生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師 作:アスピラント
「先生の過去に……あんな事があったなんて……」
ユスティは寮室にあるソファに項垂れながらつぶやいた。
前から只者じゃないなとは思っていた。でもクラヴィス自身から聞かされた内容は、予想以上に重くて、それでいて生徒の未来を心底考えている事がわかった内容だった。
「……私、なーにも知らなかったんだなぁ」
「それは皆同じだろ」
「エリス……」
項垂れるユスティの隣に、エリスはゆっくりと座る。
「だいたい……あんな若さで担任になって、妙に万能感あるクラっちがまともな人間な訳ないだろ」
「い、いや……人間としてはかなりまともなんじゃない?」
流石にそれは酷い言われようだと思う――ユスティはエリスは容赦ないなぁと、仕方なさそうに笑う。
「にしても……最初に話を聞いておいてさ、一番動揺した挙句にクラスを混乱に陥れたユスティが、なーにそんなヒロインムーブしてるんだか」
「ヒロイン気取りとかしてないよ! あ……いや、まぁちょっと口滑らせたのは良くないなぁとは思ったけど……」
改めて言われると、やはりあの反応は悪手だった。
おかげでクラスメイトは担任教師に疑いの目を向ける事態に。ユスティは途端に落ち込み出すと、エリスはプッと笑う。
「あはは! 大丈夫だってユスティ、あんなんで皆がクラっちの事を信じられなくなる訳ないって」
「本当かな……? 実はこっそり信頼関係にヒビ入ってない?」
「入ってねえよ」
すると今度はオルダがやってきた。
「先生はそんな事を気にしたりはしないだろうし、かえって知る機会があってクラスも良かったって雰囲気だぞ」
「本当……?」
「ああ」
クラヴィスはなんだかんだで謎が多い教師だった。
今じゃルーメンクラスで彼を慕わない人はいないが、どこか謎めいた部分もあって距離を感じていた事すらあった。
「早い段階で知れたのは……むしろ良かった。というか……今でこそタイミングとしては良かった」
「それってどう言う――」
「期末試験があるからだよ、ユスティ」
そして最後にやってきたのは、いつもより頼もしい雰囲気を纏ったジルガだった。
「ジルガ……」
「私……この試験は自分の為以外にも、先生の為に頑張りたい」
ジルガは小さな手をグッと握りしめた。
「さっきまで、私は先生を疑ってた。多分クラスで1番と言っていいぐらい」
「……」
滅多に見ない……いや初めて見たジルガの独白に、ユスティはただ驚いていた。あんなにオドオドしていた彼女と本当に同一人物かと、我が目を疑ってすらいた。
「今思えば……そんなのくだらない。先生は先生なのに……過去を知って勝手に失望して、浅はかだった」
「ジルガ……」
「でももう違う、私は先生を……信じる」
あの過去を聞いて、よりクラヴィスの思いが真剣なものだとジルガは確信した。
「皆で協力して……1位取りたい」
「!」
「先生を安心させよう、私たちは優秀だと他クラスにも知らしめつつ……ね」
静かな口調で彼女は大胆なことを宣言する。
ジルガは我ながららしくない事をと恥ずかしがっていたが、ユスティ達には無事に届いていた。
「そうね、皆で一緒に勉強しましょ!」
「クラスが団結したら誰も敵わないって思い知らせてやろうぜ」
「燃えてきたな〜!」
エリスとオルダも、ニヤリと笑ってそれぞれの友人に掛け合ってみるとジルガに言った。コミュ障な彼女がここまで頑張って宣言しているのだから、無碍にする訳にはいかない。
今こそ……団結の時だと、初めてクラスが一体となって動こうとしていた。
「ありがとう……皆」
「いーって、大したことはやってない」
「そうよジルガ、残り少ない時間だけど……士気が上がればニクスクラスだって倒せる」
ユスティはニコリとジルガに笑みを向ける。
「クラっちの期待を超えてやろう」
「……うんっ」
かくしてジルガはクラスの一員としてようやく、その第一歩を踏み出した。
◆
「――テストはもう明後日……か」
「早いな、もうすぐ期末だなんて」
「ああ……」
ニクスクラスの寮室にて、アダスはクラスメイトともに、余裕たっぷりに談笑をしていた。彼らは極めて優秀な生徒だ、テストの範囲なんぞすでに完璧に仕上げている。
それどころかちょっとした失点があっても、中間や部活動による学内外の活躍によって、もう1学期のトップはほぼ揺るぎないものになっていた。
「ニクスクラスはここ10年……ルーメンクラスに負けっぱなしとのこと。しかし僕達のクラスがその不名誉な記録に終止符を打つ」
アダスは余裕たっぷりに微笑みながら、寮の窓から校庭を見下ろした。外は明るく、昼の陽光が芝生を照らしている。試験が近いのか、他クラスの生徒があちこちで試験前の勉強をしているのが見えた。
(無駄なあがきを――我々が一位なのは決定したようなものだ)
1番厄介なルーメンクラスも……今頃は試験どころじゃないだろう。
特に、ジルガ――彼女の動揺した顔が脳裏に浮かぶ。クラヴィスの過去を聞いた直後の、あの表情。驚き、困惑し、そしてどこか傷ついたような瞳。
