほどになったが、皆が皆いい反応をしていたわけじゃない。特に同僚はそれが顕著だった。
「クラヴィス……アルゲンティアか、相変わらず人形みたいな奴だ」
「末恐ろしい限りだ」
未だかつてないほど、冷たい目をした人形のような風貌に、凄まじい数の任務完了回数。一体どれほどの人の未来を奪ってきたのかと、怖がられるようになった。
「……はぁ」
だが見た目とは裏腹にクラヴィスの心は荒みまくっていた。
「――はぁ、また仕事を終えた」
夜の王都を、冷たい風が吹き抜ける。
クラヴィスは、人気のない路地裏に立っていた。手には黒い手袋をしたままの指。
すぐそばには、床に倒れた男の影。
ターゲットを”排除”したばかりだった。
もう何度目かも分からない。
「……」
クラヴィスはふと、手のひらを見つめた。かつては、人の役に立ちたくてこの仕事を選んだはずだった。それなのに、今自分がしているのは──
(……これは、本当に人のためか?)
ふと、遠くの通りから聞こえる子供たちの笑い声が耳に届いた。
平和な王都の光景。
この国を守るために、どれだけの”処理”をしてきたのだろう。
そう考えても、もう何も感じなくなりつつあった。
「……戻るか」
クラヴィスは呟き、闇の中へと消える。
もうずっとこんな生活かと思っていた矢先――決定的なことが起きる。
◆
冷たい石壁に囲まれた薄暗い尋問室。
中央には粗末な椅子に縛りつけられた男がいる。
髪は乱れ、顔にはいくつもの殴打の痕跡があった。
クラヴィスはその前に立ち、淡々と魔法を行使していた。
「……これ以上の抵抗は無意味だ。お前の魔力波長は既に分析済みだし、記録とも照合されている。仲間の居場所を言え」
男は荒い息を吐きながら、クラヴィスを睨みつける。
「……何度聞かれても、答えるつもりはない」
クラヴィスは小さく息を吐いた。
今までの尋問と同じだ。
痛めつければ、いずれ口を割る者もいる。
だが、この男は違った。
(……相当な覚悟を決めているな)
厄介だ。
どうするか、と考えたときだった。
「クラヴィス」
レオの低い声が響く。
気配もなく背後に立ち、鋭い眼光でこちらを見下ろしていた。
「なかなか口を割らないようだな」
「……はい」
レオは無言で男を一瞥すると、口元に冷たい笑みを浮かべた。
「秘策がある」
そう言い残し、尋問室を出て行った。
しばらくの沈黙。
クラヴィスは嫌な予感を覚えた。
(まさか……)
数分後――扉が開く音がした。
入ってきたレオの隣には幼い少年がいた。
「……っ」
クラヴィスの目が見開かれる。
少年は怯えた瞳で状況を把握しきれず、縋るように父親の方を見た。
その姿が……かつての自分と重なって見えた。
「な……!」
椅子に縛られた男が、顔色を変えた。
「やめろ……! その子には手を出すな!」
レオは静かに笑った。
「さて、どうする?」
男の顔から血の気が引くのが分かった。
それを見ながら、クラヴィスの心に嫌悪が込み上げる。
自分は何をやっているんだ、こんな事は間違っている。
ここで止めなきゃ……もう終わりだとクラヴィスは気づけた。
「レオさん……」
クラヴィスは低い声で呼びかけた。
「これはやりすぎだ」
「甘いな、クラヴィス」
レオは少年の肩を乱暴に掴む。
少年が震えながら顔を歪めた。
「こいつに軽い痛みを与えるだけでいい。そうすれば、親はすぐに喋る」
「そんなこと……」
「お前がやれ、クラヴィス」
冷たい声だった。
「魔力を使え。軽く痺れさせる程度でいい。死にはしない」
クラヴィスは唇を噛んだ。
今までどんな非情な命令でも従ってきた。
だが、これは……
(こんなの……人の役に立つことじゃない)
幼い子供を痛めつけることで情報を引き出す。
それは本当に、王国のためなのか?
