生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師   作:アスピラント

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新米教師の騒がしい再会

「クラっちに会えないの辛い」

 

 夏休みが始まり、実家に帰省していたユスティは天蓋付きベッドに寝転がりながらぼやいた。まだ始まって1週間経つぐらいなのに、寂しくて仕方がない。

 

「友達と出かける予定とか色々入れたけど、やっぱり……別腹なんだよねぇぇぇ……参ったぁ……」

 

 ゴロゴロ、ジタバタ。

 寂しくはないはずなのに、何というか濃密な時間を過ごしてきた弊害で、学校のない日が退屈で仕方ない。だからといっていざ夏休みが終わったら、また違う感想を抱くのはわかっていた。

 

(だけどクラっちもどうせ仕事だし、構ってあげられる時間なんてないよね)

 

 ユスティの言う通り、教師に夏休みなんてない。

 高い報酬をもらっているのだが、新人ともなると使う時間すらないぐらい忙しい。それだけ仕事に向き合える(文句は言う)クラヴィスだから惹かれたのもあるが、やっぱり2ヶ月近く会えないのは寂しい。

 

 そんなことを考えていると、机の上に置いてあった念話用アクセサリー――淡い青の宝石を埋め込んだリングが微かに光を放った。

 

「え、だれ?」

 

 慌ててベッドから飛び起き、指輪に魔力を流し込む。すぐに柔らかな声が響いた。

 

『ユスティ? 今、話せる?』

「えっ……エリス! なんか久しぶりって感じね」

『確かに、まだ1カ月も経ってないのにね〜。数年ぶりぐらいは感じがする』

「ふふふっ、確かにね」

 

 思わず笑みがこぼれる。互いにクラスは違えど、何度か一緒に勉強したり雑談したりした仲だった。夏休みに入ってから連絡を取るのは初めてだ。

 

『あっと、話がズレちゃう。実はさ、ユスティにちょっと伝えたいことがあって』

「伝えたいこと?」

『来週、クラっちがさ。短期研修で王都近くの聖ディヴィアンヌに行くんだって』

「…………なんだと…………?」

 

 ユスティは一瞬でベッドの上に立ち上がった。

 目を見開き、口が半開きのまま、完全に固まる。

 

「え、え、ちょっと待って!? それ本当!? 聖ディヴィアンヌって……あの王都近くの、レヴァンティアにある神学校の?」

『そう、それ。先生、2週間ぐらいそこで特別課程の研修するって』

「ま、まじで!? うそでしょ!? そんな美味しい情報、初耳なんだけど!!」

 

 頭の中で、スケジュールが瞬時に再構築される。

 来週――そう、来週はちょうど仲良しのギャル友4人組と、王都観光ついでにショッピングへ行く予定だったのだ。目的地は……偶然にも、レヴァンティア。

 

(まって……これ、チャンスじゃん!?)

 

 ユスティの脳内ですぐに少女漫画的思考に基づいたブリーフィングが開始された。

 

「エリス……あんた、女神か……」

『沢山崇めたまえよ、ふふふっ。って言っても……学校で話しかけたらたまたま情報入っただけだよ』

「ありがとう! 本当にありがとう! ちょっと学校で会えるシチュは羨ましいけど! でもさ……どうして教えてくれたの? だって……恋敵、みたいなもんじゃん?」

 

 問いかけるユスティの声は、少しだけ戸惑いを含んでいた。

 だが、エリスの返答は不思議と軽やかだった。

 

『大丈夫。こっちもちゃんと用事があって、レヴァンティア寄る予定あるから。それに――』

 

 少し間があって、エリスが続けた。

 

『なんかさ、抜け駆けってフェアじゃないなって思ったんだ。だから、ちゃんと知らせた。どっちも本気なら、条件は同じにしないとね』

 

 その言葉に、ユスティは思わずくすりと笑ってしまう。

 通話越しでも、エリスらしい気丈な声が伝わってくる。

 

「……そういうとこ、エリスらしいね。でも、それじゃあ損しちゃうよ?」

『ううん、大丈夫』

 