やっと彼女の目を覚させてやる事が出来ると、アダスは思っていた。
(ジルガなら、もう試験どころじゃないはずだ)
アダスは確信していた。クラヴィスがどんなに生徒想いの教師だろうと、彼の過去には仄暗いものがある。それを知ったジルガは、彼を完全に信じられなくなったに違いない。むしろ、彼に失望したはずだ。
それに、彼女はもともとプレッシャーに弱い。試験前の大事な時期に、担任への疑念が芽生えたことで、精神的な余裕もなくなるだろう。彼女がルーメンクラスの中で最も優秀な生徒の一人であることは認めるが、その集中力が削がれた今、もう脅威ではない。
「ジルガが崩れれば、ルーメンクラスの結束も揺らぐ」
アダスは椅子に深く腰掛けながら、静かに笑みを浮かべる。試験はもうすぐだ。ルーメンクラスがどれだけ頑張ろうと、トップを取るのはニクスクラス――いや、自分たちなのだ。
そんな時だった。
「アダス」
突如として寮の扉が勢いよく開かれ、一人のクラスメイトが駆け込んできた。荒い息を整える間もなく、焦りを滲ませた声で続ける。
「ルーメンクラスの連中が……全員集まって、勉強していた」
「……何?」
アダスは眉をひそめた。言葉の意味を理解するのに数秒かかったが、すぐに「まさか」と小さく呟く。
ルーメンクラスはバラバラになるはずだった。クラヴィスの過去が明るみに出て、特にジルガの動揺は避けられない。試験どころではなくなるはずだった。
それなのに――彼らは団結したというのか?
「確かか?」
アダスは椅子から立ち上がり、クラスメイトを鋭く見据えた。
「間違いない! さっき見に行ったら、教室に全員集まって、相談しながら問題を解いてた! まるで……試験に向けて士気を高めてるみたいだった。」
「……バカな」
アダスの胸にざわりとした感覚が広がる。想定外だった。まるで逆だ。崩れるどころか、より強くまとまったというのか?
「見に行く」
短くそう言い放ち、アダスはすぐに寮室を出た。
◆
ルーメンクラスの教室に足を踏み入れると、驚くべき光景が広がっていた。
クラス全員が机を寄せ合い、それぞれ問題を解きながら意見を交わしている。時折、ユスティが笑いながら皆を励まし、エリスが鋭い指摘を入れ、オルダが冷静にまとめる。そして――
ジルガが、堂々と議論の中心にいた。
彼女はいつものオドオドした様子ではない。自信に満ちた表情で、真剣にノートを広げ、隣の生徒と意見を交わしている。
「……!」
アダスは信じられなかった。
――どうして、崩れていない?
――どうして、これほど団結している?
その瞬間だった。
ジルガが顔を上げ、アダスと目が合った。
彼は思わず息をのむ。
「アダス……」
ジルガの瞳には、迷いがない。動揺も、不安も、疑念もない。むしろ、強い決意が宿っていた。
「……ユスティ、少し席を外すね」
ジルガはそう言うと、椅子から立ち上がり、アダスの方へと歩み寄る。
「ジルガ?」
ユスティが不思議そうに見上げたが、ジルガは静かに微笑むだけだった。
「すぐ戻るから」
教室の出口でアダスと向かい合うと、ジルガの表情から笑みは消え、真剣なものに変わる。
「……驚きましたよ、ジルガさん」
「そうかしら? そんな変わった事はしてないわ」
静かに対峙しながら、ジルガは柔らかく微笑んだ。しかし、その微笑の奥に宿るものは、以前の彼女には見られなかった確固たる意志だった。
アダスは、そんな彼女の様子にほんの僅か、眉をひそめる。
「クラヴィス先生の素性を知ったあなたが、どういう心境になったのか、単純に気になったんですよ」
アダスは一歩、ジルガへと近づく。まるで相手の心の隙を突こうとするかのように、彼の声はいつも以上に穏やかだった。
「貴女は、彼をとても慕っていたでしょう? そんな貴女が、彼の過去を知った時、何を思ったのか……私は単純に、その答えが知りたいだけです」
まるで探るような言葉にジルガは僅かに眉を顰めた。
「そうね……」
ジルガは一瞬だけ目を伏せた。
あの時、クラヴィスの過去を知った瞬間の自分を思い出す。驚き、困惑し、彼のことを信じられなくなるのではないかという不安。
だが――
「……確かに最初は戸惑ったわ」
正直にそう言いながら、ジルガはアダスを真っ直ぐに見据えた。
「でも、クラヴィス先生のことをもっと知って、むしろ彼を信じようって思ったの」
「……信じよう、ですか?」
アダスは意外そうに目を細める。
「先生の過去がどんなものであろうと……私にとって先生は先生よ。それは何も変わらない」
「それはずいぶん、感傷的な考えですね」
「そうかしら?」
ジルガは少し首を傾げながらも、微笑を崩さなかった。
アダスの言葉は、冷静に聞けば確かに合理的に思えるかもしれない。教師の過去が明るみになれば、それに失望し、信頼を失う者もいるかもしれない。むしろ、それが普通の反応だろう。
しかし――
「先生は……私たちの未来を本気で考えてくれてる。だからこそ、私も先生を信じたいって思ったの」
「……未来、ですか」
アダスは、少しだけ目を伏せた。