「……俺にはできません」
低く、だがはっきりとした声で言った。
レオが、目を細めた。
「……そうか」
その瞬間――
「なら、俺がやる」
レオは少年に向かって手を翳した。
魔力が収束し、青白い稲妻が少年の細い腕を走る。
「――あぁぁぁっ!」
少年の悲鳴が室内に響き渡った。
父親が必死に椅子を揺らし、クラヴィスは凍りついた。
「やめろ!」
そう叫んだ次の瞬間、クラヴィスの身体は反射的に動いていた。
魔力が瞬時に収束し、閃光が走る。
レオの腕を弾き飛ばす魔力弾だった。
「……ッ!」
レオの腕が跳ね上がり、電撃の流れが断たれる。
室内に沈黙が落ちた。
「……クラヴィス?」
レオがゆっくりと振り返ると、ゾッとするぐらい冷たい目をしていた。
「何のつもりだ?」
「……もう……」
クラヴィスの脳裏によぎる――数多もの苦しむ人の顔。
「もう……こんなのは……ごめんだ」
そう呟くとレオはクラヴィスの胸倉を掴む。
「来い」
「……ぐ!」
それからクラヴィスが連れてこられたのは牢獄だった。
「何を……!」
「お前は自分を律していたな、自分は正しい事をしてる……だから問題ないと」
「く……!」
突き飛ばされて牢獄の中に入れられたクラヴィスに対して、レオは杖を向けた。
「溜め込んでいた罪悪感を思い出せ」
「――――!!!」
その瞬間――クラヴィスは頭の中が焼き切れそうになるほど強い不安と恐怖に襲われ、床に倒れ伏す。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「お前はもうここ以外に生きる事など出来ないというのに……バカな奴だ。こんな事で処分しないといけないなんて」
「………………俺は、俺は!!」
「ここに弱い者はいらん」
精神的なダメージが続き、心が擦り切れていく中でクラヴィスは心の中で謝った。
(母さん……ごめん、俺は……最悪なことをした……)
そしてクラヴィスは心を壊し――治安維持課をやめさせられた。あとで知った話だが……レオが使った魔法は反抗的な局員の処理に使う、常套手段だったらしい。
◆
「――と……まぁ内容はだいぶざっくりだが、俺は職場をクビになった」
ケロッとした様子でクラヴィスは生徒の前で言ったが……。
「…………いや、そんな、軽い内容じゃないよ……クラっち」
「色々あったなんて……もんじゃないでしょ……」
クラスの雰囲気ははっきり言って葬式みたいになっていた。無理もない、語られた内容がかなりヘビーで生徒たちはもうクラヴィスが本当に今も大丈夫かと、心配すらしていた。
「今はまぁ大丈夫だ! 実際……やめさせられたあと、俺は廃人みたいになった。特別教育プログラムは国にとって忠実な駒を作るための歪んだ施策だったし、やってきた事は俺が本来目指すべき姿とは真逆だった」
「……どうやって……立ち直ったんですか?」
聞いたのはジルガだった。
彼女の目は……心からクラヴィスを心配していると、一眼で分かるほど、うるうるとしていた。
「……入院していた病院にさ、うちの学長がやってきたんだよ」
「学長が……?」
「噂を聞いて、便宜を測って見舞いに来たんだ」
あの時のことは今でも忘れてない。
クラヴィスの人生の転機になったからだ。
「……学長が見舞いに来たときにさ、治安維持課との繋がりを断ったから安心しろと言われたんだ。それで、精神的な療養のために、とある教会に行くように言われた」
教室には静かな空気が流れていた。生徒たちはじっとクラヴィスの言葉に耳を傾けている。クラヴィスは少しだけ遠くを見るような目をして、続けた。
「教会で、俺は魔法について一から学び直した。理論とかじゃなく……魔法は何のために使うのかっていう、哲学的な内容だ。そこで本当にしたかったことはなんだったのか、魔法ってなんなのか……そんなことを考えながらさ」