 エリスの声が少しだけ柔らかくなった。

 

『負けないから。余計な心配しなくていいよ、ユスティ』

「……ふふっ」

 

 ユスティは頬を緩め、ベッドの端に腰を下ろした。

 エリスと話しているうちに、不思議と心が軽くなっていくのを感じる。恋敵なのに、敵としては見られない。どこか、友達ともまた違う、不思議な関係。

 

『あ、そうそう。レヴァンティアは今、観光客で混んでるから、早めに宿押さえといたほうがいいよ。じゃあ、またね』

「うん。また――ね」

 

 通信が切れると、部屋に静寂が戻った。

 ユスティはそっと手の中のリングを見つめる。青い宝石がまだ微かに光を残していた。

 

「……真の夏休みが開幕って奴ね……」

 

 そう呟いて、彼女は笑った。

 恋敵として、同じ人を想う者として、そして――どこか通じ合う存在として。

 

 外では、夏の夜風がカーテンを揺らしていた。

 レヴァンティアの街で、きっと何かが始まる――そんな予感が、ユスティの胸を温かく満たしていた。

 

 なおクラヴィスからしたらありがた迷惑である。

 

 

 汽笛が鳴った。

 白い蒸気が夏空へと立ちのぼり、車輪のきしむ音とともに汽車がゆっくりとホームを離れていく。クラヴィスを乗せた王都メガロマギア方面行きの列車は、豊かな森を抜け、丘を越え、遠くの街へと向かっていた。

 

 窓の外には、夏の陽射しに照らされた緑がまぶしく流れていく。森の木々がきらめき、畑の上では農民たちがのんびりと作業している。遠くでは、魔導浮遊船がゆるやかに王都へ向かって飛んでるのが見えた。

 

 クラヴィスは座席に深く腰を下ろし、ジャケットの襟を指で直した。普段の彼にしては珍しく、ぴしりとスーツを着込み、ネクタイまで締めている。いつもはシャツの裾を出して歩くタイプの男が、きちんとした身なりをしている姿は、まるで別人のようだった。

 

「……ま、よその学校行くんだからな」

 

 と自分に言い聞かせるように呟く。

 メガロマギア高等魔法学校の看板を背負っての研修だ。だらしない格好で行って悪印象を与えるわけにはいかない――と、珍しく理性が勝った結果である。

 

 列車がトンネルを抜け、再び明るい光に包まれる。

 車内は穏やかで、隣の席には老紳士が新聞を広げ、その向かいでは母親が小さな子にお菓子を食べさせていた。クラヴィスはそんな光景をぼんやり眺めながら、どこか落ち着かない心持ちでいた。

 

(ちょっと行きと帰りが面倒な事以外は素敵な場所だな)

 

 レヴァンティアはメガロマギアから乗り換えて別の列車に乗る必要がある。だからちょっと行くまでが面倒だったりするのだが、レヴァンティアは観光地としても知られており、遠くの国からやってくる人も多い。

 

 (聖ディヴィアンヌはある意味、教師やるきっかけになった人がいるからなー。会って失望とかしないといいが)

 

 心を壊して逃げるように辿り着いた場所で、クラヴィスはやりたい事を見つけたのだ。あの教会の穏やかな鐘の音と、天然なシスターの姿が、今でも脳裏に焼き付いている。

 

 まさか再びその名を仕事先として聞く日が来るとは思ってもみなかった。クラヴィスは小さく息を吐き、窓の外に目を向ける。緑が連なり、時折見える湖面が陽光を反射してきらめいた。

 

「……懐かしい、って感じでもないな。どっちかっていうと、緊張か」

 

 そう呟いて苦笑した。

 何もかもが変わっているだろう。あの教会も、あのシスターも。それでも、あの頃の自分に再び向き合うような気がして――ほんの少し、胸がざわつく。

 

 そんな時だった。

 

「お客様~、お飲み物や軽食はいかがですか~?」

 