ジルガの声には迷いがない。その確信に満ちた言葉は、彼の想定とはまるで違うものだった。彼女はもっと動揺し、過去を知ったことで心を乱され、弱さを露呈するはずだった。
だが、現実は違った。
「ジルガさん、貴女は……本当に変わりましたね」
「そうかもしれない、これも先生のおかげかも」
ジルガは、まるで他人事のように微笑む。だが、それは彼女が確信を持っているからこそ、浮かべることができる笑顔だった。
「何を言おうと、私はもう揺らがないから」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、アダスの心の奥に、小さな棘のようなものが刺さった。
ジルガは以前、もっと脆かったはずだ。プレッシャーに弱く、自信がなく、他人の言葉に簡単に流される少女だった。
だが、今の彼女は違う。
彼が投げかけた言葉に揺らぐどころか、それを跳ね返し、さらに強い意志を持って応えてくる。
まるで、クラヴィスという教師の影響を受け、その信念の一端を受け継いだかのように。
「……っ」
アダスは、僅かに口元を歪めた。
ジルガがここまで変わるとは予想していなかった。彼の中で、ルーメンクラスの崩壊は既定路線だった。しかし、そのクラスは崩れるどころか、より結束を強めている。
それを作り上げたのが、クラヴィスという教師と、ジルガ自身の成長だというのなら――
(……まだ、勝負は終わっていない)
アダスはジルガの瞳を見つめながら、静かに思った。
「……では、貴女がどこまで揺るがないのか、期末試験で確かめさせてもらいますよ」
「ええ。私たちは、本気で勝ちにいくわ」
ジルガの返答は迷いがなかった。その言葉が、かつての彼女からは考えられないほど力強く響いたことに、アダスは僅かに驚きを覚えながらも、静かに口元を歪めた。
「それは楽しみですね」
そう言い残し、アダスは背を向けて歩き去る。
ジルガは、そんな彼の背中をじっと見つめた後、ふっと小さく息をついた。
(……私はもう、迷わない)
もう自分の弱さに負けることはない。
クラヴィスを信じると決めたからこそ、彼女の中の迷いは完全に消え去った。
「――さあ、戻らないと」
そう呟き、ジルガは再び教室へと足を踏み入れた。
◆
試験当日の朝――ルーメンクラスの教室は、静かだがどこか張り詰めた空気が漂っていた。普段は軽口を叩く生徒たちも、今日ばかりは真剣そのものだ。
それもそのはず。
前回の試験でルーメンクラスは4位という屈辱的な結果に終わった。学園内で最優秀クラスの称号と言ってもいいルーメンクラスが、まさかの順位転落。
――ルーメンクラスも堕ちたものだな
――歴代のクラスで1番出来が悪いのではないか。
そんな言葉を、他クラスの生徒だけでなく、一部の教師からひしひしと感じ取った生徒たちは、自らの不甲斐なさに腹を立て、次こそは見返すと躍起になった。
彼らにとって今回の期末試験は、ただの定期テストではなかった。誇りを取り戻す戦いと言っても過言ではなかった。
「おはよう、皆」
「「「おはようございます」」」
クラヴィスが教室に入ると、一斉に生徒たちの視線が向けられ、元気のいい挨拶が出迎えた。
内心で驚いた彼は扉を閉め、ゆっくりと教卓の前に立つ。
「随分と気合が入ってるな」
「そりゃあもう、当たり前っすよ」
エリスがすかさず反応する。
「今日は私たちのリベンジマッチっすよ」
「今日は俺たち、勝ちに行ってますから」
ユスティとオルダは少し冗談めかしながら言うが、その瞳には強い決意が宿っていた。
クラヴィスはそんな生徒達を見渡し、ふっと笑みをこぼす。
「なるほどな……まぁ、気持ちはわかる。悔しかったよな」
そう言いながら、彼は少しだけ表情を引き締めた。
「だけど敢えてお前たちに一つ言っておく。試験は大事だが、たとえ一位になれなかったとしても、それだけで全てが決まるわけじゃないぞ」
教室が少しざわめく。
「もちろん、前回の結果を良しとする訳じゃない、お前たちがこの試験にかける想いもわかっている」
何せ将来的なことを考えれば、いいに越したことはない。
でも試験が人生の全てを決めるわけじゃない事を、改めて認識して欲しかった。
「試験の点数が全てじゃない。ルーメンクラスの価値は、ただの成績だけで決まるものじゃない」
その言葉に、一部の生徒は「先生らしいな」と思った。
クラヴィスは普段から、成績だけで生徒を評価するようなことはしない。彼はむしろ、生徒一人ひとりの成長や努力を重視する教師だった。
だが——今の彼らは一味違った。
「……先生」
「ん?」
ふいにユスティが口を開く。
「もしかして、私たちが一位になれないと思ってるんですか?」
「え? いやそんな事は思ってないぞ!?」
「でも口調がなー……」
「ねぇ……」
クラヴィスの言葉を聞いていた生徒たちが、一瞬沈黙し——次の瞬間、クスクスと笑い声が漏れ始めた。
「そりゃあないですよ、先生」
エリスが腕を組んでニヤリと笑う。
「先生は優しいから、私たちをリラックスさせようとしてるんでしょ?」
「……む」