その言葉に、前の席に座っていたジルガが手を挙げる。
彼女の目は少し潤んでいた。
「先生……魔法の本質ってなんですか?」
クラヴィスはジルガの問いに少しだけ目を細め、そして口を開いた。
「……魔法は、人や世界をより幸せにするための力だよ」
生徒たちが息をのむ気配がした。クラヴィスは教壇にもたれかかるようにして、ゆっくりと視線を巡らせる。
「魔法ってさ、神秘的な力だよな。だけどそれを他人を傷つけるためじゃなく、誰かのために使おうって思うことが大事なんだ。俺は教会で、そういう精神を時間をかけて学んだ」
クラヴィスの言葉には、確かな実感がこもっていた。生徒たちの目がまっすぐにこちらを見ているのを感じながら、彼は続ける。
「俺が教師になったのも、国のためとか、そんな難しいことを考えたからじゃない。ただ、自分がやりたいことをやってたら、それが結果的に誰かのためになったんだよ。お前らもさ、自分が本当にやりたいことを目指してみろよ。そうすれば、きっと誰かの役に立てる」
クラヴィスの言葉が教室に響き渡る。生徒たちはそれぞれの考えを巡らせながら、じっと彼の姿を見つめていた。
「俺が教師になったのは……魔法を正しく使えて、自分の夢や目標をきっちり叶えられるよう……生徒達を導く事。俺は視野が狭すぎて……選択をミスった」
クラヴィスはジルガの目を見ながら言った。
「これは嘘偽りない本音だ……ジルガ」
「…………わかり、ました」
◆
「…………先生にあんな過去があったなんて」
放課後――ジルガは1人、誰もいない教室でつぶやいた。
ジルガは一人、教室の中央に座り込んでいた。教室の窓から差し込む夕日の光が、彼女の顔をほんのりと照らしている。静寂の中で、クラヴィスの言葉が頭の中で反響していた。
彼女は手を膝の上に置き、無意識にその手を握りしめた。最初、クラヴィスが話し始めたとき、その過去を知った時は驚きと共に、少しの疑念も感じていた。治安維持課との繋がり、そして精神的な療養――彼が本当に教師としてここに立っている理由を知っても、どうしてもその背景が理解できなかった。
その矢先、アダスの言葉が蘇る。
『そう思うなら、それで構いません。でも、一度考えてみてはどうです? 本当に彼があなたが思うような尊敬に値する人物なのか』
その言葉を真に受け、ジルガはクラヴィスに対して疑念を抱いた。それは、確かに彼の経歴に対する不安から来たものだった。だが、今思い返してみれば、アダスの言うことが全て正しかったわけではない。クラヴィスは確かに闇を抱えている。だからこそその闇から受けた傷によって、彼をより強く、そして優しくしているのだと気づいた。
「バカだな……私……」
ジルガは深く息をつき、目を閉じた。クラヴィスが話したように、彼の魔法は他者を傷つけるためではなく、幸せを作り出すためのものだった。自分が思っていた以上に、彼の過去と現在は深く結びついている。
「……疑ってごめんなさい」
ジルガは自分の気持ちを心の中で反省し、思わず声に出してつぶやいた。彼が教えを授けているその理由、彼の思いが少しでも自分に伝わったことを感じた今、彼女は心の中で決意を固めた。
これからは、何があってもクラヴィスを信じよう。彼がどんな過去を持っていようと、どんな迷いを抱えていようと、自分は彼の教えを信じ、ついていこうと決心した。
「もう、何があっても……」
ジルガは小さく頷き、ゆっくりと立ち上がると、教室を後にした。心の中で、固く誓った。どんな時もクラヴィスを信じると。
そのために……まずすべきは。
「ルーメンクラスを一位にする」
先生の期待に応える事だ。
次で序章最後です。