 明るい声が耳に届き、クラヴィスは顔を上げた。車内販売の女性が笑顔でカートを押しながら通路を進んでいる。メニュー表には、紅茶やコーヒー、軽食のサンドイッチ、焼き菓子などが並んでいた。

 

「えっと……サンドイッチと、コーヒーを一つ」

 

 彼女に声をかけ、注文を済ませる。

 ほどなくして運ばれてきた紙袋を受け取り、クラヴィスは礼を言って支払いを済ませた。温かいコーヒーの香りが広がり、ふっと肩の力が抜ける。

 

「うまそうだな……」

 

 紙包みを開け、サンドイッチを一口かじる。

 シンプルなハムと卵の味――だがその瞬間、なぜか脳裏に浮かんだのは別の光景だった。

 

 ――クラっちの分もあるよ、ほら。中にはサンドウィッチが入ってるよん――

 

 少し得意げな笑顔で、自分に差し出してきたハイエルフの少女だ。言わずもがなルーメンクラスの生徒――ユスティの姿だ。

 

「……あいつに作ってもらってたなー」

 

 思わず口元が緩む。

 彼女の作ったサンドイッチも実に美味しかった。

 ただそれ以上に、作ってもらった事実が上乗せされて、いつも以上にうまかった。

 

「ふむ……」

 

 まるであの頃の自分の心に風を吹き込むような笑顔だった。

 そう考えていると、ユスティを含め、帰省中にあるルーメンクラスの生徒たちのことが気になってきた。

 

 「……元気にしてるかな、あいつら」

 

 ふとした独り言が、車窓の音にかき消されていく。

 夏空は果てしなく広がり、列車はゆっくりとレヴァンティアへ近づいていった。

 

 クラヴィスはそのままカップを置き、背もたれに身を預ける。まぶたの裏には、笑うユスティ、冷静なエリス、真っ直ぐに挑んでくるジルガたち――ルーメンクラスの面々の顔が浮かぶ。

 

(入学当初に比べたら、随分と変わったもんだ)

 

 最初こそ典型的なエリート主義な雰囲気だったが、今じゃクラス屈指で賑やかになった。それは彼らが人間的な意味で成長してくれた事にある。たった一学期の関わりでも、彼らの成長は目を見張るものだった。

 

 ならば教師である自分も一緒に成長しなければならない。

 じゃなきゃ逆に生徒に置いて行かれてしまう。

 

「お……そろそろかな」

 

 窓の外、遠くに王都の尖塔が見えはじめる。

 雲が流れ、陽光が列車の窓に反射する。

 クラヴィスは小さく背伸びをして、息を吐いた。

 

「さて……先生、頑張りますかね」

 

 だがその言葉には、ほんの少しだけ気だるさと照れが混じっていた。コーヒーの香りがまだ残る中、列車は穏やかに揺れながら王都メガロマギアに着いた。

 

「まもなく到着いたします――」

 

 車掌のアナウンスが終わる頃に汽車はゆるやかに減速をはじめ、王都メガロマギア駅に滑り込んだ。

 汽笛が鳴り、ブレーキの音が響く中で、クラヴィスは背もたれから身体を起こす。大きな駅構内のアナウンスが聞こえ、どこか懐かしい喧騒が広がっていた。

 

「……ふぅ、着いたか」

 

 軽く伸びをして立ち上がると、身体の奥から緊張がすっと抜けていく。列車の旅は嫌いじゃないが、やはり長時間座りっぱなしは疲れる。

 ジャケットの裾を整え、ホームに降り立つと晴天に照らされた美しき王都が目に入ってきた。

 

(聖ディヴィアンヌまでは、このあと乗り換えだな)

 

 腕時計を見やると、次の列車までは、まだ時間がある事に気づく。余裕を持って少し早めに乗ったが、ちょっと空きすぎたらしい。

 

「ちょっと街、歩くか」

 

 旅の疲れを癒すように肩を回しながら、改札を抜ける。

 駅構内には露店が並び、焼き菓子やアクセサリー、旅人向けの簡易ポーションなどが売られていた。クラヴィスはゆっくりと通りを歩きながら、学生時代にここを訪れた記憶を思い出す。

 

 (昔は王都に来るだけで緊張してたのにな……)

 

 などと考えつつ、カフェの看板に目をやり、少し歩こうとしたその瞬間――

 

「わっ!」

 

 ――ドンッ!