バレたかと気恥ずかしくなったクラヴィスに対して、ジルガは言った。
「勿論試験で全てが決まる訳じゃないなんて……そんなのわかってます。でも——」
ジルガがゆっくりと立ち上がる。
以前の彼女なら、こんな場面で発言することすら躊躇ったかもしれない。
けれど、今のジルガは違う。
「私たちは勝ちます、実力を見せつけてやります」
「!」
彼女の声は静かだったが、はっきりとした強さがあった。
「前回の結果は、確かに悔しかった。でも、それで終わらせるつもりはありません」
「今日は、私たちがルーメンクラスの誇りを証明する日です」
教室の雰囲気が一気に熱を帯びる。
「見ててください、先生」
ユスティが続ける。
「私たち、今回はちゃんと一位を取ります」
「前回の雪辱を果たして、ルーメンクラスが最強だってことを証明するぜ」
オルダも拳を握りしめ、騎士団の時と変わらぬ戦意を露わにする。周りにいるクラスメイトも、釣られて士気を上げてくれるような……そんな頼もしさすらクラヴィスは抱いていた。
(全く……成長するのは早いな……)
クラヴィスは、生徒たちの表情を一人ひとり確認するように見つめた。自分が今何を言っても野暮にしかならないだろう。
彼は小さく微笑み、教卓の上に置かれた出席簿を閉じた。
「……なら、俺はお前たちを信じるだけだ」
それが、クラヴィスからの答えだった。
「……よし、そろそろ時間だな。ホームルームはこれで終わりだ」
生徒たちはそれぞれ大きく息を吸い込み、改めて気を引き締める。
「試験、行ってこい。自分たちの力を存分に見せつけてやれ」
「「「はい!!」」」
――そして試験開始の鐘の音が響き渡る。
ルーメンクラスの生徒たちは、一斉に試験用紙をめくった。
それぞれが鉛筆を走らせ、次々と解答を埋めていく。
——第一科目:魔法理論。
(ふん、まぁこんなのは予想通り)
ユスティが問題をざっと確認し、すぐに解答を書き始める。
魔法理論は彼女の得意科目だ。理論的思考を要する問題には慣れている。
(問題は難しいけど……前回よりは解きやすい気がする)
余裕を見せるユスティ。
それとは別に……ジルガの教えを受けていた
(わかる……前はわからなかったのに……今は違う)
皇雫はこれまでとは違う景色を見ていた。ジルガから教わったことを活かせる内容が、そのままあった。わかりすぎて……もはや笑みすら浮かぶほど。
――そして第二科目:錬金術応用。
(っと、慎重にならねえとな)
オルダが試験用紙を見ながら呟く。
錬金術応用は、正確な計算と論理的思考が求められる科目だ。
(ここでのミスは痛い……でも、焦るな……冷静に)
エリスも慎重に問題に向き合う。
しかし、ルーメンクラスの生徒たちは、前回の試験の悔しさを胸に秘め、冷静に問題を解き進めていった。
(……難しいけど……出来ないほどじゃない……ちゃんと考えられる)
ノストラは苦戦しているが、太刀打ちできないほどじゃない。どうすれば良いか……きちんと考えることが出来るのだ。この時点で随分は成長だった。
(……多分……出来てる……はず!)
自信100%じゃなくても、一個も空欄なくノストラは答案を埋めた。
――第三科目:戦術解析。
(よし……やれる)
藍羅は深呼吸し、試験用紙に目を落とした。
戦術解析は、ただ知識を問うだけでなく、実戦での応用力も試される科目だ。
(前回の失敗を繰り返すな……冷静に、論理的に)
彼女は過去の自分を思い出しながら、問題を解いていく。
迷いはない。前よりも明らかに成長している自分を感じながら、筆を走らせる。
(ジルガ、あんたのおかげで……アタシはより成長出来た)
試験前は全然話すことはなかったものの、勉強を教えてもらう過程で絆を作ることが出来た。勉強以外にも……色々と学ぶことが出来た恩がある。
(ここでとちる訳にはいかないんでね……)
藍羅はニヤリと笑いながら、ひたすらテストを進めた。
ルーメンクラスは極めて順調だった一方で、ライバルのニクスクラスはいうと……。
――同時刻、ニクスクラスの教室。
学園でルーメンクラスと肩を並べる実力を持つ彼らもまた、決して油断せず、全力で試験に臨んでいた。
「……よし、問題なし」
ニクスクラスのアダスは、戦術解析の試験用紙を確認しながら、冷静に解答を埋めていく。
(この問題なら、すぐに解ける……)
だが——
ふと、彼の脳裏にジルガの姿がよぎった。
試験前の、あの強い意志を持った目。
そして、ルーメンクラス全体の結束力。
(……いや、気にするな。集中しろ)
アダスは頭を振って意識を切り替えようとした。
だが、一度入り込んだ雑念は、簡単には消えてくれない。
彼は焦っているわけではなかった。
だが今までルーメンクラスを見下していた自分が、無意識に彼らを意識していることに気付いてしまった。
(ジルガ……本当に変わった)
以前のジルガは、ただの平凡な生徒だったはずだ。
だが、今の彼女は違う。
彼女の目には、明確な意志があった。
それが、アダスの中で引っかかっていた。
(ルーメンクラスは、前回の試験で負けた……でも、アイツらの雰囲気はどうだ?)