 

 背中に何かがぶつかった。いや誰かだ。

 クラヴィスは思わず前につんのめり、バランスを崩しそうになる。

 

「うおっ……っとっと!?」

 

 振り向いたクラヴィスの視界に、ピンク色が飛び込んだ。

 薄ピンクのインナーカラー、黒のボブヘア。

 狼族特有の三角耳がぴくりと動き、鋭い琥珀色の瞳がこちらを見上げている。クラヴィスの知る限り、こんな特徴的な見た目をした人物は1人しかいない。

 

「クラっちみっけ!!」

「……メア!? お、お前なんでここにいんだよ!?」

 

 メア・ロボステラ――ルーメンクラスの中でも特に自由奔放で、ユスティの親友のひとりだ。

 まさか王都で会うとは思ってもみなかったクラヴィスは、口をあんぐり開けたまま言った。

 

「そりゃかくかくしかじか!」

「ちょ、ちょっと待て、それで済む訳ないだろ! 大体なんでお前は俺がここに来るって知ってんだよ!」

 

 メアがにやりと笑う。狼のように鋭い歯を覗かせながら、悪戯な光を宿した目で言った。

 

「私らの張り巡らせた情報網を甘く見ないでいただきたい!」

「おいおい、教師のプライバシーも大事だよ? 盗聴とか犯罪行為はしてないだろうな!?」

「してないよー、単に情報が漏れただけ!」

「……それも大問題だろ……」

 

 クラヴィスが額を押さえていると、メアの後ろから複数の声が飛んだ。

 

「ちょ、メアー! 置いてかないでよー!」

「おっとっと、みんな気をつけてー!」

 

 声の方を向くと――そこには、見覚えのありすぎる顔ぶれが。

 

 ユスティ、フランチェスカ、フィオレ、そしてアラニカ。

 ルーメンクラスが誇るユスティ一味、王都にて全員集合である。

 

「やっぱりいたんかい……」

 

 クラヴィスは口を開けたまま固まった。

 まるで夢でも見ているかのような光景。

 駅の雑踏の中、ひときわ賑やかな彼女たちが笑顔で手を振っている。

 

「どういう状況だこれは……」

 

 頭を抱えるクラヴィスの前に、ユスティが満面の笑みで立ちはだかった。

 

「先生、奇遇ですねぇ~♪」

「奇遇ってレベルじゃねぇよ……! お前ら何してんだ王都に!」

「遊びですよ、遊び。夏休みですから~」

 

 どこか余裕の笑みを浮かべるユスティ。

 その後ろで、メアたちが「うんうん」と頷いている。

 

「まさか先生に会えるなんてラッキーだね!」

「なんならこのあと一緒にご飯でもどう?」

「え、賛成~! 先生のおごりで!」

「おごらねぇよ!!」

 

 クラヴィスのツッコミが駅構内に響く。

 まるで、さっきまでの静かに思いにふける時間が幻だったかのように、現実は一瞬で賑やかになっていた。

 列車の旅で少しセンチメンタルになっていた心も、あっという間に騒がしい現実に引き戻される。

 

(……あのちょっとエモい瞬間、なんだったんだマジで)

 

 クラヴィスは額を押さえてため息をついた。

 

 

 駅構内の大通りを抜けた先にあるカフェ。

 観光客にも人気の高い、木目調で落ち着いた雰囲気の店だ。窓際には観葉植物が飾られ、香ばしいコーヒーの香りが漂っている。

 

 クラヴィスは入口で深くため息をついた。

 まさか研修前に生徒たちとカフェに入る羽目になるとは。

 

「はいはい、空いてるとこ座るぞ。お前ら、騒ぐなよ?」

 