試験前のジルガやユスティ、オルダたちの言葉が頭の中でリフレインする。
――私たちは勝って実力を見せつける――
(……チッ)
アダスは小さく舌打ちをした。
気にするな、と自分に言い聞かせるが、どうしても意識してしまう。
ペンを持つ手が一瞬止まる。
(……教師を貶めてまで……何をしていたんだ……僕は)
アダスは深く息を吐き、再び試験問題に向き直る。
しかし、彼の心の奥に芽生えた違和感は、試験が終わるまで消えることはなかった——。
「……ふむ」
そんな様子のおかしい彼に、ティナーシャだけは気づいていた。
――そして試験の全課程が終了した。
全クラスが解放された日だ。
例に漏れずルーメンクラスの教室にはどこか晴れやかな空気が漂っていた。
「ふぅ……終わったぁぁぁ!」
ユスティが大きく伸びをしながら、椅子に身を預ける。
「なんか……今までで一番良くできた気がする」
「俺も! 今回は自信あるぜ!」
オルダが拳を握りしめ、興奮気味に言う。
「ま、そりゃあ当然っすよね。頑張って勉強したし?」
エリスが得意げに笑うと、クラスのあちこちから「だよな!」と楽しげな声が上がった。
試験が終わったばかりだというのに、誰も疲れた顔をしていない。それどころか、まるで祝勝会のような雰囲気すら漂っている。
「……お前ら、結果が出る前からそんなにはしゃぐなよ」
クラヴィスが呆れたように苦笑する。
「先生、いいじゃないですか。たまには」
ジルガが微笑みながら言う。
「まあな……」
クラヴィスはふっと息を吐く。彼らがここまで前向きな表情を見せるのは久しぶりだった。試験に向けて努力してきた分、手応えを感じられたのだろう。
そんな彼らを見ていると、素直に「良かったな」と思えた。
だが——クラヴィスはニヤリと笑う。
「とはいえ、まだ結果は分からないぞ」
「うぐ……」
クラヴィスの言葉に、一瞬だけクラスの空気がピリッと引き締まる。
「……でも、絶対大丈夫っすよ! ね!」
「そうそう! 信じようぜ!」
すぐにまた笑顔が戻り、皆が互いに励まし合う。
そんな微笑ましい光景を眺めていると、不意に教室の扉がノックされた。
コンコン——
「失礼するわ」
扉が開いて現れたのはニクスクラスの担任教師のティナーシャだった。
「ティナーシャさん?」
クラヴィスが首を傾げると、彼女は少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
「実は……彼から君に話があるみたいでね」
そう言いながら、ティナーシャが少し体をずらすと、その後ろから一人の生徒が姿を現した。
「……君は……アダスくんか」
「……」
ルーメンクラスの生徒たちが一斉にその人物を見た。
ニクスクラスの生徒——アダスだった。
つい先日のクラヴィスに関する内情を、
一体何の用だろうかとルーメンクラスがザワザワする中で、クラヴィスはアダスの
アダスの表情には、普段の自信に満ちた様子はなかった。どこか迷いがあるような、それでいて何かを決意したような……そんな複雑な顔をしていた。
「……ふむ」
クラヴィスは彼をじっと見つめ、そして小さくため息をつく。
「場所を移しましょうか」
「それがいいね、ほら……行くよアダス」
「……はい」
その言葉に、アダスは一瞬だけ目を伏せ——そして小さく頷いた。
◆
クラヴィスが先に部屋へ入り、後に続いてティナーシャとアダスが入室する。
学園の試験も終わったばかりということもあり、部屋の中はどこか落ち着いた空気が漂っていた。クラヴィスはそんな雰囲気を崩さないように、軽く肩をすくめながら二人に向き直る。
「……まあ、テストも終わったことだし、まずは一息つこうか。何か飲むかい? 2人とも――」
気を利かせたつもりの言葉だったが——
「いや、その前に……アダス」
「はい……」
ティナーシャがすぐに言葉を遮ると、アダスはクラヴィスの前で深々と頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした!」
「うお!?」
その瞬間――クラヴィスはギョッとした顔になりながら、カップに入れた紅茶を溢さないようにバランスを取る。
「き、急にどうした?」
予想外の展開に、クラヴィスは安堵しながら問うと、アダスは頭を下げたまま、震えるように唇を開いた。
「僕が貴方の名誉を傷付けた事です」
「名誉……?」
「ああ、つまり……彼が君の過去を父親づてから聞いてバラした事だ」
「あ〜……なるほどな」
クラヴィスが静かに言葉を返すと、アダスは顔を上げ、まっすぐ彼を見た。その目には迷いと、そして罪の意識が入り混じっていた。