 釘を刺すように言ったが、返事は期待どおりではなかった。

 

「りょーかい! 先生、あたしカウンター側がいい!」

「私はソファ席~。荷物広げやすいし」

「先生、どうせなら真ん中座ってください。映えます」

「なんの映えだよ……」

 

 結局、ユスティたちは四人でわいわい騒ぎながら店の奥のソファ席を陣取り、クラヴィスは半ば押し出されるようにして彼女たちの真ん中に座らされた。

 

 店員がメニューを持ってくると、ユスティたちは目を輝かせる。

 

「うわ、パフェある! しかも季節限定のベリーミルクだって!」

「こっちはチョコフォンデュ! 絶対うまいじゃん」

「え、先生、なんか頼みます?」

「……コーヒーだけでいい」

 

 その答えを聞くやいなや、ユスティがにやりと笑った。

 

「先生、奢ってくれるって言いましたよね?」

「は?」

「さっき、好きなの頼んでいいよって!」

 

 その言葉に、クラヴィスの表情が凍る。

 確かに、言った。軽い気持ちで。だが今、その軽率さが財布を直撃している。

 

「おい待て、それは――」

「やったー! 先生太っ腹!」

「ありがとうクラっち先生!」

「先生愛してる~!」

 

 すでに止まらない。店員が次々と注文を取り、テーブルの上にはスイーツの名前が並んでいく。

 

 ベリーパフェ、チョコフォンデュ、フルーツワッフル、マカロンセット、カフェモカにミルクティー。

 もはや女子会である。

 

「……暗黙の了解とかを最初に教えるべきだったな、ええ?」

 

 クラヴィスは小声で呟き、頭を抱えた。

 それでも生徒たちが楽しそうに笑っているのを見ると、完全に怒る気にもなれない。

 

 やがて、色とりどりのスイーツが運ばれてくる。

 歓声があがる中、ユスティはスプーンを手に取り、うっとりとパフェをすくった。

 

「はぁぁ……しあわせぇぇぇ……! 先生も食べます?」

「いいよいいよ、好きに食え食え」

「じゃあせめて最高においしそうな顔を見せて、どんな味か伝えます」

「伝わらんて」

 

 ユスティがウィンクしながらパフェを頬張る。その無邪気な仕草に、クラヴィスは苦笑をこぼした。

 

 (まったく、賑やかにもほどがある)

 

 そんな中で、クラヴィスはふと我に返った。

 この状況はどう考えてもおかしい。

 

「なあ、お前ら」

 

 クラヴィスが低い声で切り出す。

 ユスティたちはスイーツを頬張りながら顔を上げた。

 

「お前ら、どうやって俺が研修で王都来るって知った?」

「エリスから聞いた」

「あんにゃろう!」

 

 やっぱりか、いやどう考えても彼女ぐらいしか心当たりがない。やたら「いつ研修なの?」とか「何時に列車乗るの?」とか聞いてきた際は、こいつ来る気かと思った。

 

 だが実際に来たのはもっとやかましい奴らだった。

 そもそも話さなきゃいいだけの話だが、普通に話しちゃったクラヴィスの落ち度でもある。

 

(俺も絆されすぎてやばいな……)

 

 クラヴィスは頭を掻きながら、深くため息をついた。

 

「……来たのはもう仕方ないとしてさ。だけどお前ら、まさかこのままレヴァンティアまで付いてくるつもりじゃないよな?」

 

 その声には、諦め半分、願望半分が入り混じっていた。

 しかし目の前の4人は、全員きょとんとした顔をしてからすぐに、あっけらかんとした笑顔を返す。

 

「え、行くけど?」

「うん、行く行く。だってせっかくだし!」

「むしろここまで来て引き返す理由がないよね」

「先生の仕事っぷり……確認するから」

 

 いや学校で毎日確認出来るじゃん――とは言えず。

 

「お前らなぁ、研修って言っても観光ツアーじゃないんだぞ? 一緒に授業受けられるわけでもないし、現場見学なんてさせてもらえねぇだろ」

 