「……僕は、ジルガに揺さぶりをかけるために……クラヴィス先生の個人的な事情を、親から聞き出しました」
その告白に、クラヴィスも真剣な表情になる。
なるほど……何というか、色々と自責の念があったのかと思っているとティナーシャが口を開く。
「……自分が何をやったのか、分かってるかい?」
淡々としたティナーシャの声が、部屋の静寂を破った。
「君の様子がおかしいのは……ここ最近の話だ。ジルガと君の関係性はある程度は把握はしていたけど、聡明な君ならあんな真似はしないと信じていた。でも……いつからか、君は余裕がなくなったね」
「……はい」
「……ただクラヴィス先生を困らせたとか、ジルガを動揺させたとか、そんな単純な話じゃないんだよ」
ティナーシャ先生は厳しくも、ちゃんと言い聞かせるような言葉遣いだった。クラヴィスは怒ってはいても、なんだかんだで彼のためを思っているんだなと、すぐに理解した。
「教師のプライバシーを意図的に暴露し、それを利用して生徒に影響を与えようとした……。これは学園の秩序を乱す行為に他ならない。分かるかい?」
「……はい」
「それに、もしクラヴィス先生がこの件で本当に問題を抱えたら? あなたのやったことは、生徒に対する影響だけでなく、先生の人生そのものを狂わせる可能性だってあった」
しっかりと目を見て、彼女はまた言った。
「どうしてそんなことをしたんだい?」
その問いかけに、アダスはすぐに答えられなかった。
唇を震わせ、視線を落とし——そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……僕は……ルーメンクラスが、悔しかったんです」
チラリとクラヴィスにアダスは目を向けた。
これは……ルーメンクラスというよりも――
(それは野暮か)
クラヴィスは一応胸の内にしまった。
「前回の試験で、ルーメンクラスは大きく順位を落としました。それを見て……僕は、ニクスクラスの方が上だと証明したかったんです」
ティナーシャは静かに目を閉じ、そして深く息をついた。
「……嫉妬、か」
その一言に、アダスの肩がピクリと震えた。
「普通にただ嫉妬するだけなら、まだいいけど……やっている内容がねぇ」
「……如何なる罰則も……受けます」
とアダスは受け入れるつもりのようだったが、クラヴィスはちょっと違った感想を抱いていた。
「いやーアダスくんの気持ち分かるよ〜? うん」
「え?」
「……はぁ〜……やっぱり君って奴は」
クラヴィスはうんうんと頷きながらいうもんだから、アダスはキョトンとする。ティナーシャに至ってはある意味予想はついていたようで、やれやれと困ったように笑う。
「嫉妬するってのは誰にでもある事だ、俺だって嫉妬する」
「……貴方ほど優秀な人でも……ですか?」
「あるある、特に……まぁ幼馴染の女の子と楽しそうなオルダなんかは――くっ、あのやろう……!」
「君の嫉妬は非常にしょうもないと思うけどねぇ」
ティナーシャのツッコミをシカトして、クラヴィスは話を続ける。
「ま、まぁ俺の事はともかく、嫉妬から良くない事を考えるのは自然な流れだ。だから気持ちはわかる……とりわけ能力面とか誰かと比較するとな」
「……っ」
アダスは思い当たる節があったのか、露骨に顔を曇らせた。
「だけどその気持ち自体は悪い事じゃない、人によっちゃ……努力の原動力になる」
事実それが力になった事をクラヴィスは知っている。
「でもその気持ちを間違った方に使っちゃいけない。とりわけ誰かを傷つけるようなことには」
「……はい」
アダスにどんな心境の変化があったのはわからないが、とにかくティナーシャからは色々お叱りをもらったのか、結構落ち込んでるようだ。
「俺は別に何も気にしないが、そんなやり方がベストじゃない事はよく考えなくても分かるだろ? ニクスクラスは頭いいんだから」
「……はい」
「姑息な真似するより……ちゃんと真正面からやれば良いのさ」
クラヴィスは本当に何も気にしていなかった。
特段……誰かに重大な被害が及んだわけじゃない。それにアダス自身はきちんと反省ができる人物に見えた。
「じゃないとジルガに振り向いてもらえないぞ……」
「な……っ!」
最後にクラヴィスはこっそりというと、アダスは明確に狼狽える。ああやはりか……とクラヴィスはニヤっとする。
「まぁ! 今の内に失敗して良かったな! こんな小さな事は何も気にするな」
「……ありがとうございます」
クラヴィスはアダスの肩に手を置き、きちんと反省すればそれで良しと言う。そんな様子を見ていたティナーシャは、肩をすくめつつ言った。
「甘いね、罰則もんだよ本来なら」
「俺は大丈夫なんで」
「……だけどそんな甘さが、生徒が慕う理由かもね」
今回は特別だろうけど、クラヴィスの言葉を聞いてなんだかんだでティナーシャは「らしいな」とすら思っていた。彼はきっと……アダスを許す。ただ許すだけじゃなく……ちゃんと気づきを与えてくれるはずだと。
(君は立派な教師だよ……誰が見てもね)
成長したクラヴィスを見て、ティナーシャは自分も参考になると感心すらしていた。
彼はきっと……この学校で1番の先生になるかもしれない――そんな期待すら抱くほど。
◆
そして学期末の終業式の日。
大講堂には一年生の生徒たちが集まり、厳かな雰囲気の中で式が執り行われていた。教師陣は壇上に並び、生徒たちは規律正しく整列していたが、張り詰めた空気の中には、ある種の緊張と期待が渦巻いていた。
なぜなら――今日は、学年末の成績が発表される日だからだ。
これまでの努力の結果が数字となり、全生徒の前で明かされる瞬間。中でも最も注目を集めているのは、どのクラスが最優秀の座を勝ち取るのか――それに尽きた。
壇上に立つ教師が静かに口を開く。
「では、今学期の成績発表を行う。発表は下位のクラスから順に行う」
大講堂に、重々しい声が響く。
「8位……シルフクラス」
その名が告げられた瞬間、会場の一角で小さなため息が漏れた。最下位であることを告げられた生徒たちは、どこか悔しげな表情を浮かべながら、それでも現実を受け入れているようだった。
「7位、ウンディーネクラス」
静かに次の名前が読み上げられる。クラスメイト同士で肩を叩き合いながら、それぞれの健闘を称え合う声が聞こえた。
「6位、ノームクラス」
「5位、サラマンダークラス」
順々に成績が発表されていく中、会場の空気は徐々に高まっていく。次第に、成績上位のクラスが残り始め、緊張が濃くなっていくのが分かった。
「4位、グラキエスクラス」
その瞬間、前の席に座っていたグラキエスクラスの生徒たちが一斉に息を呑んだ。悔しげな表情の者もいれば、それでも納得したように頷く者もいた。
「3位……テスラクラス」
これで残るは二つ――ルーメンクラスとニクスクラス。
最優秀クラスの称号をめぐって、今年もこの二つのクラスが競い合ったのは、もはや学園では恒例の光景だった。
――今年の一位は、果たしてどちらなのか。
生徒たちの視線が壇上に集中する。大講堂全体に、静寂が満ちる。教師の言葉を待つ緊張感は、肌が粟立つほどだった。
教師は一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開く。
「2位……ニクスクラス」
一瞬――時間が止まったかのようだった。
そして次の瞬間――
「――よっしゃあああああああ!!!!!」
大講堂の中央で、少女の甲高い歓声が響いた。
金色の髪を揺らしながら、ユスティが勢いよく立ち上がる。その碧眼は感情に満ち、歓喜の輝きを放っていた。
「やった! 私たちが一位だ!!!」
その瞬間、ルーメンクラスの生徒たちも次々に立ち上がり、歓声を上げた。
「やったぞおおおおお!!!」
「俺たちが勝った……!!」
ユスティの隣にいたオルダは、拳を振り上げながら叫ぶ。
「ルーメンクラス最高!!!!!」
「やったねぇー!!!」
「うわぁぁぁ!! めっちゃ……嬉しい!!」
ルーメンクラスの生徒たちは、互いに抱き合い、肩を叩き合い、感情のままに喜びを爆発させた。誰もが満面の笑みを浮かべ、歓声と笑い声が絶えなかった。
そんな中でジルガは目を潤ませながら、両手をぎゅっと握りしめる。
「……本当に、勝てたんだ……!」
隣で喜びを分かち合う仲間たちを見渡しながら、彼女の胸は誇らしさでいっぱいだった。
オルダがそんな彼女の肩をポンと叩く。
「お前の頑張り……めちゃくちゃデカかったぞ、ジルガ!」
「……みんなの頑張りがあったからだよっ」
ジルガは微笑みながらそう答えたが、その声は少し震えていた。彼女にとって、この勝利はそれほどまでに大きな意味を持っていたのだ。
壇上では、教師たちがその光景を見守っていた。
クラヴィスは腕を組みながら、満足げに口元を緩める。
「……やったなあ」
隣でそれを見ていたティナーシャは、やれやれと肩をすくめる。
「君の指導の成果が出たね。これでチクリと言われずに済むんじゃないか?」
「いや、彼ら自身が頑張ったからですよ。俺は……何もしてないです」
クラヴィスはさらりと答えたが、その表情には確かな誇りが滲んでいた。
「――くそ……」
「負けた……」
一方で、ニクスクラスの生徒たちは、悔しさを滲ませながらも、静かにその結果を受け止めていた。
「負けた……か……」
そして――その中にいたアダスは、静かに悔しさを噛み締めていた。