 冷静に諭すつもりが、返ってきたのは予想の斜め上の答えだった。

 ギザ歯がチャームポイントの竜人少女、アラニカが身を乗り出し、テーブルに肘をついた。

 

「そこはさぁ、クラっちが交渉してよー!」

「……は?」

「だって先生でしょ? 俺の生徒たちが特別に見学したいんです!って言えば、なんとかなるって!」

「いやなるか!! 俺そんな権限ないわ!!」

 

 クラヴィスのツッコミが炸裂したが、4人はどこ吹く風だ。

 むしろその反応を楽しんでいる節すらある。

 

「えー、クラっちの交渉頼みっていうかさぁ、先生の顔パスで行けるんじゃないの?」

「だよね、メガロマギアのルーメンクラスって言ったら通じるでしょ」

「当たり前じゃん、クラっちが先生だよ? いけるいける!」

「いや当たり前じゃんじゃねえよ……!!」

 

 クラヴィスは頭を抱えた。

 まさか俺が頼み込むという一本柱で来たとは思うまい。

 

「……とはいえな。お前らレヴァンティアなんて王都からさらに北寄りの街だぞ? 二週間も入り浸るようなとこじゃねえだろ」

 

 現実的な話を持ち出したつもりだったが、即座に上品な声が返る。フランチェスカが紅茶のカップを置き、優雅に微笑んで言った。

 

「先生、それは大丈夫ですわ。わたくしの実家、あの辺りですもの」

「あれ? そうだったけ……」

「ですから、長いお泊まり会という名目で、皆で滞在する予定ですの。ちょうど今朝、母に連絡を入れました」

 

 にこりと微笑むフランチェスカの笑顔は完璧だった。

 クラヴィスは額に手を当てる。

 

「ああ、そうだ……お前、たしかこの辺の出身だったな……」

「ご明察ですわ♪」

 

 まるで予測不能な連携プレー。

 完璧に準備済みときた。もはや止める権利すらなかった。

 

「なんだよこの行動力……お前らほんとに一年生か……」

「行動は授業外で学ぶんですっ!」とユスティが胸を張る。

 

「誰に教わったそんな教育理念……」

「クラっちに」

「くそ、我が身に跳ね返ってきやがった」

 

 クラヴィスは深々と息を吐いた。

 もはや、これ以上抵抗しても無駄だ。

 フランチェスカがすでに根回しを終えている以上、止める手立てなど残されていない。

 

「……もういい。ここまで来たら連れてくしかねぇか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユスティたちの目が一斉に輝いた。

 

「やったぁぁぁ!!」

「先生大好き!!」

「クラっち最高~!」

「静かにしなさいよ」

「「「「はい」」」」

 

 カフェの周囲の客が思わず振り向くほどの歓声が上がる。

 クラヴィスは眉をひそめつつも、苦笑を抑えきれなかった。

 

(まったく……誰の人生だと思ってるんだか)

 

 でも不思議と楽しくなってる自分もいた。

 

 

  ──数時間後。

 

 王都を抜け、列車を乗り継ぎ、さらに馬車を降りた先。

 丘陵地帯を背に、どこか穏やかな空気の流れる街――レヴァンティア。

 

 夕陽が傾き始めた空の下、クラヴィスは街道を歩いていた。

 後ろにはユスティ、メア、フランチェスカ、アラニカの4人。

 それぞれが旅行気分丸出しで、にぎやかに喋りながらついてくる。

 

「へぇ~、思ってたより静かな街だね」

「そうだな。王都と違って、落ち着いてるから過ごしやすい」

 

 クラヴィスは肩に掛けたカバンを直しながら答える。

 遠くでは鐘の音が鳴り、鳩が飛び立つ。

 道の両脇には石造りの家が並び、軒先には花の鉢が飾られていた。

 

「それにしてもさぁ」

 

 ユスティが隣に歩み寄りながら、いたずらっぽく笑う。

 