悔しさは確かにあった。
だがそれ以上に彼の心には、何か吹っ切れたような清々しさがあった。
「……次は……もっと努力しよう。成績だけじゃない……人間的にも……成長しないと」
密かに決意を新たにするアダスを見たクラヴィスは、ふっと微笑みながら、心の中で呟く。
(ありゃ……次は強敵になるな)
彼は間違いは犯したものの、決してそのまま腐るような奴じゃない。次はきっと……未だかつてない脅威になっているだろう。ある意味でこの競争は、今後の彼らを飛躍的に成長させる起爆剤になったはずだ。
その時にルーメンクラスが勝ってこそ……本当の勝利になる。
「……まぁ……今日ぐらいは祝わないとな」
だけどそれは後になって考えたらいい。
今はただ勝利を祝う時だ。
◆
終業式が終わり、大講堂を出た生徒たちは、それぞれのクラスごとに教室へと戻っていった。
ルーメンクラスの教室に入るなり、歓喜に満ちた空気が広がる。
「やったなー! まさか本当に最優秀クラスに返り咲けるとは!」
「いやぁ、マジで最高だわ!」
「この調子で次も勝つぞ!」
誰もが口々に喜びを語り合い、興奮冷めやらぬ様子だった。ユスティは机の上に腰掛けながら、腕を組んでにやりと笑う。
「当然の結果よね。私たち……めっちゃ頑張ったんだから!」
オルダも満足げに頷き、ジルガと肩を並べる。
「お前ら、マジでよくやったよ。最高の仲間だぜ!」
「ち……近い……!」
ジルガは少し照れ臭そうに微笑みながらも、誇らしげな表情を浮かべていた。
そんな熱気が冷めやらぬ中、クラヴィスが教室に入ってくる。彼は少し疲れた様子で椅子に腰を下ろし、軽くため息をついた。
「さて、これで長かった一学期も終わりだな。明日からは長期休暇に入るが……」
その言葉に、生徒たちから「やったー!」「待ってました!」と喜びの声が上がる。クラヴィスは苦笑しながら、軽く手を振って制した。
「……だがな、お前ら。くれぐれもハメを外しすぎるんじゃないぞ。事故やトラブルに巻き込まれたらせっかくの休みが台無しだからな」
その瞬間、クラス全体がざわめき、誰からともなくクスクスと笑いが漏れ始める。そして――
「クラっちもハメを外しすぎないようにな!」
「先生こそ気をつけてくださいよー!」
「休み中にやらかしても助けられないよー!」
次々に生徒たちから茶化しの声が飛んでくる。クラヴィスは「はあ?」と言いたげな顔をして、眉をひそめた。
「ハハハハ、お前らとは違って、俺は仕事だぞ……? 舐めんな……ちくしょうが……」
そう言いながら、彼は死んだ魚のような目をして机に肘をつく。
「仕事……?」
生徒たちの反応は一瞬の静寂。そして――
「え、先生、休みじゃないの?」
「マジかよ……哀れすぎる……」
「せ、先生……生きて……!」
クラヴィスを憐れむような視線が、一斉に向けられた。彼はうんざりしたようにため息をつく。
「……別にいいんだよ……俺は教師だからな。ただうらやましいなぁとは思うよ……うん」
それを聞いて、生徒たちはますます同情の色を深める。
「せ、先生の分まで楽しむよ……!」
「先生が働いてる間に、俺らは存分に遊ぶからな!」
「トドメ刺しにくんなや……」
クラヴィスは疲れたように頭を抱えるが、教室に笑い声が溢れるのを見て、ほんの少しだけ口元を緩める。
「ハァ……まぁ……いいや」
彼は軽く息をついて、生徒たちを見渡した。
「……ともかく! 今回の試験……お前ら本当によくやったな」
先ほどまでの砕けた雰囲気から一転し、クラヴィスの声には穏やかな温かみが滲んでいた。
「お前たちが一位を取ったのは、まぐれでもなんでもなく、自分たちの力で掴み取った結果だ。誇りに思え」
ユスティやオルダ、ジルガをはじめ、クラスの誰もが真剣な表情でその言葉を受け止める。
「お前らの努力は、ちゃんと結果として出た。次の学期もこの調子でやっていこう」
「おーっ!」
生徒たちから力強い返事が返ってくる。クラヴィスは満足げに頷くと、少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「……だけどまずは休みを楽しめ。せっかくの長期休暇だ、ゆっくり休んで、また休み明けに元気な顔を見せろよ」
「先生こそ倒れないでくださいよー!」
「本当に過労で倒れるなよ!」
「……お前ら俺のこと何だと思ってるんだ……」
呆れたように言いつつも、クラヴィスの顔にはどこか満足げな色が浮かんでいた。
こうして、ルーメンクラスのホームルームは和やかに幕を閉じ――長い長い休み期間が幕を開けた。
プロローグは終わりました。
次回からは夏休み編です、お楽しみに。