「聖ディヴィアンヌなんて名門とクラっちが関わりあったなんて、びっくりだよ」

「ん、まぁ……お前らも知っての通り、前職で色々あってな。どうするか悩んでた時期があったんだよ」

 

 クラヴィスの口調が、少しだけ柔らかくなる。

 普段の教室では見せない、落ち着いた声色だった。

 

「そのときに、いろいろ世話になった人がいてな。それが、聖ディヴィアンヌの関係者だったんだ」

「ふーん……」

 

 ユスティたちは興味津々の様子で耳を傾ける。

 クラヴィスは少しだけ遠くを見やった。

 金色に染まりはじめた丘の向こうに、懐かしい尖塔が見えた気がする。

 

「その人がさ、教師を目指すきっかけになった人でな。だから、この場所には、ちょっとした思い入れがあるんだよ」

 

 その言葉に、4人は一斉に感嘆の声をあげる。

 

「へぇ~、感慨深い場所なんだね」

「そんな過去があったなんて……」

「クラっちの原点ってやつ?」

「そういうの、ちょっとカッコイイかも」

 

 いつもはふざけてばかりの生徒たちも、今だけは素直だった。クラヴィスは照れ隠しのように頭をかき、少し笑った。

 

「まあ、別に大した話でもねぇけどな。人に迷惑かけて、それで立ち直ったってだけの話だ」

 

 その瞬間、ふと後ろからメアの声が響いた。

 彼女は尻尾をゆらしながら、目を細めて言う。

 

「ねぇクラっち、そのきっかけになった人ってさ……もしかして女の人?」

「そうだぞ」

 

 あまりにもあっさりした答えに、ユスティたちは一瞬固まる。

 

「……マジで?」

「マジだけど」

 

 そのやりとりを聞いて、ユスティが眉をひそめ、わざとらしくジト目になった。

 

「まさかの伏兵……!」

「顔がすごい事になってるぞ」

「先生、そういうのは早めに言ってもらわないと心の準備が!」

「準備いらねぇだろ……!」

 

 アラニカは腹を抱えて笑い、フランチェスカは「まぁまぁ」と苦笑しながら宥める。

 メアは興味津々といった顔で「どんな人なの?」「可愛い?」などと矢継ぎ早に質問を浴びせた。

 

「うるせぇな、ただのシスターだ。どじで、おっちょこちょいで……でも不思議と暖かい気持ちになれる人だったよ」

 

 クラヴィスがそう答えると、4人の間に妙な間が生まれた。

 

「……クラっち、今の言い方……」

「……完全にフラグ立ってるね」

「いや、もう落ちてる可能性も……」

「お前ら好き勝手言ってんな!!」

 

 思わず声を上げるクラヴィスに、4人は笑い転げる。

 だが、その笑い声の奥に、どこか温かいものがあった。

 

「そろそろ着くぞ」

 

 やがて、丘の向こうに白い建物が姿を現す。

 荘厳なアーチ、鐘楼を備えた尖塔。

 まるで教会のような静謐な佇まいをした校舎が、夕陽を浴びて輝いていた。

 

 クラヴィスは足を止め、眩しそうに目を細める。

 

「あれが……聖ディヴィアンヌだな」

 

 遠くから鐘の音が響く。

 その音はどこか懐かしく、胸の奥を優しく撫でるようだった。

 

「へぇ……あれが……」

 

 ユスティが小さく呟く。

 その瞳には、いつもの無邪気さではなく、ほんの少しの敬意が宿っていた。

 

 メアが尻尾を揺らし、フランチェスカは静かに両手を組む。

 アラニカも珍しく真面目な顔をして、遠くの尖塔を見上げていた。

 

 すると――メアが声をあげた。

 

「ん……? 誰かいるよ」

「迎えか?」

 

 そうクラヴィスが校舎に視線を向けた瞬間――穏やかな風が、草原の香りを運んできた。その先に白亜の校舎の前で、ひとりの女性が立っていた。

 

 長い銀髪が風に揺れ、陽光を受けてまるで糸のように煌めいている。透き通るような白い肌に、柔らかく微笑む翠の瞳。

 修道服のシルエットが、まるで清らかな絵画のように光に包まれていた。

 

 クラヴィスの足が、ふと止まる。

 胸の奥が小さく鳴った。

 

「……ローズさん」

 

 その声は、自然と漏れていた。

 

 彼の恩人――ローズ・エルディア。

 クラヴィスがかつて絶望の淵にいた頃、唯一、彼の話を真正面から聞いてくれたシスター。何も持たない彼に、立ち上がる理由を与えてくれた人がそこにいた。

 

 丘を下る風が吹き抜け、ローズは気づいたように顔を上げた。翠色の瞳が、こちらをまっすぐに捉える。

 

 そして、彼女の唇がふわりとほころんだ。

 

「クラヴィスさん!」

 

 柔らかな声。変わらない笑顔。

 ローズは軽やかに歩き出し、裾を揺らしながら小走りで近づいてくる。

 

 その瞬間、後ろにいたユスティたちは、一斉に息を呑んだ。

 

「……っっ……」

 

 メアがぽかんと口を開けたまま言葉を失う。

 フランチェスカは頬に手を当て、ため息混じりに呟いた。

 

「なんて神々しい……」

「ていうか……やばくない? あの透明感」

「え、あの人がクラっちのきっかけって……そりゃ納得しかないわ……」

「え、同性でも見惚れるレベルなんですけど」

 

 4人の視線は完全にローズに釘付けだった。

 まるで清らかさの化身。空気が違う。

 

クラヴィスは頬を緩ませ、懐かしさを噛み締めながら歩み寄った。

「ローズさん……久しぶりですね。お変わりなく」

 

「ふふっ、ええ。こうしてまたお会いできて、とても嬉しいです」

 

 ――まさに、その瞬間だった。

 

 ローズが嬉しそうに駆け寄ろうとした瞬間、道脇の草むらに伸びていた枝が、彼女のシスター服の裾を掴んだ。

 

「……え?」

 

 次の瞬間――

 

 ビリッ!

 

 小気味よい音と共に、シスター服のスカート部分が見事に裂けた。

 

「ギョェ」

 

 とても清廉な彼女から発せられたとは思えない声が漏れた。

 同時にローズの白い太腿が、眩しいほどの陽光にさらされるとほんの一瞬、空気が止まった。

 

 ユスティたちの表情もぴしりと固まる。

 風が吹き抜け、草がざわめく。

 

「す、す、すみませんっ! ちょっと、これは……はしたないですよね、あはは……」

 

 ローズは顔を真っ赤にして、慌ててスカートを押さえた。

 だが、その仕草すら妙に絵になってしまう。

 

「相変わらずドジというか……天然というか……」

 

 クラヴィスは額を押さえながら、遠い目をした。

 あの頃から何も変わっていない。

 変わらなさすぎとも言う。

 

「クラヴィスさんっ、本当にお久しぶりで……きゃあ!? す、すみません、また枝が!」

「ローズさん、落ち着いて……!」

 

 彼女がもう一度引っかかりかけた瞬間、クラヴィスがとっさに手を伸ばして助ける。

 その拍子に、軽く手が触れ――ローズがさらに赤面した。

 

「あ、あのっ……っ、ありがとうございます……」

「……いや、気にすんな」

 

 なんとも言えない沈黙が流れる。

 だが、その間に背後から聞こえたのは――

 

「何じゃこのドスケベシスターは」

 

 真剣な声だった。

 言ったのは、フランチェスカ。腕を組み、眉間に皺を寄せている。真面目な顔をしている分、余計にシュールだ。

 

「フラン……! ちょっと語彙を選んでくれ……!」

「だって先生、あれはダメですよ。神聖さとえっちな空気の共存……あれは反則ですわ」

「よしてやれ! ローズさん赤すぎて心配になるから!」

 

 鐘の音が鳴り、クラヴィスは思った。

 ちゃんと研修で学びを得られるのか心配だ――と。

 

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